『カバンをぶん投げた』
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―――片手に掴んでいたカバンの口を開け、
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――――両手で取っ手を親の仇の如く思いっきり握り締め、
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――――回転して遠心力だのそういう小賢しい事を考えるまでも無く、
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「うぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおらあああああああっ!!」
――――振り向きざまに全力でぶん投げた。
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アキトは、もう殺されるかなあと思っていた。それならそれでいいや、とも思った。
どうせ俺が死んだら、計画は失敗する。ならば、もう一度最初からやり直しだ。
やり直しの中では、俺はまた俺として存在する。なら、俺の意識がそこに無くても、そこの俺がどうにかしてくれるだろう。
(……待てよ?俺が此処で殺されたなら、予言書での先に意味が無くなる。俺だけじゃなく、他の条件下の多くの人間も。
条件下の誰かでも死んだら、そこで世界は終わる。
だったら、俺はここで死ぬんじゃないんじゃないのか?そもそも、この戦争が終わるまで死なないはずだから
―――って、俺は何をとち狂ってるんだろうか?ただ思い残した事があるまま死ぬのは嫌なだけか)
と考えるうちに、敵の腕が曲がりきるところまで来た。後は、ただそれが振り下ろされるのを待つのみ。
「……は?」
だがその機会は永遠に訪れなかった。いや、邪魔されたと言うべきか。
それを見たとき、アキトは我が目を疑った。
多分アキトだけでなく、それを見たら誰でも疑うとは思うだろうが、8mもあるロボットに向かってたかだか数十センチのカバンがぶつかっただけで、爆発物とかそういう訳でもないのに、敵は動きを止めてあまつさえ動揺し始めたのだ。
だが中身を見て、アキトは理解した。
チューリップクリスタル。
確かに記憶が正しければ、あんな物をばら撒いたとなれば、発生するのはランダムジャンプ。
何処の場所、何処の時代、いやそもそも何処の世界へ行くかすらも運命の悪戯のみが知る最悪のギャンブル。
どれだけの力を持とうとも、どれだけ優れた頭脳を持とうとも、巻き込まれれば命の保証は無い。
「……だあっ!」
だが、俺まで巻き込まれるわけには行かない。少年がそっちを選択したのなら、俺は俺のするべき事をするのみ。
アキトはそう判断し、朦朧とする意識を頭を振る事でクリアにして、最後の力を振り絞って絞殺寸前の状態から抜け出した。
後一歩遅れていれば、自分もあれに巻き込まれていた。
(……いやその前に、カバンをこっちに投げてくれなきゃ死んでいたか?)
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意識が戻る。
そして、やっと僕がカバンを手放し、ぶん投げてサレナにぶつけた事を思い出した。
カバンの中から空に零れ落ちる、キラキラとした小さな宝石群。
夜空に瞬く星屑のように、光が光を呼び、次々と共鳴して眩しく輝く光景は、本当に綺麗だった。
余りにも目を奪われすぎて、体ごと空に引き込まれるぐらいに。
「あ…………」
いや違う。これは、本当に引っ張られているんだ。
そうじゃなければ、堕とされた大地を離れ、今一度空に還ろうとする天使のように、光に包まれながら重力の枷から外されていた。
どっちが上かもはっきりしなくなってくる。
何度かそういう体験はしていたが、今までのは急に襲いかかってくるトラブル。
こう、現実から幻想へとゆっくり引っ張られるというのはこれが初めて。
それでも空だったはずの方向を頑張って見ると、大きな穴が開いている。黒い、大きな穴。
行き先は地獄か天国か、それとも見たことのない場所か。
そこに、一足先に上半身が既に浸かりきっているロボットが見えた。
とりあえず成功はしたのかな、と思う間も無く、すぐに僕の頭の中にも黒い霧が紛れ込んできて。
その霧はどんどん濃さを増してきて、
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―――僕は世界の何処にもいなくなった。
代理人の感想
うーむ。
こういっちゃなんですが、本当に面白くなってきましたねえ。
どんどん面白くなってくれればいいと思います。
では。