そこは、偶然にもユキナがアキトを拾った公園だった。




 平日の夕方、人気のない公園に、波月を始め、玲華・夕薙・ユキナ・九十九・月臣・秋山・サブロウタが揃っていた。

 

 彼らの前には、黒のバイザーを被り、漆黒のマントを羽織った『テンカワ・アキト』




「皆、世話になったな」


 アキトは、彼らに向けて別れの言葉を告げた。



「本当に……もう、行っちゃうの?」


 半泣きのユキナの問いに、アキトは頷く。


「ああ。本当は、これでも少し遅刻気味なんだ」



「心配するな。ユキナ。
 これが、アキト君との、今生の別れではないさ」

 九十九がユキナの頭を撫でながら、慰める。


「…………アタシのこと、忘れないでね」

「もちろんだよ。ユキナちゃん」




 九十九が右手を差し出した。


「アキト君。君と出会ったことで、この木連以外にも人が暮らしてることが実感できた。
 この八カ月。実に有意義だった。
 ありがとう」


 アキトは右手を握り返す。


「こちらこそ、世話になったな」

「いやいや。世話になったのはこちらの方さ。

 おかげで、舌が肥えてしまって苦労してるよ」




「九十九。それは、自慢のようにしか聞こえんぞ。

 じゃあな。また、逢おう。兄弟」


「ああ。月臣も元気でな。
 また、おまえから極破の技を教えて貰えて、本当に嬉しかった」


「また……とは、どういう意味だ?」

「いや。こっちのことだ」




 疑問顔の月臣を押しのけた夕薙が、胸の前で手を組む。


「また木連に来れねぇでやんすか?」

「さすがに難しいな」

「で、やんすよね。
 でも、まだ、木連の全てを案内しきってねぇでやんす」

「それは、戦争が和平で終結してからでも、遅くはないさ」


「遅くはないけど…………早くもねぇでやんすよ」

「仕方ない。こればかりは急ぎたくとも急ぎようがない」


「寂しくなるでやんすねぇ」


 夕薙は俯き、小指を咥えた。




「? ………波月。公園の林ばかり見てるけど、何かあるんでやんすか?」


「ううん。なんもないっすよ。夕薙先輩」




 至極平然と言ってのけた波月は、アキトの前に進み出る。



「アキト君。
 次、逢う時は戦場だね」


「ああ」



「アキト君。わたしの言葉、憶えてる?」



『敵は殺す』…………だったな」



「ええ。そして、アキト君の誓いが『ナデシコの仲間は護る』だったよね」



「そうだ」



 二人の眼が底光りし、殺気が爆ぜた。


「手加減はしないよ」


「俺もだ」



 玲華が、軽い手刀を波月の後頭部にかます。

「あでっ」


「気持ちは解るけど、止めなさい。波月」

「うぅ〜〜〜〜」





 波月の前に進み出た玲華の波打った薄茶の髪が、さらりと揺れる。



 玲華の鳶色の瞳が、アキトの黒瞳を見つめた。


 二人とも『同種』のものを封印していた。そう禍々しい『凶禍()』なる物を。

 互いの瞳の中に同じ物を見取った二人は、同時に口許に微笑みを浮かべた。




 傍に近寄った玲華が、アキトのマントを掴み引き寄せ、背伸びをする。


 そのまま、唇を重ねた。




 風が二人を取り巻く。




 ゆっくりと身体を離した玲華が微笑んだ。



 玲華は何も言わない。

 全ての想いと言葉は、そのキスに込められていたから。


 同じ『鬼』ならば、心は伝わる。



 玲華の眼に、アキトが頷いた。




 その脇では、突然のことに固まっている三羽烏とサブロウタと夕薙。

 波月は予想通りと云う顔をしているし、ユキナは慣れたものだった。






 玲華・波月・夕薙・元一朗・源八郎・サブロウタ・九十九・ユキナを眼に焼き付けるようにアキトは、順に見回した。



 ―――――そして、微笑む。



「九十九、ユキナちゃん。
 この八ヶ月、楽しかった。ありがとう。

 そして、皆。また、逢おう」



 虹色の光芒に包まれたアキトは天を仰ぎ――

「ジャンプ」

 その声と共に、アキトの姿が掻き消えた。



「おお、これが……生体跳躍スか!!」

「また…………逢えるかな?」

 呟くユキナに、九十九は笑みを浮かべる。

「ああ、逢えるさ」

「うむ。凄まじいものだな」

「ええ、必ず」

「絶対にね」

「絶対でやんすよ」

「跳躍を制するものが、世界を制覇するか。
 草壁閣下の言葉は、真実を突いてるかもしれん」




「おややっ? 波月は?」


 辺りを見回す夕薙に、玲華も小首を傾げた。


「そういや…………いないわね」



「ん〜〜。どっかで独り、泣いてるとか?」



「あれが、そんなタマか!!」



「「「「「 同感 」」」」」














 林を疾走する影、四つ。



「おやおや、そんなに急いで何処へ行く?」



 その四つの影が、足を止めた。



 声の出所に居たのは、女性――――いや、年齢的には少女の域に入るだろう。


 身長は168センチ程あるが、まだ、少女の面影が色濃く残った童顔だった。

 黒く艶やかな背中まである長い髪。

 優人部隊の白い軍服の上着に、スリットの入った膝上までの黒のタイトスカート。

 白の軍服の上から細い腰を絞めている金色のベルトに、小刀を吊り下げている。


 特徴的なのは眼であった。

 その鷹のように光る眼光は、断じて少女のものではない。




 自分意思で殺戮の道を歩いている『化け物』の黒瞳。





 その姿を認めた四人の男は、一斉に刀を抜いた。


「裏切り者め!!」



「わたしは自分の判断で決定し、自分で意思で歩く。
 何人たりとも、わたしを止めることなどできない」




「我々が監視していたのも気づかずに迂闊にも正体を現したな!!
 悪しき地球の間者(スパイ)!!
 
逮捕など生ぬるい。この場で刀の錆にしてくれるわ!!」



 『化け物』はぬらりと赤く嗤った。



「わたしの『敵』になるの?


 
『敵は殺す』

 
それがわたしの生き方。

 残念ね」




「いくら、お前が優人部隊主任武術教官だとしても、木連式抜刀術師範代の腕を持つ我々、四人には勝てん!!
 地球に魂を売ったこと後悔するんだな!!


「おや、お気の毒」


「なに?」


「行方不明者が…………ひい、ふう、みい……の四人」


「キサマ!!」



 刃の風切り音で、空気が鳴いた。


 高速で降り下ろされた刀を、すっと避けた波月は手刀一撃で、男の上腕骨を粉砕する。



「わ…………我々は木星連合特公警備隊で――――」



 言い訳じみた弁解を吐く特公兵に、波月は――、


「そう。それは、ゴクロウサマ」


 両底掌を討ち込んだ。



 ”木連式水蓮流柔『双按』”


 ズバン!!



 大気が渦を捲く。


 その衝撃が身体を貫通し、警備兵の背中が裂け弾けた。


 弾けた背中から、血と臓物が衝撃に沿って、螺旋に舞い散る。




 一撃で即死した男に、他の警備兵が後退さった。


「バ、バカな!? 水蓮の『双按』は、まともに当たっても人を吹き飛ばせる程度のはずだ!!」



 波月が微かに眼を眇める。


「吹き飛ばす? それ、何処の未熟者の話?

 『双按』は、一撃で敵の肋を粉砕できるようになって、やっと『半人前』。
 吹き飛ばす程度じゃ、本来の力の10分の一も出せてない。

 そして、今のが正真正銘、木連式水蓮流柔『双按』」



「ば……化け物め」




「そう。その通り」



 ぬらりと赤く緋く紅く嗤った。



「来い。『人間』ども」




 警備兵は刀を鞘に納刀し、

「滅しろ!! 化け物!!」


 ”木連式抜刀術『閃薙』”




「…………遅い」


 波月は、小刀を抜刀一閃。男の首を跳ね飛ばしていた。



 首が無くなり、鮮血を噴出しながらも倒れない警備兵の手から、日本刀を抜き取った波月は、刀をくるりと回す。




「チィイヤァァァァ!!」


 裂帛の気合を発した警備兵の正眼からの打突を、日本刀を螺旋回転させ受け流し、足払いを掛けながら、小刀で喉笛を貫く。



 ジシュッ!!


 ”木連式水蓮流柔『飛鶴小纏』”



 身を翻しながら小刀を引き抜いた波月は、血糊を払って鞘に納刀した。




 喉元から血飛沫を吹き上げている男を一顧だにせず、波月は最後の一人に日本刀の切っ先を突きつける。



「…………ひっ、ひっ


 喉を鳴らしながら、男は刀を構ま――――


 横薙に一閃!


 波月は刀で、男の持つ刃を叩き折った。



「ひぃ!!」



 悲鳴を上げた男は折れた日本刀を捨て、膝を突き、必死に、波月に命乞いし始める。


「ま……待ってくれ!!
 俺は、命令されただけなんだ!!」






 波月の前髪で隠れた黒瞳が男を見つめている。






 鉄鋼のような冷徹な黒瞳に、男は恐怖に身を戦慄かせた。


「頼む!! 命だけは助けてくれ!!

 お……俺には三歳の子供と、4ヶ月の赤ん坊がいるんだ!!
 帰りを待っている妻がいるんだ!!


 
頼む!! 命だけは!! 命だけは助けてくれ!!」






 鋼鉄の瞳は決して揺るがない。ただ、冷たく鈍く反射するだけ。







 波月の口許だけが、ふわりと微笑する。



 赤く緋く紅い三日月の笑み。








「『修羅の波月(化け物)』が「よろしく」と言ってたって――――地獄の管理人に伝えといて








「ひっ!!」





 刃が雷光一閃し、血潮が吹き上がった。


























 波月の背後には、雄大な木星。



 木星の薄明かりに照らされる中、低い嗤い声が波月の唇から洩れ出る。





「……ク………………クククククククククククククク」

















 血に濡れた拳を唇に当て、波月(化け物)の低く静かな嗤い声だけが、いつまでも、いつまでも響いていた。























 フェアリー・ダンス第一章7.5話、了。

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