男は辺りを気にしてきょろきょろと見回すと、人気がないのを見て取りほっとしてガードダイモビックの通用門をくぐった。小高い丘に宇宙船を係留しているだけのガードダイモビックは、そのほとんどの施設が地下と船体内にある。なので、敷地の中に入るのはさほど難しいことではない。監視カメラなどはあるが、塀で囲まれてはいないのだ。
黒の外套に大きめのアタッシュケースをかかえる男はそのまま歩を進めようとした。
「……動くな。そのままそのアタッシュケースを地面に置け」
遠くに船体が見えている以外は夜の闇。
だが、確実にどこからか自分以外の男性の声が聞こえてくる。男はぎょっとしてマッシュルームカットの髪を振りながら辺りを見回した。
がちゃり、と物音がしたかと思ったら視界の端で何かが動くのが見えた。次の瞬間、男は背中に固い筒のようなものを突き当てられているのを感じた。
「もう一度言う。そのアタッシュケースを地面に置け」
さっきの脅し文句の声がそのまま背後から聞こえてきた。
「あらあら、ガードダイモビックの職員は背中から銃を突きつけて歓迎してくださるわけ?」
「正式な訪問客であればこんなまねはしない。第一、こんな時間に1人で人目を避けて現れるような客がまっとうであるはずがない」
「正論ね」
「警告無しに射殺しないだけありがたいと思え」
「わかったわよ」
やや甲高いオカマ口調の男が、あきれたように肩を落として持っていたアタッシュケースを下ろして両手を挙げた。
「ボルフォッグ、照合結果は?」
『その方は地球連邦極東方面軍参謀、ムネタケ・サダアキ大佐です、キョウヤ殿』
合成音声とともにホログラフィックカモフラージュが解除されると、闇の中にスポーティなデザインのパトカーが現れる。
その様を見て取り、目を丸くしながら両手を挙げている男……ムネタケの背後で銃を構えたままのキョウヤは、ボルフォッグの回答を聞いて少しだけ眉を寄せた。
「極東軍の参謀殿がこんな時間に何の用事だ?」
「まぁ、非礼なのはわかっているわよ。でも、明日の朝じゃ間に合わないのよね」
「どういうことだ?」
「それは、手土産代わりに持ってきたこのかばんの中身を見てもらえばわかるわよ。ということでこんな時間に申し訳ないのだけれど、あのネルガルの戦艦、機動戦艦ナデシコに案内してちょうだい」
一見、銃を突きつけられてびくついているようにしか見えないムネタケだが、相対しているキョウヤは彼のその態度は半ばポーズであることを見抜いていた。
銃を突きつけられても平常心を保てるのは強い精神を持ちそれを鍛え上げた者だけだ。ムネタケにそこまでの度胸はない。代わりに、彼の体を支配しているのはなんだろうか。
「……スキャパレリプロジェクト……」
「……何か言ったか?」
「いいえ、なんでもないわよ。さぁ時間が無いわ。早く私を案内しなさい」
虜囚ともいえる立場のムネタケは、妙に大きな態度のまま係留ドックに向かって歩き始めた。
○ ○ ○ O O O ・ ・ ・ O O O ○ ○ ○
「暗号解析の結果出ました。コミュニケに転送しますので各自
夜中にたたき起こされた割に口調が変わらないルリの言葉と同時に、ブリッジクルーのコミュニケにあるデータが転送された。
「ほほぅ……これはこれは」
最初に声を発したのはプロスペクターだった。
「北米方面軍の主要基地にクリムゾンコーポレートから、バリア発生装置と次世代機動兵器のトライアルという名目の試作型機動兵器の無償供与……」
「ずーいぶんと大盤振る舞いだー」
「……ユリカ、きちんと起きてる?」
CPU稼働率60%ぐらいの間延び具合でしゃべるユリカの声を聞いて、ジュンが眉をひそめている。
「ナデシコ1隻にかなりの投資だな。それだけこの艦が欲しいということか」
最後に発したキョウヤの言葉が、ざわついていたブリッジに緊張をもたらす。
「まぁ、この艦に導入されている技術はネルガル最先端のものですからな。競合他社が欲しがるのも無理はないかと」
「それだけだとも思えないがな」
何故か胸をはるプロスペクターにキョウヤが鋭く切り込む。
「で、これだけの情報を持ってきていただいたことには感謝いたしますが……」
キョウヤの切り返しを丁重に無視して、プロスペクターはこの情報の提供者であるマッシュルームカットの男性佐官、ムネタケ・サダアキに向き直った。
「ただで、というわけではないでしょう。こちらもある程度以上の対価を支払わなければならないと考えておりますが、まずは要求を聞かせていただけますでしょうか」
「そうね……」
オカマ口調のムネタケは、顎に人差し指を当てて小首をかしげながらちょっと考えると、おもむろにこう切り出した。
「多くは望まないわ。簡単に言うとこの情報を対価にしてこの戦艦、ナデシコに亡命させてもらいたいのよ」
「亡命、ですか?」
「実はね、私まだ極東軍に辞表は提出していないのよ。ただ、今の極東軍のやり方、軍派閥同士の小競り合いはもううんざりなの。そこで新天地を、この機動戦艦ナデシコにしたいわけ」
「ですが、軍属のままというわけには」
「そのためのあの資料よ。あれを盾にして参謀本部から軍のオブザーバーを乗せることにすれば、私の立場は確定させられるでしょ。そのあとの身柄の保護をネルガルにお願いしたいのよ」
言っていることはわがまま極まりない。ただし、持ってきた資料は北米軍とクリムゾンコーポレートの癒着をまざまざと表している。
「わかりました。私の権限では正式な返答を出すことはできませんので本社に掛け合います。その間はこのナデシコの中にいる限り、安全を保証いたしましょう」
「ええ、それで結構よ。立場が決まるまでは軟禁されるのも覚悟の上だし」
「な、軟禁とはずいぶんな言われようですな」
「あら、これほどの情報を持ち込まれた方としては当然の処置だと思うわよ。あなた達だってこの情報が真実かどうかを裏づけできるまでは私を解放するわけにも、自由にするわけにもいかないでしょ? 軟禁している間の私の身の安全さえ守っていただけるのならば文句は言わないわ」
さばさばとした口調でムネタケは自身を拘束しろと言っている。さながら、拘留されている間は雨露がしのげるからという理由で窃盗を繰り返すコソ泥のようなものだろうか。
「うーん、ふわっ、お、おはようございます〜」
と、ムネタケ以外の男性陣がみんな彼の真意を測りかねているところに、ようやくスリープモードから意識を覚醒させたユリカの挨拶が割り込んできた。
「えーっと、あの、どなたですかそのキノコさん?」
「む、何かしらこの失礼な小娘は」
「小娘じゃないですよ〜、私はナデシコの艦長さんです、えっへん!」
戦時において平常心を保つことができるのは一流の戦士の証である。
ユリカのこの応対のどこまでが平常心なのかは大いに疑問が残るところだが。
「……あなた、ミスマル提督の娘さんね。どうりで見たことがあると思ったら」
「ムネタケ……あぁ、ムネタケ参謀の関係ですか?」
「それは多分、私のパパね」
「父がお世話になってます、というのはお互い様ですよね〜」
ユリカの父親であるミスマル・コウイチロウ付きの参謀長が、実はこのムネタケの父親なのだ。
加えていえばユリカは前年度の士官学校主席だ。軍に関わり、参謀本部などに近いところにいるムネタケならば、人事情報なども見ようと意識しなくても飛び込んでくる。
その程度の認識でしかないのだが、記憶の片隅にあったひよっこの小娘に向かってムネタケは一つうなずいて見せた。
だが、
「でも、何でムネタケ参謀を頼らずにこのナデシコを選んだんですか〜?」
このユリカの疑問に、ムネタケは思わず息を呑んだ。
「……私のわがままに父を巻き込みたくなかっただけよ」
「うーん、これだけの情報ですよ〜。極東軍に持っていくだけでもかなりのインパクトはあるし、ムネタケ参謀ならこれをうまく活用して北米軍の頭のすげ替えぐらい画策できそうですよ〜。権謀術数って私苦手なんですけど、そのぐらいはわかりますよ〜?」
のほほんとした口調の割に追及していることは容赦がない。
ユリカの指摘には誇張があるものの、ムネタケが持ち込んできたものは間違いなく北米軍のマイナスポイントだ。使い道はいくらでもある。
そこまで追求されたムネタケの元に視線が集まる。
「……火星のテラフォーミングプロジェクト船団が全滅した一件、アレは知ってるわね?」
「はい。木星トカゲの来襲により火星圏が全滅した、今に至る太陽系外部の混乱の発端になった事件です」
「……それが、真実じゃないとしたら、あなたはどうする?」
いぶかしむジュン、首をかしげるユリカ、表向きは表情を変えていないキョウヤとルリの背後で、プロスペクターだけが唯一、片眉を上げてこのムネタケの言葉に反応した。
「私にしてもこれは賭けなの。今の火星がどうなっているのかを知っている人間のほとんどが生き残っていない。または表舞台から姿を消している。私も、もうちょっと使える人間だったら消されていたかもしれないわね」
無能で助かったわ、とムネタケは肩をすくめて見せる。
そこに、プロスペクターが音もなく滑り込んできた。
「火星テラフォーミングプロジェクトの護衛船団旗艦の艦長はフクベ・ジン提督、そして参謀次官には当時の極東軍参謀長のムネタケ・ヨシサダの息子の名前がありましたな」
「あら、そこまでチェックが入っていたのね」
プロスペクターの指摘を聞いて、ジュンとユリカの表情が一変する。
「そこのちょび髭さんの言う通りよ。私は火星船団に参加し、あの一件の本当の名前……『マーズ・インパクト』を見て生き延びた、数少ない生き残りの一人なの」
「『マーズ・インパクト』?」
「そうよお若い士官さん。あれは近頃珍しくもなんともなくなってしまった異星人の侵略行為ではないの。あれは……いわば生存闘争ね」
聞いたことのない単語を聞かされぽかんとするジュンに、ムネタケが噛んで含むように説明する。
「あれを見て、生き延びてしまった私は、決着を見届けなくてはならない。そりゃ、私一人でどうこうできるなんて大それたことは考えてないわ。でも、それでも、私はあの星に、火星にもう一度行かなくてはならない。そのためだったらどんな犠牲を払ってでも。だから、私はこの艦を……」
「そこまでにしていただきましょうか、ムネタケ参謀」
なおも言い募ろうとしたムネタケの目の前に、プロスペクターが立つ。
背中しか見えていないユリカたちにはわからないが、相対しているムネタケは、底光りする苛烈なまでのプロスペクターの視線に射抜かれ、体をこわばらせていた。
「ミスマル艦長、それに皆さん。今聞いたことは他言無用ということで。皆さんは、ナデシコで火星の生き残りを助けに行くのです。それ以上でも、それ以下でもないのです」
ユリカたちを見ることなく、プロスペクターはムネタケを促し、ブリッジを後にした。
「……ジュンくん、わかった?」
「いや、ちょっとよくわからなかった……」
「私には関係のないことですね」
「個人の思惑には興味はない」
説明されたことを飲み込みきれないジュンとユリカに対し、ルリとキョウヤはクールなものだ。
だが、次の瞬間、4人の耳にけたたましいまでのエマージェンシーコールが飛び込んでくる。
『ボルフォッグよりブリッジ。応答願います』
「こちらブリッジのアオイだ。どうしたボルフォッグ?」
『センサーに反応あり。何か巨大な物体がこちらに接近してきています。距離は3000、地中を潜行して来ている模様です』
「何っ!?」
キョウヤたちの予測を大きく覆す形で、夜明け前にナデシコに迫る影。
ナデシコとガードダイモビックが次の朝を迎えられるかは、未だ誰にもわからずにいた。
( See you next stage!! )
世間の荒波は冷たかった……_| ̄|○
何のことだか意味不明気味ですが、とりあえず2005年一発目です。
食い詰めた結果、元の会社に頭を下げて復職させてもらったという。
また、世を忍ぶ仮の姿はSEってことになっちゃいました。
それはそれとして今回。
なんか、気がついたらムネタケがこんなキャラになっちゃいました。
キャラの再配置を頭の中でシミュレーションしてるときが一番楽しいのかもしれません。クロスオーバーの醍醐味って奴かな。
次回はドンパチですよ。ある意味、この話のラスボスに近い奴が出てきちゃいます。本当の意味でラスボスになるかどうかはまだわかりませんが……。
よろしければまた、次回もお付き合いくださいませ。
「……なんか切ない」
「……悪いもんでも食ったか、アクセル?」
「んなわけねーだろ。OG2だよOG2」
「あー、こないだ出たな。出番あったんだろ?」
「あったんだなこれが。でも、俺ってば悪役さん……」
「まぁ、シャドウミラーって組織が本来そういう役どころだからな」
「でも、ラミアは味方キャラっつーかヒロイン級の扱いだぞアレ。なんか理不尽じゃないかー!?」
「……むさい男とボインなら、本来の購買層に対してどっちが受けるかってのは一目瞭然ってことだ」
「うおー! スパロボファンなら熱い男の主人公こそふさわしいんじゃないのかーっ!?」
どっとはらい。
代理人の感想
おおっとムネタケ、ちょいとムネタケ(笑)。
肝も据わっているし、頭も中々に働く。
明確な目的を持つだけで、人間ここまで変わるもんですかねー。
それはそれとして気になるのがロブが持ってくる謎の機体。
身長二十メートルで二本の角、しかも恐らくMSと来ればまず間違いなくガンダムですが、操縦者は誰でしょ?
アキトたちでないとしたら、機動兵器に乗れて現在機動兵器のパイロットでないもの・・・キョウヤ?
微妙な線だとは思いますが、でも他にいないしなぁ。
実はヒイロ・ユイの世を忍ぶ仮の姿だったらどうしましょ(笑)。>キョウヤ(※)
※声優ネタです。
まぁ、誰が乗るか、どう言う機体かによって謎の男キョウヤの正体も明らかになる可能性があるんで、
ここはちょいとばかり妄想しつつ次回に期待してみましょう。