第四話

「・・・で?」

木連のとある軍事用コロニーの、黒に身を包む例の彼女のねぐらにて、椅子に座る二人の若者。

片方は言うまでもなく、以前サツキミドリに侵入し、エステバリスの強奪に成功した彼女。

腰まで届く長い艶やかな髪を、後ろに手を回してゴムで留めようとする。

服は黒い浴衣着、胸元の白い肌がちらりと見え、首筋から浮かぶ湯気は、ほんのりと甘い香りがする。

バイザーやマントは、今は無い。

「・・・それは、誘惑してるのか?」

もう一方は、茶色に近い短髪の男性。

微妙に落ち着きを無くし、キョロキョロと所在無く視線を彷徨わせる。

彼は初めて此処が木星だと聞いたとき、まず口をポカンと開け、次に「まあ、長い人生そんな事もあるか・・・」と勝手に悟った。

部屋周りは一人では十分なものの、何故か少し古臭さを感じる部屋。

アパートの一室、と例えても問題無いような風景。

彼は知らない。この部屋は、未来においてテンカワアキト達が住んだ、ナデシコ長屋と呼ばれた部屋と同様の一室。

その客間で、二人は椅子に座って対峙していた。

「あら、こんな私に欲情するの?」

両手を胸元で組んで上目遣いで見上げる様子に、彼は昔の知り合いを思い出しながら一言の元に切って捨てる。

「バカ。俺には長年連れ添ってる嫁さんがいるんだよ。」

「あら、そう。」

バカ、の一言に彼女は僅かに顔をしかめ、椅子に座りなおす。

「・・・さあ、本題に入るわ。」

「ああ、さっさと入ってくれ。

 ――――何故、俺をこんな所に拉致したかをな。」

努めて抑えた声の奥に、殺気が混じる。

それを易々と受け流し、彼女は平然と返す。

「決まってるじゃない。あなたが、優秀な科学者だからよ。

 今でこそ地方の研究所のいち下っ端をやってるけど、今は無き田中研究所の副所長、桑古木涼権を、私個人が必要としているのよ。」

「だから、俺の何が必要なんだ?

 返答次第じゃ、命はねえぜ?」

「ふふ・・・やってみる?」

両者立ち上がり、更に怒りを叩きつける涼権と、冷たい笑いを浮かべる彼女。

瞳と瞳の間に発生する、姿無き火花。両者の拳が、力に彩られる。

そして、両者が足に力を加え――――

「少ちゃん、ユリカさん、だめーっ!!」

隣の部屋の扉が、暴力的な爆音を奏でる。

そこにいたのは、桃色の髪のスレンダー体型の女性、八神ココ。

「こ・・・ココ!?」

意外過ぎる登場人物に完全に硬直する涼権と、

「はあ・・・面白かったのに。」

あ〜あと頭を抱え、心を奈落へと落ち込ませる彼女、天河ユリカがいた。

「・・・何だよ、純粋に技術が借りたかっただけか。」

「そうよ。それ以外に、貴方に何があるの?」

呆れ顔で訊ねるユリカを差し置いて、ココと涼権はコソコソ耳打ちする。

「知らないの、ユリカさんは。

 私達を、ただのはぐれ科学者としか。」

「あ、そうなんだ。」

「???」

完全部外者と化しかけたユリカの方に振り向き、涼権は返事をする。

「ま、別にいいぜ・・・

 って、何で此処にココがいるんだぁぁぁぁぁぁっ!?」

「今更そのツッコミをする?」

「少ちゃん、親父ギャグだね。」

何だか呆れてばっかりね、と自嘲するユリカと、キャハハと子供みたいに笑うココ。

「ユリカさんの、お手伝いだよ。

 それに・・・」

「それに?」

「ユリカさんの近くにいたら、もうすぐお兄ちゃんに逢えるんだ!」

「何ィ!?」

(あのガキ・・・また出てくるのか!?)

「あっ、少ちゃん嫉妬してるね?

 大丈夫だよ!ココの旦那さんは、少ちゃんだけだも〜ん!」

「そ、そうか・・・」

こっ恥ずかしいセリフを能天気口調で言うココと、顔を赤くして返す涼権。

「・・・話、いい?」

このバカ夫婦、どないしてやろうかと拳を固めるユリカは、既に蚊帳の外だった。

サツキミドリ・・・だっけ。

そんな名前のコロニーから出発したこの船も、もうすぐ目的地にたどり着こうとしていた。

つまり、火星。

火星の奪還が目的じゃないわけだし、人助けとデータ回収をすればすぐに帰る事は出来るらしい。

そうだからかは知らないけれど、みんなにも特に緊張の様子は見られない。

「ユリカぁ〜・・・」

アオイさんは仕事終わりに酔ってるし、

「さあ、うまいメシ食わしてやるよ!」

ホウメイさんもいつもと言う事は変わらないし。

「アキト!」

「アキトさん!」

「アキトさん!」

・・・テンカワさんは、女の人とばかりいる。

噂によるとサツキミドリで全く歯が立たなかった相手がいて、訓練を増やしたみたいだけど、何だかそうには見えない。

逆転の秘策が、あるのかな?

そういえば、レイナードさんもサツキミドリの後からテンカワさんにべったりのような気がする。

何でもサツキミドリにて死人が出た事に関して、悩みを聞いてくれたのをきっかけになったとか、とホウメイガールズの皆さん曰く。

みんな、変わらない平和な日々。

――――だけど、本当に、何事も無くこのまま終わるとは、到底思えない。

何かが、火星にいる。

意識の暗闇の奥で、僕の目的はそこに関係していると。

僕にしか出来ない事を、しなければならない。

――――何だ?それは、何なんだ?

そして、もう一つ映像が浮かぶ。

赤い紅い火星の大地が、ペンキをぶちまけられたように青く染まる。

それは、多分イメージ上でのもの。実際が蒼くなっているわけでは、無い。

だが、空気も、水も、地面も、人でさえも、色が変わらないものは無い。

対象は人間限定ながら、それは生命の存在を無くす。

それは、死を呼ぶ色。

生を駆逐する色。

深淵なる、蒼。

「少年!!」

ハッと我に返り、慌ててカウンターの向こうに視線を向ける。

そこにいたのは、定番のお客さんになっているサラ。

「今日の仕事は、終わったの?」

「もちろん!

 拙者の科学忍法にかかれば、コンピュータなどちょちょいのちょいでござるよ!」

眩しいほどの笑顔を見せるサラ。

出航当時は所々に影を見せていたけど、地球を出た辺りから本当に明るくなったように見える。

明確な理由はわからないけれど、この傾向はいいと思う。

(やっと、自由。

 ナデシコに乗っている間だけど、自由なんだ!

 軍人に扮したクリムゾンの監視役がいなくなったから、もう気にする事なんて無い!)

「何だか解らないけれど、よかったよ。」

「え、何が?」

「サラが、元気が出て。」

「・・・私、元気が無いように見えてた?」

「まあ・・・何となく・・・だけど。

 それに・・・そう思ってても・・・僕には何も出来なかったから。」

「そ、そんな事無いよ!」

その時、サラが手を振りながら、大声で僕の言う事を否定した。

「そんなに大声出さなくても・・・」

「あ、ごめん。

 でも、少年といると、私は落ち着くよ。少年がいるだけで、私は元気が出る。

 だから、少年は何もしてないなんて事ないから。」

ひとしきり勝手に喋り倒すと、今度はハッとした表情になって、次に顔を真っ赤にして続けた。

「あ、深い意味はないから!そこの所、勘違いしないように!

 じ、じゃ!」

手をさっきよりブンブンと振って、すぐに帰って行った。

「深い意味・・・?勘違い・・・??」

考えてみるけど、解らない。

すぐに思考を放棄した。

「・・・何にだろう?」

周りの人は、僕のほうを見て意味深に笑っていたけど。

テンカワさんがパイロットの為に厨房から抜けた後暫く経って、外では戦闘がやっと終わったとの事で、食堂にかかった外部モニターには戦闘の跡が映されている。

ただでさえ昼のピークは過ぎた上に、こんな状況だから、物を食べるために来た客なんて殆どいなくて。

結果的に、暇を持て余していた。

(――――あれ?)

と、再びヴィジョンを感じる。

突然、ガクンと艦内に振動が走る。

何だと思う間もなく、体は前に引っ張られていく。

そして、あっという間に全身はさっき通路だった筈の穴へと転がっていく――――!

「――――!?

 みんな!何か動かない物に掴まって!」

正気に戻った途端すぐに、僕は食堂中に叫ぶ。

怪訝な視線が食堂中から襲い掛かるけど、それを無視して続いてカウンターで体を支えるように掴む。

――――来た。激しくなった傾きが。

皿が向こうの方で何枚も割れる音がするけど、こっちはそれに構ってはいられない。

周りは数人が残り、後は少しずつ滑り落ちてる。

何故だか知らないけれど、早くこの状況、どうにかして欲しかったりする。

結構、やばい。

同じ頃、サラはブリッジにいた。

プロスペクターにクリムゾンの件に関して話し、自分の能力と引き換えにネルガルへの保護を求めるためだった。

裏では弱冠17にして天才と知られた才能や、クリムゾンでの扱いを聞き、少なくともナデシコでの間では認め、その後もある程度社員として認めた。

それでも、彼女にとっては十分。ここにいる間は、自由でいられるから。

そして、もう一つ。

「・・・・・・」

プロスペクターの話を聞きながら、彼女は時折一人の女性をじっと睨みつける。

その先は、艦長たるミスマルユリカ。

「エステバリス隊、全機帰艦して下さい!

 それからミナトさん、艦首を火星地表に向けてください!」

「何するの?」

「火星地表の敵を、一掃します!

 同時に、グラビティブラストもチャージして下さい!」

それは、ただ彼女に対してへの、純粋なる探査の視線。

彼女がどんな人間であるのかを、掴み取ろうとする物。

無論、その視線にプロスペクターが気づかないわけが無い。

プロスペクターはサラを見て、暗いため息を心の中で吐いていた。

(はあ・・・スパイの線は、まだ残しておきましょうか。

 無理矢理させられてるのは事実のようですが、技術は二流ですな。)

かくして、ナデシコは火星へと降りていく。

ナノマシンで作られた、七色のカーテンをくぐり抜けて。

「ねえ、ウリバタケさん?」

「どうした、少年?」

研究所に向かう人員にサラとガイが行ってしまったので、話す相手を求めて僕はウリバタケさんのところに来た。

・・・僕が話をする相手って、その三人とアオイさんしかいないんだなあ・・・。

「相談ですが・・・。」

「おう!何でも言ってみな!」

「――――予知って、あると思いますか?」

ウリバタケさん、何かドターンとこけちゃいました。

「いきなり、非科学的話だな・・・。

 だが、何の脈絡もなくそんな話をしにきた訳じゃないんだろ?」

その問いに、僕はかいつまんで説明した。

クーデターの軍人が脱出するのが、脱出する前に見えた事。

重力制御を忘れるのが、事前に解った事。

そして、次に見えたのが。

――――地面の下で、何かの人々が阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出して死んでいく映像。

「う〜む・・・」

ウリバタケさんは悩みながら、少しずつ答えを作っていく。

「はっきりと言うには、事例が少なすぎるんだよな・・・」

「やっぱり・・・」

「それに、予知なんてそうそう信じられるもんじゃねえし。

 ましてや、そんな悪い事ならな。」

「・・・そう、ですね。」

まあ、人間はそう簡単にそんなものを信じる事はできないのは予想できた事。自分だって、信じてないんだから。

何しろ、初めの半分は外れてるから。

僕はウリバタケさんにさよならと礼を言って、自分の部屋に戻ることにした。

せっかくシフト間が長く空いた久しぶりの休みだから、睡眠を長く取ろうと思って。

たとえ現実の映像じゃなくても、人の死ぬのを見るのは精神衛生上よくないし。

――――だから、本当に予知が当たるなんて、思ってなくて。

次に食堂に来た時、今までとはうってかわってどんよりした空気になっているのに気がついた。

クルーの皆の表情が、冴えないものになってる。いつもとは全然違うナデシコの一面に戸惑いながら、僕は仕事に入る。

程無く、金髪白衣の妙齢の女性が食堂に入ってきた。

初めて、見る人。

その人は、今はただテーブルにじっと座り込んでいるテンカワさんの隣へ。

女性は平然としているけれど、テンカワさんは浮かない顔。

やがて、二人は話を始めた。

「今知ったんだけど、驚いたわ。

 貴方、テンカワ博士のご子息なのね。」

「それが・・・どうかしましたか?」

「よりによってこの会社の船に乗ってるなんて・・・。

 これも、運命かしら?」

「恨みがどうのという話なら、もういいですよ。知ってますから。」

「じゃあ・・・何故?」

「それは・・・」

「少年!!」

「!?」

いつのまにか現れていたサラが、目の前で思いっきり叫んできた。

聞き耳を立てていたら、気づかなかったみたいだ。

「少年・・・ウリバタケさんが、話だって。」

「ウリバタケさんが?」

隣を見れば、やはり浮かない顔でウリバタケさん。

「聞きたい事がある。

 ・・・その前に、何か軽いものくれ。」

「あ、私も。」

「じゃあ、タツタサンドでいいですか?」

「ああ、いいぜ。

 ・・・なんでそれなんだ?」

「さあ・・・」

何となく、適当に頭の中に浮かんだから・・・かな?

「・・・よし、聞くぜ?」

「はい。」

一食食べて、二人は少し明るさを取り戻した。

やっぱり、空元気に見えるけど。

「何で、予知できたんだ?火星の人が死ぬってのを。」

「――――え?」

藪から棒の質問に、僕は答える言葉を無くした。

「少年が、何かそう言う事を言ってたって、ウリバタケさんが言ってたから。」

「まさか・・・それって・・・」

頭の中では、解っていた。だけど、口に出したくなかった。

口に出したら、その事実を認めることになるから。

僕が、殺したって、考えてしまうから。

「――――ああ。火星の人は、みんな死んだぜ。」

「――――!!」

そんな・・・。

いやだ・・・嫌だ・・・イヤだ・・・。

そんな予知なんて・・・しなきゃよかった・・・したくも無かった・・・。

そもそも、何故僕は予知まがいの事ができる?僕の見ている映像は、何なんだ!?

又、解らない・・・。

頭の中を、鋭く冷たい刃物がズキズキと抉っていく。

苦しい・・・。

「あ・・・う・・・」

「し、少年!ごめん、解ったから落ち着いて!」

「おいミヤモト、これはチャンスじゃねえのか?」

「え?」

「予知ができるなら、それは多分こいつの隠れた記憶に関係があるんだ。

 なら、一気に引っ張り出してやらねえと、また隠れちまうんじゃねえのか?」

「私も、それは考えました。けど・・・」

「けど?」

「もし失敗したら、取り返しのつかない事になります。

 そうなった時、この船には精神系のカウンセリングの専門知識を持つ人は殆どいないですから。

 今は、自然に記憶が戻るのを待つしかないんです。」

「・・・なるほどな、解った。」

「ありがとうございます。

 少年、もう大丈夫だよ!ほら、深く考え込まない!」

サラは意識を現世に持ってくるように、僕の頬をぴしぴしと叩く。

そのかいあり、僕は再び意識を取り戻した。

尤も、その時殆ど僕は覚えていなかったから、サラの証言によるものだけど。

「悪かったな、少年。

 んじゃ、俺は壊れたエンジンを見てくる。」

「はい。

 少年、目が覚めた?」

気がついたとき、サラがいつもの優しい声で呼んでくれる。

それは、まるで天使の呼び声のようで。

それを聞くだけで、僕は、とても安心できるんだ。

「サラ・・・」

「大丈夫。

 少年は記憶がないから、自分の居場所に自信が持てないんだよ。」

肩を支えてくれるサラの手が、とても暖かい。

「だけど、少年は此処にいる。

 過去がなんだろうと、未来がどうだろうと、少年は今、此処にいるんだよ。」

「うん・・・ありがとう。

 ごめん・・・。」

「落ち着いた?」

「・・・落ち着いた。」

僕は笑顔を作ってみる。

それは、とてもぎこちない笑みだったけど。

「よかった。」

彼女が笑ってくれているから、今はこれでいい。


ラムネの三人のヒロイン名が決まったところで、近衛七海がいいかなあと思ったり、

けどやっぱり旧日和(ν日和じゃないよ?)がいいなあと再考察してみたり、

ひよりん誕生日おめでとう〜〜!!

なヴェルダンディーです(暴走気味

にゃう〜ん♪

この話の中身がしょぼくなってるのは秘密です。

ナデシコはLeMUと同じで、危機があるはずなのに危機感が無いですからねえ・・・。

おまけに結構閉鎖的。

奴が出て来るには結構いい世界観だった気がするよう無しないような(つまり何も考えてなかった

それと黒いユリカはこの後暫くさようならです。

や、こんな駄作ですがお付き合い願えればと思います。

文字を大きくしたりするのを止めたのは何となく話の中でのそのやり方に飽きたからです。

やりたくなったらまた復活すると思いますが。

途中で時ナデアキトに記憶移植させて北辰に「セルフは・・・どこ?」と言わせてストーカーさせようと思ったのは秘密です(しゃれにならん

 

 

 

 

代理人の感想

装飾にはセンスが必要です。

ただ字を大きくしたり色をつけたりするだけなら事務仕事ですが、それを格好よくやるにはやはりセンスが必要なんです・・・・と、ちょっぴり愚痴ってみる(爆)。

まぁそれはさておき。

微妙に短いような、内容がないような。

動きはあるはずなんですけど、伝わってこないんですね。

伝わったところでおなじみの展開ばかりだからってのもありますが(苦笑)。