Side Free 北米大陸……そこは、木連無人兵器群による激しい攻撃に曝されながらも、地球側最強の兵力をもって、それに対抗できていた地域。
本来なら援軍など必要無く、そんな戦力があるなら西欧に回した方が良い。
そういう地域である。
にも関わらず、ナデシコから徴兵された三人の内、西欧に送られたのはただ一人。
残りの二人は北米大陸へと送られた。
そう。より兵力に余裕のあるはずの北米大陸に、より大きな戦力が送られたのである。
それは……「我が米大陸こそが、世界最強でなければならない」という、大陸特有の傲慢さによるものだった。
逆にいえば、DFSを使用できるパイロットは、たった三人で西欧と米大陸の戦力差をひっくり返してしまえるほど強大な戦闘力である、と評価されていたのである……
明日も知らぬ僕達外伝
FANG!!
第壱話 東部アメリカ戦線
Side Akito
「ナデシコから徴兵されてきた、テンカワアキトだ。
形としては、ネルガルからの出向という事になる。
如何せん来たばかりで勝手を知らんが、今後しばらく世話になるのでよろしく頼む。」
ま、新入りがまずやらされる事といえば、自己紹介と相場は決まっている。
ご多分に漏れず、自己紹介をやる事になった俺は、上の通りの自己紹介をした。
そしたら、もう部隊の連中はネルガルの悪口の大合唱。
ついで、「んなダメ会社とっとと辞めて、クリムゾンに入れや」と異口同音に言ってくる。
流石に、これには辟易した。
その後、連中をヒロユキに押し付け、部隊の責任者アンドリュー・オイエン大佐の所に辿りつけば、この人まで同じ事を言ってくるし。
早い話、部隊全体がクリムゾンの回し者だったのだ。
しかも、全員が純粋に親切心から「ネルガルなんか辞めてクリムゾンに入れ」と言っている様子。
どうも、本気で「クリムゾンは良い所で、ネルガルは悪い所」と信じているらしい。
逆にいえば、北米大陸では、そう印象付けられるほど、クリムゾンが情報を好き勝手にできる、と言う事。
正直、ここまでクリムゾンの力が強いとは思わなかった……
「ううっ、嫌なもん思い出しちまった……」
「………俺達が、こっちに来た時の事か?」
「ああ……」
初日でしっかりと、ここでのクリムゾンがどれほど強大なのかを思い知らされているので……腹を割って話ができる相手はヒロユキ一人だ。
幸いな事に、コイツとは相部屋になっているので、盗聴にさえ気をつければ割と自由に話し合える。
なんせ、潜在的には、同僚や民間人も、クリムゾン側の人間、つまりは敵なワケだから、気が抜けねぇったらありゃしない。
「で、クリムゾンの連中は、どう出てくるんだろうな。」
「「二度目」で「プリンス・オブ・ダークネス」が西欧に出向した時は、かなり強引なやり口で、奴さんをスカウトしようとしたらしいが……」
「………? おいアキト、「二度目」って何の話だ?
それに、お前の話じゃ「プリンス・オブ・ダークネス」が西欧に出向した、なんて話はなかった筈だ。」
「あ……………」
そういや、コイツには「二度目」の話はしてなかったな………
実の所、「二度目」の事を知っている人間は結構限られている。
ジュンに俺、コウイチさんにイネスさん、プロスさんとゴートさん、後βと影護姉妹ぐらいか。
隠している理由は色々あるが、その最たるものは「プリンス・オブ・ダークネス」が、人外にしてもやり過ぎなオーバーパワーを振りまわしていたからだ。
あんな物聞かされても、士気を維持できる奴はそうはいないはずだからな。
ま、口が滑っちまったものはしょうがない。
俺は素直に白状する事にした。
「……「プリンス・オブ・ダークネス」にとって、これは三度目の人生なんだよ。
で、俺が今言った「二度目」って言うのは、「プリンス・オブ・ダークネス」の二度目の人生の事。
ちなみに言うと、ブローディアはその「二度目」で作られた「プリンス・オブ・ダークネス」専用機なんだ。
で、なんで俺が、んな事知っているかというとだな、ジュンの奴から聞いたからだ。
アイツは、元々は「二度目」の世界の人間で、奴と一緒にナデシコに乗っていたから、その時の様子を良く知っているのさ。」
「………初耳だな。」
「言わなかったからな。
「二度目」での「プリンス・オブ・ダークネス」の力は、尋常じゃなかった。
あんな様子を迂闊に話しちまったら、ナデシコの士気がとんでもない事になっちまうと思ったんでね。
まあ、他にも色々と理由はあるんだけどな。」
「………他の理由?」
「ああ。例えば………参考にすると、確実に大失敗するから、とかな。
「プリンス・オブ・ダークネス」は、「一度目」の人生での記憶をアテにしすぎて失敗した。
まあ、反面教師として生かす事もできるんだろうが………」
「「プリンス・オブ・ダークネス」が失敗だと? どんな……?」
「この戦争を、「一度目」と同じ結末にしちまった事さ。
そんな事すりゃ、世界の動きも「一度目」と似通って来ちまうって予測できるのに、だ。
まあ、力で抑えつけるつもりだったんだろうが……
今頃……ってぇ言い方も変だが、奴等がこっちにジャンプした後の「二度目」世界じゃ、草壁原理主義者共が火星の後継者を結成してるだろうよ。
俺は、同じヘマはしないつもりだ。その為の手も、幾つか打ってある。
けど、「二度目」の事を聞いちまえば、どうしてもそれに準じた行動をとりたくなりそうなんでね、「二度目」の事を知っている奴は最小限の人数に抑えたかったんだ。」
「……そう、か。判ったよ。とりあえずは、納得したって事にしといてやる。」
「………ありがてぇ。」
「………で、話を戻すが……「二度目」での出向では、クリムゾンからのスカウトが来たんだな。」
「ああ。ま、俺はともかく、プロスさんの養子であるお前にゃ、スカウトは来ないだろうがな。」
「てぇ事は、お前に的を絞ったスカウトか?」
「クリムゾンが「二度目」と似たような事を考えていたとすれば、だけどな。
けど、俺達はアレほど突出した戦果は出してないから、あんな強引なスカウトはしないだろうが……
ブローディアのデータだって、向こうにあるんだから、ブラックサレナ目当て、ってぇのも無いだろうし………」
と、まあこんな事を話していると…………
ヴィィィン、ヴィィィン………
「……出撃か。」
「現在、我が基地の北東80kmの地点に、4基のチューリップが集結。
付近にも、3基のチューリップが確認され、全て先の4基との合流を図っている物と思われる。
現在、我が基地の長距離ミサイルを打ち込んでいるが、有象無象の無人兵器に阻まれ、大した効果はあげていない。
そこで、こちらから出向いてチューリップを叩く!!
なお、本作戦の陣頭指揮は私が取る!!」
………また、ろくでもない事を考える大佐殿だな。
もっとも、基地で迎撃ってすると、30km先の小さな街が巻き添えを食う事になるけど……
にしても、チューリップ7基相手によく突っ込むつもりになれるな。
周りを見ると、前からこの基地にいる隊員達にも、真っ青な顔をした連中が結構いる。
そいつ等や俺達の心情を察したのだろう、大佐はこう言い放った。
「なんだなんだ、その顔はっ!!
いいか、我々が怯んだからと言って、チューリップが撤退してくれるワケでは無いのだぞ!!
怯んでいる暇があるなら、出撃準備を整え、戦闘に備えろっ!!」
言うねえ、この人も。
しかし、大佐の横で蒼くなっていた人物、確かアッシュ中佐と言ったっけ、が青くなっていた理由は、それではなかったらしい。
「大佐!! 貴方はこの基地の責任者なのですよ!!
そのような方が、わざわざ陣頭指揮を取らなくても良いではありませんか!!」
…………もっともだな。
ま、俺の知り合いには、ネルガルの会長のクセしてパイロットをやっている阿呆もいるが。
「この作戦を言い出したのは私だ。
その私が危険だからといって基地に篭ってしまっては、作戦の士気に関わる!!」
成る程ね……結構好きだな、このおっさん。
……死なせたくはないな。
Side Hiroyuki
現場へ向かう輸送機の中で、俺は隣に座った男、ケリィ准尉に話しかけてみた。
今回の作戦を聞いて、誰かに聞いておきたい事ができたからだ。
「なあ、あんた達ってチューリップを落した事があるのか?」
「ああ、何度かは、な。
一度に2基落した事もあるが……流石に7基となるとな。」
比較的強力な戦力だとは思うが、敵との差は歴然だな、これは。
大佐もよくそんな相手に、喧嘩を売る気になれたもんだ。
「だが、今回の作戦はお前等も来るんだろ?
聞いた話じゃ、お前等二人は単機でチューリップを落す、って言うじゃないか。」
「装備が良いだけだ。DFSさえありゃ、チューリップを落すなんざ簡単だ。」
「DFSか……どんな代物かは聞いているけどな。
あんな欠陥品、使う奴の気が知れねえんだが……」
「チューリップを落すには、他の選択肢より手軽で手っ取り早い。
それなりの腕と、援護してくれる味方さえいりゃ、あんな程度の欠陥、どうってことねえよ。」
「それなりの腕、ねぇ………」
Side Akito
チューリップ7基と、既にとんでもない数になっている上に、未だに吐き出され続けている無人兵器の群。
あいもかわらず、壮観な物だな。
『いいか新入り!! 俺達の役目は足止めだ。
間違っても深追いはするなよっ!!』
准尉。あんた今まで自分がパイロットの中で一番下っ端だったからって、先輩風吹かさんでも……
ま、今回は先輩の顔を立てましょうかね。
と、まあそういうワケで、俺のブラックサレナとヒロユキのスーパーエステバリスを含んだ空戦部隊は、他の部隊(主に砲兵)の体勢が整うまでの時間稼ぎをするべく、先陣を切った。
今のブラックサレナはF型。
外観は、エステとは全くの別物に変わり果ててしまっていた以前のサレナと異なり、「鎧を着たエステ」だとはっきり判る。
それでもなお、「ブラックサレナ」と判別可能な所は、流石趣味人ウリバタケ、といった所か。
その武装は、DFS2本の他には、ダリアの四神を参考にした攻撃用独立端末「ダンシングソード」8基だけ。
はっきり言って面制圧能力は、グラビティブラストを搭載しているB型に遠く及ばないが、その代わり四肢の自由度や運動性は、比べ物にならない程上だ。
また、スッピンのテンカワSpの状態でも、各種スペックならばブローディアに匹敵する(武装の差で勝てないけど)。
だが、これらの強化以上にF型の特徴となっているのは、サレナパーツに組み込まれたフェザーアーマーだ。
これは、フェザーをサレナパーツに組み込む事で、防御のみに特化させた物だ。
フェザーには、ディストーションフィールドを溜め込む、という特徴がある。
この性質を利用し、フェザーアーマーに溜めこんだディストーションフィールドをDFS使用中に放出する事で、DFS使用中でもディストーションフィールドの恩恵にあずかる事ができる。
更に、フェザーアーマーのディストーションフィールドと通常のディストーションフィールドを共鳴させる事で、時間制限つきながら下手な収束率のDFSならば防げるほどの防御力を実現できる「ディストーションハウリング」という技まであったりする。
言うまでもないが、ディストーションハウリング中のゲキガンフレアは、かなり強い。
……と、まあ本来の力は洒落になっていないブラックサレナなのだが、あんまり目立ち過ぎてマークされるのも面倒なので、ダンシングソードやフェザーアーマー使用の封印、リミッターの設定変更などで、スーパーエステに毛が生えた程度の性能に抑えてある。
流石に数が多い……と言うより、こちらが排除する数より、チューリップが供給する無人兵器の方が遥かに多いので、時を追う毎に戦況が敵に傾いていく。
俺としては突っ込んでいきたい所なんだが……
などと思いながらも、味方機の援護などをしながら戦っていると………
「味方の援護射撃が行く!! 全機射線上から退避!!
ナデシコ組は、突っ込みたかったら、その直後に突っ込め!!」
と、エステ隊隊長で、基地内では結構珍しい東洋人のトウジョウ大尉の指示が飛ぶ。
その数秒後、幾筋もの……グ、グラビティブラストだぁぁぁあぁっ?
随分とまあ、装備が充実しているもんだな……
俺達が出向してこなくても、なんとでもなるんじゃないか?
と思っていると、グラビティブラストは分厚い無人兵器の層で防がれてしまい、チューリップに届かなかった。
見た所、出港時のナデシコの物よりも威力が弱い、廉価版のグラビティブラストだったようだ。
『なるほどな。これなら、俺達にも出番があるっ!!』
「まったくだっ!!」
俺は、先に突っ込んでいったヒロユキの弁に相槌を打つと、奴の後に続いた。
グラビティブラストはチューリップまでは届かなかった物の、敵陣に幾つもの風穴を開けた。
俺とヒロユキは、それぞれ別の穴を通りながら、別のチューリップへと向かう。
大量の無人兵器が、雨のように攻撃を浴びせてくるが、俺達はその全てを避け、切り払い、やり過ごす!!
「『一つ!!』」
その瞬間、2基のチューリップが両断される!!
『す、すげぇっ!!』
『マジか!?』
『信じられん………』
通信機越しに、基地のパイロット達の驚愕の声が聞こえる。
その直後、俺達への攻撃が激化する………が!!
グォォォォォオォォォッ!!
ドォォォオォォォッ!!
グラビティブラストの第二射が奴等を襲う!!
実は、俺達はその射線上にいたんだが、皮肉にも無人兵器の層が俺達をグラビティブラストから守った。
その辺まで計算に入れてぶっ放しているのか? 後ろは………
大佐も中々侮れないおっさんだな。ただの無茶な親父ってワケでもないらしい。
「ナイスアシスト。」
『えらく心臓に悪いアシストだな。』
『文句なら大佐に言ってくれ。』
『了解。』
などと、無駄口を叩きながらも、俺達は次の獲物に向かう。
「『二つ!!』」
また二つのチューリップが真っ二つに切り裂かれる!!
『なんて奴等だ……』
『あの二人の凄さは……DFSだけじゃない!!』
『あれが……火星の獣、メタルファング…………』
返す刀でもう1基!!
「『三つ!!』」
残るは1基!!
だが、残存の無人兵器はその1基の周辺に集結している!!
「烏合の衆が、そんなんで壁になるとでも思ってんのかっ!!」
『まあそれは、俺達に任せな。』
砲兵隊隊長のマイク大尉がそう通信を入れてきた直後……後方のグラビティブラストが一斉に火を吐く!!
グォォォォォオオォォッ!!
『敵さんがまとまってくれていて、助かったぜ。
普通だったら、こうはいかないだろうからな。』
「すげ……あれだけの数が、きれいさっぱり吹っ飛んでやがる。」
廉価版とはいえ、あれだけの数を一点に集中させれば、かなりの威力になるらしい。
などと、俺が無駄口を叩いている間に、ヒロユキが最後の1基を切り裂いていた。
Side Hiroyuki
「ヤバイ、やり過ぎたみたいだ……」
アキトが俺の前でそう呟く。
「お前の場合、元からエースパイロットだ、っていう経歴があるから良いじゃねぇか。
流石あのメタルファングだ、とか言われるだけだろ?」
「そりゃぁまあ、そんなんだけどなぁ……」
「第一、あれ以上加減してたら死人が出ていたぞ。
俺は構わねぇけど、お前は構うんだろ?」
「………まあ、な。
しゃあない、今更何言ったって始まらない、か。」
こいつにしては、珍しく後ろ向きな事を言っているな……
原因は恐らく、いや間違い無く、今日の作戦の後、賞賛の嵐にさらされた事だ。
どうも、そのせいで、「二度目」の二の舞になる、と思ったらしい。
俺に言わせれば、戦争初期から最強のエースの一人に数えられる奴が何を今更……、ってとこだが。
「大体だな、俺がプロスさんの養子だからスカウトされない、ってんならお前もスカウトされねえと思うぞ。
プロスさんの養子である俺と始終一緒にいるワケだから。」
「あ………」
「…………これも、「二度目」の事を秘密にしたいワケか?」
「………あ、ああ……………」
「……確かに、クルー総出でこんな類の罠にハマっていたら、動きようがないわな。」
成る程ね、「「二度目」の事を聞いちまえば、どうしてもそれに準じた行動をとりたくなりそう」ってぇのは、こういう事なワケか……
第弐話「戦士の休日」に続く
あとがき
今後のストーリーは、主に西欧と極東で展開していきますので、はっきり言ってこのアメリカ編は添え物だったりします。
だもんで、アメリカ編はまったり進行……
色々な話も出てくるでしょうけど、重要度は低いです(ぉぃ)。
話数も少なめにする方針です。
「その時、アキト&ヒロユキはどうしてたの?」ってぇ話ですから。
二人とも、西欧出向時の「プリンス・オブ・ダークネス」ほどには、力という代物を過信してませんから、テツヤのようなキャラクターはお呼びでないです。
ただでさえ、「プリンス・オブ・ダークネス」がいるというのに、これ以上の敵も出しようが無いです。
(「時の流れに」でも、電子戦以外の人材なら、割と揃っていた印象がありますし)
ついでと言ってはなんですが、延び延びになっていたブラックサレナの紹介編を今回する事にしてみました。
ブローディアが攻撃力重視、ダリアをバランス型(どうも「時の流れに」を読んでいるとこんな印象があるのですが、これでよろしいでしょうか?)とするならば、このブラックサレナF型は防御力重視の機体、と言う事になります。
ダンシングソードにもそれなりの防御能力はありますし(攻撃用ですので、防御用の四神には及びませんが)、ディストーションハウリングの防御効果は半端ではありません。
まあ、しばらくは封印された状態で運用される事になるんですけどね。
ちなみに、F型のFはFighterのF。
ブローディア相手の接近戦を念頭に入れて設計された、接近戦仕様です。
ちなみにアキト達が来たこの基地は、「時の流れに」で「プリンス オブ ダークネス」が飛ばされていった基地より小規模ですが、保有戦力はむしろ上です。
アメリカの軍事力は世界最強、というのを明確にしたくてこうしたのですが、どうでしょう?
それでは、誤字脱字の指摘や国語的な間違いの指摘、感想などをおまちしております。
|