モニターが一瞬でホワイトアウトした。



 同時に、今までと比べものにならないほどの衝撃が管制室を轟かせた。

 座席の非常用シートベルトをしていなければ弾き飛ばされていただろう。


 一瞬後、管制室が緊急レッドランプで赤く染まった。


 あの衝撃とレッドランプ――意味するところは一つしかない。敵戦艦のグラビティブラストがサツキミドリを突き抜けたのだ。



 サツキミドリ管制官『イフウ』は素早く視線を走らせた。


 核融合炉はグリーンランプがついている。

 サツキミドリが爆発する可能性はこれで八割がた減った。



「敵、グラビティブラスト!!サツキミドリ36から78地区の一角を削り取った!!」

「隔壁閉鎖」

 ヒムカイの報告にルリがすぐさま対応した。


 サツキミドリの3D全体図の隔壁が次々と作動していくのがわかる。



 ヒムカイは安堵の溜息を吐いた。


 敵のグラビティブラストで管制室が吹っ飛ばなかったことではない――それもあるが――それより、ここにルリと名乗る女性がいたことだ。


 もし、管制室に通常の20名が居たとしても、こうも素早く隔壁を下ろすことなど出来ないだろう。


 先の衝撃だ。途中の電線は切れているだろうし、動かなくなっている隔壁もあるだろう。

 それを素早く判断し、的確な処置を取る。

 簡単のようだが、簡単ではない。それには途方もないほどの経験が必要だった。



 ヒムカイが感嘆の眼で見ているうちに、隔壁は全て閉鎖されたことが表示された。


 これで、被害がこれ以上広がることはない。



「ヒムカイさん」

「あ、はい」


「32から79までの地区にシェルターはありましたか?」


「42地区と、67地区にある…………いや、あった」

 ヒムカイに替わってセイバが答えた。


「生存者は?」


「………………………………絶望的だ。連絡も取れない」

 イフウがインカムを耳に当てながら答えた。



 管制室に重い沈黙が訪れる。



「救助班、動かしますか?」

 ヒムカイの提言にルリが首を横に振った。


「いま、宇宙空間に出たらバッタの餌食です」



 セイバがルリに視線を向ける。

「生存者は…………見殺しか?」



 ルリがセイバを見返した。

「はい。これ以上、被害を増やしたくありません。救助班出動拒否命令は『星野瑠璃』の名で登録しておいてください」



 三人の管制官は言葉を失う。この女性は自ら殺人者の汚名を着るといっているのだ。





「グラビティブラストが当たったのは一発だけだったみたいですね」

 コロニーのデータを読んでいたルリは独白した。


「………………………………ナデシコが盾になった」


「さすがに…………全弾は防げませんでしたか」



 ホワイトアウトしていたメインモニターが通常状態に戻る。と、ナデシコから一斉に通信が入ってくる。

「ルリちゃん!!無事?」

「ルリルリ!!大丈夫?怪我なかった?」

「ご無事のようですね。一発、サツキミドリを貫通したときは、生きた心地がしませんでした」

「…………ムウ。そこは危険だ。こちらに早急に戻ってくることを推奨する」

「うわ〜〜〜〜。重力パラメーターが〜〜〜〜〜〜!!」

「危険じゃ。敵戦艦の攻撃は、続くぞ」

「ルリちゃん。そこは危ないよ!!はやく、ナデシコに戻ってきたほうがいいよ!!」



 一気に管制室が喧しくなる。耳を塞ぎたくなるほどに。



「はい。私は無事です。ナデシコは?」

「うん。こっちも大丈夫!!」

 ユリカが大きく頷く。そのコミュニケの前にミナトが心配そうな顔を出した。

「ルリルリ。そこはやっぱり危ないよぉ。ナデシコに戻ったほうがいいと思うなぁ」



 その場にいたナデシコクルー全員がうんうんと頷いた。



 その意見には耳をかさず、ルリはユリカを見つめる。


「グラビティブラストは?」



 ユリカが後ろに振り向く。そこには――――、

ああ〜〜〜〜〜!!相転移エンジン出力がまた変わってる!?」

キャ〜〜〜〜!!フィールド発生装置出力5パーセントダウン。また、重力計算やり直し〜〜〜」

「今ので、バランサーの値まで狂ってる!!」

ウッソ〜〜〜〜〜〜!!また、バイパス計算もやり直しなの〜〜〜〜!!」

「しかも、敵艦がグラビティブラスト撃ったせいで、空間が歪んでるぞ!!

「アタシ、そんな計算方式、シラナ〜〜〜〜イ!!


 ジュンとコルリの悲鳴の嵐。




「無理のようですね」



「……………………うん」

 冷静なルリの声に、冷汗をかきながらユリカが答えた。






 ルリはモニターに映る木連戦艦を仰ぎ見る。



「後は、あの人に任せます」














 アキトは舌を鳴らした。




 戦艦の4本のグラビティブラストを避けきったアキトはサツキミドリを見、奥歯を噛み締める。


 三発はナデシコが盾になって弾いたが、一発がサツキミドリを貫通したのだ。



 ルリからの通信はない。アキトの心が粟立つ。


 もし――――。

 その先の思考を強靭な意志で押さえ込んだ。


 今は、そんな不安にかかずらっている場合ではない。



 二射目は、撃たせない!!



 戦艦のグラビティブラストで狭間が空いた敵陣をアキトは疾駆した。


 真空の無重力下である。加速すれば大気園惑星内とは比べ物にならないほど速度が出せる。

 ビリビリと機体が震えた。高Gで意識がふっ飛びそうになる。


 今のアキトは敵しか意識していなかった。

 四隻の戦艦しか。




 木連戦艦がこちらを察知し、ディストーションフィールドを増強した。


 アキトは嘲りの冷笑を浮かべる。

 このスピードで、そのフィールドではダンボールのようなものだ。


 エステバリスのフィールドと戦艦のフィールドが一瞬、均衡し――――空間を発光させながらエステバリスはフィールドを打ち破った。

 戦艦の歪曲重力場発生装置が過負荷で紅蓮の火炎を噴き出す


 敵のディストーションフィールドが消えれば、地上の連合艦隊の時と同じだった。


 エステバリスはディストーションフィールドをまとい、戦艦の側面に擦らせるように体当たりをかける。

 エステバリスが通過した跡から、フィールドによって装甲が圧砕されていった。

 戦艦の側面を三分の二を通過したあたりで、艦のいたる所で小爆発が起こり、艦全体から紅炎が噴き出した。




 エステバリスはイミディエットナイフを抜刀すると、ニ隻目の戦艦に特攻をかけた。


 距離がないので、一隻目のようなスピードによる力任せの突破法は利かない。

 ブラックサレナであれば可能だろうが、ノーマルではそこまでの加速力は出せない。


 ディストーションフィールドにイミディエットナイフを突き立てた。

 フィールドとフィールドが擦れ合う。互いの重力子で空間の量子が励起し、歪曲した真空空間が発光する。


 それも、一瞬で突き抜けた。


 敵戦艦の相転移エンジンブロックにナイフを突き刺すと真横に疾った。

 そのまま、船尾を通過し、全速力で宙へ逃れる。


 戦艦はエンジンブロックから爆光が溢れ出し、次の瞬間、大爆発した。




 アキトは三隻目の戦艦の陰に入り、爆発エネルギーの放射をやり過ごす。


 至近距離で、ニ隻目の戦艦の爆破エネルギーをまともに喰らった三隻目の戦艦の装甲が崩壊し、竜骨が真っ二つに叩き折れた。




 その時には、アキトは四隻目に向かっている。


 四隻目の戦艦がアキトのエステバリスに向けてミサイルの弾雨を浴びせた。

 一瞬で速度を落としたアキトは逆Gに耐えながら、紙一重でミサイル雨を潜り抜ける。


 ミサイルを全て躱したアキトは敵戦艦に肉迫し、装甲にナイフを突き刺した。

 ディストーションフィールドを纏ったまま、戦艦を縦にナイフを駆らせてゆく。


 負荷に耐えられなくなったイミディエットナイフが途中で叩き折れた。


 折れたナイフの柄を握ったまま、エステバリスは急加速で戦艦から離脱した。

 真横から爆炎を吹き上げながら、木星戦艦が破砕する。



 アキトがかなり離れた時点で、戦艦は無音の閃光と化し、宇宙に消滅した。






 アキトはサツキミドリを振り返った。



 今、エステバリスコクピットはワーニングレッドランプが鳴り響いている。


 あれだけの高機動を強いたのだ。機体全体にガタがきていて当然だった。



 だが…………そんなことはどうでも良い。



 アキトは喘ぐ。

 今、アキトの心は不安に押し潰されそうだった。


 もし――もし、敵艦のグラビティブラストに管制室が巻き込まれていたら……。


 心が、肌が、粟立つようにざわめく。

 もしもの『可能性』に、目の前が暗くなっていく。




 全速力で重力推進バーニアを噴かせたアキトは一直線にサツキミドリに取って返した。




 奥歯を歯噛みする。



 俺は誰にも不幸な目には合わせないと誓った。


 あの日、ナデシコのブリッジで!!


 ナデシコの仲間を護ると!!


 誓ったはずだ!!





 と、アキトの眼の前にコミュニケ画面が立ち上がった。

「お疲れさまです。テンカワさん」




「……………………よかった」



 アキトは盛大に安堵の嘆息を吐き、シートに身をずっしりと沈み込ませる。




 そこには、白いバイザーで眼を覆い、白いマントを羽織った『星野瑠璃』



「…………無事………………だったんだな」



「はい」



「………………今から、迎えに行く」

「わかりました。マップをそちらに転送します」



 送られたマップを一瞥したアキトがルリに話し掛けようと、顔を上げたとき、大声がコクピットに響き渡る。


「アキト〜〜〜〜〜〜!!アキト、アキト!!アキト〜〜〜!!」



 その鼓膜が張り裂けそうなユリカの大音声にアキトは顔を顰めた。



「やっぱり、アキトはユリカの『王子さま』!!すごい!!すごい!!戦艦をやっつけちゃうなんて!!アキト!!すぐ、迎えに行くからね!!」



「いや…………俺はルリちゃんを迎えに行く。バッタの残党は任せた」

「ええ〜〜〜〜〜〜。無茶はダメだよ〜〜〜〜。アキト〜〜〜〜!!」

「その台詞は、ルリちゃんに言うんだな」




 もう一つ、コミュニケ画面が立ち上がった。


 ジュンが暗い瞳でアキトを見る。

「すまない。テンカワ。僕が…………グラビティブラストを撃てれば……」


「ジュン。お前だけのせいじゃない」

「………………だけど」

「文句をいうのなら、そんな難しい設定をした設計者に言うべきさ」


 下唇を噛んだジュンが無言で項垂れた。




 アキトは眼をサツキミドリに向ける。

「ガイ。リョーコちゃん。ヒカルちゃん。イズミちゃん。バッタは任せた」


「…………あ…………ああ」

 いつも威勢のいいリョーコが歯切れ悪く答えた。


 山田が割って入る。

「アキト。お前、身体は大丈夫なのか?」

「生憎、頑丈にできているんでね。それよりも、0Gフレームのほうが限界だ。もう一度、あんな機動をとったら間違いなく空中分解する」


「そりゃ…………そうだろうよ」

 リョーコが吐き捨てるように言った。



 戦艦を潰したあれは自殺行為と言っても過言じゃない。


 死にたがるような戦闘法にリョーコの表情は苦渋に染まった。

 その方法じゃなければ勝てなかったとしても。


 それでも…………ありゃあ――。




 リョーコたちの脇を抜けて、サツキミドリに向かうアキトのエステバリス。


 ぱっと見ただけでも、重力波放射スラスターは全て焼け焦げ、装甲フレームはフィールドに突っ込んだせいで歪み、右腕の装甲は溶解して中のシリンダーが直に見え、折れたイミディエットナイフが右掌に溶融していると酷いありさまだった。



「よく、あれで飛んでられるね〜〜〜〜」

 ヒカルが呆れたように首を振った。イズミが低く囁くように喋る。

「…………………………模倣したら即、死人」

「したくたって、できないよ〜〜〜〜。あんなこと」


「リョーコ。ワタシらはワタシらなりのやり方でやっていくしかないわ」



 イズミの言葉にリョーコは頭を掻いた。

 ………………そうだな。オレには…………オレのやり方がある。



「わ〜〜〜ってるさ。さっさと、バッタを片付けるぜっ!!」

「お〜〜〜〜〜〜〜!!」

「バッター選出……………………ばった…せんしゅつ………………バッタ…せんめつ………………バッタ…殲滅…………ク……クフフフフフ……ハハハハハハ





「「………………はいはい」」







*







「………………ふぅ」



 小さな溜息を吐いたあと、ルリは携帯用IFSパッドをモジュール端末から引き抜きマントにしまった。

「後は、お任せします」


 ヒムカイは頷いた。

 これ以上、部外者に何かしてもらうわけにはいかない。サツキミドリの管制官は自分たちなのだから。



「救助隊と医療班は現場へ急行!!79地区から真空だから注意しろよ!!」

 指示を出し終えたセイバがルリに向き直る。

「それにしても『ナデシコ』ってのはスゴイねぇ。オペレーターは管制官20人分の仕事をこなしちゃうし、パイロットは一機で戦艦4隻墜とすし、ナデシコはグラビティブラストくらっても平気だし、マジで火星に行けちゃうんじゃないか?」

「行くつもりですから」

「ハハハハハハ。うん。幸運を祈ってるよ」



 ヒムカイはルリの横に立つ。

「それにしても、今回は助かった。君が……ルリさんがいなければ、間違いなくサツキミドリは破壊されていた」



 ヒムカイは右手を差し出した。




 少し、それを眺めていたルリが、その右手を握る。




 ルリの手は小さかった。まるで、子供のように。

 ヒムカイは眼下にあるシルバーブロンドの髪を見つめる。



 信じられない。こんな小さな手が、俺たちの命を…………サツキミドリを救ったなんて。



「おらっ!!ヒムカイ!!いつまで手ぇ握ってんだよ!!ルリさんだって困ってるだろ!!」

「え?…………あ!!……あ、いや、これは。失礼しました」

「別に」

 慌てふためいて手を離すヒムカイと無感情のルリ。



「………………………………迎えは、いつ来る?」


 白いバイザーがイフウへ振り向いた。

「エステバリスで直接この場に来るそうですから…………そうですね。先ほど格納庫へ入りましたので、10分程度と言うところでしょうか」


「…………………………そうか」

 ボソリと頷いたイフウがインカムを耳を当てて、仕事を再開する。


「なんだ?あいつ」

「さあ、いつものことだけどね」

 ヒムカイとセイバが眼を見合わせて肩を竦めた。


 イフウがふと、顔を上げた。

 大勢の足音が聞こえる。


 セイバとヒムカイも扉を眺めた。


 シュンッ!!

 圧搾空気の抜ける音ともに扉が開いたとき、三人の眼は丸く開かれた。




 そこには銃口、銃口、銃口、銃口。何十と言う銃口。




「ク…………クーデターか!?」

 セイバが驚き、イスを蹴倒して立ち上がった。


 ヒムカイはルリを庇うように彼らの前に立ちふさがった。


 イフウが無言で椅子から立ち、音もなく動く。



「動くな!!」

 銃を構えている軍人らの命令で管制官三人は動きを止めた。


 ヒムカイは彼らを睨みつける。

「何者だ?おまえら?」




「わし、直々の部下たちだ」



 彼らを割って出たのは頭の禿げた男であった。

 背はそこそこある、脂ぎった禿げた男が蟹股で進み出てくる。



「し……司令…………」

 憤慨したヒムカイは唸り声を上げた。今さら何をのこのこと、この場に!!



 禿げオヤジは顔を醜く歪め、手をひらひらと振る。

「ふんっ!!そこをどけ。ヒムカイ!!」

「司令じゃねぇぜ。ヒムカイ。こいつはその司令の仕事をほっぽって逃げようとしたんだかんな」

「知った口をきくな!!セイバ!!わしは連合海軍の少将に緊急で呼ばれたからに過ぎん」

「はん!!それも、その少将様に泣きついて特別に呼び出してもらえるようにしたんじゃないのか?こっちから、助けてくれって電話かけてな!!」

「きっさま!!上官侮辱で軍法会議にかけてくれるわ!!」

「俺は軍所属だがネルガルの社員でもあるんだよ!!軍なんざに金なんぞもらえなくても一向にこまらねえよ!!完全な軍属のあんたらと違ってな」

「だいたい。ネルガルの私物であったこのコロニーに保安上の目的で乗り込んできたのはあなたたち軍でしょう。それで、いざ戦闘となったら、真っ先に逃げ出しますか?我々はもう、あなたを司令とは認めません」

「…………………お前の今回の行動はすでにネルガルに送った」

「さっすがイフウ!!無口だけど仕事が早い。俺たちの誇りだよ」

 セイバが笑い声を上げる。


 禿げオヤジの赤い顔がさらに赤く染まった。

「だまれっ!!だまれ!!ダマレーーーーーーッ!!」


 ガチャリと三人に十数個の銃口が向けられた。

「いいか、貴様ら!!次に喋ったら、こいつらが火を吹くと思え!!」


「「「くっ!!」」」

 セイバが歯軋りし、ヒムカイが右拳を震わせ、イフウが睨みつける。


 アブラ禿げオヤジは、にたりと彼らに嘲笑を飛ばした。

「星野とやら、出て来い!!それとも、銃口が怖くて出てこれないか。そこの馬鹿な管制官は色仕掛けで騙せただろうが、わしには通じんぞ!!」




 無言でルリがヒムカイの背から出る。




「なっ!?」

 アブラ禿司令は驚きのあまり、口をパクパクと開いたり閉じたりした。


 モニターだと、小さい人物も大きく見えるのだ。しかも、通信画面は細部が潰れるため印象が、がらりと変わる。

 この司令はルリをやり手のOLのような人物だと考えていたのだ。



 それが、出てきたのが120センチぐらいのチビ。驚くなと言うほうが無理だった。




 呆気に取られていた司令の顔がだんだんと醜く歪んでくる。


 総司令たる自分が…………中佐たる自分が、こんな小娘にやり込められたのだ。


 アブラ禿げ司令は唾を飛ばして怒声を上げる。

「目上に対して、なんだその態度は!!そのデカ眼鏡を取れ!!」




 ルリは白色のバイザーを外した。


 機械のように無機質な金色の瞳が軍人たちを映す。




「「「「「「なっ!?」」」」」

 その場にいた全員が驚きの声を上げた。


 それは金色の瞳に対してでもあったが、なによりその容貌に驚愕した。

 どう見ても、中学生ぐらいにか見えない。


「星野とか云ったな。きさま…………今、何歳なんだ?」




 ルリは淡々と返答する。



「11歳です」




『!!!!????』

 それこそ、全員が声にならない驚愕の悲鳴をあげた。



 若い、若いとは思っていたが11歳だとは。

 その11歳の白銀の少女に、司令はやり込められ、サツキミドリは指令を受け、そして助けられたのだ。



 全員の唖然とする視線を受けても少女の無表情はピクリとも微動しない。




 茫然としていた司令の顔色が段々赤くなる。


 怒りで心等がぐらつき沸き立った。


 禿げ司令の顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。

「こ…………こんなガキに…………」


 蟹股に仁王立ちした脚がぶるぶると震え始める。

「…………………………わ、わしらは」


 口が大きく捩じ歪みひん曲がる。

「…………………わしは」


 眼と鼻の穴がこれでもかと云うぐらい大きく広がる。

「わしはっ!!」
















「無能?」

 ルリは小首を傾げた。











「バカにするのもいい加減にせんか〜〜〜〜〜〜!!」


 怒鳴に管制室が揺れた。




 怒号を浴びせられたルリの無表情は、人形のように一切、変わらない。




「11歳だとっ!!では、小学生がこの戦闘指示をとったと言うのか!!小学生が砲撃命令を出したというのかっ!!」

「事実です」

「ガキの指示のせいで、死人が出たんだぞっ!!」

「最善は尽くしました」

「黙れっ!!ガキが最善などと云う言葉を使うのは、30年早いわっ!!」



 アブラ禿オヤジは鼻でフーフーと吐息を繰り返す。

「貴様!!軍法会議にかけてくれるわ!!いや、民間人が身分を偽り、戦闘指示を出したかどで、ここで射殺してやるっ!!」


「身分は偽ってません」

 どこまでも、無感情にルリが否定を返した。


「嘘をつくな!!お前は何とかのオペレーターだとか言っただろう!!」



「『機動戦艦ナデシコ』のオペレーターです」



 激昂したアブラ禿はルリに人差し指を突きつける。

「そう、それだ!!デタラメもいい加減にしろ!!小学生がオペレーターなど聞いた事も無いわっ!!」







「悪いな。ルリちゃんは本当にナデシコのオペレーターなんだ」







「バカげたことを言うな!!」

 アブラ禿げ司令が怒鳴りながら横を見た鼻先には、大砲のようなエステバリス用ライフルの銃口。


「な、ななななななななっ!?」




 非常用通路の入り口には全長6メートルの淡黒の0Gフレームエステバリスがラピッドライフルを構えて立っていた。


「迎えに来たよ。ルリちゃん」


「タイミング良いですね。テンカワさん」





 銃口はピタリと司令の禿げた頭を狙ったまま、黒のエステバリスが片膝をつく。



 左手で構えたライフルで軍人達を威嚇しながら、歪んだ前面フレームがギリギリと異音を立てて開いた。



 そこには、ルリと対色の黒髪に暗色のバイザーに漆黒のマントを羽織った青年。

 右手はIFS操縦コンソールの上で虹色の輝きを放っている。


「そこの軍人たち。動くなよ。こいつの頭を吹っ飛ばされたくなければな」



 その低い恫喝にアブラ禿げ司令は声も無く震える。その声音から間違いなく人を殺せる人間だと悟ったからだ。

 障害になるなら躊躇わずに人を『殺せる』男だと。



 アブラ禿司令のガタガタと震えている指の先から、ふいと身を背けたルリはアキトの元へ悠々と歩み寄る。


「二人乗りだと狭いですね。私はどこに乗ればいいんですか?」



 アキトが苦笑を浮かべた。

「俺の膝の上になるかな」


「そうですか。では、失礼して」

 エステバリスに昇ったルリは、顔色一つ変えずにアキトの膝の上に座る。



 淡黒のエステバリスのフレームが、白と黒の二人を呑み込むように、ゆっくりと閉じた。



 立ち上がったエステバリスがアブラ禿から銃口を逸らす。



 司令がブルブルと震え、唸るように歯の隙間から威嚇を漏らした。

「き、きさまら、お、憶えておけよ。絶対に後悔させて…………やるぞ」


 対するはアキトの嘲り。

「そっちこそ、憶えておけ。『ナデシコ』は立ち塞がるものに容赦しないとな。軍の連中にも、そう伝えろ」



 そう言い捨てたアキトは踵を返すと、非常用通路を格納庫へ向けてエステバリスを疾走させた。



 そのエステバリスの後姿を見送ったセイバが誰ともなく訊いた。

「………………なあ、ナデシコって…………何なんだ?」



 それに答えられる者はこの場にはいなかった。






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