小さい古風な一軒家の前に、大勢の記者が集まっていた。


 その一軒家の表札には、『白鳥』の名が彫られている。



 海賊艦の拿捕に協力したことで、『寸打の天河』の名が、国民的大衆紙の木連熱血新聞に大大的に取り上げられてしまったのだ。




 門前で団子状になっている者や、電信柱に登っているマスコミ族を眺めて、ユキナは嘆息する。


 あんなとこに登ったって、何にも見えないと思うけどなぁ…………あっ、短絡(ショート)した。



 白い三角巾で髪を纏めているユキナはもう一度、嘆息してから、ホウキの長柄を地面にダンッと突き、目の前のマスコミ族を一喝する。

「おととい、いらっしゃい!!」


「へいっ!! 明後日(あさって)の君に、そう言われて今日来ました」

「そうなのか? 俺は明日に「昨日、来い」と言われたから……」

「私など「300年、早い」と言われたから、300年待っていたのですが」


「え〜〜〜〜〜い!! 嘘つくんじゃな〜〜〜〜〜い!!」

「ぶんぶん」と擬音を発っしながら、箒を振り回し、マスコミ族を追い払った。




「まったく、もう」


 ピシャッと玄関の戸を閉めたユキナに、アキトは苦笑する。

「すまないね。ユキナちゃん」

「アキトさんは、悪くないよ。しつこい彼らが悪いの。
 何にも出てこないのに!!」


「いくらでも湧いて出てきそうな勢いだな」


「そうなの!!
 たとえ、悪しき地球文明が滅びても、報道(マスコミ)族だけは生き残るって、証明してる本もあるぐらいなんだから!!」


「あるのか?」


「うん。たしか…………未来放浪ガルディ…………なんだっけ?」


 と、玄関の扉がタンタンと叩かれた。

 どうやら、門を越えてきた者がいたようである。



 ぷるぷると奮えていたユキナが、ガラッと戸を開く。

え〜〜〜い。シツコイ!!
 十年早い!!


「十年前にそう言われたから、今日来たんだけど」

「嘘つく…………って、波月さん!?」


「はいっ。ユキっち!!」


「あ……あの…………ごめんなさい」

 勢いよく頭を下げるユキナ。


「あ……アタシ、報道(マスコミ)族だと思って……」


「わかってるって。
 大変だねぇ〜〜。ユキっちも」

「あはははは。しつこくって困ってます」

報道(マスコミ)族と云えばスッポンの代名詞だからね。

 で、客も連れてきたんで、上がらせて貰って良いかな?」

「あ、はい。って、お客?」



 波月の後ろには、中年にさしかかっているものの、そうは見えない粋な男と、僅かにウェーブした茶色の髪の若い女が立っていた。



 ユキナは女性の顔を見て、凍りつく。

「あ、………………あのその人…………いや、方って……」


「そう。木連優人部隊副司令『神狩玲華(かがりれいか)』准将だよ」



「あ…………あの、ボロ屋ですが、入って……入らして…………えと……あの……」


「ふふ。そう固くならなくていいわよ。『白鳥ユキナ』ちゃん」

「え? …………アタシの名前…………」

「ええ、九十九君から、よく聞いているわ。
 元気な妹さんだって」


「あ…………あの…………兄が、いつもお世話になっております」

 ユキナは玲華に、ぴょこんと頭を下げた。




*




 男と玲華は丸いちゃぶ台の前に座り、その対面にアキト。右手側には、波月が座る。



 今日の玲華は、炎を思わせる緋色の上着に、朱のスカート。腰を着物のような帯で絞めていた。

 その女学生が着るような緋の服装に、黒髪が基本の木連では珍しい焦げ茶のウェーブのかかった長い髪が良く似合っている。



 その玲華の隣に座るのは、30代半ばの男性。

 涼やかな切れ目の目元から、年齢以上の深い英知を宿していることが見て取れる。

 着ている服は九十九たちと同じ、学生服型の軍服。ただし、服の色は白ではなく、抜けるような空青だった。

 黒髪を後ろに流して整え、涼やかな笑みを浮かべた精悍な顔は切れ目と相まって、年上好みの女性なら一発で堕ちるであろう。



 波月は二人を手でかざし、各々を紹介する。

「じゃあ、紹介するね。
 玲華先輩は覚えてるよね。遊覧船木星墜落事件で指揮を採ってたから。
 と、いうことで省略(パス)

 で、こちらの男性が、わたしが優人部隊に入るまで、上司だった情報部中将『西鳳焔(せいほう・ほむら)
 事実上、情報部最高責任者(トップ)の人だよ。
 ちなみに、二人とも性格が捻じに捻じ曲がっていて――――ウギュ!!

 説明を遮るように玲華の肘鉄が、波月の顔面に突き刺さった。


 冷や汗を垂らしながら、さりげに眼を逸らして、それを見なかったことにしたアキトは、先刻の聞き覚えのある名字に首を傾げる。

「西鳳?」

「『テンカワ・アキト』君でンしたねェ。
 君のことは、波月君や『夕薙』などに聞いてマすよ。
 『ナデシコ』のエースパイロットだってねェ」


 伝法なべらんめぇ口調で話す(ほむら)に、


「そうですか」

 と、アキトは頷いてから、ふと眉を寄せた。


 聞き咎めた単語をアキトが質問する前に、波月が焔の補足をする。

「焔中将は、夕薙先輩の従兄妹(いとこ)にあたるんだよ。
 顔は似てるんだけど、性格は全く似てないの。
 片やチャランポラン、片や堅物。
 本当に従兄妹か考え込むこともしばしばっす」


「ほ〜〜。波月君。私に喧嘩を売る気ですかい?
 情報部の総力を持って、お相手致しマすよ?」


「力の限り、遠慮しときます」


 前に喧嘩を売り、一ヶ月間、自分の失敗やミスを国民的な木連熱血新聞に載せられ続けたのを思い出した波月は、猛烈な勢いでブルブルと首を振った。

 あの時、情報を司る人間を相手に喧嘩をしてはならないと、波月は身と恥と赤面をもって痛感させられた。


 それを呆れた眼で眺めていた玲華は、コホンと咳払いしてから、アキトに深々と頭を下げる。

「その節は、大変お世話になりましたわ。アキト君」


 対するアキトも微笑む。

「お久しぶりです。玲華さん」

「覚えていて貰えて、光栄だわ」



 ここで玲華は一つ、ほぅと溜息を吐き、


「本当は優人部隊総司令の『東悠流(あずま・ゆうる)』中将が来るべきなんでしょうけど…………。

 
あの昼行灯!! むぁ〜〜た、逃げ出しまして」


 拳を奮わす玲華に、カラカラと笑って焔が賛同する。

「いやァ。彼、水曜日の団子特売日に賭けてますからねェ」



 それで良いのか? 優人部隊。などと、他人の事ながら心配してしまうアキト。


 だが、いつもの事と半ば諦めている玲華や、何とも思ってなさそうな波月を見てると、それで良いのかもしれない。



 そこへ、油を差してないロボットのようなギクシャクとした動きで、お茶を運んでくるユキナに、アキトは思わず笑いかける。


「随分と緊張してるね。ユキナちゃん」

「知らないの!? 『神狩玲華』さんを」

「…………偉い人だというのは知ってるけど」


「アタシたち『木連婦女子身心協力隊』の憧れなんだから!!

 美人で、頭が良くって、若いのに准将で、優人部隊の副司令で、武術が強くって、優しくって、凛としてて!!
 生で見たら、アタシの友達の半数は卒倒しちゃうぐらいなんだからね!!」

「歩く人型最終兵器?」
 ゲシッ!!

「家に来たなんて言ったら、学校中の噂の的になるよ!!
 明日、友達に自慢できちゃう!!」

「痛いっす!! 先輩」

「あっ。そうだ!! 玲華さん!!
 後で紀筆(サイン)ください!!」

「ええ、良いわよ」

 波月に鉄拳を振るったまま玲華は、優雅に微笑んだ。



 ズズッとお茶で喉を潤した焔は、コトンと湯呑みを置く。

「さて、自己紹介が一段落したところで、本題に入りましょうか。
 テンカワ君でンしたねェ。
 なぜ、『ガヴァメント』に会いたいでンすかい?
 私自身は、面白いからほっぽっといても良いンですけど、情報部中将としては聞かなきャならい訳でンして」


 (ほむら)は軽い言い方のうえ、『粋』な江戸っ子兄さんそのままのべらんめえ(・・・・・)口調で、アキトに問いかけた。


「『ガヴァメント』と云う人物が現れたのは…………ここ一ヶ月から、二ヶ月の間じゃないか?」

「おヤ、…………よく知ってますねェ。
 そう、ちょうど、二ヶ月前でンすよ」


「俺の知り合い……いや、友人かもしれないんだ。…………死んだと思っていた」



「ほウ。そういうことでンすかい。
 さて、どうしマしょうかねェ?
 ねえ、玲華准将」

(あたし)としては、恩義もありますし、望みを叶えたいかと」


「確かに、受けた恩は返さにャなりません。
 
…………テンカワ君?

 キリッと表情を改めた焔に、アキトも姿勢を正す。

「なんだ?」

君は海賊になりたいデすかい?


「?? …………いいや」



「そりャ、けっこう。
 良いんじゃないンですかねェ? 会見(セッティング)しても」


 先ほどの真面目な表情はどこへやら。

 ヘリウム入り風船のように軽い口調で承諾する焔に、玲華は尋ねた。

「あの…………そんなに軽くて良いのですか?」


「おヤ、私は玲華准将が願いを叶えてくれと言ったから、その希望に添っただけでンすよ。

 まア、波月君も一緒について行ってくれますからねェ。
 何かあれば、波月君がその場で殺してくれるでンしょ」


 いつの間にか道案内に決められていた波月は半眼で、焔を見据える。

「わたしは…………暗殺者ですか?」

「いいや。始末屋でンす」

「うわっ!! 感じワルッ!!」


「じゃァ、処理係でどうでンすかい?」

「修学旅行のゴミ係みたいっすね〜〜」


 その呆れた波月の表情を、承諾と勝手に決めつけた焔は満足そうに頷いた。

「てな、わけで玲華准将。君はついて行くことは、禁止でンすよ」

「西鳳中将!!
 そんな簡単に殺すなどと、仰らないでください!!」


「それを、(鬼姫)が言いマすかい?

 ま、情報部としてはこれ以上、危険人物が増えるのは感心できないンですよ」


だからって!!



「私の休日も減ってしまいますしねェ」



本音はソコかいっ!!



 ツッコンでくる玲華を適当にあしらいつつ、焔はアキトに笑顔を向ける。

「てな、わけで。
 テンカワ君もなるべく、波月君に殺されないように注意して、行動してくださいな」


「…………なるべく…………ですか」

 アキトは、我知らずと重い溜息を吐き出した。


 彼らの会話を聞いていたユキナは、あまりの展開に眼を白黒させている。



 同じように言葉を無くしていた玲華が、何とか気を取り直し、

「でも、どうやってその海賊に会うのですか?」

「なに、簡単でンすよ。本拠地はわかってマすから」


「はいっ!?」

 玲華は素っ頓狂な叫び声を上げる。



「場所はガニメデとエウロパの間。座標は24302ー20341ー203314Bでンす」

「『宇宙無宿』って名前なのに、本拠地持ってるんだ」
「ユキっち。それは言っちゃいけないお約束」

(あたし)はそんな情報、聞いたことありませんが――」


「いえねェ。『宇宙無宿海賊団』って別段悪いことヤってるわけじゃねェんですよ。
 逆に、窮地に陥った商船を助けたり、極悪非道な海賊を滅ぼしたり……」


「それは…………聞いてますが……」



「だから、ほッぽといても良いんじャないかなァ〜〜ッて」


 カラカラと笑う焔。



 口を開けたまま絶句してる玲華に、波月はしみじみと語る。

「わかりましたか? 玲華先輩。
 わたしが前の職場で、どれほど泣かされたか――」


「何を言ってンです。
 波月君こそ、『衛星玉突き(ビリヤード)』や『難破船超高速飛び乗り』など、私の胃に穴を空ける寸前だッたじャァないですかい」


「嘘、言わんでください。
 焔中将が『鋼鉄』の『胃』と、『金剛石(ダイヤモンド)』の『心臓』と、
 『時空歪曲場に守られたチタン合金』の『神経』と、『重力波砲』の『毒舌』を持ってるって、もっぱらの噂っす」



「ホ〜〜〜〜。波月君、私に喧嘩を売る気ですかい?」

「中将こそ、わたしの『敵』になります?」



 険悪な雰囲気になりかけた二人の間を割るアキト。

「あ〜〜〜。仲が良いのはわかりましたから…………」


「アキト君。眼、おかしいよ。どこが仲良く見えるの?」

「ええ、そうでンすね。
 良い眼科なら、紹介しマすよ。
 仲介料、払って頂ければ」


「…………金、取るのか?

 じゃなくて、俺の眼が悪くても何でもいいから、とにかく『彼』に会わせてくれ」

 このままでは、いつまでたっても話が終わらないと思ったアキトは無理矢理、話を纏める。



「そうデすかい。
 じゃ、波月君。道案内は、お願いしマすよ」

「イエッサ〜〜〜」



「波月」

 呼び止めた玲華に、波月が振り返った。

「ん?」

「……えっと…………(あたし)が言えた義理じゃないんだけど――」


「あ、はいはい。なるべく、殺さないように気をつけまっす。

 てな訳で、アキト君。
 帰りを待っている人もいるから、わたしに殺されないように注意してね」


「波月ちゃんが、焔さんの元部下だってこと…………良くわかるよ」

「………………同感」

「右に同じ〜〜」

「なんか、貶められてるような気がするっす」
「ははは。私もでンすよ。何故ですかねェ」






*




 波月とアキトの二人は、4人乗り用の小型宇宙艇で、焔に教えられた座標に向かっていた。


 波月が小型艇を操縦し、アキトは助手席に座っている。

「ふ〜〜ん。こんな乗り物もあるんだな」

「うん。各衛星を結ぶ定期宇宙船(シャトル)も出てるけど、こういう個人艇もあるんだ。
 この小型艇は、軍のを借り出してきたんだよ」


「でも、もう少し大きい方が使い勝手が良いと思うんだが」

「こういう小型艇って、緊急時には、このままコロニーの中に入れるように小さく設計してあるの。
 動力は、虫型兵器(バッタ)発動機(ジェネレーター)を使っていて、弱いながらも時空歪曲場も張れるんだよ」

「ほう」


「ただ、木星の傍には寄れないかな。
 せいぜい、イオ辺りまでだね。
 それ以上近づくと、木星重力から逃れられなくなっちゃう」


「加速が足りないのか?」

「ん〜〜。加速が足りないんじゃなくて、船体が保たないの。
 虫型兵器のように、頑丈に出来てれば別だけど、この船艇、けっこう華奢な作りしてるから
 …………おっと、そろそろ、目標座標に着くよ」


 二人の目の前に、小隕石群が近づいて来る。




「止まれ!! 何奴だ?」

 突然、電波通信機から濁声が響いた。



 アキトは一瞬、波月と眼を合わせ、通信機に返答する。

「ガヴァメントと名乗っている男の知りあいだ」


ふん!! お頭……じゃねぇ、『きゃぷてん』は天涯孤独。一匹狼で宇宙を渡り歩いてきた(おとこ)の中の漢よ!!

 泣かせてきた女は数知れねぇけども、男の友は『強敵(しんゆう)』と読み、隠れた心で漢泣き(おとこなき)しながらも、全て打ち破って来た孤高のお人よ!!
 そんな方に知りあいだと!?

 ハッ!! チャンチャラ可笑しいぜ!!
 
ケェリ(帰り)やがれ!!」



「大人しく通した方が、身のためだよ」

「誰だてめぇは!?」



「木連優人部隊中尉、優人戦艦『かんなづき』参謀長、波月」



「波月? …………『波月』だって!?」

「まさか…………あの『波月』?」

「…………ロクロウ海賊団の本拠地に衛星を撃ち込んだ」

「げっ!! あの!?」

「ああっ!! 塵殺(みなごろ)しの『波月』!!」

「なにっ!? 『化け物(波月)』だと!!」

「えらいこっちゃ!! えらいこっちゃ!!」

「お頭……じゃねぇ、きゃぷてんに連絡だ!!」

「非常警戒態勢!! 非常警戒態勢!!」

「手から破壊衝撃波を放つって、聞いたことあるぞ!!」

「対核爆装備、倉庫から持ってきます!!」

「戦闘員以外の者は、全員、隔壁所(シェルター)へ避難しろ!!」



「波月ちゃん…………なんか…………凄いことやってきたんだね…………」

「あいつら…………全員、『敵』にしようかしら」

 ぷるぷると拳を奮わせる波月。







「俺の名はキャプテン『ガヴァメント』」





 映像画面を出さず、音声のみで通信してきた男は鼻で笑った。




「フッ。俺は天涯孤独の身よ。


 帰る場所は失われ、死に場所を捜し求める愚かな漢さ。

 そんな俺に知り合いだと――」




「テンカワ・アキトだ」


 通信機越しに、驚く気配が伝わる。




「ガイ」




「ふっ。お前など知らんな」




「何を言ってんだ!! ガイ!!」





「お前の知ってる男は火星の藻屑になった。


 
いい夢を見て、死んだだろうさ





「ガイ!!」






「くどいっ!! ヤツは死んだ!!」




 男はアキトを一喝した。






「……………………」



「……………………」





「………………」




「………………」






「………」





「………」






「……」





「……」








…………………………山田・ニ郎








「だ〜〜〜〜〜っ!! ちっっっがぁぁ〜〜〜〜〜う!!

 そいつは世を忍ぶ仮の名前!!

 魂の名は『ガヴァメント』だぁぁぁぁぁぁっ!!」







「ほ〜〜〜〜。そおか」








「…………」


「…………」



 通信機越しの二人の間に、痛い沈黙が漂う。





「波月ちゃん。向かってくれ。本人と確認できたから」




「山田ニ郎って?」


ガヴァメント!!






*





 『ガヴァメント』と名乗っている男の姿を見たアキトは、言葉を無くした。



 火星で別れた時よりも髪を延ばし、前髪で右眼が隠れていた。

 青で統一された服の胸元には、白のドクロマーク。

 端がボロボロに擦り切れている足首まである裏地の赤い、黒マントを翻し、腰にはドクロのバックルが付いたベルトに、レイピアのようなロングバレル型の拳銃を携帯している。

 腕には、分厚い皮手袋。足には黒いブーツ。

 胸元には、艦長の印として、白い布が首に巻かれ、織り締められていた。


 そして、何よりも目立つのが、男の左顔には額から頬までの一筋の傷。




「ガイ」



「おまえの知ってる『ダイゴウジ・ガイ』は死んだ」



「何を言って――」



「違うんだよ。アキト。
 真実を知っちまった哀れなピエロは、もう昔には戻れない」

「いや…………そういうことじゃなくてな――」



「だから、ヤツが生きていた証。受け取ってほしい」



「俺……こんなもの貰えない………………じゃなくて!!


 アキトの大声に、超合金ゲキガンガー3リミテッドモデルを手渡そうとしていた海賊の手が止まった。



 ちなみに、周りにいる彼の部下は全員、物欲しそうな眼で超合金を見つめている。



「…………波月ちゃん。
 いくら、レア物だからって、写真撮るのは止めようね」

「ええ〜〜〜〜〜!! でも、幻の一品だよ。時価数十億だよ。
 まだ、現物が残っていることが判ったら、歴史が塗り変わるよ!!」



「アウストラロピテクスが現代まで生き残っていた。とか云う感じだな」


「そんな猿人!! 生きてようがくたばってようが、関係なし!!

 そんなことより、もぉ〜〜っと重大!!」



「…………ま、その問題は後で話し合うとして…………。
 ガイ。どうして――」


「ちっが〜〜〜〜う!!

 俺は正義のヒーロー『ダイゴウジ・ガイ』ではなく、
 
孤高の一匹狼、宇宙無宿海賊団、キャプテン『ガイ・D・ガヴァメント』だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「………………」


「…………」


「……?」


「……」



「おい…………結局、『ガイ』じゃないのか?」


「ああ。俺も訂正しながら気づいた」



「ガイ。おまえ――」


 知能落ちたか? という質問は辛うじて飲み込み、


「変な薬でもやったか?」


 結局、失礼なアキトだった。




「そういや、時空跳躍体質になる時、『山崎』印の試作ナノマシンを注射したな」



 ポンと山田の肩に手を置くアキト。

「そうか………………強く……生きろよ」




 意味が判らない山田は首を捻ってから、波月を見る。

「で、そっちの嬢ちゃんは?」

「ああ。木連優人部隊の波月ちゃんだ。
 今回は、道案内を買って出てく…………
波月ちゃん!!


「はいっ!!」


 他の海賊たちと一緒に、超合金ゲキガンガー3・リミテッドモデルを拝んでいた波月が、ぴょこんと返事をした。



「ふっ。優人部隊の人間か。
 軍と海賊といやぁ天敵同士だがな。
 まあ、アキトの知り合いだし、それに――。
 ゲキ・ガンガー好きに、悪いヤツはいねぇしな」


「いや、それはどうかと思うぞ。
 ゲキガン好きでも、悪辣なヤツはいるし。
 波月ちゃんは良い()だけど」


「さあ。それは、どうだろ?」

 腕を組んで首を傾げる波月に、アキトは微笑む。


「俺は、良い()だと思ってるよ。

 血と殺戮が好きなだけで



「それは、断じて良い()とは言わん」

 即座にツッコム山田。



「冗談は兎も角、独自の判断とはいえ、彼女は殺すべき人間と、そうでない人間を区別してるからな。
 俺よりか…………幾分、マシさ」

「変わらん気もするが…………。
 それにしても、アキト」

「ん?」



「道案内が、『女』ってのが、いかにもアキトらしいぜ。
 相変わらず、木連でもジゴロフェロモンを振り撒いてるのか?」



 アキトは、イイ笑顔を山田に差し向ける。

「お前の『本名』、木連中に振り撒いてもいいか?」


「すまん。俺が悪かった」

 山田は、刹那で謝った。





「ガイ。場所を変えて欲しい。
 2人……いや、波月ちゃんを入れて、3人で話せる場所はないか?」


 本題に触れるアキトに、山田が頷く。

「そうだな。なんか知らんが、部下が嬢ちゃんを怖がってるしな。
 こっちだ。来てくれ」


「アキト君。わたしもなの?」

「波月ちゃんは、俺のお目付け役だろ。
 ダメと言っても、付いてくるのなら、始めから呼んだ方が早い」


「ま〜〜ね〜〜」





*





 三人の前に無果汁オレンジジュースが置かれた。

 木連では、果物は嗜好品であり、食卓には滅多に上がらない。


「で、ガイ。どうして、お前が木連にいるんだ?」

「単刀直入だな」

「他に言いようがないだろう?」

「まあな。
 話しても良いが、長くなるぞ」

「かまわん」



「お前と通信が途切れた後から話すか。
 あの後、じいさん提督と相談しあって、俺が木連戦艦を攪乱し、その後ろをじいさん提督のクロッカスが強行突破するって作戦を立てた。
 その時には、後ろのチューリップは木連戦艦のグラビティ・ブラストで破壊された後だったからな。

 そんでもって、俺が戦艦隊に飛び込んでな。まあ、命がけで、攪乱しつつ戦艦群を突破したって訳よ。
 正直言って、途中からどう操縦したか覚えてないぐらいだぜ。

 で、何とか生き延びた俺が後ろを振り向いたら、クロッカスは途中で座礁してやがった。
 引き返そうとしたら、じいさん提督から通信が入ってな。
 「来るんじゃない。行け」とか、ぬかしやがる。
 「ふざけんな」って返したら、
 「生きて生きて生き延びる者こそが真の勇者と言うものだ」ときた。
 だから、
 「アホッ!! 誰かを見殺しにして自分だけ生き残った後、胸張って、それからの人生を生きられるか?
 自分で自分を誇れるか?
 項垂れて、過去を振り返りながら、生きるなんてのはヒーローとは呼ばねぇんだよ!!」
 そう怒鳴り返してから、取って返そうとした時、妙なもんが現れやがった」


 そこで、科白を切ると山田はジュースで喉を潤す。


「妙なもの?」

「そうとしか言いようがねぇ。
 大きさは、ナデシコより一回り小さいぐらいだった。
 形は瓢箪を流線型にした後、少し捻った感じだな。
 色は紫で真ん中に黄色いラインが入っていた」


「上手く想像できないんだが……」

「俺だって、上手く説明できねぇよ。兎に角、珍妙な形だった。
 そいつが3隻現れた」


「隻ってことは、船なの?」

「宙に浮いていたから、多分な。
 その内の一隻が、木連戦艦に向かって、前方の口からグラビティ・ブラストを放ちやがった。
 地上では、ナデシコのグラビティ・ブラストだって歯が立たなかった木連戦艦が、一瞬で8割消滅したぜ」


「ナデシコよりも強いグラビティ・ブラストだと?」


「それだけじゃねぇ。
 その3隻の発射口の前に、黒い輪っかが出来てな。
 そいつが、フィールド張ってる残りの木連戦艦をスッパスッパと紙細工みたいに切り裂きやがった。
 俺の見た感じじゃ、ナデシコだってアレは防げないと思うぜ。

 俺は、勝手に『グラビティ・リングカッター』って名付けたけどな」



「波月ちゃん?」

 アキトの呼びかけに、質問を察した波月が首を横に振る。

「木連でも、そんな兵器、見たことも聞いたこともないよ」



「しかもだ。その謎の戦艦の、周囲の光の歪みが激しいんでな。
 よ〜〜く、見たら、フィールドを2重に張ってやがった」


「バカな!! 多重ディストーション・フィールドだと!!」

 アキトは椅子を蹴倒して立ち上がった。


 史実では、多重フィールドが歴史の表舞台に出てきたのは、後継者の反乱の後、『シャロン・ウィードリン』の専用艦に実験的に実装されたのが初めてである。

 それは、今から5年も後のことだ。



 まさか…………。


 アキトの眼が疑惑で細まる。


 俺の他にも…………未来から戻ってきてる人間が……いるのか?



「スペース・ヴァグラントだって、一応、多重フィールドだが、一重目は有って無ぇようなもんだからな。
 って、…………どうした? アキト」

「あ……いや、すまない。
 ちょっと、驚いただけだ。
 話しを続けてくれ」


 話を促したアキトは椅子に座り直した。



「さすがの俺もしばらく、呆然としててな。
 ふと、気づいたら、空中に二機の機動兵器が浮かんでやがった。
 まるで、幽霊や蜃気楼みたいにな。
 全高8メートルぐらいの赤と黒の人型機動兵器だ。
 この俺様が、接近警報が鳴るまで、まったく気づかなかった」


 何かを思い出したのか、ぶるっと震えた山田に、アキトが尋ねる。


「人型機動兵器って、エステバリスか?」

「いいや。見たこともない形のロボットだ。
 赤い方は、かなりスリムな流線型な形で、ありゃ、パイロットも女だったんだろうな。
 黒い方はゴッツイって言葉をロボットにすると、ああなるって云う見本みたいな機動兵器だった。

 間抜けな話しだが、俺はそいつを見て、火星の生き残りかと思って、喜々として通信を開いたよ。

 その瞬間だった。

 空戦フレームの片羽翼を斬り裂かれちまったのは。
 直後は、何をされたかもわからなかった。
 眼の前にいたはずの黒いロボットが俺の後ろにいて、さらに手斧を持ってるのを見てから、斬られたんだな、と覚ったぐらいだからな。
 この俺が、ロボットの軌道すら見えなかったんだ。
 俺の第六感がヤベェって最大警報をがなり立ててたぜ。
 俺は即座に逃げ出した。
 逃げきれるとは思えなかったけどな。
 ただ、頭ん中が恐怖で一杯になって、逃げるって云う選択肢しかなかった。
 じいさん提督のことなんか、頭からすっぽりと抜け落ちてたぜ。

 その刹那だ。
 腰からエステを真っ二つにされたのはよ。

 その瞬間、俺はアサルトピットだけを射出した。
 地上、200メートルからなんて、自殺行為以外のなんでもなかったけどな。
 もちろん、俺もただじゃ済まなかった。
 その時の傷の名残が、これよ」


 そう言って、自分の左顔の傷を指さした山田は、テーブルの上で手を組む。



「俺の見た限りじゃ、『アレ』は……アキト。お前と同じくらい強いぜ。
 シミュレーターで何度も、お前と戦った俺の見解だがな」


 見つめてくる山田に、アキトは一言。


「信じられんな」


「俺だって信じたくなかったぜ。
 お前と同等の化け物が、この世にいるなんてな」



 沈黙した二人に、波月が話しを促す。

「それで、どうなったの?」

「おう、そうだった。
 で、落ちた所がクレバス(亀裂)だったらしくてな。
 さすがの俺も、大怪我して、もうダメかと思ったぜ。
 眼の前が真っ暗になる寸前、ドクロマークを見たような気がして、気を失って…………次に眼が覚めた時には、木連だった。
 まあ、こういう訳だ」



「はい。質問」

「なんだ? 嬢ちゃん」


「なんで、宇宙無宿海賊団が火星なんかにいたの?」

「あ〜〜。こいつは軍には秘密にしてくれるか?」

「聞かせてくれるなら」


「木連では、火星及び地球への渡航は禁止されてる。が、海賊にとっちゃ政府からのお達しなんて、有って無いようなもんだ。

 で、あいつらは考えた訳だ。
 『ゲキ・ガンガー3』が作られたのは地球だ。
 なら、地球園の火星にもゲキガングッズが残ってるかもしれねぇってな。
 ついでに、生き残りの住民が居たら、連れてきて仲間にしちまえばいい。
 それが女なら、なお良しってことさ」


「ゲキガングッズのために、火星まで行ったのか?」

「そうだ。行動力だけは、無駄にあるヤツラが揃ってるからな」


「うん。その気持ちは解かる」


「解かるのか?」

「ばっちり」


 親指を立てる波月と、額を押さえるアキトを見、山田は忍び笑いを洩らしてから話を戻す。


「で、実際、火星に行ったら何にもなかった。
 ゲキガングッズじゃねぇぞ。
 街も人も動物も、何もなかった。
 アイツらは、田舎だからと考えて、火星全土を廻ってみたが、本当に何もなかった。

 それで、初めて気づいたんだ。
 これは戦闘なんて生優しいもんじゃなくて、徹底した殲滅なんだと。
 ゲキ・ガンガーに出て来るような、一対一の決闘じゃなくて、殺戮なんだと。

 認識した彼らはパニクったらしい。
 これが、直接、手を汚しちゃいないまでも、自分たちのやったことなんだってな。
 火星に攻め込んだと聞いていたが、詳細は全く耳にしてなかったからな。

 息消沈したアイツらは、全てを見なかったことにして、チューリップから帰ろうとした所に突然、ビーコンが入電されたらしい。
 で、期待せずに行ってみたところ、俺が居たわけだ」


 山田の独白を聞き終えたアキトは一つ、吐息を吐く。

「ガイ。よく…………生き延びたな」

「アニメにしたら、一話分の話しになるぜ。
 それにしても、俺も悪運は強い強いと思っていたが、まさかこれ程までとはな」



 山田の言葉を聞いたアキトは泣き出しそうな、それでいて笑い出しそうな珍妙な表情になった。


 ムネタケのたった一発の銃弾で死んでしまった『前』のガイは、運どころか悪運さえもなかった。

 それに比べて、このガイはなんとしぶといのだろう。

 せめて、この10分の1の悪運と、しぶとさが『前』のガイにあったなら…………。


「どうした? アキト。変な顔して」


 『ガヴァメント』をじっと見つめていたアキトは、笑んだ。

「それでこそ。ガイだ」


「あったりめぇよ!!
 己の道のためなら、地獄の底からでも這い上がってくる。
 宇宙無宿海賊、キャプテン『ガヴァメント』様だぜっ!!」


 拳を握り、歯を見せて笑う山田に、アキトは苦笑のみを返した。




「…………で、アキト。今度は、こっちから質問だ。

 お前が、ここにいるってことは、ナデシコも木連にいるのか?」


「いや。俺、一人だ」



「どうやって、木連まで来たんだ?」


 山田のもっともな疑問に、アキトは苦笑を浮かべる。

「ちょっとした『事故』でな」


「どう事故ったら、木連に来れるんだよ?」

未確認飛行物体(UFO)拉致(アブダクション)されたとか?」


 口を挟んだ波月に、山田が呆れ混じりに問い返した。

「そいつは『事故』っていうのか?」

「世間一般じゃ『事故』って呼ばれてるよ」


 …………木星蜥蜴も、『未確認飛行物体』に入るのか?

 などと、くだらないことを考えていたアキトに、山田は表情を改める。

「じゃあ、他の奴らは?」

「行方不明だ」


「おまえ…………随分と落ち着いてるな」

 山田は本物のアキトかと、まじまじと見つめた。


 アキトが、ナデシコの危険に人百倍、敏感だったのを間近で見ていたのだから、疑いたくなるのも無理はない。



 何を言いたいのか察したアキトは、口の端で笑う。

「戻ってくることが判ってるからな」


「戻ってくる? ……どこからだ?」

「それは、俺にもわからん」

「なんか、おまえの話を聞いてると支離滅裂だぞ」

「…………自分でもわかってる。
 だが、これ以上、上手く説明できない」



「兎に角。ナデシコは無事なんだな」


「ああ。それだけは間違いない」


 きっぱりと断言したアキトに、山田は安心したように椅子に背を預けた。

「それが、わかればいいさ」


 正直言って、アキトの言葉に確証はない。

 だが、あのアキトが安全だと言うのだ。ならば、それは本当に安全なのだろう。

 それが、信じあえる程度には、二人の友情を育んできた自信がある。



 話す話題が尽きたのか、各自がそれぞれ、今の情報を纏め直しているのか、次の質問を考えているのか、しばし、静かな黙考の静寂が訪れる。



 沈黙を破ったのは、山田だった。

「…………アキト」

「ん?」


「おまえはどう思った?」

「何がだ?」



「だからっ。
 木星蜥蜴が『人間』だったてことだ




 波月がジュースを啜る音だけが響く。




「…………初めから知ってた」


「なん…………だと?」



「初めから知っていて戦っていた」


「…………おまえ――」



「そして、地球人が何億人死のうが、木連が滅亡しようが…………俺の知ったことじゃなかった。
 …………いや。むしろ、それを望んですらいた」



 アキトを横目で眺めていた波月が、ストローから口を離した。





「そう。俺は『ナデシコの仲間』さえ護れれば、他のことなど、どうでも良かった」


 絶句している山田。




 アキトの首を跳ね飛ばせるように、テーブルの下で、右手を貫手の形に構える波月。


今でも…………そう思ってる?








「……………………いいや」







 右手の構えをといた波月が無言でアキトを凝視した。



「木連に来る前は…………人間だと知っていても、顔の無い敵だった。

 だが、ユキナちゃん、九十九、月臣、サブロウタ、玲華さん、夕薙さん、そして波月ちゃんたちに逢って――――」



 アキトは波月の眼を見返す。


「戦いたくないと思った」



「今の木連の施政者は…………殺したいほど憎いし、木連のあるヤツは…………必ず『殺す』つもりだ」


 アキトの冥闇の狂気に染まった黒瞳に応える、波月の鉄のような冷徹な黒瞳。


 山田は声すら出せず、二人の威圧に気押されていた。




 眼を閉じるアキト。

「だが…………『木連の人間』とは戦いたくないと思った」



 いつもの瞳に戻ったアキトは大きく息を吸い、吐く。


「だから…………木連と地球の――――『和平』をしたい」




「「和平!?」」




「前に、波月ちゃんと夕薙さんから和平の困難さは聞いた。
 だが…………困難だからと言って、何もしなければ、どちらかが全滅するまで、この戦争は続く。

 俺はナデシコの仲間を死なせたくないし、同時に波月ちゃんたちを殺したくない」





「だから、…………和平?」




「ああ」





「本当に…………単純な理由だね」




 波月の呆れたような視線に、片唇を吊り上げるアキト。





「ああ。実に単純な理由だ」








「おおっ!! そいつは、ナイスなアイデアだぜっ!!」

「ぐわっ」
「キャ」



「ぐぅっ!! 久しぶりに間近でやられると、…………けっこう堪えるな」


「あ゛う゛う゛ぅ〜〜。耳が、くわんくわんするよぉ〜〜」


 山田の爆声に、アキトは耳を押さえて苦悶の表情を浮かべ、波月は耳を抑えて悶絶している。





「だが、ナデシコに帰れなきゃ、どうしようもねぇぞ」


 耳鳴りがする耳を軽く叩きながら、アキトは答える。

「大丈夫だ。帰る方法はある。
 それに、帰るべき日も、運良く覚えている」


「帰るべき日?」

「ああ」


 アキトは、何故だか知らないが、ナデシコが月宙域にチューリップから出現する日を覚えていた。

 その日付を思い出した時には、思わず信じてもいない神に感謝したくなったぐらいである。


 木連で『神』と言えば、『ゲキ・ガンガー3』になってしまうが。



「良くわからねぇが、ナデシコに戻れるってわけか」

「そうだ」


 腕組みをして何かを真剣に考えていた山田は、決心したように顔を上げた。



「悪りぃな。アキト。

 
俺は、ナデシコには戻らねぇ!!



「ガイ!?」


 アキトの愕声に、山田はニヤリと笑う。

「『和平』には、木連側からサポートが必要だろう」

「…………ガイ」


「ふっ。ナデシコに戻っても、もう前のようには戦えねぇしな。
 いくら無人機でも、そこに込められている木連人たちの『熱き血潮』を知っちまった」

「そうか? 復讐とか、怨念のような気がするんだが」


 唇に人差し指を当てた波月が、思い出すように言う。

「そういや、虫型機動兵器プラントには、『熱血力念力入魂係り』がいるよ」


「「いるのか!?」」



「うん。毎年、いっぱい志願者が出るんだ。
 木連の花形役職だよ」



「何というか…………」


「…………木連だな」





*






「じゃあ、俺は戻る」


「やっぱ、海賊団に入る気はねぇか」


「俺の帰る場所は、『ナデシコ』だけだ」



「そうか。ま、仕方ねぇな。
 おおっ!! そうだ。嬢ちゃんには、これをやろう」

「なに? …………って、ゲキガンシール!?」


「ゲキガンガー3・リミテッドモデルはやれねぇけど、まあ、そいつで良かったらな」

「うん。嬉しい」


「へへっ。喜んで貰えて光栄だぜ。
 ゲキガン好きに、軍も海賊も地球も木連もねぇからな。
 こいつは、キャプテン『ガヴァメント』からじゃなく、ゲキ・ガンガー1ファンからのプレゼントだぜ」

「ありがとう。海賊」


 山田はアキトを手をがっちりと握った。

「また、来てくれ」

「難しいな。波月ちゃんに毎回、道案内させるわけにはいかないしな」


「だが、和平のために、連絡を取り合うぐらいなら良いだろう?」

 山田の問いかけに、アキトは隣に立つ波月を、ちらりと一瞥してから、覚悟を決めたように頷いた。

「約束する」


「元気でな。アキト」

「お前もな。ガイ」




*



 小型宇宙艇で宇宙無宿海賊団を離れてから、しばし、無言でいたアキトが、ぽつりと波月に問いかける。

「ガイと連絡を取り合う約束をした俺を殺すか? 波月ちゃん」

「そうだね」

 波月は何でもないことのように答えた。


「…………そうか」


 深々と溜息を吐いたアキトに、波月は声無く笑う。

「そう。本当だったら殺さなきゃならないんだろうけど…………。
 アキト君が言った和平の話…………もしかしたら、と思ってね」


 アキトは、操縦している波月に視線を向けた。

「いいのか?」

「わたしは自分の判断で決定し、自分で意思で歩く。
 人に言われなくては、動けない人間じゃないよ…………好き勝手やってるだけとも言うけど」

「なんて言うか…………ナデシコ向きな性格だな」


「今の話…………焔中将と玲華先輩に話してみようと思うんだ」

「波月ちゃんに俺の抹殺命令が出るかもしれないぞ」


「言ったでしょ。わたしは自分で判断するって。
 仮令(たとえ)、中将の命令でも、わたしが納得しないで人を殺す人間だと思う?」

「いいや」


「わたしが必ず殺すのは、わたしの『敵』に廻った時か、わたしと同じレベルに達した『達人』が現れた時だよ。
 ちなみに、アキト君は、わたしから見ると弱すぎる」

「………………耳が痛い」




 片手間で操縦しながら波月は、山田から貰ったゲキガンシールを矯めつ眇めつ見分している。


「波月ちゃん」

「なに?」

「ゲキ・ガンガー、本当に好きなんだね?」


「うん。好きだし…………それに、感謝してる」

「?? …………感謝って?」


「今の木連て、結構、ほのぼのしてるでしょ」

「あ……ああ」


「初め、木連の施政者たちは、独裁国を作ろうとしたの」

「独裁国?」


「そう、月の反乱指導者(リーダー)を英雄に仕立て上げて、その人物を中心とした独裁国に。
 そして、市民を『地球憎悪』の感情一つで纏め上げる。

 でも、それでも思想の違いが出てくるから、賛同する民は『優市民』に、異を唱える市民は『名前』を奪い『番号の政犯』に分ける。


 優市民は政犯という自分より『下』の人間がいることにより結束を高め、政犯の人間を庇う市民も『政犯』にされる恐れから口を閉ざす。

 『番号の政犯』は、あらゆる人権を奪われて、その『番号』から人間扱いされず、彼らは『番号』、つまり、歯車の一部であることを叩き込まされる。

 そうして、外部からの情報を完全に絶ち、木連を孤立させる。

 優市民から出る鬱憤は外部の『地球』、もしくは内部の『番号の政犯』に向かわせて、均衡を保たせる。
 でも――」

「成功しなかった…………か」


「そう。
 なぜなら、彼らが体制を整える前に、市民に『ゲキ・ガンガー3』の理念が広まっていたから。
 当時の施政者が『漫画(アニメ)』を馬鹿にしていたのが『敗因』だよ。

 ゲキガンガー・スリーは、様々な類型(タイプ)――『違う思想』を重ね合わせて『力』にするからね。
 それには上も下も無い。だから、独裁思想には合わなかったの。

 今の木連が『一人の人物に絶対忠誠を誓う独裁国』でないのは『ゲキ・ガンガー』のおかげ」


「だから…………感謝してる……か。

 …………だが――」


「うん。わかってる。ゲキ・ガンガーは諸刃の剣。
 当時の施政者たちは『独裁国』には出来なかったけど、そのゲキ・ガンガーを国を纏める為の『応援歌』に利用したの。

 で、なければ、今ごろ、内部紛争で木連は自滅していたでしょうけど」

 苦笑を洩らす波月。

「ゲキ・ガンガーは違う意見や思想を受け入れる受け皿である。と同時に、絶対悪を叩き潰す聖典でもあるからね。
 今、戦っている敵は人間であり、痛みもすれば泣きもする。そして何より、意思を通じ合える。
 そう、今、アキト君と話しているように。

 でも、木連でそんな考えを持っているのは極少数。

 それを、神狩叶十先生は心配しているの。
 今は情報部に焔中将がいて、優人部隊に玲華先輩がいる。
 木連の価値観から見れば異端だけど、外側から見れば均衡(バランス)感覚を持っている人たちだから。
 もし、この後の世代で、均衡(バランス)感覚を持たない人間が増えた時が怖いって。

 それを、切実に考えている玲華先輩は始まってしまったこの戦争を、自分の代で何とかしたいと考えてるみたい。

 焔中将と東司令は…………何考えてるか、わかんない」


「難しいものだな」

「でも、難しいと愚痴って、何もしなければ、それこそ何も始まらないよ」


「『和平』もそうだな。
 まずは、出来ることから始めなければな」


「うん。そうだね」






 二人の前には、人の営みなど素知らぬ顔をした木星が雄大な姿を晒していた。


 木星に比べて、近づいてくるエウロパのなんと小さいことか。





 二人は万感の想いを持って、木星を眺めていた。





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