Last Vision〜忘れ去られた物語〜




 

 

 

 

 

第一話.『男らしく』で行こう ……かな?

 

 

 

 

 

 風を……顔に感じた。

 何を馬鹿な事を考えてるんだ、俺は……

 もう俺の触覚は、殆ど無いに等しいはずだ。

 

 

 サワ、サワ……

 

 

 草木の匂いを……嗅いだ。

 久しく……いや、忘れたと思っていた匂いだ。

 もう、嗅覚さえ無いはずなのにな。

 

 

 リー、リー、リー……

 

 

              サラ、サラ、サラ……

 

 

 草の音と、優しく頬を撫でる風の音と、虫達のさえずる声が聞こえる。

 全てが懐かしく……

 俺の心を揺さぶる。

 あの火星での草原の思い出が、俺の心の底から蘇る。

 

 夢……の筈だ、これは。

 

 そして俺は意識の底から這い上がり……

 目を……開けた……

 視覚補助のバイザーが無い事は、何となく感覚で解っていた。

 だが……

 

 頭上に煌々と輝く、蒼銀の円

 

「何故……月が見える」

 

 俺が裸眼で見たのは、美しい満月。

 一体、月を自分の眼で確認したのは、何時の事だったろうか?

 昔の……今は心の底に封印した筈の記憶で見る、最後の月の姿は……

 隣には愛する人と、守りたい人と……俺の大切な家族と。

 三人で見上げたはずだったな。

 

 お互いの幸福を祈りながら。

 

 

「視覚が……戻っている?

 聴覚が、嗅覚が……五感を俺が感じている!!」

 

 両手を握り締め、身体の各部を触ってみる。

 

 こんな……馬鹿な!!

 夢にしては、余りにリアルすぎる!!

 

 何より月夜に浮かぶ俺の服装は、何時も着用している漆黒の戦闘服ではなかった。

 そして俺の横には見覚えのある一台の自転車?

 

「これは?

 俺が地球で昔コックをしていた時の、服装だ……何が起こったんだ?」

 

 現状を確認し……俺は更に混乱をした。

 その時、俺の脳裏に懐かしい声が聞こえた。

 

(アキト!!)

 

(……ラピスか!!)

 

(うん!! 今、私は昔いた研究施設にいるの……どうしてなの?)

 

 昔の研究施設、だと!!

 まさか!! 過去に……戻ったというのか!!

 しかし、ラピスとのリンクが繋がっているのは何故だ?

 ……もしかしてラピスとは身体的ではなく、精神的に遺跡のナノマシンを介して遺跡で繋がっているという事なのか?

 

(……アキト、私の身体が小さくなってる。)

 

 そのラピスの言葉で、俺は確信をした。

 俺は……俺達は過去に戻ったんだ。

 

(そうか……どうやら信じられない事だが、過去に跳んだらしい。)

 

(やっぱり、そうなんだ……)

 

 俺は……

 俺はやはり心の奥底で、この願望を捨て切れなかった。

 

 もう一度あの頃へ、という願い。

 

 その願いが叶う事など、無い筈だった……

 あの時、俺は全てを……

 しかし俺は今ここにいる……

 全ては白紙に戻ったのだろうか?

 いや違う!!

 俺の身勝手な願望が、全てを白紙に戻したんだ!!

 ならば……同じ過ちを繰り返す訳には、いかない!!

 

(ラピス!! 頼みがある、今の年月日と時刻を教えてくれ。)

 

(うん……えっと、今の年月日は2196年9月30日……)

 

 やはりか……

 ユリカと再会し、ナデシコAに乗る事になる運命の日……

 俺はあの日の前夜、無人兵器に怯えて仕事を首になるあの日の前夜に跳んで来たのだ……

 

 前回の……過去の二の舞にはさせない!!

 させるわけにはいかないんだ!!

 

(ラピス……必ず北辰より先に、研究所から助け出してみせる!!

 だからこれから頼む事を、地球で実行してくれないか?)

 

(……うん、解ったよアキト。

 私はアキトを信じる。)

 

(……済まない。)

 

 そして俺はラピスにある計画を託した……

 この計画は、この先にどうしても必要な事だった。

 間違った方向に進んでしまった過去の歴史を塗り替えるには。

 過去の二の舞にさせない為に……

 

 そして、俺は自分の考えを全てラピスに話し終わった時。

 月はその姿を空の中に消しつつあった。

 

(……以上だ、俺はこれからナデシコAに向かう。)



 過去の歴史を変えるのはちょっと不安が残るが、前回のように突然押しかけて採用してもらうより、

 前日の今日プロスさんに掛け合う方が何かと都合がいいだろうと思うのだ。

 

(うん……何時でも話しかけていいよね、アキト?)

 

(ああ、何時だって話し相手になってあげるよ。)

 

 寂しいんだろうな……済まんラピス、今は側に居る事は出来ない。

 今は話し相手としてでしか、ラピスに接する事は出来ないんだ……

 

(じゃあ、行って来る……)

 

(頑張ってね、アキト……)

 

 そして、俺はナデシコへと向かって走り出した……

 ナデシコに乗る為に……

 ナデシコに乗って、ナデシコの未来を変える為に……



「あっと、その前に……」



 俺は雪村食堂に行き先を変更する。



「雪村食堂……サイゾウさんに挨拶しなきゃな」



 俺は、走る速度を上げた。

 程なくして、雪村食堂にたどり着いた。

 雪村食堂はいつものように佇んでた。

 何時戦闘に巻き込まれるかも分からないこのご時世でも、ここのチャーハンを食べに人はやってくる。

 俺のコックの原点。

 あの時の通り厨房に立って、中華鍋を振るい、料理を作る。

 何もかもが懐かしくて、思わず涙が溢れそうになった。


 そして始まる戦闘。



『地球に迫る木星トカゲ!! 

 パンチでブー、ちょちょいのちょいよ!!

 みんなの地球みんなで守ろう!!!

 政府公報です』



 あの時と同じTVのCM。

 揺れる店内……


 
「また始めやがった……」



「ねぇっ!! 八宝菜まだぁっ?」



 聞こえてくるお客さんの声……

 あの時の俺は、無人兵器が怖くて、戦争が怖くて、震えるばっかりで……

 ろくに料理もできなくなる始末……

 それはクビになるよなぁ……



「おいっ!! ……なんだよ、またかよ……」

 

 サイゾウさんの呆れたような声が聞こえてくる。

 すみませんサイゾウさん。

 俺あの時と同じように、ここクビにならないといけないんです……

 俺は前と同じように、震えて何もできないフリをする。



「はぁ〜あ……またやられた……」



「機動性が違うんだからさ……止めりゃあいいのに……」



 上空で繰り広げられる戦闘を眺めて、呟く青年達。



「おいおい、こっちの方が面白いぞ!!」



 そんな彼らにそう声をかける別の青年……

 悪かったな……面白くて……



「おぉ?」



 皆が一斉に俺の方に注目する。

 見せ物じゃぁ無いんだけどなぁ……



「何やってんの? あのあんちゃん……」



「怖いんだとよ……」



「なにが?」



「アイツらが……」



 小気味良く進んでいくやり取り、あの時こんな会話がされてたんだな……

 何て言うか……自分の事だけど、情けないな……うん。



「はあああぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 頃合いを見計らって、前のように叫び声をあげる。



「ん?」



 そんな俺を心配そうに見る人たち……



「あ、火消さなきゃ……」



「だあぁぁーーーっ!!」



 俺の言葉に一斉に転ぶ見物人達。

 随分と昔のコントのようでちょっとおかしかった……



「とりあえず、今日までの給料な……」



 差し出されるカード。

 あの時と同じように、店じまいの時にクビを告げられる。

 『何もかも中途半端な俺では、何にもできない』そういわれたのは今でも忘れていなかった……



「クビっすか……」



 なんだか不思議な感覚をかみ締めながら、ゆっくりと告げた。



「このご時世だ……

 臆病モンのパイロット雇ってるなんて噂立っちゃぁ、こっちもな……」



「臆病モンのパイロットっすか……」



 言われてみれば、あんなに木星蜥蜴怖がってた俺が、よくもまぁ戦えたもんだ……



「いくらなんでも異常だよ、お前の怖がり方は……

 お前……今のままじゃなんにもなれはしねぇぜ………

 逃げてるうちはよ……」



 でも、改めて言われると……何か不思議な感覚だった……

 悔しいとか、そういうものじゃなくて……

 何というか……何とも言えなかった……



「それじゃ、達者でなアキト……」



 サイゾウさんから別れの言葉……

 前は「あ、はい。どうも」とかしか言えなかったのがちょっと後悔だった。

 だから……



「はい。

 今までありがとうございました。

 俺もっともっと頑張って、もっと美味い炒飯、もっともっと美味いラーメン作れるように頑張りますっ!!

 サイゾウさんもお元気で」



 そう言いながら、自然に笑えた気がした。

 首にされてるのに、笑って別れを……なんて、なんだか馬鹿みたいだな……



「………いい顔しやがって

 俺の店を首になったのが嬉しいのか?

 ったくよ……頑張れよ、アキト。

 元気でな、お前の炒飯、まぁまぁ食えたモンだったぜ………」



 サイゾウさんの最後の言葉は、これ以上ない位の餞別だった。

 サイゾウさん、俺頑張ろうと思います。
 またいつか、お会いできる事を楽しみにしています……

 何だか晴れやかな気持ちで店を後にする事が出来たのはしっかり別れを告げられたからなのだろうか?










「クビになって働き口失くしたわりには、結構明るい顔してるんですね」



 不意に後ろから声をかけられる。

 ……えっと、誰だろう?

 見覚えもない少年だ。



「あ、あはは……

 恥ずかしいところ見られちゃったかな……

 えっと、君は?」



 取り敢えず、当たり障りのない質問を投げかけておく。

 こんな事は前にはなかった。

 もしかしたら、俺たちが過去に来た事で歴史が歪んでしまったのかも知れない。



「雪村食堂の常連なんですけど、顔憶えられてなかったかぁ……

 結構お兄さんの炒飯好きだったんだけど、クビになっちゃうなんて……」



 人なつっこい笑顔で照れくさそうにそう言う少年。

 まさかこの頃の俺の炒飯にファンが居たなんて……

 何だか、いろいろな事を忘れて、純粋に嬉しかった。



「そんな……俺の炒飯なんてまだまだで……

 いっつもサイゾウさんに叱られてばっかりだったでしょ?

 そんな風に言ってもらえるなんて思わなかったなぁ」



 素直な感想が漏れる。

 でも、心から嬉しいと思った。

 こんな事は久しぶりだなぁ……



「もう、俺はここの店の炒飯は作れないけど……

 またきっといつかもっともっと美味しい炒飯をご馳走できるといいんだけど……

 俺はテンカワ アキト。君の名前は?」



 俺はそう言って右手を差し出した。

 きっとこれも何かの縁だ。

 ただ純粋に、自分の料理を好きだと言ってくれたこの少年の名前を聞きたかった。



「サクヤ。タチバナ サクヤ。

 いつか、また貴方の炒飯食べれるのを楽しみにしています」



 彼は、そう言って俺の差し出した手をがっちりと握り返した来た。

 はっきりとした再会の約束はしない。

 こんな時代だ。

 それにこれから俺は戦場に足を運ぶ身だ。

 もしも、俺があの運命に打ち勝てた時……

 もう一度、俺の炒飯を彼に食べて欲しい……

 そんな気持ちで一杯になった瞬間だった。


 固い握手を交わした後、俺たちは各々の道へと足を向けた。



「あ、そうだっ!!

 タチバナ君……これからこの辺りは戦場になる。

 出来るだけ安全なところに非難しておいた方が良いよ」



 彼には死んで欲しくなかった。

 だから、余計かも知れないけど、こんな事を言っていた。

 でも、これで良いと思う。
 
 これが、未来を知る者の使命のような気がした。

 俺はもう、誰も死なせたくない。

 そう決意して、今度こそ俺は掛けだした。

 そして俺は自転車にまたがり全速力で走らせる。



「結局、前と同じようにナデシコに乗るんだな」



 呟くようにそう言ったが、その方が俺らしい気がした。


 急ごう、ユリカと出会った、あの場所へ……
 

 






 

 

ブオォォォォンンンン

 

 

 自転車を走らせる俺の目の前を、一台の車が走り抜ける……

 そしてその車のトランクから一個のスーツケースが、俺に向かって落ちて来る。

 

「ここまで再現されるとはな……」

 

 当たり前か、過去をなぞっているのだからな。

 

 ガラン、ガラン!!

 

 凄い勢いで、スーツケースが俺に向かって落ちてくる。

 一瞬、酔狂で激突してみるか? と、思ったが自ら進んで痛い目に会う事は無いだろう。

 俺は自転車をドリフトさせて急停止し、向って来るスーツケースを両手で受け止めた。

 

 

 キキキッッ!!

 

 バタン!!

 

 パタパタパタ!!

 

 目の前の車が急停止し。

 一人の女性が車から降り、俺に向かって走り寄ってくる。 

 

「済みません!! 済みません!! 本当に済みません!! 申し訳ありませんでしたっ!!

 ……痛いとことか、ありませんか?」

 

 俺の中で時が止まった……

 逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて……そして、逢えなくなった人……

 それが今、目の前にいる。

 その姿を……脳裏に刻み込み俺は……

 

「ああ、大丈夫だ……これ、君のかな?」

 

 両手で受け取ったスーツケースを手渡す。

 俺の手は……鉄の意志によって震える事なく。

 ……目の前の女性、ユリカにスーツケースを渡せた。

 

「……あの、ぶしつけな質問で申し訳ありませんがが。

 何処かで、お会いした事ありませんか?」

 

 俺の顔を覗き込みながら、ユリカが話しかけてくる。

 

「気のせいですよ」

 

 その視線に耐える事は……出来なかった。

 俺は横を向きながらユリカに返事をする。

 純粋な、何処までも純粋な輝きを宿した瞳。

 全く変わらないその瞳は、俺にとってあまりにも眩しかったから……

 

「そうですか?」

 

 あっさりと納得するユリカ。

 違うんだ、俺はお前の事を……っ!!

 叫びそうになるのを賢明にこらえて、俺はゆっくりと頷いた。



「ユリカ、急がないと遅刻するよ!!」

 

 ……昔から気苦労が絶えないな、ジュン。

 

「解ったよ、ジュン君!!

 では、ご協力感謝します!!」



「そのカバン、トランクじゃなくて後ろの座席」



「はーい♪」
 


 そう言い残してユリカとジュンは去って行った……

 俺は……自分の意思に反して、ユリカを抱き締めてしまいそうな両腕を、必死に抑えていた。

 

 やがて車が見えなくなった頃に。

 俺は低く……自嘲気味な笑い声を上げる。

 両拳を、きつく握り締めながら。

 

「ははは……忘れる事なんて出来ない、よな。

 身体が一番正直なんだよ、ユリカを求めてる……だからこそ、俺はユリカに相応しくない。

 もう、不幸な目には合わせたくないんだ……

 だから!! だからこそ!! 綺麗に決着を付けて見せる!!

 例え俺の手が……再び血に汚れようとも……絶対に……」

 

 俺は決意を新たにし……ナデシコAに向かって自転車を走らせ……



ドンッ!!!



「うわっ!?」



 自転車の所に戻ろうとして、今度は人にぶつかってしまう。

 これも前にはなかった。

 歴史の歪みか……それとも、他に何か意味があるのだろうか?

 ……っと、そんな事をまず考える前に、ぶつかってしまった人に謝らなくては……

 とんでもなく古典的なミスをする自分に思わず呆れながら、改めてぶつかった相手に視線をむける。



「いってて……」



 見ると今の俺と対して変わらないか、少し幼いくらいの少年(?)が、尻餅を付いて俺を見上げていた。

 随分と中世的な(むしろ女の子みたいな)顔立ちだが、ギラギラした瞳が印象的だった。



「あ、ごめんね、大丈夫?」



 手を差し出して謝る。

 少年もその手を取って、「ぃよっ」と掛け声を掛けながら立ち上がると、服に付いた埃をはたいた。



「ああ、大丈夫、大丈夫」



 ヒラヒラと手をふると、いかにも大丈夫さをアピールするように元気に言った。

 どうやら怪我なんかはないみたいだ。

 

「ごめん、考え事をしてたんだ……本当にすまない」



「……………………」


 
 そう言う俺を、何だか不思議そうに見つめていた少年は、何も言わなかった。

 歴史の歪みとかそう言うものなのかはいまいち分からない。

 これと言って何かに影響ありそうだとも思えない。


 ……っとそんな事より、今は時間との勝負だった!?



「あっと、ごめん。

 俺は急ぐからこれで……

 それと、多分ここはこれから戦場になると思う。

 君も出来るだけ早く安全な場所に避難した方が良いよ。

 じゃあ、俺はこれで……」



 俺は短くそう言うと、今度こそ自転車にまたがってサセボドックへと走らせた。

 ナデシコに乗る為には、ここで間に合わないなんて訳にはいかない。

 全速力で自転車をこいだ。

 



























 アキトが走り去った後……
 


「ナデシコが襲われる事を知っている……?」



 少年は吹き抜ける風に前髪を揺らしながら驚愕の顔で目を見開いていた。



「まさか……アキトも……」


 
 その少年の呟きは、一体何を意味していたのだろうか?





















 

 




「はてさて……

 貴方は何処でユリカさんと、知り合いになられたんですかな?」

 

 相手は交渉のプロだ……どうする?

 俺は軍の見張りに連行され、今はプロスさんと話をしている。

 

 ……ここまでは、以前と同じ展開だな。

 

「実はユリカとは、幼馴染なんです……

 俺はユリカに聞きたい事があって、ここまで追い駆けて来ました」

 

 ……時間を越えてまで追い駆けるとはな、自分でも呆れてしまう。

 でも、嘘は一つもついていない。

 

「ふむ……おや? 全滅した火星から、どうやってこの地球に来られたんですか?」

 

 俺のDNA判定をした結果を見て、驚くプロスさん。

 今回はちゃんと腕で判定をしてもらった……過去で舌にやられた時は、かなり痛かったからな。

 こんな事に、過去での経験が生きるとは。

 

 俺は思わず、心の中で苦笑をする。

 

「……記憶に無いんですよ。

 気が付けば、俺は地球にいました」

 

 俺の話を信じたかどうかは解らない……だがプロスさんは俺の料理道具を見てある提案をする。

 

「あいにくとユリカさんは重要人物ですから、簡単に部外者とお会いできません。

 ……しかし、ネルガルの社員の一員としてならば、不都合はかなり軽減されます。

 実は我が社のあるプロジェクトで、コックが不足していまして。

 テンカワさん……貴方は今無職らしいですね、どうですこの際ネルガルに就職されませんか?」

 

 流石プロスさんだな……上手く話しを進めるもんだ。

 一言もナデシコの名前を出さずに、俺をスカウトするか……

 勿論、俺が火星の生き残りである事を知って、誘ってるのだろうがな。

 

「こちらこそ、願っても無い事です。

 実はこの先どうしようかと、困ってたんですよ」

 

「では、早速ですがお給料の方は……」

 

 こうして俺は無事ナデシコに乗船した。

 

 そして運命の再会を果たす……

 運命の神様という存在は、余程皮肉が好きらしい。

 

 

 

 





 

「こんにちわ、プロスさん」

 

 余りに聞き慣れた声が、俺に艦橋を案内するプロスさんにかかった。

 

「おや、ルリさんどうしてデッキなどにおられるのですか?」

 

 ホシノ ルリ……

 俺とユリカが引き取った子供。

 俺の仲間であり、家族であった女の子。

 ……過去であの事故に巻き込まれたルリちゃんは、どうなったのだろうか?

 

「……こちらは何方ですか?」

 

 プロスさんの質問を無視して、ルリちゃんが俺に視線を向ける……

 何故そんな懐かしい人を見た、とでも言うみたいな顔をするんだ?

 

「ああ、この方は先程このナデシコに就職された……」

 

 プロスさんの説明を聞きながら、俺は疑問を感じていた。

 どうしてルリちゃんがここに現れる?

 過去ではブリッジに待機していて、ユリカの到着を待っていたはずではないのか?

 

「こんにちわ……アキトさん」

 

 余りに衝撃的な一言が、ルリちゃんから発せられた。

 

「な!!」

 

「おやルリさん、アキトさんとお知り合いですか?」

 

「ええ、そうなんですよプロスさん」

 

 馬鹿な!! アキトさん……俺と知り合い、だと!!

 ルリちゃんがその呼び方をするのは、家族として一緒に暮らしだしてからのはずだ!!

 ま、まさかラピスや俺と同じく!!

 

 その可能性を俺は忘れていた。

 

「ルリ……ちゃん、かい?」

 

 俺も確認の一言を出す。

 

「ええ、そうですよアキトさん」

 

 微笑を浮かべながら、俺に返事を返すルリちゃん……

 これは……間違いはなさそうだ。

 

「どうやら本当にお知り合いの様で……私は邪魔者みたいですからここから去りますか。

 ルリさん、テンカワさんにナデシコの案内をお願いしますね」

 

「はい、解りましたプロスさん」

 

「……はて、あんなに明るい方でしたかね、ルリさんは?」

 

 頭を捻りつつプロスさんは去って行った……

 

「……案内、しますかアキトさん?」

 

 悪戯っぽく笑って……この頃のルリちゃんには、絶対に出来ない笑顔だ。

 ルリちゃんは俺に話し掛けてきた。

 

「必要無いのは……解っているんだろ?

 ……驚いたよルリちゃん。

 まさかルリちゃんまで、過去に戻ってるなんて」

 

 お互いの視線が絡み合う……

 もう会う事なんて無いと思っていた、かつての守りたかった人。

 

「私も驚きました……気が付くとナデシコAのオペレーター席にいたのですから」

 

 詳しく話を聞くと。

 過去でもオモイカネの調整の為に、皆より先にナデシコに乗り込んでいたらしい。

 そして一週間前……自分が、気が付けば昔のナデシコの、オペレーター席に居る事を知った。

 

 そして俺を待っていたそうだ。

 一縷の望みを抱いて。

 

「……もう一度乗るのかいナデシコに?」

 

「ええ、私の大切な思い出の場所……

 そして、アキトさんとユリカさん達に出会った場所ですから。

 それにアキトさんも必ず、このナデシコに来ると信じてましたから……」

 

 信じる、か……

 俺は今度こそルリちゃんの期待に、応えられるのだろうか。

 いや!! 違う!! 応えなければいけないんだ!!

 

「ルリちゃん……戦闘が始まる」

 

 俺はコミニュケの時間を見て、無人兵器の強襲が近い事を思い出した。

 

「そうですね……では私もブリッジに帰ります。

 気を付けて下さいね」

 

「ああ、解ってるよ」

 

 俺はルリちゃんと分かれ……

 先程ガイが倒したエステバリスに向かって歩き出す。

 

















 と、整備員の言葉を聞いて耳を疑う……




「あちゃあ〜……

 こりゃ駄目だ……全くあのパイロット、もう早速エステを一機駄目にしやがった……」



「え?」



 彼は今何と言ったんだろう?

 確か、エステが駄目になったって……



「ああ、こりゃひでぇなぁ……

 完全にバランサーが死んでるし、右腕の伝送系も総取っ替え、

 このエステはもう使えねぇなぁ……

 まだ、戦闘区域じゃなくて良かったぜ、

 もう他にエステはないからなぁ……」



 とはウリバタケさんの台詞。

 え? ちょっと待て、そろそろ時間だぞ?

 それなのにエステがない?

 それってもしかして……

 ピンチ?

 

 ビィー!! ビィー!! ビィー!!

 

 来たか。

 

「……アキトさん」

 

「そっちはまだかい、ルリちゃん!?」



「どうしたんですか、アキトさん?

 こちらはまだです。ユリカさんは到着していません」



「ちょっととんでもない事になってるんだ、

 良いかい、ルリちゃん。驚かないで聞いてくれ。……

 ガイのお陰で、エステバリスは出撃できない」



「……えっと……

 はい? すいません、アキトさん。もう一度言っていただけますか?」



「エステは使えない。

 完全にエステバリスは沈黙した」



 俺は努めて冷静にそうルリちゃんに告げた。

 ブリッジでもとんでもないパニックを呼んでいるようだ……

 そうしている最中にも、休みなく思考を巡らせている。

 そうする、どうするテンカワ アキト。

 こんなところで、もう手づまりか?

 考えろ、考えるんだ……

 見るとルリちゃんの顔色も悪い。

 それもそうだろう、この戦闘、エステバリスの囮なしには不可能なのだから……

 だからこそ、俺は考えた。

 このいかんともしがたい状況を打破する方法を……



「くそっ!!

 ウ、……整備員さん、エステは、エステは他にもうないんですか!!」



 俺は情けなくもウリバタケさんに悲鳴のような声でそう言った。

 ウリバタケさんはそんな俺に思わず後去りしながらこくりと頷いた。



「な、なんだお前?

 とりあえず落ち着け。敵襲は敵襲だが、この戦艦は最新の戦艦、ちょっとやそっとの攻撃で沈んだりはしねぇさ……」



 俺にそう言うと、ウリバタケさんはブリッジに連絡を取る。

 恐らく今頃、ブリッジはとんでもない事になって居る事だろう。



「なぁにぃっ!!! エステの囮が必要不可欠だとぉ!?」



 そんななか、ウリバタケさんの絶叫が格納庫に響く。

 にわかに整備員達がざわついた。

 ウリバタケさんの指示の元、整備員達は忙しそうに働き出す。

 そんな中、俺は何も出来ないで、ただその光景を見つめていた……



「くそっ!!」



 握りしめた拳に力がこもる。


 俺は、何も出来ないのか……


 そんなときだ。

 
 何だか聞き覚えのある台詞を口にする整備員が居た。



「えーおっぽん……

 こんなこともあろうかと……こんなこともあろうかとぉっ!!」



 ざわめき立つ整備員の中からひょっこりと現れた少年は、にやにやとしながらつかつかと前に歩み出てきた。



「班長、別機体への換装では時間的に間に合いませんよ。

 この死んだエステを使ってチューンナップしてしまいましょう!!」



 組み立て中の陸戦フレームはまだ配線も剥き出しの状態だ……

 換装フレームが組み上がるのには、恐らくウリバタケさんでも数時間はかかってしまうだろう。

 それでは、間に合わない。

 確かに、それが可能であるならそちらの方が効率的だ。



「あのなぁ……タチバナ。

 この状態のエステを復活させるのははっきり言って無茶だぞ。

 ろくなパーツも揃ってねぇ、正直整備員達もこの新型兵器になれてねぇ……

 こんなんで、そんな事が出来るわけねぇだろうが!!」



 そうだ、ウリバタケさんの言う事ももっともだ。

 この状況では、彼の言う作業もままならない。

 こうしてもめている時間が惜しいくらいだ。

 

「ふふふ……甘いですね、班長。

 班長ぉ〜……ちゃんと班員の名簿に目を通して下さいよぉ〜

 この新兵器エステバリスの開発スタッフの一員だったんですよぉ、俺。

 もしかしたら、今の班長よりもこの機体を知り尽くしているかも……

 その俺が言います。

 俺の言う方法であれば、数分でこのエステを復活させる事が出来ますよ。

 ちょこっと無茶をすれば……ね」



 自信満々で無茶苦茶な事を言ってのける少年。

 この少年……確か……



ああっ!?

 そうそう、確か整備副班長になったのがエステバリス開発スタッフの……

 タチバナ サクヤ……ってこれがお前か!?

 なるほどな、んじゃあまぁ……って、
ゲッフンゲッフン!!

 ほほーう

 そこまで言うならやってやろうじゃあねぇかっ!!

 いいか、お前達っ!!
 
 このタチバナの指示に従って、この死んだエステを甦らせるぞ!!

 おい、本当に大丈夫なんだろうなぁ……」



「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!」



 少年、タチバナの言葉を受けてウリバタケさんを始め整備班の面々が慌ただしく動き出す。

 ウリバタケさん、その呟き、聞こえない方が良かったなぁ……

 でも、さっきから気になってるんだけど、あのタチバナって……

  

「ものどもぉっ!!

 まずは壊れた右腕を外せぇ!!」



「お、おお……」



 拡声器を持ってさっきまでの雰囲気を一掃しながら、大声で指示を出し始めるタチバナ。

 その変貌ぶりに流石のウリバタケさんも驚いてはいるようだ。

 それでも指示通りに右腕は外されていく。



「ああ、そこ!! その右腕も後で使うから大事に扱って下さいよぉっ!!

 その右腕部分の接続コードとギアは取ってこっちに持ってきて!!んで……

 はぁんちょぉっ!!

 班長は五、六人見繕って組み立て中の換装エステ分解して変わりの右腕持ってきて下さい!!」



「お、おうっ!!」



 さらにタチバナの指示は続く。

 指示通りに換装用エステバリスの右腕は分解され、故障したエステの方に運ばれてくる。

 よく考えると、こうやってウリバタケさん達の本気の仕事姿って間近で見た事なかったけど……

 …………凄いな。

 

「班長、腰のバランサーの伝送系をこれから俺がいじります。

 右腕の取り付け作業と伝送系の調整、お願いしますっ!!

 ……どうせ、もうその辺の基本構造頭の中にたたき込んであるんでしょ、班長?

 右腕の作業3分でお願いします。出来ますよね?



「あったり前だろぉがぁっ!!

 よぉ〜っしお前らっ!! 右腕の修理、2分で上げるぞっ!!!」



「おおぉおぉおぉぉぉぉっ!!!」



 見る見るうちに組み上がっていくエステバリス(仮)。

 いや、(仮)というのは、組み上がっていくエステが余りにもエステとは言い難い形状をしていたからだ。

 右腕がその形を成したのは、ウリバタケさんの咆哮の1分30秒後だった。

 それにしても、やっぱりアイツ……



「タチバナ、右腕修理終わったぞ!!

 次はどうする? 右足、左足そう取り替えかぁっ!? あぁ?



 言われた作業時間の半分で終えたウリバタケさんが勢いづいて、今度はタチバナを捲し立てる。

 

「班長、ドリルとかないですか、ドリル?」



タァチヴァァナァッ!!!

 何だ何だぁそのエステの左肩に付いてる何だかソレっぽいミサイルポットはぁ?

 浪漫だよなぁ…そうだよなぁ……

 って!?

 そこにみえてるのは何かなぁ?

 …………タチバナ君?

 そこで廃材みたいにバラバラになってるのは、リリィ〜ちゃんじゃあないのかなぁっ?ねぇ?」


 
 息巻いたウリバタケさんをあざ笑うかのように……

 いつのまにかエステの左肩にミサイルポットを付けているタチバナ。

 どうやらバランサーの調整は済んでいたらしい。

 ウリバタケさんのリリーちゃんを解体してミサイルユニットを取り出したようだ。

 それにしても、手際が良いというか、何というか……



「ええ、班長が奥さんの目を盗んでパーツをコツコツ集めて苦心の末制作した、愛しい愛しいリリーちゃんです。」



「お、おおおお、お前なぁっ!?

 俺のリリーちゃんを……変形合体高機動型リリーちゃん2号を……

 お前って…お前って奴は……



 男泣きのウリバタケさんと何だか凄く楽しそうなタチバナだが、その手を全く休めず、見る見る内にエステバリス(仮)は組み上がってしまった。

 そこからさらにいろいろな改造を施そうとしているように見える。

 俺は目の前を通る整備員を一人捕まえて、



「このエステ? ……もう動くんだよね?」



 と聞いてみる。

 整備員は「はい、もう問題なく動きますよ」と朗らかに答えてくれた。

 それを聞いて安心した。

 俺はリリーちゃんの亡骸の前でもめている二人を放っておいて、こっそりとエステに乗り込んだ。



 コミュニケでルリちゃんに通信を入れる。

 

「ルリちゃん!!

 ルリちゃん聞こえるか?」



 ルリちゃんに通信を入れながら、エステバリス(仮)を起動、周囲にいる整備員を踏まないようにエレベーターに移動する。
 


「アキトさん!?

 こっちは今パニックで…

 どうしましょう、エステなしには、ナデシコを浮上させる事が……」



 コミュニケの画面には悲壮な顔をしたルリちゃん。

 その向こうではムネタケが大声で喚き散らしているようだ。



「もうすぐユリカがそっちに着くはずだ。

 それに、エステ? が修理出来た。

 とりあえず動くみたいだから、俺はこれで出るよ。」




「え!?「お待たせしました、私が艦長のミスマル ユリカですっ! ぶいっ!!」
 
 アキトさん、今、ユリカさんが到着して、ナデシコのマスターキーを使用しましたっ!!」

 

「了解……俺は今から地上に出る」

 

「今更、バッタやジョロ如きに、アキトさんが倒されるとは思いませんが……

 そのエステバリスがどうなっているのかが心配です。

 気を付けて下さいね」

 

「ああ、解ってるよ……先は長いからな」

 

 そう言って通信を切ろうとする俺の目の前に別のコミュニケの画面が展開される。



「パイロットの方に俺たち整備班が五分で制作した『カスタムエステバリスリリーちゃんスペシャル』の説明を……

 って、テンカワさんじゃないですか!?」



「やっぱり、君はあの時の……?」



 ウインドウに映った顔は、やっぱり俺が雪村食堂をクビになった時に出会った少年、タチバナ サクヤだった。

 まさか、彼がナデシコの整備員だったなんて……

 俺は驚きを隠せずに言葉を失っていた。



「アキトさん……?

 この人は一体?」



 ルリちゃんも同じだろう。

 当たり前だ。

 彼は『前は』いなかったのだから。

 俺の知っているナデシコには、タチバナ サクヤは乗っていなかった。

 これは間違いなかった。



「あ、どうも俺は整備班副班長のタチバナ サクヤです。

 え…っと……」



 そんな俺たちの驚きを知るはずもないタチバナは、律儀に自己紹介をした後、

 初対面のルリちゃんにどう話し掛けて良いか戸惑っている様だった。



「初めまして、オペレータのホシノ ルリです」



 律儀なタチバナにこれまた律儀に自己紹介をするルリちゃん。

 何だか慌ただしい雰囲気が一瞬霞む。



「あっと、そうだった、時間がないんでしたね。

 それとテンカワさんって、やっぱりパイロットも出来たんですね……

 まぁ、他にもいろいろ言いたい事はありますけど、取り敢えずはこの難局を乗り切るまで置いておきましょう。

 エステの説明とっととやっちゃいますね」



 そんな中いち早く切迫した状況を思い出したタチバナが、俺にこのカスタムエステの説明を始める。



「この『カスタムエステバリスリリーちゃんスペシャル』ですが、ガイがものの見事にスッ転び、

 あまつさえおかしな捻りを加えた状態で地面に叩き付けてくれたお陰で、右腕の伝送系及びエステのバランサー全壊。

 本来ならパーツ総取っ替え、と言うよりは他フレーム、空戦フレームなんですけどね、に換装したかったんですが、

 換装フレームは組み立て中な上、時間がなかった為、急遽空戦フレームの右腕を陸戦フレームに移植、

 壊れたバランサーの部品は同じく壊れた右腕の部品から即席で作ったものです。

 でも安心して下さい、どちらも完璧に接続、機能するように調整してあります。

 さらにウリバタケさんの隠しギミック『リリーちゃん』のミサイルポットを左肩に装備させました。

 これは左手のコントロールスティックの装備換装ボタンで切り替え、ライフルを撃つ時と同じ様にトリガーボタンで発射できます。

 多重ロックオン可能なので一気に大量の敵をターゲッティング出来ますが、いかんせんリリーちゃんのミサイルなので……

 上手く当てないとあんまり威力は期待出来ません。弾幕程度だと思って下さい。

 右腕のアームですが、空戦フレームのアームなのでワイヤードフィストは使えません、

 代わりにアンカークローを射出出来るようにしておいたので、活用して下さい。

 最後にテンカワさんに合わせたセッティングにしてあるはずなので、少しはノーマルなエステより扱いやすくなっている筈です。

 ……っと、説明はこんなところですね。では、健闘を祈ります。

 テンカワさんの炒飯、楽しみにしてますよ」



 イネスさんを彷彿させるような捲し立てる説明を一通り終えると、タチバナは通信を切ってしまう。

 少々取り残された気分のルリちゃんと俺。



「アキトさん……

 彼、何者でしょうか?」



「うんと……

 俺の炒飯のファンだって……

 ソレと整備班副班長で、名前はタチバナ―」



「そなんなことじゃないです。

 私は『タチバナ サクヤ』なんて知りません。

 私の知っているナデシコの乗組員にそんな人いなかった。

 アキトさん、彼は一体何者なんでしょうか?」



 俺がぼーっとしながらそんな中途半端な返事をすると、ルリちゃんは不機嫌そうにそう言った。

 俺だって分からないし、想像も付かない。

 でも、タチバナはそこにいるし、このエステを組み上げてくれた。

 俺の炒飯を好きだって言ってくれた。



「ごめんルリちゃん、俺にも分からない。

 その辺りは、ルリちゃんに調べてもらえると助かるな……

 タチバナ サクヤなんて俺は知らなかったけど、今はナデシコのクルーだ。

 今は彼ら整備班を信じて、このエステでこの状況を乗り切らなきゃ…ね?」



 今は今やるべき事を……

 俺は気持ちを切り替えて、ルリちゃんにそう言った。



「分かりました。

 後で彼の事は調べておきます。

 ではアキトさん、頑張って下さいね」



「ああ、じゃあ行って来る」



 そう言って俺は今度こそ通信を切った。

 

 




 

「俺は……テンカワ アキト、コックです」

 

 昔通りの言い訳……

 

「何故コックが、俺のエステバリスに乗ってるんだ!!」

 

 俺しかパイロットがいないからだよ、ガイ。

 それにお前のお陰で大変だったんだ、後で覚えてろよ……

 

「もしもし、危ないから降りた方がいいですよ?」

 

 そう言う訳にはいかないよ、メグミちゃん。

 

「君、操縦の経験はあるのかね?」

 

 ……嫌になるほどにね、ゴートさん。

 

「困りましたな……コックに危険手当は出せ無いのですが」

 

 別に構いませんよ、プロスさん。

 給料なんて……

 

 それにしても、相変らず……騒がしい人達だ。

 俺は余りの懐かしさから、顔が笑みに崩れそうになるのを、必死に堪えていた。

 

 そして……

 

「アキト!! アキト、アキト!! アキトなんでしょう!!」

 

「……ああ、そうだよユリカ、久しぶりだな」

 

「本当にアキトなんだね!!

 あ!! 今はそんな事より大変なの!!

 そのままだと戦闘に巻き込まれるよアキト!!」

 

 ……今、俺がいる場所を何処だと思っているんだ?

 

「パイロットがいないんだろ?

 俺も一応IFSを持ってるからな……囮役くらい引き受けてやるよ」

 

 本当は囮より、殲滅する方が簡単なんだがな。

 

「本当? ……うん、解ったよアキト!!

 私はアキトを信じる!!

 やっぱりアキトは私の王子様だね!!」

 

 ……君の笑顔が、俺に苦痛を与える事を君は知らない。

 ……君の言葉が、俺に過去の出来事を思い出させる事を、君は知ってはいけない。

 そして今度こそ俺は、ユリカ……君を。

 

「絶対怪我しないでねアキト!!

 後で会おうね!!」

 

「ああ」

 

「……テンカワ機、地上に出ます」

 

 ルリちゃんの声を合図に。

 俺は再び、あの無人兵器達の群れと出会った。

 

 

 

 

 

 俺の目の前には、バッタとジョロの群れ。

 殲滅する事など、今の俺には簡単だが……

 

「……今は俺の実力は隠しておくほうが賢明、だな。

 ここは過去と同じく、囮役と誘導に徹するか」

 

 俺はバッタとジョロの攻撃を紙一重で避けながら、そんなことを考えていた。

 それにしても…



「彼の言った通り、今の俺にピッタリの機動性…

 ブラックサレナには遠く及ばないにしろ、この機動性を引き出すとは……」



 この『カスタムエステバリスリリーちゃんスペシャル』は、信じられない事に俺の能力にしっかりと追いつくだけの性能を持っていた。

 彼が言った通り、これは『俺に合わせたセッティング』だ。

 バッタの攻撃を避けながら、たまにワイヤードフィストで攻撃をしかけて……

 右腕のアンカークローでジョロを貫き、即席ハンマーを作りそれで攻撃……

 確実に敵を殲滅していった。

 中でも多重ロックオンは便利な機能だった……

 が、



ドゴドゴドゴォォォォォン……



 彼が言ったように威力がなかったので、弾幕程度にしかならなかった……

 急加速、急停止、ジャンプ…回避行動に徹しながら、少しずつ敵を破壊して……

 結局俺は、実力の10%程を披露し海にダイブ……

 

「お待たせアキトっ!!」



 過去と同じように海から浮上したナデシコの上に着地。

 ナデシコの初戦闘はグラビティ・ブラストの一撃で勝利を収めた。







 俺がナデシコのデッキに戻ろうとエステを動かそうとした瞬間



プシュゥーーーーーーーーッ!!!


 
 真っ白な煙を上げて、エステはウンともスンとも言わなくなった。



「あれ? どういう事だ、これ?」



 突然の事に俺は何が起きたのか判らなかった。



「6分38秒……

 まぁ良く保った方ですね。予想の範疇です。

 出力を無理に上げたせいでジェネレーターからの戻りが酷かったのと、

 伝送系の無茶がたたって、そこかしこの配線は焼き切れてるし、

 そのエステは完全にお釈迦ですね……」



 目の前にはタチバナのウインドウ。

 何だか色々絶望的な単語が飛び交っている。



「え…っと、ってことは……?」



 取り敢えず状況が掴めなくていまいち自分がどうなってしまったのか実感が湧かない。

 エステはお釈迦。

 これ以上は動く事もままならないと言う事だ。



「あ、でも、安心して下さい。

 エステは爆発したりしませんから……」



 なんだか楽しそうにニコニコしながらタチバナは言う。

 爆発……

 良かった、考えてなかったけど、しないと言うなら安心だ。



「そっか、じゃあ、取り敢えずすぐに脱出とかはしなくても大丈夫なんだね、

 よかったぁ〜……」



 まさかこの世界に来て、ナデシコに乗ったばかりだというのに、こんなバカみたいな事で死んでは意味がない。

 俺はとりあえず今後の事を考えながらつぶやいた。



「いやぁ……

 すぐに脱出しなくていいんじゃなくて、すぐに脱出出来ないんですけどね……

 あはは………」



 そんな俺の呟きに、律儀な、そして信じられないつっこみが入る。

 え? 脱出できない?



「え…っと、それはどういう?」



「アサルトピット……開きます?」



 言われるままに試してみると……



「開かない……」



 そう開かない、ビクともしない。

 というか、コックピット内のウインドウ他各計器も動いてない。



「そういう事です………」



「で、どうしよう?」



「どうしようもないですね」



 しばしの沈黙の後、



「アキトさん、エステバリスが活動停止しているのは何故ですか?」



 今度はルリちゃんからの通信。

 俺は簡単の事情を説明する。

 その後、俺はエステバリスごと、ナデシコ搭載強襲揚陸艦ヒナギクで回収してもらった。



 







 

「負ける……訳にはいかない!!

 俺の、いや俺達の過去への挑戦は今始まったばかりなんだ!!」

 

 ルリちゃん、ラピス……

 頼む、こんな俺だが支えて欲しい……

 全ての贖罪は、最後に払ってみせるから。

 
 決意も新たに俺は誰にも聞こえないように小さく叫んだ。
 

 








 

 











 

 

「タチバナ・サクヤ

 生年月日 2178年9月13日
 
 年齢 17歳

 国籍 日本  

 出身地 京都

 2年前15歳の若さで上京、親の遺産他を全て売り払い兄妹二人で個人事業を立ち上げ重工業部門で精密部品の新型製品を次々開発。

 1年でネルガル重工の兵器開発部門精密部品部の業績を上回りその分野でトップをひた走る青年実業家。

 現在エステバリスの構成部品のほとんどが彼の会社の製品の応用だという。

 その功績を認められて、ネルガルに引き抜き。エステバリス開発に大きく貢献する。

 現在ナデシコでは整備班副班長として若いながらも頑張っている」



 目の前に表示されているウインドウを見つめ、私はひとつ溜め息をつきます。



「経歴がむちゃくちゃなですね……

 ネルガルは一体彼を何処で見つけて連れて来たのやら……

 なんにせよ、気になりますよね……

 彼が何故ナデシコに……
 オモイカネ、今タチバナさんは何処にいるか分かりますか?」



『自室にいます』



「ありがとう、オモイカネ」



 ネルガルがまとめた書類と彼の会社の情報以外何もわからない以上、

 こちらから接触するのが一番手っ取り早い手段ですよね。

 私はそう心に覚悟を決めて、コミュニケを操作してシークレットラインに切り替えると、タチバナさんに通信した。



 ピッ!!



「こんばんわ」



























『こんばんわ』



 予想通りルリちゃんからの通信が入って、内心小躍りしたいくらい喜んだが、

 そんなことは全く表に出さず、取り敢えず挨拶をしておく事にする。



「こんばんわ、ルリちゃん。そろそろ来る頃だと思ってたよ」



 取り敢えず牽制&挑発。

 我ながら、馬鹿な奴だと思う。
  


『来る頃だと思っていた……?

 それは一体どういう事ですか、タチバナさん?』



 予想通り食いついてくるルリちゃん。

 それにしても可愛いよなぁ……



「それで何か用かな?

 そんなことが聞きたいんじゃなかったんでしょう?」



『はぐらかさないでください!!

 確かに聞きたいこともありますが、私は今のタチバナさんの言葉も気になるんです。

 答えてください。

 アナタ一体何者ですか?』



「『タチバナ サクヤ

 生年月日 2178年9月13日
 
 年齢 17歳

 国籍 日本  

 出身地 京都

 2年前15歳の若さで上京、親の遺産他を全て売り払い兄妹二人で個人事業を立ち上げ重工業部門で精密部品の新型製品を次々開発。

 1年でネルガル重工の兵器開発部門精密部品部の業績を上回りその分野でトップをひた走る青年実業家。

 現在エステバリスの構成部品のほとんどが彼の会社の製品の応用だという。

 その功績を認められて、ネルガルに引き抜き。エステバリス開発に大きく貢献する。

 現在ナデシコでは整備班副班長として若いながらも頑張っている』

 じゃ駄目かな?」


 
『ふざけないでください。

 私が聞きたいのはそんな事じゃありません』



 とりあえず、ルリちゃんも知っているだろう事を簡潔に説明してみる。

 まぁ、当たり前のように怒るルリちゃん。

 さすがに少々ふざけすぎたか……
 
 でも、怒った顔もまた可愛いんだよなぁ……

 っていかんいかん……



「じゃあ、何が聞きたいんだい?」

 

『まずはさっきの言葉の意味を聞かせて下さい

 『来る頃だと思っていた』って、どういう事ですか?』



 単刀直入か……

 嫌いじゃないけど、ここですぐに答えてもおもしろくないよなぁ……

 どうしようかなぁ……



「言ってみたかっただけなんだけど……

 ウリバタケ班長の言うところの『男のロマン』って奴だよ♪」



『………………』



 適当にごまかす。

 流石に思い切りあきれられてるな。

 でもこういえば、このことに関しては何か納得してくれそうだし……

 それはそれでうれしいような悲しいような気分だけど。



「他に聞きたい事って?」



 このままダラダラやるのもいいけど、あんまし遊びすぎて嫌われるのは違うし……

 『程良く』が一番だよね。

 俺はそう言って先を促した。



『今日の戦闘時にヤマダさんのエステバリスをアキトさん用にカスタマイズしたのはアナタですね?』



「そうだけど、何か問題でも?」



『おかしいんです。

 アキトさんは戦闘の直前に突然ナデシコに現れて、プロスさんにその場で採用されたいわばイレギュラー。

 そんなアキトさんにあわせたカスタマイズができるものなのでしょうか?

 なぜそんなことができたんですか?』



 流石。

 鋭いんだけど……

 それって自分がそのことに関して情報を持っていますって言ってるのと一緒なんだけどなぁ……



「状況を考えれば簡単だし、パイロットかどうか何てIFSを見れば一発でしょ?

 一応俺整備副班長だし……ね?」



『それは……』



「それに、君の方こそそのイレギュラーのアキト君のことずいぶんと知っているみたいだよね。

 知り合いか何か?

 ……ああ、でもアキト君って火星出身だったよねぇ〜♪

 俺は一応知ってるんだ、彼の事……」



『………………』



 あ、沈黙……

 やりすぎたかなぁ……でも、困った顔のルリちゃんも可愛いよなぁ。



「あ、アキト君てさ、ついさっきまで『雪村食堂』ってとこで働いてたの知ってる?

 あそこ、俺も良く通ってたから……IFS付けてたし、やっぱりパイロットだったんだねぇ」




『でも、どうしてエステバリスをアキトさんに合わせることができたんですか!?

 先ほども言ったように、アキトさんは偶然ナデシコに乗ってきたんです。

 パイロットとしてのデータはおろか、その他個人情報も誰も知らないはずです!!!』



 その論理には少々無茶があるような気が十二分にするんですが……

 とりあえず、納得してもらわないとどうしようもない。



「あのねルリちゃん。

 俺たち整備班は常に人の命を預かって仕事をしてるんだ。

 知らなかったとか、わからなかったじゃすまされない。

 それはオペーターも一緒だよね?

 むちゃくちゃな話だけど、長年の経験って言うのかな?

 その人の立ち振る舞いを見れば、だいたいの想像は付くよ。

 体と同じように簡単に動かせるのがIFSの強みだしね。

 整備班は例え初めて会うパイロットだろうと、万全かそうでなくてもそれに近い態勢で出撃させる義務があるんだ。

 言われなくてもやっておくのが整備班魂ってものだろう?

 こんなこともあろうかと!!  

 ってね♪

 それに、彼の事は知らなかった訳じゃなかったからね……」



『………………』



 俺はこれ以上ないくらいに真っ当なことをそれらしく言ってみる。

 でも俺まだ17歳……長年の経験ってねぇ?


 さてと……

 わかってくれたかなぁ?



『そうですね、確かにそうかも知れません。

 変なことを聞いて済みませんでした』


 
 と、まぁ、案外簡単に折れてくれる彼女は、まだまだ純粋で、若いと思った。

 この程度で騙されちゃうんだから、可愛いものだよね。うん。



「いやいいよ、気にしなくて。

 話ができて楽しかったし」



『今回は私の負けにしておきます。

 それでは、おやすみなさい』



「おやすみ」












「それにしても……」



 ルリちゃんのウインドウが完全に閉じたのを確認してから、俺は静かに呟いた。



《テンカワ アキト、ホシノ ルリ両名とも未来からの逆行者……の様ですね、マスター》



 スリープモードに設定しておいた俺のサポートAI『ウィステリア』は、起動すると直ぐに俺の考えていた事を代弁する。



「間違いなさそうか?」



 俺は首から提げている藤色の勾玉のアクセサリーを見下ろしながら、独り言を呟くように話しかける。

 この勾玉が『ウィステリア』通称ウィスだ。通称と言っても、コイツの存在を知っているのは俺ともう一人……アイツ位のものだが……

 頼もしい俺の相棒だ。



《確証はありませんが、ほぼ間違いないと思います。

 先程のホシノ ルリの言動、テンカワ アキトの機動兵器操縦技術……

 そして、やはり二人とも先程の戦闘が起こる事を知っていた様な行動……

 それらの事柄から考えられるのは……》



「彼等は未来を知っている……『帰還者』って事か」



 『帰還者』……

 ボソンジャンプの時間移動の特性を利用した過去への時間航行……

 主にその目的は歴史の改変……



「アキト……

 お前はどんな未来を望むんだ?」



 真っ暗な自室に、俺の呟きは吸い込まれていった……























『おやすみ』



 なんだかとても優しい顔でそう言うと通信はとぎれました。



「ふぅ……

 今回は私の完敗ですね」

 

 しかし、私が言い負かされるとは思いませんでした。

 結構自信はあったんですが……

 まだまだですね、私も。




「それにしても…………

 タチバナさん、

 アナタ一体何者ですか?


























あとがき


こんにちは、いや、はじめまして。

作者の盈月でございます。以後お見知りおきを……

以前からこのHPのSS(でいいのかな?)を楽しく読ませて頂いております。

 (以前何度か別のHNで感想を書いたこともありました。もう大分過去の話ですが……)

この度は、『時の流れに』の二次著作物を勝手に書かせて頂きました。


 とりあえず早速オリジナルキャラを二人ほど……

 この二人が、この物語の主役になる予定です。

 といっても、序盤はアキトをメインとした『時の流れに』のストーリーに準じていくので、主役と呼べるほどの物でもないかも知れませんが……

 一応今回名前までしっかり明らかになった方だけ紹介しておきます。

 もう一人はまた今度……という事で、あはは……

 では、紹介します。

 この物語のもう一人の作者であり、登場人物でもあるタチバナ サクヤ、本名を……


タ「タチバナ サクヤです。

 この物語では、今のところ『青年実業家』と『元エステバリス開発スタッフの整備班副班長』という肩書きを貰っています。

 他にもいろいろと設定があるんですが、今はまだ秘密という事で……

 とりあえず、よろしくお願いします。」


 チッ……

 折角本名をバラしてやろうと思ったのに……

 因みに、彼、タチバナの設定は今のところ本編でルリちゃんが言っていた通りです。

 ルリちゃんが掴んだ情報には『嘘は』ありません。


タ「『嘘は』ね……

 それよりも、もう一人のオリジナルキャラ……

 アイツはどうしたわけ?

 紹介しないのか?」


 あの子はまだちょこっとしか出てないでしょ?

 それなのに説め……ゲフンゲフン、解説しちゃったら面白くないじゃない?


タ「ここに彼女はこないだろ……

 まぁ、確かにな……

 じゃ、アイツの紹介はまた今度か……

 おーい、残念だったなぁ〜っ!!」


???「……TT(涙)」


 君はまた今度紹介してあげるから……(汗)


 うぅ……あとがきが長々……


 という訳で、異分子タチバナを乗せて、前回とは違ったトラブルを乗り越えたアキト達を待つ運命や如何に!?

 ってことで、今回はお仕舞いとさせていただきます。

 次回もなるべく速く投稿したいと思うので……


タ「それでは、皆さん。

 次回『『緑の地球』はまかせとけ なんてな♪』でお会いしましょう!!

 あ、っと……

 あと、感想、批難、罵倒の言葉等等、メールなどを頂けると、作者は泣いて喜びます。

 気が向いたのならくれてやってくだされば幸いです。

 ではでは、また次回」



 ではでは、長々とお付き合いいただき、まことにありがとうございました。



 

代理人の感想

ん〜〜〜〜〜〜。

時ナデ三次としては割と上手い方だと思うんですが・・・・・これからを見てみないとどーも。

お約束ですが次回以降に期待、と言っておきましょう。

単にタチバナたちが大活躍するだけなら未来はありませんけれども。

 

 

>おかしな所はありませんが……

いや、17歳で実業家とか業界トップの技術者だとかエステバリスの開発者だとかそれがナデシコ配属だとか、

死ヌ程おかしいと思いますが。(爆)