ライフルの引き金を絞る。

 軽い発射音。と同時に爆破し燃え上がるジョロ。

 アキトは苦笑した。

 昔の自分はこんなヤツラに苦戦していたのか。

 初期型エステバリスの反応速度は鈍いが、それにも増してジョロ、バッタの動きが単調である。

 ジョロ、バッタの戦闘解析能力は地球と木連が休戦した後、地球の技術を取り入れ戦術思考能力が大幅にアップをした。

 その戦場を五感を失った『前』のアキトは潜り抜けてきたのだ。

 五感が戻った今、こんなヤツラは相手ではない。

 ラピッドライフルの弾倉を素早く取り替え、振り向きもせずに背中越しに連射する。

 背中越しに起こる爆炎と爆風。

 今、アキトはエステバリスを通して外の空気さえも感じ取っていた。

 強烈な爆光で一瞬、モニターがホワイトアウトする。

 だが、アキトには関係ない。そのまま、炎の中に弾丸を打ち込む。



 爆音と爆炎と爆風が吹き荒れた。




 コンクリートは黒く焼け焦げ、標識投影用ポールが高熱風で折れ曲がり、完全に破壊された建築物の残骸から突き出た鉄鋼はグンニャリとひん曲がっている。



 じりじりとコクピットを熱する地上の火海。

 熱波で陽炎のように揺らめく廃墟。


 地上の様子がアキトの眼には火に沈むコロニー…………自分が叩き落したコロニーと重なる。



                  
わら
 叫びたくなるような…………嘲いだしたくなるような…………泣きたくなるような…………激情に駆られる。

 アキトはバイザー越しに片手で顔を覆った。



 過去に戻ろうとも…………俺の罪は消えない。俺自身が…………許さない。



 海風によって爆煙が晴れたとき、地上に立っているのはアキトのエステバリス、ただ一機だけであった。


「後は……空か」


 青い空に雲霞のごとく群がっている黄色い機体。

 ライフルの銃尻を握り締める。

 天を睨みつけていたアキトは、ふと苦笑を浮かべ軽く頭を振る。


「そういえば俺の役目は囮であって、殲滅じゃなかったな」


 ナデシコが来るまで時間でも潰してるか。


 アキトはブースターを吹かし、バッタの真っ只中へ突っ込んでいった。



「本当に一人で全滅できるんじゃないのぉ?」


 沈黙が支配していたブリッジにミナトの呟きが洩れる。

 それに答える人物はいない。

 地上を我が物顔で支配していた木星蜥蜴もわずか7分間で3分の1まで減っている。

 全て、たった一人のパイロットが、たった一機のエステバリスで成し遂げた戦果だった。

 エースパイロットどころの能力ではない。不可能といわれる域に達していた。

 全てのクルーが食い入るようにモニターに…………テンカワと名乗ったパイロットの戦いぶりに見入っていた。その、鬼神が怒り暴れ狂うような戦い方に。


「ナデシコ、後一分で海上に浮上します」


 訂正。ルリだけはいつもと変わらず淡々と作業をこなしている。

 あのパイロットの異常な強さにも何の関心も示さない。


 ゴートが艦橋の手摺りを握り締める。

「プロス…………とんでもないパイロットを雇ったな」


 ゴートの呟きにプロスが眼鏡を押し上げる。

「私も、あそこまでとは……思いませんでした。…………常識はずれですな」


 ルリの声がブリッジに透る。

「テンカワ機。作戦通り敵を引きつけ、こちらに向かってきます。相転移エンジン出力40%。グラビティ・ブラスト、エネルギー充填完了。ナデシコ、浮上します」


 ピンクの機体が大きく海に向かって跳んだ。


 海面に着水すると同時に、ナデシコが海上に浮上する。

 計っていたように、ピタリとナデシコの上に着陸するエステバリス。

 ブリッジの前面に敵とナデシコの相対図とグラビティ・ブラストの有効範囲が表示された。


「敵残存兵器、全て有効射程内に入ってます。………………?…………艦長?」



 返事のない艦長に、ルリが振り返った。




「あっ、はい。
目標、敵、まとめてぜ〜〜んぶっ!!


「了解。ぽちっとな」


 ナデシコから黒い光の渦が解き放たれる。

 その光に触れたものは捩じり潰されるように歪み、爆発と閃光となりはてた。

 爆炎と轟音の帯が空間に広がる。

 連なる朝顔のように空間に爆炎の花が咲き、そして一瞬後に消えていく。


「おお」

「すご〜〜〜〜い」

「お見事」


 ジュンはその威力に眼を細めた。

 凄まじい威力。本当に民間船が持ってて良い戦力なのか?




「バッタ、ジョロともに残存、無し。地上軍の設備は壊滅的被害を負ってますが、戦死者はゼロ」


 アキトのコクピットにルリの事務的な声が響く。

 そうだった。この頃のルリちゃんて、お人形みたいだったんだよな。

 通信機からブリッジの歓声が聞こえる。懐かしい、仲間たちの声。

 泣きたくなる自分と、その自分を冷徹に見つめるもう一人の氷のような自分。

 アキトは奥歯を噛み締める。

 目の前に突然、コミュニケ画面が開く。

 白銀のお姫様。


「テンカワさん。ご苦労様です。格納庫を開きますので帰還してください。それから……手続きがありますのでブリッジにきてください」

 要件だけ告げるとさっさと通信を切ってしまうルリ。


 こんな格好では仕方ないか。

 アキトは自分の姿を見下ろして……………………苦い笑いを浮かべた。



 ブリッジの扉が開くと同時に、あれほどうるさかった歓声がピタリと止んだ。




 クルーの眼はブリッジに入ってきた黎黒の男に釘付けになっていた。

 一人を抜かし、クルー全員が、その雰囲気に圧倒されている。

 黒いバイザーがユリカに向けられた。

 黒い髪に漆黒のマント。黒一色の衣服に黎黒のバイザー。

 その姿だけでも異様なのに、全身から殺気と間違うほどの威圧感が発されている。

 ジュンは唾を飲み込んだ。

 自分とは違う世界の人間。関わり合うはずのない人間。その存在すら知らず、無関係に世界の何所かで生きて勝手に死んでいくはずの人間。なのに、目の前にいる。

 ひどく現実感が薄れていく感じがする。


「テンカワ……アキトくんかね」

 フクベ提督が凍りついたブリッジの沈黙を破った。


「ああ」

「いや〜〜。テンカワさん。お見事です」


 プロスの明るい声も上っ面で喋っているようにしか聞こえない。

 だが、喋れるだけマシである。他のクルーは舌根が強張って、うまく声が出せそうにない状態だった。

 かけるべき賞賛はあるが、恐怖がそれを押し止めている。


「自己紹介などしていただけると嬉しいのですが」

 何とか会話を成立させようとするプロスに、皆は感動に近い眼差しを向けていた。


「テンカワ……アキト。パイロットだ」


 声の質から言って、皆の予想より遥かに若い青年。二十歳ぐらいだろうか。

 だが、纏う雰囲気はテレビや映画でしか見れないはずの――現実にはいないはずの――危険な男。


「これでいいな」


 問われたユリカは青い顔に冷や汗を浮かべ、猛烈に何度も頷いた。

 この男よりも猛獣のほうが、まだ扱い易いだろう。

 ユリカは艦長という肩書きに早速、後悔を憶えながら、早くどっかに行ってと心の中で切実に願う。

 これ以上、この男の人の傍にいると生命を梳られていくような気がしていた。

 まさに…………死神。

 退出の許可を確認したアキトはマントを靡かせて背を向ける。




「まだです」




 そのアキトを何の感情も含まれていない澄んだ声が呼び止めた。


 アキトはゆっくりと振り返り、呼び止めた少女を見据える。

 銀の髪、金の瞳、白い肌を持つ白銀の少女。

 アキトの鬼気にも、その少女は何の感情も表さず、冷たい仮面のような表情で言葉を紡ぐ。


「テンカワさん。自己紹介の為にブリッジまで来て貰ったわけではありません」


 プロスでさえ躊躇する相手に、普段どおりに話し掛けるルリ。

 ナデシコクルーは固唾を飲み込んで見守っていた。

 いや、正確に云えば見ていることしか出来ない。二人の会話に割って入れる勇気など無い。

 少女を見ていたアキトは薄い笑いを浮かべる。


「手続きだったな。契約書にサインでもすればいいのか?」


 酷薄な笑みを向けられても、ルリはそれを気にもせず先を続ける。


「違います。バイザー、外してください」


 ピクリとアキトの頬が動く。と同時に、アキトの鬼気が一気に膨れ上がった。

 今にも張り裂けそうな緊張感で、クルーは喋るどころか金縛りにあったように身動きすら取れない。




「………………………………なぜだ?」



「バイザーを外してもらわないと、オモイカネが顔を確認できません」

 アキトの鬼気さえ、ルリは涼やかな顔で受け流している。


 …………信じられない。

 ジュンは生唾を嚥下する。

 何者だあのコは。

 カチカチと何処からか音が聞こえる。誰かが緊迫感と恐怖に耐え切れずに歯を鳴らしているのだろう。

 
わら
 嘲うつもりは無い。いや、ジュンだって嘲えない。さっきから、膝がひとりでに震えているのだ。


 怖い……怖い……怖い……こわい……こわい……コワイ……コワイ。


 誰もいなかったら恥も外聞も無く逃げ出しているだろう。

 逃げ出さないのはユリカがいるためと、副艦長という肩書き。

 だが、怖いものは怖い。

 自分に殺気を向けられているわけでも、身の危険がせまっているわけでもないのに、怖い。

 ジュンは本能で死という名の恐怖を感じていた。

 眼の前にいる男は死神の化身か?


 二人の……青年と少女の無言の睨み合いは続く。

 否、それも正確ではない。

 青年は少女をただ見ているだけ、少女は青年を眺めているだけ。

 だが、互いに殺し合いをしているような…………そんな壮絶な雰囲気を受ける。


 二人とも静かに佇んでいるのが…………ウソのようだった。


「…………………………いいだろう」


 その一言を言い捨てると、アキトはバイザーを外した。

 黒曜の瞳が現れる。

 バイザーを外した顔は皆の予想よりもはるかに若い青年のものであった。


「あ、あれっ?」


 ユリカは戸惑ったような声を出した。

 何故だか知らないが、その顔に見覚えがあったのだ。


 バイザーを外したアキトを確認したルリが、コンソールの前に座る。

 何をするのか皆が興味を持って見守る中、ルリは一枚の履歴を表示する。

「テンカワ・アキト。出身地、火星ユートピアコロニー。2178年2月16日生まれ。現在18歳」


 これで、18歳!?

 クルーから声にならない驚愕の叫びが漏れる。


 確かに、声や容姿は18歳のものだが、纏っている雰囲気はあまりにも年齢とかけ離れている。

 皆は驚きながら、ルリの説明の続きを聞く。


「6歳のとき、テロに遭い両親が死亡。両親の遺産とバイトで生計をたて、小学、中学、高校と通学。1年前、戦艦落しにより、ユートピアコロニー消滅。以後、消息不明」

「………………うそ」

 ユリカが呟く。


 『テンカワ・アキト』。思い出した。でも、まさか?


 ホントに、ホントに、ホントに…………
アキトなの??


 「現在、テンカワさんに関して残っている資料は、この写真一枚だけです」


 ルリの声とともにモニターに映し出される画像。


 ユリカの眼が驚きに見開かれた。

 なぜなら、その写真はどんな時でも、ユリカの傍にあった『宝物』。何千万回と眺めた写真


 花畑で嬉しそうに笑っているのは、小さい頃のユリカ。

 そして、写真の真ん中に少し不貞腐れたような男の子。

 ユリカの『王子さま』――『テンカワ・アキト』。


「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!アキト。アキト。アキト。やっぱり、アキトだ〜〜〜〜〜!!」


 シリアスな雰囲気を粉々にぶち壊すユリカの歓喜の大音声。


「な〜〜〜んだ。そんな格好してたから、ユリカ、気付かなかったよ。やっぱり、ユリカのピンチに駆けつけてくれたんだね!!」


 息継ぎも無く、ユリカは一気に喋る。

 と、同時にあれほどこの場を支配していた緊張感が一気に霧散した。


「ほ〜〜〜〜。テンカワさんは艦長のお知り合いでしたか?」

「へ〜〜。人って変われば変わるもんなんですね〜〜」

「でも、面影は結構残ってるわよぉ」

「だ〜〜〜〜〜〜。俺の見せ場を奪いやがって!!!!」

「おたく、足折れてるだろ」

「あんたっ!!いったい何者なのよ!?」

「ムウ」

「…………ユートピア…………コロニーか」


 途端に騒がしくなるブリッジ。全てのクルーが同時に喋り始めた。

 写真と今のテンカワを見比べて好き勝手に批評し始めている。

 ジュンも堪らずに眼を輝かせているユリカに訊く。


「ユリカッ!!何なんだ。あの男は?」

「うんっ!アキトって云ってね。小さい頃からユリカがピンチになると必ず助けに来てくれるの。ユリカの『王子さま』!!」


「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 ジュンが張り上げた声がブリッジに響き渡った。



 おうじさま、か。

 アキトは想いと罪の『名』を呟いた。

 誰も気付かないくらい薄く自嘲の笑いを浮かべる。

 自分にはもうユリカにそう呼ばれる資格は無い。

 己の手を血に染めたときから。

 いや、違う。ユリカを守れなかったあの時。あのシャトルの爆発のときから…………ユリカを愛することは…………ユリカに愛されることは…………許されない。

 この俺が、許さない。

 ブリッジの中は相変わらず騒がしい。懐かしい仲間たち。

 そして、俺が守るべき掛替えの無いもの。

 地獄を見るのは俺一人で沢山だ。

 今度は護ってみせる。

 もう、俺の周りから不幸な目に会う人間は、絶対に出さない!!
















 騒がしいブリッジに背を向け、コンソールに頬杖をついたルリは小さく呟いた。



「やっぱり……………………バカばっか」








 あとがき

初めまして。こんにちは。ウツロといいます

え〜〜。こうして、小説書いて人様に見せるのって初めてです

ツッコミ、批判、ご意見。お受けいたします


それにしても、この文章、読みにくいです


読みにくい

……読みにくい


………黄泉に逝く……ククククク

じゃなくて
…………読みづらい!!
何故?どうして?推敲をすればするほど、文章が固くなっていく!!
仕上げれば仕上げるほど台本のようになっていく!!

なぜ??
答え。センスないから


上手いSS作家さんの作品と、自分の作品を比べて転げ回ったり
でも、上ばかり見て歩くと転ぶからと、卑屈になってみたり
人に見てもらうものだからと、弱気になってみたり
せっかく書いたんだからと、強気になってみたり
いろいろ葛藤があったけど、
文章って読んでもらって、なんぼのもの
だと思うから
Actionの末席を汚させてもらうことにしました
番煎じの逆行物ですが、なるべく特色を出して書いていきたいと思います
では、次回!!



 

代理人の感想

ふむ。

ふむ。

ふむ?

 

期待半分、不安半分、と言うところでしょうか。

アキトの扱いも含め、フォーマット自体はよくある逆行最強物のそれと大差ないんですが、

既存のキャラを丁寧に書いている点、主に行動してるのがルリであるなどの新鮮さがある点はいいと思います。

ルリがなんやかやと画策してる事、火星(?)で改装しているらしき新ナデシコの事、

それと一緒に名前の出てきたオリキャラの事。

どう料理するのか見せていただきましょうか。

「這ってでも完結させます」と仰ったその言葉、信じてますからね(笑)。

 

後、ちょっと注目したいのは「逆行する前の状況」が一切書いてない事でしょうか。

未来からジョロとかも持って来てるみたいですし、微妙に原作と違う様な気もします。

(まぁ、これに関しては深読みし過ぎって事も有り得ますが)

 

 

 

追伸

「白い」バイザーってどんなんですか?(爆)

まさかサンバイザーじゃないでしょうし。>だとしたら妙にマヌケですよね(笑)