Side Akito

 「なあブロス。」
 『何?』
 「ディアはまだ復活しないのか?」
 『三日前に復活して、ヤマダさんをいじめて遊んでるよ。』
 「……シミュレータから戻ってきたら、「ブローディアでノーマルエステをボコボコにしても訓練にならないぞ」って言っといてくれ。」
 『………うん、アキトさんからの伝言だって言っておくよ。』
 「……立場弱いな、お前。」
 『ほっといてよ(泣)。
 ところでさ……』
 「なんだよ。」
 『枝織さんや僕達と一緒に、ブローディアでユートピアコロニーにやって来たアキト兄に似ている人って、もしかして………』
 「十中八九「テンカワアキト」だろうな。
 それも、お前等や枝織ちゃんの証言を総合すれば、俺よりずっと「プリンス オブ ダークネス」に近い人生を送っている男だろう……」
 『…!? アキトさん? あの人で、何かあんまり良くない事考えていない?』
 「経験をつんだオモイカネシリーズにゃ勝てないな。
 ……あんまり良くない、か。 確かにその通りだ。」
 『何、考えてるの?』
 「それは……」

 

明日も知らぬ僕達

第九話 火星-戦神に供されし贄-

 

Side ????

 ここは……何処だ?
 医務室……そう、医務室だ。
 俺が閉じ込められていたあの地獄ではない。
 人は……俺以外に四人……枝織ちゃん以外は知らない気配だ。

 「はじめまして。
 テンカワアキト君……でいいのかしら?」
 「誰だ! 何故俺の名前を知っているんだ!!」
 「私? 私はイネス・フレサンジュ。貴方の治療をしていた者よ。
 それと名前なんだけど、半分あてずっぽうよ。それなりの判断材料はあるんだけどね。」

 俺はイネスと名乗る知らない女性から、名前を呼ばれて面食らう。
 だが、こんなものはホンの序の口に過ぎなかった。

 「すっご〜〜〜い。あの怪我で助かるなんて凄いよ!!」
 「俺のどてっぱらぶち抜いた枝織ちゃんのセリフじゃないよ、それって。」
 「あははははっ。そ〜かも、えへへっ。
 ってあれ、北ちゃん……
 ………心配を…かけさせやがって。」
 「北斗……か?」
 「あ、ああ。
 お前が、生きていてくれて、本当に良かった…………
 あのまま死なれたりしたら、俺はどう足掻こうと北辰の人形のままなんだ、とヤケに、なっていたかもしれない…」

 不安げにそういう北斗。
 他の連中は、その豹変振りに面食らっているようだ。

 「思ってたよりも、女の子女の子してるな、北斗って。」
 「「俺の世界」の北斗はもっと男っぽい奴だったけど……」
 「あら、泣きそうな目をしてるわね、あの子。」

 「もしもし、お二人さん、ちょっといいか?」

 部屋にいた知らない-だがひどく馴染みのある-気配の男が、聞いた事の無い-しかし確かに知っている-声で、俺と北斗に話しかける。

 「誰だ?」
 「……自己紹介がまだだったな。
 俺の名前は「テンカワアキト」。」
 「なん……だと………?」
 「ちょっと待て!! 同姓同名の他人にしては……」
 「似すぎてるってか? 当然だろ。俺とソイツは同一人物なんだからな。」
 「同一……人…物、だと?」
 「ふざけるなっ!!」
 「ふざけてなんかいないさ。
 この辺りの事は、枝織ちゃんには説明済みなんだがな。
 北斗、お前、本気で分からないのか?」
 「何?」

 「まあまあ。
 アキト君、それじゃあもう一人のアキト君に話が通じないでしょう?
 そこで貴方達に、この私が分かりやすく丁寧に、かつコンパクトに説明させてもらうわ。」
 「ちょいとばかし、長くなるぞ。」
 「はい、アキト君、ちゃちゃ入れない!!
 それじゃあ説明するわよ。
 まず、結論から言うと、この世界には「テンカワアキト」という人物が三人いるわ。
 念の為に言っておくけど、決して単なる同姓同名の他人じゃないわよ。」
 「どういう事なんですか?」
 「三人ともユートピアコロニー出身で、ミスマルユリカというノータリンな幼馴染がいて、子供の頃に科学者だった両親を失っているの。」
 「なっ!!」
 「三人とも生まれてからある程度までは全く同じか、違っていてもひどく似通った人生を歩いていたのさ。
 俺が、同一人物だって言った意味、分かったか?
 ちなみに、この世界に元々いた「テンカワアキト」は俺だ。
 お前と「もう一人」は、どっか余所の世界からやって来た「異邦人」なんだ。
 …………あり? ちょっとショックが強すぎたかな?」

 ソイツ……「俺」と名乗る男の言った通り、俺は混乱していた。
 ……地獄から這い出せたと思ったら………別の世界、だって!?
 サセボから先の……記憶が途切れている間に、俺に何があったって言うんだ!!
 ここには………俺、「この」俺の事を知っている人間は、一人もいないっていうのか!!

 「落ち着け!! 落ち着くんだ!!」
 「北斗? ……悪い。」
 「落ち着いたか?」
 「……まだ、少し混乱してるけどね。」
 「話を続けるわよ。って、もうほとんどアキト君が説明しちゃったけどね。」
 「は、ははっ、イネスさん、そんな目で俺を見ないでくれます?
 楽しみを奪ったのは謝りますから。」
 「で、「もう一人」って一体誰なんですか?」
 「説明しましょう!!」

 い、今、イネスさんの気配がえらく元気になったような……

 「もう一人の「テンカワアキト」……彼は今は「深遠」と名乗っているようね。」
 「!!!! 深遠だと?」
 「北斗、知っているのか?」
 「北辰がお前やあの機動兵器と共に拾ってきた男だ……」
 「そう……か………」
 「しかし、あの男は記憶喪失だった筈だ。
 何故「テンカワアキト」だと分かる?」
 「みんな状況証拠でしかないんだが、三つほど証拠がある。」
 「一つ目は、アキト君に異常に似ていた事。
 二つ目はブローディアからデータを引き出していた事ね。
 ブローディアには、データを引き出そうとする人物のDNAを確認、照合するプロテクトが張られているの。
 彼が「テンカワアキト」でなければ、木連にブローディアからデータを引き出す術はないわ。
 そして三つ目。それは、彼が恐ろしく強い、という事よ。」
 「恐ろしく強い……それが? それが「テンカワアキト」だという証拠なんですか?」
 「ああ。」

 今まで沈黙を守っていた一人がそう言う。

 「俺が、別の「テンカワアキト」である俺が……こんなにも非力なのに、かっ!!」
 「俺は「あの」テンカワと直接面識がある。
 もっとも、向こうが記憶喪失になる前の事だけどね。」
 「それに私達の手元には、彼に関する記録があるの。」
 「……奴も、ヤマサキラボでの人体実験をきっかけに、今のお前と同じような事を考えた。
 それで、五感がマトモに働かない破壊され尽くした身体を引きずって、狂気とも思える鍛錬を重ね、数多の戦場をさまよい歩いて、それで桁外れに強くなったんだ。
 今は身体や五感は治っているみたいだが……実戦経験なんかはそのままだ。」
 「…………なら、俺も……」
 「………強くなりたいのか? 強くなって、その力で何をするつもりなんだ?」
 「……あの人達は、悲劇の終結を望んでいたんだ!
 地球と少しでも歩み寄ろうと考えていたんだ!!
 それを、あいつ等は……草壁や北辰、ヤマサキは、あの人達をヤマサキラボなんぞと言う人間屠殺場に放り込んで………っ!!
 俺自身も、来る日も来る日も来る日も来る日も、実験の名を借りた緩慢な死刑に付き合わされて……っ!
 奴等に、草壁や北辰、ヤマサキ!! そして、奴等の取り巻きに………
復讐する力が欲しいっ!!!
 「……分かった。
 ドクター、コイツはもう動かしても良いんでしたよね?」
 「何……考えているの? アキト君……」
 「徹底的に鍛えてやるんですよ。 奴が復讐できるように、ね。」
 「テンカワ!! 何バカな事を考えているんだ!!」
 「じゃ、俺はトレーニングルームで待ってるぞ。」
 「テンカワッ!!」
 「ちょっと待ってくれ。」

 俺は、制止の声を無視して医務室から出ていこうとする、もう一人の俺を呼び止める。

 「なんだ?」
 「俺まで「テンカワアキト」じゃややこしいだろう。
 「サクリファイス・β」。ヤマサキラボでの俺の識別名だ。コイツで呼んでくれ。」
 「了解。先にトレーニングルームに行っているぞ、β。」
 「分かった。」

 もう一人の俺はそう言って、医務室から出て行った………

 俺は他の連中に「バカな事を考えるな。」などと説得された。
 けど、俺は考えを改めるつもりにはなれず、トレーニングルームへと向かった。
 目が見えないんで、着くまでに結構苦労したけど……

 

Side Jun

 「おいテンカワ!! お前何を考えているんだっ!!」

 あれから十数時間後、俺は通路でテンカワの姿を見咎めて声をかける。

 「何って……βの事…………か?」
 「………ああ。」
 「何を考えているんだって言われてもな……
 今の内に、利用できる物は全部利用させてもらおうって思っただけさ。」
 「βの……復讐心を、か?」
 「ああ。」
 「お前、復讐がどういう物か分かって言っているのか!!」
 「おいおい興奮……するなって方が無理か。
 そうだな、確かに俺は、お前や「プリンス オブ ダークネス」程、復讐って奴を理解してはいない。」
 「なら、今すぐアイツの復讐心を利用しよう、なんて考えは改めろ!!」
 「そいつは無理だ。
 これから先、俺達は嫌でも深遠と戦う事になる。
 あんな化け物と戦うんだ。 戦力は少しでも多く、強い方がいい。
 それにあの復讐心は、「プリンス オブ ダークネス」の強さの秘密でもある。
 少しでも戦力が欲しい今、そんな物を利用しない手は無いさ。」
 「だからと言って!!」

 俺は腹が立った。 コイツの無神経な言い分に。
 チハヤが死んだ後、俺がどんな気持ちだったか、お前には分からないだろう……
 ユリカを守れなかった時の、テンカワの慟哭がどれほどの物かも、全然理解していないだろう!!

 だが……次のセリフで、これもまたテンカワなりの気遣いなのだと、理解させられた。

 「それに、今の内に力が手に入れば、必要な時に力が無いなんて事にはならないだろうし、な。」
 「!!!!! そ、それは……」
 「「プリンス オブ ダークネス」は必要な時に力が無くて、それで力を求めたんだろう?
 奴が「テンカワアキト」である以上、似たような目にあわされないとも限らない。
 これから先、奴が復讐以外の道を選ぶ為にも、力は必要なんだよ。」
 「…………分かった。でも一つ約束してくれ。
 アイツの復讐心を利用するだけ利用したら、アイツを復讐から解放するんだ。」
 「……了解。でも、そこまで神経質になる事じゃ無いぞ、それ。
 ここはナデシコだって、お前忘れたんじゃないだろうな?
 黙っていてもいずれ………奴の心は救われるよ。」
 「そうか………いや、そうだったな。」

 俺は、恥ずかしくなった。
 テンカワも、テンカワなりに、βの事を心配しているのだと、その為に敢えて復讐心を利用しようとしているのだと分かったから……
 そんなテンカワに、自分の考えを一方的に押しつけようとした自分が……恥ずかしかった。
 まあ、テンカワの言い分が正しいかというと、それはそれで疑問だが。

 「あっ、そうだ。
 なあジュン、お前といいブロス達といい、よく深遠と戦えたもんだよな。」
 「? 深遠……って…そういえば、さっきもそう言っていたよな?」
 「え? ああ、ブラックサレナがな、
 「怨敵北辰の傀儡にすぎぬ今の主殿に、復讐鬼の名たる「プリンス オブ ダークネス」は似合わぬ。」
 って言ってな、俺もそれに合わせてみてるんだが。」
 「へぇ。
 で、なんで俺達が…深遠と戦えたのかって?」
 「ああ。」
 「……アイツには自分が強すぎるって自覚があった。
 だから、自分という力が暴走した時の為の抑止力を欲しがっていたんだ。」
 「抑……止力?」

 実際、一度テンカワは暴走し、その抑止力が発動した事がある。
 ナデシコの他のパイロット達だ。
 結局止められず、暴走状態のテンカワと戦いに来た北斗がアイツを静めたんだが……

 「今のアイツは、別に暴走しているわけじゃない。
 けど、本来のアイツとは、真逆の立場と思想を持っている……
 だから、アイツを止めてやりたいって思ってね。
 相手が相手だから、俺達には生かしたまま止めるなんて無理だったから、俺達は殺そうとしたんだ……」
 「そう、か。
 それにしても、自分が強すぎるって自覚、か。
 俺やβには嫌味にしか聞こえねえな……」

 

Side Hokuto

 今日の鍛錬が終わった後、俺は力尽きて眠っているβを抱えて、医務室へ向かった。

 「……β君、疲労困憊のようだけど、外傷は無いようね。」
 「いくらなんでも、2ヶ月眠っていた病み上がり相手に、そんな無茶はできないからな。」
 「私に言わせれば、貴方達に混じって訓練するって時点で相当な無茶ね。」
 「ところで……コイツの目、一体どうなっているんだ?
 盲目なのはまだいいが………瞳の色が金色になっていたぞ。」
 「ああそれ? それはね……ぶっちゃけていうと、彼が受けた人体実験の結果ね。
 彼はね、毎日の様に過剰な量の薬品やナノマシンを投与されていたみたいなの。
 普通だったら1ヶ月持てば良い方ね。
 それが、彼の場合、貴方に救出されるまで無事だった。
 何故かというと、彼の身体には高性能な医療用ナノマシンや、常人より高度な免疫機能が備わっていて、それらが不必要な薬品やナノマシンを体外に出していたから。
 でも、それにも限界があってね、視神経に不要なナノマシンが溜まっていってしまっているの。
 盲目なのと、瞳が金色なのはその影響。
 ま、かつての「プリンス オブ ダークネス」みたいに、余命幾ばくも無いってワケでもないし、他の五感も無事みたいなんだけどね。」
 「一体、いつそんな医療用ナノマシンなんて手に入れたんだ、コイツは?」
 「さぁ? まあ、ヤマサキが投与したわけじゃないと思うけど……」
 「それと……「プリンス オブ ダークネス」って言うのは一体何なんだ?」
 「記憶を失う前の……本来の深遠の二つ名よ。
 連続コロニー襲撃犯、最強最悪のテロリスト「プリンス オブ ダークネス」。
 北辰を殺し、愛しい人を奪い返す為だけに、万単位の人間を殺せた悲しい男の事……」
 「……そんな男が、今や北辰の駒か………
 皮肉を通り越して、悪意すら感じるな。」
 「まあ、それはそれとして、β君の視覚なんだけど、とりあえず「プリンス オブ ダークネス」が昔使っていたバイザーに少し手を加えれば、補う事ができるわ。」
 「本当か?」
 「ええ。まあいずれは視神経を修復して、バイザー無しでも見えるようにしてあげるつもりだけどね。」

 それを聞いた時、俺は何故だか……嬉しくなった。

 「ところで、他の五感が無事、という事は味覚や嗅覚も無事なんだな?」
 「ええ、そうだけど。」
 「なら、余裕ができたら、飯でも作ってもらうか……」
 「勿論、私もね?」
 「何?」
 「あら、嫌そうね。 β君を一人占めできないから、かしら?」
 「そ、そんな事はない!!」
 「まあ、そういう事にしておいてあげるわ。」

 なんだか、調子を狂わされたな…

 

Side Kazuki

 「ハイ、これで治っている筈だ。」
 「こ、骨折が跡形もねぇ……」
 「回復魔法……魔法ナンテ実際ニアルナンテ思ワナカッタ……」
 「なあヒロユキ、お前何時何処でこんなもんコピーしてきたんだ?」
 「……わりぃ、話したくねぇんだ。
 まあ、話した所で、お前等が信じてくれるたぁ思ってねえけどな。」
 「魔法って時点で、既に与太話のレベルだと思うが……」
 「ま、別にいっか。 これで今まで以上に無茶が利く。」

 ここはトレーニングルーム。
 組み手の最中、コウイチさん(怪物Ver)にどつかれて腕を折ったのを、たまたま入ってきたヒロユキに治してもらったら、一緒に鍛錬していた連中がどやどやと集まってきて、上記の会話になったんだが……
 ホント、何処でこんなもんコピーしてきやがったんだヒロユキの奴……
 この事を聞かれた時に、随分と辛そうな顔していたから、追求するにできなかったけど……
 最後にアキトの奴が不吉な一言を言ったような気がするが、丁重に無視。

 その後、ヒロユキは隅でボロ雑巾になっていたもう一人のアキト……βにも回復魔法をかけて、トレーニングルームを後にしようとしたが、アキトと北斗に捕まり、鍛錬の手伝いをやらされる事になった。
 手伝いって言っても、ボロボロになった奴に回復魔法をかけて、鍛錬を続けられる状態に治すってだけなんだが……
 おかげで……おかげで、いつもよりも壮絶な組み手になっちまった。

 なんでいつもより壮絶なのかって?
 ちょっと考えてみれば分かる事なんだが、回復魔法なんて非常識なものがない場合、一度半殺しにされたら、それ以上は組み手の続けようがない。
 けど、そこに回復魔法を放りこむと、何度半殺しにされようと、回復魔法で怪我が治ってしまう為、組み手を続ける事ができるってワケだ。

 まあ、流石にヒロユキが「マジックパワー切れ」を理由にいなくなったのを合図に、組み手は終わったけど………

 

 「き、今日はいつにも増して、きつかった……」
 「おやおや、センドウも毎日毎日大変だねぇ。」
 「おいカズキ、お前いつまでへばってるつもりだ?
 ヒロユキの奴が回復魔法を使えると分かった以上、これからは毎日このノリで鍛錬するんだぞ。」
 「ま、マジか…?」
 「大マジだ。
 ま、お前やコウイチさん、それにβなんかには、鍛錬の他にボソンジャンプの練習もしてもらおうと思ってるんだけどな。」
 「ボソンジャンプ、ねぇ。
 まあ確かに、あんなに便利なもんもそうはないだろうからね。」
 「ええ。でも「便利過ぎる」から、かえって危ない代物でもあるんですけどね。」
 「「便利過ぎる」から危ない? どういう事だ?」
 「カズキ、考えてみろよ。
 ボソンジャンプさえ使えれば、敵陣の中枢に侵入し放題なんだぞ。
 ボース粒子のおかげで隠密行動には不向きだが、拠点強襲にこれほど便利な物はない。
 当然、その他の艦隊戦やら機動戦でも非常に有効。
 そんな便利なもん、軍やら企業やらが欲しがらないワケがないだろ?
 その証拠に、ボソンジャンプ自体が、この戦争の原因の一つになっちまってる程だし。
 当然の帰結として、A級ジャンパー狩りや人体実験が横行するってワケさ。」
 「なるほど。 確かに「便利過ぎる」からこその危険だよな、それって。」
 「ああ。だが、俺だって指を咥えて見ているつもりはない。
 ちょいと他力本願だが、対応策も考えてないワケじゃないんだ。」
 「対応策? どんなのだい?」
 「要はボソンジャンプが「便利過ぎる」から問題なわけですよ、ホウメイさん。
 だから、色々とボソンジャンプに対する対抗手段を開発してしまえば良いんです。
 対抗手段が充実して、わざわざ人体実験をやるほどの旨味が無くなってしまえば、バレたら信用ガタ落ちの人体実験なんか誰もやらなくなる筈です。
 メリットがリスクに見合わなくなりますからね。」
 「なるほどねぇ。 で、その開発は誰がやるんだい。」
 「そうですね……やっぱイネスさん、かな?
 βの事も心配ですけど、イリスさんやフィリスさんも優秀な方ですから、彼女達に任せておけば問題ないでしょうし。
 まあ、余裕が出来たら、医務室に行って頼んでみますよ。」
 「そうかい。ま、あんたが正しいと思った通りにしてみるんだね。
 ちょいと長話をしちまったようだね。それで、二人ともなんにするんだい?」
 「チキンライスをお願いします。」
 「ラーメンを大盛りで、お願いします。」
 「あいよ。」

 アキトの奴、結構考えてるんだな。
 それにしても、ボソンジャンプの練習、か。 一体どんなんだろ?

 俺は、ホウメイさんに頼んだラーメンを待ちながら、そんな事をつらつらと考えていた。

 「ところで、今日の組み手はあんた達二人の勝ちなのかい?」
 「ええ。 北斗は確かに強敵でしたけど、まるっきり勝ち目が無い相手ってワケでもありませんから。
 ま、今回はたまたま勝てたって所ですよ。」
 「コウイチさんも俺よりずっと強いですけど、勝てない相手じゃありませんしね。
 アキトや北斗、枝織ちゃんなんかが相手だと絶望的ですけど……」
 「へぇ〜〜、そうかい。
 ……はい、センドウ、ラーメン大盛りお待ちどう様。」

 

 食事後、俺だけボソンジャンプの練習をやらされたが、チューリップクリスタルを握ってひたすらイメージするだけの、果てし無く地味な物だったので、詳しくは描写しない。

 

Side Jun

 ここの所、カシワギはテンカワ達の鍛錬に付き合っているので、艦長がやるべき事務処理は俺が代行して行っている。
 ま、前のナデシコでも、しょっちゅういなくなるユリカに変わってやっていた事だし、俺としては問題無い。
 カシワギが強くなる事のメリットも結構大きいし。

 ただ、俺としては意外だったのが………

 「ねえジュン君。この束って、もう終わった書類で良かったんだっけ?」
 「ああ、そうだよ。 それじゃユリカ、今度はこれやってくれないかな?」

 ユリカが手伝ってくれる事だ。
 チハヤに会う前の俺だったら、絶対狂喜乱舞してるよな。
 それはそれとして、まるでテンカワの違いが、そのままユリカの態度の違いに直結しているみたいだ。
 今回のユリカの心は、テンカワから離れていっている。
 もっとも、テンカワに妄想を押しつけなくなっただけのようにも見えるし、その辺の判断は微妙なところだ。
 あの時の俺の一言が効いているのかもしれない。

 「1度目」のユリカは、弱かった頃のテンカワと苦楽を共にして、それでできあがった絆でテンカワと結ばれた。
 俺は、後にも先にも、彼女以上にテンカワに相応しい女性は現れないと思っている。
 そうでなければ、あのテンカワがあれほどまでに狂ってしまう事など有り得ない。
 「2度目」のユリカは……あのテンカワは、本当に王子様だった。それもユリカの妄想以上の。
 結果、現実が妄想と重なってしまい、未だにユリカは妄想の中にいるのかも知れない。
 酷い言い方かも知れないが、ユリカに限らず同盟の面々は「悲劇の主人公を支えるヒロイン」という立場に酔っているようにも思える。
 それが、あの傍若無人な立ち振る舞いに直結していたかどうかは分からないが、可能性はある。
 そして、この「3度目」……ユリカは、テンカワが王子様と呼ぶには余りにも武骨過ぎた為に戸惑い、一度冷静になってテンカワの人間性を見極めようとしているようだ。
 やはりテンカワの人格が、1度目、2度目とは別物なのが大きいらしい。

 俺は手伝ってくれているユリカを見ながら、彼女を含めた三人の「ユリカ」の事を漠然と考えていた。
 本当なら、ここでユリカに事務仕事を押し付けて、俺も鍛錬に参加したい所なんだが、流石に副長である俺まで事務仕事を放り出すワケにもいかない。
 それに、鍛錬している連中のレベルも何気にとんでもない高レベルで、俺なんかついていけそうにない。

 テンカワ、北斗、枝織ちゃんの三人は、間違い無くテンカワ……深遠に次ぐ実力者だ。
 それこそ、人類の生活圏の戦闘力No2〜No4と考えて差し支えない筈だ。
 カシワギは、生来の戦闘力が人類とは比べ物にならないほど高い異種生命体。
 センドウは先の四人に比べれば一般人に見えなくもない。
 が、俺は、五感を封じられた状態で生活できる奴を一般人だと呼びたくない。
 βは盲目の上、ズブの素人だが……
 彼が復讐に燃えた「テンカワアキト」である以上、秘められたポテンシャルはカシワギやセンドウを圧倒していてもおかしくはない。
 証拠に、途方もないスピードで力を付けていっており、既にゴートさんとなら渡り合える位の力がある。

 いくらなんでも、こんな連中に混じって鍛えられたら、命がいくつあっても足りない。
 なので、俺はここでおとなしく事務仕事をしているのだ。

 ……俺自身の戦闘能力も少しは欲しい。
 そう、思いながら………

 「ジュンく〜〜〜ん、手が止まってるよ。
 せっかく手伝ってあげてるのに、ユリカぷんぷんだよ〜〜〜〜〜!!」
 「え、ああ、ごめんユリカ。 ちょっと考え事しててね。」
 「考え事って……β君だっけ? もう一人のアキトだっていう……」
 「……β、サクリファイス・β、か……皮肉がきいてるよな。」

 サクリファイス・β。
 彼が目覚めた翌日、俺達は彼の身の上話を聞いた。
 その話が本当なら、彼は俺がもといた世界のテンカワに間違い無い。
 あの世界に、「プリンス オブ ダークネス」という最強の戦鬼を降臨させる為に、捧げられた生贄……
 その彼が「サクリファイス」と名乗るのは、偶然なのか必然なのか……
 それと…………

 「アイツと…深遠がそれぞれの身体をもっているのは、あのジャンプの影響なのかな……」

 

Side Ruri

 「……で、一体何のようなんですか? ウリバタケさん。」

 今、私達-ブリッジクルーだけではなく、このテンカワさんのアジトにいる全員-は、ウリバタケさんに集められて、ドッグの入口に集合しています。

 「いや〜〜、なに、新しく生まれ変わった新生ナデシコ、その名も「ナデシコ改」のお披露目って奴をしようと思ってな。」
 「ナデシコ改……ですか…」

 まあ、単純というかなんというか……

 「ふっ、骨太な漢のネーミングだな。」
 「おおっ、分かってくれるかテンカワ!!」
 「勿論ですよ、ウリバタケさん!!」

 テンカワさん……普段は結構クールで格好良い人なんですが、こういう時は理解に苦しみます。
 あ、なんかヤマダさんも咆えてますね。

 「おい、オメー等話を続けろよ。」
 「おおっ、そうだったそうだった。」

 ナイスですリョーコさん。やはりこういうツッコミ役がいてくれると助かりますね。

 「それではっ!! 見よ、これが、ナデシコ改だぁぁ――!

 ウリバタケさん、無駄に力が入っていますね。
 まあ、それはともかく、ウリバタケさんの雄叫びを合図にドッグの扉が開いていきます。
 なんか色々効果音が鳴っているようですが、この際無視しましょう。
 熱い魂がどうの、燃える漢がどうのと叫んでいるテンカワさん、ヤマダさん他数名も丁重に無視です。

 そして、私達の視界に曝されたその船は……

 「ナデシコ級戦艦のツギハギ……?」

 ええ、その通りです副艦長。
 まさしく、ツギハギ。お世辞にも美しいとは言えません。
 まあ、そこがテンカワさんやヤマダさんの琴線に触れているみたいですが。

 「う〜〜む、思ってたよりも不評だな……やっぱ、カラーリングぐらいはしておくか。
 ま、それは置いといてだな、これからスペックの話に入るぞ。
 相転移エンジンとディストーションブレードはナデシコCの物を使用、これによって出力や防御力は以前とは比べ物にならないほど向上している。」

 まあ、後継艦からパクッたんですから、当然ですね。

 「グラビティブラストはユーチャリスの物を使用。
 従来のグラビティブラストだと、ナデシコCの相転移エンジンの出力に耐え切れないからな。
 後、医療設備はユーチャリスの物を積みこんである。三隻中、もっとも充実していたからな。
 ジャンプフィールド発生装置に電子掌握能力、ステルス機能も完備。
 ちなみにジャンプフィールド発生装置とステルス機能はユーチャリス、電子戦装備はナデシコCの物だ。
 そして、目玉ともいえるのが、バッタのプラントだ。」
 「バッタ……ですか?」

 βさんが声を上げます。カズキさんも渋い顔をしていますね。
 お二人ともバッタに対して嫌な思い出がありますから、当然といえば当然ですけど。

 「……お前等がバッタに対して嫌悪感を抱いているのは分かる。
 けど、今は使える物は有効活用しなけりゃならねえんだよ。」
 「それに、憎むべきはバッタそのものじゃなくて、バッタを使って虐殺をしていた連中……草壁やその取り巻きだ。」
 「……分かった。」

 βさんはそういって渋々ながらも引き下がります。

 「で、あとはまあ元のナデシコとあんまり変わらねえな。」
 「でも、バッタはおいそれとは使えませんね。」
 「……まぁな。」
 「でもね、ルリちゃん、バッタには戦闘以外にも使い道があるからね。」
 「へぇ、そうなんですか。」

 で、その後も細々とした部分の説明や、艦内の見学などもして、この場はお開きになりました。

 それにしても……こんな時でも、バカばっか。
 ある意味尊敬に値しますね、ナデシコの皆さんは。
 そんな人達だからこそ、私を人間にしてくれたんでしょうけど……

 

 さて、そんなこんなで時が過ぎ、対深遠戦から半年が経ちました。
 その間、アキトさんが、イネスさんやウリバタケさんに色々とお願いしていたようですけど、一体何をお願いしていたのでしょうか?
 まあ、私やフィリスさん、オモイカネなんかもお願いされましたけどね。お願いの内容は秘密です。

 私達も、いつまでもアジトに閉じ篭ってばかりもいられませんから、そろそろ行動を起こす事にしました。

 いい加減、食料とかも底を尽きかけてますしね。

 「で、やっぱり行くんですか? オリンポス山?」
 「ええ。今のナデシコならチューリップの五つくらいはなんとでもなるでしょう。」
 「でもなぁ、んな騒ぎを起こしたら、十中八九深遠やら北辰やらが出張ってくると思うんだけどな……」
 「それに、データだったら、アキトが持ってる五年後の……」
 「ああ、ユリカ、それ無理。」
 「ほえ? なんで?」
 「五年後のデータは、テンカワさんのネルガルとの取引材料だからですよ。」
 「俺としても、ネルガルにデータをタダでくれてやる義理はないんでね。」
 「ま、こちらにはステルスがある事ですし、手早くデータを回収してジャンプで逃げれば……」
 「でも、敵の前でジャンプはできるだけしたくありませんね。
 それに、ステルスもできるだけ使わないほうがいいと思いますよ。」
 「俺もアキトの意見に賛成ですね。
 なるべく、こちらの手のうちは秘密にしておきたいことですし。」
 「いやぁ、お二人とも流石です。私とした事が、少し新武装追加で浮かれていたようですな。
 いやはや、みっともない所をお見せいたしました。」

 私達はそんな作戦会議じみた事をしながらオリンポスにあるネルガルの研究所を目指しています。
 ですが、そこで、私達を待っていた物は、クロッカスと停止したチューリップ。
 そして…………

 「なあ、アオイ。お前、研究所の周りにあるチューリップ、幾つに見える?」
 「ま、まあ20基は軽くオーバーしてるかな?」
 「正確には32基です。
 無人兵器もたくさんうろついてますし、まあ、見つからずに接近するのは無理っぽいですね。」
 「全滅なんかさせたら……」
 「100%、深遠が出てくるな。」
 「今現在の戦力でもう一度深遠とぶつかった場合、勝てる可能性は1%割ってますね。
 まあ、前の時よりは確率増えてますけど……」
 「「「……………」」」(一同)
 「良し、あのチューリップを使うぞ諸君!!
 念の為、クロッカスも囮として使おう。」

 結局、提督は「過去」と同じ行動をし、私達はそれを止められませんでした。
 提督はこのセリフを吐いた後、お一人でクロッカスに向かってしまい、誰も止めるタイミングを掴めなかったからです。

 そして、無人兵器がこちらの存在に気付き、私達はフクベ提督を救出する暇を与えられませんでした。

 「艦長、急いでチューリップの中に入りたまえ。
 でなければ、クロッカスをナデシコにぶつける!!」
 「なっ、ちょっと待ってください提督!! 何で「過去」と同じ事をする必要があるんですか!!」
 「急ぎたまえ!! この場で戦うわけにはいかないのだろう!!」
 「………分かりました。」
 「艦長、それは認められませんな。
 あなたはネルガル重工の利益に反しないよう、最大限の努力をするという契約に違反……」
 「この場で踏み止まって戦ったら、深遠が出てきますっ!!
 波風たてずに逃げ出すには…もうこれしかありません……」
 「……分かりました。艦長と提督の判断に従いましょう。」
 「ありがとうございます。」
 「クロッカス反転、敵に攻撃を仕掛けます。」
 「フクベ提督!! 何故そんな事をするんだ!!
 貴方は罪を償う為に生きていなければならないのに!!
 「過去」の貴方が助かったからといって、同じように助かるとは限らないのにっ!」
 「β君、私は…少し疲れてしまったのだよ。
 「過去」と同じく助かるなら、それはそれで一興だ。」
 「そんな物は偽善者の戯言ですよ!!
 そんな物、自己犠牲という自己満足じゃないですか!!」
 「……君の言う通りだ。私は臆病者の偽善者にすぎん。
 君は私のようには……そして、復讐に狂った「プリンス オブ ダークネス」のようにはなってくれるな!」
 「フクベ提督っ!!」
 「さあゆけ!! 「過去」の記録など関係ない!! 時間は今まさに流れているのだから!!
 君達の人生は、君達自身の手で切り開い……け………」

第十話「コスモスから来た男」に続く

あとがき

 北斗復活&????くんの名前発表ですね、今回は。
 北斗が北ちゃん化してます。
 当初の予定では「北斗×β。ただし北斗がヒーローでβがヒロイン。」ってやろうと思ったんですけど、やっぱ無理でした。
 まあ、どっちにしても北斗×βなんですが……
 最後のルリのセリフにあった「改修されたブラックサレナ」ですが、本格的な活躍はもちっと先の予定です。完成はしているんですけどね。

 さて、火星でのエピソードの副題ですが、これは「3人のテンカワアキト」をそれぞれなぞらえています。
 まず、第七話の「闇との邂逅」の「闇」とは、いわずと知れた「プリンス オブ ダークネス」の事。
 同様に「牙を研ぎ続ける刻」の「牙」は、本編の主人公の一人「メタルファング」テンカワアキトに該当。
 そして今回の「戦神に供されし贄」はそのまんま、βを指します。
 ま、代理人様にはお見通しなんでしょうけどね。

 今回で火星を脱出した後、アカツキ等と合流、とりあえずは「時の流れに」準拠で話が展開していく予定です。

 ちなみに研究所の異常な防御体制は、深遠撃退という非常事態に驚いた草壁や北辰が敷いた物です。
 まあ、あんな奴が撃退されれば誰かてびびりますわな。

 それではまた。誤字脱字の指摘や、感想などお待ちしております。
 でもこんなもん読んでくれているのって、代理人様だけのような気もしますが……

 

 

 

代理人の感想

う〜む、誰にも邪魔されないタイミングを図っていたのか、フクベ提督。

これも年の功なんだろうか?(苦笑)

 

後、ユリカの処遇が今後気になってゆく所。

「どっちかと言えばギャグ向き」という意見もありますが、

シリアスに突っ込めばいくらでもシリアスになりうるキャラクターですしね。

(そう言う意味では案外美味しいキャラだなぁ(笑))

 

残念ながら東鳩については無知なので回復魔法に関するツッコミはおいておいて。

 

>サブタイトル

すいません、「牙」は並べられるまで気がつきませんでした(爆)←何故謝る(笑)

 

>まあ、あんな奴が撃退されれば誰かてびびりますわな

・・・凄く納得(爆)