ヤガミ ナオのある一日


 ヤガミ ナオ。


 何かと問題を起こす人物が多いナデシコにおいて、「一応」良識派と思われている人物である。


 「漆黒の戦神」の親友として有名な同氏であるが、現在ナデシコに乗り込んでいる理由が、
西欧方面軍司令官グラシス中将の二人の孫娘を、「漆黒の戦神」に嫁がせるためで
あるということは、おそらく誰も覚えていないであろう。


 彼の特性は実に多岐にわたる。白兵戦技能は「漆黒の戦神」 「真紅の羅刹」に次ぐと
いわれるほどの能力を持ち、また諜報戦においても元の職場であるクリムゾンでも
トップクラスであったことから、非常に優秀な人物であることは疑いようもない。

 また、彼には将来を誓った女性がいるといわれており、比較的不幸な人物が多いとされる
「時の流れに」において、一人幸せ街道をひた走っているといわれている。


 彼の一日の行動を調査 報告するのが今回の任務である。



 05:00 起床 (以降 時刻はナデシコ標準時)


 ヤガミ ナオの一日は早い。まだ日も明けやらぬ時間に起床し、基礎トレーニングを行う。
彼の部屋には所狭しとトレーニング機器が置かれており、そのほとんどは彼が
趣味の日曜大工で自ら作り上げたものである。


 05:50 ナデシコ艦内移動中


 30分ほど基礎トレーニングを行い、体を温めたら、そのままジョギングに入る。
行き先はナデシコ艦内にある展望室である。彼が今寝起きしている部屋からは軽い
ジョギングで10分ほどの距離にある展望室は、ジョギングコースには最適なのだろう。


 06:00 展望室


 展望室にきたヤガミ ナオは、「漆黒の戦神」ことテンカワ アキトと合流する。
ここで組手を行うのが、ここ最近の二人の日課のようである。
 最初は二人の姿が見えるほどゆっくりとした組手なのだが、やがて常人の目では
追いきれない速さで組手を行う。

 基本的に姿が見えるときはヤガミ ナオがテンカワ アキトに吹き飛ばされる
ときなのだが、時々テンカワ アキトのほうが弾き飛ばされることもある。

 そのとき展望室に聞こえる
「お仕置き」という言葉には
どのような意味があるのだろうか?この言葉が聞こえるときは、必ずといっていいほど
テンカワ アキトが動揺している。何かの「呪い(まじない)」なのだろうか?


 07:00 ナデシコ艦内移動中


 1時間ほどでテンカワ アキトとの組手は終わり、再びジョギングに入る。
行き先はどうやら医療室らしい。
医療室の主に朝の挨拶をし、医療室の女王に特製の湿布薬をもらうと、
そのままオオサキ提督の部屋へと向かう。


 07:15 オオサキ提督の部屋


 ヤガミ ナオはすでに起床していたオオサキ提督とお茶をすすりながら、
将棋などを指している。手慰みに覚えた将棋であるが、本人はいたく
気に入ったのか、連日オオサキ提督の部屋にきて教えてもらっている。
何でも「打倒 ゴート!」だそうである。
 また不幸の一番星が頭上に輝きつづける6歳の少年に、イネス印の
特製湿布を貼らせているのは、公然の秘密だ。


 08:00 ナデシコ食堂


 オオサキ提督と不幸の一番星を引き連れて、ナデシコ食堂に向かう。
 この時間は夜直だったものがあらかた自室へ引き上げた後であり、また第一直は
すでに夜直と交代した後なので、比較的すいている時間である。

 ホウメイやホウメイ ガールズに挨拶したあと、厨房の中にいるテンカワ アキトに
注文をする。テンカワ アキトをからかいながら食事を終えると、そのままブリッジへとむかう。


 08:30 ナデシコブリッジ


 ブリッジにきたヤガミ ナオは、彼の警護対象である、サラ=ファー=ハーデットと
話している(警護対象に起きてから3時間以上たって会うのは、怠慢なのでは?)。
 先ほど食堂で仕入れたアキトに関する情報をサラに伝えるヤガミ ナオ。ひとしきり
情報を伝えたあと、おもむろに赤い消火 器をサラに手渡す。どうやらサラに消火器を
供給していたのは彼のようだ。

 そうこうしているうちに、ブリッジに6歳くらいの女の子が入ってくる。ナデシコの
メインAI「オモイカネ」のオペレーターの一人であるラピス ラズリである。彼女を
ネルガルの研究所から連れ出したのはヤガミ ナオであり、そのとき彼女と一緒に行った
(アキトに対する)いたずらによってラピスの中にヤガミ ナオはかなりの高位置を占め
るようになったようである。
(ちなみに彼女の中における最下位は不幸の一番星、2番目は根暗な士官候補生であるとか…)

 ラピスと話(
「パパ」だの「爆発」だのといった物騒な単語が聞こえてくるが、
いったいどのような話をしているのだろう)をするうちに、コミュニケに通信が入ってくる。
誰と話しているのかは、ここからでは解らない。
 二言、三言、通信してきた相手と話した後、ブリッジから退出する。09:20。


 09:45 格納庫


 ブリッジを退出したヤガミ ナオは、ナデシコが誇る機動兵器「エステバリス」が
鎮座する格納庫にきている。先ほどの通信はどうやら整備班班長、ウリバタケ セイヤから
のものだったらしい。
 ヤガミ ナオとウリバタケは格納庫の片隅でなにやら話し込んでいる。そこに不幸の一番星と、
根暗な士官候補生、「会長」が加わる。どうやら某組織の会合らしい。
 しばらく4人で話をした後、会長から何かを手渡されるヤガミ ナオ。その大きさから
みると、少し厚めの本のようである。


 10:30 ナデシコブリッジ


 某組織との会合を終えた後、再びブリッジへ。オオサキ提督 プロスペクターらと将棋。
どうやらナデシコクルーの中ではプロスペクタ―が最強のようである?
 しかし半舷休息とはいえ、艦長不在なのは軍艦としてはどうなのだろう?


 11:00 同


 サラの変わりにメグミ レイナードが通信席に。ヤガミ ナオはメグミと、操舵子の
ハルカ ミナトを相手に世間話をしている。話題はもっぱらテンカワ アキトについて
のようである。そこに艦長であるミスマル ユリカが現れ、話に参加。ひとしきり笑い声。
 11:50に昼食のため退席するハルカ ミナト、ラピス ラズリの代りとしてエリナ 
キンジョウ ウォンとホシノ ルリがブリッジへ。


 12:00 ナデシコブリッジ


 相変わらずブリッジにいるヤガミ ナオ。エリナ キンジョウ ウォンと
ホシノ ルリが今度の話し相手のようだ。今回も話はテンカワ アキトが中心である。
話していると、話題の主が出前に訪れる。
 ブリッジにいた女性クルーは、全員テンカワ アキトにまとわりつく。いつのまにか
居た根暗な士官候補生が「視線で人が殺せたら」な視線でテンカワ アキトをにらんで
いるのを、ヤガミ ナオが抑えている。なにやらヤガミ ナオが耳打ちすると、ようやく
根暗な士官候補生は大きなため息をついて落ち着く。


 13:00 ナデシコ食堂


 先ほど食事に行ったハルカ ミナト、ラピス ラズリらがブリッジに戻ってくるのと
入れ替わりに、ヤガミ ナオはオオサキ提督、カズシ補佐官らと食堂へ移動。
 厨房に居たテンカワ アキトに火星丼、テンカワ特製ラーメン、チャーハンを注文。
料理を作り終えたテンカワ アキトと一緒に食事。


 13:15 同食堂


 テンカワ特製ラーメンを食べ終えたころに、食堂にエステバリスライダー達が到着。
アリサ=ファー=ハーテッド、スバル リョーコがテンカワ アキトの隣にの座った
ため、火星丼とチャーハンを持って食堂の隅に移動、オオサキ提督らと合流する。
 ちなみに、オオサキ提督の周囲にはウリバタケ セイヤをはじめとする整備班と、
先述の2名を除いたエステバリスライダーと言った面々が集まって座っている。


 13:30 同食堂


 ナデシコ整備班の紅一点、レイナ キンジョウ ウォンが食堂に。テンカワ アキトへ
接近。先に居たパイロット両名と何か言い合っている。テンカワ アキトの周囲に不穏な
雰囲気が醸成され始める。
 その様子を見ていた整備班一同、食器を片付け静かに食堂より退出。
 ヤガミ ナオは、一人黙々と食べつづけ、ついにチャーハンに突入。


 13:35 同食堂


 突如、丸の中に「革」と書かれた、黄色いヘルメットとマスクをつけた集団が食堂へ乱入。
「テンカワ アキトォ、天誅!!」と叫びながら、ゲバ棒を振りかざして
テンカワ アキトへ突撃していく。その集団のなかに、6歳ぐらいの少年と、身長2メー
トルを超える大男がまぎれていたような気がする。
 乱闘発生直後、食堂に某同盟構成員が食堂に到着。某組織との抗争開始。白衣を着た
人物が一人一人に怪しげな薬品(色:緑)を注射しているようにみえるが、問題ないのか?

 ヤガミ ナオは食後のコーヒーを飲みながら、オオサキ提督と何分間この騒動が続く
のか、賭けをしている。ここだけ別世界のようだ


 13:55過ぎ 同食堂


 乱闘終焉。食堂で息をしているのはテンカワ アキトと、某同盟15人、見物していた
ヤガミ ナオとオオサキ提督、アマノ ヒカル、マキ イズミ、イツキ カザマぐらいである。
ヤマダ ジロウ(ダイゴウジ ガイ)はいつのまにか昏倒。おそらく某白衣の人物の手によるものだろう。
 厨房からリュウ ホウメイが出てきて、ホウメイガールズに食堂の片づけを指示している。

 戦死者は某組織会長 作戦部長ら30人。彼らのうち何人かは引きずられながら医療室へ放り込まれる。その後しばらくの間、医療室から人外の叫び声が聞こえてきたことを特に記す。


 14:00 訓練室


 ヤガミ ナオは訓練室でエステバリスライダーたちとの格闘訓練を行っている。
スバル リョーコとアリサ=ファー=ハーテッド、アマノ ヒカルとマキ イズミ、
アカツキ ナガレとヤマダ ジロウ(ダイゴウジ ガイ)のコンビで組手をしている。

 本来ならイツキ カザマも女性ライダーと組手をするべきなのだろうが、なぜか
女性パイロットは全員組手を拒否するので、仕方なくテンカワ アキトと組手を行う。
…はずが、ある女性の猛烈な反対にあったため、かわりにヤガミ ナオと組手をしている。


 14:30 同


 テンカワ アキト&ヤガミ ナオ対残り全員の、格闘訓練フェイズヘ。
 7人がかりでテンカワ アキトに襲い掛かるが、誰一人として有効打を入れられない。
 結局、今日の訓練もテンカワ アキト&ヤガミ ナオ組の圧勝に終わる。


 15:00 訓練室横、更衣室前


 更衣室の前に待ち構えていたラピス ラズリとイネス フレサンジュによってテンカワ アキトが
拉致される。原因はどうやら朝、ヤガミ ナオが某組織から入手していた本のようである。
 どうやらヤガミ ナオは、本をブリッジに置き忘れていたらしい。
 イネスの手にあるその本のタイトルを見ると、損傷が激しいが、かろうじて「漆黒○戦神 
〜その○跡〜」と読める。

 あっという間に連れ去られるテンカワ アキトを「ニヤリ」と言った風情で見送る
ヤガミ ナオ。そこにカズシ補佐官が現れ、ブリッジでの様子をヤガミ ナオに教える。
 それを聞いたヤガミ ナオは「うまく行ったようだ」とカズシ補佐官に答える。どうやら
置き忘れたふりをした、確信犯のようである。


 15:30 自室


 テンカワ アキトを見送ったあと、ヤガミ ナオは自室へ戻る。おもむろにコミュニケを
操作し、グラシス中将へ連絡する。定時報告のようだ。
 5分ほど簡単な報告をした後で、グラシス中将の姿がコミュニケ ウィンドウから消え、
かわりに妙齢の女性がウィンドウに現れる。一方的に話しつづけるヤガミ ナオ。その表情は
大半が大きなサングラスに隠れて見えないが、興奮しているのかうっすらと頬が上気している
のが見て取れる。

 ……少し気持ちが悪い。


 17:00 ナデシコ食堂


 ヤガミ ナオは結局1時間以上女性と話しつづけた。通信費はいったいどうなっているの
だろう。通信を終えると今度は食堂に向かう。
 食堂ではホウメイが一人で仕込みをしている。副コックのテンカワ アキトがおらず、
またアシスタントのホウメイ ガールズもいないためだ。それを見たヤガミ ナオは厨房に
入り、ジャガイモの皮むきなどの仕込を手伝う。途中、運悪く食堂に現れたカズシ補佐官を
厨房に引っ張り込んで、玉葱のみじん切りをさせていた。


 18:00 同


 仕込が終わったあたりから、クルーが食事に現れる。ここでもヤガミ ナオはホウメイを手伝い、
配膳や注文取りなどしている。もちろんカズシ補佐官も一緒だ。
しかしいつもの黒服の上にフリフリのフリルのついたエプロンをつけるのだけは
やめていただきたい。

 某同盟はお仕置きに一生懸命で、某組織は昼間の乱闘からまだ復帰していないため、
実は仕事はそれほど大変ではない(彼 彼女ら以外のクルーはいたって穏健である)。

 人の波が収まったあたりで、ホウメイから「手伝い、すまないね」と声が掛けられる。
そしてヤガミ ナオはホウメイから封筒を受け取っている。ヤガミ ナオは封筒の中身を
検めると、満足げにうなづいて厨房を出て、自室へと向かっていった。


 19:00 艦内某所


 食堂を出たヤガミ ナオは、一度自室に戻る。しかしすぐに出てきた。なぜか大八車を
持っているのだが、いったい何に使うのだろうか。
  大八車を持ったまま、どことも知れない通路を歩く。一切の案内表示がないため、
艦内のどこを歩いているのかまったくわからない。

 やがて目的地に着いたのか、大八車の取っ手を放す。その前には戦艦にはあるまじき
ピンク色の扉があり、扉には「アキトさん専用(ハ〜ト)」とかかれている。
 ヤガミ ナオはおもむろにピンク色の扉をたたくと、「回収にきました」と扉に話し掛ける。


 しばらくして満足げな表情をした5人の女性が扉を開けて出てくる。全員エプロンをつけてい
るがそのエプロンにはなにやら不気味なシミがついていた。
 5人に続いて、顔は笑顔、目は修羅をした女性がぞろぞろと出てくる。その雰囲気は

「うかつに話し掛けると死にますよ」

といったものだろうか。

 全員が視界から消え去ったのを見て、ヤガミ ナオは扉の中に向かって、「生きているか」
と声をかける。部屋の中からは消え入りそうな声で

 「ミティちゃん、久しぶりだねぇ。おやムネタケ提督、今からそっちに行きますよ」

と聞こえてくる。
 慌てて部屋に入ったヤガミ ナオの視界に入ったのは、椅子に縛られたテンカワ アキトと
その前に山のように詰まれた料理の皿と、林立する空いたコップである。

 ヤガミ ナオは「どうした、アキト。いったい何をされたんだ」とテンカワ アキトに
問い掛けるが、テンカワ アキトは

 「お、テツヤァ、久しぶりだな。…もう俺は英雄なんかじゃない。一緒に楽しもうじゃないか」

と、虚空に向かってつぶやいている。
 「いったい…」とつぶやいたヤガミ ナオに対し、不意に「説明しましょう!」という
嬉々とした女性の声が響き渡った。


 19:15 同某所


 完全に背後を取られたヤガミ ナオだったが、あまり驚いてはいなかった。
ただしその顔には「しまった」という悔恨の表情と、「またか」という辟易とした表情が
現れていたが…。

 「今回のアキト君に対する『お仕置き』は、コードネーム『五花』が、自分達が作った
 料理をアキト君に食べさせるというものだったわ」

 うんざりとした表情のヤガミ ナオを気にすることなく、女性は話を続ける。

 「しかしイ…、じゃなかった『科学者』さん、そのお仕置きの内容だとここまで…」

 彼女の本名なのだろうか、「イ…」と言いかけたヤガミ ナオであるが、この部屋の
不文律「お仕置き部屋ではコードネームしか使用しない」を思い出したのだろう、
あわてて彼女のコードネームである「科学者」という言葉で言い直す。
 しかし「科学者」と呼ばれた女性はそんなことは気にせずに、説明を続ける。

 「そう、単に料理を食べさせるだけなら、アキト君はここまで壊れない。『天真爛漫』や
 『通信士』の料理ならともかく、『五花』は一応、プロなのだし、すでに同様の『お仕置き』は
 過去に何度も行っているからね。しかしその食べさせ方が尋常ではなかったら?」

 自らの言葉がどのような効果をもたらすのか、まるでそのことを確かめるかのように
間をおく女性。
 「それで…、いったいどんな食べ方を…」
 ヤガミ ナオはその言葉にあがらうのをあきらめ、女性に説明を求めるという禁断の
行為を行った。

 「それはね、口移し」

 「く…、口移し!?」


 その言葉に驚愕の声をあげるヤガミ ナオ。


 「そう、アキト君は口移しによって食べさせられたの。もちろん電気的接触は厳禁したけど。
 それでもアキト君にとってはかなりの精神的ダメージになったようね」

 呆然としたままのヤガミ ナオ。説明に満足した女性の気配が消えた後も、しばらく
立ち尽くしていた。やがて、正気に戻ったのか、ポツリとテンカワ アキトに声をかける。

 「今回は、ちょっち、きつかったかな?」

 テンカワ アキトからの返事はない。相変わらず虚空に向かってなにやらぶつぶつとつぶやい
ている。ヤガミ ナオは二、三度軽く頭をふると、「逝って」しまっているテンカワ アキトの
縛めを解き、持ってきた大八車に乗せ、どこへともなく去っていった。


 20:00 自室


 某所から回収したテンカワ アキトを、テンカワ アキトの部屋に安置してきたヤガミ ナオ
は、自室へと引き上げてきた。
 机に向かい書類になにやら書いていたが、書き終えたのかペンを置く。そして部屋の隅にある
自作のトレーニングマシンで軽く運動した後、部屋備え付けのシャワーで汗を流す。


 21:00 同


 オオサキ提督、プロスペクタ―らがヤガミ ナオの部屋にくる。酒を飲みながら歓談。
 酒の肴は今日の「お仕置き」の内容のようだ。


 23:00 同


 オオサキ提督らが退室。その後も一人でちびちびとやっていたが、日付変更線の前で
飲むのをやめ、就寝。






 某月某日 宇宙空間某座標


 月で建造されたときには「シャクヤク」と呼ばれていた船は、現在木連が所有している。
そしてエリート部隊である優人部隊の旗艦として使用されている。

 その艦内の一室、艦長室にいるのは、優人部隊の総司令官である東 舞歌である。
俺の上司であり、また木連軍の重鎮である舞歌様だが、大きな声ではいえないような趣味を持っていた。
いや趣味ではなく、性癖かも知れないが…。

 今、俺はその艦長室におり、現在、部屋の主は、俺が提出した報告書を読んでいる。
その目に怪しい光が見えるのは気のせいと思いたい。


 「高杉中尉」

 報告書を読み終えた舞歌様が俺に呼びかける。そうそう遅ればせながら自己紹介をさせてもらうと、
俺の名前は高杉 三郎太。優人部隊の一員にして、帰還者でもある。



 「この報告書について、間違いはないわね?」


 「はっ、間違いありません」


 「そう…」


 今回の舞歌様の指令、「ナデシコにいる『ヤガミ ナオ』なる人物を調査せよ」と
いうのはかなり突然だった。理由もなし、説明もなしで1週間で報告せよという、
かなりきつい内容だったのだが、仮にも優人部隊の一員ならこれぐらいは軽くこなさな
くてはいけない。もっとも「艦長」に手伝ってもらったのはここだけの秘密だが…。

 しかしいまだになぜ「ヤガミ ナオ」なる人物を調査せよといったのか、そこがわからない。


 「何か聞きたいことがあるんじゃない?」


 内心を言当てられ心臓の鼓動が跳ね上がる。が、表面上は平静なフリをする。



 「そうですね。ないといえば嘘になりますが…」


 「たとえば?」


 「なぜ、ヤガミ ナオを調査させたのか? それも短期間に? その目的は? といったところでしょうか」


 舞歌様に尋ねられたのを幸いとばかりに質問を投げる。もっともこの質問に対する答えはあまり期待していない。説明する気があるのなら、何も言わなくても舞歌様のほうから言ってくる。


 「あなたはこの報告書を作ってみて、ヤガミ ナオについてどう思った?」


 案の定、まともには答えが返ってこなかった。それでもヤガミ ナオについての自分の意見を述べる。


 「一言で言えば『コウモリ』ですかね」

 「その心は?」

 「地球連合軍西欧方面軍指令、グラシス中将に雇われながら、その職責を果たしているとは
 言いがたい。ナデシコ艦内でも某同盟と某組織の間を綱渡りのように行き来している。
  テンカワ アキトの親友と言われるわりには、テンカワ アキトを窮地に追い込む。
 彼の行動には主義や筋が見えない。だから『コウモリ』です。

 そう、これが彼に対する紛れもない感想だ。しかしその感想に対し、落胆したのか舞歌様は
少し顔をしかめて、俺の感想に評価を下す。



 「高杉中尉。もう少しよく彼の行動を見なさい。そうすればそんな感想など出てこないから」


 「? どういう意味です?」


 「それもよく考えなさい」


 舞歌様の言われていることがよくわからない。彼の行動は「コウモリ」と称する
以外に表現のしようがないと思うのだが…。


 「もういいわ。さがりなさい」


 「は、しかし…。わかりました」


 よほど不満げな表情が出ていたのか。舞歌様は俺に退席するよう命じる。
 まだ問い掛けたいことがあったがここはいったん引いて、出直したほうが得策だろう。
舞歌様に敬礼をしたあと、艦長室から退席する。




 「高杉中尉も、もう少しね…」


 部下が退席したあと、東 舞歌は一人つぶやく。


 「この報告書を見れば彼がどれだけ有能なエージェントなのか、一目瞭然じゃない。
 そのことを見抜けないなんて…」


 報告書に視線をおとしながら、更につぶやく。


 「軍や大企業の後ろ盾もない、単なるSSが、あのナデシコに乗って無事でいられると
 言うことがどれだけ大変なのか、考えてみればいいのだわ。しかも良い意味でも
 悪い意味でも、騒動の中心となるテンカワ アキトのそばに居続けるということが、
 一体どういう意味を持つのかも…」


 舞歌は報告書を「テンカワ アキト」とかかれたファイルに
しまいながら、更に独り言を続ける。


 「こういうの人物なら、やり方によってはこちらに引き込めそうね。
 そうすればもっと詳しいテンカワ アキトの情報も…」


 そうつぶやく舞歌の目には、隠し切れない怪しい光が在った。上等の獲物を
前にしたマタギが放つような光だ。その光がテンカワ アキトという哀れな
子羊の身に降りかからないという保証は、この広い宇宙のどこにもなかった。


 補 記


 テンカワ アキトが現世に復帰したのは、あれから3日後のことであったという。


 補 記2

 その後しばらくして、東 舞歌のもとにテンカワ アキトの隠し撮り写真と
思われるデータが定期的に届けられるようになったとか…。

 

 

代理人の感想

 

・・・・・やるな、舞歌さん(爆笑)。

そうか、彼女はこうやってナデシコの情報を入手してたのか!

それ以上に気になるのは・・・ナオは何と引き換えに情報を流してたんだろう(笑)。