目の前のモニターには白と赤の戦艦『ナデシコ』が浮いている。
かなりトロトロと進んでおるな。
目的地を悟らせない為か?
地球連合宇宙軍第三連合艦隊提督『ミスマル・コウイチロウ』は顎に手を当てて考え込む。
まあよい。どこに向かおうがここで『ナデシコ』を………………いや、『ユリカ』を拿捕するだけである。
さあ、ユリカッ!!パパが迎えに来たよっ!!
「全艦浮上!!」
コウイチロウの号令に第三艦隊の全ての艦が浮上しナデシコを取り囲む。
よしっ!!
コウイチロウは手鏡を取り出した。
鏡の前でニ、三ポーズをとるコウイチロウ。
「変なところはないか副長」
「はあ、何時もと…………変わりませんが」
副艦長のスズキは疲れたような、どうでもいいような声音で答える。
うむ、ヒゲも髪型もバッチリ決まっておる。男は常に身だしなみを整えておかねばならんからな。
「通信を繋げろ」
コウイチロウの命令で、モニターにナデシコのブリッジが映し出された。
静まり返っているナデシコブリッジが映る。
くふふふふふ。驚いてる驚いている。
海底から一気に浮上。演出効果バッチシだな。
うぉっほん。
「こちらは連合宇宙軍第三艦隊提督ミスマルである。直ちに停船せよ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
ぬっ?…………反応が思っていたのと違うような。
それに何か、ナデシコクルー全員が私を睨んでいるような。
………………なんで?
「お父様」
はうっ!!
奈落の底から響いてくるようなユリカの口調に、コウイチロウは思わず姿勢を正す。
「お父様。……これは……いったいどういうことですの?」
コウイチロウの背に冷汗が流れ落ちる。
な…………ななななな、何がおきたのだ?いったい?
「あ〜〜いや、そ……その、こ……これも任務だ。パ……パパも辛いんだよ。な、ユリカ」
ユリカの眼がスッと細まる。
ゾクッ!!!
コウイチロウが…………いや、第三艦隊でモニターを見ていた全ての乗員が一歩後ずさる。
こ…………この恐怖は…………な、亡き妻ユリアに浮気の疑いをかけられたとき以来の恐ろしさだ。
ユリカはゆっくりとナデシコブリッジを見回した。
「ウリバタケさん。相転移エンジン出力120パーセント。ミナトさん。全力で敵、旗艦『トビウメ』の背後に回りこみます。ルリちゃん。グラビティブラスト、スタンバイ。これよりナデシコは敵戦艦を殲滅します」
コウイチロウは慌てて手を振る。
「ま、待てっ!!待つんだ!!こちらの話も聞いてくれっ!!頼む。ユリカ!!この通りだっ!!」
コウイチロウは土下座をして、頭を床に擦りつけた。
「ほ、ほらっ。お前らも」
コウイチロウの声にモニターを見ていた第三艦隊乗員全員が土下座をしてわびる。
彼らが土下座をするのはコウイチロウに言われたからではない。
ここで、謝っておかないと死を見る。
ユリカの眼光と声音に、全員の本能がそう叫んだからである。
「では、どういうことですか?お父様?」
ユリカが抑揚のない低い声で語りかけてくる。
「ど、どどどどどど、どういうこと…………とは?」
「キノコさんのことです」
コウイチロウは眼を瞬かせた。
「キ…………キノコ?」
「はい」
キノコ?………キノコ…………キノコッ!!…………も、もしかして…………あ、あの松茸のことかっ!?確かに貰い物で少なかった為、ユリカがいない時に土瓶蒸しにして一人で食べてしまったが…………そ、そんなに食べたかったのかぁぁぁぁっ!!!!
くっ…………これほどまでに、食べ物の恨みは恐ろしいとは。
私もまだまだ、修行が足りんな。
「す……済まん。ユリカ。あれはパパの独断だった。許してくれ」
「独断?…………お父様の」
ユリカの声が1オクターブ下がる。それに伴って、気温も氷点下まで下がったと思えるほど冷える。
「ユ……ユリカ……ま、待て、話を聞いてくれ!!
あ………あれは小さくて量が少なかったんだ。決して、独り占めしようと思ったわけではないんだっ!!
こ、今度、もっと大きいのを買ってくるから、許してくれっ!!」
「?????…………小さい?……量が少ない?買ってくる????」
戸惑いの言葉と共に、ユリカが首を傾げ人差し指を頬につける。
「パ…………パパも男だ。外国産じゃなくて国産の物を用意する。それで許してくれ。この通りだっ!!」
「外国産?…………国産?………………お父様。いったい。何のお話をしていらっしゃるんですか?」
「キ…………キノコだろう?」
「ええ、キノコさんです」
ユリカとコウイチロウはモニター越しに眼を見合わせ、互いに首を傾げた。
コウイチロウはおずおずとユリカに話を切り出す。
「…………ま…………松茸のことじゃなかったのか?」
「違いますっ!!」
ユリカが赤い顔をして怒鳴る。なんだ……違ったのか。ビックリした。
では、なんでユリカは怒っているのだ?
コウイチロウは立ち上がると、赤い顔をしながら咳払いを一つする。周りからは何時ものことかと呆れた視線。
「して、どういうこと……とは、どういうことなのかな?」
ユリカはスッと指をさす。
そこにはボロクズのように転がっている人間が一人。
はて…………誰であろう?
「あれのことです」
いや、あれと言われても……むっ、あの特徴的なマッシュルームカットの髪型は?
どっかで見たような。ぬ〜〜〜、どこであったかな。
コウイチロウの視界にチラリとフクベ提督が映った。
はっ!!
コウイチロウの眼が飛び出るくらい大きく見開かれる。
参謀の息子かっ!!!
そのコウイチロウの様子を見てユリカが話し掛けてくる。
「お知り合いですか?」
「い……いや、知り合いというか……何というか…………」
ズイッとユリカが身を乗り出した。
「キノコさんはこちらで『処理』しても構いませんね」
「あ……あい、いや、処理といわれても……その、なんだな」
モニターいっぱいにユリカの顔が映る。
「構いませんねっ!!!」
「………………………………はい」
コウイチロウは指の先を突つき合わせながら答えた。
済まぬ。参謀。君の息子の命は助けられなかった。不甲斐ない私を許してくれ。私にも部下と私の命がかかっているのだ。これは名誉の犠牲だ。君の息子は私が絶対に階級特進させよう。
コウイチロウは天に向かってさめざめと泣く。
安らかに成仏してくれ。少将。香典ははずんでやるからな。
「それで…………何の用で通信してきたのですか?」
突然、紡がれた質問にコウイチロウはモニターに視線を戻す。
問い掛けてきたのは西洋人形のような銀色の髪の子供。
こちらに背を向けて立っている黒マントの男の傍に、そっと寄り添っている。
なんと、ナデシコは……ネルガルはこんな子供まで戦艦に乗せているのか。
いったい子供の人権と、生活をどのように考えているのだ。
コウイチロウの胸中に激しい怒りが渦巻く。
「君、名前は?」
「ナデシコ、オペレーター『星野瑠璃』です」
おお、彼女があの…………。
「いかに重要とはいえ、君のような子供を戦艦に乗せるとは感心なんな。星野くん……と云ったな。君も嫌なら嫌とはっきり言うべきだ」
ナデシコブリッジの者たちが、気まずい表情になる。やはり、彼らも気にしているのか。ふむ。悪い人間の集まりではないようだな。
「ネルガルがなんと言おうと。たとえ連合軍提督の特権を使ってでも、君に普通の生活をおくらせてあげられるが」
一切振り向きもせず拒絶するように、こちらのモニターに背を向けて立っている黒髪の青年の傍に、静かに寄り添っている銀髪金瞳の少女が口を開く。
「お気遣いはありがたいのですが…………私は自ら望んでこの戦艦に搭乗しましたから」
この言葉にコウイチロウばかりではなく、ナデシコの人間も眼を見張る。
「ルリちゃんてぇ…………無理矢理乗せられた訳じゃなかったの?」
ミナトが舌っ足らずな口調で唖然と呟いた。
確かに、始めから無理やり乗せられたというようには見えなかった。
でなければ、ナデシコに有益なプログラム開発など行わないだろう。
だが、自分からナデシコに乗ったにもかかわらず、乗員と打解けようとしない少女。
他人に無関心な子が、自分から志願して戦艦に乗った。
……………………あやしい。あからさまにあやしすぎる。
ミナトは黒衣の青年を守るように佇んでいる白銀の少女を見詰めた。
やっぱり、この子…………なにか隠してる?
ミナトの疑惑の視線にも無表情の仮面を保っている少女はモニターを見上げる。
「私のことは、兎も角。何のために通信してこられたのですか?」
機械のような抑揚の無い平坦な声。これが子供の発する声なのか?
あの時分のユリカといえば、それはそれは…………。
何の感情も見せない金の瞳がコウイチロウを射抜く。
むっ、いかん。本題に戻らなければな。
ルリの視線に本能的な恐怖を覚えたコウイチロウは慌てて話を戻した。
「ウォッホン。宇宙連合軍提督として命ずる。直ちに停船し、ナデシコと『艦長』をこちらに渡してもらおう」
「ミスマル提督。ナデシコはネルガルが私的に使用すると話はついているのですが」
プロスとかいうチョビ髭眼鏡が赤いベストを正しながら、軽い調子で喋る。
山田も隣でうんうんと頷いた。
そうだとも。ナデシコは俺が、この『ダイゴウジ・ガイ』様が正義のために使うと決定済みだぜ!!
サリーちゃんパパになど渡せるか!!魔法の国が許しても、俺様のゲキガン魂が許さねぇ!!
「我々が欲しいのは今、確実に木星蜥蜴どもと戦える兵器だ。それを、みすみす民間などにっ!!」
「いや、さすがはミスマル提督。わかり易い。じゃあ、交渉ですな。そちらに伺いましょう!!」
赤ベストちょび髭眼鏡のプロスが意気揚揚と答えた。
手はすでに神速の勢いで、宇宙ソロバンを弾いている。
「よかろう。ただし、ユリカ…………艦長と作動キーは当艦が預かる」
「バカヤロウ!!おまえら、キョアック星人の言いなりになって堪るかああああああっ!!!」
山田……もとい、『ダイゴウジ・ガイ』が熱血激我魂の雄叫びを上げた。
…………ふっ…………決まったぜ!!
「キ…………キョア………???」
サリーちゃんパパが眼を瞬かせた。
山田はフッと笑みを浮かべる。
「白を切っても無駄だ。お前らがこの俺様のナデシコを罠にかけようなんざ、百もお見通しだぜ。宇宙の正義の使者、熱血パワーを持つ、このダイゴウジ・ガイさまの目を誤魔化そうなどとは、百年早えぇ!!残念だったな。キョアック星人どもっ!!」
「か、彼らはキョアック星人などじゃないんだけど」
女のような、なよなよした副艦長の………………なんてったけな…………そうそう『ジュン』という野郎が反論する。
か〜〜〜〜〜。わかっちゃいねぇな。
「いいか、ジュン。緑の地球を破壊するヤツラなんざ、キョアック星人と決まっているもんだなんだぜ」
「連合軍は地球を守っている立場にあるんだけど」
盛大に冷汗をかきながら、ジュンは反論した。
「バカヤロウ!!理屈で考えるんじゃねぇ。魂の熱き パッションに耳を傾けるのさ。悪の組織はキョアック星人だし、そのザコ手下どもはショッカーと昔から『決まって』るんだ!!」
「そんな話、聞いたことがないがな」
ゴートがぼそりと呟いた。
「いいか、男の熱き戦いを語るためには、この二点は絶対に、はずせねぇ。ばたばたとやられて行く手下ども、そして出てくる親玉。戦ううちに互いを認め合い『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶ仲になってなっていく。しっか〜〜〜しっ!!互いの立場のために心を鬼にして互いを殴りあう真の戦い!!心の中では血の涙を流しなら、友ため、仲間のため今日も戦う彼らっ!!これが男の戦いだっ!!わかるだろう。艦長っ!!」
ユリカは首を傾げた。
「さあ、あたし……………女ですから」
「ぐっ…………そうだったな。だが、絶望するのはまだ早い。女には女の役目があるのだ。燃え上がる漢の真の戦いを繰り広げるそんな男たちの傷ついた繊細な心を想い、電信柱の影から涙を流しながら見守るというた〜〜〜いせつな役目があるのだ〜〜〜〜〜っ!!」
山田の発言にメグミが眉をひそめる。
「なんか、女性蔑視な言葉ですね。それに、電信柱なんて何処にもありませんよ?」
山田は鼻で笑う。
男の戦いに女の入る余地なんて無いのだ。
「そこで、博士の出番さ!!このブリッジにチョッチョッとおっ立ててくれっ!!」
博士。もとい、ウリバタケは盛大な溜息をついた。
「アホ。そんな物を作る金と暇があったら、リリーちゃん3号でも作ってるさ」
ウリバタケの言葉にプロス、ただ一人がピクリと反応し、眼鏡を上げる。
「確か……リリーちゃん2号がロボットに変形する自動販売機でしたね」
「おうっ!!ちなみにリリーちゃん3号は洗濯機と乾燥機とワゴンが3体合体する画期的な――」
「認められませんっ!!」
ウリバタケの台詞を0.5秒で否定するプロス。
「なっ!!今回はちゃんと改造計画書を提出したじゃないかよ。リリーちゃん2号の時に言われた通りに」
何かを堪えるようにプロスが唸る。
「ええ。眼を通しました」
「じゃあ、なんでだ?木星蜥蜴が洗濯機の中に入っていた時に有効で――」
「木星蜥蜴は猫じゃないんですよ。洗濯機の中に入るはずないでしょう。それにあの予算はなんなんですか?エステバリス一機分とほぼ同額じゃありませんか?」
プロスの剣幕にウリバタケがタジタジになりながら答える。
「い、いや、まあ。小型重力波ユニットを実装してエステバリスと同等の戦闘力を持たせようとするとどうしてもな」
その言葉にミナトが訊ねる。
「それならぁ、エステバリスに洗濯機をくっ付けたほうが早いんじゃないのぉ?」
わかってねぇな。男のロマンをわかっちゃいないよ。これだから女は。
ウリバタケはミナトに向かって指を振る。
「わかってねえな。ミナトさん。それじゃあ、エステのオプションになっちまう。オプションと変形合体では基本概念がまったく違うのさ。なんつーか、美学の問題だな」
「うんうん。よ〜〜〜〜っく、わかるぞ。さすがは博士。俺様のメカを預けられる信用にたる同志だ」
勝手なことを言いながら山田も賛同した。
「どちらにせよ、不許可です」
プロスの冷酷な審判が下される。
「も、もしかしたら、ワゴンの中に木星蜥蜴が隠れる可能性だって――」
「ありえません」
「残念だったな。まあ、浮いた金はこのガイ様の新秘密兵器の開発にでも使ってだな――」
「ウオッホンッ!!!!!」
皆の視線がモニターのサリーちゃんパパに向けられる。
おおっ、青筋がピクピクと…………何を怒っているんだ。このおっさん?
まったく、完全に、完璧に思い当たりの無い山田は眉を顰めた。
「とっとと、ユリカと作動キーを渡してもらおう!!」
本音が出てるぜ…………サリーちゃんパパ。ユリカ以外の全員が思う。
「やいっ!!この俺様のありがたい解説を聞いてなかっ――」
「えいっ!!」
ミナトは山田二郎の右足のギブスを蹴り上げた。
赤から青、青から白、白から紫へと変わる山田の顔色。
あらっ、面白い。
「あ……あ……」
「「「「あ?」」」」
皆が山田に訊く。
「…………あ……あいしゃるりた〜〜ん」
「「「「「「「戻ってくるなっ!!」」」」」」
全クルーのツッコミを聞きながら、山田が気絶した。
そのまま、永眠でもしちゃってなさい。
パンパンと手を払ったミナトは艦長に向き直る。
「それで、どうするのぉ?艦長」
「え?…………え、はい。そうですね」
ハッと我にかえる艦長。
「ユリカ。ミスマル提督の言う通りにすべきだ。これほどの戦艦をむざむざ火星に行かせるなんて」
副艦長のジュンの言葉に、フクベ提督が反論する。
「いや、我々は軍人ではない。従う必要は無い!!」
唐突にシリアスを始めるジュンとフクベ提督。
先程までの会話にしっかり乗り遅れた………いや、乗れなかった者の『強み』だろう。
「フクベさん。これ以上生き恥を晒すつもりですか」
ミスマル提督が沈痛な表情に、提督は帽のツバに目線を隠す。
と、ミスマル提督が甘えた涙顔となった。
「ユリカ〜〜。私が間違ったことを言ったことなどないだろう」
シリアスしてた二人ががっくりとうなだれる。
せっかく僕が目立てると思ったのに。
ジュンは密かに涙を流していた。が、『いつもの事』と、誰も気にも止めない。
「ん〜〜〜〜と」
ユリカがコントロールパネルの上に手を置くと、作動キーが現れる。
玩具のような鍵よねぇ。
そんなことを思いながらミナトは見守る。
「止めるんだっ!!艦長!!」
フクベ提督の静止を促す鋭い声。
止めたのは、提督のみ。他の皆は………無言、沈黙、静観………一人、気絶。
「ほいっとっ!!」
皆が固唾を飲んで見守る中、えらく気楽な声をかけながら艦長はあっさりと作動キーを抜きとった。
「抜いちゃいました〜〜〜」
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ニコニコしながら作動キーを掲げる艦長に皆の驚嘆の渦が巻き起こる。
「くっ!!」
フクベ提督が歯を軋らせるのをプロスは横目でチラリと眺めるが即座に視線を外した。
「じゃあ、ユリカ。行こう!!」
ジュンはユリカをせかす。
ナデシコの所属が軍に移る。ジュンにとっては軍に戻るだけである。
もともと、ユリカのナデシコ行きを快く思っていなかったジュンである。
『渡りに船』とは正にこの事だろう。
プロスが赤いベストをピッと引っ張る。
「では、まいりましょうか」
「おおおっ。ユリカ。早く来なさい。パパは待っているぞ〜〜〜〜〜〜!!」
ミスマル提督が嬉し涙を流しながら、吠えたけった。
その爆声にブリッジにいる皆が耳をふさぐ。
艦長といい、提督といい、声が大きいのは遺伝?
耳を押さえながら、ナデシコクルーは批難の眼差しを主モニターに向けるが、感涙を流しているミスマル提督がそんな視線など気付くはずなど断じて無い。
ミナトは大きな溜息を吐きながら、天井を見上げた。
「あ〜あ。エンジンがぁ、止まっちゃう」
「今襲われたら、かなりピンチって感じですよね〜」
「さあ、ユリカ。善は急げだ。直ぐ行こう」
「まあ、まあ。ジュンさん。相手は逃げませんから、落ち着いて」
「さ〜〜て、お父様に問いたださないと」
「お〜い。山田。生きてっか?……て、駄目だなこりゃ。お〜〜〜い。誰か、救護班呼んでくれ」
「ムウ」
「ユ〜〜〜〜〜リ〜〜〜〜クァ〜〜〜〜〜〜!!!」
皆が好き勝手喋るため、ブリッジが騒々しくなる。
「ユリカ」
大声を出さないと話さえ通じない状態のブリッジに冷めた声が一言、零れ落ちた。
次の瞬間、ブリッジから一切の音が無くなる。
沈黙。静寂。無音。
一瞬で、ブリッジを凍結した黒衣の青年がもう一度、口を開く。
「ユリカ」
「な、なななななななな、なに、アキト?」
ユリカがどもりながら、慌てて返事をする。
「連合軍に行くなら、そこのクズどもも連れて行け」
全てを凍て付かせるアキトの声に先ほどの凶行が嫌でも思い出された。
「ク……クズって?」
蒼白な表情で訪ねるユリカに、アキトは無言で黎黒のバイザーを向ける。
そこにはボロクズのように転がっているマッシュルームカットの軍人。
顔を引きつらせるユリカを無視して、アキトが艦橋を出て行った。
その背を追う金瞳の視線。
だが、その瞳を持つ少女も黙したまま、彼を止めない。
扉が閉まる音とともに、ブリッジに再び喧騒が戻る。
それは、彼を忘れるのを早めるかのような無理のある騒がしさ。
ゴートが重症患者と化したキノコを担ぎ上げ、ジュンがナデシコから逃げ出すようにユリカを急かし、プロスがぶつぶつと呟きながら宇宙ソロバンを弾いている。
ミナトはそんなクルーをわき目に眺めながら、少女に近づく。
「気になるの?アキトくんのこと?」
「いいえ」
そう即答した白銀の少女は、彼が消えた扉を見つづけていた。彼に握り締められ赤くなった右手を左手で包み込みながら。
ルリの視線がミナトに移る。
「では、行きましょうか?」
「え?」
ミナトは眼を瞬かせた。
「何所に?」
「食堂です」
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