レミーたちグッドサンダーチームの発言を受け、ラビアンローズのブリーフィングルームに一人の男が現れた。
ブリッジにいた艦長、ヴィンデルである。
「私の役目を知り、テンカワアキトというイレギュラーが存在するこの時点に現れる。時の女神はよほど、劇的な偶然というものが好きらしい」
このヴィンデルのつぶやきが何を意味するのか、わかっているのはラビアンローズのクルーではなく、
「まぁ、ビムラーと『遺跡』の関係を少しでも知っていれば、これがむしろ必然であることも理解できるんじゃないかな?」
真吾たちグッドサンダーチームの方であった。
「本格的な理論の説明は専門じゃないから適当に省く……って、どうしたんだアキト君? 顔が青ざめているぞ」
「いや、説明って単語にはあまりいい思い出がなくてな」
「まぁいい。
まず、ビムラーは進化する超エネルギー体というのが真田博士の基本論文だが、これは真実の一面しかとらえていないことがおぼろげながらわかってきた。
俺達は、ビムラーはエネルギーではなく、巨大な情報の集合体ではないか、と考えている」
「情報の集合体?」
「集合的無意識、またはアカシックレコードと呼ばれるものについて、聞いたことは?」
「すべての事象の誕生から消滅までの情報が記されているもの。解き明かすことができればビッグバンからのすべての事柄がわかる、というオカルトじみた、あれのこと?」
「よくわかるなぁレモン、俺にはさっぱりだ」
「アクセルはわからなくてもいいわよ」
「……お前、微妙に俺をバカにしてる?」
「続けていいかな?
ビムラーが永久機関『のようなフリ』をしているのは、自身がエネルギー体なのではなく『情報』、すなわちこの次元において唯一、熱量死の物理法則に左右されないものであるからだ。
この辺はきちんと説明しないが、情報はそれを認識する者が存在する限り無限に増殖する。また、この事柄すら熱量死の法則に準ずるとしても、エネルギーの総量は変わらないがつねに安定状態へと変化し続けることには変わりはない。ビムラーはその『情報の変化』のときに生じるエネルギーを、この次元における物理エネルギーとして発している。ゴーショーグンは、そのおこぼれに預かっているわけだ」
「で、それがボソンジャンプ……『遺跡』とどう関わりがあるというんだ?」
「君が言う、ボソンジャンプとは、存在情報をボースからフェルミオンに変換して任意の座標へ転送することだ。では、その情報を読み取り、変換し、再構築するエネルギー源は?」
「……まさか、それが、ビムラーだと?」
「太陽系の先住生物は、ビムラーをエネルギー源にして、今の俺達からすれば魔法みたいなことを実現していたらしい。空間跳躍、分子転換による金属精錬、時間と空間に左右されない通信手段……心当たりがあるだろう?」
「……木連のプラント、火星極冠遺跡……」
「そういうことだよ。だから、ビムラーに縛られている俺達は、同じように『遺跡』に縛られている君、テンカワアキト君のことを知りえたわけだ」
「俺の……情報を?」
「そうだよ。君もそうだし、君の奥さんのことも」
刹那、アキトの瞳に不可思議な光……闇?……がともる。
ようやく、忘れかけていた心の痛み。
後悔。
慙愧。
妄執。
久しく見えていなかった負の感情が漏れ出しそうになったとき、アキトの肩に大きな手が置かれる。
アキトが見上げると、いつの間にかそこにはヴィンデルが立っていた。
「アキト君をなじるために、ここに来たのではあるまい。『役割』があるのだろう?」
不思議なことに、ヴィンデルの淡々としたこの言葉で、アキトの心を覆い尽くそうとしていた『闇』がきれいに消え去っていた。
ただし、アキトは同時に感じ取っていた。
己の闇を凌駕したのは、決して光ではないと。
「では、話を本筋に戻そう」
居住まいを直して、真吾が改めてヴィンデルを見据える。
「まもなく、地球連邦軍の特務艦隊が木星にやってくる。目的は」
「我々の拿捕、ないしは殲滅だな」
「ロンド・ベルも解体、協力していたスーパーロボットも各々の研究施設へ返還。権力欲のないブライト・ノア……そして、英雄たるアムロ・レイは消息不明。ここまでの条件が整えば、連邦軍が脅威とするのは、あなたたちだ」
真吾の指摘に対し、ヴィンデルはほんの少しだけ口元をほころばせた。
そこに浮かんだのは、自嘲。
「私は、歴史の影にあるべきモノ。覚悟はできている」
「覚悟はできていても、納得はできていない。違うかな?」
「……まぁ、納得できているのならこんなところまで逃げてきたりはしないな」
「それに、同行しているクルーの命もある」
真吾の指摘は、正鵠にやや半歩及ばない。
なぜなら、ヴィンデルは最初、この船をダミーにしてクルーを全員脱出させ、自沈したところで機動兵器で落ち延びるつもりだったからだ。
そうさせなかったのは、ここにいるレモンやアクセルを筆頭とした、今残っているクルー全員の意思だった。
だからこそ、鋼の意志を持つヴィンデルが揺らぐ。
死ななくてもいい犠牲の上に、己が立つことを潔しとはしないのだ。
「一つ、八方丸く収める方法がある」
ここまでいって、真吾の表情が変わる。
託宣を告げる予言者から、イタズラを持ちかける悪ガキの顔に。
「艦長は自分が死ぬのはかまわないが部下が死ぬのは納得できない。部下は艦長を見殺しにすることなんてできない。だが、権力者はこの戦艦が沈まない限り枕を高くして寝られない……こうなれば、選択肢は一つ」
「……それは?」
厳かに先を促すヴィンデルの声。
そして、顔を突き出すようにして、真吾は一言こう告げた。
「逃げましょう、世界の果てまで」
……嫌な沈黙がブリーフィングルームを支配した。
大胆にもその沈黙を打ち破ったのは、この戦艦の機動部隊長だった。
「……世界の果てって、どこだ?」
あまりに場違いなアクセルのセリフを聞いて、レモンは顔を真っ赤にしながらとりあえず脳天に一発くれてやって沈黙させてしまった。
「いいのかい?」
「このぐらいでは死なないから、この人は」
思わず素にかえって確認してしまう真吾だった。
そして、一つ咳払い。
「ここは木星だ。そして、俺達が持つビムラーの情報があり、テンカワアキト君、彼がいる」
真吾に指差され、アキトはぎょっとして眉根を寄せる。
「俺……木星、って、まさか!?」
「そう。この次元には君が知るところの『木連』は存在しない。だが、木連に力を与えた『遺跡』は存在しているんだ」
「俺に、この戦艦ごとジャンプしろっていうのか!?」
ワンマンオペレーションシップのユーチャリスと比べると、ラビアンローズはアーガマ級。大体同じかこちらの方がやや大きい。
だが、ナノマシンが安定している今のアキトになら、その戦艦をジャンプさせることはたやすいことだろう。
ところが、当のアキトは渋面を浮かべている。
「まってくれ。それは無理だ」
「何故?」
アキトに確認を取っているのは真吾ではなくレモンだ。彼女の好奇心がそれを言わせているのだろう。
「確かに、俺は戦艦1隻をジャンプさせたこともある。だが、それには条件がある」
「条件とは?」
「物をジャンプさせるだけならいいが、人間ごととなると居住空間をディストーションフィールドで保護するか、ジャンパー体質への遺伝子改造が必要になる。その条件を満たせない人間は、確実に死ぬ」
「遺伝子改造のためのナノマシンの解析はまだ終わっていないし、ディストーションフィールド発生装置は理論構築は終わったものの、起動させられるだけの出力を持ったエネルギー源が存在しない。核融合エンジンでは出力が全く足りず、相転移炉は情報が少なすぎて再現できていないわね」
「もし、遺跡が存在するのならば、俺一人ならジャンプできるだろうが、それでは事態の解決にならない」
ぬか喜びさせるな、とアキトは真吾をにらみつける。
が、その視線を気にすることなく、真吾は逆にアキトを見据えて言葉を継いだ。
「さっき説明しただろう? 俺達とアキト君、ゴーショーグンと遺跡に共通する物。それは」
「ビムラーね」
絶妙なタイミングで真吾の説明にレモンが割り込んだ。
つんのめりそうになる上体を辛うじて支えて、真吾は気を取り直す。
「その通り。ビムラーは成長して進化するエネルギー体だ。ゴーショーグンに内蔵されているビムラーのひとかけらで、この戦艦を包み込むディストーションフィールドを発生させるだけのエネルギーは得られるはず」
ここまで真吾に言いきられて、レモンは一つため息をついた。
「……忙しくなりそうね」
W17が音もなくレモンの右斜め後ろに立つ傍ら、アクセルは一人首をかしげていた。
いぶかしむレモンが声をかける。
「どうしたの?」
「大脱走? それとも明日に架ける橋か? うーんうーん……」
「何でもいいわよそんなの」
レモンは面倒くさくなったのでとりあえずまた沈黙させた。
……本当にこの二人、いい仲なのだろうか?
「それでは、私はエネルギー問題はクリアできた物としてディストーションフィールド発生装置の制作に取りかかるわね。W17、手伝って」
「了解しました」
そういって席を立とうとするレモンを、
「あ、ちょっと待って」
アキトが呼び止める。
「なに?」
「一応、確認しておきたいんだ」
「確認?」
「ああ、本当にこの次元に『遺跡』が存在するのか」
これからすることの大前提だ。
やはり、自分で試して確認できるまでは不安が残る。
すぅっと大きく深呼吸して、アキトはイメージングを開始する。
アキト自身が忌み嫌う、ナノマシンの光が全身へ広がっていく。
「うお、派手だなぁ」
「アキト君、どう?」
アクセルは素直に感心している。それを脇目にレモンがアキトに問いかける。
「イメージング完了……確かに、『遺跡』は存在する。フィードバックがあるからな。では、今からそれを証明しよう……ジャンプ」
次の瞬間、アキトの体が虹色の光に包まれ眼前から消え去る。
そして、瞬きの間にアキトの体は真吾の隣に現れていた。
「ジャンプ成功。これなら、いける」
真吾たち3人は別段表情も変えていないが、レモンとアクセルはさすがに驚いている。
「文字通りの瞬間移動ってヤツか……戦艦ごとってさっき言ってたから、機動兵器に乗っているときにも使えるんだろうな。こいつぁすごい」
「これはぜひ解析してみたいわ。ナノマシンと補助脳と生体の相関関係および遺跡と呼ばれる粒子変換機構の構造を……」
驚きながら自分たちの興味の方向を失っていない辺り、二人とも大物と言えるかもしれない。
「では、艦内全域に2種警戒を発令。レモンはボソンジャンプに備えての改修作業を始めてくれ。アクセルとアキト君はグッドサンダーチームとジャンプまでの打ち合わせをするように」
ヴィンデルからの簡潔な指示を聞いてレモンとアキト、それにW17は行動を開始しようとした。だが、アクセルだけが首をかしげている。
「え? 俺も、アキトと打ち合わせ?」
「ただジャンプすればいいというものではない。自沈したように見せかけ、存在自体を抹消するためには証人が必要だ。だが、証人になるのは我々の味方か?」
ヴィンデルから逆に問いかけられ、しばし考える。ほどなく、アクセルはぽんと一つ手を打った。
「なるほど、俺達が姿を見せればそれだけで戦闘は避けられない。戦闘中のジャンプということになればいろいろと面倒も生じる、ってわけか」
「そういうことだ」
ようやく、全員が納得して会談は終了した。
忙しそうに動き出したラビアンローズのクルーとアキトを見て、真吾は小さくつぶやいた。
「……さて、歴史の作用と反作用、綻びと繕い。放浪者はただ導き見守るのみ……無責任な話だな」
振り向けば、慈愛の笑みを浮かべるレミーと軽く肩をすくめるキリーがいた。
もし、自分がアキトの立場だったら……ここに自分一人しかいなかったら……俺はこうやって立って歩けただろうか?
真吾はそんなことを考えていた。
考えて、その時間が来るのを待っていたのだ。
そして程なく、その日はやってきた。
( See you next stage!! )
うちゅ〜すぺ〜すなんば〜わーん♪
せんごくまじ〜んなんば〜わーん♪
と、いうことで今回は俺的ボソンジャンプと遺跡の解釈その1でございます。
ランダムジャンプしてしまったアキトと同じ立場にいる、別世界のキャラクターってことですね。
いや、実に強引な解釈だ。
思わず自己ツッコミするぐらい。
きっとマイ魂のブラザー鋼の城殿から熱く厳しいツッコミがくるでしょう(笑)
まぁ、SF考証に関してはあまりつっこんでほしくないかなぁ、と弱気になる俺。
実は、このあと遺跡とビムラーの関係については、もう一つ別の要素が加わります。
そこまで書き進んだときに、改めて突っ込んでください。
次回は……今度こそ、よーやく、ゲーム世界へアキトたちが移動します。
そして、その時アキトの初期機体がお目見えします。
今回、エステバリスやブラックサレナには乗せる気全くありませんので(笑)、この辺もお楽しみに。
よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。
追記
今回初めて「すたいるしーと」なるものを使ってみました。
実はまだよく分かっていません(笑)
ちと試行錯誤して、ベターが見えたら全話その形式に作り直します。
「あー、真吾。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだいアキト?」
「世界を渡り歩くってのは、どんな気分だ?」
「そうだなぁ、要するに定住しないであちこち歩き回ってるってのが、たまたま次元単位世紀単位だってだけだけど」
「……そんなにおおざっぱでいいのか?」
「おおざっぱにもなるって。別に俺達は時空の矛盾を正すとか、理不尽な運命に泣く人々を救うとか、そーいう大義名分で放浪してるわけじゃないしな」
「なんか……スケールの違う話だな」
「あーもう。なんか違和感あるな」
「何故に?」
「俺の知ってるテンカワアキトはもっとこう、細かいことで悩まないっていうか悩んでる暇がないっていうか追い詰められているっていうか、とにかくそーいう感じだったんだよ」
「……それが俺だって言うのか?」
「なにせ、どこに行ってもいつ出会っても、常に女に追い掛け回されているのがテンカワアキトだったからな」
「……はい?」
「それに比べてここのアキトはすれてなくて……お兄さんはもう感動だよ」
「……(平行世界の俺ってどんなヤツなんだ?)……」
「まぁ、気をつけてくれよ。俺の予感によれば、お前もきっとそういう風になるに違いないから」
「……それ、予感じゃないって」
どっとはらい。
代理人の感想
がっしんごー♪ がっしんごー♪
せんごくまじ〜んごーしょ〜ぉ〜ぐん〜♪
・・・いや、ついつい(笑)。
それはともかく、「ビムラー遺跡密接関係説」ですが今回は突っ込みません・・・というか突っ込めません。
何故なら……
昔オリジナルのSRW世界を作る時に同じような事を考えていたから(爆)
そっちの方ではビムラーは「ビッグソウル」なる宇宙意識めいた物が用意した
「人類を進化させる為の道具」であり、
「遺跡」はそれの存在に気がついた先史人によって作られた瞬間移動のプラットフォーム・・・
みたいな設定だったかな?
「ゴーショーグン」世界を中心に考えたSRWだったのでかなりビムラーの扱いが大きかったはずです。
まぁ、それはどうでもいいですが(笑)。
追伸
ブンドル様は出ないんですか(爆)?