Side Ituki はぁ〜〜、何故こんな所で、こんな人達と一緒になるのだろう?
ここは、隆山へと向かう電車の中。
私の隣には、ナデシコまで付き添うというコイデ中尉が座っている。
何故、エリートと言って良い彼女が、一介のパイロットでしかない私の付き添いなどをやっているのか、が気になるものの、彼女はまだ良い。
問題は、向かいに座っているカイゼル髭とマッシュルームカットだ。
「……あの、ミスマル提督、ムネタケ参謀?」
そう、極東方面軍どころか、連合宇宙軍の中でもかなりの重要人物であるはずのこの二人が、私達と同じ車両に乗っているのだ。
「何かね?」
「貴方方は、このような所で何をしているのですか?
お二人ともお忙しいと記憶しておりますが……」
「なんだなんだ、イツキ君。
確かに我々は忙しい。だが、人間、どこかで休まないと倒れてしまうのだよ。」
「それとも君は、将官たる者、倒れるまで働かなければならない、とでも言うのかね?」
「い、いえ、そのようなつもりでは……」
「ならば、我々は休みをとってここにいる。それで良いじゃないか。」
「は、はあ……それでは、隆山の温泉にでも浸かりに行くのですか?」
「ふむ、温泉か……それも良いんだがな………
やはり、可愛い我が子に会うのが一番の養生だ。そうは思わんかね?」
「……は?」
ミスマル提督がそう言った時、私は隣に座っている中尉が耳を塞いだ事に気付かず、話を聞いてしまった。
「ふっふっふっふっふ………
ユゥゥゥルゥイィイィクゥワァァァ!!
今、パパが行くよぉぉぉっ!!」
轟音の中、中尉の謝罪の言葉を聞いたような気がした…………
明日も知らぬ僕達
第拾七話 隆山への来訪者
Side Kouiti
「ウ……ココハ?」
「あら、艦長。もう気が付いた?」
気が付くと、俺はナデシコ改の医務室にいた。
周りを見ると、俺の他にカズキとイリスさんがいる。
「いりすサン、オレハ一体……
確カ深遠ニ襲ワレテ、オレガヤラレタ後、かずきガ一人デ戦ッテイタ所マデハ覚エテイルンデスガ……」
そうだ。こんな流れだったら、俺は今頃ヤマサキラボ送りにされている筈だ。
なのに……なんで、ナデシコ改にいるんだろう?
「オモイカネCがディアブロスを使って、すんでの所で引き分けに持ち込んだのよ。
おかげでカズキ君も何とか生きているわ。
もっとも、「修羅場モード」だったかしら……アレの反動で、しばらくは起きてこないと思うわよ。」
……よくもまあ、あんな化け物相手に引き分けに持ちこめたもんだな、あいつ。
そういえば、カズキは全身に包帯を巻かれて、さながらミイラ男といった風情だ。
深遠を追っ払った代償としては、この程度で済んで御の字といった所か。
「いねすサントふぃりすサンハ、ドウシテイマスカ?」
「フィリスは、ブリッジでオペレーターをしているわ。
ルリちゃんとオモイカネが、殺人事件のデータの検証をしているから、彼女等の代わりをしているのよ。
イネス………あの子は、自室でボソンジャンプの研究をしている筈だわ。
今、ナデシコ改に装備してあるAJF発生装置だけでは、A級ジャンパー狩りは防げない、って言ってたから。
あの子も、無茶をしなければ良いけど……」
今、イリスさんが言ったAJF発生装置のAJFとは、アンチ・ジャンプ・フィールドの略だ。
AJFはその名の通り、ボソンジャンプを阻害する力場で、AJFの中では一切ボソンジャンプをする事ができず、AJFの外からAJFの内へのジャンプをも妨害してしまう。
理論的に言えば、AJFの外からAJFの内側にジャンプしようとした場合、そのジャンプはランダムジャンプになる筈なのだが、遺跡の方で安全装置でも働かせているのか、例外無くジャンプした直後のジャンプした場所に送り返されてしまう。
ま、傍目にはボース粒子が出ただけで、ジャンプできなかったように見えるだろう。
これが普及すれば、敵の重要拠点にいきなりジャンプで押しかける、って事は不可能になる。
俺は、これだけでも人体実験をするほどの旨味は無くなっていると思うんだが、イネスさんの見解はもっと厳しい物のようだ。
「あっ、そうそう。艦長、今日一日は、絶対に人間に戻らない事。
添え木や包帯は、今の体に合わせているから、下手に人間に戻って折れた骨が変なくっつき方をしても、私は知らないわよ。」
やっぱ、イネスさんとは親子だよな、話し方が似ている。
俺はそう思いながら、
「判リマシタ。」
と、返事をした。
Side Yumiko
私達は隆山駅で、電車を降りた。
ミスマル提督の咆哮で失神したカザマ准尉は、失神させた本人が責任を取って背負っている。
ちなみにムネタケ参謀も耳を塞いでいたらしく、私と同じく無事だ。
……残りの乗客は全滅していたけれど。
「……あれ?」
ふと、空を見上げたら、空中で停止しているナデシコの姿が目に入ってきた。
聞いた話では、ナデシコはこの街に停泊していた筈………
確かに街に留まってはいるけれど、この様子を「停泊」と呼んで良いものだろうか?
「ミスマル提督、ムネタケ参謀、あれを……」
「ふむ、ナデシコが浮いているな……ナデシコ側に事情を聞いてみるか。
イツキ君、イツキ君。起きたまえ。」
そう言いながら、背負っているカザマ准尉を揺らすミスマル提督。
「う……ん、ここは……」
「気が付いたかね?」
「て、ててて、提督!? しっ、失礼しました!!」
そう言って、弾かれるように提督の背中を離れて敬礼するカザマ准尉。
真面目な彼女ならではのリアクションなのだろう。
それとも、彼女の方がマトモな反応なのだろうか?
「ふむ、実はだね……今ナデシコは隆山上空にあり、向こうから迎えに来てもらわないと行けなくなっている。
そこでだ……これからナデシコで過ごす事になる君なら、ナデシコとの連絡も取れるのではないかね?」
「はい。先日、コミュニケという物を渡されました。
ナデシコでは、それが簡易的な通信手段であると同時に、身分証明でもある、との説明を受けています。」
「よろしい。では、そのコミュニケを使って、ナデシコから迎えを呼んでもらえないかね?」
「了解しました。」
カザマ准尉はそう言って、コミュニケを操作してナデシコと連絡を取る。
通信を終えた准尉は、
「あと三十分ほどで迎えをよこすそうです。」
と、通信の内容を私達に告げた。
三十分か……
久々にカシワギ君に会えると思って今回の仕事を志願したのに、この土壇場でそんなに待たされるなんてね……
Side Yurika
今、例の補充パイロットのカザマさんから、隆山についた、との連絡が来た。
さっきメグミちゃんからそう聞かされた私は、彼女を迎えに行く事にした。
ジュン君……にとってかわったあの人と、コウイチ君がいないおかげで、私が代行していた書類整理から少しの間逃れて、気分転換をしたいって言うのもある。
けど、IFSを付けている私なら、すんなり連絡艇を操縦できるから、というのの方が大きな理由だ。
だけど…………
「ユゥゥルゥイィィクゥワァァァッ!!」
なんでお父様が一緒にいるの!?
Side Ruri
「おや? どうしたんですか、メグミさん。」
「え? 今、副提督から通信が来てて、ミスマル提督の咆哮で周辺にかなりの被害が出た、って言ってるんだけど……」
「……あの人が音波兵器なのは遺伝ですか…………
それにしても、ミスマル提督がなんで隆山なんかに来てるんでしょうね?」
「前に艦長から聞いたんだけど、実はあの人ね、相当な親バカらしいわよ。
大方、休みでもとって副提督に会いに来たんじゃないかしら?」
「へぇ、そうなんですか?」
『呑気に話してないで、助けてよう。
あちこちで人が倒れてて、ガラスも割れてて……』
いきなり、大画面で副提督が表示されます。
大分混乱してますね、副提督も。
「ま、とりあえず救急車でも呼んでみてはどうですか?
どうみても、私達ではなく彼等の領分でしょうし。」
『う、うん判った。電話してみるね。』
そう言って、副提督は通信を切りました。
あ、でもあの人、向こうから場所を聞かれたら、どうするつもりなんでしょうか?
……そう思っていた所に、また副提督が
『ここってどこだっけ〜〜〜〜?』
と、通信を入れてきました……
あほらし。
Side Kouitirou
ここは、ナデシコの連絡艇の中。
カザマ君はまだ気を失っている。
向かいに座っている、ムネタケ君とコイデ君の視線が痛い。
「提督。ユリカさんに会えたのが嬉しいのは判りますが、今回のアレは酷すぎますよ。」
「2回目など、奇跡的に事故も何もなかったが、一歩間違っていれば大惨事だったでしょうな。」
「准尉なんて、これで今日2回目ですよ。提督のお声で気絶したのは。」
二人の言葉が、ザクザクと私の肺腑を抉る。
「ふ、二人とももうその辺にしてくれんか?
私だって反省もしていれば、学習能力だってある。」
「ユリカ君が絡んだ時の、提督の学習能力ほど信用できない物はありませんな。」
「全く同感です。」
ドスッ!!
くっ、こうなれば……
「ユリカぁぁ〜〜〜、この二人がパパの事虐めるよ〜〜〜〜。」
「あ、お父様ごめんなさい。今操縦で手一杯だから……」
……結局、ナデシコに着くまで、私は二人の小言から逃れる事はできなかった…………
で、ナデシコに着いてみれば……
「なんだなんだ? カシワギ君もジュン君も出迎えてくれんのかね?」
「それに、パイロットらしい人も見当たりませんね。」
私達の出迎えに、相当数のクルーが集まってきたのだが、肝心の艦長、副艦長であるカシワギ君とジュン君、カザマ君にとっては先輩となるパイロット達の姿が無い。
「副艦長とパイロットの方々は、現在作戦行動中でナデシコにはいません。
艦長は……」
ユリカは、ナデシコの資料にあった、ルリという少女がそう話しているのを遮って言った。
「カシワギ君は、大怪我をして医務室で治療を受けてます。」
「……え?」
コイデ君の顔が、見る間に蒼白に染まっていく。
彼女は、彼に会えると喜んでいた様子だったので、ショックは大きいだろう。
私とて、彼女ほどではないにせよ、小さくないショックを受けている。
「騒がない、って約束してくれたら医務室まで案内しますけど、お父様、ユミコさん、会ってみますか?」
ユリカの物言いが妙に重たいのが気になったものの、私とコイデ君に選択の余地など無かった。
Side Kouiti
安静にしていなさい、と言われて一眠りして、起きてみたら……
「こ……これが、カシワギ君?」
「ゆみ、こ、サン? ソレニ、みすまる提督モ……」
目の前には、ユリカちゃんとユミコさん、ミスマル提督とイツキカザマ、それにムネタケ参謀の姿があった。
「カ、カシワギ君? 本当に、君なのかね!?」
なまじ俺との面識がある為だろう、ユミコさんとミスマル提督が受けているショックは、明らかに他の二人よりも大きい。
もっとも、だからと言ってイツキカザマや、ムネタケ参謀がさほどショックを受けていない、というワケではないが。
騒がないのは、冷静だというよりも、面食らって声が出ないから、のようだし。
「エ、エエ。ソウデス。」
「これは……一体、どういう事なのかね?」
「オレダッテ、自分ガコウイウ…………怪物ダッテ知ッタノハ、最近ノ話ナンデス。
マシテ、オレガ何故コンナ怪物ナノカ? ダナンテ、全ク判ラナイデスシ……」
これは嘘でもなんでも無い。俺は本当に知らないのだ。
ただ、「怪物」というフレーズを使ったのは拙かったらしく、いまいち状況を把握できずにいたイツキカザマの顔に僅かずつ怯えの色が混じっていき……
それが完全に侵食していくのに、さほどの時間はかからなかった。
「ば……化け物…………い、嫌あぁぁぁ―――――――っ!!」
その声は、やはり俺にはキツい代物だった…………
取り乱し暴れる彼女を、ミスマル提督とムネタケ参謀、それにユミコさんとユリカちゃんが四人がかりで取り押さえ、なだめる。
彼女が取り乱した事で、残りの三人は逆に落ち着きを取り戻したようだ。
ほどなくして、イツキカザマも落ち着きを取り戻す。……まだ、若干の怯えが残っていたけど……
「エ、ト、君ハ……軍カラノ補充ノぱいろっと……ダヨネ?」
何もしなければ彼女の恐怖心を払拭させる事は出来ない。
俺はそう考えて、彼女に話しかけてみる。
「ひっ、って……え? は、はい。
ほ、本日付けで、ナデシコに配属されました、イツキカザマ准尉で……あります。」
「ナラ……オレハ今日カラ、君ノ命ヲ預カラナクテハナラナイ。
……オレヲ怖ガルノハ良イ。デモ、信用ハシテクレナイ、カナ?」
「……は?」
「頼マレテハクレナイカナ? 戦場ジャァ、重要ナ事ナンダ。
なでしこニハ、ぱいろっとガ少ナイ。
ソノぱいろっとガ、独力デハ大シタ対空戦能力ヲ持タナイなでしこノ生命線ナンダ。
…………一人デモ、オレヤ他ノ皆ヲ信用シナイ奴ガ混ジッテイルト、命取リニナリカネナインダヨ。
……ダカラ、頼マレテクレナイカイ?」
とりあえず、一艦長としてのマトモな思考力は持っている、という事をアピールしてみる。
それに、今の内容も、話しておいた方が良いように思えたし。
「……判りました。」
とりあえずの所は、判ってもらえたようだ。
「……やっぱり、カシワギ君、なんだ…………」
そんな、ユミコさんの呟きが、いつまでも耳に残った…………
と、そんな時、アオイが、殺人事件とは別口の相手に襲われ重傷を負った、との連絡が入った……
Side Ines
ああ、もうっ、どうして艦長も副艦長も陸戦隊の仕事をやりたがるのかしら?
自分達の専門は頭脳労働だ、って自覚が無いのかしらね、全く。
やっと一段落つき、母さんと連れだって集中治療室から出た私は心の中でそう毒づく。
アッサリ一発でダウンしてしまったらしいアズサさんなど良い方ね。
それに艦長と同じ怪物だという事もあって、すぐ元気になる筈だわ。
問題は、誰かとDFSで斬り合いをしてきたらしい副艦長。
右腕は切断され、潰された内臓も一つや二つではなく、当然ながら意識不明。
深遠と1対1で戦ったカズキ君なみの状態……ううん、右腕を切断されている分副艦長の方がより酷い。
傷口を塞ぐ意味も込めて腕は縫合しておいたし、他も出来得る限りの事はしておいたけど……このまま死んでしまう可能性は決して低くは無い。
その副艦長の容態を説明した時、当たり前だけど皆神妙な顔をしていた。
そして、説明でリフレッシュした私は、副艦長への処置の続きを行う為、また集中治療室へと向かった。
あの時のβ君を救えた設備なのだ。それに、あの時はいなかった母さんもいる。
私も限界まで足掻いてみせる。
医学を学んだ者として、このまま黙って死なせはしない。
Side Kouiti
「全ク、あおいノ奴、一体ドンナ無茶ヲヤラカシタッテイウンダ。」
今のイネスさんの説明は、艦内全域に放送されていたので、ずっと医務室にいた俺の耳にも入ってきていた。
いつもは、長すぎる上にマニアックで敬遠しがちなイネスさんの説明だが、今回ばかりはワケが違う。
今、医務室には俺とカズキしかいない。
俺のお見舞いに来ていたユリカちゃんとミスマル提督、ユミコさんは集中治療室の方に行ってしまってるし、イツキカザマやムネタケ参謀もそれについていっている。
両足と右腕を折られただけで命にも別状ない俺など、比べ物にもならない程悲惨な状態なのだから、アオイの方を優先するのは当たり前だろう。
と、俺がそんな事を考えていると、思ってもみなかった奴が医務室に運ばれてきた。
「ンナッ、あ、あずさ?」
ナデシコクルーでも何でもない、俺の従姉妹のアズサが運ばれてきたのだ。
ちなみに、彼女を連れてきたのは、フィリスさんだ。
「ふぃりすサン、コレハ一体?
ナンデ怪我シタコイツガ、ココニイルンデスカ!?」
「その様子だと、イネス博士も副提督もあなたに話していないようですね。
彼女達姉妹は、あなたと同じなんです。
だから、あなたとカズキ君が抜けた穴を、彼女達に埋めてもらおう、という事になって……」
「イッ!? 誰ガ言イ出シタンデスカ、ソンナ事?」
「…………副艦長ですよ。」
「アイツガ……? ソンナ…………」
「それで副艦長は、本来は部外者である彼女達を巻き込んだ責任を取る為、彼女達と一緒に殺人事件の調査をする事にしたんです。」
「ソレデ……今回ノコレデスカ。」
「……はい。」
…………何がアイツにこんな無茶をさせたんだ?
ひょっとして、「二度目」でアイツに何かあったのか?
アイツは「二度目」の事を、本当に「プリンス オブ ダークネスの二度目の人生」としてしか話さないから、アイツ自身の事は結構はぐらかされていて判らなくなってしまっている。
サツキミドリ2号と少なからず因縁がある。今判っているのはそれくらいだ。
「ヒョットシタラ、さつきみどり2号ト何カ関係ガアルノカナ……」
Side Yurika
私は集中治療室前のベンチに座ってうなだれていた。
お父様やユミコさんは、そんな私を気遣ってくれている。
「ジュン君、このまま死んじゃうのかな?」
ふと、そんな言葉を漏らしてしまった瞬間、不安と恐怖が何倍にもなって襲いかかってきた。
「過去」の記録にある、沢山のお葬式を挙げている私の姿。
そこには、あまり「悲しい」という感じは無かった。
何しろ、ジュン君にお葬式を押し付け、アキトの所に行ってしまうなんて場面もあるくらい。
でも、それは多分、死んじゃった人達の中に知り合いがいないから。
だって、今私は、死んじゃうかも知れないのがホントのジュン君じゃない、っていうのに、こんなにも死なれてしまうのが怖い。
「彼女」と違い、火星の人達を殺さずに済んだ私は、今はじめて、人の死に直面しようとしているのかもしれない……
Side Ruri
フィリスさんと交代し、食堂に向かっていると、途中でムネタケ提督のお父さんに出くわしました。
「……あれ? え〜と、ムネタケ提督のお父さん、ですよね?」
「ん? ああ、そうだが。君は……ホシノルリ君かね。」
「はい。はじめまして、ホシノルリです。」
私はぺこり、とおじぎをしました。
「あなたの事は提督から、自慢のお父さん、って聞かされています。」
「ほほっ、自慢の「お父さん」かね。
もう君くらいの子には、「お爺さん」と呼ばれる歳なのだがね。」
「でも、提督にとってはお父さんです。
色々聞いてますよ。私達が「ナナフシ」を攻略した時の提督との会話とか……」
「ん? ああ、あれかね? 息子の悪事は皆お見通しという……」
「はい。」
「ぶち壊しにして申し訳無いんだが、あれは八割方ハッタリだよ。」
「………………………………………………は?」
ハッタリ……ですか?
「知っていて、きちんとした証拠を持っていたとしたら、私とて息子を軍法会議にかけておったよ。
書類上の手柄と、あの時の喜びようが噛み合ってない、と思ってカマをかけてみたら、自分の方からドンドンぼろを出してな。」
「…………で、「前から知っていた」とハッタリをかました、と。」
「そういう事だよ。
まあ、自白はしたし、もう二度としない、とも言っていたから軍法会議は勘弁してやったがの。
あの機会に、真っ当な軍人の何たるかも教えておいたし、大丈夫だとは思うんだがのぅ……」
「……それは、私も大丈夫だと思いますけど。」
まあ、「過去」での死因や死に際を見るに、根っこの方では割と純で素直な人みたいですしね。
「現在」で助かるかどうかはまだ判りませんけど、もし助かるとするなら「過去」との明暗を分けるのは、お父さんとの「親子の会話」のような、そんな気がします。
「……親子って、なんか良いですね。」
「羨ましいかね?」
「話を聞いた時はちょっと…………
でも、私にはナデシコっていう、素晴らしい家族がいますから、羨ましくなんてありませんよ。」
そう言い切って、私はその家族の一人、副艦長が助かりますようにと……
Side Kouiti
ミスマル提督とユミコさん、ムネタケ参謀は、夕方帰っていった。
それまでは、ミスマル提督とムネタケ参謀は親子の会話をし、ユミコさんは俺や、お見舞いに来てくれたミナトさんやルリちゃんと色々話をしていた。
ユミコさんの話は、民話マニアの彼女らしい、隆山に伝わる悲恋の物語だった。
鬼の娘との恋。そして、愛する者を奪われた男の暴走。
それは、俺に「プリンス オブ ダークネス」の物語を思い出させた……
三人ともそれぞれ話に花を咲かせていたけれど、ミスマル提督とユミコさんはアオイの事が気がかりだったようだ。
程度の差こそあれ、それはムネタケ参謀も同じだった……というより、ナデシコ改でアイツの事が気になっていない人物は一人もいなかったというべきか。
そのアオイの治療に当たっていたフレサンジュ母娘が集中治療室から出てきたのは、11時頃だった。
「デ、あおいノ奴ハ、ドウナンデスカネ?」
「今の所はなんとも言えないわね。
β君の時だって、容態が安定して「どうやら助かりそうだ」って判断できるまで、随分かかったし…………」
「ソウ、デスカ。」
俺はすぐに復帰できるとして、向こうしばらくはアオイを頼る事はできない。
「もしかしたらずっと」という言葉が頭に浮かんでくるが、俺は問答無用でそれを打ち消す。
「あ、そうそうメグミさんから、伝言よ。
殺人事件の犯人の事なんだけど、ミスターとカエデさんが殺害したそうよ。
まあ、案の定艦長の同類だったらしいし、生け捕りは不可能だったようだけど。」
「判リマシタ。詳シイ話ハ、ぷろすサンガ戻ッテキタラ本人カラ直接聞カセテモライマス。」
と、話していると、ユリカちゃんがとんでもない連中を連れて医務室に入ってきた。
「ええと、副提督?
僕達に艦長についての話をするのに、なんで医務室に来る必要があるのかな?」
「…………チョットゆりかチャン?
何考エテ、あかつきトえりな嬢ナンカヲ連レテキタンダイ?」
俺は威圧感を出しつつドスを効かせた声で、そうユリカちゃんに問い掛ける。
この格好の時の声は素でも相当怖いらしいから、ドスを効かせたら更におっかないだろう。
実際、エリナ嬢など完璧にフリーズ起こしているし。
「……だ、誰なのかな?」
ほう、予備知識無しでこれくらってしゃべるか。
伊達に会長職やってないってワケかい。
「コンナンナッテルケド、オレダヨ。なでしこ改艦長かしわぎこういちダ。」
「う……うそ…………」
ま、知り合いがこんなんだって知ったら、誰だってそう言いたくなるわな。
まあ、アカツキとエリナ嬢は後回しにして……
「デ、ゆりかチャン。モウ一度聞クケド、何考エテコノ二人ヲ連レテキタンダイ?」
その問に対するユリカちゃんの答えは、当たり前なのに無意識にスルーしてしまってた問題だった。
「だ、だってアカツキさん達が「コウイチ君がこういう体だ」って知らなかったら、コウイチ君の復帰、ずっと先になっちゃうよ。
もう治ったからって、明日から普通に歩いていたら、アカツキさんもエリナさんもコウイチ君がサボってた、って思うだろうし……」
「…………アアッ!!」
そういや、ココの所ヒロユキの回復魔法に頼ってばかりいた上、俺自身がこういう体質だったおかげで、普通怪我が治るのにどのくらいかかるのか? っていう感覚がおかしくなってたんだな。
まあ、言われてみれば確かにそうだ。ユリカちゃんの判断の方が正しいわな。
俺としては、もっと手札の一つとして取っておきたかった事なんだけど…………
んじゃまあ次はアカツキ達だな。
「オ〜〜イあかつき、聞コエテルカ〜〜?」
エリナ嬢はフリーズしたまんまなんで放っておこう。
「え? う、うん……つまり君は艦長で、人間に比べて傷の治りが早い、って事なのかな?」
「今ノ話モ聞イテタンダナ。ダッタラ話ハ早イ。
オレハ平穏ニ暮ラシタインダ。
ダカラ、オレノ事ヲ、シャベッタリ研究シヨウトシタリ、ダナンテ考エルナヨ。」
「か、考えない。考えないって。」
「えりな嬢ニモ話シトケヨ。」
「うんうん。」
「言ットクガ、コノ事ニツイテハ、ぷろすサンハコッチノ味方ダカラナ。
出シ抜コウナンテ考エルナヨ。
あきとトカ北斗トカ、オレヨカ数段危ナイ奴ノ追撃ヲ食ラウ事ニナルカラナ。」
ふぅ〜〜、ま、この辺かな。
「艦長。それじゃ、私はこの辺で……」
「エエ。オヤスミナサイ、いねすサン。」
このやり取りを聞いたアカツキは、
「あ、ああ、それじゃ僕等も、おやすみ艦長、副提督、ドクター。」
と言って、エリナ嬢を抱えてすっ飛ぶように医務室から出ていった……
まあ、怖かったんだろうな……
やがて、ユリカちゃんも医務室を出ていき、今度はプロスさんが入ってきた。
「艦長、お体の方は大丈夫ですか?」
「エエ、大丈夫デスヨ。
今なでしこ改ニイル怪我人ノ中デハ、オレハ一番ノ軽傷デスシ、ソレニ怪物ノ回復力ハ人間ノ比ジャアリマセンカラネ。
明日ニハ完治シテイテモオカシクアリマセンヨ。」
「そうですか。それは良かった。」
「問題ハあおいトかずきデスヨ。アイツラノ復帰ハ、相当先ノ話ニナリマス。
ソレマデノ間、オレハかずきノDFSニモ頼レマセンシ、あおいノサポートモ受ケラレマセン。
ハッキリ言ッテ、カナリキツイデスヨ、コレハ。」
「まあ、こればかりはお二人の回復力に期待するしかありませんな。」
「マ、マダ起コッテモイナイ事態ヲグチッテモショウガナイデスケドネ。
所デ、ぷろすサン、今回ノ調査ノ事、詳シク話シテモラエマセンカ?」
「ああそうでしたね…………」
その話の最後、犯人が言っていた言葉「ヤマサキの手先」は、それはそれは洒落になっていない状況を俺に教えてくれた。
これで、ヤマサキが怪物(正式名称:エルクゥ……らしい)についての研究をしているらしい事が判った。
恐らく、ゆくゆくは兵士をエルクゥに改造する技術を確立しようと考えているだろう。
もしこのエルクゥの量産技術の確立を許してしまうと、俺達はこれから先、冗談抜きでブローディアの大群と喧嘩する羽目になる。
ブローディアのデータを持ち、実際に作れる筈の木連が、プラントがあるにも関わらずブローディアの大量投入なんて身も蓋も無い事をしてこないのは、ブローディアをマトモに扱える奴が極端に限られているから。
それが、俺やアオイ、アキトなんかの推論だ。
ひょっとしたら実際は違うかも知れないが、まあ全くの的外れって事は無いだろう。
だが、そこにエルクゥを大量に投入したならば、どうなるか?
身体能力的には問題無し。
エルクゥには常人ではついて行けない高速機動も出来るから、ブローディアのスピードについて行けない、という事もないだろう。
IFSも……確か親父が付けてたと思ったから、エルクゥが付けても問題は無い筈だ。
つまりエルクゥの量産化が成功すると……ブローディアを扱えるパイロットを大量に用意する事が出来る、という事になる。
そうなったら、もう何の遠慮も無くブローディアを大量生産できる。
まあ、ブローディアが百機もあれば地球軍なんぞ簡単に潰せるだろう。
木連の勝ちはそれだけで決まる。
あとはもう、俺達地球の連中を煮るなり焼くなり、好きなようにできる。
連中が火星でしでかした事を考えると、その未来図は余りにもヤバすぎる。
恐らく生き延びられるのは、腐ったお偉いさん方くらいだろう。
マトモなお偉いさん以下、それ以外の連中は高確率で「正義」の名の下に殺されちまうだろう。
両国のお偉いさんが共に望む、この戦争の姿は、殲滅戦なのだから、どっちかが相手を圧倒してしまえば、そこに待つのは悲惨極まる殺戮しかない。
これは木連が圧勝した場合のパターンだ。
この事態は絶対に避けなければならない。
あまりにも洒落になって無さ過ぎる。
うう、胃が痛い…………どうすんだよ、これ…………
第拾八話「戦鬼と悲恋、そして」に続く
あとがき
えーと、親キノコの口調、かなり適当です。
劇場版での出番も少なかったと思いましたし、今回のルリ相手のようなケースはどうすれば良いんでしょうかね?
なんだかんだ言って、息子の方が各SSでも良く出演してますし……
まあ、それはともかく、今回の話は前回の話のB面です。
あの時、ナデシコで何が起こっていたのか? そんな話です。
本当なら今回の話で隆山を後にする予定でしたが、長くなった上にキリも悪いので、次回に回します。
さて、それ以降の話から、本格的にコウイチ君の苦難が始まります。
DFSを使える最後のパイロット、カズキが抜け、ナデシコの戦力はガタオチ。
副艦長として良く彼をサポートしてきたジュンもいません。
しかも、悪い事は重なる物ですから……
それでは、誤字脱字の指摘、感想などよろしくお願いいたします。
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