― 策謀 ―


 

 唐突ではあるがナデシコ整備班の長たるウリバタケは、今悩んでいた。

 

 「金がない」

 

 極めて単純で、なおかつ奥の深い悩み。

 

 人が文明を持つようになってから数千年。

 この手の悩みは何時の時代においても発生し、そして患者に悩むことがない。

 

 金が無くなった理由については明白な理由がある。

 単純だ。使い切ったのだ。

 

 ウリバタケの金の主な使用先はディオラマ・フィギュア製作、ナデシコ艦内自動販売機の賠償

 リリーちゃんのバージョンアップといったところだが

 そのいずれもに半端ではない額の金をつぎ込んでいる。

 

 そもそもナデシコのクルーはかなりの高給取りである。

 基本給自体が高いこともあるが、出張手当や危険手当、残業手当といった

 各種手当てが膨大な額になるからだ。

 

 しかも、艦内にいる間は散財しようにもせいぜい食堂で高めの食事をとるぐらいか

 ネルガル通販で何かを買うぐらいである。

 

 つまり貯まる一方のはずなのだが、ウリバタケだけは例外である。

 入る端からどんどん使っていく。

 

 もちろん、ウリバタケが妻子持ちで給料の大半が家庭に入るというのも

 現在の困窮の一因ではあるのだが、それにしても使いすぎである。

 

 「何とか金をひねり出さないと俺のリリーちゃんが・・・」

 

 ウリバタケの目の前にはバラバラにされた何かの機械が転がっている。

 これがウリバタケの言うリリーちゃんなのだろう。

 

 どうやらバージョンアップしようとして分解したはいいが不良個所を見つけたようだ。

 部品を取り替えようとしたのだが、最近の相次ぐリリーちゃんの修理で

 材料が不足しているらしい。

 

 取り寄せようと自分の(隠し)口座の残高を見たのだが、そこに記されていたのは

 実に微々たる金額だった。そこで出てきたのが冒頭の悩みである。

 

 しかし金が無いのは身から出た錆である。もっと計画的に使用していれば

 まだ十分余裕があるはずの金額を毎度もらっているのだ。

 

 「次の給料日までまだ日があるし・・・

 最近は使途不明金の調査も厳しいからな〜」

 

 結構物騒なことを言うウリバタケであるが彼が会社の経費を

 各種改造につぎ込んでいるのは公然の秘密である。

 

 もっともそのおかげで様々な新兵器を提供してくれるので

 経理担当のプロスペクターも黙認しているのだが。

 

 「・・・まっ、駄目元でプロスさんのところに言ってみるか」

 

 そう言ってバラバラにしたままのリリーちゃんを置いて

 ウリバタケは部屋を後にするのだった。

 

 

 

 「給料の前借り・・・ですか?」

 

 ウリバタケに部屋に押しかけられたプロスペクターは

 ウリバタケの話を聞いてあきれ返る。

 

 「あれほどの御給金を御支払いしてますのに足らないのですか」

 

 そう言うプロスの言葉には、言外に「もっと経済的に使用して下さい」という

 彼の矜持が多分に含まれていた。

 

 「しょうがねえだろう。予定外の出費なんだからよ」

 

 「予定外とおっしゃいますが、ウリバタケさんが艦内の自動販売機を

 違法改造したりしなければもう少し余裕があったと思いますが?」

 

 言い訳しようとしたウリバタケに、冷たい視線を送るプロス。

 

 「だいたいウリバタケさんはですね・・・」

 

 プロスの説教は、それから30分ほど続いた。

 お小言モードに入ったプロスを止めることが出来る人は少ない。

 

 プロスの小言はイネスの「説明」に匹敵するのだ。

 

 

 

 「・・・で、貸してくれるのかい? それとも貸してくれないのかい?」

 

 苦痛の30分を耐え忍んだウリバタケは、やっとの思いでプロスに確認を取る。

 

 「答えは無理です」

 

 しかしウリバタケの確認に答えるプロスの答えはにべも無い。

 

 「おいおい、アレだけ説教しておいて、借りれないってのは無いんじゃない?」

 

 それでは何のために30分もプロスの小言を聞いていたのか判らなくなる。

 借りれると思ったから耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだのだ。

 

 「しょうがありません。会社への経費報告と請求は先日発送したばかりですし

 御給金の前借は10日以上前に申請して頂かないと・・・」

 

 「給料の前借を10日も前に申請しろってか」

 

 「決まりですから。ほら契約書にもちゃんと・・・」

 

 そう言って引出しから契約書を取り出そうとするプロス。

 

 「あ〜〜、契約書はもういい」

 

 ウリバタケはプロスの言葉と行動にもういいとばかりに慌てて手を振る。

 

 「しょうがねぇ、誰か他の奴に借りれないか聞いてみるとするか」

 

 「お待ちなさい」

 

 借りれないと判った以上、これ以上ここにいても何の益も無い。

 

 そう判断したウリバタケはプロスのもとから退出しようとしたのだが

 背を向けたウリバタケをプロスは呼び止める。

 

 「なんだよ? まだ小言が言い足りねぇってか?」

 

 明らかに気分を害したといった態で首だけを振り返らすウリバタケ。

 

 「いえいえ、お金を借りられるんでしたら

 ちょっとしたアドバイスがあるんですがね・・・」

 

 そういうプロスの顔には、なんともいえない不気味な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 ナデシコ艦内某所――

 

 イェルサレム、メッカ、ヴァルハラ、エデン、アビス、ヘルetc.

 

 聖地とも楽園とも、あるいは天国とも奈落ともよばれる区画。

 同盟の拠点にしてある男性クルーにとっては拷問を

 某組織構成員にとっては羨望と恐怖を指し示す部屋。

 

 その部屋に、今15人のうら若き女性達が集まっていた。

 

 「今日は一体何の集まりなの?」

 

 コードネーム「天真爛漫」が列席者に尋ねる。

 

 「『某組織』の幹部から会談の申込がありました」

 

 天真爛漫の問い掛けに答えたのは、一座の首魁であるコードネーム「妖精」である。

 

 「会談?」

 

 妖精の答えに、軽く首をかしげ、顎先にほっそりとした人差し指をつける天真爛漫。

 

 「ええ、何でも『商談』があるとかで・・・」

 

 妖精もあまり詳しい情報を持っていないようだ。

 

 「『某組織』の幹部って、誰だよ?」

 

 「『実行部長』よ」

 

 「赤い獅子」の疑問に答えたのは、「裏方」である。

 

 「今回の話は極めて私的なルートを使用して、私のところへ持ち込まれたの」

 

 「じゃぁ、『裏方』さんは商談の内容を知っているの?」

 

 「三つ編み」が裏方に確認をする。

 

 「残念ながら、詳しい内容は教えてくれなかったわ。

 ただ『きっと全員が欲しがるだろう』って自信満々だったわ」

 

 「「そうですか・・・」」

 

 裏方の言葉に「金の糸」「銀の糸」の姉妹がそろって返事をする。

 

 「まぁ、楽しみにしましょ。あの『実行部長』が自信満々のようだから

 生半可なものではないわね」

 

 そう言って話を纏める「科学者」に、今まで発言していなかった残りの

 列席者――「五花」に「幼き妖精」、「メンテ」――が一斉にに頷く。

 

 「いや〜すまねぇ。待たせちまったようだな」

 

 丁度その時、件の「実行部長」が白い袋を抱えてこの部屋にやってきたのだった。

 

 

 

 「わざわざ集まって貰ってすまねぇな」

 

 そう言いながら実行部長は抱えてきた荷物を「よいしょ」と降ろす。

 

 「それが『商談』のブツ?」

 

 メンテが作戦部長に確認を取る。

 

 「おうよ! 俺様の最高傑作さ!!」

 

 ばっ――。

 

 作戦部長はそう叫ぶと「それ」を覆っていた白い布を勢い良く引き剥がす。

 

 「あっ」

 

 「まぁ・・・」

 

 「きゃぁ〜〜〜」

 

 「・・・」

 

 覆いの下から現れた「モノ」をみた15人の女性達はそれぞれの表現で驚きを表現する。

 

 作戦部長が持ってきたもの、それは「アキトの人形」である。

 

 そう、本編19話 1番星コンテストにおいて某組織が使用したあの人形である。

 

 「・・・まだ持っていたのですか」

 

 妖精が呆れたように呟く。

 

 「おうよ。『キャストの魔術師』とよばれたこの俺様が作ったものを、そう簡単に捨てるかってんだ!」

 

 そう言って胸をそらす作戦部長。

 

 「でもコレが俺の部屋にあるってのもちょっと・・・な」

 

 しかし急に小さくなって、頭を掻きつつこぼす。

 

 「で、捨てるのも忍びないもんだから、望まれるところに言って貰おうかとな」

 

 列席者を見回しながら、作戦部長は話を続ける。

 

 「で、どうだい。誰かこいつを買ってみないか?」

 

 その一言が、部屋の空気を一変させた。

 

 

 

 「・・・あら、『妖精』は呆れていませんでしたかしら?」

 

 「そう言う『裏方』さんこそ、そのお年になってもまだ人形遊びですか?」

 

 「あら、なら私もダメってことかしら?」

 

 「私がもらう〜〜〜」

 

 「何言ってるんですか! あの人形は私が貰ってウサたんと並べるんです!」

 

 「『銀の糸』、貴女は姉を立ててくれますわね?」

 

 「あら『金の糸』、それとこれとは話が別ですわ」

 

 「一緒のエプロン着せて〜(ポッ)」

 

 「厨房の片隅に立たせれば〜〜〜(ポポッ)」

 

 「あ〜〜〜ん、楽しみ〜〜〜〜」×3

 

 「アレを改造して色々と・・・」

 

 「お。俺はだなぁ・・・、別にほ、欲しくなんか・・・」

 

 「・・・欲しいけど、部屋に置けない」

 

 各人が相手を牽制したり、自分の妄想にドップリと浸かっているのをみて

 作戦部長は内心でほくそえむ。

 

 「しめしめ、ここで上手く誘導すれば・・・」

 

 今こそ授けられた策を使うとき。

 

 そう判断した作戦部長は、極めてさりげない様子でボソリと呟く。

 

 「おいおい、こいつは1つしかないんだぜ。みんなが欲しがってもなぁ〜」

 

 その呟きに部屋の中を交錯する視線が強さを増す。

 

 「判った、判った。こうしよう」

 

 もはや言葉すら発しなくなるまで高まった緊張を楽しみつつ、作戦部長は提案する。

 

 「俺としてもコレをきちんと評価してくれる人間に譲りたい。そこでだ」

 

 言葉をわざと一度止め、タメを作る。

 

 「入札にしようと思う」

 

 「入札?」×14

 

 作戦部長の言葉に驚く一同。

 

 「なるほど。そう来るのね」

 

 その中で1人だけ驚いていない人物がいた。

 

 裏方である。

 

 彼女の表の職業では入札など日常茶飯事である。

 彼女だけが「入札」と言う言葉を聞いた瞬間

 精神構造が怜悧な企業家のソレに変貌したのだ。

 

 「入札ってなんだ?」

 

 その一方でよく判っていない人もいる。

 

 「入札―にゅうさつ―とは売買や請負などで最も有利な条件を示す者と契約するために

 複数の競争者に見積額を書いた文書を出させて契約者を決めることよ」

 

 判らない人のため(というよりも「説明」のため)、科学者が入札について「説明」する。

 といっても科学者も気が急いているのか、その説明はいつもほど長くない。

 

 「オークションとかにしちまうと競り合ううちに天井知らずになっちまうからな」

 

 作戦部長はそう言って入札にした理由を話す。

 だが、この理由も親切な経理の人が授けてくれた知恵だ。

 

 「コレの制作費に、俺のちょっとした手間賃と利益を上乗せした合計額を基準として

 前後10%の範囲に入った中で最高値をつけた人間に譲ることにする」

 

 真剣な表情で入札の条件を話しながら、内心は上手くいっていると笑う作戦部長。

 

 「おっと、ここで気を抜くとオジャンになっちまうから気をつけないと」

 

 調子に乗りかけた心を何とか抑制した彼は、最後の条件を提示する。

 

 「入札の締め切りは1時間後。1時間後にまた来るから、購入の意思がある人間は

 この紙に金額を書いてこの箱に入れてくれ」

 

 作戦部長はそう言うと何処からともなく紙と箱を用意する。

 

 「? 電子入札ではないの?」

 

 その紙と箱を見て裏方が首をかしげる。

 

 「やっぱり入札は紙でないとな」

 

 変なところでこだわりを見せる作戦部長だった。

 

 

 

 「では1時間後にまたくる」

 

 そう言って同盟本拠から退室する作戦部長。

 

 もしかして作戦部長が自分の意志で、しかも歩いてこの部屋を出れたのは

 コレが初めてかもしれない。

 

 作戦部長が立ち去った後に残された同盟構成員達は

 それぞれ真剣に入札用紙に向かっていた。

 

 入札用紙には参考として作戦部長が使用した材料について書いているが

 さすがにそれぞれの金額までは書いてない。

 ある程度の目星にはなるが作戦部長の手間賃と利益が乗ると

 総額がいくらになるのか皆目見当もつかない。

 

 作戦部長が残していった現物を見ても、そのつくりの細かさに驚くだけで

 具体的な金額が思い浮かんでこない。

 

 「う〜〜〜ん」

 

 それぞれがそれぞれの思惑を込めた1時間は瞬く間に過ぎていった。

 

 

 

 約束の刻はきた――。

 

 作戦部長はきっかり1時間後に再び現れた。

 

 「購入希望者は入札したか〜?」

 

 コクリ。

 

 作戦武著の確認に、一斉に頷く構成員達。

 

 「よし。じゃぁ」

 

 作戦部長は箱をあけると、入札用紙一枚一枚に目を通す。

 

 ゴクリ――。

 

 誰ともなく飲み下される生唾。

 その部屋にいる女性達が作戦部長の一挙手一投足に注目する。

 

 「よし」

 

 15枚の紙に目を通し終えた作戦部長は、おもむろに一枚の紙を取り上げる。

 

 「譲渡者は・・・」

 

 全員が固唾を飲んで作戦部長の次の言葉を待つ。

 

 「『メンテ』だ!!」

 

 「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 「ちっ」

 

 感情を爆発させ歓声を上げるメンテに対し、他の人間は露骨に舌打ちをする。

 

 「じゃぁ俺の口座に金を振り込んでくれ」

 

 作戦部長はさっさとこの部屋から逃げ出したいのだろう。

 メンテにその場で振込みをするよう求める。

 

 「はいはい〜〜〜」

 

 上機嫌のメンテはコミュニケを操作し言われるままに自分が書いた金額を

 作戦部長の(隠し)口座に振り込む手続きをする。

 

 「・・・っと、はい。振り込みました」

 

 「おう、ちょっと待ってな・・・。よし確認したぜ」

 

 作戦部長もコミュニケでかかれた金額と同額の振込みが自分の口座に

 行われたのを確認するとメンテに例のモノを渡す。

 

 「じゃぁ確かに渡したぜ。大事に使ってくれよ」

 

 作戦部長はそう言い残すと、脱兎のごとく部屋から出て行った。

 

 後には浮かれるメンテと、メンテを睨む14対の視線が残されたのだった。

 

 

 

 「どうでしたか?」

 

 件の入札の翌日――。

 

 ウリバタケはナデシコ食堂で遅めの昼食を取っていた。

 仕事(リリーちゃんの改造)の区切りがなかなかつかなかったせいだ。

 時間がずれたせいで人気の少ないナデシコ食堂はガランとしている。

 そこにウリバタケと同様に遅い食事にきたプロスペクターが現れ

 昨日の顛末を尋ねられたのだった。

 

 「おう。上手くいったぜ」

 

 ウリバタケは上機嫌でプロスに答える。

 

 「おお、それは何より」

 

 ウリバタケの答えにプロスも満面の笑みで返す。

 

 「いやぁ〜、しかしさすがプロスさんだね」

 

 「いえいえ」

 

 ウリバタケの誉め言葉に謙遜するプロス。

 

 「確かにあの方法ならこちらは何のダメージも負うことなく

 しかも高値で売り抜けれる」

 

 「ええ、入札は基準金額を不明にできますから」

 

 そう言って笑うプロス。

 

 「おかげで1番の高値で売れたし、その高値も思いのほか高かったし」

 

 そう。何の事はない。

 結局ウリバタケは一番の高値をつけた人物にアキト人形を売り渡したのだ。

 

 「プロスさんの言うとおりに発言したら皆、上手いこと乗ってくれたし」

 

 「人は自分の信じたいように言葉を信じますから。

 期待をもたせる様なタイミングと表現をすれば乗ってきますよ」

 

 「いやぁ〜、プロスさんも悪だねぇ〜」

 

 「いえいえ、ウリバタケさんほどでは」

 

 そういって顔を見合わせる2人。

 

 「「はっはっはっはっはっ」」

 

 人気のないナデシコ食堂に、男2人の高笑いが響き渡ったのだった。

 

 

 

 

代理人の感想

さすがと言おうか・・・・・・(笑)。

見事な一手でした。

 

こ〜ゆ〜ヒネリの利いた短編は好きですねぇ。