「夢が明日を呼んでいる〜〜〜〜〜〜♪♪魂の叫びさっ!!レッツゴーーーッ!!パッション!!」
格納庫を山田の大熱血歌が席捲していた。
「いいか〜〜〜〜っ!!山田っ!!今のナデシコは相転移エンジンが臨界まできていないっ!!だからっ!!」
ウリバタケも山田に聞かせるため、負けじと声を張り上げていた。
さらにブリッジからは、
「電波状態は最悪だが、出力を最大に上げておけ。パイロット同士で通信できるかもしれん」
「ムグムグ……ゴックン。さすがユリカの『王子さま』!!こんな、美味しいサンドイッチ食べたのはじめて。やっぱり、アキトに何かお返ししなきゃダメだよね。ユリカのチュウとか?キャ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「だ〜〜〜!!聞いてんのか?山田」
「敵、デルフィニウム部隊。9機接近。距離、12000メートル」
「あらあら、敵さんがいっぱい。こんなところで死にたくないわよねぇ」
「第三防衛ライン………………ここで手間取るのは得策ではあるまい」
「守るために…………戦うか。アキトさんてすごいな。じゃあ、アタシは…………」
「今後の出費を考えると、ここはすんなり通してもらいたいものなんですがねぇ」
「ええい。うるせいっ。ブリッジからの通信切れ!!」
出撃前の喧騒とは180度異なる、ただ騒々しいだけの馬鹿騒ぎでナデシコは攻撃準備を整えていた。
地上の戦闘が知れ渡っていたら、ここまで明るい雰囲気が保っていなかったであろう。
先の戦闘の有様を知っているのはブリッジの人間だけである。
アキトが敵戦艦一隻を墜とした時点で、ブリッジ以外の全艦内モニターはルリの操作で切られていた。
ブリッジ以外、ナデシコの人間は今だ戦争の惨事を知らない。
自分たちの…………いや、異質のパイロットによる『ナデシコ』の殺戮を知らない。
ルリの偽装により薄皮一枚、現実から隔てられていた。
ナデシコの格納庫では、だれも出撃前の緊張など浮かべている者はいなかった。
だが、この明るさこそが『ナデシコ』が『ナデシコ』たる証でもある。
そして、その中でも最も際立っている者は、
「お〜〜〜おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!。キタキタキタキタキタア〜〜〜〜。敵が束んなってきやがった。さあ『ダイゴウジ・ガイ』さまが真のヒーローの戦いを見せてやるぜっ!!俺様のゲキガン魂は燃えに燃えまくってるぜっ!!熱々だぜっ!!」
消火器で叩きのめしたくなるほど、喧しい男『山田・二郎』。
例え、消火剤をぶっかけても、この暑苦しさは消えやしないこと明白である。
「さあ艦長!!準備は万全。出してくれ〜〜〜っ!!」
「ほえっ??」
紙パック入りのカフェオレを啜っていたユリカが顔を上げる。
クルーの視線がユリカの命令を待っていた。
…………そういえば、第三防衛ラインに入っていたんだっけ?アキトの愛の手料理が美味しくてすっかり忘れてた。
「え〜〜と、ルリちゃん。相転移エンジンの臨界ポイントまで後どれくらい?」
「19750キロメートル」
……第二防衛ラインまで9000キロ足らず……第一防衛ラインのビックバリアを破る為には今はエネルギーを温存しておかなきゃならない。よってグラビィティーブラストは不可。レーザー兵器も同様の理由によって不可。ミサイルなどの火器兵器はサツキミドリで補給予定だけど…………今後の展開によってどうなるかわからないか。
ユリカは視線を上げ、ナデシコの前方に展開しているデルフィニウムを見詰める。
「いきましょう!!」
「そ〜〜〜〜〜〜こなくっちゃ〜〜〜〜〜っっっ!!!」
山田の空戦エステバリスがカタパルトに乗載される。
「おっしゃ〜〜〜いくぜ〜〜〜〜っ!!『ダイコウジ・ガイ』。発進っ!!」
「ちょっと、待った〜〜〜っ!!」
ウリバタケの停止の叫びを振り切り、エステバリスは高空に飛び出していった。
空戦フレームの翼からジェット噴射の赤光が噴出し、急加速したエステバリスは一直線にデルフィニウムに飛行する。
「あのバカッ!!」
通信機からウリバタケの罵声が響く。
「オッケイ!オッケイ!!」
山田は笑っていなした。これから、たっぷりとヒーローの戦いを見せてやるぜ!!
緊迫しているウリバタケにユリカが訊ねる。
「どうかしたんですか?」
「あいつ、武器持たずに出やがったっ!!」
ユリカの顔が引きつった。
「手ぶら…………ですか?」
「おうよ」
「あらぁ、またぁ〜〜〜?」
「またあの、何とか体当たりするんでしょうか?」
「あんな、小さな的では当たりにくいぞ」
「機体の修理費と弾代では、弾代の方がはるかに安いんですがねぇ」
自信満々の顔の山田からコミュニケ通信が入る。
「まあ、見てなって!!」
山田の機体はデルフィニウムの傍を高速で通り過ぎた。
それを悠長に眺めている敵ではない。すぐさま、追尾ミサイルをエステバリスの後姿に撃つ。
山田はニヤリと笑う。訓練で散々やった状況だ。
機首を急反転させると共に、圧し掛かるようなGが身体にかかる。
素人ならブラックアウトしている状況で、レーダーからミサイルの位置を瞬時に読み取った。
山田は細かい距離や位置などいっさい気にしない。
勘と感覚だけで機体を捻った。
デルフィニウムが放ったミサイルが機体スレスレで通過する。
熱源を見失ったミサイルはあらぬ方向へと飛んでいった。
「うおおおおおおおおおりゃあああああああああ!!」
雄叫びを上げながら、もう一度、デルフィニウム群に突撃をかける。
正面衝突したら互いの機体は間違いなく大破する軌道だった。
山田は不敵な笑みを浮かべて、経験からくる勘だけでコースの修正をする。
互いの機体が、僅か1メートルの距離を駆け抜けた。デルフィニウムのパイロットは仰天しているのか、ビビッているのかピクリとも動かなかった。
残りの機体が慌てたように追いかけてくる。だが、彼らだって命は惜しい。先の特攻をやられてはかなわないのか、一定以上近づいてこない。
よ〜〜しっ!!きたきたきた〜〜!!俺様の予想通り追ってきやがった!!
「ついてきた!!ついてきた!!さあ、ウリバタケ!!スペース・ガンガー重武装タイプを落とせ!!」
「……………………」
ウリバタケはコンソールに足を乗っけたまま、天井を眺めた。タバコを吸っていたのならここで、盛大に紫煙でも吐いていただろう。
隣にいる整備班員のイマイが山田の機体を指さす。
「山田さん。何か言ってますよ?」
ウリバタケは律儀な部下にヒラヒラと手を振る。
「人の話を聞かねぇ奴のことなんか、ほっとけって!!」
「はあ」
雑音交じりの山田の大声が管制室に響く。
「だからっ、スペース・ガンガー重武装タイプを落とせ!!」
「ウチにはスペースだかアストロだか知らねぇが、ガンガーなんて物は載せてねぇんだよ」
「B1タイプのことじゃないんですか?」
イマイの声に山田が歓声を上げる。
「そう、それそれ!!」
ウリバタケは舌打ちをし、コンソールから足を下ろした。
「わ〜〜たよ。今、落とすから受け止めろよ」
山田は満面の笑みを浮かべる。
「ふふふふふっ、完璧だ。俺が素早く回り込み敵を誘き寄せる。敵はこちらには武器が無いと思っている。だが、射出された重武装に空中で合体。一気に敵を殲滅。名づけてガンガー・クロスオペレーション。まさに、くぅわんぺきな作戦だっ!!」
「ちょっと待ってください」
山田の説明を打ち切る無感情の少女の声。
発進が整っていたB1タイプの射出も寸前で、オモイカネの命令により止められた。
ムッとした山田が文句をつける。
「なんの用だ。ガキンチョ。男の戦いに女が……子供が口を出すんじゃ〜〜ない!!」
「私、少女です。それは兎も角、今の説明だと空戦フレームはどうなるんですか?」
「あ〜〜〜〜〜〜」山田がポリポリと指で頬を掻いた。
「……………………………………地上に落ちるしかないな」
ピクリと反応したのが一人。いや、反応しただけではない。これでもかと云わんばかりの殺気を全開で解き放つ。
「知っていますか?山田さん。その空戦フレームは最新型エステバリス用に作られた試作品なんですよ。いくら、かかるとお思いですか?」
高度2万9千8百メートル下の地の底から轟くようなプロスの憤怒に、山田が言い返す。
「だ、だけどよ。こいつは男の戦いなんだよ。ロマンなんだよ!!わかるだろう?」
意気込む山田に、ウサギを前にした猛獣のような表情でプロスはニヤリと嗤う。
「落ちた空戦フレーム分の代金をお給料から差っ引いても良いのなら…………どうぞ」
「っ!!きったねぇぞ〜〜〜〜〜!!」
山田の泣声が大気の薄い空に響いた。
「あらあら、ピンチ到来ねぇ〜〜」
「男の戦いって…………非効率なんですね」
「…………バカ」
「無意味な作戦じゃな」
「いや〜〜〜、ルリさん。気づいてくれて助かりました。臨時のボーナスをお支払いしましょう」
「敵が迫っているのに、こんな悠長な会話をしていていいのか?」
「山田さん。もしかして、作戦前にすでに失敗? 」
「重武装タイプが〜〜〜〜〜〜!!俺のガンガー・クロスオペレーションが〜〜〜〜〜!!俺の活躍が〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
漢泣きに泣いている山田にウリバタケの通信が入る。
「お〜〜〜い。山田。てなわけで、B1タイプの代わりにラピッド・ライフル落とすぞ。しっかり受け取れ〜〜〜〜〜」
「男の戦いにそんな貧弱なものはいら〜〜〜ん。根性っ!!!」
自棄になったように180度くるりと反転してデルフィニウムに突進していく。
突然、突進してきたエステバリスを見て、慌てて散開するデルフィニウム。
その一機に狙いをつけた山田はさらに機体を加速させた。
「ガ〜〜〜〜〜イ!!ス〜〜パ〜〜〜・ナァッパ〜〜〜〜!!」
ディストーションフィールドを纏わせた拳を敵のエンジン部に叩きつける。
一瞬後、火を吹いて、地上に墜落していく一機のデルフィニウム。
「ハハハハハハハ。見たかっ!!ざっとこんなもんよっ!!」
見よ!!この燃える展開を!!凡人どもにゃ真似できネェ、この俺様の勇姿を!!
ハハハハハハ!!サインは1人1枚ずつだぜ!!
「山田さん。敵に囲まれました」
高笑いを上げている山田機を残り8機のデルフィニウムが取り囲んでいた。
ルリのあっさりした報告にメグミが困惑したように、艦長に視線を向ける。
残り一個のサンドイッチを食べようと大口を開けていたユリカがその視線に気づき、口に手を当てた。
「ん〜〜〜〜?山田さんを囮にして、このまま、第二防衛ラインまで行っちゃいましょうか?」
誰も異を唱えない。
皆の中では山田はすでに鬼籍に入っているのかもしれなかった。
ユリカは一つ頷く。
「では、このまま、全速前進!!火星目指してゴー!!」
そう命令をしたユリカは手の中のサンドイッチに齧り付こうと口を開ける。
「艦長!!敵機から通信が入ってます」
再び、メグミの声でサンドイッチに齧り付こうとしていた口を閉じるユリカ。主モニターの視線を移すと、そこに思いつめた表情の青年が映っていた。
「…………ジュン君」
「ユリカ、最後のチャンスだ。ナデシコを戻して」
「………………なんで」
「アオイ君。君の行動は契約違反だ」
「ユリカ。力づくでも君を連れて帰る。
抵抗すればナデシコは第三防衛ラインの主力と戦うことになる」
「なんで…………ジュン君」
「……………………ユリカ」
「なんでジュン君。そんなとこにいるの?」
首を傾げたユリカが頬に指を当てて、心底不思議そうに尋ねた。
「そういえばぁ、アオイ君てぇ、いつから居なかったっけ?」
「出航時には居ましたよね〜〜?自信ないけど…………」
「そうですな。二日目は……いたような…………いなかったような?はて?」
「彼も、わしと同じで影が薄いからな………………副官の性じゃ」
「あれではないか?テンカワが連合軍と戦ったとき、抜け出したのだろう」
「でも、ジュン君の声。久しぶりに聞いたような気がするよ?」
ブリッジのクルーがコソコソと内談し合う。
プルプルと振るえながらジュンはその会話を聞いていた。
ルリが素っ気無く口を挟む。
「いてもいなくても、変わんないし」
その少女の無情のコメントに、ジュンは青い青い地球に向かって、力の限り咆哮する。
「いいんだ。いいんだ〜〜。僕なんか〜〜〜〜〜。どうせ、僕なんか〜〜〜!!地球のバッッッッカヤロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ジュンの部下たちがその魂と涙と想いの篭りまくった雄叫びに、そっと目頭を押さえた。
「臨界ポイントまで19650キロメートル」
ジュンの純情な心に止めを刺した少女が淡々と報告した。
その声にクルーも自分達の仕事を思い出す。
「どうします艦長?」
メガネを押し上げて訊ねるプロスに、ユリカは目線を上げた。
「ゴメン。ジュン君。あたし、ここから動けない」
「何故だ!!ユリカ!!」
「ここが、あたしの場所なの。ミスマル家の長女でも、お父様の娘でもない。ここなら、あたしがあたしでいられる。たった一つの場所なの」
「ッ!!」
ジュンは言葉を詰まらせる。
確かに、ミスマル家の名は大きい。だが、ユリカの実力は本物だ。連合大学で、傍で見てきたジュンはそれを誰よりも知っている。そう、本人のユリカよりも。
確かに、口さがない者は七光りとユリカを罵ってきたのは知っている。だが、ユリカはそのことを気にもかけていなかった。全て、笑っていなしていた。
だが………………そのことに深い傷を負っていたのなら、彼女の心を傷つけていたのなら…………。
誰よりも近くにいた自分は何故気づけなかったのか?何故、気づいてやれなかったのか。
ジュンは通信画面越しにユリカの瞳を見つめる。
そこには毅然とした、ジュンがいくら手を伸ばしても届く気配もない白百合の女神。
ジュンの視線から逸れるように、ユリカが眼を伏せた。
「…………それに…………ナデシコには」
「ナデシコには?」
「ユリカの『王子さま』が乗っているんですもの!!」
瞳を輝かせ、薔薇色の頬を上気させたユリカは、嬉しそうにジュンにサンドイッチを見せびらかす。
「アキトったら、あたしに手料理作ってくれたんだよ。とっても美味しいの。アキトって何でもできるんだよ。さすがはユリカの王子さまっ!!」
ピシッと音を立ててヒビ割れるジュン。
『悲哀の石像』と化したジュンにナデシコクルーは同情の眼差しを送る。
「なんか…………可哀想ですよね」
「一番、やっちゃいけないことを………………」
「これは痛いですな」
「………………ムウ」
「バカ」
「どうしたの?ジュン君?」
「…………う…………」
唸り声を上げるジュン。
「「「「う?」」」」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!」
「あ〜〜あ、切れちゃったぁ」
ミナトが額に指を当てて、軽く首を振った。
ジュンのデルフィニウムが空中で地団駄を踏む。足がないから、エンジン部を揺らすだけだが。
「テンカワ・アキト〜〜〜〜〜〜〜!!!!出てこ〜〜〜い!!僕と勝負しろ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ジュンの涙の混じった………………完全な涙声がナデシコに響いた。
「呼んだか?ジュン」
通信に現れたのは黒髪の黒瞳の青年。背景からエステバリスのコクピットにいるようだった。
いつものバイザーとマントはしていない。その代り、黄色の制服を着ている。食堂から直で来たらしい。
その黒の瞳が物憂げに、面倒くさそうにジュンを見ていた。
ジュンの瞳に闘志が宿る。
「テンカワ・アキト。僕と勝負だ!!」
「と、言われてもな」
ジュンは後ろの部下に合図をする。縦横無尽に飛び回っていた山田のエステバリスに残りのデルフィニウムがいっせいに飛び掛った。
一機を叩きのめし、動きが止まったエステバリスを3機が取り押さえる。
「なっ!!離せ!!ショッカー!!ぶっ飛ばすぞ〜〜〜〜〜!!」
山田が場違いな叫び声を上げるが誰も聞いちゃいなかった。
「て〜〜〜か。俺の出番〜〜〜!!」
ジュンが真剣な顔でアキトを睨む。
「テンカワ。出て来い。じゃないと、このロボットから破壊する!!」
「艦長の命令がないと俺は出れない。これ以上、命令違反で自分の仕事を増やすつもりはないんでね」
「僕と一対一で戦い、勝ったらナデシコを見逃す。どうだ!!」
アキトは盛大に溜息をついた。
「と、言っているが…………どうするんだ?艦長」
アキトに問い掛けられて、ユリカは眼を輝かせる。
「あのね、アキト。このサンドイッチすごく美味しいの。ユリカ。こんなサンドイッチ食べたの始めて。後でお礼するね。…………どんなお礼がいいかな?アキトは何がいい?」
「一対一の決闘ですか?経済効果も考えるとお得ですね」
「男の子ってぇ、そういうの好きよねぇ」
「いいぜ〜〜。いいぜ!!燃えるぜ。男と男の戦いってのはやっぱタイマンさ!!」
「いいんですか?そういうの、勝手に決めちゃって?」
「うおぉ〜〜〜い。アキト。手加減はしてやれよ〜〜〜〜〜」
「そろそろ第二防衛ラインに入るな」
「臨界ポイントまで19600キロメートル」
アキトは額を押さえる。
「で、俺は出ていいのか?それともいけないのか?」
「また、ユリカのために危ない目に合ってくれるんだね。
…………ユリカ、わかった!!あたしが忘れていたもの!!
それはアキトを信じる心!!アキトを信頼する心!!
そして、アキトへの愛!!
そう、あたしにはそれが足りなかったの!!
あたしは止めないわ。アキトは必ず無事に帰って来る!!
だって、アキトはあたしの『王子さま』だもの!!」
アキトがひどく疲れたように息を吐いた。
「許可、ということでいいんだな。………………『テンカワ・アキト』出撃する」
「武器は持ってんのか?」
ウリバタケの質問にアキトは頷く。
「あんな連中、ライフル一丁で十分だ」
「戦っていない俺が言える台詞じゃないが…………なるべく、命は奪うなよ」
「…………努力はするよ」
アキトのエステバリスが宙にすべり出る。
ナデシコを後方に置き、デルフィニウムとエステバリスが対峙した。
「テンカワ!!勝負だ!!」
「何でジュン君。アキトに突っかかるのかな?」
「……………………」
「何故って、ほら男の純情」
「いくぞ!!」
「え?ジュン君は良いお友達よ」
瞬間、アキトのエステバリスの右手が跳ね上がり、銃口が火を噴く。
デルフィニウムの両腕、エンジン、ミサイルハンガーが一瞬で吹き飛ばされた。
瞬きする暇すらないまま、ジュンの機体は行動不能に陥る。
誰も、声すら出せない。
まさに秒殺されたデルフィニウムに滑るようにアキトは近寄り、銃口でコクピットを狙った。
「先の賭けは憶えているな。そのエステバリスを放し、消えろ」
アキトの猛禽類のような眼光と、全てを凍らせるような声音にデルフィニウムが山田のエステバリスを放す。
「どうした?消えろ」
その命令に連合軍の一人が勇気を奮い起こしてアキトに訊ねる。
「葵少尉を…………どうするつもりだ?」
アキトは口の端に笑みを浮かべた。
「敗戦の将をどう扱おうが、こちらの勝手だ」
その冷やかな口調に、ジュンの部下達は決死の特攻をかけようと身構える。
それを冷徹な眼で眺めるアキト。
「やめろっ!!」
ジュンの声が特攻をかける寸前だったデルフィニウムの動きを止めた。
「し…………しかし…………」
「今の攻撃を見ただろ。君達では束になってもかなわない」
「で…………ですが」
「僕のことは大丈夫だ。すぐに、ここから離れるんだ。もうすぐ、第2防衛ラインのミサイル射程域に入る」
「………………」
「行けっ!!」
「…………………………ご無事で」
「………………ありがとう」
デルフィニウムが一機、また一機と第3防衛ラインまで引き返していった。
はるか後方に遠ざかるジェット噴射を見ながら、アキトはデルフィニウムのコクピットから銃口を離す。
「いい判断だ」
「彼らまで、巻き込むつもりはない」
消えていく光炎を見ながら呟くジュンにアキトは小さく笑みを浮かべる。
「そこで、一つ相談なんだが、」アキトはジュンの眼を見る。
「ナデシコに戻るつもりはないか?」
「………………僕は…………ナデシコを裏切ったんだぞ」
アキトは首を振った。
「連合軍に置いていかれれば、誰だって裏切りたくはなる。今回の一件はお前だけのせいじゃない。副艦長を置き去りにしたユリカにも責はある。もちろん、プロスにもな」
「え〜〜〜〜。そんな〜〜〜アキト〜〜〜〜!!」
「いや、ハハハハハ。テンカワさん。手厳しいですな」
「事実だ」
「そうよねぇ」
「裏切りたくもなりますよね〜〜」
「敵との戦い、そして、認め合い仲間になる。王道じゃねぇか!!」
「契約違反も、もっともな理由がある場合は免除される」
皆の言葉にジュンは唇を噛み締める。
「もどってこい。ジュン」
「僕は正義の味方になりたかった。地球を守りたかった。連合軍こそ、その夢をかなえられる場所だと思っていた。ナデシコが………………ユリカがその敵になるのは許せなかったんだ。だから――」
「悪いがジュン。それは間違いだ。少なくとも俺は間違いだと思っている」
「な、何がだっ!!」
「連合軍は正義の味方なんかじゃない」
「お、お前に何がわかる!!」
「この戦いは…………謎の兵器の侵略と地球側の防衛。そんな単純な図式じゃない」
「どういうことだ?」
「詳しくは語れない。時がくれば……わかるだろう。この戦いは復讐と面子。抹消と名誉。そんな過去の遺恨が生んでいる戦いだ。どちらかが勝てば無くなる戦いじゃない」
ジュンはヘルメットのバイザーを上げて、アキトの黒い瞳を見つめる。
「君は…………何を……知っているんだ?」
アキトが薄い笑みの形に唇を歪めた。
深く凍った闇を抱き、その上で全てを覚悟した者の笑い方。
「人の欲と、そこから生み出される人の哀しみ。俺が知っているのはそれくらいのものだ」
ジュンはその笑みから視線を逸らした。
ナデシコのクルーはアキトの台詞と笑みに言葉を失う。
アキトが普通の人とは違う人生を歩んできたことはだいたい想像ついてた。
だが、その底を見せない哀しげな笑みに、自分達の想像を超えた彼の生き様を見た気がしたのだ。
一瞬で笑みを消したアキトは無理矢理、からかうような表情を作って見せる。
「色々、建前を述べたが本音を言おう。俺の知っている限り、ユリカをサポートできる人物なんて、ジュン、お前しか思い浮かばないんだよ」
ジュンが顔をアキトをねめつける。
「君がいるじゃないか」
「悪いが、願い下げだ」
「え〜〜〜〜〜〜〜!!酷いよ!!アキト〜〜〜〜〜!!」
二人はユリカの声をすっぱり無視した。
「つまり、ユリカの隣はまだ空いているということか?」
「ああ」
「僕はナデシコに帰ってもいいのか?僕は…………あそこにいてもいいのか?」
「それはお前自身が決めることだ」
「僕は………………………………」
そこに機械のような少女の声が挟まれる。
「臨界ポイントまで19000キロメートル」
「時間はないぞ」
「僕は………………ユリカ?」
手にしたサンドイッチを食べていたユリカが、口の中の物を飲み込む。
「ングング。ゴックン。え?ああ……え〜〜〜と、うん。ジュン君が戻ってきてくれたら嬉しいな」
「ユリカ!!」
「書類作成とか楽だし」
自力移動できないデルフィニウムの両肩を2機のエステバリスが支えた。
「帰るか。ナデシコに」
「ああ!!早くしないと、ミサイルが来ちまうしな」
「…………スマナイ。二人とも」
「言うなよ。仲間じゃねぇかっ」
「そういうことだ」
*
「…………と、いうことで」
「予想外に手間取ったが、第一防衛ライン――ビックバリアは無事、突破した」
「今ごろ、ビックバリアを破った負荷で、核融合炉が爆発し、地上では大規模なブラックアウトが起こっているでしょう」
「連合軍さんが、意地はるからぁ…………」
「意地を張ってもいいこと無いって、本当ですよね」
「次の目的地はサツキミドリだな」
「だいたい、二日の航程よねぇ」
ブリッジの隅のほうで小さくなっているジュンがオズオズと声をかける。
「あの…………それで、僕は」
「ジュン君!!」
ユリカがジュンの両手を握る。
「ありがとう。アキトを傷つけないでくれて」
ジュンの表情が見事なくらい引きつった。
ユリカは先の戦いを見ていなかったのだろうか?傷つけたくても、手も足も出なかったのは自分だ。情けで助けてもらったようなものである。
男の純情なんて、気にも留めないユリカはさらに追い討ちをかける。
「それにしても、知らなかったよ。ジュン君の好きな人がナデシコにいるなんて。ユリカ、応援するから。だから、かわりにユリカとアキトのことを応援してね」
想い人にそんな事を言われ、ニッコリと笑いかけられて何と答えればいいのだろうか?
ジュンは何も答えずにただ、涙していた。
「まあ、チャンスはありますよ」
「そうそう、気長にねぇ」
「がんばってください。応援だけはしておきますよ」
「契約事項には恋愛は手を繋ぐまでだと書いてあるから、そのように」
「生きてりゃ、いい事あるって」
ジュンは涙を拭きながら、連合大学時代からの口癖を繰り返した。
「…………いいんです。慣れてますから」
その慣れた物言いが、いっそうに皆の哀れみを誘う。
一人、そんなことなど気にもかけないユリカは辺りをキョロキョロと見回した。
「ねぇ〜〜〜〜。アキトは?アキトはどこ行ったの〜〜〜?」
「なんでも、厨房の仕事をほっぽって来ちまったから、そっちの方が優先だとか言って、食堂へ行っちまったぜ。パイロットよりもコックが優先とはなんだ!!まったく!!」
山田が、顔を顰めて吐き捨てる。
「わかった食堂ね。アキト〜〜!!今、行くからね〜〜〜〜!!」
いい終わると同時に、廊下を疾風のように飛んでいくユリカ。
「さ〜〜〜て、俺も撃墜マークの代わりにゲキガンシールを貼ってくるかな。なんせ、4機も撃墜したからな」
高々と鼻歌を歌いながら、山田もブリッジから出て行った。
呆れたようにその背を見ていたジュンは、突然、真面目な表情になり、プロスに振り返った。
「一つ、訊きたいことがあるんですけど?」
プロスはみなまで言わずともわかっていると頷く。
「テンカワさんのことですね」
「彼は………………いったい何者ですか?」
「残念ながら、前にルリさんが見せてくれた経歴以上の詳しいことはわかっておりません」
「調べてから雇ったんじゃないんですか?」
「残念ながら」
首を振ったプロスをゴートが見据える。
「だが、あの異常な戦闘能力。そして、この蜥蜴戦争に関しても何か知っていそうな口振り。やはり、何かを隠しているとしか思えん」
「では、無理矢理、口を開かせますか?叩きのめされるのは我々のほうだと思いますが」
「……………………ムウ」
ミナトが甘く笑う。
「でもぉ、アキト君が味方だってことはわかってるんでしょう。じゃあ、それでいいじゃない」
「そうですよ。いつかはアキトさんだって話してくれますよ。ほらっ、時がくればわかるって言ってたじゃないですか」
賛同するメグミにゴートは渋い顔を見せた。
「だが、わかった時に裏切られても困る」
「それは無いと思いますよ。だって、アキトさんは『ナデシコ』を守るって言っているんだし」
「…………ム。では、ナデシコに来る前のテンカワを知っていそうな人物は、いないのか?テンカワの口からは無理でも周りの人間なら幾分、話してくれるだろう」
ゴートの案にまたもや、プロスは首を振る。
「テンカワさんの過去を知っていそうな人物なら、一人、心当たりありますが…………その方も口が堅くて一切、喋ってはくれないのです」
「誰だ?」
「それはプライバシー保護と企業秘密でして」
メグミがポンと手を打った。
「それって、前に話してくれたアキトさんと一緒じゃなきゃ、ナデシコに乗らないっていう人のことでしょ?」
「そ、それってユリカのことですか?」
プロスは眼鏡で目線を隠す。
「さあ…………それは、なんとも言えませんね」
クルーが人の過去に話を咲かせているのを耳にしながら、ルリは星の海を眺めた。
「そろそろ、彼女を…………………………起こさなければなりませんね」
あとがき
こんにちは。ウツロです。
今回、ジュンが目立つ話だったのに。
…………ジュン……………………影薄いです。
それとも、ナデシコに戻れただけで良しとするべきでしょうか?
最近、Actionではジュンが活躍しまくってるのがSSが多いのに不甲斐ない。
ジュンがTV版より哀れな気がするのは私の気のせい?
―――――個人連絡板―――――
R(仮名)さん。変更後のアドレスが
記載されていなくて返事メールが送れません
返信アドレスも変更前のままでした
さて、ここまである程度のペースで投稿してきましたが、これで下書きのストック尽きました。
次は未定です。なるべく早く、投稿するよう心がけます。
では、次回!!
代理人の個人的な感想
・・・・・・・ユリカのあれは「一皮剥けた」結果なのかなぁ?(爆)
だとしたら、ホウメイさんあたりはさぞかし盛大に苦笑するでしょうが。
でもジュンに対するあの態度見てるとなぁ・・・・・・・
ルリちゃんはルリちゃんでトドメ刺してるし。
ジュンくん、とことん不幸!
ま、今更ですけど。