「ジャジャ〜〜ン。牛肉〜〜!!」


「牛肉か。久しぶりに見たな」

 波月が高々と掲げる竹皮に包まれた牛肉に、アキトはそういや木連に来てから牛肉を食べたこと無かったな。などと考えていた。



 木連の常食肉は豚と鶏が大半を占め、羊が少々。

 激華街では犬も食すが、それは極少数である。

 そして、牛は価格が高いため、祝い事などでなければ食べられない。

 すき焼きなどは、一般家庭で年に二回程度。


 小学生の『今、一番食べたい物』調査では、ビーフステーキとすき焼きが必ず上位に入る。



 ちなみに木連に、馬と鯨は存在しない。

 鯨はカリストの水族館では飼育できないし、食料事情の厳しい木連では、馬よりも牛を飼った方が経済的だからである。




「でも、波月ちゃん。そんな大量の牛肉をどうしたんだ?」

「門下生の子が持ってきてくれたんだよ」

「門下生というと……木連式水蓮流柔のか?」

「そう。ちなみに、これは三カ月分の月謝代」

「そんなの、うちで食べても良いのか?」

「独りで食べるのも寂しいしね。
 アキト君にはラーメンの作り方を教わってるし。
 それに、ほら」



 波月が後ろを指さすと――


「焼き肉だ♪」

「焼き肉だ〜〜っ♪」

「「焼き肉だったら、焼き肉だ♪」」

「「嬉しいなっ♪♪」」


 パンッと両手を叩き合わせる九十九とユキナ。




 嬉しそうに唄っている兄妹を見なかったことにしたアキトは、焼き肉の下拵えをしている波月に問いかける。


「牛もガニメデで育ててるのか?」

「いんや。船の中でだよ」


「船!?」


「うん。木連市民艦『れいげつ』って知ってる?
 今、造船中の全長10キロもある超超級戦艦なんだけど。

 で、その試作艦(プロトタイプ)『ゆきまつつき』
 この戦艦は、重力歪曲場発生装置が不安定で廃艦になったんだけどね。
 鉄屑(スクラップ)にするのは勿体無いから、太陽照明灯を設置して、土を敷き詰めて、水循環機能を付け加えて、放牧場にしたんだ」


「そこで飼育されてるわけか」

「そ。あと羊もね。一応、鶏もいるけど、豚と鶏はガニメデの養鶏豚場の方が主流かな」



「鶏と言えば……、そういや木連の鶏、足三本ないか?」

「うん。どうも、ご先祖様が遺伝子から再構築したとき、失敗(ミス)ったみたいで。
 木連の鶏、みんな足三本なんだ。

 まあ、食べても人体には害ないし。
 それに良く走るから、身が引き締まってて美味しいよ」


「そういう問題か?」

「うん。問題なし!!」




*




 焼き肉の匂いが、部屋に満ちていた。


 電熱器の上に敷いた鉄板で焼いている野菜や肉を突つきながら、四人は談笑を――――否。ユキナは談笑そっちのけで、一心不乱に食べている。

 久しぶりのご馳走なので、無理もない。



「最近、神狩副司令の機嫌が良いですね」


 九十九の言葉に、波月も心底嬉しそうに賛同する。

「そうそう。先週から、玲華先輩の機嫌が良くて、助かってるんだよねぇ」

「へ〜〜。玲華さんが」


「てなわけで、アキト君。玲華先輩と毎週、逢引(デート)してくれません?」

 キラキラと光る黒瞳を向けてくる波月に、アキトは意地悪く問いかける。

「波月ちゃんの始末書の期限を延ばすためにか?」


「げげっ!! バレてるぅ!?」

「当然だ」

「まあ、誰でもわかりますね」

「うにゅぅぅぅ」



「う〜〜。アタシ。もうお腹いっぱい」

「満足、満足」と大きく息を吐きながら、お茶を飲むユキナに、九十九も頷く。

「私も満足です。波月殿、ごちそうさまです」


「家じゃ、焼き肉なんて年に一回だしね〜〜。
 波月さん、ごちそうさま」


「うん。ユキっちに喜んでもらえて良かった」





 にっこりと微笑みながら、波月はアキトが焼いていた肉をネコババした。



「あっ!! 俺の肉」



 ニヤリと不敵な()みを浮かべた波月が、低い声で挑発する。


「迂闊なり。テンカワ・アキト。

 その肉も渡してもらおう」



 パシッ!



 焼き肉に伸ばされた波月の箸を、箸で弾くアキト。



 波月はニヤリと嘲った。

「ふっ。肉の前で死ぬか?」



 アキトは波月から視線を外さずに、九十九に言う。

「あんたたちは関係ない。さっさと退け」

「私たちは、もう食べ終わっているが……」



「ここは肉が焼ける穏やかなるべき場所。

 
おとなしく投降しろ。波月ちゃん!!」

「穏やかか?」

「しない場合は?」


「全てを奪う」


「そうかな」




 一瞬後、アキトと波月の箸が、激しい攻防を繰り広げる。


 カッカッカッカッカッカカカッ!!



 アキトの箸が波月の箸を掻い潜り、波月の前の肉を奪い取った。



「木連式奉行箸は盗賊技にあらず」


 焼き肉をタレにつけるアキト。

「邪になりし奉行箸、俺の箸には勝てん」

「どっちも、邪欲、真っ直中のような気が……」

「よくぞここまで…………。人の執念。見せてもらった」

 波月は賞賛するように唇を歪めた。


 肉を頬張りながら、()みを浮かべるアキト。

「肉にこだわり過ぎたのが、仇となったな。波月ちゃん」





 鉄板の上には、最後の一枚の焼き肉。

 肉の焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。



 波月がにやりと嗤った。

「決着をつけよう」



 カカカカカカカカカカカカカカッ!!


 二人の手が分身し、千手観音の千手ように見えるほどのスピードで、焼き肉攻防戦を展開する。



 箸と箸が当たった箇所で火花が散った。


 カカカッと嗤う波月。


「悔しかろう……。辛かろう…………。

 
たとえ、前掛け(エプロン)を纏おうとも、己の肉は護れないのだっ!!」



「くっ!!」

 アキトの脳裏に、焼いていた自分の焼き肉が浮かぶ。



 チュイン!!


 二人の箸が火花を散らした。

「ねえ、お箸って木で出来てたよね」
 「ああ」


「はあ……はあ……はあ……」

 荒い息を吐きながら、アキトはエプロンを脱ぎ捨てる。

「なんで火花が散るの?」
 「…………さあ」

「勝負だ」



 箸を自陣に引いた。



 それを見、波月は唇の端を歪ませる。

「抜き打ちか」


 キュルキュルキュル!!

 波月は箸を高速回転で廻し、パシッと掴んだ。


「笑止!!」




 アキトは眼を吊り上げて波月を睨み、波月は笑みが口許に残っている状態でアキトを睨む。




 物音が消えた中、油の弾ける音が鳴った。


 肉の焼ける匂いがあたりに充満する。



 ズバッ!!



 その瞬間、雷光が見え、空気が帯電し、箸が焦げる匂いがした――――と、後にユキナは語っている。



 そして――――――。




 肉は………………波月の箸に。




「遅かりし復讐人。未熟者よ。

 
めっ♪」



「み、見事…………だ」

 アキトはガックシと項垂れた。





 波月は肉をタレに浸け、口に放り込み、ニッコリと笑みを浮かべる。

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜。美味しい〜〜〜」


「なんか……アタシ。
 今…………ドエライモノを見たような気がする。
 あくまで、気がするだけ、だけど」

 唖然とした口調のユキナに、九十九も大仰に同意した。

「ああ。俺もだ。
 なにやら二人の間に
雪原が見えたぞ」




「さて、冗談はこの辺にして――――」

 陰を背負って項垂れていたアキトが、澄ました顔を上げる。


「えっ!? 冗談だったの!?」

「二人とも、これ以上なく本気だったような気が……」


 コソコソと話し合う兄妹を完全黙殺して、アキトは波月を見つめた。

「何か、頼みごとがあるんじゃないのか?
 波月ちゃん」



「ごちそうさま」と手を合わせていた波月が、乾いた笑い声を上げる。


「あはは。やっぱり、バレちゃうか」

「まあな」



「実は、またエス何とかって人型兵器を操縦して欲しいの」

「エステバリスを?」

「うん。玲華先輩経由で焔中将から頼まれたことがあるんだけど、小隕石群の中に行かなくちゃならなくてね。
 小型艇だと入り組んだ場所に入るのに不向きなんだ」

「波月さんが仕事の話なんて珍しい」
 「こら。ユキナ」

「ああ。構わないが。
 この前のエステバリスは木星の海に墜ちたし、他にもあるのか?」

「うん。操縦部(コクピット)が潰れたのなら、まだ何体かあってね。
 高松博士が、それを直したから」


「その潰れたコクピットには、人が――」

「聞かない方が良いよ」


 遮った波月に、アキトは頷いた。



「そうだな」





*





「居ないな」

「う〜〜ん。どこだろ? 高松博士」

 エウロパ最大の整備工場に来たアキトと波月は、辺りを見回した。


「おっ!!」


「いたか?」

「いんや。別の人間、見っけた」


 波月は声を張り上げる。

「お〜〜い。サブくん大尉〜〜!!」


「げっ!! 波月中尉!!」


「人の顔見て「げっ!!」とは失礼な。
 そんなこと言う人は、わたしの仕事につきあってくれなきゃダメダメだよね。
 と、いう訳で、一緒に来てくれるよね〜〜。サブくん大尉」

「いや。俺は、明日までのテツジンの戦力報告書――」


 波月は虚空を見上げ、口許に指を当てる。

「あ。そういえば、わたし――」


「行きまっス〜〜〜〜〜〜!! どこへでも行かせて頂きまっス!!
 たとえ、火の中、水の中、木星の中、どこへでもお供させて頂きまっス〜〜〜〜!!」


「今回は小隕石群の中だけどね」



「どうかしたのか?」

「波月中尉の『新技』の――」


 じっと見つめてくる波月の視線を、サブロウタは否応もなく気づいた。

「波月『教官』のスンッバラシイ『新技』を身をもって体験できるんっス!!
 どうでス? アキトさんも、お一つ!!」



 後ろから、ポンとサブロウタの肩に手を置く波月。


「き…………『教官』…………」



「…………ブ〜〜タくん。ちょっと、こっち、おいで」


 八重歯を見せて、ニッコリと(わら)った波月は、サブロウタの手首の関節を極めて、物陰に引き擦っていく。




「いや〜〜〜〜〜!!

 『新技』は、い〜〜や〜〜〜〜〜!!

 お助け〜〜〜〜〜!!」




 話の筋が今一、わからないアキトは腕を組んで、首を捻った。




*



 10分後、白目を剥いてぐったりとしているサブロウタの襟首を掴み、ズルズルと引き擦りながら、波月はアキトをエステバリスの所まで案内していた。



「ふ〜〜ん。その小隕石群から、SOS信号が発せられてるわけか」


「そ。こっちからの通信に対しても、その信号を繰り返すだけ。
 いかにも怪しげだから、そんな救難信号なんて放っぽっときたいんだけど、そうはいかないでしょ。
 『救難信号に対しては、善悪いかんなく助け出すべし』って、木連憲法にも記載されてるし」


「で、情報部から波月ちゃんに声がかかったわけか」

「その通り」


「やっかいな事件になりそうだな」

「わたしもそう思う。
 だから、アキト君と高杉副艦長を巻き込ませて貰ったの」




「それならそうと、言ってくれりゃ、二つ返事で承諾したのに」

「おっ、サブくん大尉。いつから気づいてたの?」


 立ち上がったサブロウタは、片手で首筋を揉む。

「アキトさんの「ふ〜〜ん」辺りから」

「じゃ、だいたいの事情は解ったね」

「まあな」



「だが、波月ちゃん。
 エステバリスに三人は乗れないぞ」


「大丈夫。
 『こんなこともあろうかと』、高松工学博士が複座式に改造しておいてくれたはずだから」



「『こんなこともあろうかと』って便利な言葉だよなぁ。
 何の脈絡もなく、ご都合主義を出せ――」

「サブくん大尉。また、白目剥きたい?」




「全身全霊、遠慮させて頂きまっス」

 野獣のような()みを浮かべる波月に、サブロウタは全力で拒否した。



*



 高松工学博士が見当たらなかった為、波月が勝手に案内した複座式エステバリスは、肩と背中に追加されたバッタ用のミサイルランチャーで、一見、頭が無いように見える。


 全高が8メートルにもなり、バッタの部品が随所に使ってあるため、かなり不格好だった。

 知らない者が見たら、絶対にエステバリスだとわからないだろう。



 これで戦闘しろと言われても無理だ。アキトでさえ遠慮する。



 もっとも、規格の違う地球の機動兵器を、修理し改造する。

 木連きっての天才兵器工学者の高松ならではだった。

 彼と同じレベルの技術者はウリバタケ以外、アキトは知らない。


 高松に言わせれば『構造を理解するには、改造が一番』だそうだ。




 その複座式エステバリスには、IFS式操縦を手動式操縦にしようと悪戦苦闘した形跡が随所に見られた。

 手動式にした場合、IFS方式のような柔軟な行動はとれない。

 その為、複座式戦闘機のように、火器コントロール及びレーダー探知器と、操縦コントロールとの二つのシステムに分けたのだ。


 アキトの乗る操縦部は、操縦管型のIFSになっていた。



 『ブラックサレナ・A5』もIFSと手動操縦コントロールの複合式となっているが、あれは、人間の危険的状況下での肉体反射神経を取り入れた結果である。


 この複座式エステバリスのスティック型IFSは、いかにも操縦を手動式に改造しようとしたが、途中で挫折しました。と云った感じだった。




 サブロウタが黒の学ラン姿で、アキトの後方上段に座っている。

 彼は完全に手動化された火器コントロールとレーダー探知器を操っていた。



 道案内の波月はアキトの膝の上で、まったりとくつろいでいる。


 波月は後ろを振り向くように、サブロウタを見上げた。


「サブくん大尉。なんで、パイロットスーツなの?」

「ロボットに乗るのならパイロットスーツは基本だ」

「でも、サブくん大尉。下駄はやめた方が――」


「これが漢!!」



「ま、いいけどね。
 こっちはこっちで黒尽くめだし」


 波月はアキトに視線を定める。



「下駄と比べて欲しくないな」

「俺も、黒尽くめと比べて欲しくないっス」



「ん〜〜〜〜。じゃ、この際だから、二人とも黒尽くめの下駄履きってことで――」


「「断る!!」」

「え〜〜〜」


「どっから、どう発想すれば、そんな考えに行き着くんだ?」



「そう言う波月ちゃんも、いつものスカートじゃなくて、ズボンなんだな」

「うん? まあね。
 戦闘があった場合、スカートよりもズボンの方が動きやすいからね」


「戦闘? …………だから、日本刀まで持って来てるのか」



「出来る事なら、何事もなく終わってもらいたいな」


「無理だよ。サブくん大尉。
 わたしが居る限り、平穏無事に終わるはずないから」


「うわっ。凄え説得力!!」





 そんな雑談をしているうちに、目的の小衛星群に到着した。


 衛星同士が人工の建造物で連結されて、化学の授業で見る結晶の分子結合モデルのような形をしている。


「これは?」

「コロニーを造ろうとした残骸だよ。
 エウロパとガニメデの21個目の中継基地になるはずだったんだけど――」

「戦争のために、物資を兵器に回されてしまい、計画は無期凍結中っス。
 今、そんなのが木連中にごろごろ転がってる状態っスよ」


「遊覧船木星墜落事故で、人型機動兵器(エステバリス)で衛星群をくぐり抜けたでしょ。
 あれも、コロニー計画の成れの果て」


 サブロウタと波月の説明に、アキトが納得したように頷いた。

「一カ所にあんなに隕石が集まっていたのは、そういう訳か」

「そういうこと」


 シャトル発着所に降りようとするアキトを、波月が止める。

「違う。そこじゃない。
 そこは、電子的に鎖錠(ロック)されてるから。
 配管(パイプ)が入り組んだ奥に手動の裏口があるはず。そっちに」


 レーダーで位置を確認したサブロウタが納得した顔をする。

「なるほど、小型宇宙艇じゃ辿り着くのは難しいな」

「そうそう。だから、このエスなんとかが必要だったの」



 パイプが入り組んでいる中を危なげなく進んだアキトは、手動の裏口を開けて中に入った。




 気圧、酸素濃度を調べ、複座式エステバリスから3人は降り立つ。



 使われてないはずなのに、壁に埋め込まれた蛍光灯が煌々と明かりを放っていた。


 鉄板に覆われた灰色の無機質な廊下に、どこまでも続く手摺が一本。


 外が見える窓は、一切ない。

 外まで明かりが洩れないはずである。



 サブロウタは、その場で数回ジャンプした。

「重力が、わずかに軽いな0.8Gくらいか?」


「う〜〜ん。だいたい0.85Gといったところだね」

 リズムを取るように、つま先で床を叩いていた波月に、アキトは感心する。


「よくわかるな。二人とも」


 火星の低重力育ちのアキトでも、微妙な重力の強弱はわからない。

 ましてや、それを数値で言い表すことなど到底無理だった。



「俺は貨物船育ちなので、ある程度の感覚は幼少の頃に、身につけたっス」

「わたしは脳に、重力値を測定するための脳神経回路(シナプス)を組んであるから」


「「はっ?」」



 波月は話を逸らす。

「ん〜〜。ここ、空気の流れがあるね」


「風があるってことは、空気が循環してるのか?
 それとも何処からか漏れてるのか?」


 深刻な表情を見せるサブロウタに、波月はひらひらと手を上下に振った。

「まあ、気にしない。気にしない」


「気にしろよ」

「同感だ」





 波月が先頭を歩き、その一歩下がった所をアキトとサブロウタが固める。


 アキトとサブロウタは周囲に気を配りながら、波月の後をついていく。


「この廊下、何故、電灯が点いてるんだ?」

「人が居るからじゃないっスか?」

「まあ、懐中電灯を使わずに進めるのは、楽で良いんだけどね」

 と、唐突に波月が足を止めた。


「どうした? 波月ちゃん」

「敵か?」


 波月が天井を見上げている。

「敵かどうかはわからないけど………… 出てきなさい!!


 波月の鋭い声に、天井の一画がバクンと開き、何かが飛び降りてきた。


 とっさに構えるアキトとサブロウタ。

 波月だけが訝しむように眉を顰める。



「なんで、こんなところに甲式虫型兵器(バッタ)が?」




 三人の前に立ち塞がったのは、一匹のバッタだった。


「もしかして、バッタが救難信号を出してたんじゃないのか?」

「そんなバカな。
 虫型機動兵器にそんな知恵ありませんし、なにより自意識がないっス」



「この虫型兵器。わたし、見たことある。
 …………どこでだっけ?」


 口許に手を当てて考え込む波月に、アキトが訊ねる。

「バッタに区別なんかつくのか?」

「普通はつかないんだけどね。
 でも、甲式虫型機動兵器一白系(宇宙用バッタ)は目が四つなんだけど、この甲式虫型兵器は丸い目、一つでしょ」


「あっ。確かに。
 だけど、そんな甲式虫型兵器は存在してないはずだが」

 サブロウタの疑問に、波月が困惑した表情を浮かべる。

「うん。そうなんだけど…………」




 三人の前でチカチカとバッタの眼が点滅し始めた。



 じっとバッタを見詰めていた波月が、ぼそぼそと呟く。

「……わ……れわれ……てきで…………ない…………」



「波月中尉…………電波!?


「んなわけあるか!!」



「じゃあ、…………人と機械は、わかり合えるとか!?
 
新人類(ニュータイプ)!? しかも新型!?」


 ゲシッ!!

 波月の肘打ちが、サブロウタの顔面に突き刺さった。


「痛いっス!! 波月『教官』」


「久々に、ツッコミ役に廻ってしまったわ」




 サブロウタは、赤くなった顔面をさする。

「で、いったい、何なんだ?」

「さっき、甲式虫型兵器(バッタ)の眼が点滅したでしょ」

「ああ」


「もしかしてと思って、打音(モールス)信号に当て嵌めてみたら、ドンぴしゃり」


打音(モールス)信号?」



 再び、バッタの眼が点滅する。


「えっと、……たの……み……ある……。

 頼みねぇ。で、頼みって何?」



 バッタの眼が点滅した。


「……なに…を………いわれた……わから……ない…………。

 って、なんで!?」



「そっか、こいつら戦闘用だから聴覚言語電設計(プログラム)なんて内蔵してないんだ」

 頭を掻くサブロウタに、波月も溜息を吐く。

「言葉も上手く伝えられないみたいだしね」



「こっちも、打音(モールス)で返すか?」

「タカスギ副艦長が、電灯の点滅(オンオフ)やってくださるのなら」


「うっ!!」

 サブロウタは言葉を詰まらせた。


 懐中電灯でモールスを打つのは、すさまじく骨が折れるだろう。




「なんとか、疎通(コミュニケーション)できないかなぁ。共通言語(フォーマット)でもあれば………。
 あっ!! もしかして?」



 バッ!! バッ!! バッ!! バッ!! バッ!! バッ!!


 波月が腕を振った。


 ?? ……!! ……カシャ!! カシャ!! カシャ!! カシャ!!


 バッタが前足を振り返す。



 バッ!!バッ!!バッ!!バッ!!バッ!!バッ!!


 カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!!!!



 バッ!!バッ!!バッ!!バッ!!バッ!!バッ?

 カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!!カシャ!?






「「ブ…………ブロックサイン…………」」


 アキトとサブロウタは唖然と、少女とバッタのコミュニケーションを眺める。


「ブロックサインで相談しあうバッタと少女…………なかなかに、シュールな光景だな」

「確かに…………傍から見ると、かなり電波ってるスね」



「だが、なぜバッタにブロックサインのプログラムなんか入ってるんだ?」

「たぶん…………高松工学博士の趣味でしょう」


「高松って…………バッタを設計したあの人か?」

「そうっス。あのおっさん、古物(レトロ)趣味ですから。
 前に、乙式虫型機動兵器(ジョロ)に蓄音機を載せようとして、草壁閣下から止められたことがあるぐらいっス」


「そうか。…………波月ちゃんも、よくブロックサインなんて知ってたな」

「いえ。動作合図(ブロックサイン)は木連士官学校の必修科目なんで」


「ブロックサインが?」

「はい。木星周辺は磁場が強いって知ってますか?」

「ちらっと、波月ちゃんに聞いたことが…………あったような」



「突発的に起こる磁気嵐のせいで、電波通信機が使えなくなることが多々あります。
 重力波通信機や時空間(ボソン)通信機の小型化はまだ無理ですし。宇宙空間で連絡が途絶えたら、死に直結します。

 だから、電波無しで対話できる動作合図(ブロックサイン)や、懐中電灯一つで10キロ離れたところから通信し合える打音(モールス)信号は、絶対に必要なんス」


「そういや、俺も『前』、イネスに『絶対に必要だ』とか言われてモールス信号を、憶えさせられたな。
 一回も使わなかったが」







 しばらく、腕と前足で意志疎通していた波月が、納得した顔でアキトたちの所に戻ってくる。


「事情はわかったのか?」



「なんとかね。
 さて、どっから話したものかな。

 まず、あの甲式虫型兵器(バッタ)は高松工学博士が造った試作型の甲式虫型機動兵器四緑系(指令機型バッタ)

 開発名称(コード)『コガネ』。

 『コガネ』は最近、実戦配備された甲式虫型機動兵器三碧系(フィールド強化型バッタ)の機体と戊式虫型機動兵器二黒系(サソリ)の電脳を持った指令機型虫型兵器なんだけど……」




「それが、なんでこんな所に居るんだ?」


「『コガネ』が自我を持っちゃったから」


「「はっ?」」



「これは、情報部ではわりと有名な話なんだけどね。
 虫型兵器って、遺跡から発掘した電頭脳をそのまんま使ってるでしょ。
 その必要な機能に対して、性能が大きすぎるんだ。
 おまけに、未だ解析できてない未知の部分が多すぎるし。

 だから、何かの拍子に自我に目覚めちゃう虫型兵器も存在するわけ。
 と、言っても、確率的には100万分の一程度なんだけど」


「嘘だろ?」


「残念ながら、本当。
 特にあの『コガネ』は、戊式虫型兵器一白系(ヤドカリ)の後継機、戊式虫型兵器二黒系(サソリ)の電頭脳を使ってるから、自我に目覚める確率が大きかったんだ。

 で、自我を覚醒しちゃったから、高松博士が研究の為に、手元に置いといたんだけど…………。
 ある日ね。仲間が居ることを察知した『コガネ』は、二進法の書置き残して、家出しちゃったんだってさ。

 高松博士からも茶飲み話に聞いた事あるから、間違いないよ」


「おいおい。それ、茶飲み話でするような話題じゃないぞ」


「サブくん大尉。話の腰を折らない。
 で、このコロニーで仲間たちと暮らしてたんだけど、数カ月前に侵入者が現れて、彼らを狩り始めたみたいで――」


 アキトが後を引き継ぐ。

「それで、SOS通信か」



「そう。本来なら侵入者と助けに来た者を克ち合わせるつもりだったらしいんだけど、わたしが来たから出てきたみたい」



向こう(コガネ)は波月ちゃんを知ってたのか?」

「うん。高松工学博士の所で会ったことがあるらしいよ。
 わたしはコロッと忘れてたけど」


「で、どうするんだ?」


 アキトの問いに、波月は腕を組んだ。

「う〜〜ん。本当なら放っておいても良いんだけど…………」

「その虫型兵器を狩るって、行動が気になるな」

「あっ。高杉副艦長も。
 わたしも引っかかるんだよね。
 木連人でそんなことする人間は居ないし」

「もし居るとしたら…………」



「「海賊!!」」

 波月とサブロウタの声がハモった。




 波月はコガネに腕を振る。

 コガネも前足を振り返した。


 サブロウタがその会話を見て頷く。

「そうだろうな。居座るとしたら、まず管制室を占拠するだろうな」


「管制室はここから、2区間(ブロック)行った所だよ」



 サブロウタは大きく溜息を吐いた。

「やっぱり、何事もなく終わらないか」


「無理だよ――」



 ふっと、三人の会話が途切れた。




 三人の視線が後ろの通路を見据える。


 波月が無言で日本刀を抜刀し、アキトがホルスターからブラスターを抜き、サブロウタが光線銃型火薬式リボルバーを構えた。



「動くな!!」

 サブロウタの声が、その角から現れた人影に飛ぶ。



「なっ!!」

 その男は口を開けたまま、固まった。



 首筋に日本刀が突きつけられ、眉間にブラスターの銃口が押し当てられれば、固まるしかない。




 だが、驚愕したのはその男だけではなかった。



「ガイ!?」

「海賊?」



「…………アキトに……嬢ちゃんか。
 驚かせてくれるぜ」

 山田からブラスターを離すアキト。


「波月ちゃん?」



 波月は、山田の首筋に刃を突きつけたまま、質問する。

「虫型兵器を狩ってたのは、海賊?」


 山田は眼を瞬いた。


「何のことだ? そりゃ?」

「関係ないようだね」


 波月は刃を引き下げ、納刀した。





 ただ、一人、未だに唖然としているサブロウタが呟いた。

「白鳥小佐?」


「おおっ。そういやサブくん大尉は会ったことなかったっけ。

 この海賊の名は、『ガヴァメント』
 聞いたことあるでしょ?」



「なっ!? ガヴァメントというと、あの――

 弱きを助け、強きを挫く、
 相棒の戦艦『スペースヴァグラント』とともに宇宙をさすらう孤高の一匹狼、

 宇宙無宿海賊『ガイ・D・ガヴァメント』!!」


 驚きながらも、暗唱するように淀み無く説明するサブロウタ。



「ガイって、そんなに有名なのか?
 いや。そんなことより…………こんな所まで、何しに来たんだ? ガイ」


 首筋を撫でていた山田は、ニヒルに笑う。

「団員が増えて、前の所が手狭になったんでな。
 新しい場所を探しに来たのさ」


「お供も付けずに?」

「はっ。ガードがいなきゃ出歩けねぇような奴なんざ、海賊を名乗る資格はねぇぜ」


「まあ、確かに。
 で、宇宙無宿なのに、本拠地探してるの?」


 波月にチッ、チッ、チッと指を振る山田。

「本拠地じゃねぇ。墓標を探してるのさ」


「はあ!?」



「ふっ。死に場所ってヤツよ」


「バッカじゃない。死んでどうするのよ。
 生きている方が良いに決まってるでしょ」



 男の美学をわかってないとばかり、山田は首を振った。


「やれやれ。これだから女ってやつは……」




「………………なんか…………ムカツク


 半眼の波月は、瞬間、山田の腕の間接を極め、ギリギリと痛めつける。

「グギャァァァァ!!」


 それを見、何を思い出したのか、頭を抱えてプルプル震えだしたサブロウタを、アキトは見なかったことにした。





*





「ほう。自我を持ったバッタねぇ」

 最後尾を付いて来るコガネに、山田はちらちらと視線を飛ばす。


「驚かないんだな。ガイ」



「アキト。はるか昔から、ニホンに伝わってる伝説を忘れたのか?」


「伝説?」



「いいか。アキト。

 
ロボットにだって、心や愛が目覚めるんだぜぇ!!

 
美少女ロボなら、さらに可能性大!!


 …………やれやれ。こいつを忘れるとは、アキトも墜ちたもんだ」



 呆れ果てたように首を振る山田に、半眼を向けるアキト。


「おまえの方が堕ちてる気がするのは俺だけか?」




「なっ!! そんな伝説が存在していたなんて!!
 これで、コガネが自我を持ったことも全部説明できるよ」


 驚愕に恐れ戦く波月と、心底納得した顔で同意するサブロウタ。


「ええ。そんな伝説が存在していたのなら、虫型兵器に自意識が宿っても何の不思議もないっス。
 
これで、万事解決っス!!」



「そうだろう。そうだろう」


 大仰に頷き、山田は高笑いを響かせる。








…………間違ってるのは俺か? …………俺が変なのか?

 通路の隅で、独り、頭を抱え悩むアキトの肩を、『コガネ』が慰めるようにポンポンと叩いた。






 ドォォォンッ!!


 突然、破砕音が通路に響いて、鉄の壁が弾け飛び、一匹のバッタが姿を現した。


「な……なんだ?」



 コガネが皆に向けて、カシャカシャと前足を振る。


「敵か!!」

 そのブロックサインを読みとった山田が、レイピアのようなロングバレル型のリボルバーを引き抜きざま、連射した。


 カン!! カン!! カン!!



 バッタの装甲に弾かれた弾丸を見、山田は舌打ち。

「ちっ。やっぱ、木連の拳銃じゃ、効かねぇか」




 敵バッタの赤い四つ眼が鈍く光り、背中の羽が開いた。


「「ミサイル!?」」

 アキトと山田は伏せようとする。




 が、その敵バッタの背から、各々、蜘蛛の腕のようなアームで固定されたドリル・チェーンソー・刀・鉄棍棒・機関銃が威嚇するように飛び出した。




「「なっ!?」」

 驚愕する波月とサブロウタ。



 対照的にアキトと山田は、眉を顰める。

「なあ、ガイ。
 アレは元のミサイルより戦力あると思うか?
 なんか、逆に弱くなってるような気がするんだが」


「だな。木連人らしい考え方だ」



 ドリルとチェーンソーが回転し始め、山田に向けられた機関銃が火を吹く。


 キン! キン! キン!!

 その直前、射線上に割って入ったコガネがフィールドを発し、凶弾を防いだ。


「せ、センキュー。コガネとやら」

 山田に答えるように、コガネの眼がチカチカと点滅する。




 ドンッ!! ドンッ!! ドン!!


 アキトがブラスターを三連射し、アーム部を破壊された機関銃が吹っ飛ぶ。



「高杉副艦長!! 持ってて!!」

 刀を投げ渡した波月が、敵バッタに突っ込んだ。



「波月ちゃん!?」

「嬢ちゃん!!」

 アキトと山田は驚愕の声を上げた。


 バッタに生身で突っ込むなど、正気の沙汰ではない。




 トップスピードを緩めず、波月は突き出されたドリルを刹那で躱し、横薙に振るわれた刀を身を沈めて掻い潜った。

 波月が両腕を振り上げる。



 右足を震脚すると同時に、腕を振り下ろすように、両掌底をバッタの胴体へ()き込んだ。




 ズドンッ!!


 ”木連式水蓮流柔『砲双衝』”




 バッタの動きが止まる。


 瞬後、ジシューーと云う何かが焦げる音が洩れ、装甲の切れ目から白煙が吹き上がる。


 敵バッタの眼から赤光が消え、

 キュゥゥゥゥゥゥゥン

 と、ドリルとチェーンソーの回転が止まった。




「なっ!? 素手でバッタを破壊するだと!!」

「馬鹿な!!」



 驚愕するアキトと山田に、サブロウタが呆れたような顔で解説する。


「波月中尉は、木連優人部隊の『主任武術教官』っスから。
あれぐらいでなければ、主任武術教官は務まりません」



 そこで言葉を切ったサブロウタは、問いかけるような視線を波月に送る。

「でも…………『砲双衝』に、そこまでの威力はなかったはず」


「砲双衝?」


「はい。双掌打とともに、木連式水蓮流柔のもっとも基本的な打撃技っス」



 黒髪を掻き上げた波月は、一つ、溜息を吐いた。


「サブくん大尉。君はそれでも、わたしの(弟弟子)かね。

 サブくん大尉が言ったのは、基本打法だよ。
 基本技と云っても、両掌を『八』の字の形に開いて、相手の肋骨の下端部の急所を打撃する技だから、それだけでも危険だけど。
 これは、極破の双撞掌と同じ要領だね。

 この水蓮流『砲双衝』には、四段階あるの。
 まず、初心者が一番初めに覚える基本の打撃。

 次に、中級者が覚える敵との距離で使い分ける応用の技。これは、サブくん大尉も習ったでしょ。

 で、上級者の浸透勁を組み合わせた必殺の技。
 そして、わたしが使った、浸透勁を相手の体内で一点に集中させ、爆破させる技。

 全部、打ち方や呼吸法が微妙に変わるんだけどね。


 これは、水蓮流の秘伝だけど、形を真似ればできる技じゃないよ。
 極破流の『八大招式(秘伝)』のようなもんかな?
 あれも、鍛錬が不十分な人がやっても全く威力が出ないけど、極めた人なら一撃必殺の技に変わるから。

 で、わたしは、その四段階目の『浸透集心砲双衝』で、動力伝達路(エネルギーライン)を内部から破裂させたんだよ。

 まあ、何にしても時空歪曲場(フィールド)が無くて良かったわ。
 あると、厄介だったし」




 事無しに言ってのける波月に、山田は愕然と問う。


「…………本当に、人間か?」


 波月は()みを形作った。


「さてねぇ。人は、わたしを『化け物』と呼ぶけど」





 波月に刀を投げ返したサブロウタが、通路の突き当たりにある管制室の扉を見つめる。


「これで…………敵が居ることが、はっきりしたな」




*




 ドガッ!! …………ガラン!! ガラン!!


 厚さ10センチのスライド式の扉が拉げ弾け飛ぶ。



「へえ〜〜。逃げ出さないとは、重畳。重畳」


 扉を蹴破った波月は刀を肩に担ぎ、唇の端を吊り上げた。



 サブロウタが、一歩進み出る。

「我々は優人部隊である。
 お前たちは、コロニーを不法占拠している。
 即刻、退去せよ」





 管制室に居た7人の男たちは、誰も口を開かなかった。


 ただ、憎悪に満ち溢れた眼で、波月だけを睨みつけている。



 波月は小首を傾げた。

「わたしに、何か用かな?」



 中心にいる大男が軋るように、声を洩らした。

「久しぶりだな。

 『化け物』波月」



「波月中尉。知り合いか?」


「さあ。恨みは買いすぎてて、正直、誰だか見当もつかない」



「自分のしたことも忘れたというのか!!

 2年前、貴様は俺たちの基地に、衛星を撃ち込んだのだ!!
 我々に、何の警告もなく!!

 貴様は、戦闘員、非戦闘員含めて124名を情け容赦無く宇宙の塵にしたのだ!!

 化け物め!!


 
化け物め!!

 
化け物め!!」





 波月は腕を組んだ。

「2年前というと……情報部の頃…………。

 おおっ!!
 『衛星玉突き(ビリヤード)』か。

 てことは、君たちは『ロクロウ海賊団』の生き残りだね。
 よく生き延びたねぇ。

 そっか。そっか。

 でも、警告はしたはずだよ。


 敵は殺す(・・・・)』ってね。


 そう言ったとき、君たちは嘲笑ったけどね」




 サブロウタが唖然と波月を見下ろす。

「ほ…………本当にそんなこと、やったのか?」


「うん。
 衛星に大容量発動機を数個取り付けて、衛星に衛星をぶつけて、弾き飛ばして、それを連鎖させて、その一帯にあった衛星コロニー基地をまとめて吹き飛ばしたの。
 一種の質量散弾(マスドライバー)だよ」




 涼やかな表情で答える波月に、ロクロウ海賊団の面々が色めき立った。


「貴様!! 何とも思ってないのか!!」


「人の感情はないのか!!」


「この『化け物』め!!」




 波月がぬらりと嗤う。



「正解。
 わたしは『化け物(修羅の波月)』だよ。
 何とも思ってないし、何も感じてない。
 殺した後に、感傷を覚えるのは『人間』だけ。


 『化け物』に、そんなもの(・・・・・)あるわけ無いじゃない。


 女だろうが、子供だろうが、友人だろうが、相棒だろうが、
 肉親だろうが、恋人だろうが、親友だろうが、伴侶であろうが――――、

 敵に廻れば関係ない。


 敵は敵。


 そして――――


 
『敵は殺す』

 それが、わたしの生き方。



 それだけよ」





「狂人め!!」





 吐き捨てる海賊に、波月は失笑を洩らす。


「だから、人じゃないんだって。
 『人』と同列に考えるのは、『化け物』に失礼だよ。

 で、君たちはここで、何をしてたのかな?」


 彼らの憎しみの視線が一層、強くなる。



 その視線を平然と受けながら波月は、眼を眇めた。


「まあ、だいたい見当つくけどね。
 大方、隕石コロニーをエウロパに衝突させようとしてたんでしょ。
 自分たちが喰らったようにね」




「甲式虫型兵器・二号!! 三号!!」


 その海賊の頭領の声に、二匹のバッタが天井から降ってくる。




 それを見、波月は首筋を掻いた。


「図星のようだね。
 高杉副艦長。アキト君。海賊。
 ここは、わたしが()るわ。
 なんか、わたしのせいらしいしね」





 波月は、刀をすらりと抜刀し、自然体で構えた。




 左前足を突きだして、バッタが波月に突進してくる。


 右手首を返すようにして、バッタの左前足を斬り飛ばし、



 斬!!


 左手を添えて、一気に袈裟斬りで右前足を叩き斬った。




 両前足を断ち斬られたバッタは体勢を整えようと、飛び退さる。



 それを、見逃す波月ではなかった。

 左足を踏み込むと同時に、下方から左手の掌底を突き上げる。



 ズドンッ!!


 掌底がバッタの顎に撃打すると同時に、踏み込んだ鉄板の床が歪み拉げた。


 ”木連式水蓮流柔『通天砲』”


 500キロあるバッタが完全に宙に浮き上がり、腹を見せる。




 断!!


 ”木連式抜刀術『天竜破斬』”


 下段から刀を斬り上げ、宙に浮いたバッタを一閃で両断する。



 真横を波月が疾り抜けた。と同時に両断されたバッタが爆破した。





 爆風より速く、加速した波月が二匹目のバッタに疾走し、



 閃!!


 ”木連式抜刀術『閃薙』”


 バッタが上下、真っ二つになる。



 瞬転、爆破四散した。




「嘘だろ?」


 今、見たものが信じられないように呟く山田に、サブロウタが嘆息する。


「この前なんか、波月中尉。
 時空歪曲場装備の甲式虫型機動兵器一白系(宇宙用バッタ)と互角に戦ってたっスよ」




 各々、得物を持って構える海賊たちを嘲るように波月は唇を歪めた。


「歪曲場発生装置も持ってない愛玩(ペット)用とは嘗められたものね」



「普通は持って無くっても死ぬっス」




 海賊を睥睨した波月は、ぬらりと赤く嗤った。



「『敵は殺す(・・・・)

 それが、わたしの生き方」







 その言葉で、男は覚悟を決めた。

 そう、逃げる場所など無いし、始めから逃げるつもりもない。



 触れれば死。 だから、なんだ!!


 絶対死。 だから、なんだ!!



 あいつは、俺の女を殺した。


 何もしていない。ただ、微笑みだけをくれた、あの最高の女を一瞬で塵にしやがった。

 それで十分だ。それだけで、十分だ。



 殺す。殺す! 殺す!!



 化け物だろうが、死神だろうが、修羅だろうが関係ない。



 必ず殺す!!



「ウオァァァァァァ!!」

 雄叫びを上げ、棍棒(メイス)を振りかぶって、突進した。



 渾身の力で振り下ろした棍棒を化け物はあっさりと避け、地面に叩き付けた棍棒を踏みつけて押さえた。


 俺は渾身の力で、棍棒を振り上げようとしたが、地面に吸い着いたように動かない。



 前髪で眼が隠れた化け物の口許が、ぬらりと歪んだ。


 棍棒を踏んでる右足を軸にして放った後ろ回し蹴りが俺の喉に直撃し――――






 たった、一撃の蹴りで首をへし折られた笛二が即死した。


 吹っ飛んだ笛二は、壊れた玩具のようにオイラの前に転がってくる。



 ひはっひはっひはっ。人形だ。

 首のひん捻曲がった、壊れちまった人形みたいだよ笛二。



 化け物にナイフを向けながら、オイラはへらへら笑っていた。

 笑いたくて笑ってるわけじゃない。


 じゃあ、何故かって? 簡単だ。

 オイラは麻薬をキメテるから。

 恐怖を麻痺させてるから。

 じゃなきゃ、怖くて恐ろしくて、こんな場所に立ってられない。



 オイラは根っからの臆病者なんだ。

 ヒハ……ヒハヒハヒハ。気持ち良くなってハ〜〜〜。



 ああ……頭が真っ白になって…………化け物が刀を振り上げて……気持ちが……閃光が……ヒハ〜〜。



 あら、不思議。オイラの胴体ちゃんが、真っ二つになっちまった。


 ひはひは、熱い。ああ、あつ――――







 四遠が腰から真っ二つになった。

 内蔵がでろんとはみ出し、血の池が広がっていく。



 俺はガタガタと震えながら刀を構える。


 剣先がブルブルと震えていた。



 怖い怖い怖い。

 いやだ。来るな!!



 あ……ああ……化け物がこっちに振り返った。


 光の加減で眼は見えない。

 口許に三日月型のぬらりとした赤い笑み。


 光が当たり、化け物の顔が露わになる。


「ひっ!!」

 俺は、その化け物の双眸に心底怯え、縮みあがった。



 純度イレブン・ナインの純鉄のように、一切、感情という混じり物の無い、殺意のみの鈍く反射する黒瞳。


 決して揺るがない鉄の黒瞳。



「ひ……あ……ああ……」



 これが『修羅の波月(化け物)



「ひ……ひ……ひい……」


 刀を下げ、ゆっくりと近づいてくる化け物。



 ああ、イヤだ!! 来るな!! 来ないでくれ!!



 俺はこわばって声が出ない。

 悲鳴すら出せない。



 股からの、なま暖かい液体がズボンを濡らす。


 それが、俺の最後の感触だった。



 白銀の鈍光がヒュッと一閃し――――。





 また一人、首を跳ね飛ばされた。


「くっ!! 止めさせねぇと。
 あれじゃぁ、弄り殺しだ!!」


 止めに出ようとする山田の腕を、サブロウタがしっかりと掴んで、押し止めた。


「あれが…………彼女が『修羅の波月』と呼ばれる所以っス。

 ああなった、波月中尉は誰にも止められない」



「アキト!!」


 山田の呼びかけに、無言で殺戮を眺めていたアキトが何の感慨も無く言い放つ。



「『仲間は護る』
 それが、俺の誓いだ。

 だが、それ以外が死のうが生きようが、俺の知ったことじゃない」





 鉄六の首が飛んだ。


 ドチャ。


 湿った音を立てて弾み、首が転がってくる。



 オデは、化け物に太刀を向ける。


 こいつが、オデを居場所を……やっとオデが見つけた、オデが居ても良い居場所を消しさった。


 完膚無きまでに消しさった。



 そこで、オデは生まれて初めて『人間』として扱われた。

 生まれて初めて『仲間』ができた。


 こんなオデでも、笑って良いんだと……酒を酌み交わして良いんだと、皆は言ってくれた。




 それを…………オデの大切だった、何よりも大切だった『居場所』を。




「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 下段から切り上げた太刀を化け物は身体をずらして避けた。



 化け物の左手が、霞むように横薙ぎに一閃する。


 振り上げた太刀ごと、頭上で両腕を切断された。





 ――――オデの大切な場所が壊されていく。オデの居場所が消えていく…………。





 悲鳴を上げる前に、右手で顔面を掴まれた。



 指の間から、化け物の双眸が見える。


 何の感情も浮かんでない殺意のみの黒瞳。




 ――――オデは、そんな思いは、もう二度と…………。




 鉄の瞳がにぃと細まり、赤い口が三日月にぬらりと嗤う。



 化け物はオデの頭を掴んだまま、振りかぶる。

 オデの後ろにあるのは鉄の壁。



 オデは……オデは、もう二度と――――



 グシャッ!!





 そんな音で、徒一の頭が潰れる。


 壁に広がる血と脳漿は、真っ赤に咲いた薔薇のように。



「あ……ああ……アアアアアアァァァ!!」


 俺は(つち)を振り上げた。



 あいつは、そんな死に方をする奴じゃなかった。


 あいつは確かにバカだが、女を無理矢理犯したこともなかったし、人を殺したこともなかった。

 不運に不運が重なり、表にいられなくなっただけなのに。


 そんな無惨な死に方をしなきゃならない奴じゃなかった。絶対に!!




「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 全身の力を使い、全力で振り下ろした鎚を、

 一瞬で懐に滑り込んできた化け物に、鎚の柄を片手で止められた。



 俺は、刹那で鎚から手を離し、化け物の細い首に両手を突きだす。


 手が首に掛かる寸前で、両手首を押さえられた。



「この俺に、強力(ごうりき)でかなう人間などいない!!」


 吠えた俺は、渾身の力で手を撥ね除けようとしたが、ピクリとも動かない。




「残念。『化け物(人外)』よ」



 ゴキャッ!!


 俺の手首があっさりと握り潰された。




 化け物は、そのまま片足を上げ、


 ゴキッ!!


 俺の膝を蹴り折る。




 無様に地面に転がった俺の胸に足を置いた化け物は、ぬらりと赤く嗤った。



 化け物の足からの圧迫感が徐々に強くなり――――



 ゴリッ!! ゴキッ!!


 肋が折れるゴキゴキと云う音と共に、背が反り返るほどの激痛。



 俺は、激痛で頭が真っ白になる。


 ただ願うのは、一刻も早くこの激痛から解放さ――




 心臓を踏み潰された。






 あっさり、三次も逝った。



 俺は背を向けて逃げ出す。


 あれは死神だ。触れただけで死に至らしめる死そのものだ。




 俺には女がいる。あいつの所に帰るんだ!!


 そして、ひっそりと暮らすんだ。



 そうとも!! 俺は、今、改心したんだ!!


 もう、あいつを泣かせない。残りの俺の人生は、あいつのために生き――――



 ドシュッ!!



「え?」


 俺の胸から刃が突き出ている。



 なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?




 化け物が刀を俺の背中から引き抜いた。



 嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ?



 俺の足から力が抜けた。



 あれ? 俺なんで倒れてるんだ。


 ああ、刺されたんだっけ。



 い……いやだ。いやだ!!


 死にたくない。死にたくない。死にたくない!!



 俺は、あいつの所に帰らなきゃならないんだ。


 帰る。帰る。帰る。絶対に帰る!!






 六威が、黒衣の男に手を伸ばす。


「た……助け……死にたくな…………」



 黒衣の男が、冷静に外套(マント)から拳銃(ブラスター)を取り出し――――


 ドンッ!!



 一片の躊躇無く六威の頭を撃ち抜いた黒衣の男が、食器を片付けろと言うような感じの口調で化け物に言う。


「波月ちゃん。トドメはきっちりと刺してくれ」


「致命傷のはずだったんだけどね。人間の生命力って凄いよねぇ」

 そう言って、ぬらりと赤く嗤う化け物。



 だが、眼は嗤っていない。温度のない鋼鉄の瞳。


 不純物のない限りなく純粋な(殺意)の黒瞳。




 その殺意のみに彩られた双眸は、彼女を思い出させる。



 そう、あの殺人鬼を。



 二本の円月刀(シャムシール)を持ち、血溜まりの中に佇む殺鬼。


 何よりも血色が似合い、何よりも殺戮が美しい、圧倒的な麗美を誇る、全海賊の総統。



 全ての悪の元締め。



 『鮮血鬼姫』 カリストの玲華。




 アレは自分達に――全ての海賊に言った。


 敵対すれば殺し、立ち塞がれば殺し、隣に立てば殺し、

 息を吸うように殺し、息を吐くように殺す。


 全てにおいて殺戮し、全てにおいて殲滅する。


 一切の例外なし。


 さあ、あたしを楽しませろ。






 あの麗しい女鬼に、勝るとも劣らない殺戮の化け物。



 無言で見つめてくる鉄鋼の眼。

 感情なんて余分のない殺意のみの鋼鉄の瞳。



 そんな化け物の黒瞳が、唄ってる。


 ――――楽しい、愉しい、快しい……ああ悦しい。




 怯みそうになる自分に言い聞かせる。


 錯覚だ。……そんなものは錯覚だ。

 俺の心の惰弱が見せる幻覚だ!!



 見ろ。あの眼には感情なんてない。


 感情なんて高等な物は宿ってない!!



 感情も有してないような化け物(下等生物)に殺されるてたまるかっ!!




 俺はロクロウだ。


 俺様は………………海賊頭領ロクロウ様だ。


 そう、誇り高き海賊だ!!



 化け物ごとき(・・・)に嘗められるわけにはいかない!!



「俺は…………俺らは、ロクロウ海賊団だ!!

 そしてっ!!


 
俺は、ロクロウ海賊団頭領『世場六狼(せば・ろくろう)』だぁぁぁ!!」


 突きつけた銃が腕ごと切り飛ばされる。


 痛みはない。熱い。ただ、ただ熱い。




 化け物の鉄の黒瞳が微かに細まる。



 一筋の閃光が横薙に疾り、俺の首が斬り飛ばされた。



 首が飛ぶ。


 景色が…万華鏡のように…クルクルと――――







 ぼとんと、首が落ちた。






 刃の血糊を振り払ってから、鍔鳴りの音をたてて納刀した波月は、刀を肩に担ぎ、アキトたちへ歩み寄る。



「ね♪♪ スカートじゃなくて、ズボンで正解だったでしょ」


 むせ返る血臭の中で、感情と云う名の『仮面』を被った波月がサブロウタに、にっこりと笑いかけた。



 サブロウタは返答できなかった。




 波月のそれはまるで、軽い『運動』をした後のような声音。


 死闘をした後の人間とは思えないほど『普通』の表情。




 死体が転がり、血臭と硝煙の匂いが渦巻く管制室を、花咲く野原を見るような眼で眺める波月。



 『異常』の中の限りない『普通』。それはすでに『異常』であった。





 青白い顔をした山田は深々と嘆息した。

「なるほどな…………俺の部下たちが…………脅えるわけだ」





「コガネ。ここの死体。片付けてくれる?
 (宇宙)に放っぽり出すだけで、良いからさ」


 波月の音声に、コガネはガチョッと首を傾げる。


「ああ……」と苦笑いを浮かべた波月は、ブロックサインで指示した。

 コガネの眼がチカチカと点滅する。



 と、天井の一角からゾロゾロとバッタやジョロ、ヤドカリが現れた。


「な……なにこれ?」


 眼を丸くする波月に、アキトが推察する。

「もしかして…………全部、コガネの仲間じゃないのか?」


「こ……こんなに、自我に目覚めた虫型兵器がいるの!?」


 数十体のバッタたちは、テキパキと死体を片付けていった。




「こんなに居るなら、わたしたちは必要なかったような?」

「無理だ。波月中尉。
 虫型兵器たちは、木連人を殺せないように電設計(プログラム)されてるんだから」


「うん? そういや、そうだった。
 あれ? でも、コガネは確か…………」



 何かを考え込んでいる波月に、アキトが問いかける。


「で、このコガネたちをどうするんだ?」


「う〜〜ん。木連に連れ帰っても、不良品として解体されちゃうし…………かといって、このまま、この戦力を見逃すのは惜しいし」



「なら、ガイ。
 お前の部下にしたら、どうだ?」


「「「えっ?」」」



 全員の視線がアキトに集まる。

「そうすれば、このコロニー施設も使えるし、もし何かあった時は、ガイに連絡を取ればコガネたちを使える。
 何よりも、地球と木連の和平交渉の工作に役立つはずだ」



「おおっ!! ナイスな案だぜ!!」



「秋山中佐に聞いた木連地球和平交渉案に、ガヴァメントも噛んでたのか?」

「それは、後で詳しく話してあげる。
 で、海賊。君は、『コロニー墜とし』なんてやらないよね?」



「当たり前だ。俺様を誰だと思ってやがる。
 
宇宙無宿海賊『ガイ・D・ガヴァメント』だぞ!!」



「じゃあ、ここの管理も任せちゃって良いかな?
 今の木連に、人手を割く余裕ないし。
 また、こんな奴等が入り込んで『コロニー墜とし』なんて計画されたら、厄介だしさ。
 まあ、海賊なら大丈夫だと思うし、コガネたちも居るしね」



 山田がブロックサインでコガネに話しかけると、コガネも前足を振り返した。


「おお。俺もこいつも異存はねぇぞ」



 波月が眼を瞬いた。

「海賊。動作合図(ブロックサイン)、使えたの?」

「おう。こいつは軍の特別科目に入ってるからな」

「へぇ〜〜」



 その場を征するかように、パンッと手を叩いたアキトが、疲れたような笑いを見せた。

「兎に角、これで問題は何とか全部、解決したな」


「はい。かなり強引だったけど一応、大団円っスね」

 疲れた表情のサブロウタも、笑みを浮かべる。



「うん!! これにて、一件落着!!」


 一人だけ元気な波月が、かかかっと笑い声を響かせた。





「はあ……長かった……」
 「それは、言っちゃイケナイお約束♪♪」





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