明日も知らぬ僕達外伝
鈍色の龍騎兵
第壱話 鈍色の龍神
Side β
「これから、この基地に厄介になることになったサクリファイス・βだ。
形としては、ネルガルからの出向という事になる。
色々と不慣れな所があると思うが、よろしく頼む。」
何処の世界でも、新入りがまずやるのは自己紹介だろう。
俺は、基地の軍人達の前で自己紹介をした。
もっとも、彼等の関心は俺ではなくて………
「オイオイ、それでお前さん、どこのお坊ちゃまなんだ?
見た所その鈍色の機体、特注品じゃないか。」
ブローディアと、
「おまけに彼女同伴とはな。
おいお嬢ちゃん、悪い事は言わない。
早くこんな危ない所から出てって、お家に帰んな。」
枝織ちゃんだったが。
「別に俺はどっかの御曹司ってワケじゃない。
この機体は、理由があって俺の私物扱いになっているが、元々は俺なんかとは関係ない代物だしな。」
「ハッ、理由ねぇ……」
「なんか……感じ悪いね。」
「連中に言わせれば、俺の方がふざけてるのさ。
ここは、戦闘の度に誰かが死んでる、地獄の最前線らしいからね。
そんな所に、専用機や女の子と一緒にやって来たら、ふざけてると思われてもしかたがないよ。」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ。」
そして数日後、それは起こった。
Side Syun
あのβとかいう出向社員が来た数日後、この基地の近くにある街に木星蜥蜴の大群が向かってきた。
上官達は無視を決め込んだ。
民間人を見殺しにしてでも、基地を維持した方が良い、という判断からだ。
俺はこれに反発し、急いで街の救助の許可を貰いに上官の元へと走った。
それでもって貰った返事が………
「そんな無謀な作戦、許可するわけにはいかん。」
の一言だった。
「本気ですか!!
街の住民を見殺しにしろと言うのですか!!」
「フン!! 仕方が無いだろうが。
今はこの戦線の維持だけで精一杯だろうが?
もしこれが木星蜥蜴の陽動作戦だった場合、誰が責任を取るんだね?」
くそっ、この小心者がっ!!
ピッ!!
俺が腹の中でそう毒づいていると、司令部の通信ウィンドウが開き、通信兵がえらく心臓に悪い報告をしてくれる。
「敵チューリップ4つが移動を開始・・・
このままでは進路上の街が完全に破壊されます。」
現在進行中の奴と合わせて、5つ………
「…どう、なさるのですか?」
「敵が来るのだからな。
今以上戦線を退く事は許されん…我が部隊の総力で戦闘になるな。」
それで、俺たちゃ民間人を見殺しにした挙句に、基地に篭城するって事かよっ!
しかも、この基地の戦力でチューリップを落せた試しはない。
結局、あの街の命運は尽きていたのか…
だが…俺は軍人だ!!
民間人を守るのが仕事だ!!
それを忘れれば、俺達は人殺しと大差が無い存在になってしまう!!
「…何処に行くのかね?」
俺は司令部から退出するところだった。
「自分達の部隊が先行偵察をしてきます。」
「その合間に救助活動かね?
やめておきたまえ、君達が無駄死にするだけだ。」
俺はその言葉を聞かなかった振りをした。
上官もそれ以上注意しようとはしなかった。
この人も街の住人が心配なのは一緒なのだ。
そうは言っても……確かに、無謀な作戦だ。
生還率は、恐らく五割を切る。
……この作戦は志願制だな。
「全員整列!!」
俺の副官のカズシが、大声で部下に号令をかける。
こいつとの付き合いも長い。
この、兵士が配属されたそばから死んでいく最前線で、奇跡的なほど長く俺に付き合ってくれている。
カズシの号令で集まってきた部下の中には、あのβの姿もある。
部下達に混じって、俺の作戦を聞くつもりらしい。
全員が整列した所で、俺が今回の作戦内容を伝える。
「今回の作戦を伝える!!
まずは今進撃中のチューリップの偵察。
それと並行して、チューリップの進路上にある街の住民の避難及び救助。
なお、この作戦は志願制とする!!
志願しなかった者は直接上官の指示に従え!!
では、時間は一刻を争うので出発は30分後とする!!
以上、解散!!」
ふぅ、我ながら無茶苦茶な作戦だ。
案の定、作戦を理解した部下達には戸惑いの表情が浮かぶ。
ちなみにこの作戦、俺だって余程信頼できる奴が言い出さなければ参加しないだろう。
見方を変えれば、この作戦に乗ってくれる部下の数で、俺の人望が判るって事だが。
ま、俺自身は言い出しっぺだ。絶対に参加するがな。
「俺も付いて行きますよ隊長。」
「ああ、お前は既に決定だ。」
「…せめて一言、俺の意見を聞いて欲しかったですね。」
俺の返事を聞いて苦笑するカズシ。
冗談だよ冗談。
でも、お前も人が良いからな…多分参加すると思ってたよ。
俺もお前も、もう失う者がない同士。
せめて人様の役に立ちたいものだな。
結局、この無謀な作戦に付き合ってくれる物好きな部下は、俺の部隊の3分の2。
約60名だ。
こうして見ると、結構皆俺の事を慕ってくれてるんだな。
「今回の作戦、俺も参加させてもらいたいんだが、良いか?」
「………お前が?
言っておくが、新型機に使われているような奴は、足手まといになって迷惑だぞ!!」
「あんた達の足を引っ張るつもりはない。
それに俺がそんな馬鹿だったら、どの道初陣であの世行きだ。」
………?
正直、こいつには良い印象を持っていなかったんだが、その認識は改めた方がよさそうだな。
「……枝織ちゃんと言ったか、彼女はどうする?」
「そうだな、特攻は趣味じゃないが……どの道、俺達が死んだ時点で民間人も死ぬ。
そうなったら作戦は失敗だ。
俺達は死にに行くんじゃない、作戦を遂行しに行くんだ。」
「ハッ、ほざいたな。」
………だが、こいつの言った事もまた真理だ。
俺は、自己犠牲的な心理に酔っていたのかも知れない。
指揮官としては忌むべき感情だ。
そんな物に巻き込まれて死んでしまう部下にとっては、良い迷惑だがらな。
俺は、密かにそんな自分を恥じた。
Side β
あれがオオサキシュン大佐…いや、まだ少佐か………
人間的には好人物だが、指揮官としては少し無鉄砲な所があるみたいだな。
まあ、今回はその気質のおかげで、街を見殺しにせずに済んだが。
正直、今回の作戦は渡りに船だった。
アキトには悪いが、誰もこの作戦を言い出さないようだったら、ブローディア単機で敵に突っ込むつもりだった。
後でえらく面倒な事になるのは判っているが、火星で軍に見捨てられた俺が、今度は見捨てる側に立つだなんて御免だからな。
だが、これで面倒事を起こさずに済んだ。
部隊の構成は、
エステバリス空戦フレーム×5。
指令用の指揮車両×1。
戦車×20。
トラック×15。内10が歩兵を輸送し、残りの5が物資の輸送を担当。
これに、ブローディアを加えた物だ。
敵は空中からしかけてくるので、戦車は事実上戦力外。
実際に打って出られるのは、空戦エステとブローディアだけだ。
少佐は、ブローディアを単なるカスタムメイドのエステだと思っている様子……
それでこの作戦を実行に移すとは、随分と肝の据わった人らしい。
まあ、やるべき事をした後は、とっとと逃げ出す腹積もりなのだろう。
と、いきなり通信が入る。
ちなみに、作戦中はこういう事があるので、ブロス達には引っ込んでもらっている。
『β、お前はどうしてこの作戦に参加したんだ?
俺が言うのも何だがこの作戦の死亡率は高いぜ。』
………少佐か。
「だろうな。
ところで大佐。あんた、俺が何故あんた達の基地に来る事になったか知ってるか?
本来なら軍人ではない俺が、何故?」
『答えになってないぞ。
……だが、確かに妙な話だとは思ったがな。』
「俺にはな、ちょいとした芸があるんだ。
その芸が、理由だ。
今回の作戦で、それを見せてやるよ。」
DFSを使う、って芸をな。
Side Syun
お坊ちゃんが、勝手な事ほざきやがって。
そうは言いつつも、奴が言っていた「芸」ってのが少し気にかかる。
軍に名指しで徴兵させる程の芸、ねぇ……
『あ、そうそう。俺はエステ部隊と同行させてもらうぞ。
切迫した状況だってのに、コイツを遊ばせておくワケにもいかないからな。』
「……勝手にしろ。」
そして………………
街に着いた俺達を待っていたのは、蜥蜴の先行部隊に破壊された町並みと……
「もっと早く来てくれれば!! お母さんは死ななかったのに!!」
「お父さんを返してよ!!」
「何が連合軍だ!!
肝心な時には助けてくれないくせに!!」
「私の家を、家族を返せ!!」
住民達の怨嗟の声………
毎度の事だが、慣れると言う事はない。
どうしても彼等を、自分と重ねてしまうのだ。
大切な物を失った人達と、妻と息子を亡くしてしまった自分を……
長らく最前線にいながら、こんな甘い事をほざく俺は、少しナイーブ過ぎるかもしれない。
「……隊長がナイーブ過ぎるって言うんでしたら、世の中神経症患者で溢れてますよ。」
「………よく判ったな。俺の考えてる事。」
「ま、長い付き合いですから。」
そのカズシの台詞で、少し気を持ち直せた。
俺はその直後に、部下達に住民救助の指示を出した。
今やるべき事は、死んだ者への弔いではなく、生きている者の救助なのだから。
「ねぇねぇ、ココに誰か埋まってるよ。」
その声が聞こえた時、俺は耳を疑った。
「し、枝織ちゃん?
何故、君がこんな所にいるんだ!!」
「え? 指揮用の装甲車にこっそり……」
「全然気がつかなかったが?」
「気配消してたもん。」
気配消した、ってそんなに判らなくなる物なのか!?
「危ないから、早く逃げるんだ!!」
「え、でも……」
「いいから早く!!」
何故だかβについて来た彼女だが、徴兵されてきたβとは違いまるっきりの民間人だ。
立案した俺が言うのもなんだが、こんな無謀な作戦で死なれてしまうワケにはいかない。
「じゃ、じゃあココで埋まっている人を助け出してから……」
彼女はそういうと……瞬く間に瓦礫をどけてしまう。
って、あんな子の何処にそんなパワーがあるんだ!!
助け出された少女も、あまりといえばあまりの光景に言葉を失う…………
結局、枝織がいれば救助作業もスムーズになる、という事で渋々彼女にも救助に参加してもらう事になった。
そして救出作業が半分ほど終って…
タイムリミットは訪れた。
「隊長!! 前方にチューリップ5つ確認!!
無人兵器は、約1200ほど!!
指示をお願いします!!」
シ〜〜〜〜〜ン…………
重い、重い沈黙が辺りを支配する。
今、救助した人達と逃げればギリギリ助かるだろう。
だが、残された人達はどうなる?
まだ瓦礫の下に沢山の人達がいる事は、ソナーの反応で解っている。
確実だと言える事は一つだけ…残っていても俺達が全滅する事だ。
撤退しても瓦礫の下の人達は死ぬ。
俺は…
一瞬妻と、息子の顔を思い出した。
この瓦礫の下にはそんな存在がまだ生きている。
「救助した民間人を乗せたトラックをまずは退避させろ!!
それと歩ける人達を誘導して、この街から少しでも逃げるんだ!!」
「隊長はどうされるんですか?」
カズシが俺に聞いてくる。
「ギリギリまで救助活動の指揮を取る!!
逃げたい奴は民間人を先導しながらなら許可するぞ!!」
「そんな事を言われると誰も逃げれませんよ。」
笑いながら俺にそう話しかけるカズシ。
それもそうか。
……と、その時βの声が通信機から聞こえてくる。
『まあそう慌てるな。
言ったよな? 「今回の作戦で、芸を見せてやる」って。
今、そいつを見せてやる。』
「「え?」」
『あっ!! あの馬鹿、あの大群の中に突っ込んで行きやがった!!』
「「なにぃっ!!」」
『エステ部隊は援護を頼む。
これをやってる間は、ディストーションフィールドが薄くなるからな。』
あの馬鹿、何が「足を引っ張るつもりはない」だ!!
典型的な独断先行かましやがって!!
「エステ部隊、馬鹿を止めろっ!!」
「ベーちゃんなら大丈夫だよ。」
『『『『『「「え?」」』』』』』
「べーちゃんには、DFSがあるもん。」
DFS? どっかで聞いたような……あっ!!
いつかの報告書にあった、ディストーションフィールドを刃に変える、って与太話かっ!!
基地中のエステバリスライダーが口を揃えて、「んなもん使える奴ァ人間じゃねぇ」って言うから、てっきり机上の空論だとばかり思ってたんだが……
まさか、あいつが言っていた「芸」って、そのDFSの事なのか?
『だぁぁっ、止められねぇ!!』
『くそっ、カスタムメイドは伊達じゃねぇってか!!』
『ブローディア、交戦可能空域に到達!!』
との通信があった直後!!
『な、何なんだあの得物は!』
『冗談……だろ?』
この通信の後、ホンの少しの静寂が流れ…………
ドゴォォォォォォォォンンンンン!!
大音響がその静寂を破る!!
「な、なんだ!?」
「くっ!!」
「な、生だと凄い音なんだ……あ、まだキィィィンって………」
「エ、エステ部隊、一体何があった?」
俺は耳鳴りを堪えながら、そう通信機に怒鳴る。
『ブ、ブローディア、チューリップを1基破壊……
現在、敵無人兵器の内、約百機がブローディアの迎撃に当たっていますが……完全に押されています。』
は……?
単機でチューリップを落した、だと!?
『あ、あいつネルガルからの出向とか言ってたよな……
まさか……ナデシコのパイロットか!?』
『ナデシコのパイロット?
確か、あのDFSとかいうので、単機でチューリップを叩き落すっていう化け物共かっ!!』
『DFSを使える奴は、その内の四人だと聞く……
あいつが、その内の一人なのか…………』
エステ部隊の面々が口々に言うが、こっちは話が見えてこない。
「おい、とりあえず映像をこっちに送ってくれ。
そっちで何が起きているのか、この目で見たい。」
『あ、はい。了解しました。』
そして送られて来た映像には…
白い刃を片手にチューリップに向って突撃する、ブローディアが映っていた。
それを阻まんと、無数の無人兵器がブローディアに群がるが、一瞬たりとも足止めできておらず、逆に遠目でも判るほどの勢いで、その数を減らしていく……!!
『エステ部隊。俺は援護を頼んだはずだが?
DFSを使っている間は、ディストーションフィールドが薄くなって防御力が極端に下がるんだ。』
そんな通信を送ってくるβ。
通信を送ってこれるという事は……野郎、まだ余裕だ。
そして、チューリップに到達したブローディアは……刃を伸ばし、チューリップを一刀の元に斬り捨てる!!
ドゴォォォォォォォォンンンンン!!
遅れて聞こえてきた爆音が、俺達に、その映像が現実の物であると、無理やり理解させる。
「す、凄い……」
「な、なんて野郎だ………」
俺達は………驚愕するしかなかった…………
間違いなく、ブローディアの戦闘能力は、基地の全戦力を圧倒する。
βの腕も、凄腕と言って良いかも知れない。
敵陣を蹂躙する鈍色の機体は……俺の目には、何故だか龍のように見えた。
「鈍色の龍神………」
俺が呟いたその言葉は……戦闘が終わる頃には、ブローディアの二つ名となっていた……
第弐話「魔槍ブリューナク」に続く
あとがき
こちらは「時の流れに」西欧編です。
三分岐の中では、一応メインストリームになると思います。
当初はブローディアの性能が凄い、って描写をしたかったんですが、よくよく考えてみると、ブローディアの性能はまだ秘密……
結局、βが暴れてしまいましたが、これだとモロ「プリンス オブ ダークネス」と一緒だし……
まあ、ナンパはしてませんけどね。
ちなみにシュン達は、どちらかというとβ本人よりもブローディアの性能の方を高く評価しています。
彼等も、βだって性能にべったり頼ってるだけではない、って事は判っていますが。
それでは誤字脱字や国語的な間違いの指摘、感想などをお待ちしております。
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