仮面


 

 人は誰でも仮面をかぶる。

 

 友達


 恋人


 上司


 部下

 

 他人との関係では仮面が必要だからだ。

 

 だがそれは自分に自信が無いからではない。

 

 だれもが仮面を通して私を見るからだ。

 

 友達でない私は、友達ではない。

 

 恋人で無い私は、恋人ではない。

 

 上司で無い私は、上司ではない。

 

 部下で無い私は、部下でない。

 

 そして何も無い私は、私では――無い。

 

 そう、私では無い。

 

 

 

 「貴方」に出会うまでは、しっかりした自分を持っていたつもりだった。

 

 たとえ私が造られた存在だとしても――

 

 いや、造られた存在だからこそ、しっかりした自分を持たねばと

 自分を欺いていたのかもしれない。

 

 研究所で、職場で――奇異の目で見られることすら私にとっては必要であった。

 

 「人外の存在」という仮面を与えられるために。

 

 そして研究者達は、同僚達は、私を「怪物」として――認めてくれていた。

 

 彼らが私を見るその目には、好奇と嫌悪、羨望と忌避、そして哀れみと蔑みがあったが

 それすら私は必要としていた。

 

 逆説的ではあるがそうでなければ――私は壊れていただろう。

 

 

 

 命と引き換えにえた白髪と銀の瞳。

 

 それは造られた人外としての証であり、そして象徴。

 

 そして私にとっては――私の象徴。

 

 先天的な遺伝子障害の為に、生後まもなく余命を宣告された私を助けるため

 私の両親は1つの賭けをした。

 

 ナノマシン投与による遺伝子治療。

 

 それは同時に強化されたIFS――イメージ・フィードバック・システム――を与えられる事になった。

 

 両親にとっては苦渋の選択であっただろう。

 

 甘んじて私の「死」を受け入れるのか、それとも「人外の存在」となるのか。

 

 そして両親は生きることの可能性を選択した。

 

 たとえその可能性が――後に様々な悲劇を内包するものだとしても。

 

 そして私は1つの仮面を付けさせられることになる。

 

 その仮面の名は――マシンチャイルド。

 

 

 

 ネルガルに我が子を売り渡したも同然の両親は、我が子を取り戻すために

 休暇を忘れて仕事に没頭した。

 

 そしてその結果――両親は自らの可能性を閉ざしてしまった。

 

 それは私に与えられた、最初の悲劇。

 

 その事を知らされた私は、絶望に淵に立たされた。

 

 そして研究者たちの言葉が、悲劇を惨劇へと変える。

 

 「全く、あの両親もバカな事をしたもんだ。

 子どもを助ける前に、自分が先に死んでしまうなんてよ」

 

 「ま。しょせんは低能のすることだ」

 

 「違いない」

 

 「ははははは」

 

 2人の研究者たちにとっては、単なる世間話であったのだろう。

 だがそれを聞いた私にとっては、ナイフを突きつけられたようなものであり

 そして――背中を押されたようなものだった。

 

 「私のせいで?」

 

 私のせいで両親は死んでしまったのか。

 

 「私がいなければ?」

 

 両親は死ななかったのか?

 

 「私が・・・」

 

 「私が・・・」

 

 「私が・・・」

 

 「私が・・・」

 

 「私は一体、何なのだろう?」

 

 そして私は――自らを消そうとした。

 

 「おい、大変だ!!」

 

 「被検体が・・・」

 

 「医療班を! 急げ!!」

 

 研究者達の声など――もう聞きたくなかった。

 

 

 

 私が再び意識を取り戻したとき、眼に入ったのは研究所で良く見る機器ではなく

 ――真っ白な天井だった。

 

 清潔なシーツと、消毒液の匂い。

 

 「私は・・・生きている?」

 

 そのことが信じられなかった。

 

 なぜ放って置いてくれなかったのか。

 

 なぜ私を消させてくれなかったのか。

 

 その回答はすぐにわかった。

 

 「被検体が目を覚ましました!」

 

 どこか遠くで声が聞こえる。

 その声で朦朧としていた意識が鮮明になる。

 

 「全く困ったことをしてくれたものだな」

 

 研究班のチーフは部屋に入るなり、私を叱る。

 

 「貴様は実に貴重なサンプルなのだ。同時に処置した他の検体は全てロストし

 残るはお前だけなのだ。勝手に死んでもらっては困る」

 

 そう言うチーフの瞳に宿るのは――狂気以外の何物でもなかった。

 

 その後、私には貴重な検体として監視が付けられる事になった。

 

 しかしそれは皮肉にも私に生きる意味を与え、そして仮面を与えてくれた。

 

 両親の死を乗り越えるための「被検体」としての仮面を。

 

 

 

 更なる悲劇は、私から生み出された。

 

 あの事件の後、研究所の中で成長した私に対し研究者たちは月に一度

 私の躯を割り開くようになった。

 

 妖しい診察台に横たえられた私は、冷たい器具で押し広げられ

 鋭いものでナカをまさぐられる。

 

 そのときは何をしているのか、判らなかった。

 

 わざと、なのであろう。

 私が今まで刷り込まれ、叩き込まれた知識の中には、そのことに対する知識が

 含まれていなかったからだ。

 

 そして一通り作業が終わると、彼らはかわるがわる私に熱いモノを注ぎ込んでいく。

 

 私に逆らうことなど出来なかった。

 第1、自分が彼らに何をされているのかも知らなかった。

 知っていたら――舌を噛み切っていただろう。

 

 ただ躯のナカからあふれ出るその感触は――とてもおぞましいものであった。

 

 そして暫しの時が過ぎ――彼らから私に新しい仮面が与えられた。

 

 その仮面の名は――「母親」

 

 私はいきなり10人の子ども達の母親になったのだ。

 

 私の卵子を使った2世代目のマシンチャイルド実験。

 

 毎月のように私の躯を割り開いたあの行動は、全てこの為であったのだ。

 

 だが結論から言えばその計画は――完全な失敗だった。

 

 ナノマシン治療によって命自体は永らえたとはいえ、私の遺伝子には様々な欠陥がある。

 ただそれが致死的でないだけだった。

 

 そして受精させた精子との関係が、致死的でなかった欠陥を致死的なものにした。

 

 昨日まで暖かかった子どもが、次の日には冷たくなる。

 

 夜中に泣き出した子どもが、夜明けを迎える前に泣き止み

 ――そして2度と泣かなくなる。

 

 造られた10人の子ども達が、1人、また1人と死んでゆく。

 

 自らの胎を痛めた子ども達ではない。

 

 しかし紛れもなく私の子ども達なのだ。

 

 その子ども達が私の努力の甲斐なく、いや努力をあざ笑うかのように目の前で消えてゆく。

 

 それは忘れたはずの両親を思い出させ――私は耐えられなくなった。

 

 

 

 再び目を覚ましたとき、目に入ったのはいつか見た天井だった。

 多少薄汚れているが、あの時と変わらない天井。

 

 体にかかるシーツとほのかに香る消毒液の匂いすら、あの時と同じようだった。

 

 「全く君にも困ったものだな」

 

 これだけは違う。

 あの時私を叱ったチーフは既に別の研究班に移動しており

 今は別な人間がチーフになっていた。

 

 「君に今死なれる事は、研究と企業の利益にとって害以外の何ものでもない」

 

 見下すように言う研究者の声は、すぐ側のはずなのにとても遠く感じられた。

 

 

 

 結局私に付けられた「母親」の仮面は長くはなかった。

 

 子ども達が1人死んでいくたびに発作的に自殺を図るようになった私を

 科学者達が子ども達から引き離したからだ。

 その時既に、子ども達は3人にまで減っていた。

 

 その後、子ども達がどのようになったのかは知らない。

 知りたいと思っても、また私が発作的に自殺を図ることを恐れた科学者達が

 子ども達に関する一切の情報を遮断したからだ。

 

 結局、彼女達が生きているのを知ったのは、ずいぶん後のことだった。

 

 再び実験の日々が続く。

 

 もはや子ども達には2度とあえないだろう。

 

 それは絶望的なまでに明確な未来であった。

 

 

 

 研究所の所長が不祥事を起こし、更迭されたのはそれから暫く経ってからだ。

 

 そして私は自由になった。

 

 新たに赴任した火星研究所所長、イリス・フレサンジュが私を中心とする研究の凍結を決定したからだ。

 

 「ごめんなさい。

 私達が貴方にした事、してきた事は謝って許されるものでもないわ。

 けど私には謝ることしか出来ない」

 

 自由になった私に対面したイリスはそう言って私を抱きしめた。

 

 彼女の体の震えと暖かさが――何故か気持ちよかった。

 

 そして私は初めて自らの意思で仮面を付ける。

 

 マシンチャイルドでもない

 

 被検体でもない

 

 母親でもない

 

 後に師となるイリスに名づけられたフィリス・クロフォードという仮面を。

 

 

 

 フィリスとなった私は、死に物狂いの努力をした。

 

 寝る間を惜しみ、貪欲に知識と技術を習得していった。

 

 それは私を助けるために自らを壊した両親に対する贖罪であったのかも知れない。

 

 それは私を被検体と蔑み、もてあそんだ研究者たちに対する復讐だったのかもしれない。

 

 それは私の腕の中で冷たくなっていく子ども達に対する懺悔だったのかも知れない。

 

 その中で私はフィリスという仮面を自分のものにしたつもりだった。

 

 

 

 「でも貴方に会ってから、私はまた変わったのかもしれない」

 

 愛しい人の腕の中で微睡みながら、私はポツリと呟く。

 

 頬にあたる服の感触と、そこに篭った愛しき人の微かな香りが彼女を安心させる。

 

 「貴方は私の仮面をあっさりと引き剥がしてしまった」

 

 「俺は別に何もしてないさ」

 

 男は自分に撓垂れかかるフィリスを優しく抱きかかえながら答える。

 

 ベットに横たわっているからフィリスの体重を全身に感じることができる。

 男にはそれが何故か無性に嬉しかった。

 

 「フィリスが仮面を取り外せたと思うなら、それはフィリスのしたことだ」

 

 男はそう言って開いているほうの手でフィリスの頬を軽く拭う。

 

 「あ・・・」

 

 フィリスは男のその行動で、自分がいつの間にか涙を流していた事に気付いた。

 

 「フィリスがどのような人生を歩んできたかなど、俺はそんなことに興味はない」

 

 男のその一言に体をビクリと震わせ、身を竦めるフィリス。

 

 「俺にとって大事なのは、今フィリスが怯えていることと

 俺の存在がその怯えを少しでも軽くできるかだけだ」

 

 そう言って男――オオサキ・シュン――はフィリスの額に軽く口付けをするのだった。

 

 

 

代理人の感想

じん、とくるお話でした。

時ナデ補完計画発動、と言うところですか。

管理人の作品に対してこう言う作品が出て来る事自体、とても素晴らしい事といえるでしょう。

 

 

 

>遺伝子の様々な欠陥

・・・まさか、某少年が不死身なのもその遺伝子異常のせいだとか(核爆)。