ナデシコ パラダイス

第4話 戦友


 

 「ここが社長室ということになりますかね」

 

 先ほどの部屋を通り過ぎた先にあったのはかなり大きな部屋だった。

 真っ先に目に入る正面には巨大な壁掛け用ディスプレイが置かれ

 サセボ・シティの穏やかな海原が映し出されている。

 その前には大きな執務机が置かれているが今の時代には

 珍しいくなった、天然の木で造られた逸品のようだ。

 そして机とセットなのだろう。

 年代物の大きな革椅子が置かれていたが、そこに誰かが座っていた。

 座っている人物は向こうを、つまり壁にかかっている風景を眺めていたのだが

 アキトたちが入って来るとくるりと椅子を回転させ、アキトたちに正対する。

 

 「よっ、テンカワ君。久しぶりだねぇ〜」

 

 そういって手を上げながらアキトに話し掛けたのは、長髪の男性だった。

 

 「アカツキ!?」

 

 その男性の姿を一目見るなり、アキトは驚きの声をあげる。

 

 「おや、会長。もうお見えでしたか」

 

 驚くアキトとは対照的に、プロスのほうは泰然としている。

 どうやらプロスのほうは今日此処にアカツキと呼ばれた男性が

 来る事を知っていたようだ。

 

 「いやなに、早く親友に会いたいと思ってね」

 

 そういってキラリと白い歯を輝かせて笑うアカツキ。

 その態度にアキトは不意に可笑しさを覚え、笑い出す。

 

 「久しぶりだな。アカツキ。相変わらずのようだな」

 

 「そりゃそうさ。人間、そう簡単には変われないよ」

 

 アカツキの口調は軽かったが、その底には強い意思が隠されていた。

 

 「しかしどうやってこちらへ?

 ラスティアさんには何も聞いておりませんでしたが」

 

 アキトとアカツキ、二人の再会の挨拶が一段落したころに

 プロスがアカツキに疑問を投げかける。

 こういう気配りがそつなく出来るのが

 この男のこの男たる所以なのかもしれない。

 

 「ああ、簡単な謎解きさ」

 

 そういってアキトたちの背後を指差す。

 

 「後ろを見てごらん。ああ、もう少し上」

 

 アカツキの指示に従い、後ろを振り返る二人。

 その表情に驚きと呆れが混じった表情が浮かび上がる。

 

 「この船にはいくつか建造用の通路が残っていてね。

 ちょうど此処に通じるものが残っていたからそれを利用したのさ。

 ま、無ければ無いでプロス君の秘書に通してもらったけどね」

 

 そう、アキトたちが見上げた先には天井の片隅にぽっかりと開いた

 黒い四角とそこから覗いている縄梯子があった。

 

 「防犯上好ましくありませんな〜」

 

 そうポツリともらしたプロスだが、しかしその顔は笑っていた。

 ま、どちらかというと微苦笑といった笑いであったが。

 

 「まぁ、知っている人間は限られるでしょうから

 明日にでも使用できないようにしておけば問題ないですかね」

 

 そう言い置いて、アカツキへと振り返る。

 

 「撮影のほうはどうなさったんです?」

 

 「ああ、何せ女性陣は姦しいからねぇ〜。

 僕だけ先に撮って貰ってさっさと逃げ出してきたのさ」

 

 そう言いながら苦笑を浮かべるアカツキだった。

 

 

 

 そのころ――

 

 「おまたせ〜」

 

 そういって撮影スタジオに入ってきたのは遅れていたユリカであった。

 その背後にはルリと、2人を呼びに言っていたラピスが控えている。

 

 「すみません、皆さん。遅くなりました。・・・って部長は?」

 

 ルリもユリカに続いて謝罪の言葉を述べるが

 開口一番、2人を怒鳴りつけるであろう人物がそこにいなかった事に

 疑問を抱き、その場にいた全員に尋ねる。

 

 「おう、部長なら社長室に行ったぞ」

 

 ルリの問い掛けに応えたのは、大型のカメラを構えた男性だった。

 30歳代半ばを過ぎたころ、もしかしたら四十路になっているのかもしれない。

 つなぎのような服を身に纏い、多くのポケットがついたベストを着ている。

 どこから見てもカメラマンなのだが、ただ雰囲気はコンサート会場などにいる

 「特殊な」写真の専門家のようであった。

 

 「そうなんですか。ところで貴方は?」

 

 「おう。俺かい。俺はウリバタケ セイヤって言うもんだ。

 セイヤと呼んでくれ。今日付けで此処のカメラマン兼特殊大道具係になった」

 

 セイヤと名乗った男はそう言って顔の横に右手を持ち上げ

 親指をつきた立てた拳を見せる。

 

 「よろしくお願いいたします。セイヤさん。

 私はホシノ ルリといます」」

 

 ルリはウリバタケにペコリと頭を下げ、自己紹介をする。

 

 「セイヤさ〜ん。私はミスマル ユリカで〜す。ぶいっ!!」

 

 その横ではセイヤに対する対抗なのか

 ユリカが大きくVサインを出しながら、自己紹介をしている。

 

 「お、おう。よろしくな」

 

 ユリカの自己紹介に、汗をかきながら引き気味になるウリバタケ。

 だがユリカはそんなウリバタケの態度に気づかない。

 

 「じ、じゃぁ早速、撮影するから用意してくれ」

 

 気を取り直すための儀式なのか。

 ウリバタケは軽く頭を振りながらユリカとルリ、そしてラピスに撮影を開始する旨を伝える。

 

 「は〜い」

 

 「はい」

 

 「わかった」

 

 三人三様の返事をすると、壁際に置かれた書割に近づいていく。

 

 「急いでくれよ。たくさん撮影するからな」

 

 カメラや照明の準備をしながらウリバタケは3人を急かすのだった。

 

 

 

 場面は再び社長室へと戻る。

 

 3人は社長室にあったこれまた年代物の応接セットに移動していた。

 プロスに命じれらてラスティアが淹れたコーヒーが3人の前に供される。

 

 「あ、どうも」

 

 「や、悪いね」

 

 ラスティアはアキトとアカツキの礼の前に、軽く黙礼して退室する

 

 「ラスティアさんの淹れるコーヒーは絶品ですよ」

 

 そう言いながら率先して口をつけるプロス。

 その表情は実に満足そうだった。

 プロスの表情にアキトとアカツキはそれぞれコーヒーカップを

 手にすると持ち上げ口にする。

 

 「・・・」

 

 コーヒーを一口含んだ瞬間、2人は黙り込む。

 しばらく口の中で味と香りを楽しんだ後、おもむろに飲み下す。

 

 「これはいけるねぇ」

 

 「こんなコーヒー、初めてですよ」

 

 2人は飲み下した後、口々に感想を述べる。

 その中には心の底からの感嘆が混じっていた。

 

 「お気に召しましたか」

 

 2人の感想に、まるで我が事のように喜ぶプロス。

 

 暫く社長室には各人がコーヒーを啜る音が響き渡る。

 結局、全員がコーヒーの味と香りを満足行くまで

 堪能するのに、5分ほど必要であった。

 

 「あ、そうだ。テンカワ君。プロス君から何か話は聞いたかい?」

 

 最初に口を開いたのは、アカツキであった。

 

 「いや、何も。何度か聞いたんだが、教えてくれないんだ」

 

 アカツキの問いに、アキトは苦笑しながらプロスを横目で見やる。

 

 「いえ、楽しみは取っておかないと」

 

 アキトの咎めるような視線にも、プロスは平然とした態度のままだ。

 

 「そうかい。なら僕も黙っていようかな?」

 

 「おい・・・」

 

 プロスの言葉を聞いたアカツキは、悪戯をする子どもような表情を浮かべて

 笑っている。そんなアカツキをアキトはジト目で見つめる。

 

 「まぁまぁ、テンカワ君。落ち着こうね」

 

 そういうアカツキの台詞は軽かったが

 その顔には僅かながらの怯えがあった。

 

 「それはそうと、アキト君。住む場所はどうしますか?」

 

 険悪な雰囲気を回避しようとしたのか。

 さりげなくプロスが話題を変えようとする。

 

 「それは・・・。まだ考えていません。

 とりあえずは近くの場所で野宿ですかね」

 

 プロスの問い掛けに、アキトは頭を書きながら自分の考えを述べる。

 

 「寝袋とかはあるから野宿でも問題ないですし

 金銭的な余裕もありませんから・・・」

 

 アキトは火星から(合法的に)移動してきた。

 地球で働く時、きちんとした移動記録を持っていたほうがいいと考えたからだ。

 そのために地球―火星連絡船を使用したのだが、その料金は半端ではなかった。

 

 アキトには親の残してくれた遺産もあったのだが『火星の後継者』との戦いで

 使い潰す一方でもうほとんど残っていなかった。

 アキトには定常の収入源が無かったのだから仕方が無い。

 それでも何とか必要な金銭を用意し連絡船のチケットを手に入れたアキトであったが

 地球にきた今、もはや文無しといっていいほどであった。

 

 「そうですか。それは困りましたねぇ〜」

 

 アキトの話に、顎に手を当てて考え込むプロス。

 そんなプロスを見てアカツキが一つの提案をする。

 

 「なら、こうしたらどうだい?

 テンカワ君にはこの船に寝泊りしてもらえば?」

 

 アカツキの言葉に考え込んでいた顔を上げるプロス。

 

 「それは・・・、私の方には異存はありませんが

 エリナ君がなんと言うか・・・」

 

 「な〜に、心配要らないって!

 テンカワ君は『彼女達』のボディーガードってことにすれば・・・」

 

 「おお、それは名案ですな。その案、頂きましょう」

 

 アカツキの提案に、プロスはポンと手を打ちながら頷き、アキトの方を見る。

 

 「どうです。アキト君もこの船で生活してみませんか?」

 

 「あ、ええっと・・・」

 

 アカツキとプロスの会話に取り残されていたアキトは

 いきなり自分が話の流れに巻き込まれたことに混乱する。

 

 「大丈夫だよ。テンカワ君。

 この船には唸るほど空き部屋があるから」

 

 「そうですよ。アキト君。

 ここで一言、『OK』といってくださればいいだけですから」

 

 困惑するアキトに2人は畳み掛けるように承諾を迫る。

 

 「わ、わかりました」

 

 2人の態度――アカツキは肩に手を回しながら、プロスにいたっては大きく身を乗り出しながら――に

 押されたアキトは思わず了承の言葉を発してしまう。

 

 「おお。了承してくださいましたか。

 それではさっそく部屋の準備をさせましょう」

 

 プロスはそう言って席を立つと、執務机に向かう。

 そして卓上にあった何かの機械を取り上げると

 それをポチッと操作する。

 

 「ハリ君。申し訳ないんですがちょっとお仕事が・・・。

 いえ、ナデシコの空き部屋を・・・。

 そうです。部屋の用意を・・・」

 

 プロスが通信機ごしに何かを頼んでいたとき

 不意に扉の外から騒がしい声が聞こえてきた。

 

 「? 何だ?」

 

 その騒ぎに呆然としていたアキトの精神が賦活される。

 

 耳を澄ますと落ち着いた声と、少し苛立っている声が聞こえてくる。

 どうやら女性2人が言い争っているようだ。

 落ち着いた声はラスティアのようだが

 苛立っている声の方は初めて聞く声だ。

 

 「ま、まずい」

 

 アカツキもその声が聞こえたのだろう。

 まともに顔色が変わる。

 

 「どうした、アカツキ?」

 

 急に顔色を変えたアカツキを不思議そうに見るアキト。

 

 「ちょっと、プロス。一体どういうつもりなの?」

 

 しかしアカツキがアキトに答えるより早く社長室の入り口が開く。

 そこから現れた1人の女性だ。そして彼女は部屋に入るなり

 プロスに向かって叫んだのだった。

 

 

代理人の感想

ええっと・・・セイヤさんってナデシコ出航時は一応二十代なんですが(爆)