マサトがプロスと契約を済ませていた頃。

バッチイイィィィィィンンン!!

頬に綺麗な紅葉を貰った九十九がいた。

 

 

 

 

 

 

真・冥王計画
第ニ話
『山雷』

 

 

 

 

 

 

コンコン

「あらお客さんのようね。開いてるわよ」

イネスさんの薦めで今はベッドに横になっています。色々あって疲れてるでしょ? って笑顔で言われたらそりゃ断れませんって。ユィンは寝たフリしてるし。

でも厳しそうな顔でやって来た人と話しているプロスさんにイネスさん。これはもしかしなくても白鳥のこと、ばれたな。

「すみませんアキツさん。ちょっと野暮用が出来たもので」

別に礼なんて言わなくてもいいと思うけど、でも礼には礼を返さないと。

「いえ、気にしないでください。ここまでよくしてもらったんですから」

「そうですか。では、失礼」

……さてさて、白鳥はどこまで喋るのかな。あの方に教えてもらった歴史じゃハルカ・ミナトって人と恋仲になるかな〜って時に死んじゃったらしいけど。

でもまあ戦神が助けるんだな。それが関係のない人達の死を呼び込んでいるっていうのに、本当に愚かだね。

(――来るです)

ん? 来るって何が?

(すぐにわかるです)

ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!

「非常警報? 変ね、もう侵入者は捕まったはずなのに」

首をかしげながらもコミニュケ……だっけ? それでホシノ・ルリに連絡を取るイネスさん。ふうん、あれが電子の妖精の小さな頃の姿か。

あれだね、その筋の方には直撃コース!! ってやつ? そういう意味じゃうちのユィンも負けてないけどさ。

「どうしたのブリッジ。侵入者は捕まったって聞いたけど」

『イネスさん!? 今どこにいるんですか!!』

「医務室よ。その様子だととても大変なことが起きたみたいね」

『はい。人数は八人ですけれど最悪過ぎる侵入者です。何があっても医務室から出ないでください』

「わかったわ。こっちとしても患者がいるわけだし、しっかりとロックはしといてね」

八人の侵入者……ホシノ・ルリの慌てよう……ああ、北辰達か。それじゃ慌てるわけだ。

でもおかしいな。僕はもっと後に寄越せと言ったんだけど……白鳥が落とされるのは予定外だったから送ってきたってところか。

(マサト、貴方が戦神のデータを持ってくるように言ってたです)

―――――忘れてた。

でもこっちには害があるわけじゃなし、放っておくのがいいさ。

(了解です。でもボケるにはまだ早いですよ、マサト)

 
グサッ!!

 
「……さっきからころころと表情を変えて面白いことしてるわね」

「あ、あははははは……ちょっと将来が心配になってきたんで。老後が特に……」

ま、僕達八卦には老後の心配なんか一切いらないけど。

「それならこれでも打つ? 色んな病気などに効果覿面、既に人体実験済みだから大丈夫よ」

「い、いえ! 遠慮いたします!!」

な、何あの人の手じゃ決して生み出すことの出来ないグロテクスで奇妙な色の液体は!? しかも沸き立っていますよ!?

「あらそう? 残念ね。やっぱりヤマダ君だけじゃデータにならないから新しい人でしようと思ったんだけど……仕方ないか」

といって懐にその危険物を仕舞いこむイネスさん。

い、今すっごく不穏なこと言いませんでした!? やっぱりマッド!? これからは打たれないように気をつけよう。うん。

――あれ? でも八人って変じゃない? 北辰の部下は六人で、北辰を入れても七人だけど。

(塞臥です。木連は裏でクリムゾンと繋がっているから、そこからの派遣という形で北辰と共に来たです)

あちゃー、こりゃ血を見るのは確実だな。塞臥は僕達の中でも一番残虐だし、何より苛めるのが大好きだし。

ま、その内戦神が現れるのを待って、僕らは寝るとしますか。おやすみ〜〜

 

 

 

 

「――これがあの戦神の実力なのか」

DFS、ブラックサレナを持たねばここまで弱いとは……正直落胆している。

冥王殿より授かり俺の任、月にて奴とダイマジン……といったか? それの戦闘を見ているがあまりにも稚拙。

「確かに不利な状況であるなか戦い続ける奴の技は認めよう。だが、ああも強き機体と武器の性能に頼っているようでは」

冥王殿の天のゼオライマーはおろか俺のバーストンにすら敵うまい。

元より俺のバーストンはDFSに抗するための装甲を備え、フィールドを貫通する実弾のみを装備した、完全にこの世界の機体にとって天邪鬼とも呼べるだろう。

だがそれだけだ。大きさが半分以下のエステバリスに命中させる技量、その他射撃武器も己の手で定めなければならん。

しかしあの青年が戦神というのも不思議なものだ。つい先日に共闘し、共に時間を過ごしたあの時からはまったく想像も出来ぬ……

 

 

 

俺は多少の時間を余していたこともあって月面都市を見て回っていた。

いずれこの地も滅ぼされるとはいえ、今を生きてる者達の顔を見ておくことは悪くは無い。むしろ俺はこういった光景を好んでいる。

「俺達と遊びに行かない?」

「わ、私は家の手伝いがあるから……」

どこにでもあの類の輩はいるのだな。ああいった輩ほど真っ先に消すべきだ。

しかし……あの奇抜な衣装は一体なんだ? 我らが八卦の装束も珍しいが、あれほどに奇抜というわけではない。

何と言おう……ああ、変態だ。そんな輩に絡まれてはあの子も迷惑だろう。

「おい、その子は嫌がってるじゃないか。それに、別段たいした被害も無かったんだろ? 許してあげたらどうだ?」

ほう、地球人にもなかなか見上げた者がいる。しかしあの顔、間違いなく戦神。冥王殿が一番脅威と言っていた奴。

……なるほど、実に良い体をしている。あそこまで昇華させるに余程の鍛錬を積んだか。敵ながら見事。

「ああ? あんだテメエ。俺達に刃向かって仕事、首になりたいか?」

「その人は何も関係ないじゃないですか!」

「うっせえな!!」

「……そのあたりにしておけ」

いかん。気がつけば介入してしまっていた。だが女子を平然と殴るような輩に慈悲も必要ない。

アエンやタウ、ロクフェルのように強き者は除外する。あれは俺達よりも強い。

「だ、誰だよテメエ!! テメエも俺達に逆らうギャバァ!!」

少々の身長差で怖気づく子蝿を裏拳で黙らせる。軽く五メートルは飛んだが生きているだろう。あの手の輩は大抵いつまでしぶとく生き残るのが世の常。

「煩い輩だな。そこの青年、雑魚を一匹任せてもかまわないか?」

「当然」

後は言うまでもないだろう。俺と戦神を相手にして権力を傘に威張っているような輩が敵うはずなどなく、悪役にもならないお決まりの捨て台詞を吐く前に眠ってもらった。

男児たるもの己の手で望むものを掴み取るべき。そういった意味では戦神には共感を持てる。

「あ、あの…助けてくれてありがとうございました。で、でも大丈夫なんですか?」

「ああ、そのことなら大丈夫。あんな奴らの思うように事は運ばないだろうから。

俺はテンカワ・アキトっていうんだ。君は?」

「私は久美といいます」

あの氷室と似た名か。なるほど、言われてみれば似てなくもない。

これも歴史の修正力というものか? ならば冥王殿と似た存在もどこかにいるかもしれぬ、ということか。

「そっちの人も助かったよ。名前、何て言うんだ?」

「俺は祗鎗。男として当然なことをしたまでだ、気にするほどではない」

「はは、違いない」

こうして接触してみれば戦神とて、ただの一青年にしか過ぎぬ。俺が八卦でなければ良き友になれだろう。

だがそれはあくまで夢想の世界。今、ここに存在している祗鎗という男は紛れもなく八卦が一人、山の祗鎗。

「私、ここにある工場の食堂で働いてるんですけどさっきの人達、何度も何度もしつこく迫ってきて……でもおかげですっきりしました。

お礼も兼ねて何か作ってあげます!」

「そう? それじゃお言葉に甘えさせてもらうよ」

故に任を優先し、ここで去らなねばならぬのだが、

「礼とあらば無下に断るわけにはいかん。同じく馳走になろう」

俺から出た言葉は違っていた。

何故だ――何度も考えたがその答えは見つからなかった。

「着きました!」

あまりに考えに没頭しすぎていたか、いつの間にか彼女の言う食堂に着いていた。

いくら考えても埒が明かない。仕方が無い、今はこの状況を素直に受け入れるのみ。

「おやおやアンタ達が娘を助けてくれたのかい? 近頃は地球から配属された役員が幅をきかせて大変だったんだよ。

その役員の息子達を張り倒すなんて、漢だね!!」

「気に入ったぜお二人さん!! これは俺からのサービスだ、美味い料理を作るから食べていきな」

「あ、いやそれ程でもないですよ」

「当然のことを褒め称えられるのは困る」

「カカカカ!! いいねえその謙虚さ! 益々気に入ったよ!! 母ちゃん、とっびきり旨いモン馳走してやろうぜ!!」

「あいよ!! アンタ!」

暖かい場だ、ここは。こんな人を滅ぼしてまで冥王殿が作り上げたがる世界――いかんな。冥王殿を否定するなどと。

何を悩む祗鎗。お前は冥王殿の手足となって働く八卦衆だろうが。冥王殿の否定は即ち自分を生み出した冥王殿の否定、自分の存在意義の否定だということぐらいわかっているだろう。

だが――それでも俺は―――――

 

 

「ご馳走様でした」

「馳走になった」

やはり答えは出なかったが、ここの食事は旨かった。耐爬の奴に習わせてみるか?

クリムゾンに潜入し、そこの令嬢の世話係となったが故に料理に目覚めた風の八卦を思い出した。

「お粗末さまでした。で、どうだい? 旨かったかい?」

「ええ、最高でした!」

「同じく。実に美味だった」

長居をするつもりはなかったが、気がつけば茶をすすり談笑していた。

どうにも狂う。

「ねえねえ、アキトさんって学生?」

「いや、違うけど? 一応、社会人だよ」

「それじゃこのプラントには仕事で来たの?」

二人だけの空間で話し込む二人に、ご両親と俺は揃って苦笑していた。

「久美の奴、すっかりテンカワのボウズに惚れちまったなあ」

「いいじゃないかい。あの子ならきっと良いお婿さんになるよ」

「まあそりゃそうか。にしても祗鎗さんだっけか? アンタ、随分と古めかしい言葉を使うんだな」

八卦は大概がこういった喋りだが、やはり変なのか。

「あっははは。そんなに気にするこたぁないよ。アンタの体格もあってよく似合ってるよ」

「母ちゃんの言うとおりさ。それに着ている服もどっかの民族衣装みてえで格好良いしな!」

「これは中国の漢民族の民族衣装を基にしたと仲間から聞いた」

ただ、色々と機械をいじるようになってから何かに目覚めたアエン特製なのが問題だ。

基本的にタウが犠牲なるから俺達に直接的な被害はない。それだけが救いとでも言うべきか……

「へえー中国のね。確かにギソウなんてそんなところしか付けないわな」

「ああ。俺が唯一尊敬する方から授かったこの名を、俺は何よりも大切にしている」

「そうそう。親ってのは大切にしなきゃね」

「その点ならうちの久美は大丈夫だな!」

やはり心が安らぐ。時折、このような場に訪れて心を休ませるのもなかなか良いかもしれん。

だがその安らぎをぶち壊しにする下卑た連中が押し入ってきた。あの顔、ついさっきボコにした連中か。

戦神も呆れた顔をして奴らを見ている。まったく、こういった連中ほどこの世界にはいらん。

「やっと見つけたぞ!!」

「こんなとこにいやがったか!!」

「もう泣いて謝ったって許さねえぞ!!」

殺気もなにもない恫喝など無意味。真に脅すのならば殺気と睨みだけで事足りる。冥王殿のようにな。

「時にテンカワ。先程から二人だけで良い雰囲気を作っていたが、惚れたか?」

「ブッ!!」

「あ、あう……」

茶を噴出しむせ返る戦神。顔を真っ赤にしてうつむく久美殿。

まだまだ青いぞ、二人とも。

「お、おい!! 無視してんじゃねえよ!! それともこの人数を見て気が狂ったか?」

「ああ、同感だ」

呆れ半分、愚かさ半分の返事を返してやると、

「へ、へへへへ。やっぱそうかよ! 今ならまだ土下座して謝んなら許してやらんこもとないぜ?」

「何を勘違いしている。俺はその程度の人数で戦を起こそうなどと考える、お前達のお粗末な脳を心配している。

それとも気が狂っていてそれすら区別がつかなくなったか? だとすれば良い医者を知っている、教えてやろう」

『!!!! っざけんな!!』

人の親切は素直に受けるべきだが……

「もう謝ったって許さねえ!! おい!! やっちまえや!!」

連中が後ろにいる者達に指示を飛ばすが、誰一人として動こうとはしない。

「なあ、あれってパイロットが付けるI.F.Sだよな?」

「しかもそっちの大男がテンカワ、女の子はアキトっていった」

「おまけにあの機体が入ってきている」

「こりゃ確定だわ。確かにこの人数じゃ負け確定だし、後ろにいる連中にやられたくはないし。

悪いけど坊ちゃん方。俺らはここらで降ろさしてもらいますわ。首にでも何でもしてくださって結構ですから」

どうやら戦神の正体に気付いたらしい。後ろにいた連中はあっさりと引き下がっていった。

「な、何だよ!! お前ら、本当に首にするぞ!?」

「だからどうぞって。あの『漆黒の戦神』テンカワ・アキトとやるぐらいならそっちの方が何倍もマシですから」

連中は皆去った。残されたのは事態に着いていけなかった三馬鹿のみ。

「それで、どうするのだ『漆黒の戦神』」

「そうだな……このまま人間サンドバックにしてみるか」

連中の肩が震え上がる。

なかなか戦神もノリが良い。

「お、覚えてやがれ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「…………く」

「……ぷ」

「あはははははははは!!」

「わははははははは!!」

この日、俺は初めて腹の底から笑った。

ひとしきり笑い終え、食堂から出ようとして俺に、二人に泊まっていってはどうかと聞いてきたが拒否した。

これ以上、共にいては情が完全に移る。真・冥王計画を行う上でこれ以上、人に対する情は持ってはならない。

だから俺は去った。その時が来るまでバーストンの中で過ごした。

 

 

 

少々の間、郷愁にふけっていたか。

しかし、この程度の児戯ならばいつまでも見ている必要などないだろう。少々の援護をして帰還する。

「聞け、山の響きを」

バーストンの背に装備されたミサイル・ランチャーから十発のミサイルが放たれ、木連の機動兵器に全て命中する。

これであれは行動不能に陥った。いずれ奴の部隊のものに回収されるだろう。

「……生き残れ、戦神」

鉄甲龍要塞に帰還した俺は、ナデシコの妖精が一人いることに驚いた。

 

 

 

 

「つまらぬ。その程度の力量で我らと戦おうなどと……笑止」

「無様だなヤガミ。それでもクリムゾンでそれなりの実力を持っていたんだろ」

「テ、テメエ塞臥。何で、そんな、奴らの、とこに、いる」

あのナオさんが成す術もなくブリッジに倒されました。あんな人、過去には存在していませんでした。

あんな悪趣味な赤髪で、アキトさんとは違った真っ黒などこかの民族衣装を着る人なんて。

他にもリョーコさん達が北辰の部下と戦っていますが、倒されるのも時間の問題です。

「何をしに来た北辰!! 塞臥!!」

「どこぞの間抜けが落とされたから我らが表へ出てきたまでよ。そう猛るな白鳥」

「本来なら俺達が出てくることはなかった。まったく、余計な手間をかけさせる」

北辰、塞臥という男から滲み出る狂気にクルー全員の息を呑む音が聞こえました。

震えるラピスの肩をきつく抱きしめました。そうしないと私も壊れてしまいそうでしたから。

「縄を解いてやれ」

「はっ」

北辰の部下が九十九さんを縛っていた縄を解き、自由になった九十九さんに塞臥が言葉を続けます。

「白鳥、お前は邪魔だ。そこの女どもを人質になり何なりしてこの艦から脱出して、近くにいる味方の艦に回収してもらえ」

「ふざけるな!! 女性を人質にするなどと木連軍人にあるまじき行動を出来るか!!」

「下らん戯言だ。どこの世界に女子供を殺さない戦争がある? あの戦神であっても間接的に殺しているんだぞ、まだまだ幼い少女をな」

塞臥の言葉に目を見開くナオさん、アリサさん、シュン提督、カズシさん。西欧に出向している時に何かあったっていうんですか?

「北辰、お前の部下を三人つけるが構わんだろ」

「無論」

塞臥の言葉を否定しきれず、悔しがる九十九さん。

「済みません……結局、貴方達を巻き込んでしまって」

「……まあ、仕方が無いわよね」

「少なくとも、身の安全は守ってね」

九十九さん、ミナトさん、レイナさんが、北辰の部下に囲まれながらブリッジを去ります。

しかし……誰も動く事は出来ませんでした。

「さて、後は我らの目的を叶えるのみ。妖精さえ手に入れば他の者に興味はない」

「北辰。連中は連中でそれなりの使い道がある。それにマサキから殺すな、何人かは持って帰ってこいと言われただろ」

「ふむ、そういえばそうか。それがマサキからの頼みでもあったな。ならば部下に贄をいくつか持っていかせよう」

爬虫類の瞳、猛禽類の瞳が私とラピスを捕らえました。

もうラピスは顔面蒼白、唇も真っ青で見ているのが痛々しいほどに怯えています。かくいう私も、全身が震えて……

「そ、そんなことはさせません!!」

北辰と塞臥の狂気に負けまいと、ユリカさんが声を張り上げて叫びます。

「ほう、贄が我に刃向かうか。それもまた一興、されどこれを見てもそれが言えるか」

 
ザシュッ!!

 
「うあああ!!」

北辰が部下に目配せして、リョーコさんの二の腕に刃が深く突き刺さりました。あの出血量、間違いなく動脈を切られてます!!

「我らは闇に生きて人を狩る者。人の急所は委細承知している。

さあ、テンカワ・アキトの機体データを全て渡せ。渡さねばこの小娘の体に剣が生えるが」

「それが目的で!!」

「左様。我もマサキもテンカワ・アキトの実力は奴の技量ではなく、奴が操る機体に大きな力があると考えたまで。

渡すか? 渡さぬか? もっとも、貴様らの答えなど決まりきっているだろうがな」

「ル、ルリ。俺は…大丈夫だから、そんな奴らに渡すんじゃ」

 
ザク

 
「う、ぐ……あ………」

リョーコさんの反対の腕にも刃が突き刺さりました。

そのまま塞臥に持ち上げられたリョーコさんの両腕からは、止まることなく真っ赤な血が流れ続けて……

もう……見て……いられません。

「艦長」

「ルリちゃん。これは艦長命令です。アキトの機体データを渡して」

唇をかみ締め、サレナのデータをディスクへとダウンロードします。

「小細工など無用。汝らは我らと共に来、栄光ある礎となるのだからな」

覚悟は……していました。

ラピスが私の手を握ってきたので、私も握り返しました。きつく、決して離れないように。

「終わりました」

「ご苦労。烈風、受け取って閣下の元に届けよ。金剛、煉獄も共に去れ」

「応」

「了」

「承」

部下の一人がそれを受け取り、すぐさまブリッジを出ていきました。

「で、これからどうするのだ北辰」

「決まっておろう。我が飢えを満たすために幾人か捌くまで」

「そ、そんな!! 約束が違います!!」

ユリカさんの非難の声を、涼しげな顔で受け流す二人。

「何を言う。古より貴様らの行いし諸行と同じこと。今更それを非難するか」

「せめて狩るなら男にしておけ。女は色々と使い勝手がいいからな。ああ、コイツはいらないから好きにやっていいぞ」

「くくく……承知。さらばだ」

北辰の小太刀がリョーコさんの心臓に向けて伸びて――――

「させるかっての!!」

右腕を犠牲にして北辰の刃を受け止め、そのまま右足で北辰の腹を、左足でリョーコさんの頭を掴んでいる塞臥の顔面に蹴りを放ちます。

ですが、普段のナオさんの蹴りならともかく、満身創痍の今では精々牽制が精一杯。二人には悠々と避けられました。

でもリョーコさんは無事に助け出せました。ナイスです、ナオさん。

すぐさまリョーコさんの二の腕を縛って、これ以上血が出ないように応急処置が施されました。

「ほう、まだ動けたのかヤガミ。どうやら戦神と訓練でもやっていたようだな」

「へ、ご想像の通りだよ。あれでなかなか厳しいんでな、否が応でも強くなるってもんだ」

「なるほど。テンカワとは一度心行くまで死合ってみたきものよ。だが、無駄なあがきもここまでだ」

小太刀を水平に構え、ナオさんに向けて突進する北辰!!

「……ぬ。何をする塞臥」

その肩を掴んで片腕だけで止める塞臥。どんな力をしてるっていうんですか!?

「客だ北辰。それも極上のな」

塞臥が笑って見つめる先にいたのはあの人です!!

「……よくも好き勝手にやってくれたな北辰。そして名も知らない奴」

「ほう、何とも心地よき鬼気よ。それだけの鬼気を身に付けるためにどれほどの業を越えてきたのか」

「一応、自己紹介をしておこうか。俺は八卦衆が一人、雷の塞臥。これから何かと関わる名だから覚えとけよ」

「……お前が誰でどこに所属していようと、俺の仲間に手を出したことを後悔させてやる」

「塞臥、主は手出し無用。この男、我が相手しよう」

「ふん。無駄だと思うが」

「ごたくはそこまでだ!!」

それは瞬きがする間に終わっていました。

立ち位置を正反対に変えたアキトさんに、片膝をついて苦悶の表情を浮かべる北辰の姿。

間違いありません!! アキトさんが勝ったんです!!

「ふ、よもやここまでとは」

「無様だな北辰。まあいい、目的のものは手に入った。帰るぞ」

そういう塞臥の腕の中にはラピス!! 慌てて私の腕の中にいるはずの少女の姿を確認しましたが……いませんでした。

そんな、一体いつの間に!?

「動くなよ。お前が動くよりも先に俺がコイツの首を掻っ切ることが出来る。可愛い妹分をこんなところで死なせたくはないよな?」

愉悦の顔で気絶したラピスの喉元にナイフを突きつける塞臥。

「く!!」

「お前が全てを守る、なんてのは無理なんだよ戦神。そしてもう一つ、これは忠告だ」

塞臥の顔が急に引き締まり、

「歴史を変えればどこかで修正される。これ以上、勝手な真似をして歴史を変えればお前に近い人間が死ぬぞ。

あのメティス・テアのようにな。あのような悲劇を繰り返したくないのならこれ以上歴史を変えようとするな。そのまま怯え、悩み、そしてあの最後を迎えるのだな。

そうすればお前は死なない。だが、それでも歴史を変えようものなら我ら八卦衆は貴様を殺す。貴様が一番、苦しむ方法でな」

そんな!! 塞臥はアキトさんが逆行してきたことを知っている!?

「な!!」

「そら。これは土産だ!」

塞臥が懐から取り出した掌サイズの玉を床に投げつけ、それから煙が出てきたんです。

手が……痺れる?

「軽い神経性の毒ガスだ。しばらく手足が痺れる程度だがこれが猛毒ならどうする? お前が守れるものなんて欠片もないことを刻んでおけ」

煙が晴れた頃には二人は逃げ出していました。

「くそ!! 逃がすか!!」

その後を追いかけるアキトさん。私達の知らない何かが確実に動き出していると確信します。

そして八卦衆――恐らく、それが本当の敵の名前だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

マサトの性格が変わってたり、塞臥が北辰みたくなってたり、アエンがマッド化したり、祗鎗が人情家だったり(こいつは元々か)と八卦衆の面々が変わってます。

元々、彼らは何年もの間、ゴビ砂漠の地下でずっと鉄甲龍要塞にいたわけですし、色々と新しいものに触れてりゃ変わるかなーと思ったんでやってみました。

木連も戦争が終わって、地球の文化に触れて変わりましたしね。特に三郎太が。

何しても北辰がいると筆の進みが違う。北辰バンザイ!