第一話

はっきりしない頭で、改めて思う。

――――何故、僕はここにいるのか?考えて、思い出してみよう。

1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・。

オーケイ、思い出せない。まあ、大した理由じゃないんだろうと思う。

せいぜい、月を見に来てつい眠ってしまったといったところだろう。

――――次は、此処はどこかだ。

見たところ広い草原だけど、遠くには街の光も見えるし、車もそれなりに走っているみたいだ。

イメージにある、ど田舎の風景ではなさそうだ。

此処がどこかは相変わらずわからないけれど。

オーケイ、落ち着こう、僕。最後の、かなり重要だろう事を忘れているから。

これは、かなり重要な事だと思う、人間として。

それは、僕自身の名前だ。

せーの、1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・6・・・7・・・8・・・9・・・10・・・。

オーケイ、焦るな、僕。どうせ大した事象じゃない。

名前なんて、些細であまり重要じゃない物事・・・。

「って重要じゃないか!?」

上半身を跳ね起きさせつつ、幾分驚愕系と疑問系が混じりあうノリツッコミ。

だけど、今はそれの精度を追求するときじゃない。

何故なら、解ってしまったから。

――――僕は、全生活史健忘の可能性がある。

・・・あれ?これで合ってたかな?日常生活は出来るけど、本人に重要だった事は忘れるって言うのは。

記憶障害、もしくは記憶喪失で纏めておきますか。

「けど・・・。」

そんな事知った事じゃないとばかり、僕は再び柔らかな草のベッドに身を沈ませる。

空には輝く、月。

「夜風に当たりながら月を見て寝る夜も、悪くは無いかな・・・。」

そうこうするうちに、僕の意識は再び深いどこかへと潜っていく。

どうして昇るとかそういう表現は使わないんだろう、と思いながらも。

次に目覚めたときは、何故か柔らかい布団越しに、固い床の感触が背中に伝わっていた。

そういえば、体の上も少し重い。

だけど、起きてみれば、何てことは無い。自分は布団の中で眠っていただけ。

そして、自分は何処かも解らない、ただ和室のような場所にいただけのことなんだ。

「って、それも十分奇妙な事だよね・・・。」

何とは無しに壁にカレンダーがかかってあったので、見てみる。

赤い×が、恐らくは過ぎた日付に付けられているとすると、今日の日付は……10月12日、年は2196年。

多分外が明るい事から考えて、さっきの草原にいたのは……10月11日か、とどうでもいい事を考えてしまいそうになる。

それにしても、どうして僕はこんな快適な場所に移動したのだろう?いや、させられた?

もしかして誘拐?……まさかなと思いながら、布団から這い出てふすまを開けてみると。

「おう!起きたか、少年!」

・・・なかなかテンションの高い男の人が、コック姿で皿を洗っていましたとさ。

あなたは誰ですか?と聞くと、男の人はテンション高いまま、

「俺は雪谷サイゾウ!

 この雪谷食堂を経営している、人呼んでナイスガイって奴だ!」

さらには、聞いてもいないのに(聞くつもりだったけど)何故僕がここにいるかも言ってくれた。

曰く、配達の帰りに近くの草原に人影が見え、近づいてみるとそれは寝ていた僕。

行き倒れには見えなかったが、外で寝かされたままというのも人情に反するという事で、わざわざ拾ってくれたのだそう。

全く、人の情けはありがたいものです。

「いやあ、気にするな少年!」

ちょうど朝ごはんのときで、ついでにご馳走になっている。

流石食堂の主人、おいしいです。

「んで、名前は何て言うんだ?」

「・・・え?」

「え?じゃねえよ。名前だよ、名前。

 少年の名前だ。」

「な・・・まえ・・・。」

解らない。

ただそれだけを言えばいいだけなのに、口から言葉が出てくれない。

「解らない・・・解らない・・・解らない・・・。」

「お、おい落ち着け!」

パシパシと軽く頬に当たる衝撃で、ビクンと僕はこっちに戻ってくる事が出来た。

「大丈夫か?顔がすごい事になってたぞ?」

「すごい・・・こと・・・?」

「ああ。血の気が引いたような、ペンキを一気に塗ったように青白く引いていきやがったぞ?」

「そう・・・。」

「ほら、この水飲んで落ち着け。」

「・・・はい。」

少し経ってようやく落ち着き、何とかして僕は記憶喪失であるらしいと説明した。

そして、そう解ってからの経緯も。

一部始終を言い終わった後、サイゾウさんは海苔を箸でつまみながら、緊張感の全くなさげな声で、

「んじゃ、俺の店で働け。」

なんて素敵な事を言ってのけられました。

「代わりにここに置いてやるし、バイト料もやる。

 何なら、料理も教えてやるぞ?」

「え・・・いいんですか?」

「いいって事よ!

 こっちも昼時は忙しくてネコの手も借りてえくらいだ!」

それによく言うだろ、とサイゾウさんは僕の背中をバシバシ叩く。

「旅は道連れ世は情けってな!」

別に旅はしていないのだけれど・・・・・・。

けれど、サイゾウさんは本当に凄くて。

並み居る材料達をバッサバッサと包丁で切り倒し、炎で焼き尽くし、新たに生み出すは舌を唸らせる料理達。

「少年、これ持って行け!」

「は、はい!」

「こっちの注文はまだか!?」

「今、参りま〜す!」

もう、昼はすんごいの何のって。

客が絶えずひっきり無しって言うのも、解る気がするけどね。

だって、本当においしいから。

そんな忙しい状態の後で、さらにサイゾウさんは店が閉まった夜に料理を教えてくれる。

優しさより厳しさが割合多いけれど、凄いとしかいえない自分のボキャブラリーの少なさに悲しみを覚えるよ。

記憶を無くす前はどうだったか知らないけれど、今の僕ならこう言う。

こんな凄い人に、なりたい――――

だから、こんな人が来るのも、ある意味必然かもしれなくて。

僕がようやく仕事に慣れた頃、いつものように店の片付けのためにほうきとちりとりを持ち出した僕の前の玄関が、突然開かれた。

夜の闇から現れた姿は、背が普通くらいのチョビヒゲ眼鏡な中年のスーツの人と、

もう一人は筋肉がありすぎてスーツが似合わない、ブスッとした表情に乏しい背が高い男。

「えっと・・・もう閉店の時間ですが・・・。」

「いやはやすみませんが、私達は客ではないのです。」

客じゃない?

とすると、姿かたちから察するに・・・。

「地上げ屋ッ!?」

「違います」

間髪入れない反応速度で、眼鏡のおじさんが手の甲を当ててくる。

「う・・・ないすつっこみ。」

「どうもありがとうございます。昔は漫才師を目指していた事もありまして・・・。

 と、それはどうでもいいのです。」

コホンと1回咳き込み、名刺を差し出してきた。

「ええと・・・ネルガルの・・・プロスペクターさん?」

「此処の店主は、いらっしゃいますか?」

店の後ろに戻ってサイゾウさんに色々説明すると、

「よっしゃ、行ってくる。」

とばかりに腕まくりして、向かっていってしまった。

サイゾウさん、喧嘩しに行くんじゃないんだから・・・。

「貴方が1流のコックにふさわしい人であると解りまして、我々ネルガルはスカウトに参りました。」

「わざわざ大企業のネルガルが、たかだかいち大衆食堂のコックに何の用だ?」

「これは失礼。

 実はネルガルは、とある新造戦艦を建造しております。その名も機動戦艦ナデシコ。

 そのクルーには、1流の人材ばかりを揃えているのです。」

「ほお、俺がそう認められるのはありがてえが・・・。」

バシン、とサイゾウさんは扇を勢いよく閉じる。

・・・って。どこから出したの?それ。

「そっちには残念だが、俺は行くことはできねえ。」

「な、何故です!?

 給料も保険手当てもその他諸々も、ドドーンとカバーしますが!」

「そういう問題じゃねえんだ。

 この街には、俺の作る飯を待ってる客が大勢いてくれる。

 そいつらがいる限り、俺はこの街を離れる事も、店をたたむ事も出来ねえ。」

「むう・・・。」

もう1人のごつい方の人が、困ったように唸る。表情が読み取れないから、推定だけど。

「まあ、代わりと言っちゃあなんだが・・・。」

と、サイゾウさんやプロスペクターさん、もう1人の視線が動き出す。

それらが示す先は・・・・・・・・・僕?

「こいつを連れていっちゃあくれねえか?

 確かに一流じゃあねえが、基礎は叩き込んだし、いい物も持ってやがる。

 ついでに、物になるように思いっきり鍛えて送るぜ。」

僕は刀か何かですか。

「ふうむ・・・そうおっしゃるのなら、良いでしょう。」

「ええと・・・。」

「行って来い、少年。てめえは、世界を見て来い。」

「・・・はあ。」

どうやら、僕は流されやすいタイプみたいだ。

けれど、この結果になるだろうという予測がついていた自分も、少しいた。

何でだろう・・・。

「では、契約と行きましょう。」

プロスペクターさんは懐から書類を出し、ペンを渡してくれる。

すらすらと書き込み、ふむふむと読んで、返したらプロスペクターさん、疑問な顔をしてらした。

「ええと・・・すみませんが。」

「はい?」

「名前や生年月日の欄が、無記入なのですが。」

「ああ、そいつ記憶喪失なんだとさ。」

「ほぉ・・・ちょっと失礼。」

プロスペクターさんはさっきとは違うペン形の何かを出して、説明しだす。

「これは、遺伝子データバンクに検索して、貴方の身元を調べるものです。

 舌を出していただけますか?」

はい、と舌を出したら、棒の先から結構な痛み。

「貴方のお名前何でしょね〜・・・・・・な!?」

「どうかしたのかい?」

「ミスター?」

「データに・・・該当がありません。」

「何ィ!?」

「何だと!?」

皆さん驚いていますが、僕には何が何だか分かりません。

「それは、どういう意味なんですか?」

「貴方は・・・まともな生まれをされていないことになります。」

「・・・・・・え?」

そんな事を言われたら、固まるしかない。

(ミスター。)

(警戒は・・・必要でしょうな。)

二人でこそこそ話をしていますが、何か問題ありでしょうか。

「・・・ええと、まあいいでしょう。

 しかし、名前が無いと困ります。どうしましょか・・・。」

「俺は、少年って呼んでたぜ。少年だしな。

 それに、本名思い出したときに変な名前付けてたら困るだろうしな。」

あ、それで僕のこと少年って呼んでたんだ。

「なるほど、名案ですな。

 では、少年さん。貴方をナデシコのクルーとして、歓迎します。」

これで、いいのかなあ・・・。

私は、ミヤモトサラは、ネルガルの戦艦ナデシコに、コンピュータ系の科学者として雇われた。

・・・違う。

本当は、クリムゾンにスパイとしてナデシコの中に送り込まされただけ。

その選択に、自由は無い。自由なんて、私が幼い時から無かった。

絶えず、私はクリムゾンの連中に監視されている。

こうやってナデシコにいるときですら、民間人に見せかけた軍人に化けた、クリムゾンのSSに見張られている。

この戦争について重要な事柄の一つを知っているから、だと思う。

そんな私が生かされている理由なんて、僅か17歳にして天才と呼んでいる知能だけでしかない。

ネルガルも、私のナデシコ搭乗の理由を知ってて、泳がせているだけ。

そう、ネルガルの本部コンピュータのデータにあったから。

それでも、私は生きなきゃいけない。

自殺を選ばない、唯一の理由。

生き別れたお兄ちゃんに、いつか逢う為――――

「・・・遅れた。」

ぜえこら言いながら、僕は自転車を全力でこいでいた。

契約してすぐにナデシコに乗らなきゃいけない訳じゃなかったのをいいことに、サイゾウさんは期日である出航予定2日前まで僕を鍛えなおしにかかった。

おかげでそれなりにレベルアップした(と自分は思う)ものの、

「ばっきゃろう!

 一流なんぞ、てめえにゃまだまだ遠いわ!」

なんてきつい言葉を下さった。

自転車は餞別に貰ったものだけど、急いでるのはあまりの疲れに寝過ごしたから。

「急げ、急げ、急げ〜っ!」

・・・間に合った。

基地の警備員の人には息切れしている僕を怪しい何かに見ていたけれど、社員証を見せると通してくれた。

しばらく艦内を進んで、どうにか迷ったか、着いた先は下にロボットが置かれた広い場所。

精神的に疲れたので、眺めながら一息入れてみる。

「・・・ふう。」

ただでさえ荷物が無いから、今あるのは着の身着のままの服と自転車のみ。

とはいえ自転車がかさばって仕方がないから、誰かに部屋を聞かないと・・・。

「――――え?」

途端、僕は一人の女の子に視線を引き寄せられた。

それは、ただネルガル支給の軍服を着た女の子。

背は150後半の小柄な、美少女と称してもよい顔。

だけど、僕が突然視線を引き寄せられたのはそんな理由じゃない。

彼女を見た途端、何か得もいえない、うまく説明できないけれど、何か言わなくちゃいけない気がして――――

「あっ!」

「えっ!?」

そんな僕の思考知った事か、地面を走る軽い振動が思いをかき消す。

音は、下の格納庫から。

何事かと覗き込んで見ると、そこには桃色のロボットが一つ、歩みを進めていた。

近くにつなぎを着た男の人が何か怒鳴っていたようだったけど、諦めた様子に変わった。

「・・・なぜ・・・?」

急に、自分の立っている場所が揺らぎ出した感じになる。

同時に、言いようのない悪寒に襲われる。

「な・・・ぜ・・・・・・。」

言うつもりの無い事が、喉の中から次々と流れ出てくる。

僕の知らない事が、とめどなく溢れ出る。

僕は、此処にいる。

僕は、ナデシコにいる。

ありえない。

ならあれは、誰?

まだ動かないはずのあれを動かしているのは、誰?

僕が動かすはずだった物を動かしているのは、誰?

僕は、ボクなのか?

ボクは、僕なのか?

キミは・・・ダレ?

ボクは・・・ダレ?

そして、僕は固い冷たい床に触れた感触を最後に、意識を吹っ飛ばした。

テンカワアキトは、戻って来ていた。

そして、決心する。

絶望を、食い止めるために。

死に行く者達を、守るために。

歴史を、変えようと。

「こんにちわ・・・アキトさん。」

彼には、協力する仲間がたくさんいた。

ナデシコと同時に吹っ飛んだ際、ジャンパーであったホシノルリ、マキビハリ、ラピスラズリ、高杉三郎太。

彼らはみんな、当時の時そのままの体に戻っていた。

精神だけが跳び、過去の体に収まっていたと思い込んでいた。

――――だから、ナデシコが発進したときも。

彼らがどうやって史実どおりに、そして史実から良い方にするか考えていたときも。

彼らの及ばぬところで、この平行世界を巻き込んだ計画が既に発動されている事に。

そして、彼らはかの計画にてイレギュラーであり、なおかつ関係のない者である事に。


コメント

逆行アキトの出番が全然書かれていませんが、まあ、主人公じゃありませんし・・・。

まあ、気長にネタバレで続けていくつもりです。

・・・オリキャラの名前で、サラとつけたのは他意はありませんよ?(ナニ

別の他意ならあるのですが。

『追加コメント』

草原にいた日付を勝手に設定して追加しました。

日付自体には何の意味もありません。適当に日付を見つけただけです。