母 性 



 ・・・高級住宅が立ち並ぶ一角を占める、豪奢な館。

 軍の重鎮である、ミスマル コウイチロウが居を構える場所である。

 その館の前に、一台の車が静かに停車した。

 時刻は深夜。

 もう直ぐ今日が昨日に変わろうかという時刻である。

 

 「御疲れ様でした」

 

 後部座席から降りてきたのは、妙齢の女性。長い髪をさらりと腰まで伸ばしている。

 連合宇宙軍式の敬礼をしながら、女性は車内に声をかける。

 深夜という時間にもかかわらず、その声に疲労の色はない。むしろこの時間には少々不釣合いな大きさである。

 が、なにぶん広大な敷地を持つミスマル邸。左右にはミスマル邸を守る高い壁が見えるだけであり

 正面は要人テロ対策のため軍が借り上げ、SPを配備させている。

 少々騒いだところで、余人に迷惑をかける恐れは殆ど無い。

 

 「御疲れ様でした、ミスマル少佐」

 

 ・・・車の中から短く応えが帰ってきた。

 こちらの声は隠そうとした疲れが、隠し切れずに僅かににじみ出ている。

 その声が夜気に消え去ると同時に、あいていたドアがひとりでに閉まり、車は静かに走り出す。

 時間とともにテールランプが徐々に小さくなり、やがて夜の帳の向うに消えていく。、

 もちろんユリカはそこまでは見ていなかったが。

 

 

 

 「う〜ん。今日はずいぶん遅くなっちゃったな〜」

 

 

 門扉をくぐりながら、ユリカは大きく「伸び」をする。

 そこにあるのは、年齢相応の表情と疲れ。

 年度末に近い事もあり、ユリカは少佐という身分にふさわしい量の書類の提出を求められていた。

 そして提出する書類を作成しているうちに、こんな時間になってしまったのだ。

 

 「・・・あ」

 

 小さな声とともに、ユリカの歩みが止まる。

 伸びとともに振り仰いだ夜の空には、星が一面に瞬いていた。

 その星空を見た瞬間、今はいない大切な人のことを思い出してしまったのだ。

 

 いつもなら、夜空を見たぐらいでは思い出さない。

 彼が、大切な人が虚空に消え去ってから一年余り。

 最初の頃こそ思い出しては涙に暮れることもあったが、流石に今では多少の耐性も出来た。

 いつもいつも思い出していては心が持たないからだ。

 もちろん、忘れるという事は絶対にありえないが

 日常において脳裏に浮かべることは少なくなっていた。

 

 不意をつかれた事と疲労、そしてこの時間。

 1つでもかけていれば涙を浮かべる事もなかっただろう。

 瞳に溜まった水気が、視界の星空を僅かににじませる。

 振り仰ぐ体勢でなければ、その水気は重力に引かれ

 白い頬を流れ落ちていただろう。

 

 「皆はもう寝ているよね。静かにしなくちゃ」

 

 溜まった水分を軽く拭いつつ、ユリカは同居している2人の少女を思い浮かべる。

 1人は瑠璃色の髪に金色の瞳を持つ、13歳の少女で、名はホシノ ルリ。

 もう1人は薄桃色の髪に、ルリと同じく金色の瞳を持つ7歳の少女。ラピス ラズリ。

 二人とも色々と複雑な経由を通って、ミスマル家の一員となった。

 

 「時々憎たらしいと思う事もあるけど、そこがまた可愛いんだよね〜」

 

 と、少々危ない表情を浮かべながら、ユリカは再び歩を進める。

 この一年余りの賑やかな生活を思い出しているうちに、玄関に辿り着いた。

 

 

 

 ガチャ

 

 掌紋判別機に右手を押し当てると、直ぐに玄関の錠が外れる音が小さく響き扉が自動的に開いていく。

 開いていく扉は人間が1人、楽に通り抜けられるほどの隙間を作ると、静かに停止した。

 

 「ただいま〜」

 

 流石に家の中では静かにしようと思ったのだろう。

 小さく帰宅の挨拶をしたユリカは、背後で締まるドアをチラリと確認すると

 そのまま自室へと向かった。

 

 「あれ?」

 

 自室へと向かう最後の分かれ道で、ユリカは不意に足を止めた。

 かすかに、ほんのかすかにだが、何処かから声が聞こえる。

 それも・・・嗚咽の声が。

 

 「何処からだろう?」

 

 ユリカは耳を澄まし、嗚咽が聞こえてくる方向を見極めようとする。

 

 「・・・こっちから、かな?」

 

 やがて聞こえてくる方向の見当をつけれたのか、止めていた足を再び動かし始めた。

 

 

 

 

 

 「ここは・・・」

 

 段々強くなる嗚咽に歩を急がせていたユリカは、ある部屋の前で不意に立ち止まった。

 小さい方の同居人が生活する部屋だ。

 

 コンコン

 

 「ラピスちゃん。どうしたの?」

 

 <小さくノックをして、扉の中に呼びかけるが、返ってくるのは嗚咽ばかり。

 

 「・・・入るよ?」

 

 このままでは埒があかないと判断したユリカは、一応断りを入れると、扉をあけた。

 

 廊下から差し込む淡い光に照らされたラピスの部屋の中は、少女らしい小物とアニメグッズに彩られ

 多少雑然とした雰囲気をかもし出していた。

 

 ユリカは部屋の中に足を踏み入れると、軽く室内を見回す。

 そして直ぐにその目をベッドに固定した。

 雑多なモノに囲まれるようにラピスが眠るベッドがおいてあるのだが

 そのベッドの前に、もう1人の同居人がいたからである。

 

 「ルリちゃん」

 

 「あ、ユリカさん」

 

 呼びかけたことでようやくユリカの存在に気付いたのか、ルリが部屋の入り口へと振り返る。

 聡い少女には珍しく、その秀麗な顔には困惑の表情が浮かんでいた。

 

 踏み入れればくるぶしまで埋まり、足音など一切しない絨毯の上を

 ユリカは音を殺すようにしてベッドに近付いていく。

 近付くにつれて嗚咽は更に大きくなっていく。

 

 「一体、何があったの?」

 

 「わかりません。私もつい先ほど来たばかりなんです」

 

 ユリカの問い掛けに、ルリは申し訳なさそうに応える。

 何でもルリも嗚咽に引かれ、ラピスの部屋まで来たそうである。

 そして部屋に入りラピスに対面したはいいが、彼女は泣くばかりで

 こちらの問い掛けに一切反応しようとしない。

 どうしようかと途方に暮れていた所に、ユリカがやって来たというのだ。

 

 「そうなの・・・」

 

 ルリの話を聞き終えたユリカは改めて泣き続ける少女を見やる。

 ラピスはベッドの上に座り、立てた膝を抱えるようにして泣いている。

 水色の寝巻きが、桃色の髪とあいまって、かわいらしさを出しているが

 その持ち主の顔はおそらく涙に濡れているのだろう。

 

 「どうしたの? 何で泣いているの?」

 

 このまま見ていても仕方がないと思ったのだろう。

 ユリカはラピスに優しく問い掛けるが、少女は膝に顔をうずめたまま答えない。

 

 ユリカとルリは顔を見あわすが、2人とも相手の顔に困惑の表情を見出しただけであった。

 

 「ユリカさん!?」

 

 ルリが小さく叫ぶ。

 暫し考え込むようにしていたユリカが、突然ベッドに上がりこんだからだ。

 

 ベッドに上がったユリカは、ラピスの背中に回りこむと、その小さな背中を抱え込むようにする。

 自らの体に触れる感触に嗚咽は一瞬途絶えたが、しかし再び少女の口から紡がれる。

 

 

 

 「・・・何があったのかはわからないけれど・・・思いっきり泣きなさい」

 「泣いて泣いて、苦しい事、辛い事、泣きたい原因を全部吐き出して」

 「そしてまたおねーさんに、ラピスちゃんの笑顔を見せてね」

 

 

 

 震える少女の体を抱きしめながら、ユリカは囁くように言葉をかける。

 そしてその姿勢のまま、一切の動きを止める。

 

 

 

 

 

 ・・・どれほどの時間が経過したのだろう。

 

 「・・・あ」

 

 ユリカとラピスの様子を見守っていたルリは、不意に気付いた。

 部屋を埋めていた嗚咽はいつの間にか無くなり

 変わりにあどけない寝息が取って代わっていることに。

 微動だにしない2人に近付いたルリがラピスの顔を下から覗き込むと

 少女は安心しきった表情で眠っていた。

 

 「ふふふ」

 

 その寝顔をみたルリは小さく微笑むと、ユリカに視線を移す。

 

 「ユリカさん。もう大丈夫ですよ」

 

 その声に、今まで身じろぎすらしなかったユリカの体が微かに反応する。

 ラピスに多い被さるようにしていた姿勢をとくと、抱えていたラピスの体を静かに横たえる。

 そして、小さな体には大きすぎる布団をかけてやる。

 

 「でよっか」

 

 あどけない寝顔に残る涙のあとを手巾で拭いながら、ルリに声をかける。

 そして手巾をしまい、床に置いていた自分の荷物を持つとルリの返事を聞かずに廊下に出た。

 

 「あ、まってください」

 

 ユリカにおいていかれそうになったルリは、慌てて後に続いて部屋をでる。

 

 パタン

 

 あまり音を立てないよう、静かに部屋の扉を閉めたルリは

 外で待っていたユリカに小声で問い掛ける。

 

 「一体なんだったんですか?」

 

 何故ラピスは泣き続けていたのか?

 ただ抱いていただけで、どうして泣き止んだのか?

 ルリにとって、先ほどまでの状況は不可思議でしょうがないものであり

 とにもかくにも説明が欲しかった。

 

 「えっとね、どうして泣いていたのかは解らないけど

 泣き止まない理由は多分、自分が泣いている事にあったんじゃないのかな?」

 

 「・・・?」

 

 ユリカの言葉に、怪訝な顔をするラピス。

 ユリカは歩き出しながら更に言葉を続ける。

 

 「上手くは言えないんだけど、子どもってね、自分が泣いている事によって

 更に泣き続けることがあるの。感情が高ぶるって言うのかな?

 ラピスちゃんもそんな風になったんじゃないのかな?」

 

 自分の跡をついて来るルリに、ユリカは問い掛けるようにする。

 

 「そうなるともうどうしようもないの。

 自分が泣いている事が泣く理由になるから、堂々巡りを起こしちゃってね。

 だから私はラピスちゃんを抱きしめて、心の向きをほんの少し、変えてあげたの。

 人肌の温かさに触れることで、少しは落ち着くしね」

 

 「あの行動には、そういう意味があったんですか・・・」

 

 そういえばと、ルリは思い出す。

 泣き止んだラピスの顔を覗き込んだ時、確かに少女は安心した表情をしていた。

 その安心は、ユリカが与えたものだったのだ。

 

 思い出しながら少し間を歩く、ユリカの顔を窺うように見る。

 そこには何処となく「母」の色がうつっているように、ルリには感じられた。

 

 

 

 

 

<日和見の感想>

 

 

 

青い鳥を探す旅に出ます

 

 

<日和貝のつぶやき>

 

 日和見氏が少々トラブルに巻き込まれましたのでですね、そちらの対処に追われて
感想が書けないとほざいてるので代行させていただきます、日和と申します。

職業・パチモノです。

 

 トラブルというのはですね、アレです。

 某作家の為に作った某EDテーマに感想メールが来たので某作家氏にそのことを伝えたら怒り出しちゃったんで、なだめる為の黒猫捕まえに行ってるんだとか。

 ホントかどうか知らないですけどね。

 

 ……さて、そろそろ脱線はやめましょうか。

 

 いい話ですねぇ。

 ここのところ戦闘バリバリだったり、徹底的に壊れたギャグだったり、或いは目を向けるのも酷な嫉妬の乱舞だったりといった作品ばかり読んできたので心の清涼剤になりました。

 ただ、ひとつ疑問に思ったことが。

 

>上手くは言えないんだけど、子どもってね、自分が泣いている事によって

>更に泣き続けることがあるの。

 

>だから私はラピスちゃんを抱きしめて、心の向きをほんの少し、変えてあげたの。

>人肌の温かさに触れることで、少しは落ち着くしね

 

 これは実体験から来るものですかね。それとも、単に知識として知っているだけなのか。

 前者だとすると、面白い事になるんですが。

 面白い事ってのはですね、早くに母親を亡くしてるユリカにこうする人間と言えばまぁ普通はお手伝いさんか誰かでしょうが、もしかすると。もしかするとですよ。

 

 コウイチロウが毎回抱きしめてたのかもしれませんよ。

 

 これだけだと「父親がそうして何処がおかしい」って話になりますけどね。

 よく考えてください。

 

 ラピスは「コウちゃん直伝の母性」なんてもんで泣き止んだってことになります。

 

 嗚呼、素晴らしき哉母性! 御統家の教育は連合一ィィィ!