第12話

【次は、テニシアン島か。】

今日も食堂での勤務を終わらせ、俺は部屋に向かう。

噂によると、そろそろ次の目的地に着くらしい。

艦の中では関係ないが、やはり寒い場所には行きたくない。

と、その時。

ぐらっと、自分のいる場所が揺らぐ感覚。

おして、視界全てが、白いもやにかかったようにはっきりしない。

(ああ・・・またか・・・。)

この現象は、誰にも言ってはいないが、初めて火星から地球に来たときからずっと俺にまとわり着いている。

自分が、本当の自分では無いような、それとも、自分を外から見ている自分の感覚。

自分に、もう一つの何かがある感覚。

それは、ナデシコでの日々を過ごし続けるにつれ、数が増してくる。

痛みも不快も何もなく、何かを探るだけの、傍観するのみの感覚。

(また・・・出てきたな・・・。)

そして、この感覚が現れたときに必ず目の前に出てくる、男。

背も体つきも俺と同じ。着ている服の色も、顔つきまでも。

鏡に映った、自分自身を見ているように。

ただ、細部がはっきりしないだけで。

「お前は・・・。」

いつものように、俺は呼びかける。無駄な事と知りつつも。

「お前は・・・誰だ・・・!」

いつもなのだが、いくら呼んでも相手は答えない。

追いかけようと思っても、金縛りのように動けない。

「お前は・・・!」

「アキト?」

後ろからふと飛んでくるユリカの声に、謎の感覚世界は消失する。

同時に、ついさっきまで目の前にいた男は、影も形もなくなっていた。

「ユリカ・・・か・・・。」

「ど〜したの、お父さん。」

ユリカと手をつなぐサクラが、幼い声で俺を呼ぶ。

「・・・ちょっと、な。」

「アキト、疲れた顔してるよ?」

「・・・幻覚・・・だろうな・・・。」

誰に聞こえるともなく呟くと、俺は改めてユリカに問う。

「ユリカ、目的地はどこだ?」

同じ頃、ブリッジでも同じ疑問が飛んでいた。

「テニシアン島・・・ですか?」

「はい、プロスさん。」

「それって、どういう所なの〜?」

「南の島って言う感じのところです。

 そこの所有者の方に話はつけているそうですので、最近その島に落ちたチューリップを調査するついでに、ちょっとした休暇も取ります。」

「南の島と言えば、やっぱり海よね〜。」

「・・・海・・・ですか?」

はしゃぐミナトに、ルリが戸惑いがちに訊ねる。

「あら、ルリルリは海が嫌い?」

「いえ・・・。

 海は、初めてなので・・・。」

そういうルリの表情も、どことなく笑顔だった。

「・・・嬉しいです。」

「何故だ・・・。」

部屋の中、両手に顔を当てて一人うめくアキト。

「もう、18年以上、この体とは付き合ってきたはずだ・・・。

 だが、鏡を見れば見るほど、自分の顔に対して沸きあがる違和感は、何だ・・・?」

時折つねったり引っ張ったり叩いたりしてみるが、打開策とは思えない。

「やはり・・・失った記憶に、関係があるのか・・・?」

もう一度、無くなった記憶を思い出そうとしてみる。

今の俺に無い記憶は、多分何らかの武術と思われる戦い方や、何かのやり方。

地球を出る前に軍人相手にやらかした技は、体が勝手に動いた結果。

あれを、体が覚えていると言うのだろう。あんな戦い方は、俺は知らない。

そして、こう言うのも変だが、もう一つ解ったことは、俺の生後間もない頃の記憶。

ほとんど無いに等しいが、断片では、母親に名前を呼ばれながら高く上げられていた――――――

「            」

「があっ・・・う、うあっ!!」

突如俺を襲う頭痛に、思考は強制的に切断させられる。

「な・・・何故か・・・解らないが・・・。」

そう、今これだけは解る。

「今これを・・・思い出しては・・・いけない!」

「アキト!」

と、いきなり部屋に駆け込んでくる女性。

「・・・ユリカ、か・・・。」

ユリカは、アキトが疲れ気味というのを感じ、調理場を借りて料理を作ってきたのだ。

「・・・何だ?これは・・・。」

「見たら解るじゃない!お粥よ!」

だが、それは何故かヘドロ状のものが散布されており、お粥というよりは固まっている途中の生コンだった。

「・・・遠慮する。」

「遠慮しないで、ほら!」

そっぽを向こうとするアキトの顎を強制的に押さえ込んで、上に向け、一杯をグイッと・・・

「――――――ッ!?」

「アキト!?」

「離れ得ぬよう・・・流されぬよう・・・ギュッ・・・と・・・ガハ。」

顔をみずいろにして何か呟いた後、アキトは物言わぬ死体になってしまった。

「ああああああああっ!!アキト!!」

言うまでも無く、アキトの部屋は大騒動となった。

「わ、わわ、食堂が大災害だよ〜。

 ホウメイさん、食堂どうしたの〜?」

「・・・母さんに聞いてみな。」

「???」

「・・・大変な目にあった。」

翌日、ナデシコ一行はテニシアン島に上陸。

クルーが海にはしゃぎに行った隙に、アキトは人気の少ないところに離脱した。

まだ気分が優れないので、遊べるほど回復してはいないのだ。

幸いユリカはホシノ達と海に夢中で、林側の俺には目も向けない。

「・・・ん?」

ふと林の奥を見ると、ガイが何やら、白いワンピースと帽子の女性と奥に歩いていくのが見えた。

「ガイと・・・誰だ?」

一方、この島の所有者、アクア・クリムゾンに遭遇したガイは、「貴方は・・・私の運命の人です!」と一方的に屋敷に招待され、豪華な食事のもてなしを受けていた。

見た目清楚そうな白の帽子とワンピースを身につけ、アクアはお涙頂戴話を続ける。

「私はここで一人・・・。父も母も、既にいないのです。」

「はあ・・・。」

対するガイは興味なさげに、ただテーブルの上の皿をつついて空返事。

ナデシコの人間が見たら、「これは誰だ!?ガイの顔をした偽者か!?」というほど低いテンションで。

このテンション の低さは、料理がまずいというわけではなく(いや確かに中に毒が入っているのは解ったが)、無論前の人間のせいであった。

「けれど、もう終わり。私は運命の王子様に出会ったから。

 これからは、ずっと一緒・・・。」

オペラのように手を掲げてガイを示そうとするアクアの足元に鉛の弾が撃ち込まれ、アクアは笑顔を硬直させる。

ガイは席から立ち、煙が上がるピストルをアクアに突きつける。

「茶番はやめにしてもらうぜ!クリムゾン家の令嬢、アクア・クリムゾン!!」

「はいはい、もう休暇は終わりよ!チューリップの調査!」

「ふぁ〜い・・・。」

はきはきとして手を叩き、任務に移らせるエリナに、返って来るのはだらけた声。

それでも、みんなは片付けに移る。

「・・・ん?

 ガイはどこに行った?」

そして、アキト達5人は、チューリップの落下現場にエステで行こうとしていた。

「おいロン毛!その槍は何だ?」

「新兵器?」

アカツキ機の手には、今まで見た事のない槍が握られていた。

「ウリバタケ君特製製作の、フィールドランサーさ。

 これさえあれば、木星蜥蜴のフィールドもズバット解決らしいよ。」

「何でお前だけなんだよ!」

「試作品だったしね。」

「理由になってねえ!!」

「・・・喋りは・・・そこまで・・・。」

アカツキとリョーコの掛け合いを、シリアスモードのイズミが止める。

「チューリップが見えたよ〜。」

5機の前には、垂直にそびえ立つチューリップ。ただし、それは幾つかのアンテナ車が頂点となるバリアによって守られていた。

「あの車・・・なんでだろ?」

「しかも、クリムゾン家のマークがついているじゃないか。」

ともかく、バリアに守られているのでは攻撃も調査も出来ない。

5機は、しばらく様子を見る事にした。

「・・・私のことを、ご存知でしたの。」

「社交界に最近デビューして、妙な噂ばかり流れている女だ。

 それに、俺はクリムゾンにちいとばかし関係があるんでね。」

「ふふ・・・光栄ですわね。」

アクアが右手で胸元の宝石を押し込む。

同時に左手で指をぱちんと鳴らすと、12人のクリムゾンの家紋をつけた兵隊がガイを囲むように現れる。

「さよなら、運命の王子様。」

アクアの私邸に、無数の銃撃音が響き渡った。

アクアが宝石のボタンを押し込んだ頃、バリアが突然解除される。

「おや・・・?」

そして、花がしおれる如くチューリップが開いた中には、普通のジョロを数倍に大きくした、巨大ジョロが現れた。

「げっ・・・!」

「おっきいね〜!」

「でかいだけが・・・強いとは限らない。」

「全くだ。行くぞ、みんな!」

「・・・ああ。」

「って、いつの間にロン毛がリーダーになってやがる!?」

「ふっ・・・。」

「ふっ、じゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「・・・そんな・・・。」

アクアは、辺りに崩れている自分の護衛を見回し、愕然とした。

「クリムゾンSSでも1流の中の12人を、たった三分で・・・。

 いえ、そもそも・・・。」

アクアはSSが囲んで、先制攻撃の銃撃の雨を食らわせたときを思い出す。

「銃が当たっていたのに、効いていなかった・・・。

 貴方は一体、何者ですの!?」

「クリムゾンの実験体になった後の、成れの果てだ!」

ガイはそれだけを叫び、銃を構えてアクアの眼前に突きつける。

「あんた自身にゃ恨みはないが、クリムゾンに生まれた事を後悔しな。

 いや、いきなり撃たれて恨みは無いってのは嘘になるな。」

ガイは、トリガーに手をかけた。

その時、巨大ジョロはミサイルをばら撒いた。

そのうちの一発がアクアの私邸に命中、大きな爆発を起こした。

「――――――ッ!!」

「キャアッ!!」

「ちい・・・ミサイルまででかいな・・・。」

「みんな、一斉射撃だ!」

「言われなくてもっ!!」

確かにがたいは大きかったが、所詮ジョロで、しかも動きも遅い。

各機の一斉射撃によって、ジョロはあっけなく砕け散った。

「ってえ・・・外に何かいやがるのか?」

爆発の衝撃からすぐに立ち直ったガイは、ボロボロになった私邸を見回す。

空が明るく見えるようになり、風通しもよくなった。

「ん・・・。」

と、ガイの横に倒れていたアクアが頭を振って起き上がろうとする。

「さて・・・覚悟だ。」

ガイは自分に言うように呟き、銃を再び構えようとする。

しかし、ガイを貫いたのは、思いもよらない事だった。

「・・・あの、此処はどこですの?

 ・・・あら!?わ、私はだれですの!?」

「・・・何?」

テニシアン島を脱出した後、ブリッジでは一人の女性に注目が集まっていた。

「・・・で、ヤマダさん。」

「俺はダイゴウジガイだっ!!」

「じゃあダイゴウジさん、一つ聞きます。

 ・・・貴方の側にしがみついてる、その女性は誰ですか?」

白いワンピースを着た女性、アクアは、怯えた様子でガイにしがみついていた。

一部の男性クルーは、嫉妬の目をあからさまに向けている。

「あの島に住んでたアクア・クリムゾンって言うらしいんだが、ジョロのミサイルの爆発が起きたときに記憶が飛んじまったみたいでな。」

その前後の出来事は、あえて省略する。

「クリムゾン・・・!?」

その言葉にエリナが視線を鋭くし、それを受けたアクアがさらに縮こまる。

「だめよ!ネルガルの船に、クリムゾンの人間なんか乗せられないわ!」

「記憶喪失なら、関係ないじゃないか。

 別にいいと思うけど?」

エリナに反対するのは、アカツキ。

「それに、綺麗な女性が増えるのは歓迎だしね。」

「けど・・・。」

「困りましたな・・・。」

「困ったの?」

と、ブリッジに艦内無線で声が聞こえる。

「あれ・・・この声・・・?」

「サクラちゃん?」

そして、いつものピンクの魔法少女ルックと金色ハンマーを携えて、一人の少女がブリッジに現れた。

「困った時は、まじかる☆さくらんにおまかせだよ〜。

 るんらら〜♪」

「はいはい、サクラは向こうに行ってな。」

「にゃ〜、お父さん、サクラじゃないよ〜。

 さくらんだよ〜。」

アキトは即座にサクラをかつぎ上げ、ブリッジ外へと運び出していく。

雰囲気がいい意味でも悪い意味でも和んだところで、プロスはユリカに振る。

「艦長、判断をお願いします。」

「いいですよ。」

「艦長!?」

「大丈夫ですよ、エリナさん。

 ルリちゃん、どう?」

「オモイカネのセンサーでも、嘘をついている様子はありませんでした。」

「じゃ、問題無しです。何か、出来ることはありますか?」

「えっと・・・解りません。」

「あ、そっか。」

「艦長、うちに人手が足りないから、回してくれてもいいかい?」

と、いきなり繋いだのは、食堂のホウメイ。

「解りました。お願いします、ホウメイさん!」

「あいよ!」

モニター越しに、威勢のいい返事が聞こえる。

「えっと・・・ありがとうございます。」

「困った時はお互い様です!

 それに、連れて来たのはヤマダさんですから!」

アクアは、何も知らずガイに深々と礼をする。

「ありがとうございます。」

「あ、ああ・・・。」

一方のガイは、相手が相手なだけに複雑な表情であったが・・・。


コメント

一話で、出来るだけネタを減らすと書きましたが、とんでもなくなりました。

――――――これはクロスオーバーです(ヲイ!

ごめんなさい。

PS  ねこではないです。

 

 

代理人の感想

・・・・・・・殺されそうになった途端に記憶喪失って・・・・・・(絶句)

 

作品によっては、女といえども容赦ないツッコミが入りそうな展開ですな〜(爆)。

なんとも豪快極まりないご都合主義でした、ハイ。