Last Vision〜忘れ去られた物語〜















「……跳躍門すら……破壊するか……」



 爆散するチューリップの映像を見つめながら、重々しい声で呟く男は、腕組をしながら目を瞑った。

 

「しかし、活動を止めたチューリップを使って攻撃するとは……考えたなっ!!」



 作戦失敗を意味する映像を目の当たりにしながらも、軽そうな声で発言する一見真面目そうな男。

 実際軽い奴なのかもしれない。彼は朧に向かってウインクをしながらそう言ったのだから。



「一度死んだと思ってたものが復活すりゃ、意表はつけるだろうと思ってさ……

 まぁ、今回は、向こうの艦長さんが俺より一歩上を行っちまったから失敗したけどな」



 ニタニタと笑いながら楽しそうに喋る朧に、会議に参加している軍人達が少々腹を立てる。

 しかし誰もがその彼女の力をその肌で知っているだけに、それを口に出す者はいなかった。

 そもそも、誇り高い彼等にとって、こういった厳粛な会議に子供がいることは許せないのかも知れない。



「強固な時空歪曲場と装甲を持つ跳躍門を内部から破壊する……

 奴等にとって見れば得体の知れないこの兵器の内部に入って砲撃をしようとは、

 敵ながら天晴れな采配だな……そして、その無謀な作戦を成功させてしまう新型戦艦……

 確かに厄介なものが投入されたな……」



 ナデシコのことを高く買ったような発言をするこの男も、立派な軍人だ、彼のこの発言に意見するものもいない。

 この会議で話し合っている事は、地球をどう制圧するかという事と、この新造戦艦をどうするかだ。

 特に重点を置かれているのは、言うまでもなくナデシコだった。



「でもさ、撫子は連合宇宙軍、地球の軍には協力しないみたいだぜ?」



 重苦しい空気の中で、一人あっけらかんとしている朧がそういうと、

 今まで目を閉じて黙っていた男がやはり重い口を開いた。



「それは確かな情報か、朧?」



 圧倒的な存在感をアピールするような発言。それに込められた威圧感に会議室にいた全員が一瞬凍りついた。

 しかし……



「ああ、間違いないぜ、草壁。

 あの船は、ネルガルの独自の目的を果たす為、単独で火星に挑むつもりだ」



 それを吹き飛ばし、あっさりと笑顔でそう答えた。



「火星……だと?

 だとすれば、奴等の狙いは……」



「間違いなく、『アレ』だな……」



 朧と草壁の会話。

 他の者には何を言っているか全く理解できないでいた。



「だとしたら、奴等を放って置く訳には行かないな……

 即急に手立てを……」



「待てよ、草壁。

 目的地が火星なら、その道すがらにこっちの主戦力を配置するのは結構骨だ。

 地球上ならチューリップが腐るほどあるが、地球から火星の間のチューリップはあらかた地球に落しちまった……

 中途半端な戦力をぶつけても意味はないし、今火星に配置している戦力を削ぐのも良くないだろ?

 だったら、いっそのこと、火星に配置している戦力を、今よりももっと強力にして、奴等を迎え撃てば良い……」



 草壁の言葉を断ち切って、朧はそう提案した。



「お前が言う通りかもしれん……

 敵戦力が分からない今、闇雲に戦力をぶつけて失うわけにもいかんしな……

 ならば、お前の言うとおり、火星配置の戦力を増強するとしよう。

 奴等の航行ルートにおける戦力は、あの新造戦艦の力を分析する事を目的にするのだ!!」



 こうして、ナデシコに対する軍の方針は決定した。
















「さて、朧よ……

 そろそろ例の作戦に移るとしよう。

 準備は出来ているか?」



「ん?

 もう入るのか? 気が早いなぁ……

 まぁ、準備は出来てるけどな……

 俺はもう少し泳いでから動くさ。

 それでいいんだろ?」



「決行は任せる。

 期待しているぞ……」



「はいはい、期待に沿えるように俺もがんばるよ。」






 会議が終って草壁の私室に呼び出された朧は、そう言って部屋を出て行った。














 

 

 

 

第三話.早すぎる「さよなら」! ってなんのこと?









 俺もルリちゃんも頭を抱えていた。

 悩みの種はもちろんアイツの事だ。



「タチバナさんの事、また逃げられちゃいました」



 いや、どうやら俺とルリちゃんが悩んでいる原因は違ったようだ。



「うん、そうだってね……もうそれを聞くのは6回目だよ」



 俺が悩んでいるのはガイの事だ。

 次の戦闘でガイの運命が決まる。



「ルリちゃん、ガイの事なんだけどね……」



「全治二ヶ月だそうです」



「アイツを俺はやっぱり殺したくな……」



「全治二ヶ月だそうです」



「………惨めだな、ガイ」



 ナデシコに乗艦してからこっち、一回とてまともに戦闘に参加する事無く、医務室にガイは入院していた。

 そして、前回の出撃時……

 人知れず、水中でチューリップの触手と戦闘。

 いや、ルリちゃんはしっかり知ってたんだけど……

 その際、激しい衝撃で骨折した左足の状態は、甚大なレベルにまで悪化。

 全身打撲も併発……不幸極まりないと言うか……自業自得と言うか……

 何と言うか……まぁ、未来を知るものとしては正直あり難いのだが…・・・



「……お見舞い、行って来ますか?」



「そうだな」



 ルリちゃんの提案を即快諾して、俺はガイの見舞いに医務室に行った。

 俺が顔を見せると、ガイは泣いて喜んでくれた。



「テンカワァ〜っ!! お見舞いに来てくれたのはお前がはじめてなんだぁ〜っ!!」



 ……まぁ、騒がしい奴だからな、皆敬遠しているんだろう(汗)





 しかし、俺達は何も干渉していないのに、未来は変わり始めている。

 何故だろう?

 いや……何もしていないからだろうか?

 
 ……それだけじゃないな。

 タチバナ サクヤ。

 彼の存在が未来を変えているのだろうか?

 ルリちゃんの話だと、ムネタケの叛乱の時、彼の部下達を説得懐柔したことを示す映像がナデシコ艦内至る所で残っていたそうだ。

 あの時に俺が感じた違和感は、彼によって引き起こされたこの事件(?)によるものだったらしい。

 阻止……とまでは言えないにしろ、彼はそうする事で危険を回避する事に成功していた。

 要するに、俺達が何もしなくとも、彼が色々と歴史を変えている……

 ルリちゃんはそう言っている。

 彼には何か目的があって、その為に過去へ来て、歴史を改変しようとしているのだと……


 本当にそうなのだろうか?

 ルリちゃんが調べてくれた情報を整理して、俺はルリちゃんとは違う結論も考えた。

 彼はネルガルシークレットサービスと同等かそれ以上の腕を持っている言うし、プロスさんからも一目を置かれている。

 そんな彼だから、今回の叛乱を安全な形で終局させた事は、歴史への干渉と言うよりは、むしろ、クルー全員の命を優先した行動だと言えないことも無い。

 未来を知る俺たちから見るから歴史の改変なんていう風に映ってしまうかも知れないが、現在の状況からこの事態を鑑みて、それだけの力があるなら、逆に自然な行動だと思うのだ。

 そもそも、俺達が来たこの世界が、あの歴史を辿ると決まっている訳ではないのではないだろうか?

 うぅ……何か混乱してきたぞ……

 ルリちゃんはああやって怪しんでいるけど、俺は頭ごなしに彼を未来からの逆行者だとは思えない。

 いや、こんな事だから、ルリちゃんやラピスに色々心配をかけてしまうんだろうか?

 とにかく、様々な思惑を抱いたまま、ナデシコの航行は続いていた……






 そしてナデシコは、連合宇宙軍の地球防衛ラインの突破を開始していた……

 地球を守る筈の防衛ラインが、地球から逃げようとするナデシコを阻む……

 なんだか複雑な心境だ。





ドオォォォォォォォォッ……



 ナデシコのディストーションフィールドに、ミサイルが着弾する音が遠くの方に微かに聞こえている……



「第4防衛ラインを突破……」



 ルリちゃんの冷静な声。

 残りは三つの防衛ライン。

 だが確か第三防衛ラインには……



「絶対に来ますよ、アキトさん」



「ああ、来るだろうな……出来れば穏便に、ナデシコに同乗して欲しいんだけど」



「……大体、ユリカさんに置き去りにされた時点で諦めませんか、普通?」



 ルリちゃん、それは相当キツイ発言ですね……

 多分、本当にユリカはジュンを忘れてただけだと思う。いや、絶対に……

 悪気は無いんだ。


 その方が酷だけど。



「でも、副長がいないまま誰もその事を気に掛けないこの船って……」



「ルリちゃん、それは言わない方が良いと思うよ。

 特にジュンには……」






「そういえば……プロスさんから火星に行く説明を聞いた訳だが。

 今考えると、無謀な事考えたもんだよな…

 過去では……ええと、そうじゃなくて、前回は火星に行けるって単純に喜んだけど」



 敵の占領下のほしに、たった一隻の戦艦引っさげて殴りこみ。

 確かに軍人が聞いたら、呆れるような話だよな。


 ……普通の人が聞いたら、狂気の沙汰か……



「それでも……今回もアキトさんは、ナデシコに乗って火星に行くんでしょう?」



「ははは、当たり前だよルリちゃん。

 ……火星にはアイちゃんが待ってるんだから」



「……やっぱり、アキトさんは変わってませんよ」



「……そうか、な?」



 そこで俺とルリちゃんの会話は、乱入者のお陰で途絶えた。



「ア〜キ〜ト〜ッ!!

 もう!! 幾ら知り合いだからって、ルリちゃんとばかりお話して!!

 私もアキトとお話がしたい、したい、したいっ!!」



「俺もルリちゃんとお話がしたい、したい、したいっ!!!」



 ……まぁ、ユリカは天真爛漫とか言っても差し支えないと思う。

 えこひいきだと言われればそれまでだけど……



「嫌です。タチバナさんは持ち場に戻って下さい」



「冷たいなぁルリちゃん。俺とルリちゃんの仲じゃないかぁ♪」



 ……ん、まぁタチバナもまだ若いしな……そういう事で一応片を付けておこう。

 取り敢えず、不可解なものは無視だな、無視。

 いや、無視して良いものなのかは分からないけど、彼を頭ごなしにおかしいと決め付けるのは止めにしたんだ。

 そうだろ、テンカワ アキト?

 整備員がブリッジに現れる事だって別におかしな事じゃないし……

 現にパイロット兼コックだか、コック兼パイロットの俺だって関係ないのにブリッジにいる訳だしな……

 ルリちゃんの話を全部まとめると、確かに彼の行動は不可解だし、ルリちゃんがそう思って疑ってかかるのも仕方ないとは思う。

 タチバナ サクヤ……

 俺の知らないナデシコのクルー。

 彼が何者か、それは俺には分からないけど。

 今は保留にしよう。

 少なくとも、彼の行動は俺達を妨害するでも、俺の大切なものに危険を及ぼすでもなさそうだ。

 いや……正直な話、怪しい事は怪しいんだけどさ……



 にしても、見かけは11歳のルリちゃんに、本気で嫉妬するとは……

 ユリカ、本能的にルリちゃんの精神年齢を感じ取っているんだろ言うか?

 だとしたら、流石と言うか、侮りがたいと言うか……

 でも、実際に俺はユリカの事を避けている。

 理由ははっきりしている。

 苦しいんだ。ユリカの側にいると、抱き締めたくて、心に溜めた思いを口にしたくて……

 そんな、情けなくて弱い自分を抑えるのが、惨めで、嫌になる……


 だから……



「何を話すんだよ……昔の事も今までの事も、全部話して聞かせただろ?」



 内心、俺をかき乱す葛藤をおくびにも出さず、俺はユリカをそう突き放す。



「うぅ〜〜〜〜!!

 じゃ、ルリちゃんと何を話してたか教えてよ!!」



 『じゃ』って、ユリカ……やっぱり話す事無かったんじゃないか……

 半ば呆れながら俺が拒否しようとすると、俺が喋り出すタイミングにピッタリ合わせてタチバナの言葉がかぶる。



「それは、俺も聞きたいなぁ♪」



「プライバシーの侵害です」



 ユリカには遠慮しているルリちゃんだが、そのタチバナの発言に対しては、いつもよりもっと冷たい視線と態度で言い放つ。

 あ、ルリちゃんに俺の台詞取られちゃったな……



「う!! ルリちゃん恐い。

 でもでも!! そう!! 艦長命令ですよ!!」



 なかなかめげないのはユリカらしいが、艦長命令って、それは職権乱用だろう……



「ナイスですっ! 艦長♪」



 タチバナ……

 煽るなよ……

 絶対面白半分だろ、お前?

 段々お前がどんな奴か分かってきたんだぞ、俺は……



「黙秘権を行使します」



 ルリちゃんの冷静な反撃に……



「え〜〜〜ん!!

 ル,ルリちゃんが私を苛めるの、アキト〜〜〜〜!!!」



「アキト〜〜ッ!!」



 ある意味完璧なチームワークで俺に泣き付いて来る二人。

 名付けて『お話し隊』とでも呼んでやろうかと少し思案して止めた。

 なんかあまりに安直過ぎるし、馬鹿にされそうな気がする。

 本当にどうでもいいことなんだな。忘れよう。うん。


 とにかく……そこで俺に頼るのか?

 凄く意図的なものを感じるんだが。

 ついでにタチバナ、猫なで声……何だか気色悪いぞ……



『敵機確認』



「ありがとうオモイカネ……船長、第3防衛ラインに入りました。

 同時に敵機デルフィウムを9機確認。

 後、10分後には交戦領域に入ります」



 『どうしますか?』と小首をかしげながらユリカに問うルリちゃん。



「うわぁ〜っ! ルリちゃん、マジ可愛いなぁ〜っ!!」



 まぁ、タチバナは無視するとして。



「う〜ん、ディストーションフィールドがあるから大丈夫だと思いたいけど」



 そんなユリカの曖昧な発言にルリちゃんが口を挟もうとすると、



「いや、今の相転移エンジンのフィールドの出力では、完全に敵の攻撃を防ぎ切れない。

 ……だよね? ルリちゃん」



「え、ええ、そうですね」



 意外にもタチバナがそう言った。

 タチバナのその言葉にルリちゃんも少しビックリしていた。

 でも、タチバナって整備員なんだよな、それ位分かって当たり前か……

 ルリちゃんはタチバナに向ける疑惑の眼差しを一層強める。

 ルリちゃんルリちゃん……タチバナってウリバタケさんに次ぐ腕の持ち主なんだよ……?

 いくらタチバナふざけた奴だからって、侮りすぎでしょ……


 ん? こっち見てるなユリカの奴。

 まぁ最終的には、俺が出るしかないんだけどな……

 ん? なんか胸に一抹の不安がよぎるな……



「でも……あ、ヤマダさんがどうしてエステバリスに乗ってるんでしょう?」



 メグミちゃんの呟きに全員の返事は一致していた。



「え、うそ?」(ブリッジ全員)



 あはは……うわ、嫌な予感が的中だ……

 そうだよな、そういう奴だったよな確か。



 ルリちゃんが慌てて表示させた通信ウィンドウには……

 全身包帯男が、エステバリスに乗って飛び立とうしている姿が映っていた。




 一応確認してみる。



「……ガイ、何してるんだ?」



 俺の質問に一欠けらの迷いも無くはっきりと返答してきた。



「決まってるだろうが!!

 俺のこの熱い魂で!! 俺の、俺達の行く手の邪魔をする奴達を叩きのめ〜すっ!!!」



 溜息意外何も出ないよ……ホント……



「ヤマダ機、ナデシコから発進。

 ……どうします?」



 確認するような言い方をするメグちゃんと、集まる視線。

 いや、流石に黙って見殺しには……出来ないよなぁ……



「ユリカ……俺が出て連れ戻してくるよ」



 渋々そういう俺にユリカは少しだけ逡巡してから、



「……仕方ないよね、許可します!!

 アキト、でも無茶はしないでね」



 何て言って俺の背中をパンッと叩いた。

 ユリカ……その言葉、ガイに言ってやってくれ、ガイに……

 盛大に俺が溜息をついていると、ルリちゃんが俺に声をかけようとして……



「んじゃ、俺もデッキに行くね、ルリちゃん♪」



 タチバナに阻まれた。

 全く相手にされないのは分かりきってる筈なのに……



「アキトさん、頑張って下さいね」



 案の定無視されたタチバナは、滝のように涙を流しながら駆け出す俺の横に並んで一緒に走り出した。







 何だか良く分からないが、一緒に廊下を走る事になった俺達……



「あそこまで冷たくされてるのに、良く諦めないよねぇ……」



 ちょうどいい機会なので、少し呆れつつ横を走るタチバナに思わず吹き出しながら話し掛けた。



「あはは……って、何笑ってるんですかっ!? 失礼ですよ、もう……

 ん、まぁ、良いんですよ、テンカワさん。

 今は彼女に僕の事好きになって貰おうなんて烏滸がましいこと、考えてません。

 別に彼女が僕の好意に応える義理なんて無いんですから……

 だから今はアレで良いんですよ、それなりに楽しんでますしね♪」



 心底楽しそうな、ある意味ユリカのような笑顔でそう答えたタチバナ。

 楽しんでるって……タフと言うか、不貞不貞しいというか……

 いや、まぁ、今はそれよりも……



「ルリちゃんの事……本気なのか?」



 正直自分で言ってみて『娘はやらん』って言ったコウイチロウさんみたいな言い回しだったような気がする……

 まぁ、ルリちゃんは俺にとって娘みたいな、妹みたいなものだもんな……

 でも、さっきのタチバナの発言が、どうしても真剣だったような気がして、確認した。



「本気とか、浮気とか、正直良くわからないんですけど、

 気にはなりますよ、色んな意味で……」



 そんな俺の質問に対して返ってきた答えは期待していたものとは違った。

 期待していたものとは違ったけど……

 でも、何だか嬉しかった。

 ハリ君、手強いライバルの登場かも知れないぞ……

 つくづく父親気取りの自分に思わずまた吹き出す。



「あ、でも、ルリちゃんは冷たそうに見えるけど、本当は……」



「優しくて、思いやりのあるいい子。 ですよね?」



 廊下を疾走しながら、お互いの顔を見合って、何だか変な会話をする俺達。

 不思議と自然な会話が出来ていた。

 前回存在しなかった同年代の少年。

 ガイとはまた違った、でも、風変わりな奴。

 二回目の人生の中の初対面な彼だからこそ、下らない駆け引き無しに自然に振舞えたのかも知れない。

 ふと思い付いた事を提案してみる。



「あのさ、前から思ってたんだけど、俺達年もそう変わらないんだから敬語止めないか?

 俺の事はアキトで良いよ。……えっと、サクヤでいいかな?」



「ええ、良いですよ……じゃなくて。OK、問題なし。

 んじゃ、アキト。とりあえずデッキに急ごう!!」



「ああ」



 デッキまでの数分、少しだけタチバナ、いやサクヤと話した。

 ルリちゃんが言うほど、危険な奴には見えないけどなぁ……




 そして、ガイの発進から遅れる事約10分、俺もエステで出撃した。

 頼む……ガイ、面倒な事になってないでくれ……








 戦闘宙域に差し掛かると、敵のミサイルからあっちにそっちに逃げ回るガイの姿があった。

 一応自分の身の危険から、回避行動に専念しているようだ。

 正直無様な姿で必死に攻撃を避けるガイを見つめて、自業自得なのでしばらく放置しておこうか? と、真剣に悩んでいたら……



「博士っ!! ウリバタケ博士!!」



 ガイが何か叫んでる。



『何だよぉ、博士ってぇのは……何か用か、ヤマダ?』



 いかにも面倒臭そうに答えるウリバタケさん、その応対にこう『ガァー』って感じでまくし立てるガイ。



ダイゴウジだ!!! そんな事より博士、俺のゲキガンガーの消耗が思いのほか激しいんだ……」



 いや、『そんな事』って……

 お前、これからは『ヤマダ ジロウ』って呼ばれても構わないのか、ガイ?



「そんな訳だから、ウミガンガーを出してくれ!!

 ガンガークロスオペレーションだ!!!



 ガンガークロスオペレーション……確かエステのフレームを空中換装する離れ業だった気がする……

 前は海でチューリップと戦った時に俺と二人でやった奴だよな…確か……



『ウミガンガー? ウミガンガーなんてものあるわけ……』



 これ以上相手はしてられないと言った感じで話を切ろうとするウリバタケさん。

 まぁ、当たり前だよな。

 ガイの言ってること『意味分からない』し……




『ガイ!! ウミガンガー…海戦フレームは現在調整中だ。

 だた、ゲキガンガー…空戦フレームのスペアボディーを射出する!!!

 ガンガークロスオペレーションで、そっちに乗り換えるんだっ!!!




 そんな可哀想なガイの意図をしっかりと汲み、熱い台詞で受け答えをする整備班副班長。

 いや、海戦フレームって何だよ一体……



「あんたは……えーと、そう、そうだ!!

 あんたはプロフェッサータチバナ!?

 ……分かった、いちかばちか、もうそれに賭けるしかないな」



 いちかばちかって……

 プロフェッサーって今考えただろ、絶対。

 それとサクヤ、お前何やってんだよ……その行動が事態を余計混乱させてるって、お前なら絶対分かってるだろ……



「プロフェッサー……掛け声は分かってるな?」



『ああ、もちろんだ』



 プロスさんの如くそのメガネを光らせて頷くサクヤ。

 いや、何で分かるんだよサクヤ……



「いっくぜぇぇぇぇっ!!!」



『「クロゥーーーーーーッスッ

  クラァッッーーーーーーーーーーッシュッッ!!」』




 示し合わせたように絶妙のタイミングで叫ぶ熱い、暑苦しい二人。

 何だか作画が劇画調になってないか?


 サクヤが言ったとおりにナデシコから射出されたゲキガンガー(空戦フレーム)。

 ガイはその空戦フレームとのタイミングを計って、アサルトピットでボロボロのエステから離脱すると、そのまま空中で換装を完了した。

 いや、宇宙空間なので本当は全然聴こえない筈なのだが、何故か……



ガキョーーーンッ!!



 とか、言う音が聞こえた気がした。

 ガンガークロスオペレーション(空中換装)が成功した事でそのボルテージを一気に高めるガイ。



「うおぉぉぉぉ〜〜〜〜っ!!! 行くぞ悪のロボット軍団!!!!」



 そして、そのままの勢いで、唖然としているデルフィウムの集団の中に突っ込んでいくガイ。



「「「「「……………………」」」」」



 ブリッジ内が静まり返っているようだ。

 通信からは何の物音も聞こえない。

 ちなみに、健闘虚しく、ガイのエステはジュン達の操るデルフィウムにたこ殴りにされている。

 俺はそんな光景を黙って見つめていた。

 何と言うか、あれだ、何もする気が起きなかったと言うか……

 そう、脱力していた。脱力していたんだ。



『あ、アキトさん、ヤマダ機たこ殴り状態です』



 いち早く正気(?)を取り戻したルリちゃんの声。



「このまま放っておこうかなぁ……?」



 それで正気に戻った俺が本気であきれ返りながら、真剣に相悩んでいると……



「何してるんだアキト!!

 親友のピンチだぞっ!! 早く助けろっ!!

 身体中が痛くて、気が遠くなるぅ〜〜!!!」




 とは、ガイさんの発言。

 親友言うなら余計な手を焼かすでない。

 身体痛いなら無理してまで戦闘に出なければ良いだろうに……

 そんな当たり前が通用しないのがダイゴウジガイなのだとつくづく思い知らされた。



「はいはい……俺が到着次第、牽制するから早くナデシコに帰艦しろよ」



「おう!! 俺の囮としての役目は全うした!!

 後はお前に任せるぞアキト!! イテテテテテ……」



ゴオォォォォォォォ!!



 ボロボロの空戦フレームを抱えてフラフラと見るからに危なそうにガイはナデシコに帰艦していく。



 本当に無事に帰れるのか、ガイ?

 いや、もう既に無事なんて呼ぶには無理がある状態だけど……

 そもそも、囮のつもりだったんだな……

 その役割すらまっとう出来てないなんて……

 ガイ、俺目頭が熱くなって来たよ……









 その頃ナデシコではユリカとジュンが通信で話をしていた。



「ユリカ!! 今ならまだ間に合う!!

 ナデシコを地球に戻すんだ!!



「……駄目なのジュン君。

 ここが、ナデシコが私の居場所なの。

 ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもない……

 私が、私らしくいられる場所はこのナデシコにしか無いの」



 ユリカの切実な思い。

 戦争という大きな流れの中で生まれ、

 連合宇宙軍提督という父を持ち、

 当然のように士官学校に通ったユリカを、次初めてユリカとして扱ったのがこの船のクルー達だったんだろう。

 『ミスマル提督の娘』……

 そうして扱われてきた彼女が、他でもない『ミスマル ユリカ』でいられた場所。

 そんなナデシコを離れる事は、彼女には出来なかったと言う事か……



「……そんなに。

 分かった、ユリカが、ユリカの決心が変わらないのなら」



「分かってくれたの、ジュン君!!」



 静かに言うジュン。

 でも、力強く見開かれたジュンの瞳は……







「あの機体をまず破壊するっ!!」




 ジュンの視線の先には、ふらつくように逃げるガイのエステバリスがあった。





 そして、俺の目の前で、ガイの機体に向けてデルフィウムのミサイルは発射された。

 その数、6発。



「くっ!! だから無茶をするなとっ!!!」



 瞬間、俺は何も考えていなかった。



ドンドンドンドンッ、ドドンッッ!!



 ガイに向けられたミサイルを、ライフルのピンポイント射撃で全て叩き落す。

 撃ち洩らしなどありえない。或る筈が無い。

 閃光のような速射、6発のミサイルを打ち抜き、俺は叫ぶように言い放つ。



「ガイ!! 今の内に逃げろ!!!」



 その光景に……俺の射撃の腕前に、敵味方が戦慄する。

 俺は忘れていた、自分の実力を隠す事を……



「お、おうっ!! しかし、とんでもない腕前だなアキト。

 お前本当にただのコックか?」



「……今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!!

 俺が敵を牽制するから、早くナデシコに!!」



 言いながら、再び攻撃を仕掛けようとするデルフィウムの内三機を一呼吸の内に沈める。

 視線はガイに向けたまま、テレビを見ながら煎餅を取るような自然な動作で……



ドドンッ!! ドンッ!!



 背面のブースターを破壊され、地表へ向けてゆっくりと降下していく三機。

 あの損傷で死ぬ事は……無いと思いたい。



「わ、分かった!!」



 そう言い残してガイはナデシコに向かう。

 敵は先程の光景に戦慄して固まっているようだった。


 そして、それは味方も同じだった。


 ……取り返しのつかない事を、したのかも知れない。

 先程の考え無しな行動に悩む俺に、ルリちゃんからの通信が入る。



ピッ!!



『あの場合、アキトさんがヤマダさんを見捨てる事は、絶対に無理だと思います』



「ありがとう、ルリちゃん……まぁ、今更仕方が無いことだけどね。

 目の前で誰かが死ぬのはもう沢山だ……それが親友なら尚更ね……

 さて、後はジュンか……」



 ルリちゃんの率直な言葉が嬉しかった。

 でも、ルリちゃんに気を使わせる事になるとは……父親代わりとしても、兄貴分としてもまだまだ修行が足りないな……

 今更、起こした事を気に病んでも仕方ない。



『では、頑張って下さいね』



「ああ、でも、俺は口下手なんだけどな……」



『それでも、アキトさんじゃないと納得してくれませんよ、ジュンさんは』



「む、了解」



 笑顔でルリちゃんと通信を終えると、入れ替わりにジュンからの通信が入る。



ピッ!!



『テンカワ アキト……

 正直に言おう。俺はお前が憎い!!



「これは……また、随分とストレートに来たな」



 ジュンの珍しい発言に、俺は思わず苦笑した。

 『憎い』か……



『お前の一体何が、ユリカを魅了したんだ!!

 特別なものなど何も持っていないお前が!!』



 ジュンの言葉を静かに聞きながら、少しだけ呆れる。

 魅了だの特別だの……そんなもので人の心が簡単に傾くわけが無いだろうに……

 これだからお坊ちゃんは……

 まぁ、前回では、俺もこの時点では似たようなものだったが……



「ふぅ、……じゃあお前は何を持っていれば……ユリカに相応しい男だと思うんだ?」



 ユリカに相応しい男……

 ユリカの隣に立つ資格をもたない俺は、少なくとも相応しくない。



『!! そんな事……

 俺が聞きたいくらいだ!!!』



 ジュンの叫び。

 そんなもの、あるとは思えないし、あるんだとしたら俺も聞きたいよ。



「……ジュン、お前はユリカの為だけに、ここまで来たのか?」



『違う!! それも理由の一つだが……

 僕は……僕は正義の味方になりたかった……

 だけど、正義の象徴だと思っていた連合宇宙軍も、決して正義だけの存在じゃなかった……

 正義が何か……分からなくなった……

 でも、それでも、ここでナデシコを見逃せば、ユリカとナデシコには帰る場所がなるなるんだっ!!

 そんなの…それだけは…駄目だと思ったんだ……思ったんだ!!!』



 帰れなくなる……

 確かにこんな事をすれば命令違反。

 連合宇宙軍の裁判にかけられ、罰せられると言うわけか……

 命令違反だとか、そういうのに、本当五月蝿いからな、軍人と言う職業は……



 それにしても……

 見失った信念か……迷子だな、ジュン。

 信じる正義の所在を見失って、大切なものの居場所を守ろうとしたのか……

 だとしたら……



「だとしたら、お前が守るべきは何だ?

 お前が守りたいものは、何なんだ、ジュン?」



 真正面からそう問い掛けた。

 ジュンが守りたいもの、俺が守りたいもの……

 結局それは同じものなんだから……



「心配しなくても、ネルガルが上手く立ち回る。

 ナデシコは、ユリカは大丈夫だ。

 それよりも、ユリカをサポートする人材が、実は不足しているんだがな」



『……僕に、ユリカを守れって言うのか?』



 お互い無言で睨みあう。

 命令の遵守か、ユリカの側で戦う事か……


 多分、もう答えは決まっている。



『テンカワ アキト……

 俺と一騎打ちで勝負しろ!!』



『隊長!! その様な行動は……』



『もうすぐ第2防衛ラインだ……ミサイルの雨が来る。

 お前達はステーションに戻っていろ!!

 僕は、僕はここでけじめをつける!!!』



『了解しました!!

 御武運を……』



ゴォォォォオオオオォオォッ!!



 そう言い残して、部下達は去って行く。

 第2防衛ライン……ミサイルの豪雨か……

 時間は無いな……



『テンカワ君、これはけじめだ……

 悪いけど、付き合ってもらう』



 ジュンの覚悟の声。

 俺はゆっくりとライフルを構えた。



「ナデシコにはお前が必要だ、ジュン。

 その勝負受けて立とう、俺が勝ったら、ナデシコ副長に戻ってもらうぞ。

 時間が無い、手加減は出来ないから、そのつもりで覚悟しろ」



 時間も無いし、もう俺の実力もばれてしまった。

 今更隠したところで意味が無いのだ。

 俺は宣言通り手加減を意識しないでIFSにイメージを送り込む。



『望むところだテンカワっ!!

 こちらも本気で行かせて貰うっ!!!』



 ジュンのデルフィウムも、その叫び声と共に急加速。

 一瞬で俺の懐に飛び込んできた。



ズガガガガガガッ!!



 密着状態でのライフルの連射。

 流石のフィールドもこれを食らったら堪らないだろう。



「遅いな、ジュン」



 確かに食らったら堪らない。食らったらな。



『馬鹿なっ!!

 どうしてお前がそんなところにっ!?」



 ジュンの驚愕の声。

 俺の機動速度に完全に置いて行かれている。

 密着状態に持ち込まれた瞬間、俺はエステの身体を捻って距離をとりそのままデルフィウムの背後に回りこんだ。

 エステのボディーに突きつけられていたライフルの銃口には先程の先頭で壊れたガイのエステの右腕を当てておいた。

 だからジュンは驚愕しているのだろう。手応えだけは確かにあったはずだ。



「どうしてって……

 避けてここに移動しただけだよ。

 ジュン、チェックだ。デルフィウムのコックピットはターゲット済みだ。

 降参しろ、ジュン。ナデシコにはお前が必要だ。ここで殺すわけにはいかない」



 引導を下すようにはっきりと告げてやる。

 けじめだと言うのだから、この辺りははっきりさえないといけないだろう。



「ジュン、俺の勝ちだ」



『やっぱり、君には敵わないか……

 だが、もう遅いんだ』

 

 ジュンは何かを悟った様に呟く。

 何を……言っているんだジュン?

 

『第2防衛ライン浸入、ミサイル発射を確認』

 

 オモイカネから警告が表示される。

 

 くっ!! もうそんな時間かっ!!

 ガイは……無事に帰艦するところだな。

 

「ジュン!! 直ぐに物事を諦めるのが、お前の悪い癖だ!!

 もう少し、ユリカに見せる執念を他に活かせ!!」

 

ドゴッ!!



 そう言い放ち、手加減無しでジュンの駆るデルフィウムをナデシコに向けて蹴り落とす。

 装甲が大きく凹んだようだが、ミサイルに打たれて爆死するよりは何百倍とましだろう。いや、ましなのだ。

 しかし、その反動で、俺はナデシコから更に離れてしまう。



『な、何のつもりだ!?』



「黙ってナデシコへ向かえ!!

 皆がお前を待ってるぞ……

 ……ルリちゃん!!」



ピッ!!



『はい、アキトさん』



「俺はミサイルを破壊しつつ、回避行動に出るっ!!

 ナデシコのエネルギー供給フィールド内での回避行動だ、かなり制限されるだろう!!

 それでも、ディストーションフィールドは解除しないようにと、ユリカに伝えてくれ!!」



 矢継ぎ早に要件を告げると直ぐ様通信を切ろうとする。



ピッ!!



『そんな!! アキト無理だよ!!

 今すぐディストーションフィールドを解くから、早く帰ってきてよ!!』



 ユリカの悲鳴のような通信が、そんな俺とルリちゃんの通信の間に割り込んでくる。



「今からではとても間に合わない。

 ここでディストーションフィールドを解けば、ナデシコが沈み……全クルーが命を落とすぞ。

 ……大丈夫だ、ユリカ。

 俺を信じろ」



 普段、真正面から見つめられなかった瞳に、思いを乗せてそう言った。


 無言の時間……

 実際には数秒に満たない時間を、お互いが感じる……

 ユリカ、真っ直ぐな瞳は変わらないんだな。


 そしてユリカの答え……



『……私、信じたからねアキト。

 だから、だから、もし嘘だったら怒るからね!!』



「了解。

 その期待に最大限の力を持って答えよう。

 ブリッジで待ってろ……バリア衛星突入前にはちゃんと合流するさ」



 俺は、ユリカに初めて笑いかけて、そう宣言した。



『うん、うん……絶対だよ』



『ミサイル……来ます。

 アキトさん、私も信じてますから』



 ルリちゃんは微笑んで、ユリカは泣きながら、俺のことを送り出してくれた……



「さて、と……リハビリがてらに、真剣にやるか!!」



 迫り来るミサイルの群れ。

 圧倒的な死の緊張感……そして、昂揚感。




ゴワアァァァァァアアアアアアッ!!!



 俺と雪崩のようなミサイルの戦闘は始まった。



 ナデシコのディストーションフィールドに接触したらアウト。

 かといって、ナデシコのエネルギー供給フィールドから外れれば、電池切れで地球に落ちてアウト。

 当然、ミサイルの直撃を貰っても即アウトだ。



「久し振りだな……この緊張感」



 昔の…前回のこの時の俺は戦いが嫌で仕方なかった……

 でも、今は……



ドゥッ!! ドゥッ!!



 ライフルでミサイルを撃墜。

 フィールドを纏った拳で、直接叩き落し……

 ミサイルとミサイルの隙間を、縫うように回避する……



 今は、無力な俺は、存在価値が無いんだ!!


 
 至近距離でのミサイルの爆発に、俺のエステは木の葉のように舞う。

 回避行動の急速なGに身体が軋む。

 その苦痛、その痛みが、今の俺には懐かしい……

 自然口の端が吊り上る。

 抑えきれない昂揚感が俺を支配する……


 あの復讐に焦がれた時の……


 そして……







「第2防衛ライン突破……」



「ルリちゃん……アキトは………」



「テンカワ機……テンカワ機、応答お願いします!!」



「メグちゃん……アキト、応答が……無い」



「艦長……残念ですが、あのミサイルとディストーションふぃ^るどの板挟みです。

 一流……いえ、連合軍のエースパイロットでも、生存は不可能ですよ……

 テンカワさんはそれを分かっていながら、私達を助けるために……」



「でも、アキトが超一流のパイロットかも知れないじゃないですか?

 大丈夫ですよ。きっと。

 アキトなら『板○サーカス』位再現できますって!!」



「いやはや、しかしですなぁタチバナさん。

 流石にこの状況での生存は……」



「タチバナさん、『い○のさーかす』って何ですか?」



「……そんな、プロスさん」



「昔の人気ロボットアニメ『マク○ス』の劇中のシーンですよっ!!

 ミサイルの嵐の中を機動兵器が木の葉のように舞まってはかわしていく……

 もうすっごいんですよぉ〜っ!!!」



「そ……そうなんですかぁ〜(タチバナさん目が恐い)」



「僕が、僕が変な意地を張ったばっかりに!!」



「ジュン君……アキトはそんな事……」



「アキトさんが信じられないんですか、艦長?」



「ルリちゃん?」



「アキトさんは強い人です。

 約束を守る人です。

 私はアキトさんを信じています」



「……私も、私もアキトを信じてる!!

 それはルリちゃんにも負けないんだから!!」



「……それでこそ、艦長です」



「俺も信じてるんだけどなぁ……ルリちゃん」



「ルリルリ、聞いてないみたいよ。残念ねぇ、サクヤ君」



「俺は負けませんよ。負けません」



『テンカワ機発見!!』



「オモイカネ!? 何処?」



『ナデシコより更に上空にて発見』



「なんですと!?

 ……信じられん人ですなぁ」



「……ナデシコを待ちきれずに、上空に逃げ出したって事?」



「そうですよミナトさん。

 エネルギー供給フィールドを突破して、先にミサイルの包囲網から脱出されていたんです」



「良かった……アキト。

 やっぱり約束守ってくれたんだ!!」



 歓声に包まれるブリッジ……

 何だかサクヤがメグちゃんと不思議な会話をしていたような気がする……

 どうでもいい事なので、すぐに忘れてしまったが……

 俺はルリちゃんの誘導に従い、ナデシコに帰艦……

 そして着艦した直後に、極度の集中と疲労の為気を失った。



 感覚に身体がついてきていない……

 これは徹底的に体を鍛えなおす必要がありそうだ……



 そんな事を考えながら、俺は深い闇の中に意識を沈めて行った……
















 夢を見ていた……


 赤い夢……


 血のように赤い赤い景色の夢……


 その真中で涙を流して立ち尽くしていたのは、俺だったのか、それとも別の誰かだったのか……


 血塗れの光景は、あの時の復讐者としての俺の見た景色なのだろうか……


 見た事があるような…見た事が無いような……


 そんな不思議な光景の夢は……



 とにかくただ……悲しかった……

















 気が付くと俺は、ガイの隣のベットで寝ていた……



 気持ちよさそうに、寝息をたてているガイ。

 それを見て、俺もさすがに少し腹が立った。

 

 お前……もう少し落ち付いてくれよ。

 こっちの身が持たないぞ。

 そう思いつつ、俺は再び意識を手放した……

 

 しかし……


























『いいかタチバナ、今日はお前は残業だ!!』



『……マジですか!? 班長』



『てめぇが、ふざけたことやって二機も空戦フレーム駄目にしたんだろうが!! 

 全く……あの馬鹿に付き合って何やってんだ!!!』



『ガンガークロスオペレーションは、合体は漢の夢じゃないですか!!!』



『うるせぇっ!! とにかくお前はあの二機の修理だ!! 分かったな!!!』



 ………………………

 ………………

 …………

 

「だもんなぁ……班長、結構厳しいなぁ」



 俺は戦闘後のデッキでのウリバタケ班長の説教を思い出しながら、空戦フレームの脚部の損傷を地味に修理していた。



《自業自得です。マスター》


 
 まあそうかも知れないが……

 やっぱり浪漫だろう。うん。



《……………》



 遠くから足音が聞こえてくる。
 


「おーーーーい!! プロフェッサータチバナ!!!」



 ガイか、こんな時間に何のようだ?

 なんであんな大怪我人が、こんなところに来れるんだ?



「おぉーーーーーい!!! プロフェッサー!!!!

 何処にいるんだぁーーーーーっ!!!!」




 ものすごい至近距離で、ガイの超音波兵器をもろに喰らってしまう。

 これが人間のひねり出せる音量なのだろうか?



「どうしたんだ、ガイ? 何か用か?」



 大声で叫び続けそうなガイに向かって、素早く声をかける。



「おお!! そんなところにいたのか、プロフェッサー!!!」



 俺の質問は全く無視して、大声でそういってくるガイに『何処かの誰か』の姿が重なった。



《物体Xですか?》



 そんなとこだ。



「こんな時間に何のようだ?」



「ん?
 
 ああ、さっきの戦闘でガンガークロスオペレーションを成功出来たのはプロフェッサーのお陰だからな!!

 お礼もかねて、こうしてゲキガンガーステッカーをプロフェッサーにもやろうと思ってな!!!」



 取り敢えず差し出されたステッカーを受け取って置くことにする。



「サンキュウ、ガイ! でもな、あのオペレーションが成功したのは俺の力だけじゃない!!

 お前の天才的な操縦技術があってこその成功だったんだ!!!」



《煽ってどうするんですか、さらに収拾がつかなくなりますよ》



 まあ、黙ってろ。



「うおぉぉぉぉーーーーっ!!!

 うれしいこと言ってくれるじゃねぇか、プロフェッサー!!!!!

 そうさ!! 俺の実力は、アキトなんかあっさり上回っているんだ!!!

 あんた、しっかり分かってるじゃねぇか!!!!!」




「もちろんさ!! ガイ!!!!

 そして俺たちメカニックは、お前のその実力を発揮させるために、日夜努力に努力を重ねているんだ!!!」



《もう勝手にして下さい……》



 


 それからガイは小一時間ゲキガンガーについて熱く俺に演説をしてから、悠々とした後ろ姿でデッキを出ていこうとした。

 その後ろ姿は、何かをやり遂げた漢の後ろ姿だった……

















 俺が意識を手放してから暫くして、見舞いに来たユリカとルリちゃんにやって来た

 何だか下らない話をした後に、ビックバリア突破とムネタケの脱走の事を教えて貰った。

 隣には大鼾をかくガイがいる……という事は。

 

 ……取り敢えず、未来は変わった様だ。

 



「アキト!! やっぱりアキトは私の王子様だね!!」

 

「……そんなの俺の柄じゃないよユリカ」

 

「でも、本当にお疲れ様でしたアキトさん」

 

「ああ、有難うルリちゃん」

 

「それでねアキト!! 私が……」

 

「御免、ユリカ……

 ちょっと眠らせてく、れ……」

 

 何かを言いかける二人を制して、俺はまた眠りに落ちた。

 ……今日一日くらい休んでも、誰も文句は言われないだろう。

 これから先の事を考えれば、休める時に休んでおきたいしな。

 

「お休みなさい、アキトさん」

 

「……お疲れ様、お休みアキト」

 

 大切な……二人に見守られながら。

 俺は深い眠りについた……

 今後の難解な問題を、少しでも忘れる様に……

 













 そして俺が目を覚ましたのは、それから大体2時間後……

 ルリちゃんが真剣な顔で俺の前に座っている。



「それで、ルリちゃん、大切な話ってなんだい?」



「はい、私もオモイカネの映像を見るまでは知らなかったんですが……

 取り敢えずこの映像を見て下さい……」



 ルリちゃんが何を言いたいのか、今の段階では分からないが、展開されたウインドウに視線を移す。

 そこに映っていた映像は、俺を驚愕させるには十分すぎる内容だった。



 映像には、デッキにいるミイラ男が映っていた……



 そう、まるで前の歴史と同じように……




「ん? あんたら何やってるんだ?」



 出入り口付近でガイは足を止めると、物陰に向かって声をかけた。



 チャッ!!



 ガアァァンッ!!! 


 
 
 デッキには銃声が響いていた……


















「ん? あんたら何やってるんだ?」



 出入り口付近でガイは足を止めると、物陰に向かって声をかけた。



 チャッ!!


 
 微かに聞こえるブラスター特有の音。

 まあ、聞こえなくてもあの辺りでムネタケがいるのは、俺にははっきりと分かっていたんだが。

 

 ガアァァンッ!!! 

 
 銃声。

 

 カツンッ……カラカラ……

 

 ブラスターが一丁フロアーを転がっていく。 



「誰!? 誰なのよ!? 隠れてないで出てきなさいよ!!!」


 
 俺がそのガイに向けられたブラスターを狙って、懐から銃を素早く取り出し正確無比な精密射撃をしたのだ。

 ムネタケは狼狽えていた。



「な、なんだ?」



 ガイは状況が理解出来ずにただ呆然とムネタケの方を見つめている。


 俺は作業に戻り、それを続けながらムネタケの質問に答える。



「ナデシコ整備班副班長タチバナ サクヤ。
 
 別に何処にも隠れてないです。さっきから散々ガイと騒いでたのに気付かなかったんですか?

 現在先の戦闘で損壊したエステバリス空戦フレーム二機を班長に言われて修理中です。

 作業から手が離せないです。さっさと逃げちゃってください」



「何よ!! あんた何者!? そんなところから私のブラスターを狙って撃ったって言うの!!?

 そんなのあり得ないわよ!!! 整備班ですって!?

 どうせネルガルかなんかの諜報員なんでしょう!!!」



 俺の言ったことが気にくわなかったのか、何だか滅茶苦茶言って食い下がってくるムネタケ。



「そんなことどうだって良いでしょう?

 それより早くしないとビックバリアー抜けて地球に帰れなくなりますよ……

 そっちにある脱出ポット整備してありますから、さっさと逃げちゃって下さいってば」



 溜め息混じりに俺は言った。



「あなた何様!? 確かに私たちは、ここで一度脱出するけど、これは戦略的撤退なのよ!!

 逃げる訳じゃないわ!!!」



 かなり苦しい言い訳を喚き散らすムネタケ。

 見苦しいにも程がある。いっそ殺してしまおうか?



《それは色々問題が起きますので止める事をお勧めします》



 分かってるよ、んな事。



「それに、あなたを生かしておくと思っているの?

 私たちのことを見たのよ。証拠隠滅のために死んで貰うに決まってるでしょ?」


 
 物騒なことを言うムネタケ。

 流石と言うか、何と言うか……



「やり合うのは構わないんですけどね、

 ここで意味もなく怪我人やあまつさえ死人なんか出したくないんですよ。

 いくら戦争とは言え、ここは民間企業の戦艦です。

 今は戦闘宙域でもないんですから、そうホイホイ人に死なれても困りますよ」



 まるで冗談でも言うかのようにムネタケの脅し(にもなってないんだが)に呆れながら応える俺。



「あんた何様!?

 自分の立場がわかってるの?

 私は貴方を殺すって言ってるのよ。分かる? あんたに拒否権は無いの。

 私が殺すって言ってるんだから、貴方は死ぬのよ、死ななきゃいけなっ――!!」



ガアァァンッ!!!



「ひっ!!」



「仕事、溜まってるんですよ」



 耳を掠めた弾丸に尻餅をつきながら、短い悲鳴をあげるムネタケ。

 俺は喚き散らすムネタケが、あまりに五月蝿いので発砲した。



《面倒臭くなりましたね、マスター?》



 まあな。

 それに俺は忙しいんだ、これ以上あんなのに構っている暇は無いだろ。



「……………………」



「……………………」



「……………………」



 しばらく硬直状態が続く。

 実際硬直しているのはムネタケだけで、俺は作業を続けているんだが……

 それに別に命の危険も無い。

 彼の後ろに控えている部下達は、ほぼ大半が俺の味方だ。

 彼らがいるのだから、俺は安全なのである。

 流石に彼らも突然発砲しようとしたムネタケを止める事は出来なかったようだ。

 つくづくガイはついてない奴なのかも知れないな。



「い、いいわ、今回だけは見逃してあげる!! でも、あなたに次はないわ!!!

 よ、よーく、その頭に記憶しておく事ね!!!」



 苦し紛れの捨て台詞を吐いて、ムネタケは脱出ポットに乗ってナデシコを離れた。

 彼に反逆した部下達に幸多からん事を……アーメン。









 




 
「ルリちゃん……これは……………」



 俺は思わず言葉を失っていた。

 ガイに向けられた銃口。

 響いた銃声。

 吹き飛ばされる、ムネタケのブラスター。

 そのブラスターをはじき飛ばしたのは……



「もしこの時、タチバナさんがここに居なければ、私たちはまたヤマダさんを死なせてしまう所でした……」



 そう、サクヤの放った弾丸だった。



「なんでガイが……あの重傷でどうやって……」 



 最初に出た言葉は、そんなものだった。

 そんなもの決まってる。ガイはそういう奴なんだ。

 知らなかったわけじゃない、俺は勝手に安心していたんだ。

 俺は危うく、また同じ失敗を繰り返すところだったと言うことか……

 そう考えると、やりきれない気持ちで一杯になる。



「やっぱり歴史は変えられないって事か!!」



「違います、歴史は確実に変わっています。

 ヤマダさんは生きているんですから……」



 そうだ、確かに歴史は変わっている。

 でも、俺が何も出来なかったのは変わって無いじゃないか……

 やはり俺には何も出来ないのか?

 無力なのか?


 握りしめた拳に血が滲み出す。



「アキトさん………」

 

 そんな俺にルリちゃんは言葉をかける事が出来なかったようだ……

 ルリちゃん、そんな辛そうな顔をしないでくれ……



「とにかく、タチバナさんにお礼を言わないと……」



 ルリちゃんの提案。

 俺を気遣っての言葉だと言うことはよく分かっていた。

 よく分かっていたから……



「そうだね、俺の方から言っておくよ……あ、でも俺がこのことを知ってるのはおかしいか……」



 笑顔で答えられたんだと思う。



「それでは私も行きましょう。私がアキトさんに話した……

 別にこのことに関して、嘘を付く必要はないと思います」



 俺につられたのかルリちゃんも微笑んでくれる。

 この笑顔を、絶対に俺は守らなくちゃいけないんだ……



「うん、じゃあそうしよう」



 ルリちゃんを支えてくれる、誰かが見つかるまでは……




 俺とルリちゃんはサクヤが居ると思われるデッキに足を運んだ……




















「サクヤ……いるかな?」



 出入り口の方からアキトの声がする。



《電子の妖精も一緒ですね……》



 ああ、そうだな。

 二人していったい何のようなんだろうか?

 何にしても今日は千客万来だな。



「ああ、アキトか? ここにいるけど、何か用かぁ〜っ!!」



 出入り口にいる二人にもよく聞こえるように、大きな声で受け答えをする。



「悪い、ちょっと話があるんだ!! これからそっちに行く!!」



 俺にそう断ってから、アキトは俺の元へやって来た。

 何だか神妙な面もちだ。



「あれ? ルリちゃんも一緒なんだ? で、アキト……話って何?」



 俺は階段をゆっくり下りながら、そう話を促す。



「ああ、……実はルリちゃんにさっきのデッキの出来事の映像を見せて貰ったんだ……

 ガイを助けてくれて、どうもありがとう」



 そういって頭を垂れるアキト。

 ルリちゃんも一緒に頭を下げる。



「ああ、良いって良いって。

 当たり前のことしただけだし。ガイに死なれたらつまらないしね」



 俺は自然な笑顔でそう答えた。



「でも、やっぱり言わせてくれ。

 本当にありがとう」



 照れくさそうにはにかんで、でも真剣にアキトはそう言った。
 
 何だか何となく好感の持てる、人の良さがにじみ出る笑みとでも言おうか……そんな笑みだった。



《マスターが何となくなんて、珍しいですね》



 そうかもな。



「ん、どういたしまして。

 素直にその気持ち受け取っておくよ」



「ああ、そうしてくれ。

 …………えっと……

 ははは……用ってのはそれだけなんだけど……」



「ああ、そうなのか?

 え……と、じゃあ俺は仕事に戻るな」


 
 そういうアキトにかける話題も見つからないので、取り敢えず作業に戻ろうとした俺に、ルリちゃんがゆっくりと口を開いた。



「タチバナさん……」



 何かを決心したような眼で俺を見つめる。



「ん……?」



 肩越しに振り返る俺の眼とルリちゃんの真剣な眼が正面からぶつかり合う。


 少しだけ何かをためらうように、口を開こうとしては躊躇うと言うのを何回か繰り返して……

 それから恐ろしいほど真剣な声でルリちゃんは言った。







「タチバナさん。あなたは何者ですか?」







 真実を見極めようとする真剣な瞳。

 アキトは何も言わない。

 ただ俺に視線を向けるだけだ。



 そんな二人の視線を受けて、俺は……




「さぁ? 

 ……何者なんだろうね?」



 肩越しにそう言い残し、二人に背中を向けた。



 二人は、それ以降何も言わなかった。



 






 夜は静かに、過ぎていった……………



 














あとがき


「合体は漢の浪漫でしょう?」


ど、どうも、こんにちわ盈月です。

さて、2話に引き続き3話もがんばりました。

違和感が消えたとは思わないし、展開に無理が無いとも言い切れませんが…

それでも現在の自分の力での、最大限の力で書いてみています。

さてさて、どうなったのでしょうかね…



さて、今回は随分と格好良いタチバナが出てきてびっくりです。

あんな銃の腕があったなんて……

でも、ムネタケ簡単に逃がして良かったのかなぁ……

とか思うんですけど……


《マスターは今の話しを聞いていない様です》


タ「ガンガークロスオペレーション……成功……大成功ッ……

  フ、フフフフフ……フフフフフフフフフフフ……ッ!!」


まぁ、どっかに行っちゃったタチバナは放って置いて、話を纏めちゃいましょう。


《その方が懸命ですね。マスターは当分帰ってきませんから……》


了解。

今回は冒頭の彼等を少し紹介します。

まぁ、お分かりの方たちもいるかも……って分からないわけないですよね?

木連の方達です。

そこに私のオリジナルキャラである『朧』を加え、これから少しの間ナデシコに色々仕掛けてきます。

どれも失敗に終わりそうですが、それはそれで……

朧の介入で戦闘結果が変わったりはしませんので、何の為にいるんだろう?と作者の私が思ってしまう位です。


《まぁ、物体Xのやる事ですから……気にしない事です》


ああ、そ、そうだね……

ただし、戦闘過程は少し変えるつもりですが。

という訳で、もう一人のオリジナルキャラクター『朧』の今後の動向にも注目していて下さい。

では、次回『水色宇宙に『ときめき』 い、息が……』でお会いしましょう。

(2004.06.20 改訂) 

 

代理人の感想

いやどーせならテキスト流用を止めて、時ナデで起こった事件を自分の文章で表現するとかですねぇ・・・。

まぁ、「ルリちゃんとお話したい、したーい」には笑わせてもらいましたが(爆)。