「おう。やっと、来たか」 「ゴメ〜〜ン、ゴメン」 格納庫に飛び込んで来たヒカルが、ウリバタケに手刀を立てて謝った。 「お前ら、遅えぞ!!」 すでに、エステバリスに搭乗していた山田に、リョーコが怒鳴り返す。 「山田!!おめぇ、足ひっぱんじゃねぇぞ!!」 「山田じゃなくて、ガーーーーイ!!」 「で、こいつが新兵器のレールカノンだ!!」 「シミュレーター訓練機じゃ、 「原案はルリルリだが、このウリバタケ様が、 「死の契約書に印鑑…………朱肉、赤…… 「初速は秒速6000メートル!!」 「はっ!!あんなオモチャじゃ、俺様の本当の力なんざ、測れないのさ!!
チーム行動、乱しまくりだったもんね〜〜」
さらに、改良した切り札ってわけさ」
……しゅにく、あか…………しにいく、ばか……死に行くバカ」
ダイゴウジ・ガイ様の真価が発揮されるのは実戦だぜ!!
「まともに撃ち当たれば、バッタ程度のフィールドなら
100パーセント撃ち抜けること、受け合い」
「うっせ〜〜〜よ!!バカ!!おめぇは後方支援でもやってやがれ!!」
「ああっ!!お前らこそ、俺様の後についてきやがれ!!」
「完成したのが、ぎりぎり3日前!!
さすがに、試射の時は緊張したぜ」
「んだとっ!!」
「ああん!!」
「おかげで、過労による医務室逝きが七人!!」
「リョーコとガイ君。戦闘前からダ〜〜イハッスル!!」
「そんな、整備班の、涙と汗と休日返上の―――」
「電気な豚…………でんきなぶたり……
げんきなふたり……元気な二人……クククク」
「聞いてんのか!!おまえらっ!!」
「「「「はい」」」」
ウリバタケはガシガシと頭を掻いた。
「ったく!!兎に角。馬鹿でかいうえ、砲身が異様に長いから、取りまわしに気をつけろ!!」
各エステバリスの横に立てかけてある大型レールカノンが純白に輝いていた。
筒状の砲身部が3メートル。銃座が4メートル。合わせて全長7メートルにも及ぶ。
エステバリスの全高が6.2メートルだから、
当然、重量もラピッドライフルの比ではない。
重力下で使用する時のために、ノーマルエステ用大型レールカノンの銃底には、半円球型の反重力推進機が取り付けられていた。
でなければ、重すぎて惑星下で戦闘行動がとれない。
パワーと推進力が二倍あるアキトのエステバリス・カスタムのレールカノンには必要ないので、反重力推進機を装備していない。
無重力空間でも、質量は慣性の法則―――加速と停止に関わってくるが、そこはパイロットの腕に任せるしかない。
エネルギー総量の関係で、さすがにレールカノンに重力スラスターを取り付けることは出来なかったのだ。
アキトのエステバリス・カスタム用のレールカノンは、ノーマル用と比べると、一廻り小型で全長5メートル程である。
ノーマルエステ用レールカノンが長い筒状砲身部を持ったライフル型ならば、カスタムエステ用レールカノンは砲身部とグリップフレームが銃座と一体化した長方形型だった。
カスタム用レールカノンはエステバリス・カスタムから直接エネルギーを引っ張っている。そのため、ノーマル用よりも砲弾を加速させるための砲身距離が短くてすみ、2メートルほど全長が短かった。
「アハハハハハハ、物干し竿みたいだね〜〜〜」
格納庫の天井にぶつけないように注意深く、ヒカルがレールカノンを取り上げる。
「タコ焼き…塩鮭…………たこやき…しおじゃけ…………たけやき……さおだけ…………竹や〜〜竿竹〜〜〜……ククククク」
イズミは意味不明なことを呟きつつ、レールカノンのスコープを調整していた。
その中で、ただ一機だけ、レールカノンを手に取らないエステバリスがいた。
「俺はこんなもの、いらねぇぜ!!なんつ〜〜〜か、
ドリルだったら喜んで使わせてもらうけどな!!」
ウリバタケが濃紺のエステバリスに怒声を上げる。
「てめっ!!山田!!」
山田のコミュニケ画面が開いた。
「まっ!!見てなって、作戦はきちっと考えてあるぜ!!」
こうなった山田に何を言っても無駄なのは百も承知である。
ウリバタケは勝手にしやがれとばかり、怒鳴り返した。
「わ〜〜〜った!!好きにしろ!!」
「ふっ!!ウリバタケ。『漢』ってヤツを見せてやるぜ!!」
ニヒルな笑みを浮かべる山田。
各パイロットの前にコミュニケ画面が展開し、ユリカが指令を発する。
「エステバリス隊、発進してください!!」
「ごちゃごちゃ、やってるうちに出撃命令〜〜〜」
「おっしゃ〜〜〜〜〜っ!!」
ヒカルの明るい笑い声と、リョーコの気合の入った雄叫びが格納庫に響いた。
「リョーコ。行くぜっ!!」
「ヒカル。イッキマ〜〜〜ス!!」
「イズミ。…………出撃」
「ダイゴウジ・ガイ。発進!!」
「テンカワ。出るぞ」
赤・オレンジ・水色・濃紺のエステバリス。そして、ピンクのエステバリス・カスタムが宇宙に飛び出していった。
機動戦艦ナデシコ
フェアリーダンス
第一章『ジェノサイド・フェアリー』
第六話『『運命』の…………勝手に決めて欲しくないです。いや、マジで』
「アキト!!遠慮せずにバ〜〜〜〜〜ンっと、やっつけちゃって!!
ユリカはここでアキトの勇姿を見守っています!!」
両手を組み自己妄想の世界へイってしまったユリカと、なにやら奇怪な舞いを踊り始めるコルリ。
「ガンバだ!!ガンバだ!!
プリチー・コルリちゃんもガンバって応援するぞ〜〜〜!!
さ〜〜〜っ!!が〜〜〜んばってこ〜〜!!」
「戦闘になると、俄然、張り切りますね」
「うん!!アタシ。戦いって大好き!!」
「………………はあ」
イズミが闇黒の宇宙空間を見透かすように眼を細める。
「リョーコ。………………来るよ!!」
「さっそく、試してみっか!!」
上唇を舌嘗めずりするリョーコ。
大型レールカノンを右脇に抱え込み、左手をレールカノン上部に沿えて、構えた。
レールカノンのスコープと本機は重力波通信で繋がっているので、わざわざ、スコープを覗かなくとも、モニターに照準が自動で表示される。
リョーコは高速で飛来する一機のバッタを照準に捕らえた。
かなりのスピードでも、ただ一直線に向かって来る敵ならば、狙いを外すことはありえない。
「喰らえっ!!」
レールカノンの引き金を引いた瞬間、リョーコのエステバリスが高速二回宙返りをした。
「反動がでかすぎる!!」
罵声を上げながらリョーコは全力で重力スラスターを噴かし、機体を制御する。
通信機から、ウリバタケの反論が返ってくる。
「銃尻内部に環状重力場を作って、撃った反作用を円運動に変換し、次弾のエネルギーに変えるなんて複雑な機構を取ってるんだ。
それ以上、反動少なくしたけりゃ、アキトみてぇに、カスタムにするしかねぇよ」
「ちっ!!」
当然、発射された質量弾は、標的よりもかなり上に逸れて飛んでいった。
リョーコ機が体勢を崩したのを好機と見たか、バッタが高速で迫ってくる。
だが、リョーコは慌てない。冷静にタイミングを計り、
「なめるなよっ!!」
左拳にフィールドを張り、バッタに叩きつけた。
火星宇域に最初の無音の火炎華が咲いた。
「リョーコパイロット。初手!!
一機撃墜!!ゴーッゴーッ!!」
「ヒカル!!」
「はいは〜〜い!!ほ〜〜〜ら、お花ばたけ〜〜」
ヒカルはレールカノンを使わず、ディストーションフィールドの体当たりで、バッタ群を破壊していった。
実際、バッタ程度ならば、それで十分に倒せる。
レールカノンのような大層な物は必要なかった。
「ヒカルパイロット。34機ゲキツ〜〜イ!!
ファイト!!オーー!!」
リョーコとヒカルの楽しげな笑い声が電波となって宇宙空間に響く。
「「あはははははははは――――」」
「…………ハハハハハハハハハハハハハハハ」
全てを凍りつかせ、叩き割るような陰鬱な嗤い声が二人の間に挟まった。
「「……………………」」
「…………」
「遊んでると…………棺桶逝きだよ」
根暗いイズミの諌言にリョーコが怒声を上げる。
「なんだよ。イキナリ!!」
「ほ〜〜んと、ハードぶりっ子なんだから」
「あ〜〜。心臓……じゃないCPUに悪ぅ。勘弁して」
イズミは敵が密集している個所を狙い、レールカノン一発で、数匹のバッタをまとめて屠っていく。
低い声で流れるように、イズミは詠う。
「眼下には血色ごとき赤き星。心を持たぬ機械の虫どもに、支配されし地獄の我が故郷。人の地獄と虫の地獄、我身はどちらに墜つるのか?」
イズミの内に、二人の男の顔が思い浮かび、刹那でかき消える。
凍りついた己の心を、イズミは口の片端で声無く
「…………冷めたもの。………………悪いわね。性分なの」
「あ゛〜〜!!変なヤツ、変なヤツ、変なヤツ〜〜〜ッ!!」
リョーコの至極もっともな、心底からの本音が、宇宙に響き渡った。
「楽しそうだな」
これがアキトの率直な感想だった。
この三人は本当に、楽しそうに戦う。
別に責めるつもりも、非難するつもりも無い。
一歩、間違えれば、死。
それは、三人とも知っている。ナデシコの中で、一番、死を身近に感じているのは間違いなくエステバリス・パイロットだろう。
だが、どんな窮地に陥ろうとも、一人は獰猛に、一人は明るく、一人は暗鬱に、全てを笑い飛ばす。
それが、彼女たちの…………そして、ナデシコの『強さ』
微かに微笑んでいたアキトは、笑みを消して、隣を眺めた。
「で、…………ガイは何で、ここにいるんだ?」
今、アキトは前線を彼女たちに任せ、ナデシコの護衛に廻っている。
当然、山田も前衛に参加すると思っていたのだが――――。
真横で腕組みをしている濃紺のエステバリスが意味無く胸を張った。
「フフフ…………待ってるのさ」
「??…………何をだ?」
アキトの前にコミュニケ画面が開き、
「ふっ!!アキト、そいつは愚問だぜ!!」
山田がキラッと歯を見せ、唇の端でにっと嗤う。
「???…………ま、いいか―――――!!」
山田とアキトのエステバリスが、突然、その場から急速離脱した。
直後、グラビティブラストが二人のいた場所を通過し、ナデシコのフィールドに弾かれ、拡散する。
「へっ。お出ましか」
唇の片端を上げるリョーコ。
「予想よりも、だいぶ早かったね〜〜」
からからと笑い声を上げるヒカル。
「天気も陰気……てきもいんき…………敵も本気……………ククククク」
低い嗤い声を震わせるイズミ。
三機のエステバリスの前には、数えるのも嫌になってくるぐらい多数の、『Y』字を二つ重ね合わせたような双胴型の木星戦艦が艦隊を組んでいる。
リョーコは大型レールカノンを構えた。
リョーコもプロの一流パイロットである。一度、反動を身体で憶えれば調整するのは難しくない。
「墜ちやがれっ!!」
レールカノンから放たれた砲弾は蒼い紫電の軌跡を描きながら、真っ直ぐに戦艦に飛翔する。
三人は、襲いかかるだろう爆破エネルギーの衝撃に備えた。
「敵戦艦。フィールド増大」
ルリの冷静な報告と同時に、質量弾が敵戦艦のフィールドを発光させて弾かれる。
「なにっ!?」
「アヤ〜〜〜!!」
「…………やるわね」
リョーコが舌打ちをした。
「ヤツラもフィールドか?」
イズミが深刻な声で同意する。
「………………死神が…………見えてきたわね」
「「見えん見えん」」
リョーコとヒカルは揃って首を振った。
「か、艦長!!エステバリスを回収したまえ!!」
ブリッジでフクベ提督が慌てた声を上げる。
サツキミドリ防衛戦では、四隻の同型の戦艦で苦戦をしたのだ。
確かに、あの時とは状況が違う。ルリがブリッジにいる今、反撃も容易いだろう。
しかし、今のフクベの脳裏には火星会戦での負戦が甦っていた。
一方的に、ボロクズのようにされた圧倒的な負け戦が――――。
が、フクベ提督の切迫した忠告を、ユリカはまったく取り合わなかった。
「必要ありません!!アキト!!ファイト!!」
「テンカワさん。まったく、戦いに参加してません」
淡々とルリの的確なツッコミが入る。
プロスが眼鏡を押し上げた。
「敵はグラビティブラストを備えた戦艦であると仰りたいのですね。大丈夫。そのための相転移エンジン。そのためのディストーションフィールド。そのためのグラビティブラスト。
あの時の戦いとは違いますぞ。お気楽に、お気楽に」
フクベ提督は一瞬、背後のプロスに視線を飛ばすが、無言でモニターに向き直る。
「くぅ〜〜〜〜〜!!キタキタキタ〜〜〜〜!!」
突如、ブリッジを揺るがすような大音声が響き渡った。
ブリッジのクルーは、戦闘中にもかかわらず、手慣れた仕草で耳を塞ぐ。
「ようやく、俺様の見せ場が来やがった〜〜!!」
敵艦の重力波砲攻撃と、山田の爆声攻撃でブリッジが大きく鳴動した。
本当に味方かと疑わせるような見事な連続多重攻撃である。
「アキト!!手ぇ出すなよ!!誰が、ヒーローか、教えてやる!!」
無言で、肩を竦めるアキト。
広大な宇宙に吼えたけり、名乗りをあげる『山田・二郎』
「『ダイゴウジ・ガイ』様のヒーロー伝説の始まりだぜ!!」
「ひっさ〜〜〜〜〜〜〜つっ!!」
宇宙空間で何やら、奇天烈奇怪なポーズを取る山田のエステバリス。
無重力空間なので転ぶ心配も無用だ。思う存分、ポーズを決められる。
「特攻!!」
濃紺のエステバリスが弾かれたように、木星戦艦に向かって突進する。
「これが漢だぜ!!これが、漢の生き様だぜ!!」
その特攻を見、アキトが慌てた。
「まて、ガイ!!この距離だと――――」
山田の眼には、目の前の戦艦しか映っていない。当然、アキトの制止など聞こえるはずもなかった。
「いくぜ!!ゲキガーーーーン・シューーーート!!」
エステバリスの重力バーニアの噴射で起きた量子励起による空間発光帯が、宇宙に黄光の線を描く。
山田は、ディストーションフィールドを纏った右拳を大きく前方に突き出した。
来るべき衝撃に備え、歯を食い縛った山田の顔に愉しむような獰猛な笑顔が浮かんだ。
最大加速で、敵戦艦のフィールドと正面衝突した。
その衝撃により、木星戦艦のフィールド表層を半透明の揺らめきが波うち、水紋のようにフィールド全周に伝達していく。
宇宙空間なので無音だったが、もし音が伝わったなら、それは凄まじい衝撃音を奏でていただろう。
敵戦艦のフィールドとエステバリスの突進力が均衡し、両者の間の空間が渦巻くように発光した。
全ての推進力を敵戦艦のフィールドに吸収されてしまった濃紺のエステバリスが、重力バーニアと重力スラスターを、さらに最大噴射させる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!根性〜〜〜〜〜〜!!」
山田が、空間をも突き破れとばかり、咆哮を解き放った。
そこに入る、淡々としたルリの無感情な通告。
「敵艦。さらにフィールド増大」
キンッ!!
強大な重力相互作用で捻じ曲げられた空間が、次元波を共鳴させた。
「うおわああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ」
ドウゥゥゥゥゥゥン!!
ナデシコのブリッジが大きく揺動した。
「な、なに!?何が、おこったの?」
突然のことに、状況が掴めないユリカに、ルリが何の感慨も無く無感情に告げる。
「敵戦艦のフィールドに弾き返された山田さんのエステバリスが、ナデシコのフィールドに激突しました」
「ちなみに、山田さんは気絶中〜〜〜〜」
肩を竦めたコルリが呆れたように報告した。
ミナトがコンソールに片肘をつき、苦笑する。
「根性じゃあ。フィールドォ、破れないわよねぇ」
つぶれた蛙のような格好で腕と足を広げ、宇宙空間に漂う濃紺のエステバリスが、ナデシコのメインモニターに映し出された。
「……………………」
「………………」
「…………」
「……」
「「「「「「……………………はあぁぁ…………」」」」」」
なにやら、倦怠感あふれる溜息が一斉に、ブリッジに吐き出される。
「…………何……やってんだか…………」
額を押さえ、ジュンは呆れた声を洩らした。
その声に、ユリカが愕然と振り向く。
「あれっ?ジュン君。いたの!?」
ユリカに真顔で聞かれ、ジュンは思わずこみ上げてくる涙を必死に押さえた。
今は戦闘中だ。
胸の内に渦巻く猛りを青春のダッシュで解消することも、泣くことも出来ない。
自分は…………ナデシコの副艦長なのだから。
そうさ。僕には…………明日があるさ。未来があるさ。
泣いてなんか…………いるもんか。
『泣きません、勝つまでは』………………だって、男の子だもん。
滂沱の涙を滝波のごとく流しながら、ジュンは切に心に誓う。
物理法則に従い、ブリッジの人間は誰一人、そんなジュンに気づかなかった。
「…………やれやれ」
目の前で宙に漂う山田のエステバリスを眺め、アキトが頭を掻く。
「と、いうわけで、アキトニィ!!ここは、一つ、ブチカマセ〜〜!!
ガンバだ!!ガンバだ!!
尻尾を立てろ〜〜〜〜〜〜!!」
「???…………シッポ?」
ユリカが負けじと声援を張り上げた。
「火星もあたしたちを祝福してるわ!!
アキト!!ファイトだよ!!」
「山田さんの仇を撃つぞ〜〜!!討ち入りだ〜〜!!討ち入りだっ!!
天誅でござる〜〜〜〜〜!!」
「山田さん。死んでませんが?」
「ルリネェ。ここはお約束で、死んだことにしとかなきゃ
それで、敵討ちが終わった後、蒼い空にキラーンてうつるの」
「ガイは死んじゃ、いないけどな」
コルリの声援に、アキトは苦笑した。
「青い空?……ここ、宇宙ですが」
「ま。…………ここは彼に任せておいた方が、良さそうね…………。
鹿を…鳴かせる…………しかを…さかせる…………死花を咲かせる…………ククククク」
「そうだね。アキト君のエステは、出力倍のカスタムちゃんだし〜〜。任せたほうが安全だよね〜〜」
リョーコは口を噤み、遠方のピンクのエステバリス・カスタムをじっと見据える。
いいのか?
リョーコは自問した。
オレは…………このまま茫と見ていて良いのか?
危険を当然のようにアキトに任せる事に、慣れちまって良いのか?
胸の内に激情が沸き起こる。
――――嫌だ。
冗談じゃねぇ!!
絶対に――――お断りだ!!
あいつはオレよりも強い。そいつは絶対、間違いねぇ。
あいつは苦も無く、この戦艦の大群を撃破できるだろう。そいつも、確信できる。
だからと言って…………追いつく努力を放棄したわけじゃねぇ。
今は無理だが…………必ず、あいつと肩を並べる。そして…………勝つ!!
そのためには……どんなに小さかろうが、『一歩』を踏み出さなきゃならねぇ。
どんな小さくても、確実な一歩を。
「待てよ!!アキト!!」
重力バーニアを噴かせようとしたアキトが、動きを止める。
「リョーコちゃん?」
「アキト………………おめぇはオレよりも強ぇ。確実にな」
戦闘の最中、唐突にそんなことを言い出したリョーコに、アキトが眉を顰めた。
リョーコは構わず、言葉を重ねる。
「………………だけどよ」
目線を上げたリョーコは、コミュニケ画面に映るアキトを正面から見据えた。
「オレは、必ずおめぇに追いついてみせる。
そして、おめぇより強くなってみせる!!
何年かかろうが、何十年かかろうがな…………必ずだ!!」
鷹のような鋭い眼光のリョーコに――――アキトは何も言わず、一つ、頷いた。
「おお〜〜〜!!リョーコ!!ダイタ〜〜〜ン!!」
「大根発見………だいこんはっけん……だいたんはつけん……大胆発言……クククク」
リョーコは黒い双眸を細めた。
ああ、そうさ。ルリの言った通り、初めから諦めてちゃ、超えられるものも超えられねぇ。
未来が見えねぇのなら………………やるだけやってから、後悔してやるぜ!!
リョーコは獲物を前にした猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべる。
「ここは………………オレらに仕切らせてもらうぜ」
何よりも信頼している相棒たちへ、リョーコは勢いよく振り向いた。
「てなわけだ。ヒカル!!イズミ!!
シミュレーターで特訓したフォーメーション『ユキモチソウ』でいくぜ!!」
「はいは〜〜〜い!!」
「休憩…………きゅうけい…………おうけい…………クッククク」
赤、オレンジ、水色のエステバリスが大型レールカノンを構え、同時に、一隻の木星戦艦に砲口を定める。
「リョーコ!!オッケ〜〜〜〜イ!!」
「ゾンビ官僚………………じゅんび完了………………クククク」
「GO!!」
リョーコの合図で、三人は一斉にレールカノンを発砲した。
三本の蒼光が軌跡を描きながら、寸部の狂いも無く同じ位置に飛翔する。
これがリョーコたちの考え出した『三点バースト』である。
サツキミドリに現れた木星戦艦を解析した結果、ノーマルエステ用レールカノンでは、戦艦級のフィールドを破れないことは、初めからわかっていた。
わかっているのならば、対策の立てようはいくらでもある。
一発で弾かれるのなら、三発で突き破ればいいのだ。
だが、三発同時ではいけない。三発同時だと球形フィールド表面を砲弾が滑ってしまい衝撃力が分散するからだ。
曲面に釘を打ちこむには、尖った物で傷をつけ、そこに釘の刃先を当て、そして釘の頭を叩かなければいけない。
要は、キリと釘とトンカチの関係である。
この場合、リョーコが撃ちこんだ所に、ヒカルが撃ち込み、さらにイズミがトドメを刺す。
前人の質量弾が弾かれる前に、一ミリの狂いも無く同じ個所に撃ち当てるのだ。
この時の、三人の砲弾の着弾差は0.5秒。これ以上、間隔が開くと砲弾がフィールドに弾き返されてしまう。
三機の間で、照準が重力通信で同調連結されているものの、実際に当てるのは超高難度だった。
しかも、撃つ順に難易度が飛躍的に上がっていく。
これは、三人とも一流の腕を持っているからこそ、そして、最終射撃がS級スナイパーの『マキ・イズミ』だからこそ出来る芸当である。
エステバリスライダー自体が少ないということもあるが、エステバリスで、この射的ができる者は、そう多くない。
その中で、スナイプ技能、A級ランクが三人、S級ランクが二人も揃っている部隊など、連合軍を探してもないだろう。
真正面から着弾した質量弾がディストーションフィールドに三波の波紋を揺らめかせた。
本来なら、弾き返されるはずの質量弾がフィールドを難なく突き破り―――――
次の瞬間、戦艦が紅蓮の炎を撒き散らせながら、爆破四散する。
「ほ〜〜〜〜ら!!大きなお華が咲いた〜〜〜!!」
「リョーコ。…………次は……後ろのエンジン部分らしき所を狙って」
「了解!!」
宇宙空間に広がる閃光を見ながら、アキトはポツリと呟く。
「これは、出番…………無しだな」
アキトは首をめぐらせた。
「俺がやれる事と言えば――――」
エステバリスの腕を伸ばし、宇宙に漂っている山田のエステバリスの首根っこを無造作に引っ掴む。
「………………テンカワ。帰還する」
「アキト〜〜〜〜!!ご苦労さま〜〜〜!!」
「………………何も、してないがな」
「いや、まったく」
腕組みしたコルリが同意するように、深く頷いた。
木星戦艦が次々と誘爆していき、強烈な閃光が宇宙空間に満ちた。
自動的にブリッジのメインモニターが遮光した。でなければ、その閃光に眼をやられていただろう。
それほどまでに、凄まじい烈光だった。
「前方の敵、90パーセント消滅〜〜〜〜〜。WIN!!」
「降下軌道取れます…………どうぞ」
ルリが、降下軌道計算画面をミナトに押し流す。
「ありがとぅ。ルリルリィ」
「…………はあ」
ウインクするミナトに、ルリが気の抜けた返事を返した。
「その前に、エステバリス隊の回収を――」
「とっくにぃ、やってるわぁ」
無愛想な声で指摘するゴートに、ミナトが「当然よ」と笑った。