ドドン!
「さあ、お立ち会い。
なぜなにナデシコ・紙芝居編が始まるわよ」
ドドン!
イネスは紙芝居の横で、もう一度太鼓を叩いた。
紙芝居を設置したブリッジには、パイロットやブリッジ・クルーなど主要クルーが集まっていた。
さすがに全クルーは集められなかったらしいが、紙芝居はナデシコ艦内全域に強制放映されている。
紙芝居の前に座ってるクルーは各々、飴や駄菓子を食べながら拍手した。
「では、説明しましょう。
チューリップを抜けたら瞬間移動……とはならないようね。
少なくとも地球時間で八ヶ月の時間が経過してるのは事実。
で、ワタシの見解としては、未来に行くのは、理論上は簡単。
光速に近い超高速か、超重力場なら周囲の時間が遅れ、未来に行く事が可能になるわ。
チュウリップの中が、超重力場であったのなら、ディストーション・フィールドに守られているナデシコの周りの時間が遅れたってわけ。
けど、その仮説では、空間移動が説明つかないし、火星のクロッカスのように時間を遡ることができないから、間違ってるんでしょうけど。
ただ、今回、チューリップからナデシコが出現する時、ボース粒子の増大が検出されたわ。
それを考えると、この時空間移動は、やはり重力子が何等かの作用を及ぼしてると考えられる。
そこで、今、立てられる仮説は三つ。
エキピロティック宇宙論によれば――」
絶好調のイネスを遮って、ジュンが手を上げる。
「あの……どうして、大口径レーザーがナデシコに利いたんですか?」
「読み飛ばしてもオッケ〜だよ〜〜」
「まだ、説明が途中なのに…………。
はい。それも、説明しましょう
ディストーション・フィールドというのは、重力子発生装置――グラビティ・コントロール・ブレードによって、重力子を強制的に位置配列させて対象物を覆ったものよ。
そして、戦艦の
これは、設定でどうとでも変えられるけどね。
今回、敵艦が大口レーザーを撃った時、戦艦同士のフィールドが擦れ合ったのは覚えてるわね。
この時、重力子は互いのディストーション・フィールドによって、通常の空間では起きない、重力子と重力子の重ね合わせ現象が起きたと推測される。
計算上だと、これは戦艦など高出力フィールドの時のみと言えるわね。
この重力子融合とも言える現象によって、重力子が重力
尚、これは質量に比例してるから核融合に比べると、放出されるエネルギーは遥かに小さいけど。
さて、その重力バーストが起きた時、その周りの重力子も連鎖反応を起こし、エネルギーを――この場合は重力波を放出した重力子はフェルミオン変換を起して、質量がほぼ0に近い素粒子として発散するわ。
その素粒子の発散=極局地的なフィールドの消失となり、それが穴となる。
本来なら、その『穴』は10-5秒という刹那にも満たない時間で消えてしまうのだけれども、ディストーション・フィールドを光速で回転させてる、つまり、重力子は光速で動いてるため、重力子の”見かけ上の時間”が延びる。
そのため『穴』の寿命も飛躍的に伸びるわ。
例を上げれば、宇宙線が大気園に当たって生成されるミューオン。
本来ならばその粒子の寿命は2.2*10-6秒、すなわち100万分の1秒しかない。よって生成されてから約653メートルの距離で崩壊し、地球の地表には絶対に届かないはずなのに、光速に近い0.99Cで飛んでいるため、見かけの時間が伸びて、地上まで届くのと同じ原理ね。
話を戻すけど、このフィールドの『穴』は、川の流れの中に渦が巻くようなもので、どこで起こるかは予測の仕様がなく、時間が伸びたとしても、ワタシたちの観測時間で0.1秒から0.5秒程度。
大きさはディトーション・フィールドの強度にもよるけど、最大でも数センチ程度よ。ただ、連鎖反応でその周りも薄くなっているから、大口径レーザーで撃ち抜けるわけ。
ただし、現存のセンサーでこの穴を予測するのは不可能に近い。それを撃ち抜くとなると……現実に喰らってなければ、机上の空論と一笑に付したでしょうね。
さて、ここで、この重力子の融合のエネルギーを考えた場合、E=MC2の基本式を変換し、重力子融合係数を考えると――――」
またも、絶好調のイネスを遮り、今度はユリカが今の説明を総括する。
「え〜〜と、つまり――戦艦級ディストーション・フィールドを擦り合わせると、穴が開くって事ですか?」
「まだ、説明が途中なのに…………。
まあ、簡単に言えばそうね。
でも、どこに開くかは不明、大きさは数センチ程度。時間も最大0.5秒程よ。
つまり、それを撃ち抜くとなると――」
「ほとんど、神業ですね」
「ええ。そうね」
「ミナト、よく避けれたな」
「船が擦れ違う直前、ルリルリが火星を脱出した時のことがぁ、突然、頭に過ぎってねぇ。
あの時、ルリルリが敵を擦れ違いざま倒してたでしょぉ。もしやと思ったからぁ…………――あら?」
「ミナト操舵士が、艦を急転回してくれなかったら〜、ブリッジに直撃してたよ〜」
「さすがは、ミナトさん」
「むう。命の恩人だな」
「私の眼に狂いはなかったようですね」
賞賛の中、独り、ミナトは難しい顔で考え込んでいた。
「ミナトさん。どうしたんですか? 険しい顔して」
「ぅん? ちょっとねぇ」
「気になることがあるならおっしゃってください。
敵の正体に繋がるかもしれませんので。はい」
クルーたちの眼がミナトに集中する。
皆の視線に、ミナトは渋々と口を開いた。
「あの戦艦がナデシコにぃ体当たりしたでしょぉ。
あの時ぃ、体当たりの直前で戦艦を捻る癖、どっかで、感じたことがあると思ってねぇ。
やっとぉ、思い出したわぁ」
「ど…………どこで、ですか?」
問いかけるジュンに、ミナトはすっと目を細め、一言。
「ルリルリ」
「へっ!?」
「火星で、ナデシコが敵戦艦にぃ体当たりしかける直前、ルリルリもぉ同じような癖で艦を捻ったの」
「ほ、……本当ですか?」
「これでも操舵士よぉ。自分の乗った船がどういう動きをしたかくらい把握してるわぁ」
「え…………っと、ルリちゃんは!?」
「ルリネェ? 襲撃にも気づかずに爆睡してたよ」
「じゃあ…………どういうこと?」
「「「「「う〜〜ん?」」」」」
「ねぇ。ミナトさん」
「なぁに? メグちゃん」
「ミナトさんも、戦艦で体当たりって出来るんですか?」
「えぇ。できるわよぉ」
「「「ええっ!?」」」
「大型宇宙船の講習を受けた時にぃ、タミヤって娘と一緒に、シミュレーターで訓練したのよぉ。
でもぉ、実戦でやるつもりはぁ、これっぽちもないわ。
200人のぉ命がかかってるしね。
いい、メグちゃん。
航空旅客機のパイロットはぁ、アクロバットな飛行が出来るからとぉいって、客にねだられてやるわけないでしょ。
もちろん、非常時には――これをやらなければ死ぬという場合には、胴体着陸とかぁ、アクロバット紛いの飛行もするわよ。
一人でやるのならぁ、もしくは命をともにした相棒と戦闘機で曲芸飛行するのなら構わない。
でもぉ、戦艦乗りや旅客機パイロットの腕にはぁ、自分以外の命と人生がかかっているの。
いかに見た目が派手で格好よくてもぉ、乗員の命を天秤にかけるような乗り方はぁ、船乗りとして『三流』よ」
右手を腰に当てたミナトは胸を張った。
「だから、
これがぁ、戦艦乗りの誇り」
クルーの称賛と信頼の念が、ミナトに向けられる。
「いやいや、勇ましいね。
君のような女性が居るとは、ボクも来た甲斐があったというもんだよ」
「誰? あんた」
「ボクの名は、『アカツキ・ナガレ』
コスモスから来た男さ」
長髪を掻き上げたアカツキは、キランと白い歯を煌めかせた。
プロスが手を叩いて、皆の注意を引く。
「さて、マトメますと、我々が火星で消えてから、八ヶ月が経過してしまいました。
その八ヶ月で、軍とネルガルは和解し、新しい戦艦、ナデシコ二番艦『コスモス』を造って月面を奪回。
威力は先程、見た通りです。
これにより、ネルガル本社は軍と共同戦線をとることになってまして。ねぇ、艦長」
「あ、はい。
……それに伴いナデシコは、地球連合海軍極東方面部に編入されることになりました」
「オレたちに軍人になれって言うのかよ」
「正確には、ネルガルからの出向社員という扱いになります。はい。
まあ、軍の命令を聞く立場にはなりますが」
「俺たちゃ、戦争屋ってか?」
口許を歪めるウリバタケ。
皆の厳しい視線に、ユリカはアキトを見つめた。
「アキトは……どう思う?」
「軍だろうが、そうでなかろうがやることは変わらないさ。…………
「ん〜〜。そっか〜〜」
「ユリカ。おまえは、ナデシコの長だろう。
なら、一介のパイロットの言葉に左右されるな」
「え〜〜。アキトは一介のパイロットなんかじゃないよ。
アキトは、ユリカの王子様だよ!!」
態と挑発する表情を作ったアカツキが茶々を入れる。
「テンカワ君……だっけ?
ずいぶんと冷めた見方だねぇ。
それとも、世の中なるようにしかならないと拗ねてるタイプかい」
「わざわざ、パイロットとして最前線に出てくるような、酔狂なおまえに比べれば遙かにましさ。アカツキ」
「おや、それはどういう意味だい?」
「そのままの意味だ。
エリナとプロスの気苦労が、さらに増えるぞ」
「おやおや。テンカワ君。君は――」
「ちょっと待ってください!! アキトさん。
エリナって誰ですか!?
ルリちゃんだけでも大問題なのに、また、新たな女ですか?」
「ぷんぷん。アキトはユリカの王子様なんだよ。
アキト。もう少し、王子様としての自覚を持ってよ」
「おい。エリナって誰だ?」
詰め寄る三人娘に、アキトは顎をしゃくる。
「そこにいる副操舵士のことさ」
「「「え?」」」
そこには、肩口で黒髪を切り揃え、目許に泣き黒子のあるキャリアウーマン風の女性が腰に手を当てて立っていた。
「アタシ。あなたに、自己紹介なんてしたかしら」
「いいや」
「なら、あなた、なんでアタシのことを知ってるのよ」
答えないアキトに、鼻を鳴らすスーツ姿の女性。
「まあ、いいけど。
この際だから、自己紹介しておくわ。
ワタシの名前は『エリナ・キンジョウ・ウォン』
ネルガル会長付き秘書よ。
ナデシコには、建て前上、副操舵士として任務に着くことになるわ。
よろしく」
「建て前上……って、ことは、本音はどうなんですか?」
「決まってるじゃない。
このナデシコを足がかりにして、ネルガルを乗っ取るのよ!!
アタシの目標、『世界征服』の輝くべき第一歩ね」
「あ、あの…………そんなこと、ここで言っちゃって良いんですか?」
「良いのよ。
誰であろうと、アタシに楯突く人間は、生まれてきたことを後悔する羽目になるから」
「なぜ、会長秘書が来てるのだ?」
「……は……はあ」
「…………私に聞かれましても。
そうそう、ゴート君。後で少しお話が――」
「ハルカ君。あんな彼女だけど、君の後輩と云うことになるから、まっ、宜しくしてやってくれたまえ」
ミナトの繊手を取り、馴れ馴れしく手の甲を撫でるアカツキ。
「話?」
無言で手を振り払ったミナトは――――、
アカツキの鳩尾に、貫くような肘打ちを叩き込んだ。
「ええ。ここではなんですので、その時に」
全身のバネを使った会心の一撃。
「グホッ!!」
一撃でノックアウトしたアカツキを見、エリナが頬に手を当て嬉しそうに微笑む。
「あら。なかなか良い肘打ちね」
「社長秘書時代にぃちょっとねぇ」
「社長秘書は社長を殴り飛ばし、会長秘書は会長を蹴り飛ばす。
『秘書の特権』よね。
ね。今のどうやって
「べつにぃ。ただ、ちょっと殺す気で肘を打ち込んだだけよぉ」
「いいわね。あなた。なかなか、見所あるわ。
アタシの名は『エリナ・キンジョウ・ウォン』
よろしくね」
「ええ。ワタシはぁ、『ハルカ・ミナト』よぉ。
よろしくぅ」
手を握りあう女二人に、男たちは背筋が震えるような危険を感じたが、止められる猛者はいなかった。
エリナは、倒れてるアカツキの背中を、さり気なくヒールの爪先で踏みにじっている。
「…………エリナ君。
もう少し、慈愛の心を持ってくれても、良いんじゃないかな」
床からの声に、エリナは至極平然と答えた。
「悪いわね。
アタシの趣味は、負け犬の遠吠えを喚いてる敗者を踏みにじって、高笑いをあげることよ」
「君。慈悲って言葉、知ってる?」
「横領の逆ね」
「…………………その自費じゃないよ」
「回復、早いですね」
抑揚のない無機質な声が、アカツキに落ちる。
「ふっ。慣れてるからね」
「そっか〜〜。慣れてるのか〜〜」
「初めまして」
無表情で見下ろす少女に、
エリナに踏まれて、カエルのように這い蹲ったまま、アカツキはニヤリと笑みを浮かべ、キランと白い歯を輝かせた。
「ああ、初めましてだね。『星野瑠璃』君」
と、ユリカがルリの肩をがっしりと掴んだ。
「ルルルルルルルリちゃん。
アキトのお布団に――」
「はい。よく眠れました」
ガーーン!! と効果音付きで、ショックを受けるユリカ。
「「「「じろじろじろ〜〜」」」」
全員の氷点下の白い視線に、アキトは慌ててルリに尋ねる。
「ル、ルリちゃん。
なんで、俺の布団なんかで寝てたんだ?」
ルリが横目でアキトを見上げた。
「アレですか?
テンカワさんが、無断で私の部屋に入ったので、ちょっとした『おしおき』です」
「アキトくん?」
「い、いや………………ルリちゃんが、ブリッジに居なかったから、探すために」
ミナトは腰に手を当て上目遣いで、アキトに詰め寄った。
「だからって、女の子の部屋に無断で入るなんてぇ、酷いんじゃぁなぁい?」
「……それは――」
「まあ、そういう次第です」
ユリカが頭突きをかましそうな勢いで、ルリに迫る。
「じゃあ、ルリちゃんとアキトは、何もないんだね!!」
「…………私、少女です」
「は〜〜〜〜。ですよね〜〜〜〜〜」
大仰に安堵の息を吐くメグミと、途端に機嫌が良くなるユリカ。
「そうだよね。
アキトはユリカの『王子さま』だもんね♪♪」
「オレはアキトを信じてたぜ!!」
「おや〜〜〜。リョーコ。
百発ぶん殴らせろと喚いたのは誰だったかな〜〜?」
「う、ウッセイ、ヒカル!! 黙ってろ!!」
「黙ってろと言われれば黙ってるけどさ〜〜」
「わ〜〜〜った!! 奢る!! 奢るよ!!」
「んじゃ、パフェ・ア・ラ・モードね〜〜〜」
「でっかい声で言ってちゃ〜、意味ないような」
『ルリちゃんの部屋は今後、絶対に無断で入ってはならない』、
ルリの『おしおき』の恐怖に震えながら、心に刻み込むアキトだった。
アカツキは一連の騒動に口を出さず、無表情のルリを観察していた。
あのルリの氷のような無表情無感情が演技だと、誰が気づくであろう。
意志の力で、その仮面に感情を押し隠してるなど、誰が想像するであろう。
感情を押し殺し、他人との係わり合いを断ち、ただ己の道だけを見詰め続ける少女。
アカツキは背筋を震わせた。
その強靭な意志の強さに。目的のためなら、日常の表情すら偽るこの少女に。
「……エリナくん。そろそろ足、退けて貰えるかな?」
「あら、アカツキ君。まだ、アタシの足の下に居たの?」
「……………………」
「ちょっと、アタシの紹介は、いつなのよ!!」
「おや。すっかり忘れておりましたなぁ。
え〜〜。新たにナデシコに就任した提督さんです。
覚えてる方もいらっしゃると思いますが――」
プロスを押し除けて、マッシュルームカットの軍人が前に進み出る。
「アタシの名は――「キノコ」
「違うわよ!! アタシの名は――「キノコ」
「だから!!――「キノコキノコキノコキノコ」
ユリカが傍らの少女を諌める。
「ル、ルリちゃん。そこまでにしとこうよ」
「今さら紹介するまでも無いけど、アタシは連合宇宙軍少将『ムネタケ・サダアキ』よ!!
この艦の提督になったから、よろしく」
「へ〜〜〜。あの人ってムネタケって言うんだ。初めて知りました」
「ワタシもぉ、キノコだとばっかりぃ思ってたわぁ」
「アタシは、あのキノコ見たの、は〜じめて」
「なに? キノコではなかったのか?」
「そんな、嘘だ。僕もキノコだと――」
「キーーッ!! ちょっと!!
あんたたち!! 聞いてるの!?」
「あれだ。山田と同じさ。魂の名がムネタケなのさ」
「じゃあ、今まで通りキノコ提督で良いですよね」
「本名『キノコ』さん。魂の名が『ムネタケ・サダアキ』ってことで」
「では、艦内名簿には、そのように記載しておきましょう」
ムネタケはムンと胸を反らし、パンッと扇子を開いた。
「いいわね!! ミンナ!!
しっかりと『アタシの為』に働くのよ!!」
「「「「「 ………… 」」」」」
「あら、アタシの有り難い言葉に、感動で声も出ないようね。良い心掛けよ。
ホホホホッ」
皆の白い視線なぞ、なんのその。
扇子で口許を隠し、高笑うムネタケ。
「あ〜〜。変わってねぇなぁ」
「…………あのキノコ提督さん。
よく、ナデシコに戻ってくる気になりましたね。
アキトさんにあんだけ、コテンパンにやられたのに」
「学習能力がぁ、無いんじゃないのぉ」
「ふんっ!! 嘗めないことね。
出世するための、こ〜〜んなビックチャンスが転がってるのに、骨を折られたぐらいで、みすみす諦めるアタシじゃないのよ!!」
「なんか……八ヶ月前より、さらに堕ちてますね」
「まぁ、人はぁそう簡単に変わらないってことねぇ」
両腕を広げ、威風堂々と言い放ったムネタケに、疲れた表情を見せるメグミと、肩を竦めるミナト。
そのやり取りを横目に眺めながら、ウリバタケが頭を掻いた。
「提督が来たのはわかった。副操舵士の姉ちゃんは、美人だし大歓迎だ。
だが、それよりも、今はこのナデシコの方が、はるかにヤバイと思うぜ?
今も、騙し騙し運航してんだ。
どっかで修理しねぇと、木星蜥蜴に襲われたら、マジに一巻の終わりだぞ。
艦長さんよ。これからどうすんだ?」
「あっ、はい。
ナデシコ二番艦『コスモス』に行きます」
「コスモスに?」
疑問を浮かべるナデシコ・クルーに、エリナが自分の私物のように自慢する。
「コスモスはドック艦になってるのよ。
この程度の修理なら、24時間で終わるわ」
「「「「へぇ〜〜」」」」
感嘆の声が、ブリッジに沸き上がる中――
「犬餌の缶詰……犬缶………ドッグ艦………プクククク」
「「「「「「 …………………………… 」」」」」」
イズミのギャグで、一気に気力が下がったナデシコクルーたちだった。
*
「こちら、ND001『ナデシコ』です。
収容、お願いします」
「ようこそ。皆さん。ナデシコ2番艦『コスモス』へ」
「誘導ビーム確認。
方向システム『コスモス』にコネクト。
車庫入れ、お任せします」
ルリの報告に、コンソールから手を離したミナトが、操舵席で背伸びをした。
「はぁぁ。楽ちんよねぇ」
メグミが口許に人差指を当て、宙を見上げる。
「八カ月かぁ。
何か変わってるかな〜」
「出航してからだとぉ、約1年くらいよねぇ」
「今年は、秋物買いそびれちゃいましたね」
「そぉねぇ。今は、どうなってるかしらぁ?」
「出航する前は、ミレニアム回帰って騒がれてましたよね」
「ええ。2000年頃のスタイルのぉブーム到来ってねぇ」
「でも、あれって形は似てるけど、素材が全然違いますよね」
「だからでしょぉ」
「あ、ファッションと言えば……」
「そぉそぉ」
メグミとミナトは、二人の間にいる無表情の少女を眺めた。
「ルリちゃん。髪型、変えたのね」
「ぅん。似合ってるわぁ」
「…………はあ」
二人の賛辞に、ルリは気の抜けた返事を返す。
ツインテールに変わりないが、
中分けしてた前髪をストレートに下ろし、髪を纏める位置が僅かに下がり、
それに伴い、赤い玉付きの髪留めに換わって、
シンプルなブルー・スケルトンのリングの髪留めが銀髪と調和を保ちつつ、淡青な光を透過していた。
落ち着いた雰囲気と相俟って、前よりも大人びて見える。
「前は可愛いって感じだったけど、今は奇麗って感じですよね」
「ねぇ。なんで、イメチェンしたのぉ?
あっ、もしかして好きな人でも出来たのかなぁ?」
「えっ!?」
ビクッと震えるメグミと、無反応を返すルリ。
ミナトはニィと笑みを浮かべた。
「そっかぁ。だからぁ、ルリルリィ、アキト君のお布団で寝てたんだぁ」
「あれは報復です。
それ以上でも以下でも以外でもありません」
「そ、そうですよね。
ルリちゃんは、まだ子供ですもんね」
「あらぁ。女の子は早熟よぉ。
頭の良い子なんかぁ特にねぇ。
ねぇ、ルリルリィ?」
ミナトの流し目に、ルリはついと眼を逸らした。
「…………知りません。
私、少女ですから」
*
「はぁ。これは困りましたなぁ」
二本指で眼鏡を押し上げたプロスが眉根を寄せた困り顔で、少年を見下ろす。
ナデシコがコスモスに着艦したと同時に、『ムラサメ・シュウ』がホウメイとホウメイガールズを引き連れて、ブリッジに押し掛けて来たのだ。
シュウはもう一度、プロスに頼み込む。
「俺は、地球にも月にも降りる気はない。
このナデシコ食堂で働かせてくれ」
「と、言われましてもなぁ」
渋るプロスに、アキトが助け船を出す。
「ナデシコが軍の所属になるまでなら、良いんじゃないか?
今のナデシコは、ネルガルの所属だろう」
「キーーーーー!!
何、言ってんのよ。あんた!! そんなことが――」
「おまえの許可など必要ない」
物理的な圧力すら感じるアキトの眼光に、ムネタケは酸欠の金魚のように口を開閉させた。
「良いんじゃないかい。雇っちゃってもさあ。
ほら。一応、ナデシコは民間の船だから、軍の許可を取る必要もないんだしさ」
「はあ。まあ、そういうことでしたら」
アカツキの一声で、すらりと懐から契約書を取り出したプロスに、メグミが眼を瞬いた。
「プロスさんって、いつも、契約書を持ち歩いてるんですか?」
「いえいえ。今日はたまたまです」
「そんなこと言って。
あなたのことだから、どうせ、この少年がそう言ってくることを予想してたんでしょ」
「いやはや。エリナ女史の眼はごまかせませんなぁ。
ささ。ムラサメさん。
ここにサインをお願いします。
そうそう、契約条項には全て眼を通しておいてください。
また、反乱など起こされてはたまりませんからなぁ。はい」
「シュウ。ナデシコに乗るなら、保険にも入っておくんだ。
君もIFSを持ってるんだろう。何時、何が起こるか判らないからな」
「でも、俺。コックとして乗るんだけど」
シュウの反論に、アキトは自嘲を浮かべた。
「俺も『昔』、コックとして戦艦に乗ったことがあってな。
その時は、パイロットの人数が足りなくて、なし崩し的にコック兼パイロットになった。
バカな話だが、その時、保険に入り忘れてな。
戦艦を降りた時には借金だけが残っていた。なんて、笑い話にもならない状態に陥ってた。
実際、笑えなかったよ。
悪いことは言わない。入っておけ」
「…………うん。わかった」
「保険にも入られますか。
では、こちらの書類にもサインをお願いします」
難解な言い回しを多用してる文章の意味を掴めず、渋面で契約書を読んでるシュウに、リョーコが尋ねる。
「あの避難民の中に、家族はいねぇのか?」
「いない」
「そっか」
「でも、姉ちゃんがいるんだ。
姉ちゃんは連合軍の軍人だったんだけど、『火星会戦』で音信不通になった。
たぶん…………あの、戦争で――」
「…………すまねぇ。
悪りぃこと訊いたな」
「平気」
シュウは名前をサインした契約書を、プロスに差し出した。
「これで、いいか?」
「はい。大丈夫です。
これで、ムラサメさんもナデシコの一員ですなぁ」
「これで、本当にお仲間だね〜〜」
「鎌を持つヤカマしい袴のオカマの仲間がツカマる……ククククク」
「ま、よろしくたのまぁ」
「ムウ。部屋は、火星の避難民がコスモスに移ってから、決めることになる」
「歓迎するよ。ムラサメ君。
僕で良ければ、いつでも相談乗るから」
「こ〜の変化が、吉と出るか凶と出るか。楽しみだね〜」
「ナデシコの一員になったからには、プロフェッショナルの腕を持つのよ。良いわね? 少年」
「エリナ君。それはちょっと難しいんじゃないかい?」
「食堂に食べに行くときは、お願いね」
「美味しい料理ぃ、期待してるわよぉ。シュウ君」
「よろしく」
「解らないことがあるなら、なんでも聞きなさい。
コンパクトに説明してあげるわ」
「あんたなんか、居ても居なくても同じだけど、精々、アタシの足を引っ張らないでちょうだい」
「フィギュア、GEARミニ四駆、ガレキに興味あるか? あるなら、いつでも俺の部屋に来い」
「俺も厨房で働いてる。
よろしくな。シュウ」
「改めて、ヨロシクッ。シュウくんっ」
「よろしくぅ〜〜ですぅ〜〜」
「キャハハハ。これで、シュウとも同僚だね!!」
「これからも、一緒に頑張っていこう!!」
「厨房係りとして、心から歓迎するわ。ムラサメ君」
「ビシバシ、鍛えるよ。覚悟おし。シュウ坊」
ユリカが右腕を大きく広げた。
「ようこそ!! ナデシコへ!!」