「じゃあ、具体的な話をしようか。まずはギャリソンが持ってきてくれたこの資料を見てくれ」
ハイウェイを静々と疾走するリムジンの車内で、万丈が手元のファイルを広げる。
「表向きは製薬会社の研究施設を兼ねた工場、ということになっているけれど、この会社、株の6割をクリムゾンコーポレートに握られている。見た目はどうあれ、経営体制はクリムゾンの子会社だ」
「……クリムゾン、ってのは?」
ごくごく普通にアクセルが万丈に尋ねる。
その尋ね方があまりに自然だったために、逆に万丈はいぶかしむ。
「いくら外宇宙の生活が長かったとは言え、地球圏の経済の半分以上を牛耳っている巨大コングロマリットを知らないというのはおかしくないかい?」
「ブランドものには興味がなくってね」
「ふぅん……まぁいいか」
あまり納得していないようではあるが、万丈は気を取り直して説明を続けた。
「とにかく、あそこで研究されているのは薬なんかじゃない。本当は、ニュータイプと呼ばれる人種の兵器転用だ。当たり前だけど、非合法だね」
そこまで言った途端、万丈が少しだけ目を見開く。
車内の雰囲気がたった一人のためにがらりと変わったからだ。
「……テンカワ君?」
「……あ?」
「できれば気を静めてくれないか? ビューティが怯えている」
言われて目を向けると、荒事に慣れているアクセルや、そもそも感情表現が薄いラミアはなんともないが、ビューティは目を硬く閉じて万丈の腕にしがみついている。
アクセルが一つため息をついて、アキトの肩をたたいた。
「事実は変えられない。だが、未来は変えられる。違うか?」
シャドウミラーと合流して半年以上になるが、アキトは未だに自分の『本当の事情』を話してはいない。
にもかかわらず、さもすべてわかったかのように……ちょうどこんな風に、アクセルは話しかけてくる。
「ニュータイプって、確か『物事の本質を正しく理解する能力』だったか?」
確認するようにつぶやくアキトに、アクセルは苦笑を向けた。
「いろんな説があるけどな」
「かなわないな、まったく……」
アキトの肩から力が抜けて、ようやく車内の雰囲気が元に戻った。
「作戦目的は複数ある。データバンクからクリムゾンコーポレートとの関係を示すデータの奪取、実験対象にされている人物の救出、強化人間用のMSおよび研究施設の破壊……最終的に壊すことにはなるけど、その前にやらなければならないことがあるってことかな」
万丈は軽く言ってのけるが、
「この人数でそれをやろうって言うのか? 無茶なんだな、これが」
アクセルが眉をひそめる。
だが、万丈も引かない。
「これ以上の大人数では奇襲が成立しないよ。正攻法では間に合わないことを、恥ずかしながら僕自身が証明しているからね。だからこその奇襲作戦さ」
不敵な笑みを浮かべてみせるものの、目が笑っていない。
万丈の顔から、アクセルは彼の本気を見て取った。
「……これで、使えない奴が来たらどうするつもりだったんだ?」
表情を崩しながら、冗談めかしてアクセルが言い募るが、万丈はニコリともせずに言ってのけた。
「アカツキ君が僕を信用してくれている程度には、僕も彼の観察眼を信用しているわけだ」
「いい雇い主ということなのかな?」
「雇用関係より先に、僕とアカツキ君は盟友なのさ」
万丈の表情を見て、アクセルは何故か、今は遥か頭上の彼方にいる所属艦の艦長、ヴィンデルのことを思い出した。
底の知れない深い表情。
それが何を意味するのか、今のアクセルには予測もつかなかった。