シミュレータに火が入る。
システム起動と同時にリンクされる感覚。
異世界のシミュレータにもかかわらず、その感覚はアキトが慣れ親しんだものと同じだった。
サブウインドウに使用できる機体のスペックが表示されている。
「軽量高機動戦闘用は、ヒュッケバインMk-3とアシュセイバー、それに……ダンバインにビルバイン、サイバスター? 知らない機体ばかりだな」
ウインドウを切り替えていく。あきれるほどの多数の機体のデータが次々に表示されていく。
「なんだこのゲキガンガーみたいなのは……ゲッターロボ? マジンガーZにライディーン、ダイターン3……200m級だと!? 嘘みたいなロボットだな、みんな」
「おーいアキト、まだ決まらないのか?」
「お前、こんな機体と戦っていたのか? 見たこともない、というかここまで巨大なロボットがあること自体が不思議なんだが」
「……そういわれても、あるんだから仕方がない」
これだけの多種多様な機動兵器が所属していた部隊、ロンド・ベルとはどんなところだったのだろうか。
想像するのが難しい。
「重突撃型には使い勝手のいい機体がないな。なら、このガンダムというシリーズのバリエーションから……これにしよう」
アキトの選択した機体を見て、アクセルが頭を抱える。
「ぐあ、また狙いにくい機体を選びやがって。まぁいい。俺はいつも通り、これだ」
アクセルが機体を選ぶと、メインスクリーンの画面が一変する。
漆黒の宇宙空間。
相対下方に月が見えている。
月軌道上の宇宙空間という設定なのだろう。
「アクセルはいつものことだけど、アキト君はこの機体を選んだのね。超接近戦メインのスーパーロボットと、高速機動戦闘を前提にしたモビルスーツ。まずはアキト君のお手並みを拝見させてもらおうかしら」
レモンがモニターしている仮想空間に浮かぶ機体。
かたや、ロンド・ベルオリジナルの接近戦に特化したスーパーロボット、ソウルゲイン。
かたや、ヨーロッパ戦線を支え、ロンド・ベルに参加してあのエンジェル・ハイロゥの暴走と落下を阻止したショートサイズMSの究極形の一つ、V2ガンダムアサルトバスター。
ブラックサレナほどの装甲は全く期待できないが、機動性と火力なら引けを取らないだろう。
「さて、模擬戦が始まるけど、あなたはどっちが勝つと思う?」
傍らに控えるW17にレモンが何気なく尋ねる。
「わかりません」
実にそっけない答えだった。
自分でそういう風に作ったとは言え、この愛想のなさはさすがに脱力ものだ。
レモンが頭を抱えるのを見て、W17は結論を補足する。
「アクセル隊長の模擬戦闘パターンは幾度も見ていますし、私自身が相手をしたこともありますからある程度の予測は可能です。ですが、テンカワアキトの戦闘はまだ見たことがありません。体調や、体組成の情報から、どのぐらいの反応速度が期待できるのかは予測できますが、身体代謝のみで戦闘内容が決定できるわけではありません。よって」
「予測は不可能、というわけね。まぁ、データのない情報を予測してみろ、というのがそもそも無理か……仕方ないわね、それが機械の限界なのだから」
レモンとW17がそんなことをいっているうちに、まず仕掛けたのはアクセルだった。
「よぉしっ、これはあいさつ代わりなんだなっ! くらえ、玄武剛弾!」
ソウルゲインの手首のリングが高速回転し、その遠心力を強引にねじ伏せるように右腕を振りかぶる。
繰り出された右ストレートの勢いのまま、拳が爆発的な勢いで打ち出される。
接近戦に特化したソウルゲインの数少ない飛び道具、玄武剛弾である。
「そんなテレフォンアタック、避けられないわけがないだろう!」
ビームシールドを展開するまでもなく、アキトは機体を軽くひねって天かける拳をかわす。
「避けられるのは予測済み!」
「ちっ、間合いを詰めてきたかっ!!」
「舞朱雀! でぇぇぇやぁっ!!」
右の拳が戻るより早く、アクセルはバーニア全開でアキトとの間合いを詰める。
そして、両肘に装備されているビームブレードを展開して一気に斬りつける!
「もらったぁっ!!」
「かわせないか、なら!」
肉薄してきたソウルゲインに対し、V2ガンダムのオプションパーツであるバスターユニットを分離、そのベクトルを使って、
「少しは当たれよ!」
機体を大きく仰け反らせながら、手持ちのメガビームキャノンで牽制の一撃を放ち、そのまま月方向へ離脱する。
「かわした!? なんだその反応は!?」
「装甲の厚みはアクセルの方が上……何!? 表面の傷が再生しているだと!?」
「外装の特殊合金はエネルギー転換である程度は自己再生するんだな、これが」
月に向かって自由落下するアキトのV2ガンダムに、アクセルのソウルゲインが追いすがる。
地表すれすれで機体をひねり、V2ガンダムが月面を疾走する。
移動速度は互角だろう。
反転し背走しながら、メガビームライフルを連射する。
「はははっ、大したことない攻撃なんだな、これが!」
「ディストーションフィールドもないのにっ!」
ソウルゲインは大胆にも全く避けることなく一直線にV2ガンダムへ迫ろうとする。
なまじ、回避行動を読んで射線を散らしている分、アキトの攻撃は致命傷になっていないのだ。
アキトにしてみれば、光学兵器を無視できるだけのディストーションフィールドでもないかぎり、これだけの出力のビームライフルの直撃を受けて平然としていられる機動兵器の存在自体が納得できない。
「今度こそ落ちろアキト! 舞朱雀、でぇぇやっ!!」
射撃モーションの隙に接敵したソウルゲインのビームブレードが再びV2ガンダムに迫る。が、
「一度見せた技でまともにつっこんできて、当たるものか!!」
真正面からの右のブレードをビームシールドで受け流し、返す左のブレードをビームサーベルで受け止める。
機体の大きさに対して過剰なまでのジェネレータ出力を持つV2ガンダムだからこそ、ソウルゲインのビームブレードを受けきれるのだ。
「今度はこちらの番だ! 光の翼、起動!!」
V2ガンダムの背面バーニアスラスターが大きくうなりを上げると、通常の出力の数倍のエネルギーが噴出する。
ミノフスキードライブの余剰エネルギーが、V2ガンダムの表面を守り、背面に巨大な光の翼を形成した。
いわば、エネルギーの塊が向かってくるようなものだ。
「この至近距離でっ!? ぬああああああああああっ!!!」
「いけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
もがくソウルゲインをそのまま引きずり、V2ガンダムが突進する。
行く先には、巨大なクレーターの岩盤がある。
「このままっ、つぶれろぉっ!!」
「おぐわっ!」
ソウルゲインを岩盤に叩きつけ、V2ガンダムはふわりと浮かび上がった。
光の翼が消えた背中からビームライフルよりも一回り太い銃身を引き出して構える。
「ヴェスバーでっ!」
小型のメガ粒子砲であるビームライフルの、粒子を打ち出す速度を制御することで破壊力を調整するというコンセプトの中型砲、V.S.B.R.(ヴァリアブル・スピード・ビーム・ライフル)を構え、照準を定める。
「終わりだ!」
おおよそモビルスーツ単体から発射されたとは考えにくいほどの強力なビームの一撃がソウルゲインに迫る。
「まだなんだな。あきらめて、負けを認めるまで、俺は負けてない! リミッター解除、玄武剛弾・二連、いけぇっ!」
岩盤から身を起こしたソウルゲインが両の拳を打ち出し。その拳を追いかけるようにV2ガンダムに向かって飛びかかった。
「焼け石に水だな、そんなもの……なにっ!?」
「コード・麒麟、でぇぇぇやぁぁぁぁっ!!!」
衝撃波を伴って飛ぶ玄武剛弾を盾にして、ビームの帯を切り裂いて飛んで来るなど、正気の沙汰ではない。
現に、両の拳は消滅し、かざしていた右腕、頭、胸部装甲は解け落ちてしまっている。
だが、それでも。
ソウルゲインの、アクセルの一念は、V2ガンダムの、アキトの攻撃を受けてなおかつ、ヴェスバーの砲身を切り落とした。
次の瞬間、ソウルゲインは自壊、V2ガンダムも切り落とされたヴェスバーの余剰エネルギーが暴走してボトムパーツが爆散した。
『はい、そこまで』
レモンの声が通信機から流れ、すべての画像がブラックアウトする。
アクセルとアキトがシミュレータから出てくると、そこには呆れ顔のレモンが無表情のW17を伴って立っていた。
「……戦いはスマートに、というのが信条じゃなかったの、アクセル?」
「それどころじゃなかったんだな、これが……」
「機動戦の最中の口癖が抜けてない辺り、本当に余裕なかったのね。それにしてもアキト君、あなたも無茶な攻撃をするのね」
「反応速度は機体のセンサーからほとんどタイムラグがありません。IFSの同調機能はサイコミュ使用のニュータイプ並みです。V2ガンダムでそれだけの機体運動を行えば、通常の人間ならGで気絶します」
W17の指摘は、他ならぬアキト自身が気づいていた。
この機体の機動性、特に光の翼を発動させたときの運動性能は、かつての自分の愛機、ブラックサレナのそれに匹敵するものだった。
シミュレータだから実際にGがかかるわけではないにしろ、ラピス・ラズリとのリンクやユーチャリスのAI、ダッシュのサポートなしで、その運動性にきちんと対応できている。
「……おそらく、五感が戻ったことで前には感じられなかったことまで感じ取れるようになっているんじゃないか? 調整されたナノマシンの影響も考えられるが、正直、そこはどうなっているのかわからん」
「なんにせよ、使えるパイロット一人追加、ってところか」
神妙な面持ちのアキトとは対照的に、これ以上ないぐらい上機嫌のアクセルが後ろから茶々を入れる。
「うれしいぜぇ、これだけ闘える奴がいるなんて」
「俺はそこまで単純には喜べないがな」
アキトにしてみれば、その戦いのテクニックは望んで手に入れたものではない。否、望んで手に入れたものだとしても、それを手にしなければならなかった状況は納得できるものでは決してあり得ない。
そんなアキトの煩悶を知ってか知らずか、アクセルは笑顔を崩さずに言葉を続ける。
「戦争やってりゃ、人は死ぬ。俺も殺されかけたし、死にたくないから敵は打ち倒した。平和になってみりゃ、俺のしたことはただの人殺しかもしれない。でも、死んで土に還った人々のおかげで、今の平和がある。だから、生き残った俺達は先に死んだ連中のことを忘れてはいけない。それが、生き残った俺達の最低限の義務だと思うぜ」
「だが、俺は、自分のために、殺さなくてもいい人まで殺した。人を殺すことに対してタブーも何も感じていなかったんだぞ……」
「だけど、今そのことをあんたは後悔している」
静かなアクセルの指摘に、弾かれるようにアキトは顔を上げた。
「後悔も何も感じなくなったら、人間おしまいだぜ。あんたはまだ終わってない。後悔しているんなら、二度と同じことはしないだろ?」
「アクセル……」
「少なくとも、この艦にいる間はそんなこと俺が絶対にやらせねえよ。ま、あんたを止めるのは命懸けになりそうだけどな」
そして、後にアキトは知ることになる。
心の闇は決して消えることはない。
だが、その闇を制することで、人間は強くなれる、と。
( See you next stage!! )
ども。
俺アクセル登場です。
記憶喪失の時の彼とも、まともな時の(笑)彼ともつかない中途半端加減。
イメージ的には4次のお調子者男主人公+サイ・サイシー+リュウセイ・ダテってところですか。
2枚目半。
このぐらいの方が味があって好きです。
イメージC.V.は……うーん、とりあえず小尾元政くんってことにしておこう。OVA『女神候補生』のゼロ・エンナ君です。
実はバンド仲間で飲み友達なんですが(笑)
余談ですが俺の中では
・レモン:折笠愛
・ヴィンデル:若本紀夫
・ラミア:根谷美智子
ってことで。
はっ、これだとラミアはHMX13になってしまう(謎爆死)
髪の色は12なのにっ。
さて、次回はこの世界でもたもたしてるアキトたちがようやく……行けるかな、本当の舞台へ(笑)
行けたらいいなぁ……。
よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。
「なぁアキト」
「なんだ?」
「今回、あんたの機動戦の腕前はわかったんだが、白兵戦のほうはどうなんだ?」
「一応、木連式柔を修めているが」
「柔……古流柔術みたいなもんか?」
「そんなところだ。話に聞くところによると、極めた先には武神への道が拓かれるらしいが」
「はー、すげえ話。俺のマーシャルアーツとサンボぐらいじゃ相手にならないかな」
「俺もその高みまでは至っていない。どうすればたどり着けるのかもわからないが」
「……素手でバズーカの砲弾をつかんだり、抜き手で鉄板を貫いたりはしないのか?」
「うわっ、びっくりした。いきなり背後に立つな、W17」
「普通の人間よりも気配をつかみにくいのは、人造人間だからか?」
「そんなことはない。私もある流派を極めている」
「は? そんな話、聞いたことないぞ」
「誰にも教えていないからな。ひそかに通信教育で訓練していたのだ」
「「つ、通信教育?」」
「テキストは、これだ」
「なんだ? なんて書いてあるんだアキト?」
「……ケ○・マスターズの通信空手講座……」
「何回やってもいっしょだよっ♪」
「……これはまずいんじゃないか、アクセル?」
「レモンっ! レモンっ! 大変だW17が壊れたぞっ!!!」
どっとはらい。
代理人の感想
う〜む、いい感じで二枚目半のお調子者。
の、割に筋が通っていて好感度+1です(笑)。
>ラミアの声
緒方さんや根谷さんも考えたんですが、
ボケと言う点で矢島さんが最有力かなと(爆)
>テレフォンアタック
由来は知りませんが、予備動作の大きい攻撃(従って見切り易い)のことをそう呼ぶそうです。
>NGワード
世の中にはあるのです、空手の通信教育という物が(笑)。
・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、彼の使うアレを「空手」と呼んでいいものかどうかは
おおいに議論の余地があると思いますが(笑)。