真・冥王計画
第零話
『発端』

 

 

 

 

「くくくく……はーっはっはっはっはっはっは!!」

荒野と化した大地に悪魔の笑いが木霊する。

悪魔の名は木原マサキ。

鉄甲龍の科学者として八卦ロボの開発に従事していたが、ある時野望に目覚めゼオライマーを奪って脱走する。

だが彼は自分が暗殺される事を事前に予期し、自分のクローンを作った。そしてそのクローンが成長した時にゼオライマーが覚醒、冥府の王となるようプログラムを施した。

さらに、万が一ゼオライマーが敗れた場合を想定し鉄甲龍側にもう一体のクローン――幽羅帝を残したのであった。

結果、悪魔の策謀は想定していた通りに進み、クローンの一人でゼオライマーを操っていた秋津マサトという15歳の少年の人格は消去され、木原マサキという悪魔がその肉体を乗っ取った。

「俺の名は木原マサキ! 冥府の王にして全てを支配する者だ!」

そして行われたプロジェクト――冥王計画で地球は完全に死の星と化し、この星はありとあらゆる生命が死に絶えた。たった一人、冥王となった木原マサキのみを残して。

だが一個の惑星を滅ぼしたぐらいでは悪魔の飢えと渇きが満たされるわけもなく、悪魔は死の星と自らの手で変えた、かつて地球と呼ばれていた青い星を飛び立ち赤い星へと降り立った。

マサキは己の飢えと渇きを満たすために、次元連結システムとゼオライマーの更なる改良に着手した。

まず初めに氷室美久の人格を消し、鉄甲龍要塞を動かすエネルギーを引き出すためだけのパーツに変え、小型化した次元連結システムを美久と同様に生きた人形へと作り変えた。

だがその人形には自我というものは搭載させず、初めからゼオライマーの中で命じられるままに動くためだけのパーツとしてこれは生を受けた。

そして元よりその巨大さ故に回避性能が極端に低かった――もっとも、バリアと重装甲で落ちることはなかったが――ゼオライマーは20m強にまで縮小され、フォルムもより鋭利で上半身と下半身に分かれていたパーツも同化させて一体のものとし、ここに新たなる天――冥界の使者が産声を上げた。

ゼオライマーの改良が済んだマサキは己の体をより理想のものへと近づけるために何度もクローン体を作り上げ、己の記憶を移し変え続けてきた。

時には頭脳を強化し、時には運動能力を強化し、時には脳のリミッターを制御しうる術を与え、その他考えられる全ての能力を強化し続けた。

そしてマサキが冥府の王となってから何十年もの月日が経った今日、

「……素晴らしい力だ」

最強にして最悪の冥王が誕生した。

今まで人間の限界に挑戦してきた者達が、それこそ人生の全てをかけて築き上げた境界線を悠々と乗り越る膂力を持ち、幾度の試行錯誤の末に博士号を取った人間ですらもその足元に跪くほどの頭脳を持ち、ゼオライマーという絶対的な力を操る術を持って。

「今回は二ヶ月か。この培養液も更なる改良が必要だな」

傍らに備え付けられたデジタル式の時計を一瞥し、つい先程まで自らが納まっていたシリンダーを満たす液体を拭きながら、より高みへと辿り着くための手段を考える。

人を超えた身になろうとも知への探究心は一切衰えてはいない。それどころか、この肉体を得るまでに何度も改良を重ねてきたこともあってよりそれは大きくなっていた。

『警告。微弱ナガラ有機体ノ反応ヲ確認シマシタ』

「有機体!? 馬鹿な! この星は俺以外が生きていけるような星ではない!」

機械的な少女の声にマサキが珍しく驚愕の声を上げる。

「美久。その反応に間違いはないな」

『ハイ。トテモ微弱デハアリマスガ』

機械的な少女の声の正体は氷室美久。かつてはマサトのパートナーとして共に戦った彼女だが、今ではマサキが根城にしている鉄甲龍要塞のもう一つの動力として調整され、無尽蔵にエネルギーを引き出して要塞を動かすための歯車にしか過ぎない。

数ある改良を終えたマサキが最後に着手したのが鉄甲龍要塞。15年もの間、ゴビ砂漠の地下に潜っていただけあってその居住性は高かったのだが、マサキにはそのようなもの不要であったために実用的な装備が次々に追加されていった。

そういった追加装備の一つに有機体を探知するレーダーがあった。

これにより鉄甲龍要塞から一定の範囲にある有機物は地下であろうと空中であろうと全て見つけ出される。これでマサキは地下の深くに潜った人間も全て消滅させたのだった。

「――この俺が見逃していたものがあったというのか?」

勿論その答えは否である。火星は初めから死の星であり、過去には存在していた形跡があると何度かTVで馬鹿な学者が熱弁を振るっていたのをマサキは目にしていたが、それはあくまで過去の話であって今ではない。

その火星に鉄甲龍要塞のレーダーが反応を示した。つまり何らかの有機体が存在することになる。

そして沸き起こる冥王となっても枯れ果てることのなかった科学者としての探究心。有機物など存在しないはずの火星に存在する物を調べたいと思う純粋な探究心が、マサキを突き動かす。

「美久。場所は」

『火星、極冠ニアルオリンポス山ノ最深部デス』

「あそこか」

明らかに人為的な何かが加えられていたにも関わらず、そこはマサキの頭脳でも全てを解き明かすことが出来ず、ゼオライマーの力でも砕くことの出来なかった唯一の場所。

そこがあったからこそマサキは己の体を作り直し、ゼオライマーの強化を行ったのだった。

「今頃になって自分から姿を現すとはな。この俺を誘っているのか」

くくく、と低く笑う。

「いいだろう。どのような罠であろうと冥王と俺の築き上げた要塞の前には全てが無駄と教えてくれる」

ミジンコのような風貌の鉄甲龍要塞を淡い橙色の光――次元という絶対不可侵の壁を越えるための膜が包み込む。

瞬間、鉄甲龍要塞は火星のオリンポス山の山頂にその姿を現した。

そこは今までの氷に閉ざされた巨大な山ではなく、鉄甲龍要塞はその内に収めてもなお有り余るほどの大きさがあり、奈落の底へと続いているかのような大きく巨大な穴が広がっていた。

「ここか。一体何がどうなっている」

『先程ノ反応ハコノ奥カラデス』

「ふん小賢しいことを考える奴がいる。美久、このまま潜行しろ」

『了解』

低い鳴動音を響かせながら要塞はその穴へと沈んでいく。外の光景は玉座に座るマサキにも見えているのだが、底へ底へと近づいていくほどにマサキの顔がどんどん歪んでいく。

彼の目の前に広がっているのは壁一面が謎の光を放つ不思議な空間。それはまるで生きているかのように時折蠢きながら冥王を迎え入れることを喜んでいるかのようにも見える。

マサキが普通に生きていた時からこんな技術があることなど全く知らず、それどころか美久とは違い本当に生きている機械など今の彼でも作ることなど不可能だ。

「次元連結システムと同じオーバーテクノロジーか。なるほど、これはなかなか興味深い」

『最深部ニ到達シマシタ。先程ノ反応ハマダ奥ノヨウデスガ、鉄甲龍要塞ノ大キサデハココカラ先ヘハ進メマセン』

「ゼオライマーで出る。そのまま探知を続けていろ」

『了解』

十秒と経たない内にゼオライマーへと乗り込んだマサキがその空間へと降り立つ。そこは鉄甲龍要塞が楽々と収まるだけあってゼオライマーでも悠々と立っていられる程に広い空間。

その空間を形成している機械を毟り取り、コクピットを開いてマサキはそれを手に取る。

「やはりまだ活動しているのか。だがこの程度はまだ序の口にしか過ぎん」

直感でそう判断したマサキはゼオライマーをさらに奥へと闊歩させる。途中で狭くなったところは問答無用で破壊し、さらに奥へ奥へと歩を進める。

一体どれだけの歩を進めたかマサキにもわからないが、やがて一層開けた場所へと辿りつく。

そこは今までの機械が支配すると何ら変哲のない空間だった。その中心にそびえ立つ正方形の建造物以外は。

「何だあれは」

『反応ノ正体ハソレデス。デスガ詳細ハ一切不明』

「面白い。まだこんなものがあろうとは」

ゼオライマーの腕を伸ばしその正方形の建造物に触れようとした瞬間、突如としてその正方形が花開き、そこから獲物を捕らえる食虫花を思わせる触手が何本、いや何十本も飛び出しゼオライマーに絡みつく。

「ちっ! この程度のものなど引き千切れゼオライマー!!」

腕を限界まで伸ばし、時には鷲掴みにして触手を引き剥がそうとするがそれは伸縮自在な上にかなりの弾力があって決して剥がれない。次元連結システムでピンポイントに破壊しても余程強靭なのか、傷一つつかない。

このままそれはゼオライマーを取り込むかと思いきや、それは布に染み込む水滴の如くゼオライマーの中へとどんどん入っていく。

染み込んでいくそれと比例して徐々に小さくなっていく正方形と、それに反比例してマサキの手から離れていくゼオライマー。明らかにゼオライマーはその正方形によって乗っ取られていた。

「何がどうなっている…!」

いくらコンソールを叩こうともゼオライマーがマサキの手に戻ることはなく、焦ることなど無縁なはずのマサキの額に大粒の汗が浮かぶ。さすがの悪魔も今の状況に焦っているのだ。

だがゼオライマーの乗っ取りは終わることなく、やがて正方形の建造物は成人大の大きさへと縮んでいった。そしてそれの中心、さながらつぼみのように閉じた最後のそれが開いた時、マサキはまた顔を歪めていた。

「ようこそ冥府の王、木原マサキ」

そこにいたのは一人の少女。一糸纏わぬ幼い体の全てを覆う水色の髪の少女。

だが彼女も作られた存在であるらしく、その体が時折ブレては消えつつあった。知能と心紛いのものを持たされたホログラムだとマサキは判断し、

「貴様が俺を呼び、ゼオライマーを乗っ取っているのだな」

認めたくはないがゼオライマーを乗っ取っているのがこの年端もいかない少女だと確信する。

「はい。この方が話しやすいです」

「冥府の王とわかってもなお俺と対等に話すか。面白い、何の用があってこの木原マサキを呼んだ」

「話すよりもこれを見てほしいです」

ゼオライマーが膝をつきマサキを少女の前へと降ろす。その少女の手には立体映像が浮かんでいた。

それに浮かぶ映像は何かの戦争のようだった。明らかにゼオライマーよりも小さく、より人間に近い機械が虫やら巨大な人型と戦争しているそれを見てマサキは愉快そうに笑う。

「やはり興味深い技術だ。そしてつまらん男もいる」

自らの意志とは関わりなく戦いを強要され、モルモットとして扱われ、最後は殆ど自爆で終わる――何とつまらない腑抜けた奴だとマサキは笑う。

「貴方の言う通りこの男自体は放っておいても問題はなかったです。けどこの男は時を遡り、限りなく近い世界で自分の都合のいいように終わらせようと画策しているです」

「だからどうした。この俺には一切関係のない」

「貴方にはこの人間を殺してほしいです。というよりもこの世界そのものを冥府へと変えてほしいんです」

何でもないように――無邪気な子供が蟻を踏み潰すように――少女は笑顔で件の人物を殺せとマサキに依頼する。それがマサキの興味を引き、しばしの間考えた後に

「くっくっく……いいだろう、その話乗ってやる」

マサキは少女の依頼に乗ることを決める。

いずれ他世界を冥府へと変えることも考えていた上に、敵という存在が全くない現状にそろそろ飽きがきていたマサキにはこの上なく甘美な誘いであった。

「ありがとうです。それでは私はこの辺りで消えるようプログラムされていますので」

「何を言う。貴様には俺の冥王計画――いや、真・冥王計画の行く末を最後まで見ている義務がある。それに」

「?」

「この技術について貴様から聞く必要がある。肉体を持たずに滅ぶというならこの人形にでも宿っていろ。

その程度のことなら今の貴様でも出来るな」

マサキが指差した先はゼオライマーの胸部。そこは次元連結システムの眠る場所であり、マサキが自我を与えなかった生きた人形の眠る場所でもあった。

あまりにも唐突に言われしばしの間呆然と立ち尽くしていた少女。だがその言葉の意を理解すると見た目に相応しい輝く笑みを浮かべて頷いた。

「わかったです。貴方の作った生きた人形、借りるです」

いつの間にかその姿を晒していた人形と少女のホログラムが重なり、黒かった人形の髪はホログラムの少女と同じ水色の髪へと変わり、光の宿っていなかった瞳に意志の光が宿り、動くことのなかった四肢が確かめられるように動き、器官はあっても発せられなかった声が発せられた。

「凄いです……独学でこれだけのものが作れるなんて」

挙句、感情のなかった人形が驚愕の感情を示すようにまでなっていた。

「俺をなめるな。それで、殺せというのだからその次元に行く術はあるのだろうな」

「はい。ここに残された技術の中に次元を超えるものがあるです。このままゼオライマーと鉄甲龍要塞ごと転移させますが……いいのですか?」

「愚問だ。さすがの俺でも次元を超えてエネルギーを引っ張ることは出来るが、物体を引き連れて超えることは不可能。お前の持つ技術、この目で確かめさせてもらう」

以前までのマサキならば自分に出来ないものはないと豪語して少女の問いを跳ね除けただろう。だが、今のマサキは己の力量を正確に知り、限界を超えた存在を己が内に取り込んで更なる力とすることを苦もなくやってのける。

彼は力だけでなく人間的にもかなりの成長を遂げていたのだ。

「わかったです」

マサキの言葉を受けて少女は再び元の場所に、ゼオライマーの胸部へと収まりマサキもそれに続いてコックピットに座る。

そしてゼオライマーの正面モニターに現れる幾つもの数字。

それは空間座標を表した数字であり、明らかにマサキがいる空間、次元とは異なる数字を示していた。

どうやったかはわからないが、少女はマサキの作り上げた次元連結システムをさらに昇華させ、別次元へと跳ぶことが出来るようにしたらしい。

「やはり素晴らしい技術だ。そういえば貴様の名を聞いていなかったな。この冥王をうならせるほどの技術を持った者だ、その名を覚えておこう」

「名前――私に与えられたのはこの役割だけ。名前なんてありません」

「名無しか。お前は俺の手足となって働く以上、いつまで名無しというわけにはいかん」

これがマサキなりの賛辞。逆らえば情け容赦が一切ないが従えばそれ相応の礼はする。

「……ミン・ユィン。八卦の連中もそうだがかつて存在した中国の言葉だ。次からはそう名乗れ」

「ミン……ユィン……それが私の名前。ありがとうです。それでは、跳躍」

ゼオライマーと鉄甲龍要塞を包む空間全てに浮かび上がる幾何学模様全体が輝き、冥王の手足と冥王の社は虹色の光を残してこの次元から消えたのだった。

 

   

   

   

 

悪魔が天と子を連れて跳んだ先は火星だった。だがその光景はマサキの知っているそれとは明らかに違っていた。

大気がないため宇宙の漆黒がそのまま見えた空は虹色の光で覆われ、赤茶けた大地には何とも巨大で奇妙な紫色の物体が所々に突き刺さっている。

「ここか……なるほど、ナノマシンを使って惑星そのものを改造したか」

「はい。ですが、もうこの地に住む人間はごくわずかしか存在しないです」

「木星蜥蜴、いや木連か」

マサキの答えにユィンは再びはいと頷く。

この次元に来て早々マサキはこの世界に関するあらゆる知識を吸収していった。元より改良しているだけあってその吸収力は凄まじく、今では知らぬものなどないと断言出来るほどだ。

「いずれ俺が滅ぼす、今は放っておけ。それよりナデシコが消えてからどれほどの時が経った」

「およそ一ヶ月です」

「一ヶ月か……あれが出来るまで大体一週間――十分だな」

何やら一人で呟いたマサキは一人で何かを納得し、冷淡な笑みを浮かべる。

「? どうしたです?」

「いや、何でもない。ははは!」

高々と笑っていて何でもないというのは無理だと思うが、ユィンはそうですかとだけ頷いてマサキと共に鉄甲龍要塞へと戻っていった。

その後八ヶ月、マサキは要塞内に設けたラボに篭りっきりだった。

 

 

 

 

ここは鉄甲龍要塞の謁見の間。かつて幽羅帝が八卦衆に指示を出す時に使われていた場所である。

その玉座に腰を下ろしているのは木原マサキ。そのすぐ横で一回り小さな玉座に座っているのはユィン。さながら一国を治める王と王女といったところだろうか。

その王と王女に膝をついている八人の男女。

風の八卦を司る耐爬。火の八卦を司るシ・アエン。沢の八卦を司るシ・タウ。水の八卦を司る葎。地の八卦を司るロクフェル。山の八卦を司る祗鎗。雷の八卦を司る塞臥。もう一つの天の八卦を司る秋津マサト。

彼らの名は八卦衆。マサキに再び生を与えられた彼らはマサキを絶対の主と考え、彼の影となり手足となって働く実行部隊である。

「お前達に集まってもらったのは他でもない。真・冥王計画を発動する時が来た」

八卦衆の顔に緊張が走る。彼らは皆、この計画を遂行するために生まれたのだから当然だろう。

「耐爬、アエン、タウ、ロクフェルはこのままここで俺と共に残りの八卦ロボを作り上げろ」

「「「「はっ」」」」

「祗鎗、塞臥はクリムゾンへと進入し、何かしら動きがあれば逐一俺に知らせろ。それなりの地位につけれるように狸とは既に交渉を済ませてある」

「「はっ」」

「葎はローズセラヴィーの月の子でナデシコの動向を監視しろ」

「はっ」

「マサトは木連に潜れ。いかにして潜り込むかは俺の頭脳を与えているお前なら可能だろう」

「了解」

「頼んだぞ八卦衆」

八者ニ様の返答をもって八人は面を上げる。その顔は誰もが決意に満ち、すぐさま己に与えられた使命を果たすべく動き出す。

彼らが謁見の間からいなくなって数分後……

「それよりユィン。お前の口調はどうにかならないのか」

「? これがデフォルトです。変ですか?」

「……そうか。ならば何も言わん」

ユィンを作った者の趣味を思い切り疑っていたマサキだった。