地球でそんな蠢動が起こり始めたとき。
月の裏側のコロニーに、定期便のシャトルが到着した。
降り立つ乗客はまばらだ。
それもそのはず。かつて1年戦争の時にジオン公国として独立を宣言したこのコロニーは、その戦争の敗北後、徹底的な検閲を受け、政治的軍事的中枢を根こそぎ奪われた。
いまや商業的にも工業的にも価値のないコロニーに、降り立つ者などいないに等しい。
数少ない例外は、そのコロニー出身のスペースノイド。すなわち、ジオン出身の者だろう。
「だが、所詮は感傷というものだな」
重力制御の弱いシャトルのベイを、誘導レバーを使わずに器用に移動する青年がいる。
見事な金髪に仕立てのいいスーツを着込むいでたちは一見伊達男のように見えるが、大振りのサングラスをしているため、顔立ちまではよく分からない。
「エドワウ、彼女たちを置いていくつもりか?」
その金髪の青年をエドワウと呼んだ男は、モンゴロイドの特徴を有しつつも彫りの深い端正な顔立ちに、綺麗な黒髪を伸ばすに任せている。ただ、彼もまたお世辞にも趣味がいいとは言い切れないゴーグル型のサングラスで瞳を隠している。
「いや、そんなつもりはないのだが」
「確かに、彼女たち3人を一度に相手するのは大変だろう。それは私も認めるが、彼女たちは君を慕っているのだ。それに応えるのは礼儀だぞ」
「……わかってはいるつもりだ、レーツェル」
エドワウは、レーツェルと呼んだ黒の長髪の青年に向き直るように壁の一角を蹴り、床に降り立った。この世界の靴は、底面に床から発する微弱な磁力線に反応して吸着する機能があるので、低重力環境でも床に立つことが出来るのだ。
エドワウが先を急ぐのをやめたので、レーツェルも隣に降り立った。
「やはり、彼女たちを巻き込みたくはないか?」
そうたずねるレーツェルに向かって、エドワウは小さく首を縦に振った。
「できることなら、彼女たちにはもう戦争に関わってほしくはない」
「だが、うかつなところに置いておいては、いざというときに守れない。彼女たちにはそれだけの価値がある」
「私が守れるなどと大それたことを言うつもりは無い。ララアの命を救ったのもレーツェル、君なのだからな」
「私は、君の盾として、君が守ろうと思うもの全てを守ってきただけだ。これだって、代償行為の一つでしかない」
床に視線を落とす青年二人の重苦しい空気を、
「どっかーんっ!」
一人の少女がぶち壊した。
「もー、大佐も中佐も足速すぎですー。なんでマリオンを置いて行っちゃうんですかー!?」
蒼みがかった銀髪をベリーショートにした少女は、白のワンピースのすそをからげながら低重力のベイを一気に飛んできたらしい。勢いあまってレーツェルの背中に激突しているが、被害者も加害者も別段痛がっている様子はない。
「大丈夫かな、マリオン?」
「そこで私のことを叱り付けてくれない辺りが逆に子ども扱いされているようで余計にムカツクんですけど、レーツェル中佐」
「ははは、すまない」
もう、と頬を膨らませる少女、マリオンの背後に、二人の女性が追いついてきた。
一人は赤毛の妙齢の女性、もう一人は黒髪を二つのお団子にまとめたエメラルドグリーンの瞳の少女だ。マリオンとさほど年齢は変わらないように見える。
「マリオン、大佐と中佐を困らせてはいけないわ」
「そうは言うけどねララァ、私たち3人とも置いていかれちゃったのよ。これは由々しき問題だと思わない?」
「マリオンは元気だね。あたしはそこまで追いかけようとは思わないさね」
「クスコ、達観しすぎだよー」
「一緒にいられれば、あたしはそれでいいのさ。大佐にしてみりゃ、あたしたちがついてきていること自体迷惑なんだからね」
一番年かさの赤毛の女性……クスコの言葉にマリオンの肩に手を置いた二つお団子の少女……ララァも笑みを消す。
「戦争が終わったとはいえ、大佐も中佐も本名を名乗るわけにはいかない。名乗ったら少なからぬ影響を及ぼす人たちだからね。そんな人たちがコロニーに帰る。身軽に行動しないと自身が危険になる。だからあたしたちは、本当ならアクシズにでも引きこもってなきゃいけないのさ」
「それは……わかるけど」
「安心しなマリオン。わかってても納得できないのはあたしもララァもいっしょさね。だからついてきた。悪いね、大佐」
エドワウに向かって、さほど悪びれた顔もせずにクスコはひらひらと手を振った。
そんな3人の女性に対し、エドワウはサングラスを外しながら苦笑を返した。
眉間の傷があらわになる。
「ついてきたことに対しては、いまさらもう何も言うことはない。だが、私のことを大佐と呼ぶのだけは勘弁してくれ。今の私はジオンの赤い彗星ではないのだからな」
「それでは、なんとお呼びすればいいのですか?」
ララァがそうたずねると、エドワウはしばし思案する。
「キャスバル、エドワウ、シャアと名乗ってきたのだから、4番目の名前か。では、クワトロとでも名乗ろうか」
「4番目の男か。それもよかろう」
レーツェルが重々しくうなずくと、エドワウは改めてララァたちにこう言った。
「私はこれから、連邦軍所属のクワトロ・バジーナと名乗ろう。以後、私のことは階級でなく、クワトロと呼んでくれ。いいな?」
3人の女性、クスコ・アル、ララァ・スン、マリオン・ウェルチはやや頬を赤らめながら、クワトロに向かって首肯していた。
「さぁ、帰ってきたぞ地球に。これからどうなるか、楽しみだな」
小さい覗き窓からかろうじて見える地球に向かって、そのときレーツェル・ファインシュメッカーはそうつぶやいていた。
彼らの帰還は、未だ誰にも気づかれていなかった。
( End of Appendix )
代理人の感想・おまけ
・・・・・・・・・三人とも手を出したのか、変態炉利総帥っ!(爆死)←いや、突っ込むとこちゃう
しかしまー、レーツェル・ファインシュメッカー(あくまでも)がなんでまたこの人と手を組んでるんだか。
ひょっとして彼の敵もザビ家だったのかなぁ?
時に、マリオンは「取り込まれる」前は確か黒目黒髪だったよーな気がするんですがそこらへんどうでしょ?