「ジュン君。ミサイルと、対空大口レーザーをスタンバイ!!先制攻撃で牽制して、バッタの到着を少しでも遅らせます」



「だけど、ユリカ。大口レーザーはディストーションフィールドを切らなければ、撃てない…………って、切れてたか」

 自分の間抜けさに、一瞬、微苦笑したジュンがコルリに視線を転じる。

「了解。コルリくん。照準をお願いする。目標は地下坑道出口!!これ以上、バッタの増援は呼ばせない」

「その後、ミサイル攻撃で敵の先行一波を焼き払います」

 阿吽の呼吸で矢継ぎ早に命令を出すジュンとユリカ。


「でも、地下シェルターが壊れない?」


「地下シェルターと坑道が繋がっていたら、バッタは地下シェルターから出てくるはずだ。あそこは地下シェルター部分じゃない」

「それに壊れても、避難民はすでにナデシコの近くに集まっています。大丈夫」

 ジュンとユリカの説明に、コルリが頷いた。

「りょ〜〜かいっと」








 ナデシコとか言う名前の戦艦から、赤いレーザーが迸り、遠くで火炎が吹き上がる。


 多くの仲間が、その炎が何を示しているか察し、不安に顔を曇らせた。


 少年も渦巻く火炎を睨みつけた。

 解っている。

 ああ、判ってる。

 あの炎の下には、自分の両親の命を奪った、仲間の命を奪った…………そして、姉の命を奪った仇がいるのだ。


 『木星蜥蜴』と言うフザケタ名前の――――。


 水色のエステバリスと一緒に、避難民の誘導を手伝っていたサブリーダーが、少年の様子に気づいた。

「おい!!ボウズ。早く戦艦に乗れ。危ないぞ!!」



 その声で、少年は――――決意した。



 護身用に抱えていた小型対戦車砲を肩に担ぎ、少年は走り出した。

「シュウ!!」

 呼ばれても、少年は振り向かなかった。


 携帯型小型対戦車砲『パンツァーファウスト(ノイン)コンパクト』

 撃ったことはない。

 でも、扱い方は、この一年間にサブリーダー手ずから教わった。

 もう、目の前で人が死ぬのは嫌だ。

 今まで、そこにあった者が、――永遠にあると思っていた者が、あっけなく死んでしまう。

 自分を残して、いなくなってしまう。



 、、、、、、、、、、 、、、、、、、
 自分たちの大切な者は、自分たちで守る!!



 守って見せる。

 もう、誰も死なせたくない。



 少年は遠くに見える灼熱の赤き劫火を目指して、走った。





*




 ナデシコから放たれたミサイルがバッタの一群を吹っ飛ばした。

 が、その劫火の中から、ジョロやバッタが幾多も這い出してくる。


「続いて、ミサイル・スタンバイ!!ジュン君。着弾ポイントは?」

「算出できてるよ」

 中空に3Dワイヤーフレームで構成された三次元索敵レーダーに、人差し指で赤光のマーカーを引きながら、着弾ポイントを指定したジュンの声に、ユリカが頷いた。


「コルリちゃん。てーーーーっ!!


りょ〜〜――あれ!?格納庫の射出口が開いてる?…………青いエステバリス??」


「「「「え!?」」」」


 思っても見ない報告に、ブリッジにいる皆の視線がコルリに集中し、それから、どう言うことなのかと問いただしげに、ユリカへ集まる。


???……………………!!

 考え込んでいたユリカが、ポンと手を打った。


「そういえば、ナデシコには、山田さんが…………『五人目』のパイロットがいたんだっけ!!」



「「「「「 あっ!! 」」」」」

 皆の声が重なった。



 イネスが心底呆れたように首を振る。


 大型レールカノンを装備した群青の0Gフレーム型エステバリスが射出口から一直線に飛び出していった。



 ジュンがほっと溜息をつく。

「これで大丈夫だね」

「ジュン君。油断は禁物。次のミサイルを準備しといて。山田さんだって、全部破壊できるわけじゃないよ」

「あ、ごめん。そうだね」


 一人、首を捻って考え込んでいるメグミに、ミナトは気づいた。

「どうしたのぉ?」

「あれ、ダイゴウジさんですよね?」

「えぇ。そうよぉ」

「なんか…………足りないというか〜〜。抜けてるというか〜〜。…………なんだろ?」

「足りない?抜けてるぅ?…………なにがぁ?」

「さあ〜〜。でも、なんか違和感あるんです。なんでかな〜〜?」


 思い当たりそうで思い当たらないメグミは、頬に手を当てて、さらに首を捻った。




*





 多数のミサイルが着弾し、地を這うバッタが噴き飛び、破片が舞い上がった。



 爆風が渦巻き、機械油の焼ける匂いが熱風に乗って漂ってくる。


 五メートルほど立ち昇った紅蒼の火炎が、破壊された機械を蹂躙していった。

 だが、無残な残骸と化した仲間の上を、炎が舞う中を、何の躊躇も無くバッタやジョロが踏み越え、突破していく。


 爆破され、黒く焼け爛れた仲間の残骸を踏みつけ踏みにじり、灼熱の劫火の中を、炎を纏いながら、ただひたすらに突き進む。

 津波のように…………いや、それこそ『蟲』のように向かって来る黄色と茶色の機械どもの大群を少年は見据えた。

 あと、5キロも無いだろう。




 少年は、赤い荒野に、独り、対戦車砲を片手に下げ、荒い息を吐いていた。



 たった一門の携帯型対戦車砲で、この大群を止められるなんて、思っていない。

 そんなこと、考えてもいない。

 ただ、衝動に駆られ、ここまで走ってきてしまった。


 少年は笑い出しそうになった。いや、笑わなかったが。

 日頃から、武士道がなんたらと宣ってた姉ちゃんの影響だな。


 その姉も、火星会戦で生死不明である。

 もしかしたら、生きているかもしれないが――――聞いた話では、姉のいた艦隊は全滅の憂き目を見たそうだ。


 きゅっと少年は口をへの字に曲げる。

「誰も死なせるかっ」



 赤い地面に片膝をつき、全重量6キロにも及ぶ砲を肩に掲げた。


 安全装置を解除して、自動照準器を覗きこむ。

 がっちりと銃身をホールドして、目標がセンターに入ったら――――。


 ドゥゥゥゥン!!

 砲声が荒野に響いた。


 目標のジョロが弾け飛び、節目ごとにバラバラになって地面に転がっていく。


「あ…………当たった?」

 自分で撃ったにも関わらず、少し唖然と呟く少年。


 だが、その残骸を乗り越え、何事も無かったように新たにバッタが現れた。




 何匹も、何匹も、なん匹も、なんびきも、ナンビキモ――――




「う…う………うわあああああああっ!!」

 半ば、パニックに陥りかけた少年は、叫びながらも装弾する。


 空の薬莢を廃莢し、重さ500グラムの砲弾を取り出し、砲に装填し、薬室に送り込むレバーを引き――――――

 ガキッ!!

 砲から、何かが引っかかるような硬い金属音が鳴った。


 …………装填を…………ミスった………………。


 硬質の金属音が、少年には死神の持つ鎌の刃鳴りのように感じられた。





 生暖かい熱風を感じて、少年は恐る恐る顔を上げる。


 少年の眼が、バッタの眼と合った。――――シュウには、そう感じられた。

 バッタの四つの赤いランプが、ぎょろりと光る。


 叫ぶこともできず、逃げ出すこともできず、少年は、頭の中が真っ白になった。

 頭と心は完全に麻痺しているのに、眼からは涙が溢れ、流れ出す。



 ドォキッ!!

 飛びかかってきたバッタが真横に吹っ飛んだ。

 その後を、青い紫電の筋が追いかけ―――

 ドゥゥゥゥン!!

 爆風が少年を襲った。




 赤い砂が吹きつけ、少年は顔を逸らし、身体を丸め、腕で顔を庇う。


 一瞬で、爆風が収まった。


 少年が顔を上げる。

 爆風から少年を守るようにして立つ、全長6メートルの濃紺の人型戦闘兵器。



 『エステバリス



 蒼紺の機神を、茫然と見上げる少年の頭が少しずつ働き始め、目の前で起きたことを理解していく。

 襲いかかってきたあの瞬間、突然、間に入ってきた濃紺のエステバリスが、左拳に半透明のフィールドを纏ってバッタを殴り飛ばし、刹那、右手に抱え持っていた純白の巨大な砲でバッタを撃ち抜いたのだ。




 太陽に光が反射する蒼紺の装甲が、夏の空の青さを思わせた。

 全高より長い純白の大きな大砲を右腕に抱え持ち、木星蜥蜴の大群に半身を向けている。

 たった、一機しかいないにも関わらず、100機以上の木星蜥蜴にも匹敵する威圧感があった。


 言うなれば…………それは『蒼の鬼神』



 見上げている少年を捉えたのか、エステバリスの眼が一度、鈍く黄光に輝き、消えた。


 少年がその意味を理解する前に、濃紺のエステバリスはバッタの大群に正面から向き合い、左足を一歩踏み出し、右足を地面にめり込ませ、大地を踏みしめる。

 腰を落とし、右腕の大型レールカノンに左手を沿え、構えた。



 次の瞬間、多重の轟鳴を鳴り響かせながら、エステバリスはレールカノンを連射した。



 質量弾が音速を超える轟音と衝撃波に赤い粉塵が舞い、烈風が少年を襲う。

 少年は、転がりながら身を伏せ、耳を手で塞いだ。


 津波のように押し寄せるバッタが、片っ端から撃ち抜かれ、貫通し、拉げ、爆発し――――玩具のように破壊され、ただ一機のエステバリスに滅されていく。


 爆破の熱風が赤い砂塵を巻き込み、少年に襲いかかる。

 少年は薄眼を開けながら、蟲どもが殺戮される光景を見つめていた。



 眼を焼くような鮮やかな紅蓮の火炎が巻き上がり風に揺られ、獄炎の舞踊を絢爛舞踏する。



 その劫火から四つの炎の塊が飛び出した。


 蒼紺のエステバリスが純白の大型レールカノンを横薙ぎに一閃!
 さらに、左下方から右上へ一閃!!

 純白の軌跡の閃影と、轟音四発。


 火炎から飛び出した四機のバッタは、一瞬、空中で時間が止まったように急停止し、瞬転、爆破四散した。



 エステバリスは、左足からイミディエットナイフを鞘走らせ、右足を一歩踏み込みながら、左腕を翳ませる速度で紫電一閃する。

 左死角から空を滑るように飛来したバッタが真っ二つに両断され、火の粉を撒き散らしながら爆発した。


 人間なら致命傷、間違い無しの至近距離からの爆発でも、エステバリスはびくともしない。




 緋色の火雪が舞い降る中、前方の劫火を紫色に映しこむ蒼紺のエステバリスが、純白の大型レールカノンを構え、赤茶けた大地に佇むその荘厳な姿は、美麗ですらあった。



 同時に、むせ返るような機械油が焼ける匂いが渦巻き、獄炎が舞い踊り、黒く炭化した獄地に、破壊を振り撒いた蒼紺のエステバリスは、『鬼神』の名に相応しいものでもあった。




 ボックス型の弾倉を交換したエステバリスは、一片の躊躇も無く、目前の灼熱の劫火に飛び込んでいく。



「小僧!!」

 馴染みのある大声に、少年は我に返ったように振り返った。


 その少年の腕をサブリーダーが引っ張る。

「行くぞっ!!」


 だが、少年は立ち上がれなかった。


「どうした?」


「え………………あの…………」

 言葉を濁す少年の顔を、サブリーダーが覗きこむ。

「腰でも抜かしたか?」


 図星を指された少年は真っ赤に赤面した。

 何も言わずにサブリーダーは節くれだった手で、少年の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「えっと…………その――」

 皆まで言わせず少年を背中に背負ったサブリーダーは、白亜の戦艦『ナデシコ』を目指して走り始める。


 少年は背負われながら、後ろを振り向いた。



 紅蓮の劫火の上を、滑るように踊るように宙に舞いながら、エステバリスは残りのバッタを片付けていた。

 一機のエステバリスに向けてバッタが放つミサイルの束を、砲の反動を利用した機動法で全て避わし、敵を屠っていく。



 少年は、小さく呟いた。

「…………スゲェ」









 メインモニターの中で、大型レールカノンを使い、流れるように敵を撃破していくエステバリスに全員の眼が惹きつけられていた。


「すっご〜〜〜い」

「なんかぁ、踊ってるみたいねぇ」

「ダイゴウジさんも、ちゃんと戦えるんですね」

「見事ぢゃ」

「あれ〜〜?これって〜〜??もしかして〜〜???」

「あ、あの機動法は!?」



「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 メグミがポンと掌を打つ。

「そうそう。この大声が足りなかったんで――――」


「だれだ〜〜〜!!俺様のスーパーデリシャスゴットガンガーに乗っているやつは!!」




「「「「「…………………………」」」」」




 メグミはギリギリと首を巡らせた。


 そこには、赤いパイロットスーツを着た『山田・二郎』


「な、なんだよ?」

 イネスを抜かした全員の信じられないものを見るような眼つきに、山田がたじろいだ。



 コルリが山田に恐る恐る訊く。


「………………『スーパーデリシャスゴットガンガー』って、なに?」



「「「「訊くとこ違う!!」」」」

 ユリカ、ジュン、ミナト、メグミのツッコミがコルリに炸裂した。



「え〜〜〜〜〜〜!!だって!!気になるじゃ〜〜んよ〜〜〜!!」

 モニターの中で、なぜか宙に浮きながら、コルリが短い手足をバタバタと振り回す。


「あ、あんたたち、随分と余裕あるわね」

「だあ〜〜〜〜〜〜!!俺のエステバリス返しやがれ〜〜〜〜〜!!」



「腫瘍官僚…………収容完了…………クククククク」

 突然、イズミの引きつったような笑い顔がドアップで映った。


うわっ!!………………あ〜〜〜。心臓にワル〜〜〜」

「………………あう゛〜〜。勘弁して」

 ユリカが胸を押え、コルリがCPU型の心臓が飛び出るアニメーションをしてみせる。



「ラ〜〜〜スト〜〜〜〜」

「おっしゃあぁ!!」

「戦艦15隻。殲滅完了」

 ヒカル、リョーコ、アキトのコミュニケ画面が現れた。

「あれ〜〜〜。ガイくん。なんで、そこにいるの?」

「おめぇ。バッタを迎撃しに行ったんじゃねぇのか?」


「俺じゃねぇよ。誰かが、勝手に俺様のエステに乗りやがったんだ!!」


「パイロットは、オレ、イズミ、ヒカル、アキト、山田」

 リョーコは指を折って数える。


「ガイと呼べ!!」

 山田の訂正は当然のごとく黙殺し、リョーコは首を捻った。

「あと、誰か他にパイロットなんていたか?」

「いるわけねぇだろ」

「アタシしらな〜〜い」

「心当たりが…………1人」

「え?イズミ。誰か判ったの〜〜?」

「………………たぶん―――」



「バッタ殲滅完了。帰還します」



「「ルリちゃん!?」」

 ユリカとメグミが驚きの喚声をあげた。


 雪白のバイザーを被り、白綾のマントを羽織ったルリがコミュニケ画面に映る。


 ブリッジに『ああ、そうですか…………』という溜息が洩れ、渦巻いた。

 そうでなくても、今日はルリに驚かされっぱなしなのだ。

 この少女が、エステバリスに乗ったくらいなんだというのだろうか。


 ユリカとメグミ以外、もう誰も驚かなかった。

「な、なんでルリちゃんがエ――」


「俺のエステバリスを返せ!!」


「そんなことより、コルリ。第二波が接近してませんか?」

「そんなこととは、なんだ!!」

「え?別に、そんなデータ、入力ってないけど」

「まあまあ。ガイ君」

「レンジを絞って、上空を探査して」

「ちくしょお〜〜!!俺の活躍が!!俺様の活躍がっ!!」


 コルリは遠くを眺めるように眼を細め、丸っこい手で庇を作る。

「え〜〜と、こうかな?――――げっ!!第二波接近!!戦艦32隻!!


「エステバリス隊は早急に、ナデシコに帰還!!」

「「「「了解」」」」」





*





「すいません。怪我人の収容に手間取りまして」

「状況は?」

 プロスとゴートがブリッジに飛び込んできた。


「エステバリスは全機収容済み。一応、そのまま、搭乗待機してもらってますが。問題は――」

 ジュンがメインモニターを仰ぎ見る。



 そこには32隻もの木星戦艦。



 状況を確認するように、一つ頷いたユリカが命令を下す。

「グラビティブラスト・マキシム・スタンバイ」

「りょ〜〜かい!!グラビティブラスト・チャージ」

「だが、グラビティブラストは効かないぞ」


 諌めるゴートに、ユリカはにっこりと微笑んだ。


「はい。だから、目晦ましに使います。ミナトさん。グラビティブラストを発射と同時に、すたこらさっさと逃げちゃってください」

「は〜〜〜い」


「グラビティブラスト。ッテーーーーーーー!!」


 ズゥドォゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!


 大きな爆発音とともにナデシコのブリッジが傾き、大きく揺動した。

「な、なんだ?」

「うわっ!!」

「キャ!!」

「のわ〜〜〜〜〜!!」

「ひゃ〜〜〜〜!!」


 ブリッジに悲鳴が上がる中、ユリカがコルリに問い掛ける。

「な、なに?コルリちゃん。何が起こったの?」





「…………………………う」




「「「「「う?」」」」」




「うっそ〜〜〜〜〜〜!?」

 『ムンクの叫び』と化したコルリが大絶叫を放った。





「ど、どうしたの?コルリちゃん」





「…………相転移エンジンが…………………吹いちゃった」











「「「「「「…………………………………………マジ?」」」」」」











「マジ」





「「「「「う゛っそ゛〜〜〜〜!!」」」」」」

 奇声を発したブリッジクルーが慌てふためき、混乱し、取り乱す。



「えっと、こういう場合は!?こういう場合は!?そう。ウリバタケさん!!」

 ユリカが混乱しながらも、ウリバタケにコミュニケ通信を繋げた。

「おう。艦長か?今、連絡しようとしてたところだ」


「そ、そんなことより、相転移エンジンは?」

「ああ。ダメだな、こりゃ。片輪走行で行くしかねぇぜ」


「なんで、相転移エンジンが?」


「宇宙へ出た時、ルリルリがリミッター・Uを切ったろ。
 あれでエンジン負荷が限界を超えちまって、その後、リミッター・Tを切ったままグラビティブラスト4連射。さらに、地上のエネルギー変換効率の悪いところで無理矢理、グラビティブラスト・マキシム2発。
 そりゃ、火も吹くわな」



 メグミのコミュニケ画面が展開する。

「なんですか?宇宙に出たって?」

「なんで……って。そっか、メグミちゃんと艦長とアキトは、あのと――――」


 メグミのコミュニケ画面を押しのけ、ユリカのコミュニケ画面がズイッと鼻先に迫った。

「修理は?」

「無理無理。こいつは、取っ替えないといかんぜ」

「そう………ですか」

「おお、そうよ」

「…………」

「……」



『敵艦30キロ』


 オモイカネの報告に我に返ったユリカが、コルリに指示する。

「ディストーションフィールド最大」

「核パルスエンジンでエネルギーを補強しても、フィールド出力は通常の六割しか出ないよ」

「今はそれで」


『敵艦20キロ』


 こんな時でも冷静なイネスが腕を組み、顎に拳を当てた。

「グラビティブラストは撃てない。ディストーションフィールドも出力半減。宇宙にも出れない。絶体絶命ね」


 獰猛な笑みを浮かべたリョーコが舌嘗めずった。

「もう一度、オレらが出るか?」


「お〜〜〜し!!ここはヒーローの俺様が――」


「ダメです。ここに留まっていれば、第三波や第四波。

 それに周辺の敵を招き寄せます」

「ここは俺様が――」

「じゃあ、どうすんだよ!!そもそも、ルリ。

 おめぇがあん時、無茶しやがったからっ!!」

「お〜〜い。だから、俺様が――」

 副艦長のジュンが間に分け入る。

「今はルリくんにあたっても仕方がない」

「………………」

「でもよっ!!」

「まあまあ。ガイくん。いつか、いいことあるって」


「そうだね。今は誰の責任などと言ってる場合じゃない。うん。せっかくアキトたちが助けた生き残りの人たちを、死なせるわけにはいかないもんね」



 ユリカの言葉に、イネスが表情を激怒に染めた。

 が、一瞬で何時もの冷めた横顔に戻り、木星戦艦を青の冷徹な双眸で眺める。


「そのまま逃げても、敵は間違いなく追ってくるわよ。

 そのうち、32隻の敵艦のグラビティブラストにフィールドが耐え切れなくなって、破壊されるわ。

 無理矢理、グラビティブラストを撃とうとすれば、もう一つの相転移エンジンも爆破しかねない。

 眼眩まし用の主砲は撃てず、ミサイルを当てても一瞬センサーを妨害するだけが、関の山。


 どうやって、敵艦を足止めするつもりなの?

 パイロットに『囮になって、死んでくれ』とでも命令する?」



 皮肉の笑みとともに、イネスは後ろに意地悪い視線を送った。





 そこには――――

 満面に、不敵な笑みを浮かべたナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』



「コルリちゃん、ジャマー(電磁波妨害機)投下。ジュン君、チャフミサイル(レーダー妨害熱源微反重力アルミ箔)全弾発射準備!!ミナトさん、10キロ後退」


「艦長。チャフミサイルは高いので――」

「プロスさん。今は、お金より命です」

「そ、そうですな」

 睨み一発で、プロスを黙らせた。



「しかし、チャフ弾幕の中に隠れても、外側から集中攻撃を受ければ同じぢゃぞ」

 フクベ提督の警句に、ユリカが声無くうっすらと笑う。


「ジュン君。チャフミサイルを出来る限り広範囲に射出」

「弾幕率は?」

「20パーセント」

「それじゃ、地上しか被えないよ」


「それで、――――お願い

 ユリカがジュンを真正面から見つめる。


 ジュンはユリカの光の加減で蒼く光る黒瞳に、生唾を飲み込んで頷いた。



 この眼をしているユリカに逆らってはいけない。



 士官学校に在学していた時、ユリカの父親のミスマル提督を腰抜け呼わばりした戦術教官がいた。

 その教官を、ユリカは戦術シミュレーションで、完膚なきまでの木っ端微塵のズタボロにした。

 生徒ばかりか、全教官までをも恐怖に墜としいれた、あの時と同じ双眸。



 蒼玉(サファイア)のように蒼く光る、この瞳している時の『ミスマル・ユリカ』には、絶対に逆らってはいけない。




 完全に射竦められた、ジュンは逃げるように眼を伏せた。

「…………り、了解。チャフミサイル発射」


 ナデシコから数十発のミサイルが発射され、ユートピア・コロニー跡地に着弾し、高さ10メートル程度の白い霧を発生させた。



「なんですか。あの霧?」

 白い霧に眼を細めるメグミに、イネスがここぞとばかり、口を出す。

「説明しましょう。
 あれはチャフと言って、まあ、簡単言えば光学・金属探知・重力・熱源レーダーセンサー妨害用弾幕のことね。
 成分はアルミ箔に熱源微反重力装置を組み込んだもの。アルミ箔で光学装置と金属探知と音波レーダーを妨害し、各箔のランダムな熱で熱原センサーを妨害。組み込んである微反重力装置で重力センサーを妨害し、風のない理想状態であれば12時間は浮遊し続ける。
 主に軍では空からの広範囲散布によって、装甲歩兵部隊を隠したり、重機動部隊を航空兵器から護ったりすることに使われている」


「…………でも、そんなのここに散布してどうするんですか?」

「それは……ワタシに訊かれても困るわ」

 メグミから視線を逸らし、イネスはユリカを仰ぎ見た。


 撒布されたチャフを見、山田が毒づく。

「おいおい。こんな広範囲にチャフばら撒いてどうすんだよ。ナデシコも隠れらんねぇじゃねぇか!!」


『敵艦15キロ』

「ユリカ艦長!!敵艦。重力反応!!」



 センサーで弾幕散布状態を調べていたユリカが顔を上げた。

「ミナトさん。全速離脱!!左舷側にランダム1〜5度で曲がりながら全速後退!!平野部を越えたら、山陰で方向転換します!!」


「は〜〜〜い。オッケィ」

 ナデシコは弾かれたように全速で後退をかける。



 木星戦艦の姿が急激に小さくなっていく。


 木星戦艦はユートピア・コロニー跡の上空に着くと白い霧の漂っている地面に向かって重力波砲を連射し始めた。

 霧が沸騰したように掻き乱され、幾筋もの閃光が走る。




 ナデシコの食堂では全ての火星避難民たちが、自分の住んでいた地下シェルターが攻撃される光景を、じっと見つめていた。

 五十人ほどの火星避難民が誰一人声を出さず、食事していた手を止めて、備え付けのモニターに魅入っている。


 そこには、多くの人が居るにもかかわらず、何一つ物音すらしない、圧倒的な静寂そのものだった。





*




 ゴートが眉を動かす。

「敵が…………追ってこない?」



 フクベ提督が静かに口を開いた。

「なるほど。地下シェルターを囮にしたわけぢゃな」

「はい」

 急速に遠くなっていく敵艦隊を見つめながら、ユリカが頷く。



「え……え?え?…………囮って?なにがです?」

 メグミがさっぱり意味がわからないと言う顔で、振り向いた。


「ナデシコがそのまま、逃げ出せば敵は追ってきます。だから――」

 ユリカの後の説明を、ミナトが引き継ぐ。

「だからぁ、チャフとジャマーでぇ、地下シェルターを本命に見せかけた……かぁ」



「そうです。本命と見せかけた地下シェルターを攻撃して破壊しなければ、敵は囮のナデシコは追えない」


「追えない?」

 豆鉄砲を喰らった鳩のような表情のメグミに、イネスが説明し始めた。

「そう。地下を覆い隠したってことは、そこにある何かある『かもしれない』ものを覆い隠したってこと。
 調べようにも熱源も電磁波も重力センサーも利かない。ナデシコを追えば、地下シェルターの中にいる『かもしれない』者に逃げられてしまう。
 しかし、チャフで地下の規模も、どの程度か不明。だから、徹底的に破壊しなければならない。それも短時間で」


「その短時間でも、ナデシコが逃げるには十分な時間です」



 赤い砂塵で覆い隠され、肉眼では見えなくなった戦艦が存在している地平線を眺めながら、ミナトが操舵コンソールを指で弾いていく。

「でもぉ、あえてナデシコを追ってくるってことはぁ?」



「ないわ。二兎を追うものは一兎も得ず。
 しかも今回は片方が目の前で寝ているウサギ。逃げるウサギを追えば、寝ているウサギを逃してしまう。ならば、寝ているウサギを確実に捕まえておく方が得だわ。
 乗っているのが人間ならばその場の判断や、気まぐれというのがあるけど、今は木星蜥蜴の無人艦隊が相手。

 本命らしき基地と囮らしき母艦。攻撃優先順位もあるから、どちらを優先するか自明の理ね」


 イネスが自らの説明で締めくくった。




「見事ぢゃ。艦長」

「やっぱり、ユリカは凄いな」

「やるじゃん」

「敵のレーダーレンジ外まで退避。やれやれだよ〜〜」

「俺の出番〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「艦長もやるときはやるんですね〜〜」

「さすがは艦長。私が選んだだけのことはあります」

「…………ムウ。連合大学主席の名は伊達ではないな」

 艦長のユリカに、次々と賞賛が飛ぶ。



 満面に笑みを浮かべたユリカは、

「ブイ!!」

 大きくVサインを掲げた。







 騒がしいブリッジに背を向け、イネスは一人、メインモニターを眺め、低く呟く。

「所詮は、敵から逃げただけ。

 グラビティブラストは撃てず、フィールドも半減。宇宙にも出られない。

 状況は何も変わってないわ。

 私たちの命…………そう長くはないかもね」








*






 ブリッジが一息ついている頃、格納庫では戦闘中以上の喧騒が渦巻いていた。


 被弾したエステバリスはなかったが、代わりに相転移エンジンが火を吹いたのだ。

 しかも、生き残っているもう一つの相転移エンジンも無理させればいつ火を吹くか、わからない状況。


 それだけではない。エステバリスは――兵器というものは、整備をしっかりしてやらなければ、鉄くずと化す。

 見た目に損傷は無くとも、僅かなフレームの歪みや、亀裂がそのままパイロットの命につながるのだ。


 整備班の仕事は、これからが本番だった。




 そんな慌しい喧騒の中、濃紺のエステバリスのアサルトピットフレームが開く。


 シートを最大まで前に出し、少女は腕を伸ばして何とかIFS操縦コンソールに手を届かせていた。

 足は地に着かず、フットバーまで届いていない。


 シートベルトを外した少女は小さく吐息をつきながら、ベルトが当たっていた腹をさすった。

 合わないコクピットで戦闘を行なえば、その分、余計に振り回される。シートベルトが擦れ、食い込むのは必至だろう。



 軽く頭を振ってから、片膝を立てて座している濃紺のエステバリスから下りてきた。


 周りの整備員たちは自分のことに忙しくて、この少女が下りたことに誰も気づいていない。



 格納庫の出入口に向かって、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 慣れた手つきで白色のバイザーを外すと、頭を大きく振って汗を振るい落とす。




 純白のマントにバイザーをしまうと、顔を上げ――――


 足を止めた。




 金の双眸が真っ直ぐ、俺を見つめた。

 格納庫の薄暗い影の中、金の眼が浮かび上がる。

 何の感情も見せないガラス球のような金瞳。

 瀬戸物人形のような無表情。


 一個の彫刻品と言われても、俺は信じるだろう。



 テルテルボーズのような膝下までの白いマントの下から、黒のタイツと磁力靴が見える。

 ナデシコオペレーターの制服の上からマントを羽織っているようだった。


 少女がぼそぼそと喋る。

「なにか用ですか?テンカワさん」


 用は無い、と言って逃げるのは簡単だった。



 だが…………。

 もし、この少女が…………。

 ナデシコに『わざわい()』をもたらす存在ならば――――。


 俺は…………。


 この少女を――――――


 だから、

「おまえは…………何者だ?」



「ネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ・オペレーター『星野瑠璃』」



 信じられない。


 その言葉は―――信じられない。

 だから、

「嘘だな」


 少女は、

「そうですか」

 それだけを呟くと俺の脇を通り過ぎ、格納庫出入口へ歩いていった。








 『テンカワ・アキト』は、喧騒の渦巻く格納庫の中、一人、立ち続けてた。


























 誰もいない薄暗い廊下で、独り、ルリは笑みの形に唇を歪める。


「できれば、と思ってリミッターを切りましたが………………運良く爆発してくれたのは好都合でしたね。あとは――――」









 あとがき

こんにちは。ウツロです。



ガイ!!見せ場無し!!
……………………なにやってんだか。


さて、イネスさんの『説明』についてですが…………
水上走法――右足が沈む前に左足を出して、水面を走る――的な理論です。
あまり、信じないでください。
書いている本人の私でさえ、本当か?と首かしげてますから。


 では、次回!!


 

 

 

代理人の感想

むは〜。満腹満腹。

ウツロさんの話を読んでいて何が楽しいかといえば、

やはり展開が非常に濃いことですね。

たとえて言えばこってりとしたトンコツラーメンの如く!

人によっては胃もたれするかもしれませんが、読み応えがあって、私は非常に好きですね。

ま、要するに面白かったとw

 

 

>「お約束」

あまたの二次創作でもやっぱり忘れられてる重力制御ですが、

その理由が「お約束」というのは初めて見ました(笑)。

 

 

今週の誤字

>第一派

「攻撃の〜」と来るときは「派」ではなく「波」を用います。

>次早

「矢継ぎ早」の事かと思いましたのでそのように修正しました。

>ピクリと顔を上げから

「ピクリと顔を上げてから」ですね。

てにをはが欠ける、或いは間違ってるところが非常に多く見受けられました。

 

後、誤字というわけではないんですが文章に強調点をつけるなら

ルビタグを使ってつけた方がずれなくてよろしいかと思います。