――――2時間後。
ソーラーセイルを展開した0G型エステバリスのアサルトピットのみが、ナデシコの格納庫に入ってくる。
「はあ〜〜。助かった〜〜」
濃緑のアサルトピットから降りた『アオイ・ジュン』は、ぐっと拳を握り、天を仰ぐ。
「僕は気づいた。
最後に逢いたいと思ったのは、ユリカだと。
ユリカ。やっぱり、僕は君の事が――」
「おい。副艦長。何、サボってんだ?」
ウリバタケはスパナで自分の肩を叩きながら、尋ねた。
「え? 遊んでたわけじゃなくて、……バッタに突撃されて、月の裏まで流されて、遭な――」
「ジュン君!!」
「ユリカ!! ……ユリカ……僕は、君に伝えたいことが――」
「プンプン。書類が溜まってるんだよ。
逃げようたって、そうはいかないんだからね。
ユリカは、ご立腹だよ!!」
「え? その……逃げた訳じゃなくて、…………誰も救助に来なかったから、ソーラーセイル開いて、パーツを吹っ飛ばして、その反作用で――」
「いけませんなぁ。副艦長。
無断欠勤は。
有給が溜まってるから良いものの、休む時は休むと連絡して頂きませんと。はい」
プロスのトドメに、
ジュンの目尻に、じわり と涙が滲み、
「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
キラキラと透明な涙を舞い散らせながら、ジュンは通路を駆けて行った。
声無く見送ったユリカは、ぽつりと一言。
「ジュン君。なんで、泣いちゃったんだろ?」
「「……さあ?」」
その日、一日、イジケたジュンは自室から出て来なかった。
あとで、ルリに事情を聞いた――――ルリとコルリも「あ、忘れてた」と手を打ってたが――――ユリカがお詫びに『手料理』を作り、
「グゲラガモガビゲガニャビャァァァァァ!!」
『愛』という名の根性で、『
『ここで、一言』
「バカばっか」
「だね〜」
*
ウリバタケは、『コスモス』の格納庫を歩いていた。
床は、流れ固まった油が鉄板の隙間に入り込み、黒い筋の模様が縦横に走っている。
甲高い音を響かせ、オレンジ色の火花を散らしながら、灰色の
その奥では、入り組んだ配線が組み込んである制御ボックスの上に青い服の整備員が座り、自動旋盤に使う超硬の刃物を、人工ダイヤモンド入りのヤスリで研ぎ直している。
その隅には、元は白だったが油汚れで真っ黒になり、洗濯しても落としきれずに灰色に染まったツナギが、麻のロープに並んで干されていた。
エステバリスの足首の関節部を分解し、稼働限界リミット用近接センサーの位置調節をしていた整備員に、ウリバタケが問いかける。
「おい、責任者はどこだ?」
「ん」
コスモスの整備員は顔も上げずに、スパナで指し示した。
ウリバタケは、片手を上げて感謝を示す、技術者特有の無愛想なコミュニケーションを交わしてから、歩きだす。
格納庫の片隅に、数人の整備員が集まっていた。
全員が鋭い視線を足元に向け、一心に集中している。
そこにはプラスチック製の組立式コースを、4台の『GEARミニ四駆』が駆けていた。
GEARミニ四駆には、幾つかの走行
約15分ほどのセッティング調整用テスト走行を経てから、本戦に入る『タイム・ラン』と云う試合形式が一般的だが、
ウリバタケが見る限り、今、彼らはセッティング調整や操縦練習のため、自由に走らせるだけの『フリー』走行で流してるようだった。
「ほう。『ブルーオーシャンGU』か」
このコース名を呟いたウリバタケに、一人が目線を投げる。
「あんたは?」
「ナデシコのもんだ。
あんた、ここの責任者か?」
「そうだ」
「話があるんだが。いいか?」
「少し待て」
ウリバタケはボードを軽く掲げて、了解を示す。
コスモス整備班長は眼を落とし、素早く無線コントローラーのレバーを親指で弾いた。
GEARミニ四駆の操縦は低速ギアにする時だけ、レバーを親指で押し下げる。
レバーは、指を離すとバネ圧により自動で高速側に戻る仕掛けになっていた。
実際のレースでは、低速区間が一秒以下と短いため、レバーを弾くように操作するのが一般的である。
レバーの『高』と『低』のストロークは、ほんの1ミリ程度。
このバネも数種類あり、好みの強さに調整できた。
また、レバーを親指ではなく、人差し指で操作するコントローラーも存在している。
コーナーに差しかかる一瞬手前、一秒以下で見極め、レバーを弾くように下げてギアをシフトダウンさせ、
コーナー途中で指が離れ、高速ギアに戻る。
集中力と反射神経が勝敗を分けるのと同時に、コントローラーのセッティングも重要な課題だった。
無言で操縦していたコスモス整備班長が、眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「お前、
「あん?」
対面の整備員が低速に入れると、2台のミニ四駆が同時に減速する。
「あ、本当だ。
班長。あんたのHz、52だよな?」
「違う。57.2だ」
「んな、点以下言うな。聞き間違えただろうが」
そう反論した彼は、無線コントローラーのストップスイッチを押し、足元で止まったミニ四駆を取り上げた。
コントローラーとミニ四駆を開き、細いプラスドライバーで周波数ダイヤルを回して、同期調整を始める。
それを見、ウリバタケが会話に加わる。
「そういや、
「直ぐに廃れたけどな」
「だな。ダイヤル式が数百円なのに、デジタル式は数千円もしたからな」
「いやいや、金持ちのガキ連中は使ってたぞ」
「デジタル式が一気に増えたのは、あの漫画が出始めてからだよな。
…………ええと、そう『GEARミニ四駆狂三郎』
あれで、主人公が使い始めてからだ」
「懐かしいな。俺も読んでた」
「俺もだ。
あれも、初めのうちは真っ当な改造が載ってたんだよな」
「重心編と軽量化編、空力編は役に立ったなぁ」
「でも、あの漫画、曲がる時はフロントウィング・ガイドがコーナー・レーンで火花が散るのは当たり前だったし、
ギアを変えた時も、プラスチックのギアなのに火花が散ってたぞ」
「それぐらいは、『演出』で勘弁してやれよ」
「あれも、最後の方はメタメタだったなぁ。
無線受信用のLSIがCPUになって。もう、乾電池2本じゃどうやっても動かねぇぞ。ってレベルで」
「レーンの傾きから、車体の重心まで計算とか。
計算してどうすんだよ。出来て、
「そうそう。しかも、コントローラーが親指の生体電流感知で、レバー操作よりも速い、とか何とか。
なんかもう、超能力かよっ! てな感じで」
「それ、主人公の親指が腱鞘炎になって、そんでツチヤ博士が「こんなこともあろうかと――」って、開発したんじゃなかったっけ」
「開発より先に、病院に連れてってやれよ」
「でも、まだ、マシだったじゃん。
ライバルの方なんざ、IFS入れてたはずだぜ。
GEARミニ四駆の、いったい何をイメージフィードバックすんだよ的な」
「それ、確か……終わりの方だったよな。
そのレース、中盤までは優勢だったんだけど、ゴール手前5メートルで電池切れして、狂三郎はリタイアだったっけ」
「始める前に気づけって思ったなぁ」
「で、そのレースは、あの陰険野郎が全てぶち壊そうとバット持って乱闘して、ご都合主義的にレースがやり直しになって…………で、どうなったっけ?」
「ほら、あれだよ。山奥で、アンタどうやって暮らしてんだよ的な『ミニ四駆仙人』”ヒノマル四駆郎”を訪ねて……」
「ああ、そうだった。
それで、野山で四駆を走らせたり、沢で走らせたり、四駆と一緒に滝に打たれたりして。
で、最後に仙人に勝って、
「原子力単三電池!
ゲットだぜっ!!」てな展開だったな」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙の中、男たちの口許に同種の笑みが浮かぶ。
”しょうがねぇなぁ”
その苦笑は、一様にそう語っていた。
「インフレ、ここに極まりって感じだったなぁ」
「ああ。俺、それ見て、「それもう、GEARミニ四駆じゃねぇだろ」って雑誌にツッコミ入れてたよ」
「俺も単行本にツッコミ入れた」
「ま。あの当時、もう殆ど廃れてたからな」
「最後はどうなった? 打ち切り?」
「ぽかったな。トーナメント戦の最終決戦でライバルとスタートラインに四駆おいて、そこで終わり」
「コースの向こうの地平線に、夕陽が沈みかけてて」
「そうそう。二人の戦いは始まったばかり……とか何とか」
「そりゃ、典型的な打ち切りだ」
ある種の
「で、ナデシコの。
用はなんだ?」
コスモス整備班長の問いかけに、ウリバタケはボードで自分の頭を小突いた。
「おっと、いけねぇ。
つい夢中になっちまった。
用件は、こいつだ」
ウリバタケは、手に持ったボードを差し出す。
そこには、コスモスからナデシコへ余剰エステバリスを譲渡する為の書類が挟まれていた。
「そんな話、聞いてないぞ」
眉間に皺を寄せるコスモス整備班長に、ウリバタケはボードを手渡す。
その指示はコスモス艦長よりもさらに上、ネルガル本社から出ているようだった。
承認欄には『ネルガル会長』のサインが記入され、『社印』が押印してある。
「現場にも、事前に情報ぐらい下ろしやがれ」
唸る整備員たちに、ウリバタケも溜息を返す。
「上役同士の話は直前まで現場には伝わってこねぇからな。
ひでぇ時には全てが終わってから、知らされる。でもって、ツケや責任は現場の人間が取らされるんだから、やってらんねぇよな。
おまけに、上の人間は計画性が無いのを、小回りが利くとか言い換えやがる。
計画も立てらんねぇ無能を棚に上げて、何言ってやがんだってんだ」
「そういうのは、どこも同じだな」
受け渡しサインを記入してもらったボードに、受領サインを記入したウリバタケが
「搬入、いいか?」
「いいぞ。ま、サービスってとこだな。
おいっ。チャッチャと終わらせるぜ」
「うい」
「了解」
「あ〜〜、仕事仕事」
その場に居た6人が、エステバリスの搬入作業を始めた。
それを見届けたウリバタケは小さく口笛を吹きながら、ナデシコへ戻る。
ナデシコとコスモスの格納庫を繋ぐタラップから降りたウリバタケは自然な動作で、ナデシコ格納庫のコンテナ群の暗がりに入った。
薄闇の中、金の双眸が浮かび上がる。
コンテナの陰に佇む『星野瑠璃』
薄暗闇の中、光の加減からか、金の双眼が、ぼぅと発光してるような、無気味な光景。
一切、気配を感じさせない幽鬼じみた少女。
一瞬、ギョッとしたウリバタケだが、すぐに破顔する。
「サンキュー。ルリルリ。
全く疑われなかったぜ。さすがだな」
ひらひらと、ボードに挟まれたエステバリス譲渡の書類を振った。
それは、ウリバタケの依頼で、ルリが偽造した偽の書類。
「P・H・Rの件と合わせて、貸し2つですよ」
「わ〜ってるって。
だから、急ピッチでXエステバリス――『エグザバイト』を組み上げてるさ」
「一日も早く、早急に完成させてください。
そのためなら、資金は問いません」
「任しとけ。
不眠不休……とはいかねぇが、俺の全力を傾けてるさ」
「そうですか。
ウリバタケさんの『本気』ならば信頼できます」
ルリたちが居るコンテナの暗がりの向こうを、リフトに乗った黒のノーマル・エステバリスが運搬されていく。
「ところで……なぜ書類を偽造してまで、あのエステバリスを増強するんですか?」
「ああ、あいつは予備さ」
「予備?」
「そうだ。アキトの奴がまた無茶しちまったら、エステが吹っ飛んじまうだろ。
なにせ、あのカスタムでも、アキトの全力についていけないからな」
「でしたら、フレームだけで――」
「ダメダメ。この前、アイツがノーマルで無茶しやがった時、アサルトピットの一次装甲まで歪んでたからな」
「…………はあ」
「どっかに、アキトと対等に戦っていける機体はねぇかな。……って、そりゃ、さすがに無理か」
肩を竦めたウリバタケは、搬入を指示するため、コンテナ群の陰から出て行った。
ルリは薄暗闇に佇み、ゆっくりと搬入される黒色のノーマル・エステバリスを眺めていた。
「やはり……………………早急に『サレナ』が必要ですね」
あとがき
こんにちは。2年ぶりのウツロです。
『ハッタリは 無闇な自信 でかい声』
以上、本文中のイネスの『説明』についてでした。
要は、ツッコマれても、説明に関しては謝ることしか出来ません、ってことです。
さて、ジュンがユリカの手料理を完食して三日目で復活できたのは、免疫があるためです。
学生時代、ユリカの劇薬…手料理の被験者…味見役は、常にユリカの身近にいた――――(哀涙)。
そして、いつも毒…ソレを「美味しいよ」と言っていた…………(溜息)。
では、次回!!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
炎多瑠って(爆笑)。
コルリのセンスかなぁ、このネーミングは。
それはともかく隔年ペースでもちゃんと更新してくれるのは嬉しい物です。
どこぞにはプロ作家の癖に新作を出す間隔が倍倍になっていくという凶悪な人もいますから。
ねぇ、と学会会長?
今回はCOOLなルリはやや一休みして、ウェットな話が続いてますね。
だがこれはこれでよし。
全般的には小さな恋の物語っぽく?w
>ルリの髪型
んー、ひょっとしてコミック版ナデシコのルリ?
>味見役
・・・・自業自得、いや、因果応報か。
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