「…………アレク、アレク」



 少年は、少女の喚起に気付かず、引き金を引き続ける。



アレク!!


 少女の――ルリの鋭い声と共に、アレクは引き倒された。



 直後、アレクの頭があった場所をレーザー光が疾る。



「…………ルリ」

「アレク。すでに弾切れです」


 ルリの無機質な声に、アレクは自分の物となったライフルを見た。


 エネルギー残量メーターがE近く(エンプティー)になっている。



「敵は?」

「ジョロ。残り一匹です」


 アレクは呻いた。


 あの我武者羅な攻撃で、バッタ3匹とジョロ一匹を倒せたのは幸運だった。

 それにもまして、身を晒して攻撃してたのを考えると、自分が死ななかったのは奇跡に等しかった。


 今更ながらに震えがくる。――――そして、後悔も。


 我武者羅に撃たず、狙って撃ってたのなら、全ての敵を倒してたかもしれない。

 自分がここで囮となり、ルリを空軍施設まで走らせることだってできたかもしれない。



 だが、ライフルはエネルギー切れ、そして、ルリとアレクの手持ちの武器もゼロ()


 ここまで来て、本当の手詰まりだった。



 頭に血を昇らせて、無駄弾を撃った事を心底悔やむアレクに、ルリは当然の事のように言い放つ。


「行きましょう。アレク」



「行くって……」


「素手でバッタを倒せるのは、『波月さん(化け物)』くらいのものです。
 徒手空拳の私たちでは、ここにいても殺されるだけ。
 建物の陰まで、50メートル弱。

 走りますよ」


「無茶だ」


「ここにいても、埒があきません。
 今は、前に進むしかないんです」



「ヴァンは?」

 ここに置いて行くのかと、暗に批判するアレクに、ルリは問い返す。

「ヴァンさんの身体を盾にするつもりですか?」


 アレクは、ヴァンの亡骸を見つめた。

「ヴァン。後で、必ず戻ってくるからな」



「私が先行して、囮となります」

「ルリ!!」


「このマントにバリアが装備されてるのは知っているはずです」

「ルリ。そいつは、トカゲの攻撃を完全に防げるのか?」

「…………」


「ルリ。正直に答えろ」

「このディストーション・フィールドは対人用です。
 拳銃程度なら100パーセント防げますが、バッタのミサイルが直撃したら、ただではすみません。
 でも、今はジョロだけです。光学兵器なら、防げるはずです」


「俺が、先に――」

「いえ。私が行きます。
 今、言い争いをしてる時間はありません。
 それに、付け加えるならば、先でも後でも、危険性は差ほど変わりません」




 二人は身を屈めて、コンテナの陰の出入り口を見つめる。

 距離にして50メートル。ジョロに狙われている遮蔽物の無い滑走路では、その距離は長すぎる。



 アレクはライフルを、紐で結んで背中に固定した。


「…………ルリ」

「はい?」


「死ぬなよ」



「アレク。あなたこそ」


「勿論だ」



 二人は視線を見合わせて、微かに笑い――――

 滑走路に飛び出した。




 7秒前後の生死の境界。


 アレクとルリは、ともに走り抜ける。



 先行して走ってるルリに、光が弾けた。


 一瞬、息を呑むアレク。


 対人ディストーション・フィールドが、レーザー光を防いだ光だった。

 僅かに蹌踉めいたルリだったが、スピードを落とさずに走り続ける。



 ルリの直ぐ後ろを走っていたアレクの背筋に、悪寒が飛電した。


 アレクの身体が、考える前に動き――――

 立ち止まらずに、ポケットから十字架を取り出し、ジョロの方へ投げつけていた。



 飛んでくる金属片を兵器と誤認したジョロは、レーザーの照準を十字架に変更。


 十字架がレーザーの高熱で溶け、灼熱の水滴と弾ける。



 コンテナの陰に、先に辿り着いたルリが振り返った。



 アレクは、ルリの分として預かっていた二個目の十字架を投げつける。


 アレクの横で弾けた十字架が、赤く溶けた鉄を飛び散らせた。



アレク!!


 アレクは、コンテナの陰に転がり込んだ。



「アレク。怪我は?」


「……ない」

 慌てて駆け寄るルリに、アレクは身体を確認しながら答えた。


「心配したか? ルリ」

 不敵に嗤ったアレクに、ルリは拗ねたように答える。

「…………当たり前です」


「そっか」



 起き上がったアレクが、ドアノブに手をかける。


「あ、待ってください。
 今、鍵を開けますの――」

 ルリは言葉を止め、半開きまで開いたドアを見つめる。


「開いてますね」

「開いてると、変なのか?」


「…………いいえ。行きましょう」




 空軍施設の中に入ると、整備員たちが集まっていた。

 アレクが、ルリを背に庇うように前に立つ。


 整備班長らしき男が進み出た。

「よく辿り着いてくれた。
 君たちのことは、上の管制塔から見ていた。
 手を出せなくて済まない」



「それは、かまいません。
 それより、エステバリスはありますか?」


「え? ああ、一機だけあるが」



「すぐに、発進準備をしてください」


「待て。エステバリスなんかを、どうするつもりだ」


 ルリはIFSを見せた。

「私が、乗ります。
 取り残されている民間人を助けに行きます」


「だが、君は……」

「私は軍人です。
 戦闘訓練も受けております」



「しかし、規則では、部外者の搭乗は認められ――」


「バッカ野郎!!
 規則ってのは、人が生きるためにあるんだろうが。
 規則のせいで人が死ぬなんて、本末転倒だ。


 
んなもん、規則でもなんでもねぇ!! 単なる怠慢の言い訳だ!!」


 整備員の言葉を遮って、アレクが激昂した。



「だが、俺たちにコイツを動かす権限はないんだ」


「ふざけんな!!
 軍が撤退しちまって、権限もクソもあるか!!


 あんたらは、ここのことを一番良く知ってるんだろ。
 あんたらは、この現場のプロなんだろ!!
 だったら、権限ぐらい自分たちで作りやがれ!!」



 躊躇する整備員たちに、ルリが静かに言葉を紡ぐ。


「兵器は戦うために存在しているはずです。
 その兵器としての存在を全うさせてやるのが、整備班の『仕事』だと思います。

 兵器であれで道具あれ、最後の最後まできっちりと使い込んでやること。
 それが、『道具』の存在意義。

 そして、エステバリスという兵器をきっちりと使ってあげるには、どうしても皆さんの腕が必要なんです。

 それに……私も行かなければならないんです。
 私は、ここで死ぬ訳にはいかないから。
 そのためにも、エステバリスが必要なんです。

 そのエステバリスと私と為、力を貸して下さい。

 お願いします」


 頭を下げるルリ。



 逡巡していた整備班長は、ただ一機残されているエステバリスを思い浮かべた。


 民間人を助けると言われても、正直言って、ピンと来ない。

 しかし、兵器を兵器足らしめ、しかも『仕事』ととまで言われては、それは間違いなく整備班の『専門分野』だ。


 小さく笑んだ整備班長は思う。

 随分と、俺たち整備士の動かし方を心得てるじゃねぇか。


 部下と――同僚たちと眼を合わせた整備班長は、皆が同じ意見だと察する。


 …………仕様がねえ。ここは負けといてやるか。


「そうだな。兵器は兵器。美術品じゃない。
 確かに、俺たちはあのエステバリスが戦う様を想像しながら、今まで整備してきた。
 あいつを仕立て上げられるのは、俺たちしかいないだろう。

 君の言うとおり、それが『整備士の仕事』だ」


「では――」



 何か言いかけたルリを遮り、整備班長は仲間の方へ振り返った。


「お前ら、五分で発進準備をするぞ!!」


「「「了解!!」」」




*




 格納庫に残っていたのは、一機の純白の空戦型エステバリスだった。



 傷一つない、新品同様の空戦エステバリスに、ルリは眼を瞬く。


「残ってるとしても、壊れかけたエステだと思ってたのに…………。
 なんで、こんな新品が残ってるのですか?」



「ああ、こいつは司令官専用機だよ」


「だったら、なおさら――」



「ただし、その司令官はIFS、持ってなかったけどな」




「…………はっ?」




「アイツは、連合軍のお偉方が視察に来た時、見栄張るためだけに自分用のエステを買ったのさ。
 乗りもしねぇのに、完全な整備に、ワックスがけまでやらされたぜ」



「……………今の私にとっては幸運です」



「あの油ハゲ親父。
 撤退時は取るもの取らず、武器も忘れて、俺たちも見捨てて、真っ先に逃げ出したからな。
 何が幸いするか、わからん」



 別の整備士が会話に加わる。

「アイツは、元はサツキミドリの司令官で、サツキミドリの時にも同じことやって、ココに左遷(とば)されたって噂だぜ」


「ははは。初めて役に立ったなぁ。
 あの油ハゲ親父」

「まったくだ」


「実は、このことを見越してた行動だったりして」



「「「「絶対に、ありえねぇ」」」」


 彼らの笑い声が格納庫に響いた。





*




「システム・オール・グリーン。

 バッテリー・フル・チャージ。

 その他、纏めてオール・オッケイ。


 ――――出撃します



 搬入されてから、装飾品となっていたエステバリスが、ルリの手によって始動する。



「やっぱ、エステバリスは戦ってこそ、エステバリスだよな」

「ああ。エステは動いてる時の方が格好いい」

「アイツの初陣だ。
 支援なしのつれぇ戦いだが、ココで腐らせて置くより万倍良いぜ」


 滑走路に向かう純白の空戦エステバリスに、整備員たちはわが子を送り出すように声援を送った。



「避難民の受け入れ体制を整えといてください」

「了解だ」

 ルリに親指を立てる整備班長。


 格納庫から出た空戦エステバリスは、ジョロが照準を合わせるより早く発砲。

 滑走路に爆炎が立ち上る。



「すげぇ。倒すのにあんだけ苦労したトカゲを、あっさりやっつけちまった」


「では、行ってきます」

「ああ。気を付けろよ。ルリ」



 エステの翼が可動し、噴射口が開く。


「下がってください!! アレク」



 ローラーダッシュで滑走路を百メートルほど加速した純白のエステバリスは、青空へと飛び立った。



「救援物資と救急キットを全て出しておけ。
 避難民がぞくぞくと集まってくるぞ!!」


 指示を出している整備班長に、アレクが頭を下げた。

「なあ、頼みがある。
 一つ、欲しい物があるんだ。
 軍になら、絶対にあるはずなんだ」





*





 森に轟音が響いた。


 避難民たちは轟音の発生源に眼を向けるが、それ以外の行動を起こそうとはしない。


 バッタに襲われたら、抵抗も逃げる事もできずに打ち倒されることがわかっているから。


 だが、そこに舞い降りたのはバッタではなかった。



 一機の純白の空戦エステバリス。



「空軍までの道は安全です。
 滑走路のバッタも排除しました」


 エステバリスの外部スピーカーから、少女の声が響き木霊した。



「南へ!!」



 だが、避難民は誰も動かなかった。



「まだ、基地は健在です。
 ここに居ても、何一つ変わりません。
 歩き始めてください」



 全ての眼がエステバリスに注がれている。


 しかし、誰も動かない。誰も口を開かない。



 そこに渦巻いているのは絶望、失望、悲観、恐怖、悲哀、



 ――――そして、僅かな希望。



 その僅かな希望に、避難民たちは動けなかった。


 その希望が嘘だったら、あとは死しかないから。

 その希望が間違いだったら、それは死への道だから。



 自分の運命を決める選択。



 無言の緊迫が張り詰める中、一人の青年が立ち上がった。


「行っても地獄かもしれない。でも、ここだって地獄だ。
 ぼくは、同じ地獄なら、少しでも希望のある方を選ぶ」




 隣の少女の肩を抱き、彼女の妹を抱えて歩きだす眼鏡の青年。




 青年の言葉に決意を固めた避難民が、一人、一人、また一人と彼の後に続いて歩き始める。



 最終的にその列は、青年を先頭にして長蛇の列となった。


 互いに互いを支えるようにして、ゆっくりと、しかし着実に彼らは歩を進めて行く。



 その自ら生存と希望を賭けた行進を見届けた純白のエステバリスは、北の空へ飛翔した。





*





 純白のエステバリスは、高度一万メートルまで急上昇した。


 眼下には薄い白雲。



 ルリは更なる天空を見上げながら、エステバリスの通信機の電圧設定を変更した。

「理論上は、これで届くはずですが、助けに来てくれるかは賭ですね」



 エステバリスが救難信号を、最大出力を大幅に超えて通信し始める。



「これで、ニホンまで――オモイカネまで届けば、話は早いんですが……まあ、無理でしょう」



 ルリが小さな苦笑を浮かべると同時に――


 ボンッ!!


 エステバリスの左側頭部が爆発した。



 エステバリスの基本システムを弄り、通信機に二倍以上の電力と電圧を流したため、頭部の通信回路が吹っ飛んだのだ。


 二倍の電圧電力を流せば、通常の四倍の高出力通信を発する事ができる。

 ただし、時間は一分程度で通信回路が吹っ飛び、その後、一切通信機が使えなくなる。


 『前』に、高松から教わった、一度限りの『裏技』だった。



「出来る限りの手は打ちました。
 後は、果報は寝て待て。…………と、言ってられないところが辛いですね」


 純白のエステバリスは地上へ向けて急降下していった。




*




 黒煙が燻っている。



 純白のエステバリスは、潰れた倉庫の前に立っていた。


 火は既に鎮火し、きな臭い匂いと、黒い煤が舞っている。


 入り口には焼け焦げたクッキーの缶が数個、転がっていた。



 数秒、黙祷を捧げたルリは、エステバリスを旋回させると、次のシェルターへ飛び立った。




*




 教会の前に降り立ったルリはエステバリスの外部スピーカーで、地下にいる人達に呼びかける。


「救出に来ました。
 ここから、空軍基地までバッタはいません。全て私が破壊しました。
 ここに居れば全滅します。逃げてください」


 しかし、闇の中から返事は返って来なかった。



 ルリは柳眉をひそめる。

 エステバリスのセンサーは、多数の人間を捉えていたから。


 もう一度、呼びかけようとした時、暗闇の中から神父が現れた。

「あの時のお嬢さんですか?」


「そうです。無事のようですね」

「ああ、なんとか」


「では、あとは逃げ延びるだけです。
 先も言いましたが、ここから空軍までの道のりは安全です。

 このシェルターが無事なのは、幸運なだけです。
 早く逃げてください」



 ルリの催促に、神父は質問を返す。


「あなたは、あの熊のヌイグルミの男性を覚えていますか?」

「? ……ええ。覚えてますが――」


「彼は……敵と味方の……人と機械の区別もつかなくなり、バッタにヌイグルミを自慢しに行きましたよ。
 その場で八つ裂きにされました。

 彼がここから出ていく時、
 我々は誰一人、制止することもなく、声を掛けることもなく、暗い眼で見送りました。

 こんな私に、助かる価値はあるのでしょうか?
 私が助かっても良いのでしょうか?」



「他の人達も同じような考えなのですか?」

 神父の後ろ、様子を見に来た避難民に問いかける。


「君、一人で何ができる」

「どこも地獄なら、ここでも同じだ」

「私は神の身許で死にたい」

「ここなら、神のご加護がある」



 嘆く避難民に、ルリが無感情な声で説明する。


「何故、私がここに来れたか、解りますか?

 それは、『連合空軍』が助けに来てくれたからです。

 『空軍』が助けに来たからこそ、ここまで来れたのです。
 でなければ、エステを借りられるはずがありません。
 あと、20キロ歩くだけで助かるのです。


 これは、あなたたちの信じる神の与えた最後のチャンスなのではありませんか?

 あなたたちの信じる神は、助けを――神のチャンスをみすみす潰せと教えているのですか?
 生きられるのに、その可能性を潰して死ねと教えているのですか?」



「神の……チャンス?」



「はい。あなた方の神は、あなたたちを見捨ててはいなかったようです」



 避難民たちから、おおぉ〜〜っとざわめきが沸き起こった。

「我々の祈りは無駄ではなかった」

「神は常に見守っていてくださったのだ」

「神よ。感謝します」

「神よ。この命、あなたの布教に使わさせていただきます」

「神様、ありがとう」


 口々に神に感謝の意を捧げる避難民を、ルリは急かす。



「さあ、早く!!」



 神の名に感謝しがら、南へ歩き始める避難民たち。




 独り、一番最後まで残った神父は、純白のエステバリスを見上げた。


「お嬢さん」

「はい?」


「空軍が来たのなら、あなた独りで助けに来るわけがありません。
 いいえ、あなたが来ること事態がおかしい。

 空軍が助けに来たというのは…………嘘ですね」



 無言のルリ。



「あなたは…………嘘が上手いですね」



「少女というのは(すべから)く嘘吐きなんです。
 自分すら、騙すのですから」


「嘘吐きが、自分のことを嘘吐きという場合は、それは嘘ですか?
 それとも正しいのですか?」



「…………さあ。
 どう思おうとも、あなたの自由です」




 しばし、沈黙の後、少女は口を開く。


「私、行きます」



「汝に、神の祝福あらん――」



「いりません」


 ルリは無機質な声で遮った。




「私に必要なのは、私の覚悟、ただ一つだけです。

 そして、それは、もう持っています」





 純白のエステバリスは、鋼鉄の天使のように青空へ飛び立った。




*





 爆音。


 音の感じからわかる。数瞬、早かった。



 煙の中から、平然とバッタが現われた。



「くそっ!! また、無駄弾、使っちまった」


 悪態をつく男に、リーダーが声を掛ける。


「焦るな。焦ってもどうにもならねぇ。
 俺達はまだ生きている。なら、チャンスはまだある。諦めるな」


 そう言うリーダーの顔にも、疲れが見え始めていた。



 送電線の電磁波で護られていたこのシェルターだが、一昨日、突然送電が止まったのだ。

 この位置は、北の前線に近いこともあって、送電が止まると同時に木星蜥蜴が大挙してきた。

 もはや、このシェルターに留まるのは、害にしかならない。


 だが、敵がどのように展開しているか把握できず、どの方向に逃げるかさえも賭けの領域だった。



 リーダーこと、このシェルターの当主が溜め込んだ弾薬や食料、医療品にも限りがある。

 何より、皆の精神力が保たない。


 昨日からバッタと攻防を続けてきたリーダーも、撤退の意志を固めていた。

 だが、どちらの方向に逃げれば最善か、判断がつかない。

 自らの勘に頼って逃げ出すには、32名の命は重すぎた。



 リーダーは自らを鼓舞するように、声を張り上げる。

「怪我人は?」


「軽傷が一人。
 ははは。15人の素人集団にしては、上出来だと思うぜ」



 上出来だって? そんなもんじゃねぇ。

 歩兵の武器で、バッタを倒す。そいつは、自殺行為(・・・・)ってんだ。


 リーダーは、唇を歪めた。



 戦法は単純だ。

 皆で、マシンガンから拳銃まで銃弾を撃ちまくる。

 勿論、ディストーション・フィールドで全く効かない。だが、質量弾のため、その歩みは止められる。

 これ以上、前に進めないと判断したバッタが、ミサイルで全てを焼き払おうと背羽を開く。


 そこが、狙い目だった。


 ミサイルを撃つには、その部分のフィールドを消さなければならない。でないと、自前のフィールドに当たって自爆する。

 その、ミサイルの信管が現れる瞬間を狙って対戦車ミサイルを撃つのだ。

 全バッタは、同じ戦闘プログラムで作動しているため、銃弾で歩みを止めてから、ミサイルを撃つまでの射撃タイミングは全てのバッタで一致している。

 その間、4.35秒。

 きっちりと計測したのだから、間違いない。

 バッタが足を止めた瞬間さえ見誤らなければ、素人でも倒すことができた。


 だが、それも豊富な弾薬が有ればの話だ。

 丸一日撃ち続けた結果、弾薬は底を尽き始めていた。



「止まったぞ!!」


 その声で、サブマシンガンを撃ち続けていたリーダーは、我に返った。



「「「「「 1 」」」」」


 皆の声が自然に合わさる。



「「「「「 2 」」」」」


 銃弾を撃ち続ける男たちに、緊張が走る。



「「「「「 3 」」」」」


 リーダーの隣で対戦車砲を構えている男が、引き金を引いた。



「「「「「 4!! 」」」」」


 バッタが羽を開いた刹那、対戦車ミサイルがその間に吸い込まれる。




 炸裂音。



 炎の火柱が天高く昇った。




 皆の歓声が上がるより早く、通信機から悲鳴が響く。


「リーダー!! 弾薬がなくなった!!
 まだ、バッタが二匹もいる。
 助けてくれ!!」


 左陣を固めていた者からの連絡だった。


「すぐ行く!!」


 怒鳴り返すと、男たちはシェルターの左方へ走って行った。

 絶望を胸にしながら。





 十秒後、そこに着いたリーダーは眼を疑った。



 そこに佇んでいたのは、純白の空戦エステバリス。


 左側頭部が焦げているが、それ以外はかすり傷一つなく、太陽の光を反射している。




「大丈夫ですか」

 スピーカーでくぐもっているものの、聞いたことのある声だった。



 ずっと、気に掛けていた――


「あの時の、小娘か?」


「はい」



 リーダーは力が抜けたかのように、壁に凭れ掛かった。


「は……ははは。本当に、基地まで辿り着いて、しかもエステまで分捕ってきちまうとは……。
 あの小僧っ子は、生きてるか?」

「ええ。元気ですよ。
 今は、空軍基地にいます」


「そうか。て、ことは南は安全なんだな」


「はい」

「そっか。ありがとよ。
 逃げる方向が決まった。
 助かったぜ。

 銃弾が無くなった者は、脱出準備をしろ。
 命を賭けた逃亡劇になるぞ!!」



 遮る声が一つ。


「第二波接近中です。バッタ、十機。
 到着予測時間8分後」



 ざわっと緊張が走った。



「避難が完了するまで何分かかる?」

「10分は必要です」

「て、ことはその10匹は破壊しねぇとならねぇな」



「リーダーさん」


 リーダーはエステバリスを見上げる。

「あん? どうした?」


「このエステバリス、バッテリー残量があと僅かしかありません。
 今から、基地まで往復すると、20……いえ、15分はかかると思います。だから――」

「だったら、とっとと行って来い」


「え? でも――」

「あのなぁ。小娘。
 おまえと、おまえの乗っているそいつは、俺達の希望だ。
 そいつをむざむざ鉄屑になんか、出来るかよ。
 早く行け!!」


「15分、保っていてください」


「おうよ。15分後に逢おうぜ」

 ニヤッと笑ったリーダーは、親指を突き出した。



 南の空へと消える白い光を見送ったリーダーは、仲間たちへ振り返る。

「てな、訳だ。
 何がなんでも生き残るぞ!!」


「「「「おうっ!!」」」」



*



 最初の一匹は、あっさりと破壊できた。

 だが、残りのバッタは九匹もいる。


「駄目だ。
 この人数の弾幕じゃ、制止させられねぇぞ」

「諦めるな!!
 あと、もう少しだ!!」


「軍事オタクの武器オタクで危険人物すれすれのリーダー!!

 なんかねぇのかよ?
 こんなピンチの時に、こんなこともあろうかとって云う秘密兵器はよ!!」

「んな、都合のいい物があったら、とっくに使って――」


「あったりするぜぇ〜〜っ!!」



 連続して、破裂するような轟音が空間に鳴り響く。


「「「ガトリングガン!?」」」



 彼らの驚愕に、銃座に固定した銃砲を抱えている男は得意げに高笑う。

「倉庫の奥底で埃被って眠ってたぜぃ!!
 ヒハハハハハ。最後だしな大盤振る舞いよっ!!」


「さすがは、俺のご先祖様。
 でも、ガトリングなんて買い込んでどうする気だったんだ?」


「良いじゃねぇか。リーダー。
 ほら、バッタの足が止まったぞ」




 携帯型小型対戦車砲『パンツァーファウスト9コンパクト』を構えるリーダー。


「悪りぃな!! 木星蜥蜴!!
 俺たちは生きることに決めたんだ!!」



 発射音に続く爆音。


 バッタが業炎を吹き上げて爆破した。



「よぉおおし、この調子だぁ!!
 ガンガンいくぜぇ」


 ガトンリングを抱える男に、リーダーが叫ぶ。

「危ない。伏せろ!!」


「へっ?」


 バッタの機銃が襲った。


 土煙が舞い上がり、悲鳴と銃声が交錯する。



「大丈夫かっ!?」


「……俺は……なんとか……無事だ。
 ガトリングは………………駄目だ。可動部に銃弾、喰らっちまった」



 バッタの銃口が、ガトリングと一緒に転んでいる男に向けられた。


「ヴェル!! 逃げろ!!」



 直後――――

「耳塞いで、口開けろぉぉぉぉぉ」



 地響きと感じるような砲撃音が響く。


 バッタが一撃で吹っ飛んだ。

 爆炎と閃光が、眼を焼く。



 ガトリングを抱えている男のさらに後方、

 ――――二つの車輪の付いた大砲の筒先から、白煙が立ち昇っていた。


「なんだありゃ?」

「なんだ。小僧、知らんのか?
 こいつは移動式地対空砲でな、200年前の骨董品よぉ。
 ラバエル爺が買い込んでいたのを思い出してのぉ」


 地対空砲の後ろにいる爺さんが笑い声を響かせる。


「そりゃ!! もう、いっちょぉ!!」



 炸裂音。


 砲弾に貫かれたバッタが爆破した。



「ジョセフの爺様!!
 調子に乗って、ギックリ腰になるなよ!!」

「まだまだ、若いモンには負けんわいっ」


 轟音が鳴り、爆炎が舞い散る。



「よく弾丸が時化ってなかったな」

 耳を塞いでいる男が大声で問いかけ、リーダーも怒鳴り返した。


「ワインクーラーを改造して、湿度0パーセント。室温5度の部屋で冷蔵保存してたからな」



 バッタ四匹を打ち倒した所で、砲撃が突然、止んだ。


「爺さん。次!!」


「無理じゃぁぁぁ、小僧!!
 四発で弾切れだぁぁぁぁ!」



「だあああああぁぁ!!
 なんで、もっと弾を買い貯めておかねぇんだ。俺のご先祖様は!!
 そんなんで変人当主を名乗れるかぁ!!」

「いや、地対空砲を買い込んでるだけで、十分だと思うぞ」


「畜生!! こんなことなら、ロシアのウェポン・セールで装甲車じゃなくて、50年前の型落ち戦車でも買っておくべきだったぜ」

「そんなもんあっても、乗れる奴がいねぇよ。俺ら全員素人なんだから」


「兎に角、あと三匹だ。ありったけ撃って、なんとか足止めするぞ」




 残りのバッタに、全員が弾丸を撃ち放った。


 銃弾の協奏曲が鳴り響く中、撃ち返してくるバッタの機銃弾が、盾にしているコンクリートの柱を削り穿っていく。


「小娘、遅せぇな。
 怖くて小便チビりそうだぜ」


「来ねぇんじゃねぇか!?」

「来ると信じろ!!」


「死んじまってからじゃ、遅せぇんだよ!!」


「生きてるうちは、来ると信じろ!! 死んでから、来なかったことを恨め!!」


「んな、器用なこと出来るかっ!!」

「やれっ!!」


「もう、15分たったんじゃねぇのか?」

「そいつは、おまえの時計がおかしいんだ」


「俺の腹時計じゃ、まだ10分だぜ!!」



「「「「うわっ!! 信用ねぇ!!」」」」




 空気を切り裂く甲高い音が、上空から唸り響いた。


 狙い違わず、バッタ二匹を火達磨にする。


 使い捨てランチャーを捨てた純白の空戦エステバリスは、残り一匹のバッタにラピッド・ライフルを連射した。



 破砕音。



 純白のエステバリスが彼らの前に、ふわりと降り立つ。


「遅れました」




 全員が煤だらけの顔を見合わせ、ニッと笑った。



「「「「遅せぇ!!」」」




 絶句するルリ。




「よ〜〜〜し!! 撤退だ!! 急げよ!!」


「「「「おうよ!!」」」」



「なんで…………そんなに元気なんですか?」


「バッッカヤロウ!!

 皆、諦めきって、どうしようもなくなった時に、小娘が『希望』を持ってきたんだ。

 皆、後は死ぬしかないと思ってた時に『生きる希望』を持ってきてくれたんだ。

 俺たちが思いもしないことをやり遂げて、しかも、俺たちを助けるために戻ってきた。



 
感動しねぇわけには、いかねぇだろうが!!

 
これで希望を持たなきゃ、嘘だろうが!!

 
だったら、今度は俺たちが、その心意気に答えなきゃならない番だ」




「皆さん。…………必ず、生き延びましょう」


「「「おう!!」」」





 彼らの後ろから、6つのタイヤの付いた装甲車が2台、地下から出てくる。

「エスコートを頼むぜ。小娘」


「そんな装甲車、どうしたんですか?」


「わははははははは。

 備えあれば、憂い無し!!
 変人当主様を嘗めんなよ!!


 
さあ、尻捲くって逃げに逃げるぞ!!」



*



 純白の空戦エステバリスが先導し、瓦礫の中を二台の装甲車が疾駆していた。


 ルリたちが、徒歩で丸一日かかった道程を、僅か一時間で踏破する。



 先行していたエステバリスが、先頭の装甲車に並んだ。


「どうした? 小娘」


 エステバリスの通信機が壊れているため、リーダーが車体から身を乗り出して問いかける。


「バッタが接近中です」

「何処からだ?」

「北上です」


 北の空から黄色の点が、風を切り裂いて迫ってきている。



「先を急いでください」


「任せる」

「はい」



 純白のエステバリスが旋回し、北の空へ飛翔した。


「護衛の装甲車二台に、バッタ15匹ですか。
 軍のエステバリス・シミュレーターの『補給車護衛ミッション』とそっくりな戦況ですね」



 エステバリスは銃握を握り締める。


「こんな初級のミッションでミスったら、師匠のリョーコさんに激怒されます」



 噴射口が開き、純白のエステバリスはジェット気流とともに、バッタの真っ只中へ切り込んだ。




*




 空に爆炎が舞っている。



「おい。小娘!!
 聞こえたら、返事をしろ」


 舌打ちしたリーダーは、無線機を叩きつけた。


駄目だ!! 通じてねぇ!!
 そういや、向こうは通信機が壊れてやがったな」


「て、ことは――」

「ああ。俺達だけで切り抜けるしかねぇな」



 男とリーダーは道の先を眺める。


 そこには、一匹のバッタが待ち伏せするかのように、道を塞いでいた。


「どのみち、上の奴らを片づけねぇと、小娘は救援に来れねえから同じだぜ」


「武器は?」

「あることには、あるが――」


「バッタを相手するには、少ねぇってか」



「別の道に迂回できないのか?」

「迂回するにゃ、元来た道を戻らなきゃならねぇが…………」


 リーダーはちらりと、上空の爆華を一瞥する。

「お前、あの真下、潜り抜けられる自信あるか?」


「ないね」

「と、言う訳だ」



「なに、倒さなくたって良いんだ。
 あのチビスケが駆けつけるまで、持ち堪えればな」

 避難民の一人は、拳銃のバレルを引いた。


「じゃ、始めますか」

 男は、対戦車砲を構える。



「おめぇら、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

 リーダーの気勢を合図に、生き残る為の戦闘が始まった。




*




 男、十人と、その後方に若い女、二人が武器を担ぎ、瓦礫の中に身を隠すようにしてバッタに接近する。



 一人が、手榴弾を投げつけた。


 爆音。



 それが、戦闘開始の合図だった。



 バッタの機銃が、火を吹き始める。

 崩れ瓦礫と化しているコンクリートを粉微塵に砕いていった。


 手榴弾を投げた男は地面に伏せ、10センチ上を凶弾が飛来するのを、ただ身を竦ませてやり過ごすしかない。



 反対側からミサイルが飛び、フィールドに命中して、バッタの機体を揺らす。

 バッタの機銃が、ミサイルの飛んで来た方向へ弾丸を吐き出す。


 その時には、使い捨てバズーカーを撃った男は、その場から逃げ出していた。



 この時期(蜥蜴戦争)のバッタの戦闘プログラムは単純なものだった。

 集団になると単純系が重なって複雑系になるが、一匹の行動プログラムは素人でもなんとか予測できる。

 それが、素人の彼らが互角に戦えている理由だった。



「なんで、あのバッタ、ミサイルを撃たねぇんだ?」

「空なんだろ。バッタのミサイルだって無限じゃねぇんだ」

「かもしれん。だが、油断はするな」

「油断どころか、余裕もねぇよ」

「愚痴っても、状況は変化しねぇぞ」

「愚痴ってなきゃ、やってられるか」


 彼らは、会話する。

 恐怖を振り払うために。

 傍に仲間がいることを確認するために。



 銃撃が来る方向に、機械的に撃ち返していたバッタの機銃がピクリと動く。



 突然、真横に機銃を向けると集中連射した。


 バッタに近づき過ぎ、センサーに引っ掛かったリーダーへ、弾雨の嵐が降り注ぐ。



 不意を突かれたリーダーは、頭を抱えて蹲るしかなかった。



 コンクリートの壁が、発泡スチロールのように砕けていく。



「おおああああああああああおああぁぁぁぁぁ!!」


 恐慌に駆られて、ただ喚くリーダー。



 仲間はただ見ているだけではなかった。すぐに、バッタの後ろに回り込み、ミサイルを撃つ。

 三発ものミサイルがバッタに命中した。


 目の前の敵対物よりも後方の敵対勢力の方が危険と判断したバッタは、旋回し機銃を乱射する。



「リーダー。生きてる!?」



 粉塵の中で身を起こす人影。


「は……、は、ははは………。

 
生きてる。生きてる。生きてる。生きてる。

 
生きてるぞ!! コンチキショウ!!」



 引き攣った笑みの形に顔面を硬直させ、涙と鼻水を垂れ流しながらリーダーは、吐き捨てるように絶叫した。



「早く、退いて!!
 こっちも保たない」


「…………ああ、了解だ」



 後退しながらもリーダーが撃ったサブマシンガンの銃弾が、バッタの機体に当たる。が、装甲に弾かれて跳ね返った。


 銃弾が貫通するほど、バッタのフィールドは弱まっていた。



 それを見、チャンスと捉えた男は、物陰から躍り出て対戦車砲を構える。

「生きる!! 生きる!!
 絶対に死んでたまるかっ!!」



 爆華。


 対戦車ミサイルは、バッタの片羽を吹き飛ばした。



 だが、そんな状態でも撃ち返してきた銃弾が、男の太股を貫通する。



「がぁぁぁぁぁぁっ!!」



 転げ回る男を、リーダーたちが壁の陰に引っ張り込んだ。


「医療ジェルとパッド、持って来い!!」



 煤と泥まみれの顔でリーダーは、男を叱咤する。

「バッカヤロウ。こんな所で死ぬんじゃねぇぞ。
 あと、ほんの僅かだろうが!!」


「………り、了解っす。……リーダー。
 ああ、ついでに頼みが」

「頼み?」


 男は、対戦車砲の砲弾を取り出した。

「最後の一発ですぜ」



 受け取ったリーダーは、道の真ん中に落ちている対戦車砲『パンツァーファウスト9コンパクト』を見つめた。



 リーダーは、隣の仲間たちに視線を移す。


「頼んだぜ」


 彼らは銃器を掲げて、返答の笑みを見せる。



 ニッと嗤ったリーダーは、道の真ん中に走り出た。

 それと同時に、注意を引き付けるために、一斉にバッタに銃撃が加えられる。




 対戦車砲を拾ったリーダーは、砲弾を込め、チャンバー送りレバーを引いた。



「恨みはねぇが……と言いてぇが――」

 リーダーは対戦車砲を構える。



「恨みは、あり余るほどあるんだ!!!」

 バッタを十字の照準に捉える。



「死にやがれ!! 木星蜥蜴!!」


 引き金を引くと同時に発するバックファイアと発射音。




 一瞬の閃光。


 続く、爆炎。


 そして、爆破音。



 衝撃を撒き散らせながら、バッタは爆破飛散した。




「イッッヤァァァァァァァァッ!!」


 歓声を上げるリーダーに、


「リーダー!!」

 警告の叫び声。



 リーダーの――避難民たちの足元が陰った。


 上を見上げると、バッタの衝撃で基礎部が崩壊したビルが、形を保ったまま彼らの方へ倒れてくる。


「なっ!?」



 甲高音。



 眼を瞑むり、頭を抱えて蹲った彼らは、いつまでも自分たちが押し潰されない事に、恐る恐る眼を開いた。




 そこには、倒れかけたビルを片手で支えている純白のエステバリス。


 そのビルを抑えている左手のマニピュレーター()は重さに負けて、ぐしゃぐしゃに折れ曲がり、左腕全体から火花が散っていた。




「早く!!」



 ルリの鋭声に、彼らは負傷者を抱え、慌てて装甲車の所まで駆け戻る。



 ルリは、機体を回転させるように重心をずらして、道を塞がないようにビルを押し倒した。


 轟音が瓦礫の街に響き、粉塵が立ち込める。




 純白のエステバリスは、装甲車にとって返した。



 エステバリスの左手の指は、全て拉げ捩じ曲がり、漏電によって不規則な動きをしていた。

 それに合わせて左肘からショートした火花が散っている。


 ルリが、左腕の電力供給を止めると、指の痙攣と短絡が止まった。



 ルリは表示されたデータを見、眼を眇める。


 データを読み取る限り、応急処置では直らないだろう。

 左肩部からの総取り替えが必要だった。





 装甲車に辿り着いたルリは、一番に頭を下げた。


「申し訳ありません。
 完全な私のミスです。言い訳も出来ません」

「なに、小娘みたいな子供に完璧を求めちゃいねぇよ」


 ルリは首を横に振る。

「戦場でエステに乗ったのなら、年齢も経験も見習いかどうかすらも関係ありません。
 自分の、仲間の、民間人の命を背負うのですから。
 その自覚が無いなら、乗ってはいけないんです」


「そう思い詰めるな。
 まだ、誰も死んじゃいない。
 なら、次はミスらなければ良いのさ」

「そうそう、あんたがいなきゃ、俺たちゃ、今頃あそこで全滅してたさ。
 俺が、死ぬほど痛ぇ、なんて喚けるのも、あんたのお陰なんだからよ。
 もちっと胸張れ」



「…………はい」


 ルリが頭を下げると同時に、エステバリスも釣られて頭を下げる。



 そんな仕草に、彼らの間に微笑ましい笑いが起きた。


「で、小娘。
 お前の方は、その手、大丈夫なのか?」

「はい。機動には問題ありません」

「いや、そうじゃなくて。痛みは?」


「痛み?」


「IFSは、ぶっ壊れたら本人に痛みがいく――」

「それ、迷信です」


「なに!? 乗り物が壊れたら操縦者にも痛みが襲うって、迷信(デマ)だったのか?」

「はい。完全なデマです。
 地球では、広く出回ってるその迷信のせいで、IFSが普及しない一因になってます」


「知らなかった」

「嘘だろ」

「マジか? A10神経がどうたらで、シンクロしてんじゃなかったのか?」

「痛みが襲うのは、仕様だから仕方ないって聞いたぞ」


「そうか、迷信だったのか。
 …………だからって、ナノマシンを入れろと言われても御免だけどな」



「…………確かに」




*




 街を出た所で装甲車は、黙々と歩いている人々の行列に並んだ。


 窓から身を乗り出したリーダーが、威勢の良い声を張り上げる。

「おう、神父さん。
 ピクニック日和だな。
 だが、歩くにはちょいと遠いぜ。
 乗ってけよ」


「宜しいのですか?」


「おうよ。
 歩くだけでデッド・オア・アライブ(生死)を味わえるなんて、そうはねぇだろうが、無理してタイトロープ・ウォーキングする(綱渡る)もんじゃねぇだろう。
 もっとも、こっちはこっちでドナドナ(荷馬車の仔牛)が体感できるけどな」


「…………は、はあ」





*







 ジンッ!!


 アレクが盾にしている飛行戦車の装甲に機銃が跳ねる。

 火の粉が散るが、それに構わずアレクは、身を乗り出してライフルを構えた。


 一射。


 敵に当たったことも確かめずに、直ぐさま遮蔽に身を隠す。


 爆音。



 地鳴りのような振動に、アレクはバッタを破壊できたことを悟った。

 だが、あの一瞬で見取った敵は、残り3匹もいる。



 身を出す瞬間を、一瞬でも誤まったら、即、あの世逝き。


 泣き喚きたいほど恐ろしいのに、
 大声を上げ逃げ出したいほど恐いのに、
 小便をちびりそうなほど怯えてるのに、



 今、生きてることが、この命を賭けてることが、


 ――――死にそうなほど、(たの)しい。



 狂気の狂喜。



 アレクは、吐息を吐いた。



 ――――ああ、今、俺は生きている(・・・・・)





 この空軍基地にバッタが襲ってきたのは、近場にいた避難民を無事収容した直後、

 ヴァンの遺体を整備員たちと基地の中に運んだ直後だった。



 ライフル銃とバッテリーを背負ったアレクは、皆の制止を振り切り、座礁した空中飛行戦車『レパルド』の陰に陣取ったのだ。

 そして、ただの一人で、防衛戦を展開していた。



 ルリの帰ってくる場所を、守るために――なくさないために。




 エネルギー残量を確認したアレクは、ライフルからバッテリーのケーブルを引き抜いた。





 ヒンヒンヒンッ!!


 空気を切り裂く速射砲(ラピッド・ライフル)の銃弾が、3匹のバッタを破壊する。



「ルリ!!」


 純白の空戦エステバリスがラピッド・ライフルを構え、装甲車を護衛しながら滑走路に入ってきた。


「アレク。
 そんな所で、何をやってるんですか!?」


「退路の確保だよ」

「なっ!! 危険です!!」

「だから何だ!!
 ルリに比べりゃ、よっぽど安全だ」



 リーダーが装甲車から、身を乗り出して叫ぶ。

「無茶すんな。小僧っ子。
 俺達と一緒に、引き上げるぞ」


「ごちゃごちゃ、五月蝿え!!
 さっさと、行け!!

 護衛対象が何時までも、そこに居られると邪魔なんだよ」


「そう言われて、置いて行けるか。ボケ!!」


「ああ、もうっ!! なんでも、良いから、とっとと行け!!
 
冷たいギネスビールが待ってっぞ!!」



 沈黙の一瞬後、大爆笑が響き渡った。


「そいつは、極上だぜ!!」

「一秒でも速く、すっ飛んで行きてぇ」

「絶対に、行き着かなきゃならねぇな」


 少し見ない間に、一端の戦う男の眼になったアレクに、リーダーは笑みを零す。

「死ぬんじゃねぇぞ。小僧っ子」


「お前らこそ、ゴール目前で死ぬなよ!!
 こんな所で死んだら、地縛霊になっからな!!」


「わかってら。小僧っ子。
 おい!! おめぇら、行くぞ!!

 装甲車はルリとアレクを置いて、空軍施設へと向かう。




「アレク。いつから迎撃を?」

「2時間くらい前からだな」

「…………ぜんぜん、気づきませんでした」

「ああ。一度戻ってきた時は、基地の東側から入って来たもんな。
 それに、5分で出てったし」

「せめて、あの時、知らせてくれたら――」


「ルリ。来たぞ」

「え?」

 ルリが慌てて、空を見上げればバッタの軍勢が見えた。


 アレクは、新しいバッテリーのケーブルをライフル銃に繋ぐ。


「ルリ。トドメは任せる」

「トドメって、アレク――」



 ピタリとライフルを構えるアレク。



 このライフルの重力子弾は風の影響を受けないが、重力の影響は多大に受ける。


 地表だと、射程距離範囲外に出た途端、重力の発生源に――この場合は地表に――急激にねじ曲がるのだ。



 この癖を掴むのに苦労したアレクだったが、この2時間で完璧にマスターしていた。

 なにせ、このライフルはヴァンの意志を継いだ物だし、同時に一度でもミスれば自分の命が無くなるという極限状態で切磋琢磨したのだ。


 使い熟せてなければ、今ごろ屍になっていただろう。




 敵は五機。



 バッタが4百メートルまで近づいた所で、アレクはライフルを五連射した。



 五匹から火花が散った直後、失速したバッタが滑走路に叩きつけられる。



「ルリ!!」

 唖然と呆けていたルリが、アレクの喚起に慌ててラピッド・ライフルを掃射した。


 滑走路に爆炎の業火が立ち上る。



「よっしっ!!
 やっぱ、エステがあると楽だな」



「アレク」


「ん?」


「どうやって、バッタを撃ち落としたのです?」

「ああ。ヴァンから、バッタは眼の部分が、ジョロは口元の銃口の部分が、フィールドの薄い所だって聞いたからな。
 そこを狙って撃っただけだ。3点バーストが使えりゃ、もっと楽なんだけど。
 バッテリー借りて充電してるけど、エネルギーが足りないんだ。
 一匹に三発も使えるかよ」



 つまり、アレクはスコープも付いてない旧式照準のライフル銃で、
4百メートル先の高速で移動してる数匹のバッタの僅か直径10センチ足らずの的を、
重力の多大な影響を受ける重力子弾で、たった一発づつで撃ち抜いたというのだ。



 ルリは、今、見たものが信じられないかのように首を振る。


「アレク。
 …………それ、イズミさん級の……ランクS級の狙撃ですよ」


「誰級だか、球根だか知らねぇが、やらなきゃ死ぬんだよ。
 だったら、やるしかねぇだろうが。

 ルリ。俺が役に立つって、わかったろ。
 だから――」



 一端、言葉を切ったアレクは、どうしてもルリに言いたかった台詞を放った。


「ここは、俺に任せろ!!」




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