時間を少しだけさかのぼる。
ボルフォッグがレーダーで未確認物体の襲来を察知した後、ナデシコのブリッジで、一人の美少女が新しいウインドウの展開を見て取った。
蒼銀とも白金ともつかないつややかなシルバーブロンドの髪は2つにくくられ、アルビノと見まごう白い肌と金色の瞳を持つ、特異ともいえる印象深さだ。
年のころは10歳程度のこの少女は、その外見年齢に似つかわしくない冷静さで空間展開しているウインドウの情報を整理していた。
この世界のコンピュータは特定のディスプレイ以外に空間投射でウインドウを展開することができる。
ディスプレイの大きさに縛られない分、多数のウインドウで並列処理を行うことは可能だが、所詮は人間が扱うもの。せいぜい5枚ぐらいまでのウインドウを並べてみるぐらいでオペレータの処理能力を超えてしまう。
ところが、この少女の目の前には、すでに20枚以上のウインドウが展開され、全てのウインドウで完全な並列処理が行われている。
通常の人間には不可能なコンピュータ制御。
これを可能とする者。
コンピュータ制御に特化した能力を付与された
その存在は公的には否定されているが、ネルガル以外の、その開発に成功していない企業や軍組織は揶揄するようにこう呼ぶ。
コンピュータの申し子。すなわち、マシンチャイルドと。
「ブリッジクルー、メグミ・レイナード、ハルカ・ミナト到着。新規コミュニケの使用者登録完了。整備班による艤装チェック89%終了。艦長は午後13時到着予定。今日のランチメニューはから揚げ定食とオムライス……おなか空きました」
さまざまなウインドウの情報を読み上げ、最後に食堂のランチメニューを確認すると、くぅ、と小さく腹が鳴った。
誰もいないのはわかっているのだが、耳でそんな音を聞いてはさすがに恥ずかしい。
ほんの少しだけほほを赤らめた少女の血の気は、次のウインドウを見たときに一気に引いた。
「メール……キリオ君から。太平洋近海のチューリップからボソン反応多数。あ、いけない」
シンプルな文面のメールを一読すると、少女はコンソールを操作して乗員全員に配られている多目的通信端末、通称コミュニケの選択通話用ウインドウを起動する。
「オペレーションブリッジ、ホシノ・ルリよりコマンダーブリッジ所属権限者に連絡。太平洋近海のチューリップから未確認物体の出現を確認。直ちに出頭願う」
コンソールを操作する少女……ホシノ・ルリは形式的な文面を淡々と読み上げると、今度は整備班が作業中のハンガーデッキにオープン通話で連絡を入れる。
「フロントハンガーデッキ、作業中の皆さんに連絡します。太平洋近海のチューリップから未確認物体の出現を確認。コマンダーブリッジにスタッフがいないので、情報のみお伝えします」
解析結果を表示するウインドウをルリは比喩でもなんでもなく文字通りにつまんで前に投げる。すると、そのウインドウはふっと姿を消し、次の瞬間には整備班のコミュニケに転送されて現れた。
『おおい、ルリちゃん!? これマジかよ?』
双方向通信のウインドウを開くと、ルリの目の前に眼鏡に整備班の作業服を着た中年男性の姿が映し出される。
「マジです、ウリバタケ班長」
『おいおいおいどうすんだよぉ! 艦長も来てなきゃパイロットもいねえ! これじゃ出航前にお陀仏確定だぞ!!』
「それはわかりますけど、私、少女ですから」
『……そうだよなぁ、ルリちゃんは頭がよくても少女だもんなぁ……』
元々色が白いので、血の気が多少引いていても表面上は変化が見られないルリに対して、ウリバタケ、と呼ばれた整備班長は頭をかきむしりながら地団太を踏む。
どうするどうする君ならどうする、とぶつぶつつぶやいていたウリバタケは、刹那ぴたりと動きを止め、大きく息を吐いてからぴしゃんと両のほほを自分でたたいた。
『あわてたところで状況は変わらねえよな。おし、ルリちゃん、プロスさん呼んでくれ! ブリッジクルーがそろうまでは、仮でも何でも判断できる奴がいねえとダメだ』
ルリのコンピュータオペレート能力はウリバタケもよくわかっている。整備班ならばナデシコのシステムの至るところの面倒を見なければならない。特に面倒なのはコンピュータ周りだ。自律思考型AI『
船体とのマッチングがとれず、困り果てていたウリバタケを助けたのは、ほかならぬルリだったのだ。
なんでこんな小さな子が、と思わなくもない2児の父ウリバタケだったが、プロだったらプロの仕事と技量を認めないわけにいかない。能力と年齢のアンバランスさは彼なりに気にはしていた。だが、非常事態を知らせる情報に、それを忘れさせられていたらしい。
自制して落ち着きを取り戻したウリバタケは、とりあえずの責任者と話をすることにしたのだ。
ウリバタケに言われてプロスペクターの居場所を探そうとしたルリの耳に、ドアの開閉音が上から飛び込んできた。
「お待たせしましたウリバタケさん、ホシノさん。状況は聞いておりますのでまずは出港準備を前倒しで行ってください。艦長は現在こちらに向かっている最中です。すぐにでも発進できるよう、おねがいしますよ」
ルリが扱うコンソールがあるオペレーションブリッジのさらに上に、指揮官クラスの乗員のみ入れるコマンダーブリッジがある。
今、ナデシコの中でここに入る権限を持つ者は、返事をしたプロスペクターのみなのだ。
『まかせろ! 艤装は9割終わってるんだ。あとは飛びながらだってできることばかりだからな』
「ありがとうございます。それと、エステバリスの予備バッテリー装着の準備もお願いします」
『エステのバッテリー? パイロットもいないのにか?』
「パイロットも数日中には乗艦することになっていますから。連絡がつけば間に合うかもしれませんので」
『準備するに越したことはないってか。わかった! おい野郎ども! 忙しくなるぞぉ!!』
勢いよくプロスペクターに返答し、ウリバタケは後ろに控えていた整備班員に檄を飛ばす。
機関部に走りエンジンの調子を見るもの、艦載機動兵器であるエステバリスに取り付き出撃準備を整えるもの、それぞれに指示を飛ばしながら、ウリバタケはルリが送ってきているレーダーの情報に目をやった。
「こりゃ、悠長にはしてられねえな。艦長でもパイロットでもどっちでもいいから、早く来てくれよなぁ。飛ばさずに沈むなんてもったいねえからよ」
ウリバタケのつぶやきは、重機の駆動音にかき消されて誰にも聞こえていなかった。
敵機との接触まで、あと数時間。
頭脳中枢がそろっていない戦艦は、いまだ飛べずにいた。
( See you next stage!! )
なぁ、思兼。
一つ聞きたいことがあるんだ。
うちのナデシコって、何で飛ばないんだろうね?
うちのナデシコって、ナデシコって……
そんなにおもいかねーっ!?
……ごめんなさいごめんなさい出来心です。
ここまで書いて、悩みました。
前後編にしてしまおうか?
見栄えが悪いのでやめました(笑)
なんか、二次創作にあるまじきテンポですが、書いてみたくなったので書いてみた次第。
そこ削れば半分になるとは思いますが。
次はドンパチの話かな?
よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。
「ホシノ・ルリです、ぶい」
「よろしくなールリっぺ」
「よろしくおねがいしますアクセルさん」
「……む、なんかここのルリは少し余裕があって反応が鈍いぞ」
「俺が知ってるナデシコA当時のルリちゃんより、成長環境はよかったらしいので、ここのルリちゃんは単におませさんなだけらしいぞ」
「よろしくおねがいします、アキトおじさん」
「お、おじさんっ!?」
「一回り以上違えば立派におじさんだと思います」
「ううっ、せめておにーさんとかなんとか妥協していただけないでしょうか?」
「大丈夫です、近い将来、アキトさん、って呼ぶことになりますから」
「なにっ、この話いつからアキト×ルリになったんだアキト?」
「そんな話は聞いてないぞ一言も」
「きっと伏線なんだな、これが」
どっとはらい。
代理人の感想
山田君、とーるさんの座布団全部持ってっちゃって。
それはともかく。
メグミ&ミナトさん登場!
ルリ&ウリバタケ準備完了!
ボルフォッグ推参!
ちゃくちゃくと面子が揃ってきてますねー♪
いや、最後の一人はナデシコメンバーじゃないですが。
とりあえずサセボ出航戦で彼がどう言う役割を果たすかに期待。
>ウィンドウをつまんで前に投げる〜
ま・・・まさか、この世界でもコンピュータの基本OSはウィンドウズなのかー!?(爆死)