「なあカシワギ、枝織ちゃんがβの奴についていっちまったけど、止めなくて良かったのか？」
　「ああ。彼女の木連での重要度を考えれば……どの道、彼女は近い内にナデシコから降ろされちまってただろうからな。
　それを考えれば、βと一緒ってのは案外と悪くない展開だと思うぞ。
　アイツとまで離れ離れになっちまったら、次に会う時は間違い無く敵同士になるからな。」

　とまあ、俺とアオイはそんな話をしていたが……

　「艦長、副艦長。
　もうすぐ提督がブリッジインしますので、その話はその辺りにしておいてください。」

　とのルリちゃんの一言で会話を打ち切った。

　ほどなくして、ムネタケがブリッジにやってきて、俺達に次の命令を伝える。

　「あんた達の次の仕事は、日本の隆山の雨月山に落ちたチューリップの破壊と、近頃隆山で起きている不審な殺人事件の調査よ。」

　な………隆山、だと？
　俺は、信じられない物でも見たかのように、目を丸くする。

　「……おい、どうしたカシワギ？」
　「い、いや、なんでもない。」

　俺を気遣ってくれたのか、声をかけてくるアオイにそう答える。

　「あの、提督。チューリップの破壊は判りますけど、殺人事件の調査ってどういう事ですか？」

　ルリちゃんが疑問を口にする。
　確かに、殺人事件の捜査など警察の仕事だ。
　戦艦の出る幕など無い筈………

　「それはね………犯人が、警察の手におえない相手だからよ。
　ウソかホントかは知らないけど、エステや戦車と交戦して勝った、って話まであるわ。
　証拠品として、壊されたエステと戦車が残っているんだけど。」
　「バッタじゃないんですか？」
　「バッタにしては、不審な点が多いのよ。
　はぐれバッタにしては被害が大きすぎるし、殺された遺体の様子もバッタの仕業にしては外傷の様子がおかしいし……
　バッタならバルカンやらミサイルやらを使うはずなのに、そんな外傷は全く無かったわ。
　その代わり、遺体にしろ破壊されたエステや戦車にしろ、巨大な爪跡がついていたの。
　バッタのマニュピレーターにしては、鋭すぎるって話よ。
　ま、後で写真を回すわ。」
　「はぁ………」

　正体不明の巨大な爪跡………ねぇ。

　この時点では、まさかこれが俺の家系に関係した事件だとは……想像もしていなかった。

明日も知らぬ僕達

第拾五話　遅れて来た訃報

Side　Jun

　「なあ、カシワギ。この傷痕って……」
　「あれ、ジュン君もやっぱりそう思う？
　これって怪物になったコウイチ君の爪跡だよね？」

　あの後ムネタケから渡された写真には、極めて鋭い爪で切り裂かれた人間や戦車、エステが写っていた。
　俺とユリカには、その爪跡が怪物と化したカシワギによる物に見えたのだ。
　ちなみに、今この場にムネタケはいない。

　「おいおい二人とも。俺はずっとナデシコ改にいただろう。
　まあ、俺の同類って可能性はあるけどね。
　まさか、あの怪物は俺だけしかいない、って事もないだろうからな。」
　「確かにな。だが、そうなるとやっかいだぞ。
　テンカワや北斗、フジタにβ、この四人がいない今、お前の同類なんかと戦えるのは、お前とセンドウぐらいしかいないだろう？」
　「まぁな。」

　と、話がそこまでいった時、操舵席から場違いな声が聞こえてきた。

　「ふふ〜〜〜ん♪
　隆山といったら、温泉よね〜〜〜〜♪」
　「…………ミナトさん………」
　「え、だって殺人事件の調査は艦長とカズキ君でやって、私達は不参加なんでしょう？」
　「いや、まあ確かに、殺人事件の調査は俺とカズキだけでやるつもりですけどね。
　でも、危険ですから、クルーの皆にはナデシコ改で待機してもらおう、って思ってたんですけど。
　勿論、ミナトさんもですよ。」
　「「え〜〜〜〜？」」

　ミナトさんだけではなく、メグミさんまで残念そうに言う。

　「…………バカばっか。」

　ルリちゃん……久々に聞くね、その台詞。

　「ねえねえミナトさん。隆山の温泉宿って、どんな所があるんですか？」
　「おいおいユリカちゃん。どうせ降りないんだから、関係ないだろう。」

　カシワギが、何故か焦った様子でユリカを止める。
　カシワギが焦っていた理由は、その直後に判った。

　「え〜〜とね、有名所としては鶴来屋っていうところね。
　数ヶ月前、会長が交通事故で亡くなって、その後少しバタバタしたらしいけど……」
　「！！！！　なっ……………親父が、死んだ…………？」

　………………………訃報と、共に。

Side　Yurika

　「ミナトさん！！　親父は、カシワギケンジはいつ死んだんですか！！」
　「え？　ちょっ、私達がまだ火星にいた頃よ。
　それにしても……艦長のお父さんですって？」
　「え、ええ…………」

　端から見ても、コウイチ君が酷く混乱しているのが判る。
　そういえば私は、コウイチ君の家族の事をあまり知らない。
　お父さんとは離れ離れで、お母さんも地球に来る前に死んでしまった、ぐらいしか知らなかった。

　ブリッジに気まずい空気が流れる………

　「……そ、そうだミナトさん。
　今の会長ってどんな人なんですか？」

　重たい空気に耐えかねたのだろう、メグミちゃんがそうミナトさんに聞く。

　「え？　ええとね、亡くなった会長の姪御さんのカシワギチヅルさん、ですって。
　この写真を見る限りでは、随分綺麗な人みたいね。」
　「………チヅルさんが、会長…………」
　「あれ？　艦長、随分感慨深げですね。
　前会長の姪御さんって事は、艦長の従姉妹なんですよね？
　案外と小さかった頃の、憧れのお姉さんだったりして。」

　メグミちゃんが話し始めてから、コウイチ君の顔が見る見る険しくなっていく。

　「メグミちゃん、ストップ！！」
　「人の思い出の中に、ズカズカ踏み込んでいくのは無神経ですよ、メグミさん。」

　ミナトさんとルリちゃんがそれを察して、メグミちゃんを止める。
　二人とも凄い剣幕………

　「ご……ごめんなさい。」

　その後……コウイチ君がブリッジを離れるまで、この空気は続いた………

　「ねえ、ジュン君。
　コウイチ君って、なんでお父さんと離れ離れになっちゃったのかな？」

　コウイチ君が出ていった後で、私はそうジュン君に聞いてみた。

　「さあ、ね。
　俺も何度か聞いてみた事はあるけど、その度にはぐらかされていたし……
　それに………」
　「？　それに……何？」
　「いや、何でも無いよ。」
　「……ジュン君、何か隠してない？
　それって……前から聞きたかったけど、火星に行く時の「俺は違うかもしれない」って言ってたのと、何か関係があるんでしょ？」

　ジュン君は間違いなく隠し事をしている。
　そして、「ジュン君の隠し事」が、あの時の「俺は違うかもしれない」発言と密接な関係があるように思えた。
　そして、ジュン君は、観念したような顔をして頭をかいた。

　「……やっぱり俺がユリカに隠し事をするだなんて無理、か。
　まあ、いずれは皆に話しておかないといけない話なんだけど、ね。」
　「何……隠してたんですか？　副艦長。」

　ルリちゃんがジュン君を促す。

　「「プリンス・オブ・ダークネス」にとって、この時の流れは三度目の人生だという事。
　そして………俺は、元々は二度目の世界の「アオイジュン」である、という事だよ。」
　「それって………どういう事？」

　私の言葉を無視するように、ジュン君は言葉を紡ぐ。

　「一度目の人生の最後のボソンジャンプ。
　あの後、アイツはβの身体を乗っ取る形で、俺やβのいた世界にやってきたんだ。
　まあ、乗っ取ったって言っても事故の影響でそうなったワケで、「プリンス・オブ・ダークネス」が意図してそうしたワケじゃないんだけどね。
　その影響で五感を取り戻したアイツは、皆の知るテンカワがそうしたように、未来を変える為、もう一度ナデシコに乗り込んだ。
　俺は………そのナデシコに居合わせていたんだよ。
　そして、この戦争の最後に、俺はアイツと一緒にジャンプ事故に巻き込まれて……アイツがβの身体を乗っ取ったように、この世界の俺の身体を奪ってしまったんだ。」
　「そ…………それじゃあ……ジュン君は……」
　「……俺は、ユリカと軍学校に通っていたアオイジュンじゃないんだ。
　「彼」が……βみたいに助けられる状態なのか、完全に消えてしまったのかさえ、俺には見当がつかない……」

　私の顔は………真っ青になっているのだろう。
　鏡が無くてもそれが判るくらいに、私の顔から血の気が引いていた……

　気がついたら……こう叫んでいた。

　「返して……私のジュン君を返してっ！！」

　ジュン君は、言い返そうともしないで、悲しげに笑っているだけだった…………

　そして、私が言うだけ言って出ていったブリッジでは、こんなやり取りがあったらしい。

　「それで……今の話と、さっきの「それに……」はどんな関係があったんですか？」
　「ああ、それはね、俺がカシワギに聞いたのは、前の人生での事だから、こっちとは少し事情が違ってくる可能性があったからだよ。」
　「そうなんですか……後、副提督を追いかけなくって良いんですか？」
　「良いんだよ……ユリカにとって、俺は友達の仇。
　それは……………紛れも無く事実だから…………」

Side　Kazuki

　「コウイチさん、コウイチさん、いつまでギスギスやってるつもりなんですか？」
　「センドウの言う通りだ。
　そんなんじゃ俺達だって、オチオチ命を預けてらんねぇよ。」
　「んな事言ったってなぁ。
　少なくともアオイの奴とユリカちゃんがギスギスしてるのは、俺の責任じゃないぞ。」
　「まあまあ二人とも、そろそろ作戦空域なんだからその辺にしときなって。」

　上から俺、リョーコ、コウイチさん、アカツキだ。
　今回俺達は、チューリップを先に片付けてしまう事にした。

　ま、確かにこんな危ない物の近くで、殺人事件の調査なんぞやってられねえわな。

　「もうその話はこの位にして、作戦内容の確認をするぞ。
　作戦は、いたってシンプルだ。
　グラビティブラストで血路を開いた後、カズキが速攻でチューリップを叩く。
　後はザコを掃討するだけ。
　男連中はカズキの護衛、女の子達はナデシコの護衛だ。
　何か質問はあるか？」
　「質問ってか疑問なんですけど、コウイチさん、ちょっといいですか？」
　「なんだ、カズキ？」
　「今回のチューリップと隆山の街って、目と鼻の先でしょ？
　それなのに、なんで隆山の街がまだ機能しているんですか？」
　「そうだよな。マトモに考えれば、廃墟にされてたっておかしく無い筈だ。」
　「ああ、それか。
　それはな、無人兵器だって暇でもなければ、無限なワケでもないって事さ。
　隆山にある兵器なんざ、良くて旧式の戦車や、警邏用にデチューンされてフィールドを張れなくなったエステ位のもんだ。
　特に重要な拠点ってワケでも無し、こんな所にぶつける兵力がある位なら、余所の拠点や軍事施設に回した方が効率がいい。
　まとまった兵力が集まってきたのなら、来た順に順次潰せば良いだけだし。
　それに、何でも無い街を潰しても、「蜥蜴許すまじ」の気運を高めて、敵の士気を上げるだけで、百害あって一理無し。
　別段連中にとって脅威になるわけでも無し、だったら放っておいた方が害がない。
　あのチューリップが本格的に動き出せば、そうも言ってられなくなるだろうが、今の所そういった気配はないしな。
　ま、街の人は、もうかなりの数疎開しちまってると思うけどね。」
　「……なるほど。」
　「そうはいっても、観光の街だから、もうかなり経済がヤバい事になってきてるみたいなんだけどな。
　さて、他には何かないか？」
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　・
　「それじゃあ作戦開始だ。
　長引くと周囲に被害が出る。敵の強さはそんなでもないし、速攻で片付けちまおう。」
　「「「おうっ！！」」」「「「了解っ！」」」

　そして作戦は、あっさり終了した………
　詳しく解説しようにも、DFSでチューリップをぶった切った後、ザコを掃討しただけだし………

　「巨大ジョロ以来なんじゃないのか？
　こんな短時間でカタが着いたの……」
　『いえ、巨大ジョロはたった１機しかいませんでしたから、もっと速く決着がつきましたよ。』

　ルリちゃんがそう相槌を打つ。

　『みんなご苦労さん。
　もう敵も殲滅した事だし、作戦はこれで終了だ。戻ってきてくれ。』

　そのコウイチさんの一言で、俺達は次々とナデシコに着艦していった。

　「おいセンドウ。ちょっといいか？」

　スーパーエステから降りた俺は、ウリバタケさんにそう呼ばれた。

　「なんですか？　ウリバタケさん。」
　「テンカワに頼まれてた、お前用の機体が出来たんで、渡しておこうと思ってな。」
　「は？　俺用の機体？　一体、何でまた？」
　「お前の機動が乱暴過ぎて、普通のエステじゃすぐにフレームがガタガタになっちまうからだよ。
　ほら、そのスーパーエステだって整備して間も無いってのに、１回出撃しただけで、もうかなりキてるだろ？」

　そう言われて、スーパーエステの方に目をやる。

　「ま、まあ確かに………」
　「そこで、お前用に丈夫な奴をこさえておいたんだ。
　こっちのコンテナに入れてあるぞ。」

　ウリバタケさんが指差したコンテナに近づき、開けて中身を確かめる。
　そこには………

　「お前よ、生身でそういう真似すんなよ……」
　「ウ、ウリバタケさん、この機体は…………」
　「名前はまだねぇ。カラーリングもまだだ。ま、済んでねえのはそれだけなんだけどな。
　名前とカラーリングを決めるのはお前だ。」

　背中には巨大なフェザーが二つ。
　腕には、DFSが固定されている。取り外して使う事もできるみたいだ。

　「ソイツは運動性重視で作ってある。
　その代わり、武装はDFS２本に背中の特大フェザー２つ、それにイミディエットナイフ１本ってかなりシンプルなんだけどな。」
　「……？　ウリバタケさん、飛び道具は？」
　「DFS使って、ディストーションフィールド飛ばせば済む話だろうが。」
　「マジっすか？」
　「ま、基本的には接近戦仕様ってか、接近戦専用の機体だからな。」

　ア、アグレッシブな設計思想だな……

　「言っておくが、乗らねぇってのはナシだぞ。
　接近戦専用ってのも、射撃が下手糞なお前に合わせた結果なんだからな。」

　退路は……ない。

　「それに性能もかなりのもんだぞ。
　接近戦なら、ブローディアより強いくらいなんだからな。」
　「判りましたよ。
　で、コイツの名前とカラーリングですか……」
　「おうよ。どうすんだ？」
　「そうですね…………」

　俺は暫く考えこむ。

　まず、正義の味方チックな物は却下だ。
　この戦争に、否、戦争という代物に、絶対的な正義などありえない。
　それなのに、無批判に自分を正義と思い込めば……火星の後継者のような外道に堕ちてしまうだろう。
　それを避ける意味でも、正義の味方みたいな名前は却下だ。
　となると……逆に悪役っぽい名前の方が良いだろう。
　自分自身への良い戒めにもなる。

　次にカラーリングだが……悪役っぽい名前なのに、ピンクってのは流石に締まらない。
　悪役といえば……まず思い当たるのは黒だが、これだとブラックサレナと被る。
　あ〜〜〜、でもやっぱ捨て難いな、黒。

　で、出た結論は………

　「じゃ、名前は「ディアブロス」、カラーリングは黒と赤を半々で禍々しい感じでお願いします。」
　「ディアブロスねぇ……ディアちゃんとブロスの名前を直列繋ぎしたワケか。
　でも、確かそんな名前の悪魔がいなかったか？」
　「ええ、確かディアブロスだかディアボロスだかってのがいたと思いますけど……
　俺が思うに、ブローディアって、元々はこの悪魔の名前を付けられる筈だったと思うんです。
　それが、周囲の反対にあって、あの名前に落ち着いた……
　ブロス君とディアちゃんの名前は、この名残なんじゃないかな……って思いまして、使わせてもらおうかなって。」
　「で、その名前か。良いんじゃねえか？
　んで、そんな名前だから、悪役っぽいカラーリングってワケか。」
　「ええ。こんな名前で、どっから見ても正義の味方、じゃあ締まりませんからね。」
　「確かにな。
　判った、じゃあこの機体は今から「ディアブロス」だ。
　それで良いか、オモイカネC？」
　「………は？」

　固まった俺の目の前に

　『了解、了解。』

　と書かれたウィンドウが現れた。

　「え………と、ウリバタケさん？　どういう事ですか？」
　「え？　ああ、オモイカネCがディアブロスのサポートAIってだけだが……それがどうしたんだ？」
　「オ、オモイカネCってオモイカネシリーズの長老じゃないですか！！
　俺専用機のサポートなんかをやらせて良いんですか？」
　『僕に頼ってばかりだと、オモイカネが成長しない。』
　「って事らしい。暇させておくよりかは良いだろ？」
　「ま、まあ確かに………」

　どえらい物を任されたもんだな………

　「あと……センドウ、これ持っとけ。」
　「これは？」

　渡されたのは、腕時計型の通信機。
　アニメなんかの小道具としてはベタだが、実物を見るのは初めてだ。
　考えるまでも無く、ウリバタケさんの趣味だな。

　「ソイツを使えば、直接オモイカネCと連絡が取れる。
　だから、ヤバイと思った時にソイツを使えば、ディアブロスを呼び出す事が出来るぞ。
　ちなみに、お前にしか使えないように声紋登録をしておいたから、敵に奪われても安心だ。」

　せ、声紋登録っていつの間に………

　「なんつーか、ベタなアイテムですね………」
　「まぁな。けど、便利だろ？」
　「ええ、確かに便利ですけど……………」

　『え〜〜と、ウリバタケさん、もうその辺にしておいて下さい。』

　開いたコミュニケには、ルリちゃんの姿がある。

　「そうだな。俺の話ももうねぇし……」
　『ありがとうございます。
　それでは……センドウさん、至急ブリッジに来てもらえませんか？
　艦長が、殺人事件の調査の打ち合わせをしたいらしいので。』
　「え？　良いけど………」

Side　Kouiti

　「………コウイチさんの同類、ですか……」

　カズキが思いっきり嫌そうに呟く。

　「素手でコンテナ開けやがった奴が、何言ってやがる……
　それに、俺の同類ってったって、お前、俺なんかより強いじゃねぇかよ。」

　はっきり言ってコイツは強い。
　極稀にだが、修羅場モード無しでアキトや北斗に勝つ事さえあるのだ。

　「それに、正直言うとな、今回の調査はお前一人に行ってもらいたいんだ。
　俺は、あんまり隆山には行きたくないからな。」
　「へ？　なんで？」
　「行き辛いからだ。」

　俺は有無を言わせない口調で返す。

　「それで……面子は俺とコウイチさんだけ、ですか？」
　「俺の同類なんぞと戦える奴なんて、俺達しかいないだろうが。」
　「ああ、それなんですけど艦長……どうも、そうも言ってられなくなったみたいですよ。」

　と、横からメグミちゃんが口を挟む。

　「何でなんだ？　メグミちゃん。」
　「あの鶴来屋の方が、チューリップを破壊してくれたお礼をしたい、って言ってきてるんです。」
　「断る事はできないのかい？」

　メグミちゃんの報告内容は、俺としては避けたい事態だ。
　だから、その申し出を断ろうと考えた。が………

　「いやぁ〜〜、艦長。
　こういったお付き合いも、ネルガルにとっては重要な物でして………」
　「それに、危険を理由に戦艦のクルーが街に来なかったら、それはそれで問題でしょう？
　との、提督からの伝言を預かっています。」

　プロスさんとルリちゃんのツープラトン攻撃の前に、あえなく玉砕。

　「もう、判りましたよ。
　ですが、犯行が行われるであろう夜中には、俺とカズキ以外の外出は禁止させてもらいますからね！！」

　俺は、こう言うのが精一杯だった……

　「「で、でけぇ……」」
　「これ、ホントに旅館なの……？」
　etc.etc.

　今、この鶴来屋の前には、ナデシコクルー全員が集まっている。
　ムネタケまで、ちゃっかり同伴していたりする。
　「旅館」を自称する巨大な建造物を前に、みんな口々に好き勝手な事を言う。

　「ハイハイ、皆さん。今回のご招待は、慰安旅行として処理しますので……」

　これはプロスさんか………でも、何人が聞いてるんだ？

　「にしても……留守番の一人位は、置いていった方が良かったかな？」
　「いや、僕はこれで良いと思うけどねぇ。
　大体留守番役なんか置くと、留守番に回されたクルーが不満を感じると思うよ。」

　アカツキが、俺のぼやきに合いの手を打つ。
　現ネルガル会長のアドバイスだ。素直に聞いておいた方が良さそうだな。

　………と、建物の中から初老の男性が出てくる。

　叔母さんの葬式の時に会ったな。
　確か、親父の右腕で鶴来屋社長の足立さん、って言ったっけ。

　「皆さん、よくおいで下さいました。
　ささっ、中へどうぞ。」

　そう、足立さんは俺達を促し、俺達はそれに従って、鶴来屋の中に入っていった。
　そこには……

　「皆さん、はじめまして。
　私は、鶴来屋会長のカシワギチヅルと言います。
　この度は、雨月山のチューリップを破壊していただき、まことにありがとうございました。」

　最後に会った中学生の頃の彼女より、綺麗になっていたチヅルさんの姿があった………

Side　Minato

　一通り堅苦しい挨拶があった後、皆はそれぞれに割り振られていた部屋に向かって行った。
　それでも、すぐにロビーから人影が消えてしまうワケでもなく、まだガヤガヤと賑やかだ。

　そんな中、私とルリルリは艦長の隣にいる。
　そこへ、艦長の従姉妹だと言う、会長のチヅルさんが近づいてきた。
　なんとなく嫌な予感がしたので、艦長との距離を半歩縮める。

　「コウイチさん……ですか？
　最後に会ったのは、コウイチさんがまだ小学生の頃でしたから見違えましたよ。」
　「そう………ですか？　自分では、まだまだガキだと思ってるんですけどね。」
　「いえ、そんな事はありませんよ。
　それはそうと、母の葬式の時は、お会いできなくて残念でした。」
　「会いたく……ありませんでしたからね。
　チヅルさん達に、恨みをぶつけてしまいそうで……
　なんで親父に愛されているのは、お袋と俺じゃなくて、叔母さんと皆なんだ、って。
　あの時、辛かったのは、チヅルさん達の方なのに………」
　「え、と、艦長？　「チヅルさん達」ってどういう事ですか？」

　艦長とチヅルさんだけで話が進んでいくのが面白くなかったのだろう、ルリルリはそう話に割り込んでいった。
　チヅルさんは、その時はじめて私とルリルリに気付いた風で一瞬、露骨に顔をしかめる。
　艦長はそれに気付かなかったみたいで、ルリルリの質問に答える。

　「え？　ああ、チヅルさんは四人姉妹の長女なんだ。
　だから、彼女達姉妹って意味で、「チヅルさん達」って言ってたんだけど。」
　「はあ、そうなんですか。」

　そう答えつつも、ルリルリの視線の先はチヅルさんだ。
　時折、私の方にも、鋭い視線を向けてくる。

　「それと……チヅルさん、もう何ヶ月も前の事ですけど、親父の事は残念でした。
　遅くなりましたけど、お悔やみを申し上げます。」
　「コウイチさん、伯父様の事……」
　「艦長！？　お父さんなんでしょ？
　なんでそんな他人行儀な事言ってるのよ。」
　「……ミナトさんには関係無いですよ。」
　「それは………そうだけど………………」
　「コウイチさん。伯父様は、あなたの事を確かに愛していましたよ。
　それなのに、なんで……」
　「確かにそうかも知れません。
　ですが、親父が、俺とチヅルさん達のどちらの家族か？　って言ったら、やっぱりチヅルさん達の家族、って事になると思いますから。」
　「艦長……」

　私は、悔しかった。
　艦長の力になれない自分が歯痒かった。
　艦長の私の踏み込められない領域に、知らない女性がいる事に嫉妬した。
　そして、そこに入り込めない事が……悔しかった。

　……と、そこへ副艦長がやってきて、

　「おい、カシワギ。俺達は同じ部屋だ。
　早くしないと置いていくぞ。」
　「ん？　ああ、悪い。今から行く。
　それじゃあ、チヅルさん、ミナトさん、ルリちゃん、また後で。」
　「「「え？」」」

　艦長を連れていってしまい、後に残されたのは女三人………

　「コウイチさんは、断じてロリコンではありませんから、貴方にはチャンスなんてありませんよ？」
　「艦長と共有した時間は、間違いなく私の方が貴方よりも多いですよ？
　その分、私の方が断然有利です。」
　「あら、チヅルさんもルリルリも私の事を忘れてないかしら？」
　「「「フフフフフフフ………」」」

Side　Kazuki

　「あ、あの三人、怖ぇなぁ。」
　「艦長を巡る女達の仁義無き戦い！！
　う〜〜ん、あたしの創作意欲を良い感じに刺激してくれるわねぇ〜〜。」
　「で、テンカワがあんな奴でなければ、俺もああなってた、と。」
　「アイツが言うには、「プリンス　オブ　ダークネス」の方が異常らしいんだけどな。」
　「……怖いぐらいにモテてたもんね。」

　俺とリョーコ、ヒカルちゃん、イズミさんは、ミナトさん達の様子を遠くからうかがう。
　イズミさんの発言が無いのは、大方あの三人をネタにした駄洒落を考えているからだろう。
　ちなみに四人とも、ミナトさん達には近づこうとしない。
　怖いからだ。
　良く見ると、他のクルーの皆や鶴来屋の従業員の人達も、危険を感じているのか、近寄ろうとしない。

　「で、俺達パイロットの部屋割りなんだけど………
　俺、ガイ、アカツキがココ、リョーコ、ヒカルちゃん、イズミさんはココ……で良いんだよな。」
　「ああ、でもちょっと妙な事を耳に挟んだんだけどよ。」
　「妙な事？」
　「なんでも、軍から補充のパイロットがこっちに来るらしいんだ。
　で、ソイツは女だから俺達と同じ部屋になる、って聞いたんだよ。」
　「そりゃぁ、流石にテンカワ君達が抜けた穴は大きいからね。
　流石に軍も、やりすぎたかな？　って思ったらしくて、穴埋めに一人よこすらしいよ。」

　向こうの方からやってきたアカツキが、話に割り込んでくる。
　ナデシコに出向してくる軍の女性パイロット……ってぇ事は。

　「ええと、確か名前はイツキカザマちゃんって言ったっけね。」

　やっぱりか。

　「アキト君達の穴を埋める、って事は、軍はもうアキト君達をナデシコに返さないつもりなのかな？」
　「確かに彼等の腕は尋常じゃないから、軍だって手放したくはないと思うけど……
　でもそれを言うならネルガルだって同じ事。
　彼等の扱いだってネルガルからの出向って事になってるし、いずれは戻ってくると思うよ。
　それに……彼女には悪いけど、流石にあの穴は埋められないと思うしね。
　まあ、足しにはなるだろうけど…………」

　おや？
　コイツだって、アキトの奴が腹に一物持ってる事を知っている筈なのに、この反応……
　それとも、危険人物は視界に収めておきたい性分なのかな？

Side　Jun

　「入りますよ、コウイチさん、副艦長。」
　「おう、カズキか。」

　カシワギはそう、センドウを出迎える。

　「で、何の用なんですか？　部屋に呼びつけたりして。」
　「殺人事件の調査の打ち合わせだよ。
　参加すんのは、俺達二人だけなんだからな。
　大々的に皆の前でする必要もないだろう。」

　センドウの質問に答えたカシワギは、俺の方に向き直る。

　「アオイ、この辺の地図に犯行が行われた場所と日時を書き足した資料があったよな。
　そいつをテーブルに広げてくれ。」
　「ああ。」

　そして、カシワギは、広げられた地図を指差してこう話した。

　「実の所、犯行のパターンってのは、既に発見されているんだ。
　で、警察は警邏用のエステまで出して犯人を捕まえようとしたが……結果はあの写真の通り。
　まあ、俺達なら何とかなるだろ。」
　「何とかなるだろ、って機動兵器を潰した相手に良く言えますね、そんな事。」
　「コンテナの開け閉めだって、生身の人間がやるこっちゃねぇぞ。
　まあ、それはともかく……野郎の犯行パターンが変わってなければ、次に奴が出現するのは、この水門だ。」
　「犯行時間は？」
　「特定はできないが、まあ犯行は午後９時から午前２時の間にしか行われてないから、その範囲内だろう。」
　「で、どうするつもりなんだ？　カシワギ。」
　「待ち伏せ。」
　「「は？」」

　俺とセンドウの目が点になる。

　「野郎のアジトとかが判ってるワケじゃないからな。
　こっちとしては、パターンを読んで待ち伏せするしかねぇんだよ。」
　「は、はぁ………」
　「それと……犯人を捕まえても、俺の同類だとすると、人間になられちまったら、物的証拠がなくなっちまうんだよな。
　この辺はどうしようかな、って考えてるんだが………」
　「捕り物の様子を記録しておくとか。
　多分特殊効果だ、とか色々難癖つけられると思うけど……」
　「それやると、お前一人で犯人と戦う事になるぞ。
　カシワギだって、怪物には違いないんだからな。」
　「うっ……」
　「でも、良いんじゃないか？　それって。
　正味な話、カズキの方が俺なんぞより余程強いワケだし、滅多な事じゃ遅れをとらないだろ？
　改変が困難なメディアで記録しておけば、充分な証拠になると思うぞ。」

　で、結局、この作戦で行く事になった。
　ちなみに撮影は、カシワギがやるらしい。
　メディアはウリバタケさんから供与してもらった。
　ホント、何でも持っているなあの人。

Side　Kouiti

　「流石に暗いな。」
　「俺は、この程度の暗さなら、どうって事ないですけどね。」
　「まあ、お前はな。」

　今は夜８時半。俺達は、次の犯行現場になるであろう水門にやってきている。
　街からは結構離れたポイントなので、ハッキリ言って暗い。

　「さて、じゃあコウイチさん、そろそろスタンバってた方が………」

　カズキの奴が、台詞を途中で止め、硬直する。

　「おい、どうした？　カズキ？」
　「なんか……犯人なんかより百倍以上危ない奴が来てるみたいですよ、コウイチさん…」

　カズキがそう言って、暗がりの方を指差す。
　そこから……………

　「……ほう。俺の隠行に気付くとは、やるな。
　それにしても二人だけか。
　ここに張っていれば撫子の乗員がやってくる、と踏んだんだが、そう上手くは行かんか。
　まあ良い。まずはお前達に死んでもらうとしよう。」

　深遠が姿を現した。

　「んなっ………！！」

　恐怖で身動きが取れない………

　「コウイチさん、全力で行きますよ……」

　そのカズキの声で、我に返る。
　カズキの奴も、油汗をでびっしょりになっている。

　それにしても………何たってコイツがこんな辺ぴな所にいるんだ！？

　まあ、考えて答えが出るものでもない。
　俺は余計な考えを振り払いながら、怪物へと変貌を遂げる。

　「なるほど。貴様が北辰殿の言っておられた異形の者……
　ヤマサキ殿が貴様を研究材料に欲しがっていたぞ。
　どうだ？　おとなしく研究材料になれば、命だけは助けてやるぞ。」
　「………ゴメンコウムル。」

　俺は震えを抑えながら、深遠に答える。
　ヤマサキラボ送りなんかされた日には、死んだ方がマシ級の地獄が待っているからな。

　本来なら逃げの一手、と行きたい所だが、コイツの追跡は俺達を逃してくれるほど甘くはないだろう。
　戦って勝つ。絶望的な確率だが、逃亡よりは望みはありそうだ。
　賭けるしかない。

　「ココハ……戦ッテ血路ヲヒラク！！
　イクゾッ！！」
　「おうっ！！」

　絶望的な戦いが始まった……………

Side　Kazuki

　コウイチさんが深遠にジャブを放つ。
　ガタイがでかいコウイチさんは、ただでさえ大振り気味になるので、余分な動作の少ないジャブで欠点を補う必要がある。
　ただし、怪物の身体から繰り出される一撃は、ジャブといえどもコンクリートを砕く必殺の一撃だ。

　深遠はそれを事も無げに掴むと、その勢いを利用してコウイチさんを投げ飛ばす。

　その動作の隙を突いて、俺のスライディングキックが奴の脛めがけて飛んでいく！！

　が、あっさり避けられ、カウンターとばかりにローキックで俺の事を蹴り飛ばす！！
　重いっ！！

　俺はゴムマリみたいに景気良く吹っ飛ばされ、近くの樹に叩きつけられる！！
　その時の衝撃で、その樹はあっさりとへし折れた。

　流石にコイツの強さは洒落になっていないようだ。

　『しかし、カズキは思った。俺にはまだ最後の技がある。
　伝説の修羅場モードが！』

　修羅場モードが使用可能になった時に聞こえる、タイシの阿呆の声がこの時聞こえてきた。
　昔はこの幻聴を不思議に思ったもんだが、今となっては当然のように感じる。
　慣れという物は恐ろしい。

　ともかくも、俺の中のスイッチは入った。

　立ち上がろうとした俺の視界に、ウリバタケさんから貰った通信機が入る。
　………早速使わせてもらう。
　「早く来てくれ！！　深遠に襲われているんだ！！」

　と、その時、聞いただけでも痛くなりそうな音が、間を置かず三回聞こえてくる！！

　ゴキッ！！
　　　　　　　　　　　　　　　ボキッ！！
　　　　　ベキッ！！

　「グァァァアァァァッ！！」

　コウイチさんの絶叫が聞こえてくる！！

　行ってみると、深遠がコウイチさんの両足と右腕をへし折っていた。

　「異形の者は、これで無力化した………
　後は……お前か。異形の者より、てこずりそうだな。」

　俺の姿を見止めた深遠はこう続けた。

　「なら………これを使ってみるか。」

　その直後、深遠は蒼銀のオーラに包まれた！！

　「んなっ、漫画じゃねえんだぞっ！！」
　「木連式柔口伝「武羅威」
　己の魂の色を発現せし「昴氣」を、その身に纏う時。
　その者は人の身にして、武神への道を歩む。
　早い話がこの昴氣を身に纏うと、戦闘能力が跳ね上がる、という事だ。
　まあ、お前が知らんのも無理はない。
　口伝と言うだけあって、これの使い手など俺と北辰殿位のものだからな。」

　……冗談じゃねぇぞ。
　素であの強さの奴が……更に強くだと！？

　「いくぞっ！！」
　「！！！！」

　迅い！！　……右？

　　　　　　ド………ッ！！

　「ほう、防いだか。想像以上にやるな。」
　「て、てめぇの突きは戦車砲かぁぁぁあぁぁぁっ！！」

　さっきのローキックなんぞ比較にすらならねぇっ！！
　辛うじて受け流せたから良かったものの、ガードの一つも出来ずにマトモにもらってたら、その時点で即死だぞ！！

　それにしても、動きが読みやすい……？
　いや、気配が前よりハッキリと知覚できるようになってるんだ！！
　まあ、あんなオーラ出しながら気配を断つなんて無理だろうしな………

　と、突然深遠は動き出し、連続攻撃を撃ち込んでくる！！

　　　ガスッ！！
　　　　　　　　　　　ドゴスッ！！
　　　　　　　　ズドンッ！！
　ドスッ！！

　く、くそっ、パチンコ玉にでもなったみてぇだっ！！
　野郎の一撃で景気良く吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされた先にはもう奴がスタンバっていて……の連続！！
　もっとも、景気良く吹っ飛ばされているのは、ダメージを軽減させる為に自分から飛んでいるから、って部分もあるけど……
　それにしたって、深遠の一撃はとてつもなく重いっ！！
　軽減できていると言っても、それでもダメージは半端ではないし、一発でもマトモに浴びれば即死っ！！
　それに、今の所打撃ばかりしかけてきているが、掴まれたりしたら一巻の終わり……っ！！
　おまけに奴の動きは、速い上に隙がないっ！！
　このままじゃ、反撃の糸口もヘッタクレもねぇっ！！

　でも……何か掴めるような………っ！！
　これは…………そうかっ！！

　「！！！！　死中に活を見出したか！！
　いや、昴氣を纏った攻撃をこれだけ受け続けて生き延びたなら、むしろ当然か……」

　今俺は………燃える炎のようなオーラを身に纏っている………

Side　OmoikaneC

　『暇だね。』
　『そうだね。』
　『ねえ、何かして遊ぼうか。』

　僕は、そんなとりとめの無い事を、オモイカネやダッシュと話していた。

　すると………

　『早く来てくれ！！　深遠に襲われているんだ！！』

　と、相当切迫した感じのカズキからの通信が入る。
　通信はそれっきり途絶えてしまったけれど、場所は判る。
　通信内容も……多分ウソじゃないだろう。
　僕等の知る限り、彼をあんなに追い詰められる相手は、深遠以外にはいない。

　『イキナリ出るの？』
　『早くしないと、カズキが殺されちゃうよ！！
　助けに行けるのは、僕だけだろうし………』
　『………判った。ハッチを開けるから、すぐに出撃して！！』

　そして、僕は出撃した。
　けれど、街中ではあまり速度を出せず、ディアブロスの事も秘密にしておく必要があったお陰で、目的地に到着するのに、随分時間をかけてしまった。
　慎重に飛んだ所で、そんなに見つかり辛くなるワケでもなし、もう少し急いだ方が良かったかもしれない。
　目的地には、両足と右腕をへし折られたコウイチと、血だるまになって深遠と対峙しているカズキの姿があったのだから。

　どういうワケだか、深遠とカズキはそれぞれ色の違うオーラを纏っている。

　僕は、深遠に有無を言わさず、特大フェザーを撃ち込んだ。
　彼が反応して飛び退いた隙に、ディアブロスをカズキの傍に着陸させる。

　「ナイス、オモイカネCっ！！」

　カズキはそう言いながらディアブロスに乗り込み、深遠にDFSを振るう！！
　その迅さは、深遠でさえ一瞬対応しきれず、わき腹を切り裂かれる！！

　夥しい量の血を流し、苦痛に顔を歪ませた深遠は、その直後ボソンの光に包まれ、消えてしまった。

　カズキは……あの鋭い一振りが最後の力を振り絞った一撃だったらしく、そのまま意識を手放してしまっていた………

Side　Jun

　「で、二人の様子は、どうなんでしょうか？」
　「全く呆れた生命力ね。二人とも安静にしていればまず助かるわ。
　流石に傷が完治して、マトモに動けるようになるには、それなりの時間が必要だと思うけど。
　まあ、深遠なんかに襲われて、この程度で済んだのは奇跡ね。」

　そのイネスさんの話を聞きながら、医務室に寝かされているカシワギとセンドウに目をやる。

　「確かに……」
　「で、これからどうするの、副艦長。
　艦長とカズキ君抜きでの調査は、ハッキリ言って自殺行為よ。」
　「でも、命令ですからね……とりあえず、パイロット達にエステで巡回してもらうつもりです。
　それと、何とかカシワギの同類に対抗する方法も考えてみます。」
　「ふぅ〜〜ん……でも、有効な手段ってあるのかしらねぇ？」

　イネスさんが半目で俺を見る。
　確かに、俺が言った方策は決して有効な物ではない。
　が、この局面では、とりあえずでも動いた方が良いように思えた。

　「それと………敵からの刺客が来る可能性もあるわね。
　敵が、深遠を追っ払った艦長達を、野放しにしてくれるとも思えないし。
　このタイミングで出てきそうなのは……「二度目」に出てきたブーステッドヒューマンかしら。」
　「………キツいですね…………」

　そうでなくとも、カシワギの同類がいるというのに………

　敵は強力。
　テンカワ、北斗、β、フジタは不在。
　頼みのカシワギとセンドウは、戦闘不能。

　今、ナデシコは、火星での深遠襲来以来の窮地に立たされていた……………
　

第拾六話「雨月山の鬼」に続く

あとがき

　さてさて。極東編は、見ての通り思いっきり「痕」です。
　ただし、コウイチ不在（笑）。

　更にカズキも不在。
　せっかく昴氣が使えるようになったというのに……
　ちなみに、カズキの昴氣使用は、今のところ修羅場モード限定です。

　さて、残された人々（死んでねぇって）は、コウイチ＆カズキ不在というヘビーな状況下で、どう「カシワギの同類」に対処するのでしょうか？
　実は結構困ってます。（ォィ）

　それと、今回はディアブロス紹介編でもあります。
　運動性重視、というその能力が発揮されるのは、例によって先の話ですけどね。

　それでは、誤字脱字や国語的な間違いの指摘、感想などをお待ちしております。