キョウカの・・・
ある日の小学校での出来事
「あなたってもらわれた子って聞いたけど、本当?」
その無邪気な一言がどのような意味を持つものか。
発言した者も、またその発言を周囲で聞いていた者も
それを全く理解していなかった。
その言葉のもつ意味を、重さを、そして残酷さを理解できたのは
尋ねられた当人と、その人物と共に死線をくぐり抜けてきた
戦友だけであった。
その日、その事を尋ねられたのはラピス ラズリ。
そして理解できたのはマキビ ハリといった。
あの忌まわしき戦争が和平という一応の平穏を得た後――。
戦艦ナデシコのクルーはそれぞれ新しい生活を開始していた。
彼らの中心にいた人物が戦争の原因とともに消失してから
幾つの夜と朝を数えたのだろう。
アキトが、「漆黒の戦神」と呼ばれた人物が身近にいないが故の
どうしようもない虚無感。
しかし立ち止まっているわけにも行かない。
彼は約束してくれたのだ。
「必ず帰ってくる」と。
その約束を彼が、アキトが必ずかなえてくれると信じているクルー達は
再び彼に出会えるその日に彼を驚かそうと努力していた。
あるものはナデシコに乗り込む前の仕事に戻り
あるものはまったく新しい生活へその身を投じた。
それはナデシコの最年少クルーであったラピスと、そしてハーリーも同じであり、
彼女・彼は今、遅ればせながら普通に小学校に通うようになっていた。
「初めまして。マキビ ハリといいます」
「ラピス ラズリ」
2人の最初の挨拶は、実に対照的であった。
ハーリーのよく言えば世慣れした、悪く言えばスレた世間に対する認識は
年度途中でクラスに加わる事の困難さを十二分に理解していた。
とりあえずは「無難に」と言う意図の元、極めて爽やかに挨拶をしたのだが・・・。
この事が原因で後に苦労することはさすがに予想できなかった。
一方、ラピスの挨拶といえば、自分の名前を名乗るだけの素っ気無いものであった。
しかしその妖精のような容姿と、かもし出す雰囲気によって
素っ気無さが逆に神秘的な魅力にもなっていた。
「は〜い。というわけで今日から2人がこのクラスの新しい仲間になります。
みんな、仲良くしてね〜!!」」
2人の挨拶を受けてそういったのは、このクラスの担任である葛城先生であった。
落ち着いたスーツに身を固めた、20代半ばの女性である。
「とりあえず、2人の席はっと・・・。
マキビ君は一番後ろの廊下側、ラピスさんは窓側ね」
そういって教室の真中、最後部に置かれた2人の席を指示する。
「はい」
「わかった」
葛城先生の指示に、2人は指示された席に向かう。
「初めまして、マキビ君」
ハーリーが席につくと、横にいた女の子が声をかけてくる。
「初めまして」
ハーリーは答えながらどこか頭の片隅に引っかかる物を感じていた。
どこかで見た顔だが、既視感というものとはちょっと違う。
「私の名前はキョウカ。ウリバタケ キョウカっていうの」
ハーリーの引っかかりは、少女が続けて発した言葉によって解けた。
「ウリバタケって、もしかしてセイヤさんの・・・?」
「お父さんのこと、知ってるの?」
「まぁ、ちょっと・・・」
ハーリーはそう言って苦笑いを浮かべる。
まさか本当の事を言える訳が無い。
一緒にナデシコに乗り込んで、戦争をしていたなど。
まして某組織においては幹部同士であったなどと。
「?」
ハーリーの言葉と態度に、不思議そうな顔をするキョウカであった。
「こら、そこ。転入そうそうナンパしてんじゃないの!!」
ハーリーがキョウカと話していると、突然葛城先生から声が投げられた。
「ち、違います。僕は別にナンパなんて・・・」
「こら、男の子が言い訳なんかするんじゃない」
真っ赤になって弁解するハーリーの言葉を、丁重に無視する葛城先生。
「・・・」
慌てるハーリーの横ではキョウカも真っ赤になって俯いていた。
「はぁ・・・」
ハーリーとキョウカ、そして担任である葛城先生との会話を上の空で聞きながら
ラピスはこっそりとため息をつく。
新しく家族となった2人の大人――ミスマル コウイチロウとユリカ――の説得に応じて
渋々ながら小学校に通うことにしたのだが
はっきり言って退屈であり、不愉快でもあった。
知識に関してならば、そこらの大人が裸足で逃げ出すほど持っている。
知り合いも(ハーリーは別として)一癖も二癖もある人たちが
ナデシコでいっぱい出来た。
「義務教育」という遥か昔の決まり事に振り回されている自分が堪らなく嫌であったし
こんな事をしているくらいなら、消えてしまったアキトを探しに行きたかった。
それでも今、こうして小学校の教室にその身を置いている。
コウイチロウに、ユリカに余計な負担をかけたくなかったからだ。
「心配をかけたくない」
それはアキトに教えて貰った気持ち。
そしてナデシコで理解した気持ち。
その感情があったからこそハーリーとともに
学校に通うことにしたのだ。
「あ、あの・・・」
ラピスの物思いは、横からかけられた小さな声によって破られた。
ラピスは覚醒した意識を、顔とともに声の持ち主に向ける。
「は、初めまして。ラピスさん」
おどおどとした様子でラピスに話し掛けてきたのは、少年であった。
短くした黒髪に黒瞳、典型的なモンゴロイドの肌色をしている。
「ぼ、僕の名前はシンイチ。イカリ シンイチというんだ」
話し掛けられても答えようとしないラピスに、とりあえず自己紹介するシンイチ。
「・・・よろしく」
ラピスはそれだけ言うと、シンイチに向けていた顔を正面に向け直す。
その態度に途方にくれるシンイチであった。
ラピスとハーリーが小学校に行くようになってから1週間――。
2人は何とか教室になじんでいた。
ラピスは相変わらずの態度であったがそれでも話し掛けられれば
反応はするしまたハーリーがそれとなくサポートしているので
クラスの中で孤立するようなことは無かった。
密かにファンクラブも作られつつあるようである。
そしてハーリーはといえば世慣れた態度によって
あっという間にクラスの人気者になっていた。
その日、その時間、予定されていた授業が担当教員の都合により
急遽、自習になった。
といっても小学生、それも低学年がおとなしく自習するなど無理である。
結局、いつしかクラス全員が転入してきた2人を取り囲む形で騒いでいた。
最初は当り障りの無い話題だった。
生年月日とか趣味とか、そういったものであり
話題の中心である2人には、至極退屈な質問であった。
だがそれは仕方が無い。
2人の相手は僅か7歳。気の利いた質問などできようはずも無い。
しかしその反面、無邪気なまでに無意識に、残酷な事を平然と言えるのだ。
「あなたってもらわれた子って聞いたけど、本当?」
その質問が誰から出されたのか。
それは最早どうでもいいことなのかもしれない。
問題なのは、質問者がその質問の中にある意味を
全く理解していなかった事、そしてその質問が
多少のやっかみから出たことにあった。
そう、人気者のハーリーに、常に心配されている
ラピスに対する、幼いなりの嫉妬心。
「!」
ハーリーはその質問が発せられた途端
思わず椅子から立ち上がろうとした。
もちろん質問者に詰め寄るためだ。
「本当だよ」
しかしハーリーが自分の意図を実行に移す前に
質問された当人が簡単に、さらっと答える。
「前の戦争で身寄りのなくなった私を引き取ってくれた人が居るんだ」
そういって常の表情――感情を表さない無表情――で答える。
「そ、そう・・・」
ラピスの返答は、質問者にとって全く予想外のものであった。
そのまま後をつなげることが出来ずに、質問者は沈黙を強いられる。
結局、その質問によって興を削がれた形となったお喋りの時間は
区切りの鐘がなるまで気まずい沈黙が降りる事となったのだった。
「もらわれた子・・・か」
ラピスは鐘が鳴るまでの間、自分の思考を追っていた。
「私に産みの親は居ない」
まず考えたのはそのことだった。
前の時間軸でも、そしてこの時間軸でも探してみた。
様々なデータベースをあらいざらい探してみても
自分の出生についての記録は一切残っておらず
遺伝上の両親についてもわからなかった。
「私の家族はアキト」
それは前の時間軸で覚えた感覚。
復讐に狂いながらもラピスには優しかった、優しすぎた男性。
気が付いたときには研究所におり北辰に
かどわかされたラピスに感情をくれた人。
アキトも両親を子どものころに喪い
家族というものに餓えていた。
「ユリカ、そしてルリ」
つながっていたアキトから流れ込んできた意識。
その中では常にユリカが傍らに立って笑い
ルリがかすかに笑いながら2人を見ている。
凍りついたアキトの心に生まれる、暖かい息吹。
アキトが勝ち取った「家族」
「ナデシコのみんな」
この時間軸でマシンチャイルドの私にも優しくしてくれたクルーのみんな。
ナデシコで騒いだ日々は、ラピスの決して長くは無い人生において
珠玉の輝きを放つものであった。
「私は親が欲しいんじゃない」
アキトと。
ユリカと。
ルリと。
ナデシコのみんな。
彼らとかかわることでラピスが理解したのは
みんなといると楽しいということ。
「私が欲しいのは、与えられた家族じゃない」
そう。
血統上あるいは法律上の親子関係・家族関係など
ラピスにとっては何の価値も無い。
いらないものだった。
「私が欲しいのは、私がいたいと思える場所。
私が望んでいられる場所」
今のミスマル家にいるのも、ラピスがいたいと願ったからだ。
前の時間軸でアキトが勝ち取った家族。
それを僅かでもいいから感じてみたい。
そう思ったからだ。
そしてコウイチロウも、ユリカも、ルリも
屋敷で働く使用人の人たちも、みんな暖かい。
この暖かさをアキトがラピスの、みんなの前に
帰ってきたときに伝えたい。
だから形式など、その形式が他の人にどのように思われようとも
いっこうに痛痒を感じなかった。
キ〜〜ン コ〜〜ン カ〜〜ン コ〜〜〜ン
ラピスがそこまで思索を進めたとき授業の区切りを告げる
電子の鐘の音が、校舎の中に響き渡った。
「先生、さようなら」
「はい。さようなら。気をつけて、寄り道しないで帰るのよ」
「は〜い」
小学校低学年のうちは、授業数はそれほど多くない。
今日も午前中で予定された授業は終わりクラスメイト達は
先生に挨拶しながら教室を飛び出していった。
キョウカも荷物を纏めると教室を出て昇降口に向かう。
「キョウカちゃん。ちょとといい?」
上履きを靴に履き替え、今にも外に出ようとしたキョウカを
呼び止めた人物がいた。
「な〜に、ハリ・・・君?」
キョウカは呼び止めた人物が誰だか理解すると
若干頬を紅潮させながら振り返る。
そこに立っていたのは、彼女の予想通りの人物だったのだが
その表情は予想外であった。
何処か真剣な表情。
その表情に答える台詞が一瞬、よどむ。
「どうしたの?」
それでも何とか笑顔を浮かべるキョウカだがハーリーの方は
キョウカの笑顔にも真剣な表情を変えない。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいけど・・・、何?」
ハーリーの言葉にやや怯えを混じえながらキョウカは答える。
「ラピスの事だけど・・・」
ハーリーはそこまで言ってから、逡巡するように言葉を止める。
「ラピスちゃんが、どうしたの?」
キョウカのほうは、ハーリーの口からラピスの名前が出てきたことに
内心むっとしながら、それでもハーリーに優しく答える。
少女といえども、いや少女だからこそ、好意を寄せる異性の前で
見栄を張ってしまうのかもしれない。
キョウカの促しにハーリーはかなりためらったが、やがて意を決したのか
留めていた言葉を紡ぎ始める。
「ラピスの、その・・・、家庭のこと」
余裕の無さの表れなのかハーリーの言葉と態度は実に素っ気無い。
その様子とラピスを気にかける様子が
ますますキョウカを苛立たせる。
「さっき、質問した子に聞いてみたら、キョウカちゃんから
聞いたって言っていたから・・・」
やや俯き加減にキョウカに尋ねるハーリー。
「ああ、その話? 隣のクラスの子よ」
ハーリーの態度にキョウカはやや無愛想に答える。
見栄よりも苛立ちが勝ったようだ。
「その子とは去年、クラスが一緒だったの。
ラピスちゃんが今住んでいる大きなお屋敷
ええっと何って言ったっけ?」
「ミスマル家の事?」
ハーリーは名前を思い出せないキョウカに助け舟を出す。
「そうそう、そこの近所に住んでいるんだけど
その子の母親がそんなこと言ってたって聞いたんだ」
「いつ?」
「今朝よ。学校に来た後で聞いたんだ」
「そう」
キョウカの話に、ハーリーはため息を吐く。
「多分その子も意味がわかっていなかったんだろうね」
キョウカに聞こえないように小さく呟く。
「あの〜、ハリ君。一緒に帰らない?」
ハーリーの話が終わったのだと思ったのだろう。
キョウカは思い切ってハーリーに一緒に帰らないかと誘う。
先ほど見せた失態を少しでも挽回をしたいのだろう。
「折角だけどご免。用事があるんだ」
しかしハーリーはそう言い残すと、キョウカを残して教室に戻っていく。
その背後にはしなければならないことを背負った男の
そこはかとない哀愁が漂っていた。
「もう、なんなの!」
去り行くハーリーの背中を暫く見ていたキョウカだったが
ハーリーの姿が見えなくなるとそうこぼして
頬を膨らませながら家路につくのだった。
「・・・という事があったの」
キョウカは家に帰り着くなり、家にいたセイヤに
その日の出来事を話していた。
メインはハーリーに関することであり
せっかくキョウカが誘ったのに一緒に帰ってくれなかったと
父親に愚痴をこぼしていたのだ。
「そいつぁ許せないな」
キョウカの話を聞き終えたセイヤは手にしていた
スパナを工具入れに戻すと休憩するためかキョウカの
いる場所――工場と住居の境目――へと向かう。
「そうでしょ。せっかくの女の子の方から誘ったのに断るなんて」
セイヤの言葉に、キョウカは我が意をえたりとばかりに勢い込む。
「そうじゃない」
しかしセイヤはキョウカの言葉を否定する。
「え〜、何で〜? じゃぁ何が許せないの〜?」
ダダをこねるように言うキョウカに
セイヤは手と顔についた汚れをタオルで拭いながら答える。
「俺が許せねぇといってるのは、ハーリーもだが
それよりもキョウカ、お前だ」
そういうセイヤの顔はこれ以上無いほど真剣であった。
「・・・え?」
セイヤの言葉に驚き固まるキョウカ。
「まず悪いのは、お前の友達の母親だな。
善悪の判断があまりつかない子どもに
そんな事をいうなんてな」
「次に悪いのはお前の友達だ。
ペラペラとそんな事を広めているんだからな」
セイヤはそこまで言うと、一度間を取るかのように
メガネを外す。
そして軽くレンズに付いた汚れをふき取ると
再びかけなおし、話を再会させる。
「そしてキョウカ、お前もそいつらと同罪だ」
セイヤはそういってキョウカを見つめる。
口調も表情も極めて穏やかだが、キョウカはそれが
今まで受けたどんな叱り方よりも怖く感じられた。
「噂って奴はいつか本人の耳に入っちまう。
それはしょうがない。人の口をふさぐ事は不可能だし
聞きたくなくても聞こえてきちまう」
「だからといって、わざわざ広めることも無い。
特にお前はハーリーと仲良くなりたいんだろ?
なら、ラピスの悪い噂は黙ってやら無いと」
「きっとハーリーの奴、お前の言った友達って奴のとこに言って
その話をこれ以上広めないでくれって頼みにいったんだろうな。
苦労症のあいつらしいよ」
苦笑しながらその光景を想像するセイヤ。
それは時間と空間を越えて、ほぼ真実の光景であった。
「さて、キョウカ。お前はどうする。
おそらくラピスは気にもしていないだろう。
ハーリーも今はな。
だがこれから2人と友達になりたければ
すべき事があるんじゃないか?」
「・・・っ。ひっく。でも何をすればいいの?」
今になって、父親に叱られて、自分がした行為の
意味を理解したキョウカ。
その罪の意識に、そして自分自身への怒りのために
自然と涙がこぼれてきたのだ。
「とりあえずは謝ることだ」
セイヤは泣いているキョウカの顔を持っていたタオルで優しく拭い
キョウカには意味の判らない事を言う。
「心から謝れば2人には許して貰えるだろう。
2人とももう立派な大人だからな」
「そこから先はお前次第だ。ラピスと友達になりたければ
そうお願いすればいいし、別に友達になりたくなければ
何もしなくていい」
キョウカからすれば大きな手を頭の上に載せながら
セイヤはキョウカに決断を迫る。
「どうする? 謝るなら連絡してやるぞ」
セイヤの最後の言葉に、大粒の涙をこぼしながらうなずくキョウカ。
そんなキョウカをセイヤは優しく抱きしめるのだった。
「そうですか。そんな事が・・・」
ミスマル家の一室。
そこでこの家の主、ミスマル コウイチロウと
その一人娘ユリカそしてウリバタケが話をしていた。
ウリバタケから今回の経緯を聞き終えたコウイチロウは
そう言って唸ったきりである。
「知らんこととはいえ、俺の娘が迷惑をかけたようなんでな。
ちょっとばかし、筋を通しに来たのさ」
この家に来た理由をウリバタケはそう説明していた。
そういうところは、やはり元ナデシコのクルーである。
ウリバタケのそんなところにユリカは
変なところで感心していた。
「今回のことは全部俺の責任だ。すまん」
再び深々と頭を下げるセイヤに、ユリカは笑いながら答える。
「もういいですよ、ウリバタケさん。
当事者達は、ねっ」
笑顔で言うユリカの視線の先では、ラピスとキョウカ
そしてハーリーが一緒に遊んでいた
(ハーリーは遊ばれていた)。
今回の事は子ども達の問題としてラピスとハーリー
そしてキョウカ3人だけにされたのだが
その雰囲気は最初はぎこちなかった。
キョウカが謝ったとき、ラピスが「気にしていない」と
言ったきり黙ってしまったからだ。
しかし場の沈黙に耐えかねたハーリーが幾つかの話題をふる中に
少女漫画についてのものがあった。
その事がラピスとキョウカ、2人の間を急速に縮めたのだ。
漫画についてあ〜でもない、こ〜でもないと話しているうちに
だんだん打ち解け今ではまるで十年来の親友のように仲良くなっている。
仲良くなりすぎてハーリーがとばっちりを食らい
(つまりは2人によるからかいの対象となり)つつあったが
まぁ些細なことだ。
「ラピス君のあのような顔、久しぶりだな」
コウイチロウが微笑ましい風景を見たという表情で
3人の様子を眺めている。
「ラピス君は強い子だ。だが同時に脆くもある。
『息子』に強く依存しているためなのだろうがな」
そう言いながら横に座るユリカにちらりと視線を送る。
「アキトが消えてからラピスちゃん、あまり笑っていなかったから・・・」
ユリカもコウイチロウの言葉に頷きながら微笑む。
「セイヤくん。
大人の勝手な願いだが、これからもキョウカちゃんを
ラピス君の友達にしてやって欲しい」
「大丈夫ですよ。ミスマル提督。
子ども達は大人たちの思惑など無視して
とっくに仲良くなっていますから」
「そうよ、お父様。
大人たちの心配なんて
子どもには関係ないんです」
そう言って笑いあう大人たちであった。
「バイバイ、ラピスちゃん。ハリ君」
「バイバイ、キョウカちゃん。また明日」
「キョウカちゃん、じゃぁね」
セイヤとキョウカがミスマル邸を辞去したのは
夜もだいぶ更けてからのことであった。
ミスマル邸からウリバタケの工場まで連れ立って歩いていく2人。
何の会話も無かったが、何か満ち足りた空気が流れていた。
「お父さん」
工場まで後少しというところで、キョウカがセイヤに声をかける。
「うん、何だ?」
夜空を見上げながら歩いていたセイヤはキョウカの声に視線を下げる。
「どうして怒鳴らなかったの?」
それはいつしか生まれた疑問。
なぜセイヤはキョウカを怒鳴りつける叱り方をしなかったのか。
「ああ、それか」
セイヤは娘の疑問に苦笑を浮かべながら答える。
「こういう事は怒鳴りつけてもだめなんだ。反発するだけになっちまう」
そう言って自分の腰のあたりにある愛娘の頭に手をおき、優しくなでる。
「ゆっくりと、自分の心に問い掛けさせないとだめなんだ。
他人の痛みを完全に理解することなんて人には出来ないけどな。
それに・・・」
「それに?」
セイヤに言葉の続きを促すキョウカ。
「俺の可愛い娘なら、きっと叱らなくても理解してくれる。
実際、そうだったろ」
「・・・うん」
顔を赤くしながら、小さく、しかしはっきりと頷くキョウカだった。
おまけ
「さて、ハーリー。覚悟は出来ているだろうな」
「ウ、ウリバタケさん。一体何の覚悟ですか」
そこはどこかの廃倉庫なのだろう。
がらんとした空間だったが、その中に2人の人間がいた。
もっとも1人は荒縄で縛られて床に転がっているが。
「決まっているだろう。俺の娘の誘いを断った事だ」
そういうウリバタケのメガネは不気味な反射を見せていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!
あれは・・・」
「問答無用!!」
「た、たすけ・・・ ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
廃倉庫に哀れな子羊の叫び声が響き渡ったのだった。
おまけの2
「うう、酷い目にあった」
おまけから3時間後。
ウリバタケに散々に痛めつけられたハーリーであったが
その脅威の回復力によりすでに復活していた。
「ハーリー君」
「あ、キョウカちゃん・・・とラピス」
体を回復させ件の廃倉庫から脱出したハーリーは
倉庫の入り口でラピスとキョウカの2人に出会った。
「・・・その微妙な間は何?」
「・・・いえ、別に」
愛用の槍を突き付けられたハーリーに何が出来るだろうか。
いや、出来まい(反語)。
「ま、いいわ。ほら、キョウカ」
ラピスは付き付けていたモノを外すと、キョウカを促す。
「あ。う、うん。あ、あのハーリー君」
ハーリーの前に立たされたキョウカは、顔を真っ赤にさせて
胸元で両の手をもじもじと組み合わせながら
やや上目遣いにハーリーを見る。
「なに?」
あれ、いつの間にキョウカちゃんは僕のことを
ハーリーと呼ぶようになったのだろう。
そんなことを考えていたハーリーはキョウカの次の言葉を
危うく聞き逃すところだった。
「ハ、ハーリー君の事が好きなんでです!!
私と、つ、付き合って下さい!!!!!!」
顔だけでなく全身まで真っ赤にしながらキョウカは告白をする。
「な、なんですと!!」
弛緩していた精神に加えられた強烈な一撃!!
思わずハーリーの口から某○○部隊の1人のような方言が口から出てきた
(ちなみにその人物は現在、幸せの真っ只中にある)
「い、いや。気持ちは嬉しいんだけど・・・」
今でこそ肉体年齢は7歳だが、本来はその倍の歳
もう中学校に行っているはずのハーリーである。
さすがにキョウカの告白を断ろうとしたのだが・・・
「女の子からの折角の告白、断るっていうの?」
いつの間にか背後に回り込まれていたラピスに何かを
突きつけられながら、ドスの聞いた声で脅されていた。
「それに私の友達を泣かすなんて・・・」
ラピスのその言葉に正面を見ると、確かにキョウカの目には
大粒の涙が浮かんでいた。
「い、いやその・・・。あ、そうだ。
とりあえず『友達』からということで・・・」
ラピスに脅され、キョウカの涙目に落とされ
ハーリーは仕方なく「友達」からということで逃げようとした。
しかしハーリーは知らなかった。
このような問題先送りの態度がどのような災いを彼にもたらすことになるのか。
彼の周囲にその生きた見本がいたにもかかわらず、である。
ハーリーの言葉に、不満そうな顔をするラピス。
しかし当事者のキョウカは「友達」からでも嬉しいのだろう。
顔を綻ばせてハーリーに抱きつく。
「ちょ、ちょっと・・・」
キョウカに抱き着かれ、目を白黒させながら慌てるハーリー。
「ま、良かったね、ハーリー。でも浮気したらどうなるか・・・」
抱き合っている2人を見ながらラピスは凄む。
「ははは・・・」
ハーリーのほうはラピスの言葉などもはや聞こえていない。
只虚ろに虚空を見上げるだけだ。
「ぼ、僕が一体何をしたんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ハーリーの心の中の叫びは、当然のことながら誰にも聞こえることは無かった。
代理人の感想
それはおまえがハーリーだからだ。(by吉田創)
まぁ冗談はさておき(冗談?)、やっぱり報われませんねぇハーリーくん。
葛城先生曰く「人にほめられる立派な事」をしたのに(苦笑)。
一方ウリバタケですが、「それはそれ」「これはこれ」と割り切る当たりが
いっそ清清しくていいですねぇ。
良くも悪くも大人だというのがよくわかります(爆笑)。