機動戦艦ナデシコ
黒いお姫様とその妻達の楽園
第3話 外道襲来!!
「これだああああ!!!!!」
俺は魂からの雄叫びを上げた。
目の前のモニターには小生意気なオペレーターの小娘に『これを見てエステの勉強をしてください。』といわれて渡されたメディアからの映像が映っている。
ピンク色をしたエステ。
それがやってくる木星蜥蜴の無人小型兵器をちぎっては投げきぎっては投げしてチューリップに開いた大きな傷口をさらに大きくする。
その度に火花が上がり、やがて耐えられなくなってチューリップは大爆発を起こした。
「くぅぅぅ。何て格好いいんだ。すげぇぜ。」
感動の涙が滝のように頬を流れるがとめることすらできねぇ。
まったく、なんて腕だ。
こいつこそ、俺の相棒に相応しい。
最初はコソコソと逃げ回ってやがったから何て女々しい野郎だと思っていたが、ここにきて評価はガラリと変わった。
「へっへっへ。今すぐ、この俺様が貴様をスカウトしてやる。楽しみに待っていろ。」
そう叫ぶと俺は自分の部屋を飛び出していった。
「おい。博士! このエステの操縦者はどこにいる?」
こちとら先の戦闘でいかれた所を治すのに忙しいってのに、またうっとうしいのが来やがった。
見てみると松葉杖を突いたパイロットのヤマダが来ていやがる。
「一体何のようだ? こっちはエステのメンテに忙しいんだ。邪魔するな。」
「そんな事言わずに聞いてくれ。このエステに乗っていたパイロットのこ
とが聞きたいんだ。教えてくれ。」
「はあ!? アキトちゃんのことか?」
「アキトっていうのか。そいつはどこにいる?」
「アキトちゃんなら確かトレーニングルームにいたはずだぞ。」
「そうか。恩に切るぜ。博士。じゃあ、またな。」
ヤマダのやつ。手を振って駆け出していきやがった。
なんだか少し気になるな。
後を付けるか。
ヤマダの少し後で俺は駆け出した。
「お前がエステのパイロットォ!?」
ヤマダのやつの大声が廊下の先から聞こえてきた。
案の定俺がトレーニングルームにつくと、二人は険悪な視線を交し合っていやがる。
完全に馬鹿にした眼差しのヤマダに、ジト目でヤマダを見るアキトちゃん。
どちらも第一印象は最悪らしい。
やれやれ、こいつは一筋縄ではいきそうに無いぜ。
「さっきからそうだと言っている。耳が悪いのか?」
「てめぇのようなガキがあんな操縦をしたって言うのか? 冗談言うな。」
「ガキガキ言うな。少なくとも怪我をして肝心な時にエステに乗れないパイロットよりも腕は上だ。」
「なんだとう!!」
「事実だ。」
「くくくくくく。この野郎言ってくれるじゃねえか。」
はあ、まったくヤマダのやつも子供を相手に何をムキになってんだか。
もっとも、アキトちゃんは子供といっても、ただの子供じゃないがな。
「いいだろう。そこまで言うのならどっちが上か教えてやる。やい、アキトとやら。俺と勝負しろ。」
「勝負?」
「そうだ。幸いここにはシュミレーションルームがある。そこで俺とどちらが上か勝負しやがれ。」
「本気か?」
呆れたようなアキトちゃん。
バイザーで目は見れないが露骨に呆れたような表情を浮かべている。
「ふふん。どうした。やっぱり自信がないのか。まっ。所詮はガキだ。怖くても仕方がねぇな。はっはっは。」
呆れたのはアキトちゃんだけじゃねぇ。
俺もだ。
アキトちゃんはチューリップをエステで落とすほどの常識はずれの腕の持ち主だ。
そいつと真剣勝負?
頭がおかしいとしか思えねぇ。
だが、待てよ。
確かアキトちゃんの活躍は、ブリッジにいた連中ぐらいしか見ていねえ。
ということはだ。
もし、アキトちゃんとヤマダのやつが戦うとなって賭けをやりゃあ、大抵の連中はヤマダのやつに賭けるだろう。
となればこれは大儲けのチャンスだ。
うまくやりゃあ、一躍大金持ちだ。
興奮に身体が震えてきたぜ。
このチャンスをいかさねえ奴は大馬鹿だ。
「よし。その勝負。俺が見届けてやる。いや、エースパイロットを決めるんだ。ナデシコ中に知らせる必要がある。」
俺がそう言った途端に、ヤマダの奴は大喜びするし、アキトちゃんは呆れた眼差しを向けてくる。
まあ、そんな目でみないでくれよ、アキトちゃん。
俺は目に哀願の色を浮かべて必死に訴えた。
ほうと溜息を吐くと、アキトちゃんも了承する。
「よし。だったらここは艦長に言って、決闘を正式に認めてもらうぜ。はっはっは。」
ハイになった俺はそう宣言すると大声で笑った。
「う〜ん。それで賭けの比率はどうなってるの。ルリちゃん。」
私は傍らのルリちゃんに話し掛けた。
「そうですね。およそ1:3といったところでヤマダさんが有利です。」
「プンプン! アキトは絶対に負けないよ。なのに何でそんな掛け率なの?」
私は顔を真っ赤にして怒った。
だってアキトだよ。
ヤマダさんに負けるはず無いのに。
「その方が良いんです。おかげで丸儲けです。」
「ルリちゃんはどれくらいかけたの?」
平然とした顔でオモイカネを操作するルリちゃんに聞いた。
その隣のラピスちゃんも初めての賭けに興味があるのかIFSを使ってオモイカネと話し込んでいるみたい。
「とりあえず給料の1年分です。」
「ほえ〜〜〜〜!!」
驚いちゃった。
幾らなんでもそんなに賭けているなんて。
「ユリカさんはどうですか?」
「うん。今貯金している全部だよ。」
「それも凄いですね。」
ルリちゃんがこめかみに冷や汗を浮かべてる。
そんなに驚かなくても。
ちょっと使いすぎで、あんまり残ってなかったし。
「そういえば、ラピスは幾ら賭けたんですか?」
「・・・・・・・・・私は賭けてない。」
「どうして? アキトのこと信じているんだよね。」
私は不思議に思った。
アキト第一主義のラピスちゃんらしくない。
「アキトは賭けをするのは悪い子だって言った。」
ポツリとラピスちゃんは呟いた。
ズッキーン
私の胸が罪悪感で痛む。
悪い子。
悪い子。
悪い子。
頭の中ではラピスちゃんの言葉がエンドレスで踊っている。
(え〜ん。アキト御免なさい。)
必死になって心の中で謝った。
「ううう。どうしよう? アキトに嫌われたら。ねぇ。ルリちゃん。」
私はルリちゃんに目を向けた。
そこではルリちゃんが固まっている。
「ルリちゃん?」
ギギギギとロボットみたいな動きでこちらを振り返るルリちゃん。
「・・・・・・・・ユリカさん。どうしましょう。」
どうやらルリちゃんも打つ手が無いらしい。
「う〜ん。とにかく謝ろうか?」
「どうですね。」
私たちは二人で頷きあった。
それを無視してオモイカネと会話する冷静なラピスちゃんが印象的だった。
「え〜。これからナデシコ一のパイロットを決める決闘を行いたいと思います。尚、司会は私ことユリバタケ・セイヤが行います。では
準備はいいか〜! もう賭け終わったか〜? 始めるぞ〜!!」
ウリバタケさんの宣言とともに、ヤマダさんが入場してきました。
松葉杖を突いたその姿に大勢の人がどよめきを上げる。
私も聞いてはいたけど、あんな怪我をして操縦が出来るのか不思議に思ったので、隣にいる解説のルリちゃんに尋ねることにしました。
「ねえ。解説のルリちゃん。ヤマダさんは怪我をしているけど、操縦に影響はないの?」
「そうですね。実況のメグミさん。直接影響があるということは無いですよ。ただし、Gや衝撃も今回の対決では再現されますので、そのたびに痛みが走ってそれが操縦に影響することはありえます。」
「だったらヤマダさんが不利って事?」
「今のままだとそうです。」
俺はダイゴウジ・ガイだと向こうで叫んでいますが、それは無視しよう。
う〜ん。
ほとんどの人はヤマダさんに賭けてたよね。
お気の毒に。
「さあ、続いてアキトちゃんの入場だあ!! なあ!!!?」
「これは・・・・・。」
ウリバタケさんがアキトちゃんの入場コールの途中で声をつまらし、私も驚きの声を上げる。
「どういう事でしょう? アキトちゃんは両目を目隠しして艦長に手を引かれての登場です。」
私は目を疑った。
どうして目隠しする必要が有るんだろうか?
「ねぇ。ルリちゃん。どうしてアキトちゃんは目隠ししてるの?」
「そうですね。アキトさんのことだから。ヤマダさんの負傷に対してのハンデではないかと。」
「ハンデ?」
「そうです。今のままでアキトさんが勝っても足の怪我のせいにされるかもしれません。いえ、きっとハンデつきのヤマダさんに勝つのはプライドが許さないんだと思います。」
「ふう。複雑ね。」
私は溜息を吐いた。
その目の前ではウリバタケさんが大声でアキトちゃんに抗議している。
「何を考えているんだ。目が見えなければ勝負になんてならないだろう。」
「大丈夫だ。IFSのフィードバックがある。」
「あのなあ。確かにIFSはパイロットとエステを繋ぐ役目をしているけどな。だからといってパイロットの目の代わりにはならないんだぞ。」
「それは一体どういう事ですか? ウリバタケさん。」
私はウリバタケさんに質問しました。
確かIFSってパイロットの意思をエステに伝えて、その通りにエステを動かすための物だよね。
だったらパイロットの目の代わりもできるんじゃないの?
「さっきも言ったがIFSのフィードバックはあくまでもパイロットの補助としてだけ存在する。言ってみればレーダーやデジタルのデータだけで戦うようなもんだ。確かに戦艦が
砲撃戦をするだけなら問題は無いかもしれんが、ハイレベルの撃ち合いやまして格闘戦なんかできるわけない。無茶苦茶だ。」
「心配するな。俺のIFSは特別製だ。普通のパイロットの物とは違う。」
「だからと言って。う〜ん。」
ウリバタケさんが頭を抱えて唸ってます。
ふ〜ん。
そんなに難しい物なんだ。
本当にプライドってやっかいね。
「どうしても目隠しを取るつもりは無いんだな。」
「ああ。」
「分かった。許可したくはないが認めてやる。」
「感謝する。」
アキトちゃんが嬉しそうに笑った。
ドキッ
なんて綺麗に笑うんだろう。
その笑顔にやられて会場から全ての音が消えてしまう。
「うふふふ・・・。アキトさん。綺麗です。」
不気味な笑い声が隣から聞こえたから、アキトちゃんの笑顔にやられそうな頭を何とか動かして隣のルリちゃんを見る。
「ひっ!!!」
私は後悔した。
見るんじゃなかった。
あの冷静なルリちゃんがあんな崩れた顔でアキトちゃんを見るなんて。
他の人達も同じように鼻の下を伸ばした顔をしている。
私は背中に冷や汗を流しながら実況を続けた。
「やいやいやい。どういうつもりだ。アキト。」
案の定、ガイの奴が文句を言ってきた。
俺は何故か動きの止まった会場の皆から意識を離してガイへと顔を向ける。
気配をたどればそれぐらいのことは簡単だ。
「どういうつもりとは?」
「だからその目隠しだ。」
「決まっている。足のハンデがあるお前に勝ったところで勝負に勝ったいえるか? 心配するな。目隠しをしたところでお前には負けん。」
「何だとう。」
ガイが大声を出して憤慨する。
気持ちは分かるがいい加減面倒だ。
「セイヤさん。さっさと始めよう。」
「あ、ああ。それじゃあ始めるか。パイロットがエントリーするぞ。これが最後だ。足の骨折のヤマダか(ダイゴウジだ!!)、目隠しのアキトちゃんか。しっかり賭けろよ。」
「「「おおおおおおおおおお。」」」
流石にお祭り好きのナデシコだ。
すっかり盛り上がっている。
昔なら俺も一緒に盛り上がっていたんだが今はな・・・・・・・。
俺は胸にかすかな痛みを感じながらシュミレーションに入った。
「いいか。こいつは三本勝負だ。最初は何も無い宇宙空間の戦いだ。それぞれ好きな武器を選んで良い。アキトちゃんは何にする?」
「遠距離用のライフルとブレードをくれ。」
「それでいいのか?」
「ああ。」
アキトちゃんが頷き、俺はデータを入力する。
「ヤマダはどうする?」
「ダイゴウジ・ガイだ。武器はいらねえ。」
「はあ!?」
またこの馬鹿が馬鹿な事を言い始めた。
「何言ってる。さっさと何がいいか言えよ。」
「だから言ってるだろう。この生意気なガキに武器なんぞいるか。」
「はあ・・・・・・・。」
俺は頭を抱えた。
何でこう考え無しなのか。
「おまえなあ。」
「武器が要らないといっているんだ。そのままでいいだろう。もっともすぐに後悔するだろうがな。」
「後悔なんぞするか。そっちこそ俺に戦いを挑んだことを後悔するがいいさ。」
「はいはい。素手で戦うんだな。分かった。分かった。」
俺は溜息をつきながらデータを打ち込む。
「アキトちゃんは長距離用ライフルとブレード。 ヤマダの奴は素手と。それじゃあ、始めるぞ。いいか?」
「ああ。いつでも良い。」
「腕が鳴るぜ。」
俺はシュミレーションのスイッチを入れた。
「ああっと。パイロットのヤマダ。正面から凄い勢いで突っ込んでいきます。それに対して何とアキトちゃんは後ろを向いた!?」
メグミさんの実況の声が会場に響き渡ります。
「そのままヤマダさんと同じように猛スピードを出します。もしかしてこれは逃げた!?」
失礼ですね。
アキトさんはそんな簡単に逃げたりはしませんよ。
「ねえ。ルリちゃん。どうしてアキトちゃんは逃げてるの? ひっ!?」
メグミさんが私の顔を見て顔を引き攣らせます。
どうしてそんな顔をするのか謎です。
「ご、ごめんなさい。私が悪かったわ。」
「どうしたんですか? メグミさん。」
「何ってルリちゃんの顔が・・・・・い、いいえ。何でもないの。(汗)」
随分と慌てて弁解しているようですが、一体何を慌てているのでしょうか。
おかしな人です。
「ところで実況のほうだけど、どうしてアキトちゃんはヤマダさんに背中を向けてるのかな?」
「すぐに分かりますよ。ヒントはヤマダさんが素手だということです。」
「はあ!?」
不思議そうな顔で私を見つめていますが、無視です。
どうせすぐに分かることですから。
その間も戦いは続いています。
「やいやい。チビガキ。逃げるんじゃねえ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
アキトさんは無言です。
ヤマダさんが必死に追いかけ、やがて両機は最高速度に達しました。
そこで初めてアキトさんがエステを振り向かせます。
ガオーーーーン
ライフルの音が会場に響きます。
キュイン
しかし、ディストーションフィールドが弾丸を弾きました。
「おおっと。初めての攻撃だ。だがヤマダのフィールドに遮られてエステには届かない。」
大声でウリバタケさんが叫んでます。
「狙いが分かりました。アキトちゃんはヤマダさんのエステが素手なのを考慮して遠距離からの攻撃にしたようです。さっきのルリちゃんの言葉はこれだったんだ。」
「そうです。ヤマダさんは無謀にも何も持たずに戦っています。それなら遠距離からの攻撃に徹すればダメージを受けずに勝てますから。」
「でも、ディストーションフィールドで弾かれてるみたいだけど。」
「それもすぐに解決しますよ。」
私は確信を持ってメグミさんに言いました。
不思議そうな顔で私を見ていますが、後数秒とたたずに分かるでしょう。
アキトさんもエステのフィールドが、バッタの物とは違ってライフルで貫くことができないのは知ってます。
そして、その問題をどうすれば解決できるのかも。
「ああっと。再びアキトちゃんがライフルを撃ちました。でも、それが通用しないのは知っているはず!? ええっ!? そんな! ヤマダさんのエステの肩が傷ついてる。」
「なるほど! そういう手があったか。」
メグミさんが驚愕の声を上げ、ウリバタケさんが感嘆の声を上げています。
「ねえ。どうして今度の攻撃はフィールドを貫いたの?」
「簡単なことです。一発の弾丸で貫けないなら、二発打てば良いんです。」
「口で言うほど簡単じゃねぇ。ほとんど同時に同じ位置に向かって連射しなくちゃならねえんだ。簡単にそれが出来るんなら、連合軍は火星で負けてねえよ。」
私の耳に脱力したウリバタケさんの呟きが聞こえてきました。
「でも、アキトさんには簡単なことですよ。ほら。」
私の指差した先ではアキトさんの連射によってボロボロになっていくヤマダさんのエステがありました。
「やいやい。チビガキ。逃げんじゃねえ。」
俺は戦闘開始から後ろを向いて全力で逃げるチビガキに向かって怒鳴った。
所詮、ガキだな。
俺と戦うのが怖くなって逃げ出すなんてよ。
そう思ってニヤリと笑った途端に、アイツがこっちに振り返ってライフルを撃ってきやがった。
キュイン
バリアに当たって弾丸が弾ける。
「危ねえ。危ねえ。バリアが無かったら、当たってたぞ。」
ホッと息をついて安堵する。
しかし、これでチビガキもライフルが無駄だって分かっただろう。
「てめえもパイロットなら拳で来やがれ。」
俺は再び怒鳴る。
その言葉の返答はライフルの一撃だった。
「こりねえ奴だぜ。」
無駄だってのが分からねえのか。
さっきの二の舞だぜ。
侮蔑の思いを隠さずに笑った。
だが、その笑みが引き攣る。
ガガガという何かが壊れるような音と共に、警告のランプが点滅したからだ。
すぐに状況を確認すると肩の辺りに被弾したのが分かった。
「そんな馬鹿な。バリアーはどうした? 俺のゲキガンガーが傷ついた!?」
俺は信じられない思いで叫んだ。。
だが、呆然としている間にもゲキガンガーの傷は増えていく。
「くっそう。卑怯だぞ。チビガキ!!」
憎しみを込めてチビガキのエステを睨むと腹のそこから俺は叫んだ。
「くっそう。卑怯だぞ。チビガキ!!」
「対等の条件を蹴ったのはお前だろう。」
俺はガイの叫びに何の感情も込めずに返した。
何もない宇宙空間での戦いだ。
ちょっと考えればこうなることは分かったはずだ。
俺は思う。
昔の俺であればガイが素手で出たときに、武器を捨てて正々堂々と戦っていただろう。
だが、戦いという物はそんな甘さを許さない。
ほんの少しの油断や慢心が簡単に命を失わせる。
ガガオーン
ガガオーン
・・・・
・・・
・・
・
ガイの攻撃範囲から離れた場所からライフルを放ちつづける。
見る間にボロボロになっていくガイのエステバリス。
何とかして自分の攻撃範囲に俺を捕らえようとするが、俺はガイを決して近寄らせない。
ガイの直情的な動きはフェイントすらなく、簡単に読むことが可能だ。
それでも並以上の反射神経で致命傷は避けていたが、いよいよ限界が来た。
「これで最後だ。」
俺は冷たく宣言するとライフルを撃った。
言葉どおりに数秒後に宇宙に大輪の火花が咲いた。
「はあ。こうなるとは思っていたが、まったく予想通りの展開だぜ。」
俺は呆れて呟いた。
何も無い宇宙空間でライフル相手に素手で戦うなら、こうなるのは目に見えていた。
それでも自信満々なあいつの態度に何か秘策でも有るんじゃないかと思ったんだが、思い切り期待はずれだったぜ。
おっと、先に進めなきゃな。
「最初の戦いはアキトちゃんの圧勝だ。さあ、セカンドステージは岩石群が渦巻く危険地帯だ。相手ばかりを意識していたら、速攻で岩石に挟まれてジ・エンド。さっきはヤマダが素手でいいなんて言って、アキトちゃんの圧勝を作ってしまったが、今度はヤマダの奴も油断は無しだ。良い勝負を期待するぜ。」
威勢良く言ったものの、俺は内心では次の勝負も圧倒的なアキトちゃんの勝利に終わるのじゃないかと予測していた。
まったく、少しは場を盛り上げる努力ってもんをしろよな。ヤマダ。
会場ではヤマダに賭けていた連中のブーイングが起こっている。
善戦しての負けならともかく、わざわざ自分から不利になって惨敗するなど確かに許せるわけも無い。
「さて、20分の休憩を挟んで次の勝負に入るぞ。さあ、パイロットを通してやってくれ。」
実質、先ほどの勝負は20分ほど掛かった。
二人に疲れは見えないが、休憩は必要だろう。
しかし、対照的な二人だぜ。
ヤマダの奴は完全にエキサイトして怒り狂ってやがるし、アキトちゃんはそれとは逆に何の感情の高ぶりも見せずに氷のような無表情で椅子に座ってドリンクを飲んでいる。
俺はそれを見て次の勝負も簡単に決まるのを確信してしまった。
冷静さを失ったパイロットと水分を補給し体を休めているパイロット。
二人の様子を見れば考える間も無く勝負の行方が予想できる。
はあ、アキトちゃんには勝って貰わないと困るが、それでも少しは善戦してくれよヤマダ。
俺は怒り狂うヤマダをみながら、天を仰いだ。
「さあ、今度は何を使うんだ。」
俺は休憩が終わり、シュミレーション用のコクピットに座った二人に話し掛けた。
「そうだな。ハンドガンとナイフをくれ。」
「俺はライフルだ。今度は逃がしゃしないぜ。」
「はあ・・・・・・。」
俺は溜息をついた。
こいつは次のステージを考えて言っているんだろうか?
次は岩石地帯だ。
岩と岩が宇宙空間に浮かび、それらが不規則に動きぶつかっては砕け、辺りに大小の破片を飛ばしている。
ライフルを持つのもいいが、岩と岩の間を飛び回らなければいけない状態で、こんな長物のライフルを使うのは扱いにくいってくらい誰にでも分かるはずだ。
「無駄かもしれないが言っておくぞ。今度の場所は岩石地帯だ。そんな銃身の長いライフルだと使いにくいんだが、良いんだな?」
「ふっふっふ。今度、穴だらけなるのはアイツのほうだ。わはははははは。」
「聞いちゃいねえ。」
あまりの情けなさに俺は空しくなった。
先ほどの戦闘の経験がまるで生きちゃいない。
この分だと次回の戦闘もアキトちゃんの圧勝だな。
俺はそのことを確信しながらシュミレーションのスイッチを入れた。
「よおーーーーーし。セカンドステージを始めるぞ。」
ウリバタケさんが大声で開始を宣言しました。
その途端、会場のモニターの岩石地帯に二機のエステが現れます。
アキトさんはハンドガンをヤマダさんはライフルを構えています。
「おおっと。ヤマダさんがライフルを放ち先制します。しかし、アキトちゃんはそれをかわすと岩石の後ろに回って姿を消しました。キョロキョロとヤマダさんがあたりを見渡していますが、姿を確認することすら出来ません。」
「この卑怯者。それでもゲキガンガーのパイロットか。」
大声でヤマダさんが叫んでいます。
「えーと。ルリちゃん。ヤマダさんの言うことが分かる?」
「ゲキガンガーのパイロットがどういう事かですか?」
「うん。そうそう。」
「そうですね。ヤマダさんはゲキガンガーマニアです。エステバリスをガキガンガーと呼び、そのパイロットはアニメのようにヒーローでなければいけないと思っています。アキトさんの戦い方は私から見ればごく当たり前のことなんですが、どうやらヤマダさんには卑怯者の戦い方に見えるようですね。」
「ってそんなのおかしくない? だって、パイロットの仕事は与えられた任務を忠実にこなすことだよね。命令によっては正々堂々と戦わないことだってあるのに。」
「その通りです。腕が超一流なら経歴・性格は問わずですが、現在のヤマダさんの目立ちたがりの性格はその腕を確実に落としてます。これから木星蜥蜴の勢力下にある火星に行くのに、このままではナデシコすら危険に晒しますね。」
「それって困るよね。」
「そうですね。」
「「はあ・・・・・・・。」」
溜息が重なりました。
本当に憂鬱です。
今回の勝負で少しは周りを見ることができるようになればいいのですが望み薄ですね。
まあ、アキトさんに期待することにしましょう。
少なくとも前回は仲の良い友達だったんですから。
「この卑怯者!! 目の前まで出てきやがれ。」
ガイの怒鳴り声が聞こえる。
まったくアイツの熱血には頭が痛む。
戦いというのは死ぬか生きるかの境目だ。
そこに正々堂々や卑怯というのは存在しない。
草壁を見ても分かるように、ゲキガンガーを信じる木蓮の連中すら裏では卑劣なことをやっていた。
生き残り勝利するには色々な状況を利用し、自分に有利な状況を作らなければならない。
正々堂々とやりました、でも、皆死んでしまいましたでは話にならない。
今のままのガイならこれからの展開で絶対に死んでしまうだろう。
それだけならまだガイの死を悲しめばすむが、その時の状況によってはナデシコが沈んでしまうことすら考えられる。
実際、前回のデルフィニュウムとの戦いで素手で出て、武装をフレームの交換で手に入れる作戦は酷かった。
当時の俺は完全な素人だった。
だから、プロであるガイがしっかりとしないといけないのに、あの様だ。
あの時は上手くいったが、考えればナデシコが落とされていても不思議は無い。
「完全な敗北を知ってもらうぞ。」
ここでガイに戦いが遊びではないことを教える。
落ち込むだろうがここでパイロットとしての自覚が出れば良し、もし、今までと変わらないのならプロスに頼んでパイロットを降ろさせる。
プロスは渋るだろうが、生死を賭けているのは俺たちだと言えば、説得はできるだろう。
ガイの背後に回り、エステほどもある大きな岩をガイにぶつける。
「何ぃーーーーーー!!!! 急に岩が向かってきた!?」
ガイが慌てて回避に走るが、俺は岩をコントロールしてガイに岩を押し付ける。
ガガガガガガガーーーーー
岩越しにガイのエステのフィールドと岩がこすれる衝撃が伝わる。
「くそう。岩なんぞに潰されてたまるか。」
その声とガイのエステの拳が唸り、岩が砕ける。
「へっ! どんなもんだい。 ひえ!!」
得意そうなガイの声が聞こえる。
だが、その声が引き攣る。
岩の向こうにハンドガンを構える俺のエステの姿があったからだ。
本来ならフィールドを貫くことなどできない威力のハンドガン。
しかし、岩にフィールドの出力を削られた現在のガイの状態なら別だ。
目の前では慌ててライフルを構えようとしているガイがいる。
だが・・・・・・・・・。
「くっそう。やられたーーーー!!!」
ガイの大声とエステの爆発が俺の耳に響いた。
「予想通りですね。状況に合わせて武装や戦法を変えるアキトさんと愚直に正面から戦おうとするヤマダさん。特に最後の瞬間など、その差が実に良く出ていました。」
「どういうことかな?」
「最後にヤマダさんもアキトさんにライフルを撃とうとしましたが、長い銃身が邪魔になって撃つことが出来ませんでした。どこから岩や敵が現れるか分からないあんな状況で狙撃用のライフルを持っていくなんて本当に馬鹿ですね。」
「ははは。そうなんだ。」
「そうですよ。馬鹿です。馬鹿。」
「ははははははははは。」
私は笑うしかなかった。
ルリちゃんの毒舌って凄い。
なまじ正しいだけに反論なんてできっこないもの。
「でも、あれがナデシコのパイロットだと考えるとなんだか不安ね。」
「大丈夫ですよ。サツキミドリで新しいパイロットが3人入りますから。ヤマダさんが役に立たなくてもナデシコの守りは万全です。」
「そうなんだ。良かった。」
ホッと胸を撫で下ろす。
さすがにあれだけ酷くぼろ負けすると、自分の身すら危険を感じてしまう。
だから、他にパイロットが追加で来るという話に、やっと胸を撫で下ろすことが出来た。
「それにしても本当にヤマダさんは一流なの?」
私の独り言に会場にいた多くの人が頷いた。
「さあ、最後の勝負だ。今度はお互いに素手の格闘戦だ。今までのように武器の差によって勝負が決まることはないぞ。機体の性能差は当然なしだ。となればお互いの腕の差がそのまま勝負を決める。既にアキトちゃんが2勝して決着は着いたが、最後のこの勝負でヤマダが男を見せるか? それともアキトちゃんの圧勝か? さあ、始めるぞ。」
俺は威勢良く宣言したが、内心はほとほと困り果てていた。
宣言の中にも言ったが、勝負は既についている。
それもアキトちゃんの圧勝だ。
ヤマダに賭けていた連中はヤマダのあまりの不甲斐なさに既に捨て鉢だ。
冷めた目で画面を見てやがる。
「さあ、最後の勝負が始まろうとしています。このまま良いとこ無しで終わるのはヤマダさんのプライドが許すはずは有りません。きっと凄い戦いを見せてくれるでしょう。」
「いかにも期待してますという言葉ですが、本音はどうですか?」
「最後くらい格好いいとこ見せなさいよ。この役立たずってとこかな。」
「そうですね。」
「そうよ。」
「そうですね。」
「その通りだわ。」
俺の隣で実況と解説の二人が気の無い言葉を交わしている。
せっかく少しでも盛り上げようと頑張っている、こっちのことも考えて欲しいぜ。
「それじゃあ、始めるぞ。」
心の中で涙を流しながら俺は叫んだ。
「くっそう。この俺が何でこうも一方的に。」
屈辱感が胸を焼く。
ドロドロとした黒い物が口から這い上がって出てきそうだ。
「だが、今度は俺の番だ。見てやがれ。本当の実力を見せてやるぜ。」
目の前のモニターを眺める。
そこにはあの糞ガキのゲキガンガーが写っている。
「今度こそ叩きのめしてやる。」
俺は舌なめずりをしながら呟いた。
今までは運が悪かった。
決して腕が劣っているわけじゃない。
まして、今度は格闘戦だ。
武器の違いによる優劣などでてくるはずもねぇ。
「それじゃあ、始めるぞ。」
博士の言葉と同時に俺は突っ込む。
先手必勝だ。
「ゲキガンパーンチ!!!」
叫びと同時にワイヤーのついたパンチが相手に向かって飛ぶ。
この至近距離だ。
避けられるはずも無い。
「もらったぜ。なにぃ!?」
目の前から相手のロボットの姿が消える。
「そんな馬鹿な!? うおっ!!!」
急に上下の感覚が無くなり、俺は目を回した。
ドスン
凄まじい音と衝撃が俺の身体を揺さぶる。
「くう。何が起きたんだ。」
「その程度か?」
「なんだとう。」
俺は前を見た。
あの糞ガキのロボットが俺を見下ろしている。
それを見て俺は何が起こったのか分かった。
どうやらあの糞ガキに投げられたようだ。
ロボットのモニターアイを通してあのガキの冷ややかな視線が突き刺さってくるようだ。
屈辱が俺の身体を熱くする。
「たまたま投げられたからといって馬鹿にするんじゃねぇ。」
すぐに飛び起きると俺は飛び掛った。
さっきの投げによるダメージがモニターの片端に記されるが、そんなのは無視だ。
さっき飛ばしたゲキガンパンチ事を忘れて、その手で俺は奴に殴りかかる。
ドゲシ
鈍い音と共に吹っ飛んだ。
「さっきワイヤーフィストを飛ばして回収していないのを忘れたのか?」
呆れた声が通信機から聞こえてくる。
どうやらカウンターでパンチをもらったようだ。
自分の間抜けさにも腹が立つが、歯牙にもかけていないその声の調子に俺は切れる。
「くそがーーー!!!」
ドガキ
ドターン
バコン
何度も飛び掛っては反撃を食らう。
「へっ。やるじゃないか。」
俺は口元に流れる血を拭って話し掛けた。
俺の怒りを込めた攻撃はまるで歯が立たなかった。
簡単にあしらわれ、そのまま反撃を食らう。
すでに俺のゲキガンガーはボロボロだった。
ここに来て俺はやっとこの糞ガキとの腕の差を認めた。
どうやら天と地ほどの差があるらしい。
「だが、まだ負けたわけじゃねえぜ。最後の力を見せてやる。」
俺はゲキガンガーの腰を落として身構えた。
一撃必殺。
もはやそれしか方法はねえ。
今までの勢いだけの攻撃じゃ、こいつは決して倒せない。
俺の全てを込めて放つ一撃だけが、こいつに通じる最後の手段だ。
その思いが伝わったのか。
アイツから伝わる気配が変わる。
「へっ。こいつが殺気ってやつか。面白れえ。」
ビリビリとした肌をさす気に全身の血が沸き立つ。
アイツがゆっくりと近づいてくると、ますます殺気は強くなった。
自然と震えてくる身体を意志の力で強引にねじ伏せ、俺はアイツに最後の攻撃を放った。
拳が唸りを上げ、最高の一撃があいつを襲う。
だが、その一撃を持ってすらアイツには届かなかった。
目の前から消えたと思うと凄まじい衝撃が走り、俺の目の前は真っ暗になった。
暗闇の中で鈍く光る『ゲームオーバー』の文字。
その暗闇の中で俺は何故か落ち着いていた。
完敗だ。
普通ならば悔しさに腸がねじ切れるくらいに激昂していただろう。
だが、ここまで腕の差があるとそんな気すら起こらない。
俺はシュミレーターのコクピットを出ると、大勢の罵声を浴びながら通路を歩き去った。
「ガイ。」
俺は悄然とした足取りで立ち去るガイの姿を見ていた。
ここまで圧倒的な力の差を見せられたんだ。
その落ち込みは察するに余りある。
だが、この挫折はアイツが成長するために必要な物だった。
状況を見る冷静さ、謙虚な心、時には引くだけの臆病さ。
それらはアイツにはまったく無い物だ。
それは敗北から学ぶしかない。
それでも俺の心は痛んだ。
これが傲慢な考えであることは分かっている。
俺に同情されていると知れば、アイツは怒るだろう。
それでも俺は・・・・・・・・。
「アキトさん。苦しまないでください。」
そっと後ろから抱きしめられた。
子供特有の体温の高い体が押し付けられる。
俺はその声の主の名前を呼んだ。
「ルリちゃん。」
「アキトさんは優しいから、相手を傷つけることで自分すら傷ついてしまう。でも、ヤマダさんには必要なことだったんです。完全な敗北が。」
「ああ。分かっている。その為に今回の勝負を受けたんだ。」
「でも、ヤマダさんを傷つけたことで後悔しているんですよね。」
「もっと他にやりようがなかったのか。それを考えると今回のやり方に疑問が浮かぶんだ。」
「やっぱり優しいですよ。アキトさんは。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ルリちゃんの抱きしめる力が強くなる。
それだけで何故か罪悪感が薄れていく。
全てなくなったりはしないが、それでも笑顔を浮かべることが出来るくらいにはなった。
「ありがとう。ルリちゃん。」
「どういたしまして。」
俺が笑顔で礼を言うと、ルリちゃんの顔にも笑顔が浮かんだ。
「「「はああああああ。」」」
何故か周りから溜息が漏れた。
辺りを見回すと何故か逝っちゃった目で俺たちを見つめる群集が目に入った。
「どうしたんだろう。」
「アキトさんが気にすることは無いです。」
疑問を口にする俺にルリちゃんが微笑みかけて来た。
「それもそうだな。」
俺は背中に汗をかきながらルリちゃんに同意するのだった。
「ユリカ。」
僕は目の前の女性に話し掛けた。
僕にとっては一番魅力的な女性。
生真面目で融通のきかない僕の考え方を根本から叩き壊した女性。
だが、今回のアキトちゃんとの夫婦うんぬんはさすがに認められなかった。
だから、こうしてユリカと話し合うために声をかけたんだ。
「何? ジュン君。」
振り返ったユリカが笑顔で僕に答えた。
それだけで胸が高鳴り言葉が出なくなる。
「えっと・・・・その・・・・・。」
情けない。
僕は自分が嫌になった。
この調子だからユリカに僕の気持ちが伝わらないんだ。
そんな自分が心底嫌になる。
「どうしたの?」
「うわあ!?」
俯いて口の中でぶつぶつ言う僕の顔をユリカが覗き込んできた。
ドアップのユリカに僕は変な悲鳴を上げてしまった。
いきなりのドアップは心臓に悪い、ドキドキと心臓が高鳴っている。
「本当に変だよ。一体どうしたの?」
「変ってユリカのほうがおかしいじゃないか。」
「へっ。私が?」
「そうだよ。大体夫婦って何だよ。相手は女の子だよ。女同士で夫婦ってどう考えたっておかしい。そう思わないのかい。」
僕は一気に思いを打ち明けた。
「何でおかしいって思うの?」
「何でって。どう考えてもおかしいじゃないか。変だよ。」
「仮におかしいとしてもそれがジュン君にどういう関係があるの?」
「えっ!?」
僕は虚を突かれた。
「変だとしてもそれは私が回りの人におかしいと思われるだけだよね。ジュン君には何の迷惑もかけないよね。なのにどうしてジュン君が文句を言うの?」
「それは・・・・・・・。」
僕は言葉に詰まった。
理由は簡単だ。
僕がユリカを好きだからだ。
好きだからこんなおかしな話を認めることなんて出来るはずも無い。
だけど・・・・・・それを言う勇気はない。
やっぱり、僕は駄目な男だ。
「ごめんね。ジュン君。」
「えっ?」
ユリカに何の脈絡も無く謝られて僕は戸惑う。
そんな僕にユリカは衝撃的な話をする。
「ジュン君は私が好きなんだよね。だから、アキトとの事を認めたくないんだよね。」
ガーーン
ハンマーで殴られたようなショックが僕を襲った。
いつ? どこで? どうやって僕の気持ちを知ったのか?
混乱する頭で必死に考えようとする。
だけど、思考が空回りするだけでまともな事が考えつかなくなった。
「長い間、気がつかなくてごめんね。」
そんな僕にユリカが陰のある表情で謝ってきた。
愛する女性のその表情が僕の気持ちを落ち着かせた。
慌ててユリカに話し掛ける。
「そんな。僕が勝手に好きになったんだ。だから、ユリカが謝る必要は無いよ。」
「ううん。長い間、私が気づかなかったせいで辛い思いをさせたんだもの。謝るのは当然。本当に御免なさい。」
「ユリカ・・・・・・・。」
ジーンと胸にユリカの言葉が響いた。
今までユリカに気がついてすらもらえない惨めな思いが氷解するのを感じた。
「でも、ジュン君の気持ちにこたえることは出来ないの。私は既にアキトのものだから。」
「それが分からないんだ。いつ、どこで、どうやって知り合ったんだい? どうして、女の子同士で夫婦なんておかしな事になったんだよ。」
疑問を尋ねる。
「詳しいことはいえないの。でも、ふざけていっているわけじゃない。それだけは分かって欲しいな。」
「ユリカ・・・・・・・・・・・。」
始めて見た。
こんな悲しそうなユリカは。
僕の知っているユリカはいつでも明るかった。
もちろん、楽しいことだけが人生に起こるわけじゃない。
悲しいこと辛いこと、色々なことが起きる。
でも、ユリカはそんな出来事の一つ一つに負けなかった。
いつも明るく笑顔を見せていた。
僕はそんな強いユリカが大好きだった。
(何があったというんだ。いったい?)
僕は不思議で仕方がなかった。
だけど僕は初めて見せるユリカの悲しみにただ沈黙するだけしか出来なかった。
「例えジュン君が私をどれだけ思っていてくれても、それに答えることは出来ないの。私はアキトが好き。今までアキトが私を好きだって思ってた。でも、そうじゃないの。私がアキトを好きで一緒にいたいと思ってるの。無理やり離れ離れになって思い知ったの。自分のアキトへの思いを。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ユリカの真剣な告白に僕は何も言えずにユリカの顔を見つめるのだった。
ジュン君が戸惑った顔で私を見ている。
私は痛む胸を意識しながら、それでも言葉を続けることにする。
それが自分に出来る最善なことだと信じて。
ジュン君が戸惑うのは分かる。
だって私はジュン君の知っているミスマル・ユリカではなく、テンカワ・ユリカだから。
ナデシコに乗って皆で頑張って、アキトと結婚しルリちゃんと家族になって、そして、新婚旅行でアキトと離れ離れになって、あの地獄のような実験と陵辱の日々が始まり、遺跡から救出されてもアキトとは離れ離れのままで、軍を統括する最高司令長官になってアキトの遺体と対面して・・・・・・。
今の私はこの頃の私とは違う。
人の表も裏も体験した私。
だからだね。ジュン君が戸惑うのも。
きっと、違うって心の中で分かったんだね。
私はジュン君を母親のように慈愛のこもった目で見つめた。
「私がアキトの奥さんなのは私にとって絶対のこと。だから、私のことは諦めて欲しいの。それよりもジュン君を見つめている子のことに気づいて欲しいな。」
私の脳裏に元気なユキナちゃんの顔が思い浮かぶ。
いつもジュン君を振り回すユキナちゃんだけど、私は凄くいいパートナーだと思った。
ジュン君も困った顔をしながら、それでも嬉しそうだった。
時々、私のほうを熱いまなざしで見ることもあったけど、それでもユキナちゃんは気付かない振りをして強引に自分へと視線を振り向かせた。
だからかな。
いつのまにかジュン君がユキナちゃんのことを真剣な眼差しで見つめるようになったのは。
私は当時のことを思い出しながら、話を続ける。
「ジュン君は気付いていないけど、ジュン君のことを想ってくれている女の子はいるよ。その子はジュン君の良い所を一杯知っていて、いつもジュン君を見ている。もし、ジュン君が周りを見ることが出来るようになったら、その子のことにきっと気付くよ。」
「そんな子がいるわけ無いよ。こんな情けない僕に。」
「駄目だよ。その子にとっては一番なんだから、卑下しちゃ駄目。」
「・・・・・・・・・・・。」
ジュン君は俯いてしまった。
何とかしてあげたいとは思うけど、ここからはジュン君自身の問題。
私は最後に笑顔を浮かべてジュン君に告げる。
「今まで私を好きでいてくれてありがとう。そして、応えられなくてごめんね。」
「ユリカ・・・・・・・・。」
呆然と私の名前を呟くジュン君を残して私は歩き去った。
不覚にもこの時にはユキナちゃんとジュン君はまだ出会ってすらいないことにも気が付かずに・・・・・。
「ユリカ・・・・・・。」
僕は通路を曲がりその姿が見えなくなっても、ユリカの姿を求めて通路を見つめていた。
未練がましいと自分でも思うけど、長年の想いはそう簡単になくなるものじゃない。
「はあ・・・・・・・。」
随分と長い間、ぼうとした後、僕は歩き出した。
別に目的があるわけじゃない。
ただ、このまま副長の任務をこなすつもりはなかった。
もう少し頭を冷やしたい。
「はああああああ!!!!」
気合と共に息を吐く呼気が聞こえた。
足元を見つめていた視線を上げると、視線の先に稽古着のアキトちゃんの姿があった。
さすがに今はバイザーをしていない。
どうやら無意識のうちにトレーニングルームへとやってきたらしい。
「くっ!」
僕は舌打ちした。
僕が振られる原因となった女の子。
その姿を見ることは今の僕には辛い。
そのまま立ち去ろうと踵を返そうとしたとたん。
ドバキ
凄まじい音が辺りに響いた。
その音にびっくりして動きが止まる。
僕は目の前の光景に呆然としてしまった。
僕の目の前には、大の大人の何倍もの重さもつサンドバックが宙に舞っていた。
数メートルを飛び、床をゴロゴロと転がり止る。
あの体のどこにそんな力があったのか。
言葉一つ放つことも出来ずに呆然と彼女の姿を見つめてしまう。
「うん!? そこにいるのはジュンか。」
アキトちゃんが声をかけて来た。
その鈴の音色のような声に僕の金縛りが溶ける。
「君は一体!?」
かすれた声でアキトちゃんに尋ねる。
「俺か? 俺はテンカワ・アキト。見ての通りマシンチャイルドとして生を受けた。」
「マシンチャイルドなら全員が君と同じ事ができるのかい?」
「この力のことか? それならノーだ。普通のチャイルドには不可能だな。」
「だったら、君は一体?」
僕は縋るように彼女に尋ねた。
ユリカのこと、この子の常識はずれの力のこと、並みのパイロットを凌ぐエステの操縦術。
知れば知るほどに謎が深まっていく。
そんな彼女に僕の頭は混乱していく。
「落ち着け。」
「落ち着いてなんかいられるか。君は普通じゃない。化け物だ。はっ!?」
僕は自分の言った言葉に愕然とする。
とっさに口元を押さえて目を見開く。
なんて事を言ったんだ。僕は・・・・・・・。
「化け物か・・・・・・。」
寂しそうにアキトちゃんは呟いた。
僕は自分の失言にどうすることも出来ずに俯いた。
なんて馬鹿なんだろう。
この子が作られた自分を意識しないなんてはず無いのに。
「気にするな。俺が作られた人間であるのは本当のことだ。別に気にしていない。」
「でも・・・・・・。」
「本当に優しい男だな。お前は。」
「えっ!?」
僕は俯いていた顔を上げた。
そこには慈しむような慈母の表情を浮かべたアキトちゃんの顔があった。
優しい光をたたえた美しい黒い目。
僕はそこから目を離すことが出来なくなった。
でも、そんな僕に構わずアキトちゃんは続ける。
「俺はユリカの心を奪った恋敵だぞ。なのに俺を傷つけたかもしれないと心配する。しかも、作られた人間だから余計に傷ついたと気にしたんだろう?」
「それは・・・・・・・。」
「お前は本当に優しいな。ユリカに親友だと言われて想いに気付いてももらえないのに、それでも必死にユリカのサポートをする。誰もが注目する場面をユリカに取られて、苦労ばかりが降りかかってくるような仕事ばかりを押し付けられても、文句をいわずに我慢をする。お前は本当に優しい男だな。」
「僕は優しくなんか無い。ただ、言われたことを断れないだけさ。」
そう。それが真実。
アキトちゃんが言うように、格好のいい理由じゃない。
ただ断る勇気が無いだけなんだ。
「断ってどうする?」
「えっ?」
「お前が断ればその分だけ、ユリカに仕事が回ってくるだろう。そうなればユリカの自由が奪われる。瑣末な出来事に振り回され、肝心な決断が出来なくなったかもしれない。そうなれば、ユリカの艦長としての能力に皆が疑問を持つ。お前がサポートすることでユリカの能力は制限を受けないで済んだんだぞ。自信を持て。」
「そんなこと・・・・・。」
「本当に嫌なら断ったさ。」
「えっ?」
「お前が本当に嫌なことなら、自分の心に沿わないようなことならお前は決して承諾したりしない。例えば、ユリカが自分の能力を周りに示すために、ナデシコを危険にわざと晒す作戦を提案すればお前は了承したか?」
「それは・・・・・・・多分できない。たとえ、ユリカの頼みでも、皆を危険に晒すことは。」
「そうだろう。お前は自分が思っている以上に強い男さ。」
「僕が強い・・・・・・・。」
何度目の沈黙だろう。
アキトちゃんは僕が思っても見なかったことを次々に突きつけた。
何だか聞いているだけで自分が素晴らしい人間のように思えるから不思議だ。
「お前は優しくて強い。誰がそう思わなくても俺はそう思っている。そして、そんなお前が俺は好きだぞ。」
「ぼ、僕が好き!?」
「ああ。自分を卑下するのは止めるんだな。少なくてもここにお前を認めている奴が一人はいるんだからな。それとも迷惑か?」
「そ、そんなことない!!」
僕は思いっきり横に顔を振った。
『ジュン君は気付いていないけど、ジュン君のことを想ってくれている女の子はいるよ。その子はジュン君の良い所を一杯知っていて、いつもジュン君を見ている。もし、ジュン君が周りを見ることが出来るようになったら、その子のことにきっと気付くよ。』
ふとユリカの言葉が頭に浮かんだ。
もしかして、僕を好きな子って?
目の前で僕を見ている女の子?
この目の前の黒髪の少女?
「何を考えているんだ!!」
僕は大声で怒鳴った。
目の前で怒鳴られたアキトちゃんがきょとんとする。
「あっ! ごめん。」
「いや。気にしてない。」
僕は恥ずかしさに死にたくなった。
だけど、頭の中ではまだユリカの言葉が残り、僕の心を乱すのだった。
「オモイカネ。ご苦労様。」
私はサツキミドリ2号につき、艦内に収められる補給物資と人の流れを監視するオモイカネの労を労いました。
木蓮側の工作員がサツキミドリにいる可能性がある以上、警戒を緩めるわけにはいけません。
ナデシコに入ってくる物資に危険物はないか。
正規の乗員以外が入ってきて来ないか。
それらをオモイカネと私とラピスで監視しているのです。
これまでのところ異常はないようです。
私はそっと肩の力を抜きます。
「本当にご苦労様。ルリちゃん。ラピスちゃん。はい。これ。」
ニコニコと笑顔を浮かべたユリカさんが私たちに飲み物を渡してくれます。
よく冷えたジュースです。
ありがたく頂きましょう。
「それにしても大変だね。こんだけ、色々な物があると。」
「別に。アキトとユーチャリスにいた時もいつもしていた。」
「一人で? うわあ。偉いんだね。」
「そんなことない。」
いかにもそっけない態度ですが、ラピスの頬が赤くなってます。
くす。
照れているんですね。
私は微笑ましい気分でラピスをみつめました。
「照れることは無いですよ。あなたの苦労は私にも経験がありますから。」
「それは自分も大変だったといいたいの?」
「ええ。かつてのナデシコの艦長さんはアキト・アキトとばかり言って全部、私とジュンさんに任せてましたから。」
「わ〜〜〜。それを言わないで。」
「ユリカは艦長失格?」
「ガ〜〜〜〜〜ン!!!」
横からのラピスの一言にユリカさんの顔にショックが浮かびます。
「うううううう。酷いよ。ユリカだって頑張っていたんだよ。」
「でも、アキトもユーチャリスのときは補給物資のチェックは手伝ってくれてたし。」
「「ええっ!? アキト(さん)が!?」」
私たちは驚きの声を上げてしまいました。
それに対してラピスは頷いて、
「そう。艦長として当然だといってた。」
「ガ〜〜〜〜〜ン!!!」
再びユリカさんがショックを受けています。
私も少なからずのショックです。
そういえば、私もハーリー君に全てを任せていたような・・・・・・・・・。
うう。保護者の悪いところばかり真似しているようです。
反省しないと。
落ち込んだ私はとりあえず仕事の続きにかかります。
とにかく今はこの仕事を頑張らないと・・・・・。
「うん!? まさか!!!!」
横からラピスと一緒にウインドウを眺めていたユリカさんが驚愕の声を上げます。
その声に驚いてそちらを見ると、恐怖の表情を浮かべて身体を震わせるユリカさんと恐怖のあまり表情を消して人形のようになったラピスがいます。
「どうしたんですか?」
慌てて声をかけます。
「こ、この人達。」
ユリカさんがウインドウを指差します。
その指差しは震え、今にも力なく垂れ下がりそうです。
「誰かいるんですか?」
私はウインドウを確認しました。
その途端・・・・・・・。
私の脳裏に過去の場面が浮かび上がります。
白い墓石がいくつも並び、そこに立つ黒い影。
黒い影は鈍い輝きを放つ古式のリボルバーを持ち、それを時代外れの格好をした七つの人影に向ける。
片目を赤い義眼にしたリーダー格の人間が目を細め口を開く。
そして、鳴り響く銃声の響き。
「「「北辰。」」」
異口同音の言葉が私達の口を出ます。
「まさか。木蓮の工作員が北辰だなんて。」
信じられなかった。
いいえ、信じたくなかったんだと今なら分かります。
考えてみればこのような裏の仕事は北辰達の得意技。
もっとも腕の立つ彼らに今回の仕事が回ってくるのは、十分ありえる話です。
なのに考慮に入れることすらしませんでした。
その理由は簡単です。
彼らが来ることを恐れていた。
恐怖が思考を麻痺させていたんだといまなら分かります。
「北辰の向かっているところは?」
私は慌ててIFSを操作してオモイカネに尋ねます。
『どうやらトレーニングルームのようだよ。』
オモイカネの言葉に再び私たちは固まるのでした。
「お、おい。ジュン。どうした?」
俺は突然、空ろな目をして宙に視線をさ迷わせたジュンを相手にうろたえた。
いったい、どうしたってんだ。
先ほどから「でも・・・・・。もしかしたら・・・・・・・。どうしよう・・・・・・。ユリカがいるのに。」
などなど訳の判らないことを呟いている。
「頭の線が切れたのか?」
我ながら酷い事を言う。
俺は自分のいい様に苦笑した。
そして、視線をトレーニングルームの入り口に向ける。
そこから、押し殺した気配がしたからだ。
「誰かいるのか?」
「ほう。我らの気配に気付いたか。その歳でよほどの修練を積んだらしい。」
その声!!
俺の全身に衝撃が走った。
アドレナリンが脳内に湧き出し、全身の血が逆流したかのように激しく流れ出す。
鳥肌が立ち俺の体が瞬間的に戦闘状態へと移行する。
俺にとってもっとも会いたかった宿敵の一人。
それがすぐ近く、目の前にいる。
「会いたかったぞ。北辰。」
半分、恍惚となりながらそう言う俺の唇には死神の笑みが浮かんでいた。
「会いたかったぞ。北辰。」
アキトちゃんの口から出たその言葉に僕は意識を現実に戻した。
アキトちゃんは入り口に立つ、七人の時代錯誤な格好の男たちに視線を向けている。
「ほう。我を知っているか。黒き人形よ。」
「ああ。ある一点に関しては誰よりも良く知っている。」
「ほう。何をだ。」
「お前が外道だということをだ!!!」
その言葉と共に、凄まじいばかりの殺気がアキトちゃんの体から噴出す。
その殺気によってトレーニングルームの中がさっきまでとはまるで違う別空間に変わる。
その殺気はまるで実際に風が吹いているかのように、僕を窓際へと押し付けた。
なんて凄い殺気なんだ!!
アキトちゃんの殺気は僕の全身を突き刺すように蹂躙し、体が震え立っている事すら困難になる。
何とか力を振り絞り、へたり込むのだけは免れるが動くことは出来そうも無い。
「何と心地よい殺気よ。これほどの物を受けるは久しぶりよ。」
馬鹿な!!
これほどの殺気を受けてあの男は嬉しそうに笑っている!
長い間、軍にいて殺気にも多少の免疫があった僕でさえもアキトちゃんのこれには恐怖で硬直しているというのに、あの男は平気なのか!?
一体、何者なんだ?
僕だけが異常ではない証拠に、片目が義眼の北辰と呼ばれた男の後ろにいる六人の男たちが顔を強張らせ額に汗をかいているところを見てもおかしいのはどちらか分かる。
「会いたかった。貴様を殺すことを夢見ていた。全身の骨を砕き、肉を引き裂き、その血をあたり一面にばら撒きたかった。よく来てくれたな。」
「会いたかったぞ。わが花嫁よ。その小さき体を動けぬように拘束し、哀願の悲鳴を引き出しながら蹂躙することを夢見ておったわ。」
「たった一つ残ったその目をくり貫き、腕を折り、足を砕いて動けぬようにしてやる。腸を取り出し、死の痙攣を見取ってやる。」
「その黒き髪を力一杯に引っ張り、痛みを引き出してくれよう。苦痛に歪むその顔に我が口付けを捧げ、幼き身体に我を刻み込もう。」
「「くっくっくっく。はっはっはっはっはっはっはっはあああああああ!!!!!」」
狂気を帯びた笑い声が室内に轟く。
異様とも言える二人の様子に僕達は言葉も出ない。
ただただ見つめるしかなかった。
楽しい。
まったく何という楽しさだ。
データと実物はまったく違う。
その事を誰よりも良く分かっていた我ではあるが、この幼き黒き人形との出会いはまさしくその事を思い知らされた。
データを一目見てこの少女が修羅であることは知っておった。
あの目を持つ者が修羅でないはずは無い。
だが、まさかこれほどの狂気を蓄えておったとは思いもよらなんだわ。
これだからこの仕事はやめられぬのだ。
このように素晴らしい出会いがあるのだからな。
「烈風。」
我は腹心の部下の名を呼んだ。
我の部下の六人衆。
我の配下にいる部下たちの中でもっとも優れた者たちに与えられる称号。
我の手足。
「はっ!!」
その途端、我の意を心得る烈風が風のように走り出す。
目標はもちろん、黒き人形。
その名の通り風のように走り、一瞬のうちに間合を詰める。
そのまま両手を突き出し、黒き人形を抱きしめ動きを封じる。
避けることも敵わず、黒き人形はそのまま抱きしめられている。
あっけない幕切れ。
だが・・・・・・・・、
「やるものよ。」
我は呟いた。
楽しくて仕方がない。
口元を歪め、小さく笑う我の前には背中から小さな血まみれの手を生やした烈風の姿があった。
「その歳でまさか『不動』を体得しておるとは正しく我に相応しき花嫁よ。」
北辰と呼ばれた男の呟きに僕はやっと我に帰った。
アキトちゃんと北辰の狂気に僕は意識を飛ばしていたらしい。
「『不動』?」
「『木蓮式柔』の極意の一つよ。大地のように何が起ころうと動くことのない安定した姿勢。正しく不動よ。これを体得した者は例え無人兵器と押し合いになっても決して負けぬ。真の達人のみがこれを体得する幻の極意よ。」
「そんな馬鹿な・・・・・。」
「偽りの『不動』なれば何人もの会得者もいようが、くっくっく。我のほかにこの極意を持つものいようとはな。面白い。」
僕の驚きは止まる事が無かった。
無人兵器と押し合いになって負けないだって!?
そんなの人間じゃない!!
しかも、アキトちゃんだけでなくこの男も会得しているのか。
僕は冷たい汗が次々と背中を流れるのを止めることが出来なかった。
「だが、その程度で我の部下を殺したと思うはあさはかよ。烈風。」
そんな!
子供の小さな手とはいえお腹の真中を貫かれたというのに、烈風と呼ばれた男の両手が動いた。
アキトちゃんの小さな身体に手を回し、動けないように固定する。
なんて男なんだ。
「隊長・・・・・長くは持ちません・・・・・お早く・・・・・」
途切れ途切れに烈風と呼ばれた男が訴える。
北辰という男がそれに応えようと口を開きかけたときに、それは起こった。
「ぐはっ!!!」
突然、烈風が口から血を流した。
いや、口だけじゃない!
目や鼻や耳など穴という穴から、血が吹き出ている。
一体何が起こったんだ!?
その答えは烈風の背中に合った。
先ほどまで背中から生えていたアキトちゃんの手が無い!
ずるずると身体を崩れ落とす烈風が地に倒れると、そこには手にビクンビクンと脈打つ肉塊をもつアキトちゃんの姿があった。
「あれはもしかすると心臓なのか?」
僕は無意識のうちに呟いた。
そう呟くうちにその肉塊は少しずつ弱まり動かなくなった。
その光景に僕の体が震える。
全身から力が抜け、壁に寄りかかってしまう。
だけど、目はアキトちゃんを見つめ、一瞬さえもそらすことが出来ない。
でも、それは恐怖だけが原因ではなかった。
そう! 今のアキトちゃんは・・・・・・・
美しい
僕は恐怖と真実の美を目の当たりにした戦慄と恍惚に脳みそを蕩けさせた。
上半身は震え、下半身は熱く燃えている。
まるで自分の身体ではないようだ。
それほどアキトちゃんは綺麗だった。
全身を烈風の血で真っ赤に染め、所々血で輝きを失っているというのに、それでも艶やかさを失わない黒髪。人形のように整った顔が今は興奮に上気してほんのりとピンクに染まっている。そして、眩いばかりに爛々と輝く金色の瞳。
そう! 今のアキトちゃんの目は金色に輝いていた。
いつもの光を吸い込むような漆黒の瞳が、アキトちゃんの激しい意思を表すように、マシンチャイルド特有の金色の輝きを見せていた。
「なんて綺麗なんだ。」
僕の口から溜息が出る。
僕の頭からアキトちゃん以外のこと全てが吹き飛んでいた。
もし、今アキトちゃんが僕のほうを見て微笑んでくれたら、それだけで僕は喜びのあまり逝ってしまうだろう。
その声を聞けばどんな願いだろうと叶えようと僕は命をかけるだろう。
僕は・・・・僕は・・・・・・・僕は・・・・・・・・
ブルブルと揮えながら僕はアキトちゃんを見つめていた。
だけど、アキトちゃんの視線は北辰を捉えて離さない。
それだけで僕は北辰に嫉妬の感情を押さえることが出来なかった。
たとえ、向けられているのが、殺意の篭った視線であっても。
僕は複雑な思いを描きながら、戦いの行方を見守るのであった。
「『不動』を体得しておるなら、『流水』も体得していよう。雲水。氷河。」
「「はっ!」」
その言葉と共に、二人はペアとなって動き始めました。
クルクルとまるで木の葉が舞うように、前後に重なったかと思うと左右に分かれます。
それは見ているだけでこちらの目すら回ってしまうような、不規則でそれでいて止まることの無い舞のような動きです。
「ルリちゃん。」
ユリカさんが私に話し掛けてきました。
「何ですか?」
「もし、アキトが連れ去られることがあったら、私はアキトを取り戻すためにナデシコすら破壊するかもしれないよ。」
一瞬もウインドウから目を離さずにユリカさんが言います。
もちろん、私の視線もウインドウから離れることはありません。
「そうですね。でも、それは最後の最後の手段です。」
『そう。ルリが正しい。』
私の言葉にオモイカネが言葉を添えます。
「うん。ナデシコは私達の家だもんね。確かにそれは最後の手段だよ。」
「何か手を打つんですか?」
「うん。こうしようと思うの。」
ユリカさんは凄まじい覚悟をもって私に策を告げるのでした。
それはサツキミドリもナデシコも下手をするとなくなるような作戦でした。
ゆらりゆらりと揺れるように舞いながら、二人の男がアキトちゃんへと近づいていく。
その動きはゆっくりとした物であるというのに、驚くほど瞬時に間合が詰まる。
「危ない!」
僕は大声で叫んだ。
流れる水に飲み込まれるようにアキトちゃんの姿が男たちの間に消える。
僕は意思に反して動こうとしない身体を呪いながら、なんとかアキトちゃんを助けようと力を込めた。
しかし、その必要はなかった。
二人の男の流れの中に飲み込まれたと思ったアキトちゃんがその流れに沿うように姿を現したからだ。
思わずホッとする僕。
その口から言葉が漏れる。
「綺麗だ。」
目の前に光景に心を奪われながら呟く。
本当に綺麗だった。
三人は息の合ったバレリーナのように華麗に動く。
それはまさしく舞踊のようだ。
とても美しく三人は舞っていた。
だが、これは舞踊ではない。
命をかけた戦いのはず。
僕がその事に気が付いた時には、その死の舞踊は終わろうとしていた。
常人であれば、決して逃れることの出来ない流れるような動きで手を出す男たちだが、自分たち以上に美しく完璧な動きを見せるアキトちゃんを捕らえることはできなかった。
何度も捕らえることに失敗した男たちは完璧だと思われた調和を崩してしまう。
わずかに乱れる連携。
その隙をアキトちゃんは見逃さなかった。
男の一人に接近するとその首にほっそりとした指先を当てる。
どこにも力など篭っているようには見えないただ撫ぜるだけの動き。
なのに、男の首はまるで鋭い日本刀で切られたようにその首を地面に落とした。
プシュー
切断面から大量の血液が噴出した。
トレーニングルームが新たな血に赤く染まる。
だが、残った男は仲間の死に動揺することなく、攻撃によって体勢が崩れたアキトちゃんに手を伸ばす。
だが、その手がアキトちゃんに触れることは無かった。
振り向き様、アキトちゃんは頭を振って髪を相手の首に巻きつける。
そして、引っ張る。
「『木蓮式暗殺術』『髪切』」
北辰の言葉と共に男たちは揃って頭を失って地面に倒れ伏す。
「ようも我らの術を覚えたものよ。感心するわ。だが、まだまだ未熟。」
「えっ!?」
僕は目を見張った。
「流れる水のように常に動き、不安定でありながら姿勢は決して崩さぬ。動かぬ安定が『不動』ならば、動きの止まることのない不安定な姿勢を保つが『流水』 その歳で、その二つを体得するは見事。だが、意志の力で自分の力以上の力を引き出したはいいが、自らの器の限界を超えて倒れるなど日頃の鍛錬が足りぬ証。まだまだ未熟よ。」
そう言って笑う北辰の前には倒れ伏したアキトちゃんが!!
殺気こそ先ほどと変わらないくらいの物を出しているが、どうやら指一本動かされないらしい。
ピクリとも動かない。
そんな!!
あれほどの強さを見せ付けていたアキトちゃんが力尽きるなんて。
どうしたら良いんだ?
「隊長。人形の確保の命令を。」
混乱する僕の耳にその言葉が届いた。
「渡すもんか。」
恐怖に動きの止まっていた僕の身体は、そういうとともにアキトちゃんを庇うようにアキトちゃんの前に出た。
「隊長。人形の確保の命令を。」
俺は隊長に話し掛けた。
人形の動きが止まった以上、今がチャンスだと思ったからだ。
実際、あれほどの強さを見せ付けてくれた人形はピクリとも動かない。
俺の言葉に反応したのか若造が人形の前に出たが正直役不足だ。
あの程度の若造ならば瞬殺できる。
「まあ、待て。」
「はあっ!?」
隊長の言葉に俺は驚いた。
「どうかなさったのですか?」
「わからんのか。先ほどから人形を渡さんとするこの気迫の篭った気配を。」
「えっ!?」
俺は気配を探った。
だが、そのような殺気などこの辺りからは感じない。
一体どういうことだ!?
「くっくっく。修羅は黒き人形だけかと思ったが、どうやら他にもいるようだ。くっくっく。帰るぞ。」
「しかし!」
「これだけ苛烈な気配の持ち主よ。人形を連れ去れば、どれほどの牙をむくか我にも想像はつかぬ。それに我らの任務はすでに終わっている。これは我の道楽よ。さらに見よ。人形を。」
隊長に促され俺たちは人形へと視線を見せた。
「なっ!? 『偽りの死』!?」
俺は驚いた。
先ほどまであれほど殺気が充満しており、一般人ならば恐怖に身を凍らせて動けなくなったほどのものが、今は嘘のように霧散して消えている。
人形に動きはなく、まるで死んでいるようだ。
余人ならば力尽きたかと気を抜くところだが、俺たちにはそんな事はできない。
なぜならば、あの人形の試みているのは究極の回復法だからだ。
まるで死んだかのような眠りにつくことで肉体を回復させる。
指一本動かせないほどの疲れようから、すぐに回復するとは思えないが、いつ体力を取り戻すのかは本人すら分からない。
無論、連れ去るときに動けないようにするつもりではあるが、この人形が相手では不安が残る。
まして、隊長の言うように修羅となった人間が他にもいると思うと・・・・・。
まさしく隊長の言うとおりだ。
ここは大人しく引くのが正しい。
「分かりました。撤退します。」
「ふっ。帰還。」
その言葉と共に、俺たちは風になって脱出を図るのであった。
「ふう。助かりましたね。」
ルリちゃんが安堵のため息を吐いた。
その言葉に緊張に固まっていた体から力を抜く。
「本当に助かったね。」
「そうですね。」
私が笑顔で話し掛けると、ルリちゃんの顔からも笑顔が浮かんだ。
良かった。
横を見るとラピスちゃんも平素の顔に戻ってる。
うーん。
ラピスちゃんは無表情に近いから、ちょっと感情が分かりにくいんだよね。
それでも安堵してるのが分かる。
それだけ緊張したんだ。
私はラピスちゃんとルリちゃんに背中から抱きつく。
「!! 何をするんですか!?」
「!!!!!!」
二人が驚きの声を上げるが、私は無視する。
「良かったね。二人とも。」
静かに言った言葉に二人の文句が途絶えた。
ううう、本当に良かったよ。
もし、アキトが連れ去られていたら、私はナデシコやサツキミドリ2号にいる人達を殺していたかもしれない。
ボソンジャンプを使ったアキトの奪還作戦。
失敗していたら皆死んでいたかも。
そう思うと体の震えが止まらなくなっちゃう。
「大丈夫ですよ。」
「うん。心配ない。」
二人が私の手に手を重ねてきた。
私は二人の言葉とその手の暖かさに涙をこぼすのだった。
「ここは・・・・・。」
俺は目を開けた。
すると見慣れた景色が目に飛び込んでくる。
いつも無茶をして担ぎ込まれる医務室だ。
「気が付いたんだ。体の調子はどうだい?」
「ああ。問題ない。」
ジュンが俺に話し掛けてきた。
それに俺は笑って応える。
「良かった。君に何かあったらどうしようかと思ったよ。」
心底安堵した様子に俺は訝しがる。
確かに俺にとってはジュンは昔からのナデシコの仲間だが、ジュンから見ればあったばかりの女の子。
しかも、恋敵だといってもいいだろう。
なのにこんなに喜ぶか?
いや、俺がこいつを見損なっていたんだろう。
こいつのお人よしは俺の思っていた以上のものだということだ。
「心配してくれてありがとう。」
俺は精一杯の感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・(ポッ)」
ジュンの顔が一瞬で真っ赤に染まり、その動きが止まる。
はて? どうしたんだ?
俺は真っ赤なジュンを不思議な思いで見つめるのだった。
「気が付いたんだ。体の調子はどうだい?」
僕はアキトちゃんに話し掛けた。
「ああ。問題ない。」
アキトちゃんが微笑みかけてきた。
その笑顔にドキドキしてしまう。
自分でも現金ではあるがその笑顔を見せられただけで嬉しくなってしまう。
だから僕もアキトちゃんに笑顔で話し掛ける。
「良かった。君に何かあったらどうしようかと思ったよ。」
僕の言葉にアキトちゃんの眉が寄った。
何かおかしな事を言っただろうか?
でもすぐに元に戻り、凄く魅力的な笑顔を見せてくれた。
ぐはーーーー!!!
その笑顔は僕のハートに凄いダメージを与えてくれた。
ああ、駄目だ。
僕はアキトちゃんに魂の奥底までいかれてしまったのを自覚しながら意識を薄れさせる。
遠くから僕を呼ぶアキトちゃんの声を子守唄代わりに僕の視界は暗くなっていく。
(ああ、綺麗だ。アキトちゃん。)
目を開けたまま僕はあっちの世界に旅立つのだった。
後書き:
どうも、Tuneです。
今回のアキトちゃんの犠牲者はジュンです。
ユリカを好きなジュンすらおちてしまうアキトちゃんの魅力はどうでしたでしょうか。
楽しまれたのなら幸いです。
次はパイロット3人娘の登場です。
次の犠牲者は誰になるのでしょうか?
できる限り速く出せるように努力したいと思います。
代理人の感想
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーむ。
ルリちゃんの年俸が少なめに見積もって1000万円。
ユリカやウリバタケが目一杯賭けても・・・まあ、ユリカは貯金全部と言ってましたから二人で200万?
これで3:1のレートを維持するために必要なガイへの賭け金は3600万。
こちらに200人が賭けていたとしても一人頭18万、全員が給料一月ぶんを突っ込んでる事になります。
こりゃさすがに少々現実味に欠ける数字かなぁ、と。
枝葉末節ではありますが、こう言うところでほころびを作るのは少々勿体無いと思います。
え、ツッコミ所が違うって?