そのころ、オービットベースでは全艦に非常警報が発令されていた。建造以来、初めてのことだ。
中央にあるメインオーダールームに、スタッフが続々とやって来る。
メインスクリーンの左右には女性のオペレーターが二人ついて、刻々と上がってくる情報の整理に追われている。
「地球側からは今のところ特に接近するものはなし。月面からこちらに向かっている機体からは、SOSを全方位に送信するのみ。所属は不明、と」
「ワオ、ミコト、さすがに仕事早いデース」
ミコト、と呼ばれた女性オペレーターは、栗毛の前髪から触覚のように2本伸びる髪の毛を振りながら、声をかけてきた金髪ナイスバディのオペレーターに向き直る。
「スワンさんだって、このぐらいなら問題ないでしょ?」
「ワタシ、オペレーターは本職ではありまセーン。情報処理ならミコトの方が上デース」
「ありがと」
オペレーター二人が軽口をかわしているところに、コンピュータルームから耕助とパピヨンがやってくる。
「あ、パピヨン」
「命さんすみません、遅れました」
「大丈夫です。まだ2種警戒ですから。レーダーの情報、回します」
「了解」
栗毛のオペレーター、宇津木命からの情報をパピヨンと耕助は情報解析用コンピュータに回す。
しばしキーボードを叩く音だけが響く。
それから数分後、この部屋の一番上のブロックのドアが開く音が聞こえてきた。
「猿頭寺君、状況は?」
一番上のブロック……司令官席に現れたのは、彼の国連宇宙開発公団総帥、大河幸太郎だった。
彼とともに、見慣れない軍服姿の鈍色の髪の男性と、赤を基調としたスーツ姿の豪奢な金髪の女性、それに、白のリクルートスーツで固めた美貌のキャリアウーマンが司令官席の周りに立つ。
「現在、2種警戒を維持。SOSを発信している月面からやって来た飛行物体は、まっすぐにオービットベースを目指しているようです」
頭をかきながら、耕助が幸太郎に向かって返答する。
そこに、金髪のオペレーター、スワン=ホワイトが口を挟む。
「チョーカン、そちらの軍人さん達は?」
スワンに言われてほんの少し目を見開き、幸太郎は一つ手を打った。
「今日は火麻君が地球に降りていて不在だ。そこで、戦術アドバイザーとしてこちらの彼に同席願った」
話を振られて1歩前に出たのは、
「突然のことで申し訳ない。私は地球連邦軍特殊部隊、シャドウミラー隊隊長、ヴィンデル=マウザーだ。臨時の戦術参謀を勤めさせてもらう」
よろしく頼む、と頭を下げられると、スワンも命もはぁそうですか、と言うしかない。
よく分からないまま、とりあえずそういうものなのだ、とスワンは自分を納得させる。
「こちらの女性たちはシャドウミラー隊の技術担当であるレモン=ブロウニング君とネルガル重工の筆頭会長秘書のエリナ=キンジョウ=ウォン君だ。二人とも、戦況の見えるところにいたいというリクエストでな」
この説明にはさすがにスワンも命も首をひねった。
さっきの軍人はオブザーバーとしてまだ納得がいくが、この二人はいる必要がないのではないか?
そう思う命のところに、艦内通信が入る。
『ミラーカタパルトデッキの牛山です。オーダールーム、応答してください』
いがぐり頭で細い瞳の、恰幅のいい青年が通信で割り込んで来た。
「こちらメインオーダールーム、大河だ」
『あ、長官。シャドウミラー隊の機動兵器4機、カタパルトにセットアップ完了しました』
「ご苦労、牛山君。出撃のタイミングはこちらから指示するので、そのまま待機していてくれ」
『了解しました』
通信が終わると、幸太郎は矢継ぎ早に各セクションに指示を飛ばす。
その様を見ていたヴィンデルは、感心するように腕を組む。
「気に入られたようですわね、ヴィンデル様」
傍らのレモンがどことなく満足げなヴィンデルの顔を見て話しかけてきた。
「カリスマに見合う能力と経験の持ち主ということだろう。少なくとも、ここまでの人物は今までに見たことがない」
「……そうね、こんな人が国連議会に一人でもいたら……」
「その話はするな」
とりとめもない話をしようとしたレモンをピシャリとヴィンデルは一喝した。
「埒もない話をしても仕方がない。向こうへは戻れるとも限らんし、戻ったところで影を纏うに足る人物はいない」
「それならばむしろ、ということですの?」
「私の属性は『陰』だ。矢面に立つべき者ではない。分はわきまえているつもりだ」
「属性、ですか?」
「……ふさわしい言葉が見つからないだけだ。性、性格、いずれの意味も持ち、いずれの言葉でもないもの」
「難しいですわね」
「一つだけ、最もそれに近い言葉があるが、私はその言葉が嫌いだ」
「それは、現状を変えることをあきらめた者が究極の言い訳として用いるあの言葉、ですか?」
「そんなところだ」
レモンとヴィンデルが言葉遊びを続けているのをしり目に、機動兵器の発進準備が整えられていた。