「そういえば、メグミちゃんは何でこの仕事、引き受けたの?」
門をくぐり、迎えを待ちながらふと、ミナトはそんなことをメグミにたずねていた。
へ? とちょっと驚きながら、メグミは言葉を選ぶようにして答える。
「えーっと、私、以前は声優をやっていまして、ナチュラルライチってご存知ですか?」
「あ、タイトルぐらいは知ってるわよ。お菓子とかキャラクターグッズとか、テレビでCMやってたし」
「私、それに出演してたんです」
「あらー、すごいじゃない」
「そんなでもないです。たまたまですし、メインは張っていてもヒロインではなかったですから。あ、それで、一年戦争のときにはさすがに製作されていなかったんですけれど、戦争が終わってからまた作られたんです。最初は、とてもうれしかったんです。私自身、初めてのメインキャストで、思い入れのある作品でしたから」
そこまでいって、メグミはふぅと大きくため息をつく。
「半年ぐらい経ったころ、番組宛に視聴者から手紙が届いたんです。小学校に上がる前の女の子からでした」
だんだん、メグミの口調が重くなっていく。
もういいよ、と言おうかと思ったが、ミナトは口を挟むのをやめた。先を促すこともなく、次の言葉を待った。
「ナチュラルライチにお願いがあります。遠くに行ったお父さんに私のお手紙を届けてください。早く帰って来てほしいです、という内容でした。スタッフが確認したところ、その女の子の父親は、一年戦争に従軍した連邦軍の兵士で、ソロモン攻防戦で戦死したんだそうです」
「あ……そうなんだ」
「魔法使いなら、遠くにいるお父さんに手紙を届けてくれるに違いない。そんな風に思われたのを知って、私、自分が創っているものについて、疑問を感じちゃったんです。確かに、私は戦争から逃げ回っているだけのただの市民です。別に、戦争したいわけじゃないから、それはそれで正しいと思っています。でも、戦争の犠牲になった人に夢をあげよう、希望を取り戻してもらおう、そう思ったとき、戦争から逃げてるだけでそれができるの? って、どうしてもその疑問に答えが出せなくって」
薄く笑みを浮かべているものの、それは作り笑い以外の何物でもないことはミナトにはよくわかった。
でも、生真面目にそういうことを考えられるメグミの純粋さを、危ういと思いつつもミナトは好意的に解釈した。
「それで戦艦に乗っちゃおうっていうのもなかなか豪快だと思うけど」
「うーん、やっぱりそう思います?」
「私みたいになんとなく現状に疑問を感じて、思いつきと勢いで転職を決意しちゃうよりは、いいと思うわよ」
「あ、ミナトさんは以前何をされていたんですか?」
場を重くしてしまったのを気にしていたメグミは、話題が切り替わったのを幸いと話を振りなおした。
そんなメグミの顔を見て、気を取り直したようにミナトは答える。
「前は中小、よりはちょっと大きいぐらいの会社の社長秘書。戦争特需って奴で景気はよかったわ。会社自体が地方の支社に拠点を動かしたから、戦争に巻き込まれることも少なかったし。でもねー、メグミちゃんほど端的な出来事はなかったけれど、やっぱり疑問を感じちゃったのよ、このままでいいのかな? ってね」
理由の大小や、主観の相違はあるだろう。
だが、兵役についてるわけでもない人間が戦艦に乗ろうという。それだけの決意の理由はどこかにあるはずなのだ。
一年戦争は人間同士の争いだったが、極東地区では爬虫類人種や異星人までもが襲来してきた。
加えて昨今は木星トカゲなる新たな侵略者も現れている。
コロニーの情勢も不穏当だ。
戦争そのものを忌避して、志願して兵士になろうとは思わないまでも、何か自分にできることがあるかもしれない。
そういう人間を選んできた、プロスペクターの慧眼はやはりすごいものがある。
「でも、宇宙用のソーラーディンギーの免許で操縦できる戦艦ってどんなのなんだろうね?」
「ええっ、ミナトさん、戦艦の操縦するんですかぁ?」
「あはは、一応役職は操舵担当よ。メグミちゃんは、通信関係かな? 声優さんだったって話だし」
「ええそうです。通信士やります。うわー、でもミナトさんすごいです。社長秘書だったということは、語学も堪能だし事務関係もコンピュータもOKなんですよね?」
「大したことじゃないわよ。大学時代に趣味で資格取ったようなもんだし」
「取って仕事に生かしてるところがすごいんですよ。私なんて看護学校は出たもののそっち方面に就職せずに声優ですから」
「あら、だったらメグミちゃんのほうがすごいじゃない。きちんと手に職つけてるんだし。声優さんだって才能がなくちゃできない仕事でしょ」
「そっ、そんなことないですよ〜」
そんな会話がしばらく続いた後、丸眼鏡に茶色のベストでちょび髭の、いつもの格好のプロスペクターがメグミとミナトを迎えに来た。
「こんにちは、ハルカさん、レイナードさん」
「あ、プロスさん。こんにちは」
「よろしくお願いします!」
ミナトはにっこりと手を振り、メグミは大きく最敬礼する。
「あぁ、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。社運はかかっていますが、その分設備や福利厚生も充実させておりますので。文字通り、大船に乗った気持ちでいてください」
そんなプロスペクターのセリフを聞いて、ミナトとメグミは顔を見合わせて苦笑する。
試作艦のプロモーション、という名目は聞かされていたものの、結局は戦艦だ。搭載される機動兵器のパイロットほどではないにせよ、現在の地球圏の情勢を考えれば、命の危険があることは否めないだろう。
それでも、ミナトはこの船に乗ることを承諾した。
それでも、メグミはこの船に乗ることを承諾した。
きっかけは、人それぞれなのだ。