人生という名の盤上で プロローグ
一振り目:3
「ランダムジャンプに巻き込まれる。全部を失って、スタートの一歩手前に飛ばされる」
宇宙のとある場所で、二隻の宇宙戦艦が追いかけっこをしている。
このサイトに来ている人なら、十回から百回以上は見たことあるであろう光景。
そう、Prince of darknessであるテンカワアキトが操るユーチャリスと、電子の妖精の異名を持つホシノルリ率いるナデシコBの痴話げんかである。
しかし、今回はそれを忘れていただきたい。
アキトは別にPrince of darknessなんて変な名前で呼ばれてるわけでもないし……
「待ってください、アキトさん!!」
なぜかはわからないけど、外部スピーカーを使ってまでユーチャリスに乗っているアキトに訴えかけるルリ。
しかし、宇宙には空気がないので、外部スピーカーに向かっていっても意味がない。
「君の知っているテンカワアキトとは死んだ。そういったはずだ」
律儀にも意味がないとわかっていながらも、こちらも外部スピーカーを使って答えるアキト。
いや、おそらく、戦艦(もしくはロボット)に乗っているときは外部スピーカーで話しかけるという王道を狙っているのかもしれない。
アキトは長年の経験により、こういうシリアスなシーンではロマンを追求したほうが盛り上がることを知っているからだ。
空気がなく通じるはずがない外部スピーカーなのに会話がつながっているのは別に二人がテレパス能力を持っているわけではない。
単に外部スピーカーは単なるポーズでちゃんと通信を使って話し合っているからである。
アキトはあくまでポーズだが、ルリの方はわからない。オモイカネのサポートは細部に行き届いている。
「今回は設定が違います!!そんなこといわないでください!!」
「いや……俺は大罪人さ。何人もの人間に危害を加えた悪魔のような男さ」
補足しておこう。
ここのアキト君は別にコロニー襲撃したとか、どこぞの後継者に拉致られて改造されたわけではない。
「俺の作った会社がしでかしたことだ。だったら、責任を取るのは当たり前だろ」
「でも!!」
「いいんだ、ルリちゃん。会社を経営していくのにも飽きてきたからね」
どうやら逆行系の設定で玉に見られる「未来の知識を利用してネルガル以上の会社を設立し、木連やらボソンジャンプやらの問題を丸く収めようとする」みたいな状況のようだ。
「それに、今回の事件の真相は全部マスコミの公表した。無論、俺が主犯のよう情報操作はしたけどね」
そういいつつ、アキトはルリに気づかれないようにボソンジャンプの用意をする。
ネルガルと提携を結んでるわけではないので、アキトの乗るユーチャリスにはオモイカネのコピーなんて便利なものは搭載されていない。
あくまで手作業である。しかし、だからこそ、電子戦のプロフェッショナルであるルリは気づかない。
蛇足だが、コンピューターを利用すると完璧なジャンプをしてしまうが、手作業だから、曖昧なジャンプも設定できる。
「そんな!! だって、アキトさんは何も悪くないじゃないですか!! 今回のことだって「いや、俺のせいさ」!!」
ルリの言葉をさえぎって、アキトは自分のしでかしたことを思い出していた。
が、面倒くさかったので思い出に浸るのをやめた。
こんな状況で思い出に浸ってる場合じゃないな。ルリちゃんの目の前で虚空を眺めながら、ぼーっとしたらとんでもないことになりそうだ。
別の意味で手段を選ばなくなりそうだ。
「大丈夫だよ、ほとぼりが冷めたら戻るつもりさ。それまではのんびりと小旅行を楽しもうと思っているんだ」
心配そうなルリに言い聞かせるようにアキトは微笑んだ。
無論、アキトは自分の笑みの威力を知っている。ルリが自分にどのような感情を抱いているかもだ。
アキトは知っている。彼女はびしっと甘い言葉ではなく、軽く甘い言葉とストレートな言い方をすればどんな状況でも納得してしまうことを。
「大丈夫、俺はちゃんとルリちゃんの元に帰るさ。だから、それまでしばらく待っててくれ」
ふと、アキトは思った。俺はいったい今まで何人の女性をだましてきたんだろう……
泣かしてきたとは思わないところがこいつの性根をあらわしている。
「…………わかりました、アキトさん。必ず……必ず戻ってきてください!!」
「あぁ……必ず、『ルリちゃん』の元に行くさ」
何か微妙な意味合いを含んだ言葉だが、ルリは納得し、用意してたアンカーの射出システムを停止させる。
もし、納得いってなかったらユーチャリスのどてっぱらにぶち込んでいたのだろうか?
そうこうするうちに、ユーチャリスは虹色の光に包まれる。
「帰って……帰ってきてくださいね!! アキトさん!!」
「ルリちゃん……帰るんじゃないよ。俺はルリちゃんのところに行くのさ」
そう意味深な言葉を残すと、アキトはその場所から消えていった。
「アキトさん……必ず、帰ってきてくださいね。子供には両親が必要なんですから」
そしてその場に残ったのは、おなかの辺りをさすりながら爆弾発言かましたルリと、
その爆弾発言のせいで凍りついたナデシコ旧メンバーおよび乗組員、
そして、モニターに『ランダムジャンプの可能性、95%』の文字を浮かべたオモイカネだけだった。
「ここは……」
オモイカネの予測通りにランダムジャンプをしてしまったアキトはなぜの異空間にいた。
その場所は別に闇に包まれていたわけでもなく、地球の公園というわけでもない。
あたりは赤茶けた荒野だった。遠くには、おそらく海であろう水溜りがある。
それだけなら、火星と予測できるが、そこには絶対に火星には存在しない、いや、地球にも木連にも存在しない物がおいてあった。
「これは……ダリの『《記憶の固執》(柔らかい時計)』のまんまじゃないか」
一時期、美術品に興味を抱いたことのあるアキトはこの場所がある絵をモチーフにしていることがわかった。
知っている人はわかるであろうが、そこは理解に苦しむ空間であった。
四角い岩の上には、でろんと溶けた懐中時計がおいてあり、近くの枯れた木にも溶けた懐中時計が木にぶら下がっている。
岩の上には蜜でできた時計のようなものも置いてある。なぜかは知らないけど、文字盤やらが蟻でできている。
地面にもよくわからない白い物の上に溶けた懐中時計がやはりおいてある。
絵で見る分にはかまわない光景かもしれないが、実際にこんなものを見てしまったら混乱するであろう。
「なんだって、こんなところに……」
ランダムジャンプした上、出てきた場所がこんな場所だとたいていの人間は驚きまくって叫ぶかもしれないが、アキトは違った。
いや、もしかしたら、驚きのあまり素になってしまったのかもしれない。
「これは……どういうことだ?」
「ようこそ、テンカワアキト君。待っていたよ」
「誰だ!!」
アキトは突然後ろから声をかけられたにもかかわらず、すばらしい反射神経で後ろにいるであろう人物に対して戦闘体制をとる。
そこにいた人物を見て、アキトは驚いた。
なぜなら、そこにいたのは紛れもなく自分、テンカワアキトがいたからだった。
コントであるような鏡ではない。だが、まるで鏡のようにまったく同じ自分がいた。
そのときアキトはふと思った。俺の格好ってやっぱ怪しいなぁ。黒は……やめて、次は……赤か?
「驚かなくてもいい。敵ではない」
「はぁ……」
なぜかはわからないが呆れた感じのする声を出すアキト。緊張も何も感じていないようだ。
「さて、早速だが……」
アキトを無視して、唐突に白い布に包まれたなぞの物体をどこからともなく取り出す偽アキト。
「待て……」
「ん? なにかな?」
「…………誰だ?」
「わからないのかい?」
そういいつつ、フロントダブルバイセップス、そして、フロントラットスプレッドのコンボを決める偽アキト。
自分そっくりの偽者が、ボディービルのショーを開催するのを見て、思わず頭を抱えるアキト。
「いったい(サイドチェスト)、どうしたと(バックダブルバイセップス)いうのかね(アブドミナル&サイ)アキト君(フロントダブルバイセップス)」
いつの間にか、ビキニパンツ一丁でテカテカと光る肉体、不自然な笑顔を辺り一帯に振りまいている偽アキト。
頭抱えるどころかアキトは変な頭痛までしてきた。
「どうしたんだい、アキト君。俺のことを忘れてしまったのかな」
忘れるも何も知り合いたくない。
「さて、自己紹介しようか?」
アキトはやめてくれといわんばかりに頭を横に振りまくる。
これ以上、自分の変なポージングは見たくない。
「俺の名前は…………遺跡だ!!」&小沼のポーズ
そのとき、アキトは宙を飛んでいた、
100tと書かれたでかいハンマーを振りかぶりながら……。