Side Azusa

 その電話は朝早くにかかってきた。
 たまたま起きていたあたしは、今時黒電話もないだろうと、古ぼけたウチの電話を見ながら、受話器を取る。

 「はい、もしもし。カシワギですが、どちら様でしょうか?」
 『あれ? え、と、チヅルさんではないんですか?』

 受話器から、聞き慣れない男の声が聞こえる。

 「? 妹のアズサですが?」
 『え? ああ、チヅルさんの妹さんですか。
 俺は、ナデシコで副艦長をしているアオイジュンと言います。』
 「はあ……それでご用件は何でしょうか?」
 『はい、実は俺達、どういうわけか、最近隆山で起きている殺人事件の調査、って命令を受けてるんです。
 警察の手に負える相手ではないので、俺達の装備で対処しよう、という話なんですけどね。
 それで昨日の夜、早速調査に出たカシワギ……貴女達の従兄弟です、アイツが大怪我をしまして。』
 「え……?」

 その台詞を聞いた時、目の前が真っ暗になったような気がした。

 『……………し、もしもし? もしもーーし!』
 「……あ、はい、なんでしょう?」
 『カシワギの奴なら無事ですよ。
 ウチの船医のイネスさんも、「命に別状はない」って言ってますし。
 それに、死んでしまうような怪我なら、俺だってここまで落ち着いていませんよ。』
 「え、そうなんですか?」

 あたしは、ほっと胸を撫で下ろす。

 『それで、カシワギがいない今、どうやって犯人を捕まえようか? って話になったんです。
 エステでは、市街を逃げられた場合に対処し切れませんし、生身で向かおうにもカシワギ以外の人材で敵う相手だとは思えませんしね。』
 「? コウイチって、そんなに強いんですか?」
 『……アイツが強い理由は、貴女達の方が良く知っているんじゃないですか?』
 「……………!!」

 コイツ……ひょっとしてっ!!

 「あの、それって!!」
 『それは……直接会って話をしませんか?
 すぐそちらに向かいますね。住所はチヅルさんから戴いた名刺に書いてありますから。』

 確かに……コイツが、ウチのことを知っているとすれば、電話口では話し辛い内容だし……

 「判りました。」

 そして、電話を切った後、あたしはチヅ姉や妹達を叩き起こしに行った……



明日も知らぬ僕達

第拾六話 雨月山の鬼



Side Jun

 「副艦長、今回のやり口ってテンカワさんに似てませんか?」

 受話器を下ろした俺に、ルリちゃんがジト目でそう言う。
 どうもルリちゃんは、「あの」ルリ君と比べると、あまりテンカワに良い印象を持っていないようだ。
 まあ、使える反則技を最大限に使おうとするアイツじゃ、こういう印象を持たれても仕方がないか。

 「はい、そういう事はこの際いいっこなし。
 それにしても……カマをかけてみるもんだな。
 「艦長の怪物化には、遺伝的な要因があるのかもしれない」ってイネスさんが言っていたから「まさか」とは思っていたけど。」
 「それで……副艦長、もしかして彼女達に協力を取り付けよう、と考えているんですか?」
 「え? ああ、今回は俺も綺麗事を言うつもりはないからね。
 カシワギもセンドウも戦闘不能、グズグズしてると深遠やら別の刺客やらがやって来る、って状況じゃ、しょうがないよ。」

 う〜〜ん、確かにテンカワに似ているような気がするな……

 「ところで副艦長、カシワギ家に行くんですよね?」
 「え、そうだけど?」
 「それじゃ、私もついていって良いですか?」
 「へ?」
 「こらぁ、ルリルリィ、抜け駆けはよしなさいよ〜〜〜。」
 「わっ、ミナトさんまで、いつの間にっ!!」

 この二人、連れてって大丈夫かな……
 と、思ったがやはりここはナデシコ。女性の意見の方が強いワケで……

 最初は、俺とプロスさん、ゴートさんの三人だけで行く予定だったんだけど、なぁ。




Side Tizuru

 「それって……」

 アズサから電話の内容を聞き、私達は硬直した。
 カエデが辛うじて、言葉を紡ぐ。

 「うん。多分、そのジュンって奴は、鬼の事を知っていると思う。」
 「でもっ、コウイチさんはナデシコの艦長なのよっ!?
 普通、艦長にそんな危険な仕事を割り振ると思う?」

 私は硬直から抜け出し、声を上げる。

 「姉さん。彼が鬼の事を知っているなら、犯人が鬼である事はナデシコの方でも予測できた筈よ。
 だとしたら、鬼には鬼をぶつける、そう考えても不思議じゃないわ。」
 「そ、それは、そうだけど……」

 カエデは、私の弁に対して冷静に返すが、私はやはり不満だ。

 この話を聞く限り、どうやらコウイチさんは私達の知らない所で、あの試練に打ち勝ったらしい。
 もしかしたら、あの人をこの手にかけなければならないかも知れない、と戦々恐々していた日々とサヨナラできたのだ。
 コウイチさんを殺さずに済む、そう判ったのなら、今度はできるだけ恙無く生きて欲しい、と思う。
 それなのに、重傷を負って動けないだなんて。

 「コウイチに大怪我させた奴って、やっぱり殺人事件の犯人なのかな?」
 「決まってるわ。鬼に重傷を負わせる事ができるのは、鬼だけだもの。」

 私は、そう断言する。
 普通の人間が、鬼に重傷を負わせられるなんて考えられない。

 「……それで、どうするんだ? チヅ姉。」
 「そうね。向こうの出方にもよるけど……」

 殺してしまうのが一番良い、と言いそうになって口を噤む。
 宿命に縛られて、血に染まるのは私一人だけで良い。
 妹達にまで、血染めの宿命を強いるつもりはない。

 「……相手の出方次第ね。
 向こうとの話が少し進んでから考えましょう。」

 少し行き当たりばったりのような気もするけど、当座の対応はこれで充分だと思う。

 私達は、彼等の到着を待った。




Side Ruri

 「あ、昨晩はどうも。
 あんな高級旅館にタダで泊めてくださって、ありがとうございました。」
 「……なんで貴女方がここに?」

 チヅルさんは、私やミナトさんを見ながらそう言います。

 「すみません。お二人とも、私達についていく、と聞かないものでして。」

 プロスさんがそう言います。
 確かにそうなんですけどね。

 「は、はぁ……」

 チヅルさん、かなり嫌そうですね。

 とりあえず、立ち話もなんですので、中に入れてもらいますと、彼女の妹らしい三人の女の人が私達を迎えてくれました。

 一人は、感じとしてはリョーコさんに似ていますね。活発そうです。
 ただ、姉妹で一人だけ胸が大きいです。
 ちょっとうらやましいです。

 もう一人は、おかっぱ頭のおとなしそうな人です。
 年齢は中学生くらいでしょうか?

 で、最後の一人は……触覚でしょうか? あの髪は?
 私もあまり人の事は言えませんが、かなり変な髪形です。
 年齢は、大体私と同じくらいですね。

 「私の妹の、アズサ、カエデ、ハツネです。」

 そのチヅルさんの言葉を合図に、彼女達は自己紹介を始めました。

 「はじめまして。
 あたしがカシワギアズサだ。よろしくな。」

 やっぱりリョーコさんに似た感じの、活発な雰囲気がしますね、この人。

 「皆さんはじめまして。カシワギカエデです。」

 おかっぱ頭のカエデさんは、声が少し小さいようです。

 「はじめまして!
 私がハツネだよ。よろしくね!!」

 結構元気な人ですね、ハツネさんは。

 その後、客間に通された私達も、本題に入る前に軽く自己紹介をする事にしました。

 「私は、経理や雑務を担当しておりますプロスペクターと言う者です。
 ああ、この「プロスペクター」と言うのはペンネームみたいな物ですので、お気になさらずに。
 長いと感じたなら、略して「プロス」とでもお呼び下さい。」

 気になりますよ、プロスさん。
 大体、ナデシコクルーでプロスさんの本名に興味のない人、っているんでしょうか?

 「アズサさんとは、電話口で話しましたよね?
 俺は、副艦長としてカシワギをサポートしているアオイジュンです。
 もっとも、副艦長だサポートだと言っても、そう大した物じゃないんですけどね。」

 この人は、自信なさ過ぎですね。
 そういえば、ココに来る前に,イネスさんから何か受け取ったようですけど、アレって一体何なんでしょうか?

 「一応、戦闘指揮担当、と言う事になるゴート・ホーリーだ。
 警備部の責任者も兼任している……どちらかと言うと、こちらの方が本職だな。」

 この人、体が大きい割に目立たないんですよね。

 「ナデシコの操舵手のハルカミナトです。
 チヅルさんとは、昨日少しお話しましたよね?」

 その瞬間、ミナトさんとチヅルさんの間に、火花が見えたような気がしたのは、気のせいでしょうか?
 ……と、もう私しか残っていませんね。

 「はじめまして、ナデシコのメインオペレータのホシノルリです。
 ミナトさんと一緒に、チヅルさんと少しお話しましたよね。」



Side Azusa

 な……何なんだ一体?
 チヅ姉と向こうの女性陣の間に、なんで火花が散ってるんだ!?

 見ると、向こうの男連中も汗ダラダラだ。
 多分、あたしとそう変わらない事を考えているんだろう。

 「コホンっ、さて、私達としては本題に入りたいのですが、よろしいですか?」

 プロスペクターと名乗ったおじさんがそういうと、三人ともおとなしく矛を収めた。
 ふう、やれやれ。

 「え? はい。
 まずは……コウイチさんが何故強いのか、ですが……」

 チヅ姉が、プロスさんの言葉を受ける形で本題に入る。

 「何故、コウイチさんはそんなに強いんですか?」
 「アイツは、自分の意思で怪物に変身する事ができるんです。
 もっとも、それができるようになったのは、最近の話なんですけどね。」

 ………思いっきりバレてる……
 それにしても、「怪物」ね………まあ、確かにその通りなんだけど。

 「正直、私達は艦長が変身する怪物について、あまり詳しくは知りません。
 ただ、艦長にその力がなければ………私達は火星で死んでいたでしょうね。」

 ジュンとか言う奴の言葉を引き継いで、プロスさんがそう話す。
 どうも、火星で何かがあり、それがきっかけになってコウイチの「力」が目覚めたらしい。
 チヅ姉もカエデもハツネも、神妙な面持ちで二人の話を聞いている。

 「ナデシコの船医であるイネスさんは「この怪物化には遺伝的な要因があるかもしれない」と言っていましたから、アイツの親族である貴女方も、その……」

 流石に、女に向かって「怪物」とは言い辛いらしい。
 話が進まないので、あたしが後を引き継いでやる事にする。

 「怪物なんじゃないのか? って?」
 「……はい。もっとも、それについては、先程の電話で確信できたんですけどね。」

 ………チヅ姉やカエデの視線が痛い。
 どうも、もう言い逃れできないレベルのようだ。

 「それで……私達が怪物だから、何なんですか?」
 「……俺達の調査に、協力して欲しいんです。
 犯人は、恐らくカシワギや貴女方の同類。
 普通人の俺達では、見つけた所で歯が立ちませんから。」

 う〜〜ん、確かに犯人はどうにかしなくちゃいけない相手だし……

 「どうする? チヅ姉?」
 「そうね………私達姉妹やコウイチさんが怪物である事、これを秘密にして絶対に漏らさない、と言うのであれば協力しても良いですけど。」
 「そんな……あたし達がそんな事をするとでも思っているんですか!?」
 「……アイツは、俺達にとって、命を預けてついて行くべき艦長です。
 それを、裏切ろうだなんて思いません。」

 と、ミナトさんとジュンが断言する。
 ルリちゃんも二人と同じ意見のようだ。

 「では、そちらのお二人はどうなんですか?」

 どうもチヅ姉は、残りの二人を警戒しているらしい。

 「ちょっと、ちょっと待ってください。
 いくら私でも、艦長を売ろうだなんて考えませんよ。
 第一、彼は得難い人物ですから、信頼関係を崩そうだなんて考えません。」

 「いくら私でも」というのが微妙に引っかかるけど、チヅ姉はそれで納得したようだ。

 「判りました。協力させて戴きます。」

 そう言ったんだから。





Side Jun

 「さて。ルリちゃんとミナトさんは、戻って皆と一緒にナデシコに帰ってもらえないかな?
 流石に、ここから先は危険過ぎるからね。」
 「え? 副艦長はどうされるんですか?」
 「俺は……本来部外者である彼女達を巻き込んでしまったからね。
 その責任くらいは取りたいんだよ。」
 「でも、そうするとナデシコの責任者は不在になるわよ。
 艦長は大怪我して動けないんでしょ?」
 「それは……ユリカにでも頼んでみてください。」
 「副艦長が頼まれては?」
 「俺じゃ、無理だよ。
 ……さあさ、二人とも早く戻って。」

 そう、俺が二人を帰そうとすると、プロスさんが割って入ってきた。

 「あの副艦長、ちょっと待ってもらえませんか?
 今、この隆山には凶悪な殺人犯がいるんですから、か弱い女性だけで行動させるのはどうか? と思いますが。」

 ……遠回しに、刺客への警戒を促しているのか、この人。
 流石に抜け目がない人だ。

 「判りました。それじゃあゴートさん、彼女達の護衛を頼めませんか?」
 「ん? ああ、判った。」

 と、そこへチヅルさんが話に入ってくる。

 「それでは、私もご一緒させていただけませんか?
 私も、鶴来屋に出勤しなければなりませんし。」

 出勤のついでに、護衛を手伝ってくれる、と言うらしい。
 俺は何となく嫌な予感がしたものの、

 「判りました。ご好意に甘えさせて頂きます。」

 としか言えなかった……




 「そうだ、ゴートさん。出発の前に、ちょっとこっちに来てくれませんか。」

 話が終わった後、俺はゴートさんと連れ立って廊下に出る。

 「? なんだ、副艦長?」
 「今の今まで渡しそびれていたんですが……」

 俺はそう言って、イネスさんから受け取った荷物から、一丁の銃を取り出す。

 「これ、持って行ってください。」
 「これは……!! もう完成したのか?」
 「ええ。」

 端からみると、ワケの判らない話をする。

 今、俺がゴートさんに渡した銃は、フェザーガン。
 「二度目」で主にナオさんが使用していた物で、フェザーを弾頭に用いる事で、破格の貫通力を手に入れた特殊な銃だ。
 ただし、使用するには超人的な集中力が要求され……「あの事件」直後に、俺が射撃場で撃った時には、まるで役に立たなかった。
 そういう代物でもある。

 だが、プロスさんやゴートさんはネルガルSSの大物。
 フェザーガンも扱う事ができるだろう。

 俺はそう考えて、イネスさんとタニさんに開発を依頼しておいたのだ。

 「副艦長、ミスターの分もあるのか?」
 「ありますよ。」
 「……判った。もらっておこう。」

 ゴートさんはそう言うと、フェザーガンを懐へと仕舞った。




Side Azusa

 あいつら、何こそこそとやっているんだ?
 「聞き耳」を立ててみたけど、判ったのは何かを渡したって事と、「ミスター」って人にもその「何か」が用意されている事、ぐらいだ。

 そして、ゴートさんは無闇に火花を散らしている女三人と一緒にウチを出ていった。
 ほんと、あの三人一体なんだって言うんだろう?

 「さて、それじゃあここからは堅苦しいのはナシだ。
 あんた達も普通に話してよ。」
 「……判った、そうさせてもらうよ。」
 「判りました。ああ、私は普段からこんな物ですから、お気になさらずに。
 それでは犯人の行動パターンから、これからの足取りを推測してみましょうか?」
 「え……そんなものが判っているんですか?」
 「ええ。昨晩艦長が怪我をされた場所も、その行動パターンから割り出された犯行現場候補地だったんですよ。」

 ……やっぱり、コウイチは犯人にやられたのか。
 そう思っていると、カエデが声を上げる。

 「ちょっと待ってください。
 コウイチさんはどうして無事なんですか?
 犯人は、コウイチさんを殺してしまおう、とは思わなかったんですか?」
 「襲われた時点で、向こうが助けを求めてきたんだ。
 それで救助が間に合ってね。
 場所も市街から離れた水門だったから、エステ用の武器も遠慮なく使えたし、なんとか助ける事ができたんだ。」
 「そうですか。」

 カエデはこの返答で納得したようだ。

 「さて、それでは次に犯行がある、と考えられる地点ですが………
 これまでのパターンと照合した場合、この辺りが怪しそうですね。」

 プロスさんが指差したのは………あたしの後輩で、少しレズが入っているヒヨシカオリが住んでいる辺りだった。
 そういえば、確かにあの辺でも、この猟奇殺人が起きた事がある。
 あたしは、内心動揺したものの、なんとか返事をする。

 「そ、それじゃあ、早速今夜その辺りを張ってみよう。
 でも、あたし達はあんた達に協力する、って言ったけど、チヅ姉は鶴来屋の会長として働かなくちゃいけないし、ハツネには荒事は無理だ。」
 「だから、基本的には私とアズサ姉さんが調査に協力する。
 そう思ってもらいたいんですけど。」
 「判りました。」
 「でも、それだけじゃ不充分だし、昼間の時間も勿体無い。
 プロスさん、これだけハッキリした行動パターンが判るほど情報があるんです。
 犯人のアジトの候補地くらいは、割り出せませんか?」
 「……確かに、そうですね。
 それでは、ナデシコに戻ったルリさんに頼んで、候補地の割り出しをしてもらいましょうか。
 何、オモイカネの演算速度ならすぐに結果が出るでしょう。」
 「成る程ね。日中はその候補地を廻って歩くワケね。」

 ま、妥当な線かな。

 「ですが副艦長、相手は普段私達と変わらない姿をしています。
 それを、どうやって見分けるつもりなんですか?」
 「うっ、確かに、そうですね……」

 これには、カエデが助け舟を出す。

 「それは大丈夫です。
 エルクゥ、貴方方の言う「怪物」には、同種族間でのみ使える精神感応能力があります。
 ですから、私達が注意深く監察すれば、容疑者がエルクゥかそうでないかは判別できます。」

 ………? エルクゥ?
 鬼じゃない、のか? ウチの家系って。

 「え? そうですか。
 それでは、その判別は頼みますね。」
 「あと、四人で行動していても目立ってしまいますから、二手に別れた方がいいと思うんですけど、とうでしょうか?」
 「私は構いませんよ。」
 「俺も賛成かな。」

 ……話の流れからすると、あたしとカエデはそれぞれ別行動。
 男二人は人間だから、はっきり言って戦力外だし、不安が残るけど……
 でも、二手に別れた方が効率が良いよな。
 それにしても、どうして二手に別れようだなんて考えたんだろ、カエデの奴。
 ま、いっか。

 「あたしも、それで良いよ。」

 その後の話し合いで、あたしとジュン、カエデとプロスさん、というチーム分けになった。







Side Yurika

 「あれ? ゴートさん、なんでそんなにやつれているんですか?」
 「…………察して欲しいな……
 それより、クルーを集めてくれないか? 話がある。」

 妙にやつれたゴートさんと、なんかピリピリしているルリちゃん、ミナトさんがチヅルさんと一緒に鶴来屋に戻ってきた。
 その後、私達はゴートさんからお話を聞いて、ナデシコに戻る事にした。
 もっとも、お話と言っても、コウイチ君が怪物である事はアカツキさんやムネタケさんにはまだ秘密なので、それがらみの話は端折ってあったけど。
 そのからみでチヅルさん達姉妹に協力してもらう、ってのも端折られて、プロスさんとゴートさんで調査する、って話になっていた。

 で、私はもう荷物をまとめてしまって、ロビーでメグミちゃんとお話をしていた。

 「あーあ、せっかくの温泉旅行がたった一泊で終わり、か〜〜〜。」
 「そーだよね。
 でも、なんでさっきのゴートさん、あんなにやつれてたんだろ?」
 「きっと、あの三人の女の戦い、って奴に巻きこまれちゃったんですよ。」
 「ほえ? なんで? メグミちゃん。」
 「ほら、あの三人、昨日艦長がらみの事で言い争っていたじゃないですか。」
 「え〜〜〜、でも確かコウイチ君って彼女いたよ。」

 …………私がそう言った瞬間、メグミちゃんの表情が凍りつく。

 「……………ほ、本当ですか? 副提督。」
 「う、うん……ど、どうしたの、メグミちゃん?」
 「わ、私の事はどうだって良いんです!!
 一体誰なんですか? その艦長の彼女って人っ!!」

 さっきとは一変して、メグミちゃんは大声でまくし立ててきた。

 「え、えっとね、軍学校での私達の同期で、コイデユミコさんって言うんだけど……」

 その時、私達は猛烈な視線を感じた。
 恐る恐る、そちらの方を見てみると………

 「副提督、詳しくお話してもらえませんか?」
 「私も興味あるな〜〜。」
 「私にもお聞かせ願いませんか?
 その、ユミコさんとか言う方の事を。」

 その時、ゴートさんがなんであんなにやつれていたのかが判ったような気がした。

 「ああっ、副提督っ!! 現実逃避している場合じゃないですよ!」




Side Jun

 ……大分かかったな、ルリちゃんの分析。
 犯人のアジト候補地の割り出しを待っていたら、もうお昼をまわってしまっていた。
 随分不機嫌そうだったのは……見なかった事にしておこう。

 俺達はカシワギ邸で昼をご馳走になった後、二手に別れてアジト探しに行く事にした。

 それにしても……

 「てっきり、カエデさんあたりが料理すると思ってたんだけどな。」
 「ま、見かけで判断したらそうなるだろうな。
 でも、チヅ姉やカエデはああ見えて家事能力が低いからね。
 だからウチの家事担当はあたし、って事になるワケ。」
 「へぇ〜〜。」

 ま、考えてみれば、「あの」テンカワだって、鬼のような戦闘能力に似合わず、元はコックだったし。
 それを考えれば、ガサツそうに見えた彼女の家事能力が高くてもおかしくはないだろう。

 「で、あんた達は犯人をどうしたいんだ?」
 「? どうするって?」
 「例えば、警察に突き出すとか、見つけ次第ぶち殺すとか……」
 「………殺すさ。突き出すのは、君等一族の秘密をバラすのと同義だからね。
 それに………恐らく、犯人はエルクゥの殺戮衝動に負けて、飲み込まれてしまったんだろうと思う。
 もしかしたら助ける方法があるのかも知れないが、それを試している余裕は俺達にはないからな。」

 アズサ君は驚いた様子で、俺の顔を見る。

 「な、何だってそんなに良く知ってるんだ?」
 「別に調べたワケじゃないよ。
 カシワギから聞いた話だし、アイツの方も自分で経験した事を俺に話してくれただけだ。」
 「経験……した?」
 「ああ。初めてアイツが怪物……エルクゥになった後、俺にこぼしていたんだ。
 殺戮を望む、奴自身の一側面の事をね。
 カシワギの場合は……アイツ自身の戦う意思がエルクゥの本能を凌駕したから助かったみたいだけどね。」
 「………!? どういう事だよ、それ!!
 どうやって戦う意思で、殺戮本能を抑えられるんだ?
 それとも、殺戮本能と戦う意思、なのか?」

 ……流石に混乱するよな、これは。

 「カシワギが初めて戦った相手な、エルクゥになったアイツなんぞ問題にならない程強かったんだよ。
 殺戮本能は、自己の生存を優先……と言うより、びびって逃走しようとした。
 カシワギはそれを無理やり抑えて、その強敵に立ち向かったんだ。」
 「な……なんだよ、それって………
 それに、力を全開したコウイチが問題にならないって、一体何者なんだよ、ソイツは!!」
 「生物学的分類上では、俺なんかと同じ普通の人間だよ。
 エルクゥの力……正確に言えば、人間とエルクゥの種族差は、君等姉妹が思っているほど絶対的な物じゃないって事さ。
 それは置いておいて、その戦いの後、殺戮本能は表に出て来ていない。
 イネスさんが言うには、闘争心でメインの人格に負けてしまって、アイデンティティが崩壊してしまったんじゃないか?
 そのアイデンティティ崩壊で、消えてしまったか、そうでなくとも酷く弱っているのではないか?
 って話なんだけどな。」
 「………」

 アズサ君は、言葉も無いようだ。

 「ま、エルクゥとの種族差を覆すような奴は、そうそういるものじゃない。
 そうでない人間にとっては、エルクゥは絶望的な相手だよ。」

 ………フォローとしては苦しいかも知れないが、とりあえずそう言っておく。

 「………その話は、後でする事にしよう。
 まずは………ここから調べてみようか。」

 俺達の視線の先には、俺達が調べる分で、もっともカシワギ邸に近い場所だった………




Side Kaede

 「プロスさん、こちらの組で犯人を捕まえられると良いですね。」
 「まあ、確かにそうですね。
 副艦長は本来頭脳労働を担当する方ですし、アズサさんもあれで隙の多い人のようですからね。」

 どうやら、プロスさんも私と同じ見解らしい。

 私は、ハッキリ言ってアズサ姉さんよりは、プロスさんの方が頼れる相手だと思う。
 ハッキリ言って、姉さんには隙が多過ぎる。
 あれでは、相手がエルクゥでなくとも苦戦したり、負けてしまったりするだろう。

 だから、向こうの組より圧倒的に戦闘力の高いこちらの組で、事件を解決できればそれに越した事は無い。

 「ところでプロスさん、犯人は単独犯なんですか?」

 私は、コウイチさんが重傷を負った、と聞いた時からこの事がずっと気になっていた。

 「……と言いますと、犯人が複数犯である可能性も考慮した方が良い、という事ですか?」
 「だって、コウイチさんはエルクゥとしても最強の部類になる筈なんです。
 一対一では、例えエルクゥでも歯が立たないと思うんですけど。」

 そう。コウイチさんの力は、エルクゥの中でも最強に近い筈。
 いくらエルクゥでも、マトモに戦ってただで済むとは思えない。

 それに対するプロスさんの答えは、私の想像をはるかに超えていた。

 「おや? 言ってませんでしたか?
 艦長に重傷を負わせた「犯人」は、エルクゥではありませんよ。
 恐らくは、連続殺人犯とは何の関わりも無いと思われる人物です。」
 「へ?」
 「それにしても、艦長がエルクゥの中でも最強の部類とは、少々意外でしたね。
 テンカワさんやセンドウさんに、割と良いようにやられてましたから、そうでもないと思っていたのですが。」
 「ちょっ、ちょっと待ってください!!
 コウイチさんより強い人が、ナデシコにいるんですか?」
 「え? ええ。
 センドウカズキさんと言って、艦長がまだ火星に住んでらした頃のご友人で、ナデシコでパイロットをされている方です。
 以前は、あと数人いたのですが、事情があって西欧やアメリカに出向する事になってしまいまして、今はセンドウさんしかいないんです。」
 「……姉さんが出た電話では、コウイチさんに敵う人なんていない、みたいな事を言ってましたけど、それは?」
 「ああ、それなら謝ります。
 ですが、ああでも言わなければ、貴女方も艦長がエルクゥの力に目覚めているとは思わないで、取り合ってはくれ! ないでしょう?」
 「そ、それは………そうですけど…………」

 確かに……それだと私達で事件を解決しようとして、「ナデシコと協力する」という発想にはならなかっただろう。

 でも、そういう事になると、別の疑問が出てくる。

 「あの…それではその「カズキさん」や、コウイチさんに重傷を負わせた犯人って、一体何者なんですか?」
 「生物学的に言えば人間、としか言いようがないですね。
 センドウさんご本人は「普通人だ」と主張しておられますが、艦長を失神させておいてそれは、あまりにも説得力が無さ過ぎますがね。
 それは、「犯人」についても同様です。」
 「そ……そんな、普通の人間がエルクゥを倒すだなんて!!」
 「……「犯人」は、そんな種族差が通用するほど甘い相手ではないのですよ。
 そして、艦長やセンドウさん、それに今は出向してしまっていている方々は、その「犯人」に対抗する必要を迫られて、その高みに辿りつこうと必死になっているんです。
 最早、エルクゥである、と言うだけで勝たせてもらえる世界ではないのですよ。」
 「………? 知っているんですか? 「犯人」の事?」
 「……ええ。以前、ナデシコが火星に辿りついた時に一悶着ありまして。
 その時に、彼の素性についても少し……」
 「な、火星って……一体、何者なんですか? その「犯人」は……」
 「………そうですね…………! 、とでも言いましょうか………
 辛い人生の果てに手に入れた小さな幸せを無残に壊され、
 地獄の底で想像を絶する苦痛と絶望を味わい、
 復讐の為に修羅道へと堕ちた男……

 まさに、「」ですな…………」
 「………………………」

 それこそが、真の鬼。
 私達のように、姿形が伝説上のそれに似ているからそう呼ばれる、まがい物とは違う……

 私は、プロスさんの話を聞いて、そんな事を連想した。

 「カエデさん。
 「犯人」については、私どもとしても伏せておきたい事が多いので、この辺りにしてはもらえませんか?」
 「………判りました。
 でも、さっきの話だと、その「カズキさん」って、コウイチさんより強いんですよね?
 それなのに、何故私達の協力が必要になったのですか?」
 「ああ、それは簡単な話ですよ。
 センドウさんも、艦長と同じく「犯人」と交戦して重傷を負い、動けなくなっているからです。」
 「え?」
 「私どもも、艦長がお一人だったとは、一言も言っていない筈ですが?
 艦長は、センドウさんと二人でいた時に襲われたのです。」
 「そ……そうなんですか…………
 それにしても、コウイチさんと、それを超える力を持った「カズキさん」の二人がかりで敵わないだなんて……」
 「相手は地獄を這いずり回った事もある人物ですから………お二人とも、助かっただけ幸運でしたよ。
 ま、先方もそれなりの怪我はしていますから、今日明日中に襲ってくる事はないでしょう。
 それまでに連続殺人犯を挙げてしまえば良い事です。
 ………と、そろそろですね。 あ! のマンションです。」

 プロスさんの指の先には、大きなマンションが建っていた。
 あのマンションが、私達の分の、最初の候補地だ。







Side Azusa

 「………結構留守が多いな。」
 「ま、時間が時間だからね。それはしょうがないよ。」

 あたし達は、既に担当の候補地を半分以上周っていた。
 んで、留守はその内の半分以上。
 まあ、時間は昼間。 皆、会社とか学校に行っている時間だ。
 あたしとカエデは、今日は開校記念日で休みだけど、明日からは、この時間は動けない。
 まあ、サボっちゃえば関係ないんだけど。

 そんでもって、今、あたし達は次の候補地の前まで来ていた。
 蜥蜴のせいで工事が止まってしまった、作りかけのホテルだ。
 もっとも、完成したところで鶴来屋という、強力なライバルがいて、商売もヘッタクレもなかったろうが。

 人の出入りがない筈のこの場所なら、成程、隠れ家には向いているかもしれない。

 「よし。そんじゃ、入るか。」
 「ああ。」

 あたし達は、ホテルの中へと入っていった。
 とんでもない奴等が、待ち構えているとも知らずに。




 ホテルは完成には程遠く、まだ剥き出しのコンクリートの箱の中に、幾つかの階層と部屋がある、といった風情だった。l
 電気も届いていないようで、まだ日も沈まないのに、中は薄暗い。

 と、あたしは物音を聞いたような気がした。

 「なあ、こっちから物音がしなかったか?」
 「なら……行ってみよう。」




 そして、完成した暁には食堂になっていたであろうフロアを前に、ジュンの足が止まる。
 いきなり突入するよりは、慎重に構えた方が良い、とでも考えたのだろうか。

 あたし達は、入口の陰に身を隠し、フロアの中を覗き込む。

 そこには、数人の男女が立っていた。
 ま、男女と言っても、女性は一人だけだったけど。

 一人は、黒いコートに細く黒い帽子、そしてサングラス、といういでたちの男。
 身長190cm程度の細身の男だ。

 もう一人は半袖のシャツにカーゴパンツという、ラフと言うのもはばかられるほどの格好をした大男。
 見るからにパワー馬鹿だけど、あたしには敵わないだろう。

 別の男は、これと言った特徴はない。
 特徴がないのが特徴なのかな?

 あと二人いる男の内、片方は随分と小柄だ。

 そして、最後の一人は、あたしとタメって所。
 他の連中に比べて、明らかに若年だ。
 ぼさぼさのクセ毛を鬱陶しそうに掻き上げている。

 女性は黒髪のセミロング。スタイルは……悔しいけどあたしより良さそうだ。



 と、気がつくと、ジュンの手が震えていた。
 目を大きく見開き、油汗を流している。
 あたしは小声で話しかけて見る。

 「おい、どうしたってんだよ?」

 が……反応はない。

 そして、ジュンの口から、ある一言がこぼれる。

 「なっ、フジタ………? あいつ、なんで!?」

 その直後、連中の視線がこちらに集まる!!
 視線を送られた瞬間に我に返ったジュンは

 「逃げるぞっ!!」

 と言って、あたしの手を取って走り出した……











 「くそっ、深遠といい奴等といい、何たってこんな所にいるんだ!!」

 そう言いながら、コミュニケとかいうのを操作するジュン。
 その間にも、あたし達は走っている。

 「ちょっ、ちょっと、逃げるって何だよ?」
 「奴等は、特に俺達と同じ位の男はヤバイんだっ!!
 奴なら、一人で君等姉妹を皆殺しにする事だって簡単にできる!!」

 と、走りながら話していると、全身を引き裂かれるような激痛が走り、あたし達はその場に崩れ落ちた。

 「……ふぅ、やっぱ建物を壊さないように、ってのは抑え過ぎだわな。
 重力波砲だってのに、直撃で人が死なねぇなんてよ。」

 じゅ、重力波砲って……グラビティブラスト!?
 今、あたし達は、グラビティブラストを食らったっていうのか?

 それなら、あの全身を引き裂かれるような激痛も説明がつくけど……
 爆風とかを実際に浴びた事があるってワケじゃないけど、どう考えても、あの感覚はそれとは別物だ。

 ジュンの奴は、うめきながら立ちあがり、あたしもそれに習う。
 普通人のジュンより復活が遅いだなんて恥ずかしいし。
 とはいえ、ダメージは大分体に残っている。
 もう一発貰ったら……そう考えただけで蒼くなる。

 「そんなワケないだろう、フジタ。
 俺達が生きてるって事は、直撃じゃなかったって事だ。」

 ? 直撃じゃなかったって……どういう事?

 「? どうして俺の名前を知っているんだ?
 俺は、お前と会った事なんて一度も無いぞ。」
 「……なに?」

 と、「フジタ」の後ろから男の声が聞こえる。

 「落ち着け、浩之。
 ナデシコには、お前に良く似た同姓同名の男がいる。
 大方、そいつと間違えられたんだろう。」
 「D。」

 声は黒コートの男の物だったらしい。

 更に後ろから、先程の面々がゾロゾロと集まってくる。
 もう一度走り出した所で、今みたいにグラビティブラストを浴びるのは目に見えているし、本気でヤバイかもしれない。
 あたし一人なら逃げ切れない事もないと思うけど………

 あれ? 小柄な男がいない?
 そう思ったのと、わき腹を切り裂かれたのは、ほぼ同時だった。

 「くっ、つぅっ!!」
 「しまったっ!」

 な、なんだっていきなり?
 傷を抑えながら辺りを見まわすと、虚空から小柄な男が姿を現す。
 透明になれるって事? 見えない相手と、どう戦えって!!

 「悪いな。
 俺達の任務は別にあるんだが、「ナデシコクルーは見かけ次第抹殺せよ」とのお達しなんでな。」
 「喋り過ぎだぞ、カエン。」

 にしても、ナデシコクルー抹殺って、一体……

 「気をつけろよ。小柄な男、あいつが消えたぞ。」

 その一言に、あたしの体が緊張する。

 「小柄な男って……確かにそうだけど、彼には「イン」っていう立派な名前があるのよ。」

 敵の女が、ジュンの言葉に相槌を打つ。

 もう、四の五の言っている場合じゃない。
 ジュンはあたしの正体を知っているワケだし、躊躇う理由も無い。

 あたしは、持っている鬼の力を全開放した。

 でも、見えない物はどうしようもない。
 生半可な刃物では傷一つつかない体になったから、向こうもあたしには手をだせなくなったけど。
 あたしは切られるのを待って、その瞬間にインの手首を掴む!!

 「捕まえたっ!!」
 「そうはいくかよ!!」

 大男があたしの方に突進してくる。
 でも、鬼でもない力自慢なんて…………

 次の瞬間、あたしは木の葉のように吹っ飛ばされてしまっていた。
 当然、手首も離してしまっている。

 「うっ、ゲホッ!! ゲホッ!!」

 口から、血が……吐血を伴う咳が止まらない……!!
 少しでも動こうとすると、全身に激痛が走って、体が言う事を聞いてくれない……!!
 あたしが、力勝負で負けるなんて!!

 遠くの方から声が聞こえる。

 「さて、あのお嬢ちゃんももう死にそうだし、次はお前さんだな。
 恨むなよ。」
 「!! ジェイ、避けろっ!!」
 「へ?」

 バタっ。
 何かが倒れた音が聞こえた。

 「ぐぅっ!! くっ、足が………っ!!」
 「てめぇっ!!」

 足音。

 ボトリ。
 何かが落ちる音。

 「アアアァァァァアアア――ッ!!」

 絶叫。

 ガスッ、ドスッ………数回の打撃音。

 「う、ぐぁぁぁっ!!」
 「クソ生意気に、時空歪曲場剣なんぞ使いやがって!!
 死ね、コラァッ!!!」

 ドサッ。
 さっきよりも大きな物が落ちた。

 「つぅっ……!! グゥゥゥッ!!」

 あたしが、やっとの思いでそちらを見ると、右肘から先がない浩之と、倒れ伏すジュンの姿があった。
 右肘からは夥しい量の血が流れ、ジュンもまた血の池を作っていた。

 「窮鼠、ゲフッ、猫を噛む、ってなぁ。ガハッ……
 右腕、切り落として、DFSを、封じたと、思ったのが、拙かったな。」
 「……!? 潮時か………引き上げるぞ。
 カエンはジェイに肩を貸してやれ。
 インは、切り落とされたジェイの足と浩之の腕を回収しろ。
 あの男なら、繋ぎ直す事ができるかもしれん。」
 「潮時って、D!!」
 「トドメ、ゲホッ、刺さないのか?」
 「そちらの応援が来たようだ。いくら何でも、エステの相手なんぞできん。
 それに、お前の重要度は低い。見逃しても大勢に影響は無さそうだしな。
 さらに元々の任務もある。これ以上お前に関わってはおれん。」

 Dの台詞が終わるや否や、物凄い音と煙に視覚と聴覚が支配された……

 『オイ、大丈夫かよっ!! 返事しろよ、副艦長!!』
 
『でもさリョーコ、いくら副艦長を避けて撃ってるって言っても、いきなりラピットライフルはないんじゃない?』















Side Kaede

 「アズサ姉さんが、瀕死の重傷ですって?」
 「ええ。なんでも、ナデシコの事を良く思っておられない方の手の者にやられたとか。
 副艦長の方も、右腕を切断されたらしく、予断を許してはいません。」
 「でも、姉さんがそんなになるなんて……」
 「エルクゥと言うだけでは勝てない相手が世の中にはいる、という事ですな。
 恐らくアズサさんは、エルクゥの力を過信して、相手の力量を見誤ってしまったのでしょう。」

 コミュニケを仕舞いながら、プロスさんはそう言う。
 アズサ姉さんならあり得る。けど、エルクゥを倒してしまえる存在など、そうそういる物なのだろうか?

 ともかく、私達は、ある比較的新しそうなマンションに向かっていた。
 それが、次のアジト候補地。そして、最も可能性の高い場所とされる所だ。

 「…………まずは調査を終わらせてしまいましょう。
 艦長やアズサさんの事は……私達にはどうにもできない部分もありますからね。」
 「……判りました。」

 その会話の後、マンションに入ろうとした私達は、見覚えのある男性とばったりでくわした。
 確か、伯父様の死について色々と調べていた、ヤナガワという警察の人だ。

 ………と、良く観察してみると……彼は、エルクゥだった。

 とはいえ、こんな所で事を構えるワケにもいかないので、その事をそっとプロスさんに耳打ちするだけにとどめる。

 彼は、私達とは言葉を交わさずに、マンションの中へと入っていく。

 「どうしますか?」
 「……そうですね。とりあえず、アリバイでも探ってみましょうか。
 現時点では、彼はまだ「犯人」ではなく、「容疑者」ですからね。」

 プロスさんはそう言うと、コミュニケを出してルリさんにヤナガワのアリバイについて調べてみるよう依頼する。

 「そういえば、プロスさん。
 ルリさんとミナトさん、でしたっけ?
 彼女らとチヅル姉さんがギスギスしていたのって、どうしてなんですか?」

 私は、コミュニケを閉じたプロスさんにそう聞いてみる。

 「ああ、それですか。
 まあ、なんといいますか、恋の鞘当、とでもいいますか……」
 「は? 恋の鞘当、ですか?」
 「ええ。どうも三人とも艦長に好意があるようでして、それで他のお二人を牽制……
 おや? カエデさん、貴女もですか………」

 その時の私の顔は、確実に険しくなっていた。

 姉さん、それに残りの二人。
 私を差し置いてコウイチさんに手を出すだなんて、良い根性をしているみたいね……















 その後も私達は調査を続けてみたけれど、結局、ヤナガワ以外の容疑者は浮かんではこなかった。

 「さて、カエデさん。そろそろ時間ですよ。
 犯行が予想される現場へ行ってみましょう。」
 「そうですね。」

 ……でも、この時間帯に私とプロスさんが並んで歩いていると、何と言うか、援助交際のように見えてしまうような気がする。

 「さて、ルリさんからの報告ですが、ヤナガワ氏にはアリバイがある時とない時があります。
 少なくとも、アリバイがある時の犯行は、彼の物ではありませんね。
 そうでない時の場合も、一連の犯行に規則性がある為、ヤナガワ氏である可能性は低いそうです。」
 「え……そうなんですか?」

 男性のエルクゥは、殺戮衝動が強い。
 それに打ち勝って普通の生活を送れる者は、稀なはずだ。
 だから、男性のエルクゥが見つかった時点で、その人物が犯人だと思っていたのだけれど。

 そんな事を考えている内に、私達は現場へと到着した。

 そして、時間が過ぎていき………

 「グォォォオォ――――ッ!!」

 エルクゥの……これは、悲鳴!?

 私達がそちらに行ってみると、予想外の光景に出くわした。

 2体のエルクゥが争っていたのだ。
 今の声は、細身の方が吹き飛ばされた際に出したらしい。

 もう一体は、ブツブツと何かを呟いている。

 「カエデさん……これは、一体?」
 「さ、さあ……私にも判りません。」

 と、呟いている方が、私達の存在に気付いたようだ。
 そして、私達に向かってこう叫ぶ。

 「オ、オマエモ研究所ノ奴等カッ!!
 オ、オレハ帰ラナイ!!
 アンナ地獄デ、狂ッタ実験ニ付キ合ワサレルノハ、モウゴメンダ!!
 帰ルモンカ!! 皆、皆、アイツノ手下ナンダロウ!!
 ミンナ殺シテヤル!! ミンナ殺シテヤルッ!!」

 ? 研究所……って?

 「貴方が、一連の殺人事件の犯人ですか?」
 「シラバックレルナ!! ヤマサキノ手下メ!!
 オレヲアノ地獄ニ連レ戻ス事シカ考エテイナイクセニ!!
 何人モ何人モヨコシヤガッテッ!!
 オマエダッテ刺客ナンダロウッ!!!」

 そういって、エルクゥはプロスさんに襲いかかる!!

 「危ないっ!!」

 そう言うや否や、私はエルクゥを側面から襲い、そのわき腹に爪を突き立てようとする!!
 勿論、力は全開放してある。

 が、それも、腕の一薙ぎで私の方が、吹き飛ばされてしまう!

 だが、その次の瞬間!!




 パン………


 一発の銃声と共に、エルクゥは崩れ落ちた。

 姿が徐々に人間の物になっていく。私と、もう一体のエルクゥには美しい炎も見えている。
 生き物が死ぬ時に、エルクゥの目にだけ見える命の炎だ。

 良く見ると、遺体の額に穴が開いていた。
 今の銃声は、この穴を穿った銃撃の物なのだろうか?

 プロスさんの方を見ると、銃を手にしていた。

 「プロスさん……まさか、その銃で?」
 「ええ。カエデさんのおかげで、エルクゥの動きが一瞬止まって助かりましたよ。
 仕留めそこなっていたら、死んでいるのは私の方でしたからね。
 ところでカエデさん。力を使ったようですが、何故人間の姿のままなんですか?」
 「……え? ああ、はい。
 エルクゥはその力の大きさの為に、あの姿になるんですが、女性は姿を変える必要があるほどの力を持たないんです。
 だから、人間の姿のままで力を行使できるんです。
 男性でも手加減すれば、人間の姿のままでも力を使う事ができるんですよ。」
 「はぁ〜〜、成る程。」
 「………ソノ銃、タダノ銃ジャナイナ。
 エルクゥノ額ニ穴ヲ開ケルナンテ、普通ノ銃ニデキル芸当ジャナイ。」

 生き残ったエルクゥが、話に入ってくる。

 「ええ。折り紙付きの貫通力を持った特別製ですよ。」
 「ソウカ。」

 エルクゥはそういって立ち去ろうとするが、プロスさんが彼を呼び止める。

 「あ、ちょっと待ってください。」
 「ナンダ?」
 「あっなたぁ〜のおっなま〜え、なんて〜〜の? っと。」

 プロスさんはエルクゥの腕に、何かの機械を押し当てる。

 「ッツ!」
 「おや? そのお体でも、痛い物は痛いですか。
 ……っと、ええと「ヤナガワリュウヤ 28歳」…………ほうほう、現職の警察の方ですか。
 そういえば、貴方のマンションの前ですれ違いましたっけ?」
 「……憶エテイル。ソッチノ女ガ一緒ダッタカラナ。印象ニ残ッテイル。」
 「あっ、そうそう。私、こういう者でして………」

 ……エルクゥ相手に交渉を始めてしまった。
 まあ、コウイチさんで慣れているからかも知れないけど……

 「プロスペクター? 妙ナ名前ダナ。」
 「まあ、ペンネームみたいな物ですよ。それよりも、横のそれを見てください。」
 「………ナデシコノ関係者カ。話ハ聞イテイル。」
 「でしたら話は早い。
 どうですか? その戦闘能力を前提に、私達の調………」
 「ソノ必要ハ無イ。ソコニ転ガッテイルノガ犯人ダ。
 オレハ捜査中、何度カ出クワシタ事ガアルカラナ。」
 「あっ、そうなんですか?
 それでは、この事件は解決、という事で私どもの方から軍に報告してしまいますよ。」
 「好キニシロ。」

 私は釈然としない物を感じて、話に割り込む。

 「でも、証拠も無しにそう言ってしまって大丈夫なんですか?」
 「ま、ここは隆山。貴女方の鶴来屋の力が強い土地ですから、なんとかなるでしょう。
 大体、物的証拠なんて出したら、貴女方エルクゥの事が表に出てしまいますよ。」
 「確かに、事が軍への報告だけならその通りなんでしょうけど、実際問題、本当にあのエルクゥが犯人だったのか? って所で、疑問が出てしまうんですけど……」
 「オレガ出クワシタノハホンノ数回ダガ、ソノ全テデ奴ハ被害者ヲ刺客ダノ手下ダノト呼ンデイタ。
 ソレニ……確カ遺留品ノ中ニ、奴ノ体毛ラシキモノガアッタ筈ダ。何故カDNA鑑定ハ禁ジラレテイタガナ。
 ソレト、ソノ辺ニアル奴ノ体毛ヲ見比ベテミレバ断定デキル。
 ソロソロイイカ? コノ姿ヲ人ニ見ラレルトマズインデナ。
 後、ソノ死体ハ処理シテオイタ方ガイイゾ。ソノママダト別口ノ殺人事件ダト思ワレル。」

 そう言って、エルクゥは去っていった……









 その後、私達は忠告通りに、犯人の死体を処理した。
 死体遺棄、という言葉が脳裏にちらついたけど、気にしない事にした。

 次の日、警察に行って、昨日の現場にあった体毛と遺留品の体毛を見比べて、同一個体の物である事を確認。
 あのエルクゥが犯人なのだと、一応の確認は取れたのだ。

 そして、殺人事件もパッタリとやみ、確かに連続殺人事件は終結した。
 けど、謎も残った。
 犯人が言っていた、「研究所」とは一体どこの事なのか、という謎が……

第拾七話「隆山への来訪者」に続く

あとがき

 エルクゥが死んだ後の展開をマズったので、改訂します。

 ま〜〜どこいら辺が「雨月山の鬼」なんだか、ってな内容でしたが、いかがだったでしょうか?
 本当ならエルクゥ探しがメインな筈だったんですが、ジュン+アズサVSブーステッドヒューマンに食われてしまった感があります。
 まあ、ブーステッドの皆さんは、これからも末永いお付き合いになりますので、一発キャラより目立ってもらわないと困るんですけどね。

 ブーステッドといえば、彼等とのからみで一つだけ伏線を張っておきました。「浩之」の登場です。
 彼は、ナデシコ側のヒロユキとは非常に関係が深いような、全く関係無いような微妙な関係です。

 それでは、また。

 PS.フェザーガンって、IFSなしで使用できましたっけ?

 

 

代理人の感想

・・・・・・・うわ、凄くあっさりと。

もう一人のエルクゥは?

柳川刑事の存在は?

そもそも本当に死んだエルクゥが犯人だったんでしょうか?

ブーステッドマン達のこともそうですが、結局の所謎が謎を呼んだだけのよーな(爆)。

 

>フェザーガン

時ナデ設定では使用にはIFSが必要と明記してあります。

ナオさんがその為にわざわざIFS処理をしていたかと。

 

 

10・24追記

ああ、なるほど。こう言うことでしたか。

いやね、あのエルクゥが柳川なのかそれとも研究所からの追っ手なのか、

いまいち判断が付かなかったんですよね。

柳川も原作とは全然キャラちゃうし(爆)。