小 技 

― 策 謀 2 ―



 

 「う〜〜〜〜ん」

 

 アキトは壁にかかったカレンダーを見ながら、自室で悩んでいた。

 今年も恐怖の日がやってくる。

 毎年毎年、アキトの舌と胃と精神に、多大な負担をかける行事。

 そう、カカオと砂糖とその他もろもろの集合物を贈られる日が間近に迫っていた。

 

 「みんなの気持ちは嬉しいんだけどなぁ」

 

 そう言って苦笑するアキト。

 だがその気持ちが大きく空回りして、アキトに被害をもたらすのだ。

 

 「普通に作ってくれればいいんだけど・・・」

 

 そう言いながらも、アキトは半ばあきらめていた。

 去年の惨状を考えると、今年も悲惨な状況になることは容易に想像できた。

 

 「・・・胃薬、手配しておいて貰おう」

 

 シクシクと痛む胃を無意識に押えながら、アキトは自室を後にした。

 

 

 

 「おや、アキト君。どうかしましたか?」

 

 痛む胃をさすりながらアキトが訪れたのは、プロスペクターの部屋だった。

 

 「プロスさん。

 すみませんが、良く効く胃腸薬と胃の洗浄剤、

 今度の補給で取り寄せて貰えます?」

 

 「? ・・・なんでま・・・。ああ、もうそんな時期ですか」

 

 アキトの要請に一瞬怪訝そうな顔を見せたプロスだが

 直ぐにその理由を諒解する。

 

 「アキト君も大変ですなぁ〜」

 

 「・・・顔が笑ってますよ」

 

 朗らかな顔で喋るプロスに、アキトはジト目で睨みつけるようにする。

 

 「おや、失礼」

 

 そう言いながらも笑みは隠さないプロスに、アキトは盛大なため息をつく。

 

 「・・・はぁ〜。お願いですから助けてくださいよ〜」

 

 そうしながらも上目遣いにプロスに助けを求めるあたり

 アキトも少しは成長しているようだ。

 

 「・・・1つ、策がないことはないんですが・・・」

 

 アキトの懇願に暫し瞑目しながら考えていたプロスだが

 目を開くとポツリと呟くようにして言葉を部屋の空気に乗せる。

 

 「ホントですか!!」

 

 「ちょっと耳を貸していただけますか?」

 

 プロスはそう言うと、期待に目を輝かせているアキトを手招きする。

 アキトが近づくとその耳元に口を寄せ、囁くように策を授ける。

 

 「・・・のレシピに細工をしてですね・・・」

 「・・・でですね。食堂で全員一緒に・・・」

 「・・・その時に作ったモノしか・・・」

 

 プロスの言葉一言一言に頷くアキト。

 プロスの言葉が終わる頃にはその顔に満面の笑みが浮かんでいた。

 

 「・・・というのはどうでしょう?」

 

 ガバッ!!

 

 「ありがとう。プロスさん」

 

 プロスの言葉が終わると同時に、アキトはプロスの両手を

 しっかりと握り締め感謝の言葉を告げる。

 

 「・・・いや、まぁ・・・」

 

 アキトの勢いに、多少引き気味になるプロス。

 

 「じゃぁ、今度の補給の時に材料の手配もお願いします」

 

 握り締めたプロスの手をぶんぶんと大きく振り回しながら

 アキトは「今年は助かるかも」と考えていた。

 

 

 

 日付は変ってXDAY前日。

 アキトは食堂にその姿を置いていた。

 そしてアキトの前に並ぶ15人の見目麗しき女性達。

 彼女達は全員がエプロンを身につけて、頭を三角巾で覆っている。

 典型的な「料理する」姿だ。

 

 「え〜、ではこれから『美味しい手作りチョコレートの作り方』教室をはじめます」

 

 アキトの言葉に、女性陣の背筋がピンと伸びる。

 何処か緊張感を漂わせるほど真剣な表情。

 それもそのはず。

 なぜならアキトが

 

 「今年はこの料理教室で作ったチョコしか受け取らない」

 

 と言い切ったからだ。

 

 その発言は数日前に、とある女性との会話が契機だった。

 

 

 

 「ね〜ね〜、アキト〜。アキトはどんなチョコがいい?」

 

 アキトが昼食時の戦闘を何とか乗り越え一時の安息を満喫しようとしていた時に

 彼女は雑誌を片手に現れた。

 その雑誌は彼女の手によって既にあるページが開かれており

 そのページをアキトに見せつけるように差し出してきた。

 

 「何だよ、いきなり」

 

 「いいから、いいから。でどれがいいの?」

 

 相変わらずの態度に苦笑しつつ、アキトは差し出された雑誌を見る。

 

 そのページには見出しとして大きく

 

 『彼氏のための手作りチョコ』

 

 と銘打ってあった。

 どうやら手作りチョコレートの特集ページらしい。

 

 「そうか。もうそんな時期か」

 

 その見出しを一瞥しながら、アキトはさも人事のように呟く。

 

 ――何故かその表情には微笑が浮かんでいたが。

 

 「何でもいいけど・・・これかな?」

 

 女性の顔を見つめるようにしながら

 アキトは幾つかある写真の1つを指差す。

 無論、半ば意図したものではあるのだが

 女性の方はその微笑と視線に中てられたようだ。

 

 「・・・(ぽ〜)」

 

 女性は暫しの間呆然とする。

 

 「・・・おいおい、ユリ・・・」

 

 「・・・ア、アキトは普通のチョコがいいんだ」

 

 反応を返さない女性にアキトがじれ、声をかけようとすると

 彼女は弾かれたように反応を返した。

 

 「・・・」

 

 それきりまた黙り込む女性。

 その頭の中ではきっと、おそらく、たぶん「妄想が暴走」しているのだろう。

 

 「・・・しめしめ」

 

 その様子を見ながら、アキトは内心で舌を出していた。

 

 

 

 「あれ?」

 

 女性が暴走するのに任せたまま暫し沈黙していたアキトだが

 不意に怪訝そうな声をあげる。

 

 「・・・このレシピ、おかしくないか?・・・」

 

 そういって、自らが指す写真に添えられたレシピを覗き込む。

 

 「うそ? どこどこ?」

 

 アキトの声に再び現世に戻ってきた女性は、慌てて雑誌を覗き込む。

 

 「ほら、ここ・・・」

 

 「?」

 

 アキトの言う通りの場所を見るが、しかし悲しいかな。

 彼女には何処がおかしいのかわからない。

 そんな女性をみて、アキトは苦笑する。

 

 「わからないか?」

 

 「え〜、わかんないよ〜」

 

 泣きそうな声を出す女性。

 

 「・・・わかったよ。正しい作り方を教えるよ」

 

 泣き出しそうな女性に、苦笑をしつつアキトは助けを出す。

 

 「ほんと!!」

 

 アキトの言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 

 「・・・ただし」

 

 びくぅ

 

 女性はその言葉に一瞬肩をすくませる。

 

 「他のみんなと一緒にね。

 あと、今年はその時作ったチョコしか貰わないから」

 

 そう宣言するアキトの顔には、大きな文字で

 

 「してやったり」

 

 と書かれていた。

 

 

 

 アキトのその宣言はコードネーム「天真爛漫」の口によって「某同盟」の会合の中で語られ

 各方面との折衝・調整の結果、XDAY前日に食堂にて料理教室が開かれることになった。

 

 「・・・ユリカ。そこはそうじゃない」

 

 「・・・メグミちゃん。そんなの入れたら味が滅茶苦茶になるよ」

 

 「・・・リョーコちゃん。そこまで力を入れなくてもいいから」

 

 アキトは暴走しそうになる彼女達(特に某3人)の調理に何とか歯止めを掛け

 (多少形はいびつではあるが)満足の行く味のチョコレートを

 全員に作らせることに成功した。

 

 「寝込まなくていい2月14日なんて・・・」

 

 1人で料理教室の後片付けをしながら、アキトは無事な舌と胃を喜んでいた。

 

 

 

 「プロスさん。御裾分けです」

 

 翌14日。

 

 アキトの姿はプロスの執務室にあった。

 

 「・・・上手くいきましたか」

 

 笑みを浮かべてアキトが差し出すチョコレートを受け取るプロス。

 アキトの元気な姿をみて、自分の策が上手くいったことを確認したようだ。

 

 「ええ、おかげさまで今年は寝込まなくても良かったですよ」

 

 アキトはプロスの問い掛けに満面の笑みを浮かべる事で答える。

 

 「それは何より」

 

 チョコを1つ、口に放り込み溶かしながらプロスは答える。

 

 「でもよく考えましたね。レシピに細工をするなんて」

 

 そういって1冊の本を広げるアキト。

 それは今回の発端となったあの雑誌だった。

 レシピが違っているから危ないと言って、回収したのだ。

 

 「料理雑誌の取り寄せなんて珍しいですし、何より時期が時期。

 直ぐにピンときましたよ。あとはこれを上手く利用すれば・・・と。

 まぁ細工自体も簡単でしたから」

 

 そう言ってぽんぽんと開かれたページをその手で叩くプロス。

 

 「・・・不確定要素は他の女性達でしたが、料理教室を開くという形で

 巻き込んでしまえば極力無視できますし」

 

 「その奥の意図も誤魔化しやすいと」

 

 「ま、なにはともあれ」

 

 「上手くいってよかったですよ」

 

 「「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ」」

 

 狭くはないプロスの執務室に、男たちの快哉の声が響き渡った。

 

 

 

代理人の感想

うむ、技あり(笑)。

 

しかし、表情に出すとは危ない所でしたねぇ。

「妖精」や「策士」が見てたら何を言われたかわかったものじゃありませんよ(笑)?