第5話

俺が13歳の時。

その頃には俺の両親は既に死んでいて、育ての親の如き存在も既になく、俺は両親の纏まった財産で、悠々自適な一人暮らしの日々。

そんな折、俺の前に、あの人が現れた。

「――――――こんにちわ。」

「・・・・・・?」

中学校から帰ってきた俺の家の、隣の家の前に女の人がいて、丁寧にお辞儀して挨拶してきた。

「最近此処に引っ越してきた、ヒヤマと言います。これからよろしくお願いします。」

ぺこりと下げる彼女の頭の後ろで、長く黒い髪がふわりと浮く。

だが、彼女の挨拶なんか、その時の俺は聞いちゃあいなかった。完全に見とれて、意識がぶっ飛んでいた。

――――――即ち、一目惚れだった。初恋というやつだった。

「・・・ふうん、その人がアキト君の想い人なんだ〜。」

「・・・まあ、そんなとこだ。」

と、女性3人にブリッジからコミュニケを通じて呼び出しがかかる。

「あ〜ん、もっと聞きたかったのに〜。」

「テンカワさん、また今度教えてくださいね。」

「今度・・・?」

3人が食堂から出て行き、食堂の同僚も分散してから、俺は再び昔のことを思い起こしていた。

彼女、ヒヤマユキは、一言で言うと変な人だった。

一人暮らしの俺の生活を見かねて、よく勝手に上がりこんで家事をしていくことがままあった。

「アキト君、一人暮らしなの?」

「・・・ん?

 あ、はい・・・。」

「・・・そうなんだ・・・。」

「でも、だからって家事は一人で」

「じゃあ、私がアキト君の家の家事やってあげますね。」

「いや、別に、その、」

「・・・嫌ですか?」

「あ、その・・・お願いします。」

・・・潤む瞳で頼まれたら、断れなかったんだな、これが。嫌われたくなかったから。

「・・・けど、料理はマズイかも・・・。」

「・・・うう・・・。」

「・・・聞こえてたか・・・。」

時々俺を家に連れ込んで、奇妙なシミュレーターを使って俺に格闘技やらなんやらを教えてもくれたっけ。

辺り一面真っ白な壁に囲まれた部屋に、俺とユキさんは二人きり。が、どうしても色っぽい展開は想像できない。

その原因は、天井の上に浮かぶ黒いミラーボール(だったかな・・・?)

「・・・なんですか?この部屋。」

「・・・秘密。」

「・・・へ?」

「じゃあ、スイッチオン!」

と、俺の前に、俺と同じくらいの背丈の、人型のワイヤーフレームが現れた。

「じゃあ、頑張ってみて下さい。私は体が弱いから、出来ないんですけど。

・・・結局、物理判定のある擬似訓練プログラムだと、ボコボコにされてから教えられた。

初めてのときはせめて教えてくれ、とつくづく思った。

「・・・あれ?プログラム、間違っちゃったかな?」

「恐ろしい間違いだ・・・ガク。」

結局、彼女の意図した使い方では無い使い方で役に立ったのだが。

どこから入手したのか解らない情報まで、彼女は教えてくれた。

――――――そう、あれはテロではなく、研究者である俺の両親ともめた、ネルガルの者による犯行という事も。

「なっ・・・!そんな・・・!!」

「――――――本当、だよ。」

と、頭の片隅に置いていた光景がよみがえる。

忘れていた行き場の無い怒りと、あの頃の無力だった事の憤りが、俺の全身を駆け巡る。

(――――――ネルガルめ・・・!!)

「――――――だめ、だよ。」

(なっ・・・!?)

ユキさんは、俺の心を見透かしたようにいさめ、説いてくる。

「アキト君、許せないとか思ってる。復讐してやるとか、思ってる。」

「そ・・・そんなことは・・・。」

図星だった。完全に。

「今強くなくても、いつか強くなってやるとか考えてる。」

「う・・・。」

「力だけ強くなっても、いくら武器を持っても、そんなのは本当の強さじゃないよ。

 ――――――感情のまま、拳を向けちゃ、後で後悔しちゃうよ・・・」

そういう彼女の顔は、本当に悲しそうだった。

「ユキさん・・・。」

「復讐なんて、考えちゃ、だめ。おねーさんと、約束。」

出してきた小指に、自分の小指を絡ませる。

「――――――うん、よろしい。」

その事に関しては、今でもそれでよかったのかは悩んでいる。

少なくとも、その時はあの人に嫌われたくなかっただけだから。

だが、ネルガルのこのナデシコに乗ることで、ほんの少しでも解るかもしれない。

・・・都合いいかもしれんが。

他には、いつも持ってたお守りの石をくれたり、その石を使ってあの人が急に消えたり現れたりして、その名前が・・・。

――――――これはね、      っていうの――――――

・・・あれ?何て・・・言ったんだ・・・?確かに・・・聞いたはずなんだが・・・。

・・・よく考えれば、他にも戦闘術とか、記憶が所々無いところが・・・。

えっと――――――

「テンカワ、これ洗いな!」

「り、了解!」

・・・今は仕事だ。

>?

大気もほとんど無い空を、ナデシコが昇っていく。

それを邪魔するように、時折ミサイルが飛んできてはフィールドに着弾し、ナデシコを揺らす。

「これで、185発目です。」

「しつこいわねえ。」

「軍の人って、やっぱりそんなにナデシコに火星に行って欲しくないんですか?」

ルリがつぶやき、ミナトがぼやき、メグミがプロスに訊ねる。

「やはり、先日の事でナデシコ単艦でチューリップを壊せたのがなおさらの理由でしょうねえ。

 軍には、今のところそこまでの戦艦はありませんから。」

と、そこにブリッジへとユリカが駆け込んでくる。正月なので、振袖姿だ。

「ねえ、アキトどこにいるか知らない?

 アキトにこれ見せてあげたいの!」

これとは、ユリカがファッションショーよろしく回転して見せている振袖のことだろう。

そう判断したブリッジのみんなは、アキトの平和と安全を守るため、あえて沈黙を保った。

「出前の、サンドイッチ5つ。」

と、間の悪いことに、食堂からアキトが自ら地獄に飛び込んできた。

「・・・げ。」

「アーキトー!!」

「・・・回避!」

ズルベターン!!

ありえない擬音を立ててユリカは地面にダイブした。

アキトはさすがに3度目で慣れたらしく、難なくかわした。

「ふええ〜・・・。」

「・・・じゃあな。」

アキトが出ていってから、ユリカ達は軍の高官達と、ビッグバリアの解除についての交渉を始めた。

ユリカは振袖姿のまま、モニター越しに軍の責任者と会話を始めた。

無論、軍人全員の頭に血管が浮き出ているのにユリカが気づくはずも無く。

「あの〜、すみませんが〜。」

「・・・何だね?」

と、ユリカはさらに地雷を踏む。

「ビッグバリア、解除してもらえません?」

「なっ・・・!!」

これには、全員が切れた。口々に暴言が飛んでくる。

「そんなことは断じて許せん!!」

「むしろ、地球防衛に力を使いたまえ!」

「いや、このような艦は落としても構わん!!」

頭に血が上った人間を一通り見ると、ユリカは静かに、だが自信を持って断言する。

口の端を歪ませて。

「そうですか。言いたいことはそれだけですね?

 じゃあ、ナデシコは勝手に通っちゃいます。」

この言葉を最後に、ユリカは通信を切った。この態度に、軍人達は完全に切れた。

「一番近い基地に命令せよ!何としてでもナデシコにビッグバリアを越えさせるな!

 場合によっては落としても構わん!!」

その命令が届いた基地から、9機のデルフィニウムが出撃しようとしていた。

その中には、トビウメでユリカに置いていかれたジュンの姿もあった。

元々IFSを持っていないジュンは、わざわざナノマシンを体内に注入し、下士官の制止を振り切ってその1機で出撃していった。

ユリカとナデシコを止める為に。

「レーダーに機影を確認。

 近くの基地から出撃したと思われる、デルフィニウム9機です。」

その様子を、ナデシコも捉えていた。ルリの報告から、ユリカが命令を出す。

「エステ隊の皆さん、迎撃に出てください!

 アキト〜!頑張ってね〜!!」

「あのアホ・・・。」

お守りの石を探す為にちょうど入っていたアサルトピットの中で、アキトは頭を抱えてうめく。

「俺が一番のりだぜっ!」

何故かやっぱりアサルトピットに入っていたガイが、蒼のエステを動かして先に飛んでいく。

「あっ、こら待て、ヤマダ!」

ウリバタケの叫びも、発進の轟音にかき消される。

「・・・どうした?ウリバタケ。」

「あのアホ、武器持たずに飛び出していきやがった!!」

「・・・じゃあ、俺も出る。」

「待て!後3分で換装が終わる!!」

宙を飛ぶガイは、すぐに格納庫に叫ぶ。

「よし、博士!スペースガンガー重武装タイプを落としてくれ!」

「そんな装備は無い!」

と、ブリッジから声がする。

「ひょっとして、B−1何たらとか言う奴じゃないですか?」

「仮にそうだとしても、どうするんでしょうか?あの人は。」

ブリッジの疑問に、アキトが返事。

「・・・ガイのやることだ。空中で合体するつもりだったんだろう。」

「却下します。」

プロスの冷酷なツッコミがガイに炸裂する。

「空中で撃ち落されて、損害が増えるのがオチです。」

「だ〜っ、解った!

 これで何とかやってやる!」

と言うと、ガイはフィールドを纏って突っ込もうとする。

「・・・ガイ、少し待て。」

「何だ、アキト!」

「お前ならやりかねないだろうから先に言っとく。敵は全部倒すまでアホみたいに高笑いするな。

 どうせ1機倒したところで、『はーっはっはっはっ!正義は必ず勝つのだ!!』とか叫んで止まってそうだからな。」

「なっ・・・何故解った!?」

「解るわ!ずっとシミュレーターで相手してれば嫌でもな!」

「解ったよ、しゃあねえなあ・・・。」

ブツブツ言いながらも、近寄ってきた1機のデルフィニウムに突撃。

「ガイ!スゥーパァーッ!ナッパァァァァァッ!!」

「へえ〜、ヤマダさんって、けっこう強いんですね。」

「当然です。仮にも腕は一流だから、スカウトしたのですから。」

突撃で残り8機になった群れを突っ切り、ガイのエステは反転。後発したアキトと挟み撃ちの状況となる。

「アキト!例の必殺技を今こそやるぜ!」

「・・・ああ。」

アキトとガイのエステが再びフィールドを張る。そして、アキトがライフルを少し前に放り、ガイの方に突撃する。

対するガイも、アキトと交差するようにライフルの方に突っ込む。

高機動な2機に、翻弄されるデルフィニウム群。

「取った・・・!」

「ダブル!ゲキガンッ!フレアァァァーッ!!」

歪曲波が嵐の如くぶつかり、3機が戦闘不能に。

そして、アキトがもう一つライフルを出して後ろに。ガイがライフルを受け取って前に。

残った機体が混乱の渦にいる中、1機のデルフィニウムがナデシコに通信をつないでいた。

「ユリカ!」

「・・・あ!?」

思わぬ登場人物に、ブリッジは騒然とする。

「ユリカ、今すぐナデシコを・・・ざあああああ・・・。

――――――が、間もなく画面が砂嵐に変わり、通信は途切れてしまう。

「・・・あれ?」

「今、何か映りました?」

「え〜っ?何にも無かったわよ?」

「う〜ん・・・気のせいよね。」

同じ頃。

「おっ!この機体、いきなり止まりやがった。ゲキガンビーム!!」

機体の後ろに回り、ガイがライフルを乱射する。

推進器と何故か通信装置が壊れたジュンのデルフィニウムが、どんどん墜落していく。

「あれ?あれ?あれ〜っ!?」

元仲間を落としたとは露知らず、ガイは次の獲物を狙い始めた。

結局、ナデシコはデルフィニウム部隊を追い払い、ミサイルが来る前にビッグバリアをフィールドで強制突破し、宇宙に出た。

一瞬繋がったジュンとの通信は、気のせいと言うことで片付けられた。

が、バリアを破る少し前――――――

「♪ゲ〜キガンシ〜ル〜」

4機を落としたガイが、自機に登って機体に撃墜数を表すシールを貼ろうとしていた。

「・・・ん?」

ふと下を見ると、捕まえていたムネタケ一群が逃げるところを発見した。

「おい、貴様ら!何してやがる!!」

そう叫んだガイに向かって、ムネタケがピストルを構える。

そして、発射。

「――――――っ!」

鉛の弾はガイの胸に吸い込まれ、ガイはエステからふわりと力なく宙に舞う。

ドサッ。

背中から格納庫の床に落ちるガイ。そのまま一目散にシャトルを奪って逃げるムネタケ達。

僅かに遅く、それらを目撃したアキト。

「・・・・・・ガイ!!」


コメント

ジュンがいなくなって、この後に起こる不都合は・・・

無いですね(苦笑)

補足ですが、このアキトは記憶が一部とんでいます。

主に戦闘術とかジャンプの知識などです。

ユリカがアキトに昔何をしたのかは現在考案中です(爆)

ああ・・・今パソゲー3つ並列プレイ中(ダメジャン)

 

 

 

代理人の感想

ないのかっ!?

 

ま、まぁそれはさておき。

 

ユキさんてひょっとして逆行ユリカか誰かかな?

いや何となく。