おまけ
お仕置きTime
ゴクリ。
目の前に差し出されたカードを凝視するアキト。その表情はこれ以上ないほど、真剣であった。
「やだ、そんなに見つめられると…」
カードをアキトに差し出しているミナトは、口にこそ出さないが内心このように思っていた。
「こんな目で見つめられたらころんじゃうかも…」
しかし彼女には転べない理由があった。
思いを寄せる白鳥九十九の存在と、そしてこの部屋に充満する、彼女たち」の黒いオーラのせいである。
しばらくカードを凝視していたアキトは、覚悟を決めたのかカードに手を伸ばす。
ミナトから見ればカードにかかれている数字は丸見えである。
それゆえにアミナトはアキトの運のなさをよく知っていた。
「あ〜あ、アキト君、また『15』を選ぼうとしている」
そう、アキトが今、選ぼうとしているのは、お仕置きに参加できる人数を決めるカードであり、
アキトはなぜか毎回「15」と書かれたカードに手を伸ばすのである。
ミナトが右端にしても、左端にしても、真ん中にしても、果ては他の数字が書かれたカードの間に隠しても、
ピンポイントで狙ってくる。
そりゃぁもう、「見えてなければ無理」なぐらいで選ぼうとする。
「しょうがない。また助けてあげるか」
そう内心で思うと「15」と書かれたカードにアキトの手が触れる前に、ミナトはこっそりとカードの位置を変える。
アキトが手を伸ばしてきた場所に、「15」の横にあった「4」と書かれたカードを持ってきたのである。
凝視する16人の目を盗んで行われるその「技」は、
「プロのマジシャンか、あるいは玄人(バイニン)か」
というほどの業である。
実はアキトが最高の数字である「15」はもとより、
半数以上である「8」以上を引いたことがないのは、
常に女神(ミナト)が裏から手を回していたおかげであった。
女神の手さばきによって施された偶然という名の必然、
それはアキトの精神を崩壊させないための、ミナトの良心でも会った。
だが、今回、そのミナトの良心が裏目に出た。
「くちゅん」
アキトがカードに手を触れるその一瞬、ミナトが小さなくしゃみをしてしまったのである。
かわいらしいくしゃみの様子とは裏腹に、その行動がアキトを奈落の底に叩き落すことになった。
「あ(汗っ;)」
小さくてもくしゃみをすれば手はぶれる。視界も一瞬だがふさがれる。
まさにその瞬間にアキトの指がカードにかかった。
目をつぶりカードを引くアキト。ミナトは引き抜かれていくカードを見送ることしかできなかった。
カードを引き抜いた、そのままの姿勢で一瞬躊躇したアキトだったが、
周囲の期待するような、同時に刺されるような視線に耐えかね、「えいっ」とばかりに裏返す。
「15」
裏返されたカードを見た瞬間、アキトの脳裏にどのような感慨が横切ったのか。誰も知らない。
ただ確実なのは、アキトがこれから地獄を見るということだけだった。
裏返されたカードを見て喜んだのは果たして誰だったのか。
一人もいないかもしれないし、あるいは15人全員だったのかもしれない。
しかし、この「お仕置き」が始まって以来の数字に、15人全員が興奮したことは確かだった。
「15!」
「15だ!!」
「15だよ!!!」
「15ね!!!!」
「15だぁ〜!!!!!」
口々に発せられる「15」という単語。この瞬間、「15」は神の数字になったのかもしれない。
「じ、じゃぁ、次、行くね」
動揺していても、自分の役割は忘れない。
ハルカ ミナトはそういう女性だった。
というよりも自らの行為がもたらした結果を、いち早く忘却したいと思っただけなのかもしれない。
今回は15人という最高の数字が出たため、「誰が」を選択する必要はなくなった。では「次」は何になるのか。
そうだ、「お仕置きの内容を決定しなければ」
強迫観念にも似たある種の現実逃避を交えながら、
ミナトは「お仕置き内容決定カード」を切ろうとする。
「待ってください、ミナトさん」
カードをシャッフルしようとしたミナトの手を、止める声が部屋に響く。
そうよ、早く決定してこの恐怖の空間から逃げ出そう。
それしかないんだわ。さっさと片付けて、私は自由になるのよ。
そう考えていたミナトは、急な静止の声に手を止める。
「どうしたの?」
怪訝そうに声の主に尋ねるミナト。
その声と視線の先では瑠璃色の髪と金色の瞳をもった少女が立っていた。
「今回の『お仕置き』の内容は、もう決まっています」
そういって手に持っていた大き目の布を広げながら、椅子に座らされているアキトへ近づく。
アキトは既に真っ白な灰になっており、精神は既に黄泉路へと旅立っていた。
「え、もう決まっているって?」
少女の言葉に戸惑うミナト。
「すみません。ミナトさんには言ってなかったのですが、
今回のお仕置きについては最初から決まっていたんです」
手早くアキトに目隠しをしながら答える少女。
「今回の本でアキトさんがした約束、彼女の変わりに私たちがやることにしたんです」
「アキト君がした約束なんて知っているの?」
「ええ、今回は『科学者』さんが知っていました」
そういって背の高い、金髪の女性に目を向ける少女。
「科学者」と呼ばれたほうは、手にしていた袋から服を取り出している。
少女もアキトに目隠しをしてから、元の場所に戻り、そこにおいていた袋から服を取り出すと、
いきなり今きている服を脱ぎだした。
「ちょ、ちょっとル…、じゃなかった『妖精』、どうしたの?」
いきなりの少女の行動に慌て、本名を呼びそうになったミナト。
だが、よく見ると全員が服を着替え始めていた。
「ちょっと、みんなして…。
な、何なのよ、一体」
さすがに精神がついていけなくなったのか、困惑するミナト。そんなミナトに対して科学者が答える。
「アキト君が今回していた約束というのは、彼女と『一緒に踊ろう』というものだったの。
で、アキト君は彼女のとこに行かせない、じゃなかった行けないから約束を果たせない。
それではアキトくんに『約束を守れなかった』という罪悪感を与えかねない。
じゃぁ変わりに私達が彼女の変わりにアキト君と踊れば、約束を果たせることになる。
つまりはそういうことよ」
「それって…」
あまりの論理に二の句が告げなくなるミナト。
「みんな、着替え終わった?」
「終わったよ〜」
「終わりました」
科学者の説明の間に、全員が着替え終わったようだ。
明るく答える桃色の髪の少女と、黒髪を三つ編みにした女性が代表して答える。
「……」
着替え終わった彼女達の姿に、ミナトはあきれ果て、もはや何も言う気もなくなってしまった。
「アキトさん、お待たせしました」
「なっ、なんだよ、みんな! その格好は!!」
「妖精」によって目隠しをはずされたアキトの目に入ってきたのは、なんと体操服姿の女性たちであった。
そう、彼女達が着替えた服は、体操服であった。
上は白を基本に、襟元と半そでの袖口が紺色のもので、下はいわゆるブルマであった。
一応各人の持ち物なのか、上着の胸元にはそれぞれの名前(コードネーム)が大きくかかれている。
体操服というものは、着る人間を選ばない代わりに、着る人間の体形をこれでもかと見せつけるときがある。
誰とは言わないが体操服の胸元がこれでもかと盛り上がっている人がいれば、逆にそうでない人もいる。
しかし例え体形的には貧弱に見えたとしても、服の下にあるであろう裸体を
まったく想像させないわけではない。
事実、彼女達の姿を見たアキトは必死に目をそらせ、顔を真っ赤にしながら叫んでいるが、
その一方、横目でちらちらと彼女達を見ている。
「なにって、お仕置きの格好だよ」
天真爛漫を実物化すればこうなるだろうという人物が、想像どおりの口調でアキトの疑問に答える。
「今回のお仕置きの内容は『踊り』です。アキトさんにはこれから全員と踊ってもらいます」
そういってアキトの目の前にいる少女が「天真爛漫」の後を引き継ぐ。
「今から行うのはフォークダンスです。そのために皆さん『体操服』に着替えていただきました」
「そうだよ、アキト!。今からみんなで一緒に踊ろ!!」
桃色の髪をした少女が陽気に叫ぶ。その声を合図にしたように、どこからか軽快な音楽が流れてくる。
「こ、これは…」
その曲を聴いたアキトの顔に、理解の色が走る。
そう、妖精に脅されて仕方なくオモイカネが流している曲は……
マイ○・○イム !!
「極東地域で最も知られているフォークダンス用の曲、マ○ム・マ○ム。
この軽快な曲を聴いた極東地域の人間は、思わず踊り始めるという伝説の曲よ」
肩口で黒髪を切りそろえた女性が、腕組みをし、胸元をさらに強調するかのようにしてアキトに近づいていく。
「さ、アキトさん。踊りましょっ!」
そういって先ほどの女性によく似た女性が、座っているアキトの後ろに回りこむ。
その女性の手には、なぜかスパナが握られていた。
「ほんとだったらアキトさんにも、着替えてほしいんだけど…」
そういっているのは金色の髪をした白人女性だ。
「私達の地元でも、この曲はよく流れていたわ。ね、『金の糸』?」
そういってアキトによっていくのは銀色の髪をもつ、先ほどの金髪女性と瓜二つの人物。
「さぁ、アキトさん」×5
そう声をそろえるのは、なぜか体操服の上にエプロンをつけた女性たち。
「ア、アキト。いっ、一緒にだな…」
体操服姿なのが恥ずかしいのか、顔を赤らめているのは緑色の髪をした女性。
アキトは近づいてくる彼女達に脅え、「来ないで」といわんばかりに首を振る。
しかし彼女達の歩みが止まることはなかった。そう、決して…。
「アキト(さん)(君)」
「た、助けてくれ〜〜」
こうして15人の体操服姿の女性に囲まれたアキトは、
目のやり場に困り、また立つに立てない状況に陥ったのだった。
数時間後―。
「おーい、アキト〜。生きてるか〜?」
そういってテンカワ アキトを支える長身の男性。
彼が支えようとしている人物は、なぜか金の縁取りをしたタキシードを着させられていた。
「い、いやだ。もう踊れない。脱げない…」
呼びかけられたアキトのほうは目はウツロ、頬はげっそりとこけ、死人もかくやという状態であった。
「ミナトさん、一体今日は、どんなお仕置きだったんです?」
そういって部屋の後始末をしている女性に話し掛ける。
結局ミナトは「狂宴」が終わるまで「お仕置き部屋」にいたのだが、その間アキトがどのように遇されていたのかを、
つぶさに見ていたのであった。
「最初はね、フォークダンスだったの。アキトくんを囲んでだったけど。
その後、ソーシャルダンスに、ラン○ダ、ヅカのレヴュー、後ストリップもあったかな?」
指折り数え、思い出しながら話すミナト。
「ストリップですか」
軽く口笛を吹きながら驚く男性。
「それは見てみたかったかも……」
「あら、そんな事言ってると、ミリアさんに言っちゃうわよ」
ミナトはいたずらっぽく微笑みながら、男性に答える。
実際、軽口でも叩いていないと、やってられない精神状態ではあったのだが……。
「俺だって健康な男です、ストリップの一つや二つ、見たいと思いますよ。見せてもらえるのなら、ですけど」
そんなミナトの精神状況を感じたのか、ナオも冗談めかしてミナトに答える。
「そうね、ナオさんも男だもんね。でも今回は見ないほうがいいわかもね」
「何でです?」
「ストリップしたんじゃなく、させてたの」
ミナトは故意に主語を省いたが、誰が、誰をストリップさせていたのか、
ナオはすぐに理解の色を示した。
「そうか…。そこまで…」
そういった男性の顔には、明らかな憐憫が浮かんでいた。
―後日、艦内某所―
「ヒカルさん、ありがとうございました」
そういってなにやら装飾過剰な服と、データディスクを差し出すのは、電子の妖精ことホシノ ルリ。
「どういたしまして」
明るく答える、メガネをかけた女性。彼女の名はアマノ ヒカル。
ナデシコにおいて同人活動をしているある意味「イッている」女性である。
「この中に例の物が…」
「ええ、入っています」
服とデータディスクを受け取りながら、ヒカルはルリに尋ねる。
「『騎士』のセミ・ヌードと『ヅカ服着用騎士』の画像です。くれぐれも流出させないで下さい」
「そんなことしないよ。資料にするだけだから」
「完成したら…」
「もち、真っ先に見せに行くよ」
「フフフ…」
「ホーッ、ホッホッホッ」
そういって頷き、笑いあう二人はどう見ても悪代官と悪徳商人のそれだった。