「ジュン?」
『トビウメ』の待合室で出された紅茶を飲んでいたジュンはふと、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。
「ジュン?やっぱ、ジュンか?どうしてこんなとこにいるんだ?」
ジュンは声のした出入り口の方を眺めた。そして、声を上げる。
「ニシダ!!」
ボサボサの黒髪に丸眼鏡をかけ、白い軍服を着た青年が笑いながら入ってくる。
ジュンも破顔した。
「やあ、久しぶり。そう云えば君は連合宇宙軍に入ったんだっけ」
「まあな。士官候補生という名の雑用係だけどな」
苦笑しながら180ある背を器用にすくめる。
彼はジュンと同じ地球連合大学時代の同級生である。
二人が会ったのは戦略シミュレーションの授業であった。
正攻法で攻めるジュンと、奇天烈な戦法を取るニシダ。
何度か対戦しているうちに友人という関係になっていた。
ちなみに戦歴は9勝7敗でジュンが勝ち越している。
二人の性格は、似てない。
ニシダの授業態度は不真面目そのものだった。真面目そのものだったジュンとは対照的であった。
しかし、二人とも何でもそつなくこなすという点では似ていた。
二人とも器用貧乏型の人間だったのである。そんな所から、なかなか気が合う。
まあ、ニシダから見ればジュンはからかいがいのあるオモチャというところだが。
「そういや、おまえはネルガルに入ったんだよな?」
ニシダの問いにジュンは頷く。
「もっと、詳しく言えば『ナデシコ』の副艦長なんだけどね」
ニシダは驚いて眼を見開く。
「『ナデシコ』って…………あれか?」
「そう、あのナデシコ」
窓から見えているナデシコを指差す。
ニシダは額を抑える。
「アッチャ〜〜。そりゃ、悪いことしたなぁ。…………と、いってもやったのは俺じゃないが」
「いいさ。僕は軍に戻るだけだし、『ナデシコ』は民間企業より軍が使うべきだと思うんだ」
ニシダは苦笑する。
「おいおい。仮にも自分の戦艦の副艦長だろ。そんな言い方ないだろうが」
「うん。……でも、守るべき手段があるのなら、そして、それで一人でも多くの命が救えるのなら…………僕はそちらの方を取りたい」
真剣な顔でナデシコを眺めているジュンの背をニシダはバンバンと叩いた。
「相変わらず真面目だなあ、おまえは。そんなに思いつめなくても適当にやりゃ、何とかなんじゃねぇの?」
背を思いっきり叩かれ、咳き込んでいたジュンは苦しげな口調で返す。
「はは。君みたいに上手く立ち回れれば、いいんだけどね」
ニヤリと笑ったニシダは別のことを問いかける。
「それより、箱入り女王様はどうした?女王様もネルガルに入ったんだろ?」
「それって…………ユリカのことかい?」
ニシダは疲れたような溜め息を吐いた。
「他にいねぇだろうが」
ジュンが士官候補の道を蹴ってまで『ミスマル・ユリカ』についていったのは有名な話である。
「いま、ユリカならミスマル提督と話をしてるよ。まあ、当分かかるだろね」
ジュンは経験則から断言する。
そんなジュンを呆れた表情でニシダは眺めた。
「いったい、あの女王様のどこがいいんだ?」
彼の顔が赤く染まる。
「どこって。美人で、明るくて、優秀で、無邪気で――」
「そして、おまえは女王様にビシバシ、鞭で叩かれるのがお好きと」
「そうそ……って、そんなことあるわけないじゃいかっ!!!」
真っ赤な顔で叫ぶジュンに疑わしげな目線を指し向ける。
「本当か〜〜〜〜〜?ボンテージ姿の箱入り女王様に鞭で叩かれるとこ想像してヌいてないか?ん〜〜〜〜??」
「あ…………あるわけないだろ!!」
一瞬、黒のレザーに身体を包み、鞭を持っているユリカを想像してしまったジュンはブルブルと頭を振る。
ニシダはポンッと手を打つ。
「女王様姿じゃなくて、お姫様の方がお好みか?そういう系統のSM店は少ないんだけどな。出すもん出すなら紹介するぞ」
手の平を出すニシダをジュンは睨みつけた。
だが、女顔のジュンに睨みつけられても怖くも何ともない。むしろ、微笑ましい。
その気のある人間なら一発で落ちるだろう。
幸いニシダにはその気はなかったが。
ニシダは眉を潜め、忠告する。
「ジュン。…………その顔、地球連合海軍ではやらないほうがいいぞ」
「はっ?」
何のことだが判らないジュンは大量の疑問符を浮かべた。
「やっぱ…………自覚なしか」
ニシダは眉間を指で抑えて、酷く疲れたように首を振った。
その時、扉が開かれる。
「ここにいたのか。ニシダ!!」
「どうかしたんスか。イサゴダ少尉?」
気楽な口調で問い掛けるニシダに対し、切羽詰った口調で返答する。
「チューリップが活動を再開しやがった!!」
「なっ!!」
「それで現状は?」
驚きの声を上げるニシダと、すぐさま質問を浴びせるジュン。
少尉がジュンを見る。
「クロッカスとパンジーが応戦してるが、目立った効果はない。ニシダ。艦橋に戻れ」
「はっ!!」
軍人の顔に戻るニシダ。
「僕も何か手伝えることがあれば……」
「アホ。客人は大人しくしてな」
それだけ、ジュンに言い捨てると、少尉と共に部屋を出て行った。
一人になった部屋でジュンは窓から停止しているナデシコを眺めた。
チューリップから離れているおかげで戦いには巻き込まれていない。
被害が及ばなきゃいいけど。
まだ、ナデシコが出航してから一日と立っていないが、主要クルーの人間像はだいたい把握していた。
観察うんぬんよりも、あまりにも際立った個性の持ち主ばかりだった。一日たたずに把握できるぐらいに。
ふと、ジュンの内側から不気味な疑問が湧き上がってくる。
…………彼らはこのまま大人しく引き下がるのだろうか?
不吉な疑問に身を震わせたジュンは、忘れようとするかのように頭を振った。
*
目の前のモニターの中で戦艦『クロッカス』と『パンジー』がチューリップに飲み込まれていく。
アキトとて、エステバリスが動かなければ何も出来なかった。
別に、二つの艦がどうなろうとアキトの知ったことではないが、このナデシコが巻き込まれるのは絶対に避けなければならなかった。
アキトはウリバタケに通信を開く。
「まだか?」
「わーってる。焦ってるのは俺たちも一緒だ。3分待て。早くCパックもってこいっ!!。バカヤロウ!!ロケットランチャーはAパックだ。そんなもん仕舞っとけっ!!」
格納庫は怒涛のような喧騒に包まれていた。
出航時の戦闘後、アキトのエステバリスをオーバーホールし始めていたのが拙かった。
組み上げてから、空戦型に乗せ換えるまでに10分程度かかっている。
だが、10分という短い時間で換装出来るのは、一流の腕を持つ『ナデシコ』だからこそ出来る芸当でもあった。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
耳を塞ぎたくなるような怒号の中でひときわ大きな悲鳴が上がった。
何事かと、格納庫中の人間が声をした方を見る。
そして、見たクルー全員が眼を疑った。
「だ…………誰だ〜〜〜〜。予備のエステに乗ってるバカは〜〜〜〜っ!!」
ウリバタケの怒声が格納庫に木霊した。
その前にコミュニケ画面が開く。
「ふっ…………問われて名乗るもおこがましいが、訊かれちゃ答えないわけにはいかねぇな」
「てめっ!!山田!!勝手に乗ってんじゃねぇ!!」
「だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!ちっが〜〜〜〜〜う!!俺の名は『ダイゴウジ・ガイ』だっ!!」
山田のコミュニケ画面が大きくなり、ウリバタケを押しやった。
すかさず、ウリバタケが山田のコミュニケ画面を押し返す。
「五月蝿せぃ。山田!!兎に角、降りろ。そいつはまだ調整が済んでねぇんだ!!」
「ふっ、あえて不調のマシンに乗りながらも、そいつを腕でカバーするってもんが真のパイロットだぜっ!!さ〜〜どけどけ。踏み潰しちゃうぞ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ニヤリと笑った山田は、射出口へ空戦エステバリスを歩かせる。
山田の前に通信が開かれる。そこには無表情、無感情の少女。
管制室にいるのだろう。その後ろにはメグミとミナトの姿も見える。
「山田さん。現在、カタパルトは使用不可能。マニュアル発進してください」
「山田じゃなくて、ガーーーーーーイっ!!」
山田の訂正をルリはあっさりと無視して、射出カウントに入る。
「では、位置について」
「…………ちっ、まあいい」
「よーーーーい」
「無敵ゲキ・ガンガー発進!!」
「…………………………………………ドン」
「うおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びを上げて、射出口を走っていく翼付きエステバリスを見ながら、メグミは唖然としたように呟く。
「マニュアル発進て………………ただ走るだけなんだ」
「うん」
頬杖をついたルリはエステバリスの背中を見ながら頷いた。
「とうっ!!」
射出口から飛び出した空戦フレームは一直線にチューリップに飛んでいく。
次元跳躍門『チューリップ』からはウネウネと蠢く触手が何本も出ていた。
俗に『蝿取り式チューリップ』と身もふたもない呼び方をされているチューリップである。
だが、名前とは裏腹にかなり高い戦闘力を秘めていた。固い外骨格に、戦闘機などを叩き潰す触手。
グラビティーブラストを持たない普通の戦艦では厄介な相手である。
皆が見守る中、再びウリバタケの絶叫が格納庫に響き渡った。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!あのバカヤロウ!!武器持たねぇで飛び出しやがった〜〜〜〜〜〜っ!!」
それを聞いたクルーの顔色が蒼ざめていく。
ウリバタケは慌てて、格納庫のエステバリスへコミュニケを開いた。
「テンカワ!!すぐさま、救援に向かってくれっ!!」
ウリバタケの声が聞こえていないか、アキトは動き出さない。
「おいっ。テンカワ!!」
「大丈夫だ」
アキトの素っ気無い言葉にウリバタケの顔が引きつる。
「だ…………大丈夫って」
アキトは再びモニターに眼を向けた。
そこには冷徹なアキトとは対照的に、熱血しまくった山田が真っ直ぐにチューリップに突っ込んでいく姿が映し出されている。
「うおっりゃあああああっっ!!行っくぜえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!ゲキガーーーーン・フレアーーーーーーーッ!!」
雄叫びと共にエステバリスの周囲にディストーションフィールドが発生した。
そのまま、触手に突っ込んでいく山田。
ザン!!ザン!!ザン!!
直径3メートルはあろう触手を一飛びで千切っていく。
「「うっそ〜〜〜〜!?」」
メグミとミナトが声をそろえて叫ぶ。
その言葉はナデシコクルー全員の心境を的確に語っていた。
皆の視線が自然と一人の少女に集まる。
「ど、どういうことなの!?ルリちゃん?」
無表情、無感情でそれを眺めているルリにメグミが皆を代表して訊いた。
頬杖をついたまま、ルリは振り向きもせずに無言でウインドウを一つ開く。
そこに映っているのは黎黒のバイザーをかけ、漆黒のマントを羽織っているパイロット。
格納庫にいたクルーの眼が彼に集中する。
アキトは彼らから視線を逸らした。
モニターの中の山田が触手を豪快にぶった切っていく。
じ〜〜〜〜っとアキトを見据えるクルーたち。
根負けしたように吐息をついたアキトが重い口を開いた。
「………………高速度ディストーション攻撃」
「それってぇ、なに?」
ミナトが可愛く首を傾げた。が、ミナトの目線は容赦なくアキトに突き刺ささる。
「…………………………」
「……………………」
「…………」
「……」
「ディストーションフィールドをまとって高速度の体当たりを仕掛ける攻撃方法だ。あんなバカデカイものにライフルなど豆鉄砲だからな。自分自身を弾丸としてぶち当てたほうが効果的だ。結果は…………ガイが今やってる」
水面下の攻防に負けたアキトは疲れたように説明した。
その説明を聞き、ウリバタケが尋ねる。
「つまり、山田は心配ないんだな」
「ああ…………たぶんな」
感心しながら聞いていたメグミはふと素朴な疑問を思いつく。
「へえ〜〜。『腕は一流』って本当だったんですね〜〜〜。でも、ダイゴウジさんて足、骨折してませんでしたっけ?大丈夫なの?」
「「「「「「あっ!?」」」」」」
その疑問にルリがそっけなく答える。
「忘れてるんでしょう」
皆がルリを注視する。そのまま、平然と言葉を続けた。
「バカですから」
当たり前のように言ってのけるルリにクルーは冷汗を浮かべた。
アキトはただ苦笑するのみ。
モニターの中の山田がチューリップに向かって哄笑する。
「ぅおおおおおおおおおおおおっ!!見たかっ!!木星トカゲどもっ!!これが熱血パワーさっ!!貴様らにはない無敵のゲキガン魂よっ!!恐れいったか。ワハハハハハハハハハ!!」
………………………………………………………………
格納庫に居た全てのクルーがルリの言葉に心底納得した。
痛い雰囲気が漂う中、『トビウメ』から離陸したヘリから通信が入る。
「ブイッ!!今から、帰りますっ!!お迎えよろしくっ!!」
黄色い声を発するユリカに皆は疲れた視線を向けた。
もちろん、それに気付くユリカではない。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。アキトったらあたしのために、また命をかけてくれるのね。ユリカ感激っ!!」
ユリカの視線の先にはチューリップの触手と楽しく戯れている空戦エステバリス。
『パイロット』=『アキト』の図式がなされているユリカの頭の中に別のパイロットがいるなんて思いつきもしない。
それも、自分を守っているかのように戦っているエステバリスを見た後では特に。
「アキトが気を引いているうちに、ユリカはナデシコに戻ります」
ビシッと極めてユリカは宣言した。
実際、戦っている山田は熱血フルパワーというか、ゲキガンガーのテーマソングを大熱唱しながらハイテンション爆走中ため、そんな些細な声など聞こえるはずも無い。
ユリカの所にも山田の声は届いているが、『五月蝿いな〜〜』ぐらいにしか思わない。
今回、格納庫で完全に解説役として収まっているアキトはユリカの声を完全に黙殺していた。
メグミは躊躇いがちに目の前の二人に尋ねる。
「艦長に教えてあげたほうがいいんじゃないかな〜〜〜?」
「まあ、知らないほうが幸せってこともあるしねぇ」
「バカの倍乗」
返ってきたのは、ミナトの苦笑とルリの無情の返事。
「ユゥ〜〜〜〜リィ〜〜〜〜〜クァ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ユリカとプロスの乗っているヘリを打ち落とすことすら出来そうな爆声が響く。
プロスが操縦を誤りかけ、大きく機体が揺れた。
「あらっ。お父様」
日頃からこの大音声に慣れているユリカは普段どおりモニターのコウイチロウに対応する。
プロスはガンガン鳴っている耳を押さえながら嘆息した。
…………よく難聴になりませんな。
いや、他人の意見を聞かないところから見るとすでに難聴になっている可能性もある。
身体検査では問題なかったはずですが?
プロスがユリカの記録を記憶から引っ張り出している間にも、親子の会話は続いていく。
「ど、どこに行くのだ?ユリカッ!!」
「えっ?どこって。ナデシコですけど」
必死の形相で尋ねてくる父親に、ユリカは至極当たり前のような気楽な口調で返答した。
「なっ??なんだと〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
絶叫するコウイチロウにユリカは不思議そうに首を傾げる。
隣にいるプロスはまたもコウイチロウの音波攻撃によって三半規管を狂わせられ、卒倒しそうになった。
………………このおっさん。私たちを殺すつもりなんでしょうか?
二大怪獣に挟まれ互いの二重超音波攻撃に晒されている避難民になったような気がしながら、プロスは耳栓を持ってこなかったことを眼下に広がる青い海よりも、はるかに深く後悔していた。
このままだと、このヘリで海の中に航海しそうである。
ユリカはプロスの滂沱の涙に気付きもせず――気付いたところで気にもしないだろうが――コウイチロウが必死になっている意味がわからずにキョトンと答える。
「何って、お父様。ユリカはただアキトのことを訊きにそちらにお伺いしただけですから」
コウイチロウが唖然、茫然、自失しながら、白茶けてユリカに訊ねる。
「ユ、ユリカはパパにナデシコを明渡してくれるんじゃなかったのか?」
「ううん。ぜんぜん」
ニッコリと微笑んだユリカが首を振った。
白塩の彫刻と化したコウイチロウにユリカはえっへんとムネを張る。
「ユリカはナデシコの艦長さんです。艦長たるのもいかなる場合でも、艦を見捨てるようなことはいたしません!!」
男、一人のことを訊く為に艦を危険に晒す人物の言葉とは到底思えませんな〜〜。
プロスはチューリップ中に見えている光景よりさらに遠くから沸きあがってくる溜息を口から吐き出した。
ユリカは赤く染めた頬に手をやり、サラサラと風化し始めている塩の像――もとい、コウイチロウに、はにかみながら報告する。
「それに…………あの船にはあたしの好きな人が乗っているんです」
塩の像にパキッとヒビが入る
「さっきお話したアキトです。アキトったらあたしのために命を掛けてくれるんです。そして……今もっ!!」
塩の像がビキビキと音を立てて割れ始める。
「それに、アキトったらユリカのことを一生守ってくれるって言ったんです。やっぱり、これってプロポーズよねっ!!」
「なら〜〜〜〜〜〜んっ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
白塩の像が弾け割れ、怒りに真っ赤な顔をしたコウイチロウの絶叫が轟く。
その超音波……ならぬ超声波でプロスの眼鏡にヒビが入った。
ユリカはコウイチロウに満面の笑みを浮かべる。
「お父様。今まで育ててくれてありがとうございました。あたしはいっぱい、いっぱい幸せになります。あたしとアキトの愛の結晶が生まれたら見せに行きますので、楽しみにしていてくださいっ!!」
「ノ〜〜〜〜〜オ〜〜〜〜〜〜!!!」
その大絶叫を叩きつけられ、プロスは闇黒の暗闇に意識を手放した。
*
「ブイッ!!超特急で、お待たせっ!!」
Vサインとともにユリカの能天気な声がブリッジに響き渡った。
クルーは疲れた沈黙を返す。
ユリカと一緒に帰ってきたプロスはそのまま医務室送りとなった。
途中で意識を失いながらも、無意識下でヘリを無事に着艦させたプロスの技巧は、後にナデシコの伝説として語り継がれることとなる。
後の話は兎も角、今は発進準備のほうが先決だった。
「電圧正常。相転移エンジン再起動開始」
ミナトの手元のコンソールに光が灯った。
作動キーが挿入されたことによってナデシコに心臓に火が灯り、息吹を吹き返す。
ミナトの足元から微かにエンジンの始動が伝わってくる。
「システム回復」
ルリの声とともに、各部署に電流の血と神経が通う。
ルリの元にナデシコの全情報が集まってくる。
「オ〜ルジャスト、パ〜ペキィ〜〜」
グリーンランプが全て点灯し、メインモニターに『たいへんよくできました』の花丸が表示された。
閉じていた眼をゆっくりと開いたユリカが正面のチュウリップを見据える。
「全速前進!!」
「はっ!?」
艦長命令の意図がわからなかったミナトが驚いた顔でユリカに振り返った。
ユリカは困惑気味のミナトを見返しながら、もう一度繰り返す。
「全速前進です」
虎のような眼差しを向けてくるユリカと、触手をうねらせているチュウリップの間でミナトは視線を行き来させる。
「ホントにやるの?」
「いきます」
…………後門に白虎、前門にチュウリップか。
断言した艦長の命令に小さく嘆息したミナトは、アクセルを最大まで開いた。
チュウリップがナデシコを飲み込むかのように花弁を開く。
その口内には虹色の光が乱光する、不思議な空間が広がっていた。
「グラビティブラスト、スタンバイ!!」
「了解。グラビティブラスト、チャージ。光学保護スクリーン展開」
保護スクリーンのため、僅かに暗くなった虹色の空間を見透かすようにユリカは眼を細めた。
パンジー、クロッカスの姿は無し…………か。
ユリカは決断する。
「ってーーーーーーーーー!!」
虹色の奇妙な空間が中心部に向かって捩じれ、次の瞬間、空間が崩壊し始める。
その一瞬後、内側からチューリップが細切れに弾け飛んだ。
ナデシコの前に青い空と群青の海、白い雲が浮かぶ何時もの光景が戻った。
*
チューリップを内側から破壊か…………。相変わらず何を考えているか解らないな。
エステバリスから降りながら、アキトは吐息を漏らした。
「ようっ。テンカワ。出番無しだったな」
笑うウリバタケに、アキトは苦笑を返す。
「ああ、今回は…………な。悪いが、整備を頼む」
「まあ、整備が俺たちの仕事だからな。文句は無いが…………また、どうして?」
「連合軍がこれで終わりにするはずが無い」
ウリバタケが渋い顔を見せる。
「人間同士の戦いか」
「ああ」
「まっ、何が相手であろうと、完璧な状態の機体をパイロットに渡す。それが、俺たちの仕事だ」
無言で頷いたアキトにウリバタケはニヤリと笑うとエステバリスの方へ歩いていった。
アキトはウリバタケの背から、虚空に視線を転じる。
「…………次は………………人間……相手か………………」
アキトは唇の片端を吊り上げ、薄笑いの形に口元を歪めた。
*
「では、アキトのエステバリスを回収しますっ!!」
戦闘時とは打って変わって、ユリカが明るい声で指示した。
「あのダイゴウジさんしか出撃してませんけど」
「??…………ダイゴウジ??」
メグミの言葉にユリカが首を傾げる。と同時に、ブリッジに暑苦しい声が響いた。
「へっ、どうだ。俺様の活躍はっ!!ヒーローってのはこういうのを言うんだぜっ!!」
「あの〜〜。…………あなた、誰ですか?」
ユリカの質問にピシッと山田が凍りつく。
「一応、彼はパイロットとして登録されている」
ゴートの言葉にユリカはポンッと手を打った。
「ああ。たしか、山田二郎さん」
「ちっが〜〜〜〜〜う。そいつは仮の名前。魂の名は『ダイゴウジ・ガイ』だっ!!」
「え〜〜〜〜〜〜〜!!じゃあ、アキトは?アキトは?アキトは何処?」
自分を守って戦っていたのがアキトじゃないとわかったユリカが騒ぎ始める。
一人喚きたてているユリカに皆が呆れた視線を向ける中、ルリだけが淡々と山田に訊ねた。
「ところで、山田さん」
「ガーーーーーーイッ!!」
「足はいいんですか?」
山田は自分の足元を見下ろした。
途端に、山田の顔色が青白く変化していく。
皆が見ている前で墜落した空戦エステバリスが、海面に巨大な水柱を作った。
「あらぁ〜〜。やっぱり忘れてたのねぇ」
「ルリちゃんの、言ったとおりでしたね」
ミナトとメグミが暢気な声でお喋りを始める。
「ねぇ、アキトは?なんで、山田さんなの?アキトは何処行ったの?アキトは!?」
「艦長。現実を見たほうがいいですよ」
「まぁ。世の中、そうそう思い通りにならないわよねぇ」
「フム。山田もなかなか出来るな」
「これで連合軍艦隊の妨害がなくなればよいのだがな」
「ねぇ!!アキト、アキト、アキトは〜〜〜〜〜〜っ!?」
山田の墜落地点を割り出していたルリは騒がしいブリッジを横目で眺めて、小さく呟いた。
「ところで…………………………アオイさんはどこ?」
あとがき
こんにちは。ウツロです
え〜〜〜。まず。長!!
ここまで呼んでくださったかた、本当にありがとうございます。
さて、木連式柔に流派があるという設定は完全にオリジナルのものです。
公式設定を見たこと無いんで知りませんが、どうなっているのでしょうか?
まあ、公式設定がどうであろうとこの設定で進めます…………。
でないと、ストーリーに支障をきたしますので
それにしても、今回、予想以上にガイが活躍しました。
ガイとミスマル提督が出てくると、話が彼らに引き摺られます。
ガイとパパ。恐るべし。
それよりも、ジュンが………………………………(汗)
では、次回!!
代理人の感想
柔(柔術)と言うより中国拳法みたいですね〜、套路なんていうと。
黒アキト、つまり主人公が修得していると言う事から
大抵のSSでは謎の超人拳法か陸奥○明流みたいな万能の格闘術の如く描かれる木連式柔ですが、
実体は一体全体どういうものなんでしょうね〜(笑)。
それと時々思うんですが、ユリカやプロスにわざわざ付いて行ったのに、
何故ジュンは別室に放り込まれるんでしょう。
同席させてもらえても置いてけぼりになるじゃないか、という突っ込みはこの際おいといて。
原作だと
ユリカはコウイチロウと歓談(?)→ジュンとプロスが実際の交渉を担当→交渉決裂→チューリップが活性化→
ユリカを待たせてコウイチロウはブリッジに→この時、何故かジュンがコウイチロウに付いて行く→
ユリカ&プロス、トビウメよりヘリコプターにて退艦
と言う流れなのですが・・・・・・・
最初から疎外されてるSSも結構ありますよねぇ。何故でしょう(笑)。
答え.ジュンだから(爆)
ま、それはさておき。
よくある最強ものでないのはわかりました。
文章もお上手ですしプロットもちゃんと練られてるようです。
安直なユリカヘイトに走ってないのも個人的にポイント高し。
でも、この時点では何を言っても的外れになるような気もしますね。
多分、完結しないときちんとした感想は書けないでしょう。
では、次を楽しみにさようなら。