全てが終わって、やっと穏かに暮らせると思っていた。
愛する男の命がもう長くないことも、もう助からない事も知っていた。
でも、ほんの僅かな時でも幸福でいられると信じていた。
「ラピスを頼む」
彼の発した言葉の意味を私は理解できなかった。
「数日以内にラピスとのリンクを切る」
続く言葉、その言葉を聞いて私は自分を取り戻す。
「・・・・・・・ふざけないで、ふざけないでよ!!」
彼は解っているのか、五感のほとんどを失っている状態でリンクを切るなんて自殺行為以外の何物でもない!!
リンクを切ってしまえば彼の意識は外界から切り離される。
下手をすれば自律神経さえ満足に動かなくなってしまうのだ。
「俺はもう・・・・・・・・・・もたん」
達観したような声。
私はこの時気付いてしまった、この男は生きることを望んでいない。
文字どうり命を削って救い出した妻に会う事もせず独りで逝こうとしている。
「すまない。これは俺の我侭だ」
なんて傲慢な男だろう、多くの人に愛されて、心配されながらその思いを省みる事無く逝こうとしている。
「・・・・・・・・・・・・私にあの子の母親は無理よ、ユリカさんの所にとどけるわ」
嘘だ。私はあの子の母親になりたかった、あの子と一緒に貴方の家族になりたかった。
「エリナ・・・・・・・・すまない」
「う・・・・うう・・・・・・っつつつ・・・・・」
私は泣いた。この男の、アキトの胸に顔を埋めて。
(ねえ、私じゃだめなの。私じゃあの人の代わりにはなれないの?)
心の中だけの問いかけ。
これが最後だという事を私は嫌でも理解した。
数週間後
アキトは今集中治療室に入っている。
リンクを切ってからは動く事も出来なくなり寝たきりの生活が続いていた。
そして最後の時を迎えようとしていた。
「ドクター」
私は声をかける、共に彼を支えつづけた戦友に、今もたった独りで彼の延命に力を尽くしている女性に。
「お願いがあるんだけど」
「ラピスのことね」
振向いた彼女の顔はまるで全てを悟った様に綺麗だった。
「ええ、頼めるかしら」
おそらく彼女は私が何をしようとしているのか察しているのだろう。
「解ったわ。責任をもってユリカさんの所にとどけるわ」
その答えに私は確信を強める。
「お願いね」
私は自分の全財産の入ったカードを彼女に渡すと彼の所にむかおうと席を立つ。
「全てが終わったら私もいくわ」
部屋を出る直前に声がかかる。
やはり彼女は知っていた、私は肩越しに振りかえる、そこにはカードをもてあそびながらも綺麗な微笑を浮かべているイネスがいた。
その微笑を見て私も軽く微笑む。
「そう」
まってるわ。その言葉はいらない、言わなくても解ってくれる事を知っているから。
ピーピーピー
無機質な電子音が響く。
それはテンカワ・アキトの死を告げる音だった。
苦しかっただろうか、辛かっただろうか、それとも苦痛さえ感じなくなっていただろうか。
ただ彼は満足だっただろう、死の直前彼は笑った確かに笑ったのだ。
私は彼に近寄りもう動く事の無い唇に自らのそれを重ね合わせる。
「今、いくわ」
顔を上げてイネスのほうに向ける。
お互いに笑みが浮かぶ、不器用な男を愛した女の心からの微笑だった。
軽く肯くと銃を取り出し自分のこめかみに押し当てる。
辺りに銃声が轟いた。
第一次火星会戦に始まり、火星の後継者の反乱に終りを見た遺跡をめぐる戦い。
遺跡に翻弄され続けた男と愛を貫いた女の物語はこれで終焉を迎えることとなる。
しょうがないじゃない。
貴方のいない世界なんて意味が無いんだから。
あとがき
追憶とは何の関係もありません。
私の中でエリナさんはアキトのことを最も深く愛した女性の一人と認識されています。
思いつきで書いてしまいましたが、バットエンドが嫌いな方には申し訳ありません。
一応純愛を書いたつもりです。
代理人の感想
ううっ、まさに純愛。
心中物に通じる物がありますね。
そう言う意味では一つのハッピーエンドなのかもしれないとすら思ったり。
・・・・しかし見方を変えれば、アキト君は
あの世に行ってまで女に追っかけまわされるわけで・・・・(核爆)。
不憫な奴(笑)。