そうだ、俺は――――

ずっと、逃げ続けていたんだ。

この変わり果ててしまった姿を、ユリカに見られたくはなくて。

ルリちゃんの追いかけてくるのにも、耐えられなかった。

みんなに心配される事が、あの頃は苦痛でしかなかった。

「どうして?」

「あわせる顔が、無かったんだ。

 昔から、こんなにも変わってしまった俺を見られるのが、怖いんだ。」

「な〜んだ。アキたん、そんなつまらない事で悩んでたんだ。」

「つまらない・・・事だって・・・!」

苦い声で吐露した悩みをバッサリ切られ、俺は目の前にいるのが少女と言うのも忘れて危うく激昂しかかる。

「アキたんの周りの人は、みんなアキたんが十分に苦しいって事、とっくに解ってるよ。

 特に、りかっちはね。」

「・・・りかっち?」

「あっ、そっちではユリカさんのことだよ。

 りかっちも、他のみんなも、アキたんがもうすぐ死んじゃう事が解ってるけど、それでも少しでも、アキたんと一緒にいたいんだよ。」

「それでも・・・俺は・・・。」

「みんなに迷惑をかけないためにっていうのはダメだよ。

 そんなので一人勝手に死んじゃうほうが、みんなによっぽど迷惑をかけると思うよ。」

――――!?

ひどく、心に効いた。そんな事は、考えもしなかった。

俺が勝手に死ぬ方が、みんなに迷惑をかけるって――――!?

「そうだよ。ずっと死んでるかどうか解らなかったら、他のみんなはずっと心配してるよ?

 それなら、目の前で息を引き取って、乗り越えてもらった方がいいんじゃない?」

「・・・そうか・・・そう、だな・・・。」

「人間はどうやったって最後には死んじゃうから、ちゃんと看取ってもらったほうが、後腐れなくスパッとしていいんだと思うって、お兄ちゃんも言ってたし。」

最後の台詞回しにちょっと苦笑しながら、妙に今までの悩みが少し軽くなったのを感じる。

「ありがとう。少し、楽になった。」

「いえいえ、おきづかいなく。」

少々おどけてみせるココの子供らしい仕草に、ついていけず呆れるしかない。

だが、世界は唐突に終わりを告げる。

どこからか生まれ出ずる光の奔流が、俺の目の前を区別無く白く染めていく。

少女の姿も、屋台も、自分の姿も、音も触覚も匂いですらも。

だから、直前に何か小さいものを投げられた気がして、それを受け取ったかどうかも定かじゃない記憶の中で、

まるで逆行前の自分の体のように、五感を無くした時のように、自分の認識が消えていく――――

×月○日

「・・・ト!」

ただ一心に不安から、何かに向かって呼び続ける幼き少女の声が、狭い空間に響く。

「アキト!」

「・・・ん・・・。」

少女に必死に揺り起こされ、ユーチャリスのブリッジの床に意識無く伏していた男、テンカワアキトは僅かに身じろぎする。

それを見て安心したか少女は揺らした腕を止め、どこかへ歩いていく。

「うーっ・・・。」

アキとは少し唸りを上げ、ゆったりと腕を床について起き上がる。

「ら・・・ラピス・・・?」

おはようアキト、とユーチャリスのAIがボードで挨拶し、ラピスと呼ばれた少女はバイザーを手に帰ってくる。

「はい、アキト。」

「ありがとう、ラピス。」

ああ、そういえば目が見えなかったんだと思い出し、アキとは受け取ったバイザーをかける。

起き上がってん〜っと伸びをし、首をパキポキ鳴らしてから、状況を確認する。

「ダッシュ、状況を。」

アキトへの返答は、『何?アキト、ボケたの?』というひどいツッコミ。

「アキト、覚えてないの?」

ラピスの言葉に頭を一捻りし、お世辞にも賢いとは言えない脳をフル回転させた結果。

「ああ・・・そうだ・・・。」

ルリちゃん達のナデシコBに遭遇して、いつものように逃げようとしたら、ルリちゃんがアンカーを10本ぐらいまとめて叩き込んできて。

かわしきれずに突き刺さった結果、ジャンプ装置が破損及び暴走して、ナデシコBとユーチャリスはまとめてランダムジャンプに巻き込まれ・・・

「・・・あれ?」

と、今起こっている違和感に気づく。

「じゃ、俺達はランダムジャンプしたのか?」

「ダッシュがね、ギリギリでブリッジを切り離して、ジャンプの範囲から全速で離脱させたの。」

『ブイ』『成功』『任務完了』『あぶねえあぶねえ』『チェスト』『俺は、死なない』等のボードが立て続けに、自慢げに空中で並ぶ。

「ナイス判断だな、ダッシュ。

 ・・・ラピス、俺はどのくらいあっちへ行ってたんだ?」

「30分ぐらい。

 アキトがなかなか起きないから、物凄く心配したの。」

「すまんな・・・。

 長い・・・長い夢を・・・見ていたんだ・・・。」

「夢?」

「俺が過去に戻って、過去を幸せにしようとする夢なんだ・・・。」

「・・・・・・。」

アキトからのリンクによる、深層意識の読み取りによって、常日頃から昔に戻りたいと思っていたアキトの思考を思い出し、ラピスは黙り込む。

だが。

「・・・けど、そんな物はいらなかった。」

「・・・え?」

「幸せは、掴もうと思えばすぐそこにあったんだ。

 それなのに俺がわがままで、ずっと背を向けて、見ないふりをしていただけなんだ。」

その顔はバイザーに隠されているとはいえ、以前のような陰は殆ど見られなくなっていた。

「帰ろう。みんなのところへ。」

「――――けど、ユーチャリスは殆ど大破したから、どうやって戻るの?」

『CCも、切れたしね。』

「・・・うあ。」

シリアス気分が一気に減退し、アキトはがくんと肩を落とす。

「近くへの、通信は?」

「壊れてて、不可能だって。」

「まさに八方ふさがりだな・・・。」

アキトががっかりしながら下を見下ろして、

「・・・って、こんなところに何かあるし!」

床には都合よく一個、これ見よがしに落ちていた。

「だけど、何でだろう・・・。」

「知らないけど、これでジャンプすれば・・・あっ。」

途中で気づいてアキトは言葉を切り、ダッシュの方を見やる。

ダッシュは『さようなら』『お元気で』『気にしないで』『お疲れ様』との言葉を放出し、主の道を応援する。

「・・・いままで、ありがとう。じゃあな、ダッシュ。

 ・・・行こう、ラピス。」

出来るだけ声を平静に装いながら、ラピスを引き寄せる。

ラピスはこくんと頷き、静かにアキトの手を握る。

「ああ、忘れてた。ナデシコBは、どうなったんだ?」

アキトの問いに、ダッシュは『不明』『消失』『ランダムジャンプ?』と返してきた。

「そうか・・・。

 ジャンパーじゃなかった人には悪いけど、ルリちゃんは、昔に戻ったのかもしれないな。

 夢での、俺みたいに・・・。」

「アキト・・・。」

「・・・ん、行こう。」

「――――ジャンプ。」

×月△日

地球・とある大型病院

遺跡の融合から救助されたミスマルユリカは、しかし今まで様々な検査や治療のため、いまだ病室暮らしを余儀なくされていた。

体調は回復の一途をたどっており、2、3日の内に退院する事も可能となっていた。

「暇だよ〜。

 最近みんな、忙しいから来てくれないし。」

本人は、元気が有り余っていたようだが。

そんなおり、病室のドアを叩く音が響く。

てっきりイネスかそこらと思ったユリカは、反射的に肯定の返事を返す。

「どうぞ。」

それに応じてドアを開いた相手は、ユリカの思いもよらない人物だった。

「あ、アキト・・・!?」

それは、もう二度と会えないと思っていた、彼女にとってとても大切な、かけがえの無い人。

「変わっちゃったね・・・。」

その意味は、変わった物が外見だけではないという事。

「・・・まあ、な。」

「イネスさんから聞いたよ。アキトが、もう死んじゃうって。

 私が生きてる間に、もう二度と会えないだろうって。

 だから、今私の前にいるアキトは、幻じゃないよね?消えたりしないよね?」

「・・・消えたりは、しないさ。

 ましてや幻影でも夢でも投影装置でも、妄想ですらない。」

「・・・そう、よかった。」

ホッとした様子で、ユリカはアキトの差し出した手を力強く握り締める。

そこに存在があることを確かめるように。もう二度と、離さない様に。

「・・・ごめんね、アキト。

 私みたいに、ボロボロに汚された女なんて、嫌だよね。」

「・・・そんな事は無いさ。」

アキトは邪魔になるバイザーを外し、ユリカの顔に自分の顔を近づける。

殆ど見えない視界でうろ覚えに位置を予測し、頬に軽く口づけ一つ。

「きゃっ・・・。」

「ユリカは、綺麗だ。俺の知る、昔のまま。」

「アキト・・・。

 いつの間に、そんな歯の浮くようなセリフ覚えたの?

 まるで昔のアカツキさんみたい。」

「・・・そうか?個人的にはひどく納得いかないんだが。」

思いもよらぬツッコミに、アキトは憮然とした顔。

「そうだよ!」

「・・・ま、その件については後々追求するとして・・・。

 ユリカ。」

「なに?」

バイザーを再び装着し、アキトはシリアスな雰囲気を作り出す。

ユリカはそれを感じ取って、緊張から布団を思わずギュッと握り締める。

「さっき言ったとおり、俺はもうすぐ死ぬ。

 寿命も、このまま治療法が見つからなかったら後半年も無いだろう。」

「そして、俺の味覚は無くなったから、かつてのコックの夢を追うのは叶わない。」

「それでも・・・。」

「あの懐かしきナデシコの幸せな時間は、戻らないけど・・・。」

「俺と、新しい幸せを、一緒に作っていかないか――――」

全てを告げる前に、ユリカはアキトの胸に飛び込んでいた。

そして、アキトの口を口でふさぎ、言葉を止める。

聞く必要もなく、返し方も既に知っているから。

「知ってるでしょ、アキト!

 私はアキトの奥さんなんだから!」

「幸せも悲しみも、二人で分けていくんだから!」

「ずっと、一緒だよ・・・。」

「・・・・・・。」

アキトは何も言わず、ユリカをゆっくりベッドにおろし、隣に腰を下ろして、頭を抱えて抱き寄せた。

暖かくなってきた昼の日差しの中、白い病人服と黒いコートの二人は、ずっと寄り添っていた。

そして、女性の左手薬指には、かつて失われた指輪が、ただ静かに光をたたえていた・・・。

?月?日

場所不明

「アキト、遅いよ!」

「遅い・・・。」

桜舞う河原の中で、前を歩いていたユリカやラピス達が、後ろを歩く俺に呼びかける。

「・・・で、何で俺だけ荷物を全部持たされてるんだ?」

俺の姿は、ナナフシ攻略時の荷物運び以上に大量の荷物の底で動いている状態。

「愚問だね、テンカワ君。

 君は良い友人だが、君の新しく覚えた能力がいけないのだよ!」

「な・・・はかったな、アカツキ!」

「その昂氣とやら言うピカピカするので強化された肉体を、荷物運びで役立てるがいい!」

「ボケの期間は終わりだこんちくしょう」

高笑いするアカツキの顔面に大きなリュックが激突して、のけぞって倒れる。

俺が背負っていたものを、強化された肉体でぶん投げたからだ。

「やめなさい、アキト君。」

「おお、エリナ君!

 君は僕の味方だと、信じてたよ!」

一瞬の後に顔をさすりながら立ち上がるアカツキは、しかし次のセリフでどん底に叩き落とされた。

「会長にそんなことしても、バカのプログラムはびくともしないわよ。

 むしろそんなので直るくらいなら、とっくに壊れたテレビみたいにバシバシ蹴ってるわ。」

「・・・容赦ないねえ、君。

 みんなも、僕の弁護をしてくれよ。」

アカツキが周りを見回すが、ゴートさんやイネスさん、プロスさんに月臣さんも首を横に振る。

「・・・無理だ。」

「バカに効く薬・・・永遠の課題ね。」

「そんなものが作り出せれば、わが社は莫大な利益を得られるのですが。」

「・・・・・・。」

「・・・薄情だね、みんな。」

原因が言うのもなんだが、俺もそう思う。

やがて、俺達は桜舞い散る河原の広い草っぱらの上にシートを敷き、花見を始めた。

「よし、じゃあ会長の僕が、乾杯の音頭を取ろう。」

『乾杯!!』

「・・・もしもし、みんな?」

・・・何だか、アカツキが可愛そうになってきた。

「アキト君、飲みましょ!」

「お兄ちゃん、ほら!」

目の前にユリカがいるにもかかわらず、俺の両腕にはエリナとイネスさんが座り、ぐいぐいと体を寄せてくる。

この二人、俺がもうユリカとよりを戻したと言ったのにお構い無しと言う感じだなあ・・・。

「・・・いい表情をしている、テンカワ。

 憑き物が、取れたようだ。」

昨日そう言ってくれた月臣さんは、一人で少しずつ酒を飲んでいた。

「だから、昂氣を身につけることが出来たのだろう。」

確かに妄想の中で使っていたような気がするが、実際使えるにはまた結構な修練を繰り返した。

というより、修練していたらいつの間にか使えるようになっていたというのが正しい。

「・・・後は、テンカワさん自身で強くなるしかないでしょう。」

「ミスターの言う通りだ。」

プロスさんとゴートさんは弁当箱の具をつつきながら、桜を見上げる。

「いやいや、テンカワ君はもう戦力外通告さ。」

「・・・どういう意味だ、アカツキ。」

「だから、テンカワ君はちゃんと家庭を守ってなさい。」

「・・・サンクス、アカツキ。」

「決して私情じゃないよ?

 貴重なA級ジャンパーに優秀なマシンチャイルド。

 只でさえ火星の後継者事件が終わった後始末で忙しいんだ。

 SSの人員を割いて、護衛に当たらせる余裕は無いからね。」

誰も聞いてなんかいないのに、アカツキはぺらぺらと喋りだす。

今なら解る。アカツキは、本当にいい奴だ。ただ少し、素直じゃないだけで。

企業とかを無しにしたら、本当にいい奴なんだよ。

「あ、その何か言いたそうな顔はなんだい!?」

「何でもないさ・・・。」

「じゃあ、ユリカ君と向こうでいちゃついてなさい!

 これは会長命令だよ!」

いつの間にか向こうへ行ってしまったユリカの方向を、アカツキは指差す。

「お、おいアカツキ!お前酔っ払ってないか!?」

「酔ってない!さあ行けコンチクショウ!!

 僕は酔っていないぞ!!」

酔ってる奴は絶対そう言うんだがな・・・。

まあ、ツッコミは程ほどにして、わが友人の言うとおりにしてやろう。

「あ、わたしも〜。」

「駄目ですよラピスさん。ここは、二人きりにしてあげましょう。」

「・・・はあい。」

で、少し離れの場所に来て、河原に座っていたユリカの側に立つ。

しばらくの沈黙の後、口を開いたのはユリカだった。

「・・・ねえ、アキト。

 ラピスちゃん、最近やっと私に話しかけてくれるようになったの。」

「そうか。それは・・・よかった。」

殆ど覚えていないが、妄想世界ではラピスが無茶苦茶になっていた記憶があったが、こっちでは今は大丈夫なようだ。

「個人的には、ラピスちゃんの名前、サクラにしたかったな〜。」

「・・・それ、今桜を見て思いついただろ。」

「・・・あ、ばれた?」

悪気の無い悪戯な表情で、舌を出すユリカ。

だが、ラピスの話が終わると、不意に話が途切れてしまう。

少し間が空いた後、俺は意を決して問いかける。

「・・・ユリカ。」

「?」

「今・・・幸せか?」

「愚問だよ、アキト。」

「・・・そうだな。」

「・・・アキトは?」

「同じく、愚問だ。

 幸せに、決まってるじゃないか。」

終わりは近くに見えているけれど。

だからこそ、それまでの道を二人で作り上げていこう。

幸せを、自分たちで掴み取っていくんだ。

最後まで、笑っていられるように。

ずっと、笑顔でいられるように――――!


コメント

キュアリアルエンドです。

こっちも微妙な作りになってます。

作者の願望大爆発です。

そもそもアキトへの自己満足的な救済を目的とした短編であるはずが、完成したら微妙に救済してない事が判明してました。

PS パソコンが壊れました。

   近々投稿作品の大規模撤去を依頼しようかと考えてます。

 

 

代理人の感想

楽しませてもらいました。

ラストに関しては・・・んー、どっちかと言うとこっちのほうが好みかなぁ。

邪魔者(核爆)が消えてユリカと幸せになってるし。

前向きだし。

 

>願望大爆発

まぁ、元々二次創作なんてそんなもんですし(爆)