火星 極冠遺跡直上

エステバリス・コクピット内

「アキトは私が、大大だーい好き!」

「そ、そうだよ。悪いか」

照れたような、ひるんだようなアキトの声。

「お、おまえは、どうなんだよ」

「え、私?」

「おまえは、俺の事どう思ってんだ」

「うん。私はアキトが大好き」

「・・・・・初めて聞いた」

「ウソ」

「ホンと」

「ウソ、ウソ」

「ホンと」

「・・・・・んっ」

コクピットから何も聞えなくなった。

そして、二人を光が包み、ナデシコと共に弾ける様に消えた。






そして1年と3ヶ月後






「ユ・・・・ユリカ・・・」

「ん?」

アキトの声にユリカが振向く。

「ケ・・・・・・・・・・」

「ケ?」

「ケ、ケ、ケ・・・・ケッコケッコケッコケッコ」

「コケコッコ―?」

鶏のマネをするユリカにアキトはぶんぶんと首を横に振る。

「じゃあ・・・・血行?」

ぶんぶん。

「華厳の滝?」

ぶんぶん。

「いや・・・・・その・・・・なんだ、ほら・・・・・」

「?」

「つまりだな、早い話が・・・・」

アキトは消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。

「す、するぞ・・・・・・・結婚」

プロポーズ

二人の間に沈黙が落ちる。

アキトは思いきって顔を上げる、そこには目を丸くしたユリカがいた。

ユリカの顔に段々と歓喜が染み渡り・・・・・・・・。

「アキト、大好きっ」

次の瞬間、ユリカはアキトに抱きつき二人は地面に倒れこむ。

 

 

ネルガル研究所

「招待状届いた?」

スーツ姿のエリナがイネスに問い掛ける。

「・・・・・・・ええ」

返される言葉に含まれる一瞬のタイムラグ、それが彼女の、いや彼女達の心を表していた。

「6月10日・・・・・か」

エリナの呟き、それは二人の結婚式。

「ねえ、お腹すかない?」

「え?」

呟きの後に発せられたエリナの言葉、その言葉にイネスは戸惑う。

「よし!今から行こう!!」

「ちょ、ちょっと何処へ行くのよ?」

エリナに腕を引っ張られながらイネスは問いかける、形だけの問いを。

「もちろん、アキト君の所よ」

 

 

 

 

 

 

 

テンカワ・アキトの屋台


「いらしゃい!! て、エリナさん、それにイネスさんも」

「今日は、アキト君」

「・・・今日は」

いつもと変わらないエリナの声、それに続くイネスの微かに憂いを含んだ声。

もっともアキトが気付くはずがないが。

「今日ユリカさんは?」

「ああ、あいつなら義父さんのところにルリちゃんと一緒に」

憂いを振り払うかのように発せられたイネスの問いに答えたのは残酷な言葉だった。
どうということも無い言葉、その中に含まれた「あいつ」、「義父さん」それはもう他人ではないものに対する言葉。
今の彼女を最も動揺させ傷つける言葉。

「そ、そう」

必死に己を律しながらイネスは返事をする。彼女の心を察しているのはおそらくエリナだけだろう。

「どう、最近お客さん入ってる?」

「まあまあですよ」

イネスを落着かせようとエリナは話題を変え、アキトはそれにつられて話しをそらす。
そのまま話しの内容は世間話、そして思い出話へと変わっていった。
ようやくイネスも落着き普段どうりの会話になり笑顔が見えてきたのも束の間、破滅の言葉はアキトから発せられた。

「そうそう、招待状届きました?」

「え、ええ」

「と、届いたわよ」

その時二人は確かに聞いた、自分達の中で何かが崩れる音を。

照れた様に笑い、幸せそうに話すアキト。

それに対し二人は祝福の言葉を送る。

その言葉に嘘は無い、二人は心のそこからアキトの幸福を祈り、祝福していた。
ただ彼の隣に立つのが自分ではないという事への悲しみをその裏に隠してはいたが。
それはテンカワ・アキトを合法的に独占したユリカに対する妬み、悔しさそして憧れ。
だが人は嘘をつく、自分を傷つけないための嘘を。悲しみを押し隠し、嘘をついて祝福を送る、だが彼女達は心で嘘がつけるほど「大人」ではなかった。
そして最初に心の壁が崩れたのはイネスだった。

「い、イネス・・・・さん」

「あ、あれ・・・・私・・・どうしちゃったの・・かしら」

イネスの瞳からは溢れ出した涙があった。
慌てて顔を押さえて弁解しようとするが、その言葉は・・・・嗚咽にしかならなかった。

「ご、ごめんなさい!!」

そう叫ぶとイネスは椅子を倒して駆け出した。

「ちょ、ちょっとイネスさん!!」

アキトはイネスの名を叫ぶがどうしたら良いのか解らずその場に立ちすくむ。

「追っかけなさい!!」

そこにエリナの叱咤が跳ぶ。

「え、で、でも・・・・」

「さっさと行きなさい!!!!!!」

先ほどのよりも強い声がアキトを打つ。

「は、はい」

弾かれた様にイネスの後を追ってアキトは駆け出す。

後に残されたのは屋台とエリナだけだった。

「ふぅ〜、まったく良い女を泣かせるんじゃないわよ・・・・・」

それはイネスの事か、それとも自分の事か。

「ホンと・・・・バカバッカよね・・・・・」

微かに漏れ聞える嗚咽・・・・・・・エリナの瞳にも輝くものがあった。

 

 

 

「イネスさん!!待って!!!」

駆け出してから暫らくしてイネスに追いついたアキトは彼女の腕を掴み叫ぶ。

パチン!!

だがそれに返されたのはイネスの張り手だった。

「え?」

「あ・・・・・ご、ごめんなさい・・・・私いったい・・・・・・」

そう言って俯くとイネスの瞳からは再び涙が溢れ出した。

「イネス・・・・・・・さん」

微かな呟きに引かれたのかイネスはアキトにしがみ付き彼の胸に顔を埋める。

「ごめんなさい・・・・・・今だけで良いから・・・・」

アキトは何も言わずほんの少しだけイネスの身体を抱きしめた。

押し殺した嗚咽が、僅かに漏れてきて、アキトの口の中には苦い味が広がっていった。

暫らくしてイネスが落着いたと判断したアキトはそっと腕を離した。

涙は止まっていたがイネスはまだ俯いたままだった。

「ねぇ・・・唐突な質問だけどいいかしら?」

不意にイネスが口を開く。

「構わないですけど・・・なんです?」

「愛されるのと愛するの、どっちが幸せだと思う?」

「難しいですね・・・だけど、どっちも辛いと思う。愛されているときはその愛がいつ消えてしまうかわからないで不安だろうし、愛しているときはその愛が届いているかどうかで不安になる・・・つまるところ、相手を信じられるかどうかですよ。青臭いかもしれないけど、思いに応え、思いで返す、相思相愛が望ましいと思う」

「そう・・・よね。返ってこない、一人だけの愛は・・・」

気まずい空気が流れた。

切り出したイネスも、答えたアキトも、何故こんな事を話しているのかよくわからなくなっていた。

いや違う、イネスには解っているでもアキトには解らない、それが二人の決定的な「距離」だった。

そうして時間ばかりが流れていく。
 
「・・・いつか、報われるときがきますよ」
 
それだけを言ってポンと肩に手を置く。

イネスは小さく頷いた。

「ねぇ・・・ちょっと後ろ向いていてくれる?」

「いいけど、どうして?」

「お化粧が落ちちゃってて見られた顔じゃなくなってるから。みっともない顔は見られたくないの」
 
了解を180度向きを変えることで表す。

何やらごそごそと作業?をしている音がアキトの耳にも届いていた。

あんまり慌ただしいので、よっぽど酷い顔だったのか? と苦笑する。
 
「もういいわよ」
 
振り返った瞬間
 
トンッ



「・・・卑怯よ・・・こんな時に優しくしないでよ・・・」
 
いつになくしおらしいイネスを、アキトはどう扱ったらいいのかわからず、これまでになく困惑していた。
彼の両腕はかなり中途半端な位置でろくに浮き沈みも出来ずに彷徨っている。
 
「弱ってる女に優しい言葉は反則よ・・・甘えたくなっちゃうじゃない・・・」

「・・・すみません。こういう性格なんで」

「知ってるわよ、知ってるから尚更許せないの・・・私が弱っていることも知っているのに・・・」
 
見上げたイネスと見下ろしたアキト、二人の視線が不意に交わる。

そしてそこから全く動かすことが出来ずに凍り付いてしまった。

更に体も動かなくなり、まるで糸に絡め取られたかのようになっていた。

段々と二人は近付き、やがて重なった。

ふれるだけのキス。

口付けが終わるとイネスは身を翻し「ごめんなさい」と呟き駆け出した。

アキトは追いかけない、彼は確かに見たのだイネスが微笑んでいたのを、顔を赤くしながらも綺麗な微笑を浮かべたのを見てアキトはもう大丈夫だと思った。

 

 

 

 

 

 

イネスはそっと、唇に触れた。

まだ、アキトの感触が残っている感じがした。

鼻腔に、アキトの香りが残っている気がした。















運命の時まで後少し・・・・・・・・・

 

 

 

あとがき

もう笑うしかない・・・・・・・・涙が出るくらいまとまっていない。
この後は、劇ナデ→エリナ・キンジョウ・ウォン(イネス編)→エンディング
となります・・・・・・・・・多分続きます。

 

 

代理人の感想

 

笑う者あれば泣く者あり。幸せの陰に不幸あり。喜びの裏に悲しみあり。

人生ですよねぇ。

 

あと、アキトがそこはかとなくダメダメのような気がするのは私だけでしょうか(爆)。