音のない世界。
 単一色の世界。
 電脳の情報が第一であるならば、それ以外の感覚情報は必要がない。
 普通の人間からすれば明らかに異常である。
 だが、この少女は『創られた存在』であるが故にそうさせられたのだ。
 使い古された言い回しだが、人間の最大の不幸せは、自身が幸せでないことを自覚できないことだ。
 闇の世界を知る者が、それを共感するまで今しばらくの時間が必要であった。

「遅くなった」

 インドアファイトが終わって数分後。
 ようやくラミアがアキト達のいる部屋に追いついてきた。

「データは?」
「コピー済みだ。脱出前にシステムを破壊すれば作戦は完了する」

 アクセルの質問に答えたラミアがふと顔を上げると、アキトの背後に少女が納められた培養槽が見えた。
 その動作に完璧にシンクロして。
 今までなんの反応もしなかった少女も顔を上げた。

「……そうか、お前がラピスなのか」
「何っ!?」

 ラミアのつぶやいた名前に再度アキトが驚愕する。
 それをしり目に、ラミアは慣れた手つきでまだ稼働している培養槽脇のコンソールにコマンドを入力する。
 すると、見る間に培養槽の中の溶液が底から抜かれていった。
 足が立つ水位に達したところで、ラピス、と呼ばれた少女は肺の中の溶液を吐き出し、空気呼吸に切り替える。多少むせるぐらいで平然としている辺り、もう幾度となくやっている『作業』なのだろう。

「チューブシリンダー解放」

 ラミアが追加のコマンドを入力すると、ラピスが入れられていた培養槽が床に吸い込まれていく。
 薄桃色の細くて長い髪。
 瞳を硬く閉ざした、素裸の少女。
 そのラピスが、ゆっくりと目を開く。

「……! 金色の、瞳……」

 予測していたことだ。
 だがそれでも、アキトはそこに、思ったとおりの金色の瞳を見つけ、安堵とも、落胆ともつかないため息をついた。
 遺伝子調整の証。
 その金色の瞳は、電子の妖精たる資格を現すものだ。
 極めて近い、別世界。
 アカツキとの出会いに比べて、喜びよりも寂しさが先に立つのは、それだけアキトの中のラピスという存在が大きいということだろう。
 だとしたら、もしナデシコのメインクルーに出会うことがあったとしたら……?
 リョーコやルリ、イネス、そして伴侶に選び助け出すために多大なる犠牲を払ったユリカに出会ったとしたら?
 埒もないことを考えたアキトは、アクセルのいぶかしむ声で我に返った。

「もしかして、しゃべれないのか、この娘は?」

 見ると、ラピスは小さな両手を喉に当て、口をパクパクとさせている。だが、その口からは息を吐くかすかな音しか聞こえない。
 先ほどまで、呼吸のできる溶液の中にいたのだ。声を出す必要もなかったのだろうから、何か影響があるのかもしれない。
 声を出そうと必死になり、むせ返るラピスを見かねてアクセルが手を出そうとするが、それより先に手を伸ばしたのは、

「インターフェイスを解放する。アクセスできるか?」

 右腕のクラックツールである光ファイバーを解放したラミアだった。
 ラミアの光ファイバーがラピスの左手に絡みつくと、その手の甲に光の紋章が浮かび上がる。
 オペレーター用のナノマシンの文様だ。

『リンク完了。声帯インターフェイスへデータ転送開始』

 ラミアよりも高く、幼い声。
 だが、AIであるラミアよりも表情に欠ける声。
 理屈じゃない部分で、アキトはなんとかしなくちゃいけない、と感じた。
 それは自分のせいじゃないにしろ、こんなことがあっていいはずがないと、改めて、感じたのだ。

『おねがい』

 ラピスの乏しい感情を増幅しているのか、ラピスの首の動きにリンクするようにラミアの顔もアクセルの方を向く。

『リオンも、助けて。私の、友達』

 ラピスとラミアが指差したところには、アキト達が撃ち倒したガーディアン……リオンと呼ばれた少女が倒れていた。

「助けてったって、運びあげようとすると火傷するんだな、これが」

 弱ったな、という風にアクセルが眉をひそめる。
 先ほどの熱量を考えれば、とてもじゃないが生身で持ち上げていくわけに行かない。
 そんなアクセルをしり目に、ラピスとリンクしたままのラミアが、左腕のインターフェイスを解放し、リオンの首筋に端子を埋める。

『増幅装置をミニマムに設定すれば戦闘行動はとれない。そうすれば、過剰放熱は起こらない』

 ラミアを仲介にして、ラピスがリオンの生体増幅装置にアクセスしているのだ。
 先ほどまで浅く短かった呼吸が、小さく、長くなっていく。

『仮死レベルまで生体反応をダウン。休眠モード』

 そこまで報告したところで、ラミアがインターフェイスを収納する。

「彼女は私が運ぶ。脱出だ」

 何事もなかったかのように、ラミアがリオンを担ぎ上げる。
 確かに、あのデタラメな放熱はないようだ。
 プロテクターと機械部分の重量を考えると、成人男子よりも重たいかもしれないが、ラミアも戦闘用の人造人間だ。膂力は並の人間を遥かにしのぐ。

「わかった。じゃ、とっととずらかる……ん?」

 同意を示したアクセルが出口に向かおうとするが、ふと気づくと隣にいたアキトの姿が見えない。
 見回すと、アキトは近くに倒れていた女性の研究者から白衣をはぎ取ろうとしている。

「アキト、さすがに同意のない女性にその仕打ちはまずいんじゃないか?」
「……何を考えている、アクセル?」

 むすっとした口調で、アキトが答える。
 その手には、先ほどの女性が着ていた白衣があった。

「裸で連れ回すわけにも行かないだろう。新品じゃないが、ないよりはましだ」

 ぶっきらぼうな言い回しは照れ隠しなのだろう。アキトは手早くラピスに白衣を着せる。
 着るというよりは包まる、という表現の方が正しいかもしれない。
 自分の姿に頓着していないラピスに、眉をひそめながら袖を通させようとアキトが四苦八苦し始めた瞬間。
 耳をつんざくようなけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

「やべえ。タイムリミットか!?」
「急ぐぞアクセル」

 袖を通すのをあきらめ、アキトはラピスを白衣にくるむとそのまま抱き上げる。

「万丈がうまくやってくれれば楽なんだが」
「そのぐらいは期待しても罰は当たらないんだな、これが」

 アクセル、アキト、ラミアの順で研究室を飛び出す。
 間もなく夜が明けようとする時間、研究棟の外では銃撃戦が繰り広げられていた。

( See you next stage!! )


あとがき

 夏ですねぇ。
 暑くなりましたねぇ。
 みなさ〜ん、お元気ですかぁ?

 ……古いっすね(^^;

 すっかり季刊と成り果てているこの作品。
 気がつけば2次αも3周目が終わりそうな勢い……おっとっと(笑)
 影響は、受けてます確かに。
 でも、近頃の流行り物のような示現流の達人な親分は出すつもりないです。
 あんなもん出したら全部食われて終わっちまうわ(^^;
 次の話でなんとか北米編にケリをつけたいです。
 つけたいんですよ? つくかどうかはまた別問題ですが(爆死)

 よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。


本日のNGワード

「なんか最近、あたしと声が似てる15才ぐらいの小娘が幅利かせてるみたいだけど」
「そーとも限らないんじゃないか、リオン・レーヌ?」
「うっさいよアキト。あたしゃ別に生き別れの仲間を探したり、薙刀持って遠くの国の兄貴を訪ねたりする趣味はないんだ」
「……詳しいな意外と」
「ぎくっ。そっ、そんなことより、あんたら、あたし助けてどーするっての?」
「うーん、どうするんだろう?」
「あたしに聞くなあたしに」
「そりゃあもうっ!」
「どわあああっ。おどかすなアクセルっ!!」
「ふふん、聞いて驚けアキト。ヒカルとペア組ませてイズミをライバルに仕立て上げて、恒星間航行が可能なアーマードモジュールのパイロットにするんだな、これが」
「……お前、アイ○ス萌えだったの?」

 どっとはらい。

 

 

代理人の感想

うーむ、兄貴を訪ねて三千里、ってのはなんとなくわかるんですが

生き別れの仲間云々ってのは・・・・・・・・・・・・・あ、某夫婦漫才の片割れか。

 

まぁそれはさておき。

「すっかり季刊と〜」のくだりにささくれ立って塩を刷り込まれたっぽい心の痛みもさておき。

 

 

獅子の女王燃え!

 

 

ラピスとラミアのなにやら似てるような違うようなお二人の会話は割と伏線っぽかったりするんでしょうが、

むしろ来るべき獅子の女王の活躍への前奏曲! 血沸き肉踊る! 拳を握る! それこそ燃え!

つー訳で期待してますのでよろしく(爆)